星の在り処   作:KEBIN

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消えた飛行船の謎(Ⅲ)

「そうだよ。王国軍が関所以外にも捜査区域とやらを設けて、彼方此方に検問を張るから、調査が遣り辛いったらありゃしねえぜ。強引に検問を突破しようとして、豚箱送りにされたお仲間もいたぜ。全くあのブレイサー嫌いの将軍様はどうしようもないな。ボース上空の飛行制限も継続中で流通は滞って町は混乱したままだし、何時になったらこの商業都市は平穏を取り戻せるのかね?」

 

        ◇        

 

「俺はこの数カ月間、ボースを荒らす例の空賊を追い掛けてきたんだが、とにかく変な奴らでさ。セコイ盗みを繰り返し妙に仲間意識が強くて、その上やたらと逃げ足が早い。 けど、最近はほとんど姿を見せなくなり、たまに出没しても金目の物でなく、なぜか食料品ばかりを狙うんだ。奴ら、そんなに飢えていやがるのか? そいつらが、リンデ号をハイジャックした犯人かって? ない、ない。彼奴はケチなコソ泥で、そんな度胸はありゃしないよ」

 

        ◇        

 

「『定期船失踪事件』のクエストは依頼者不在ということになっているけど、本当はメイベル市長が真っ先にギルドにリンデ号の依頼を持ち込んでいたんだ。ただ、成功報酬が半端な額じゃ無かったので、正遊撃士による依頼の取り合いが始まっちまった。あやうく暴力沙汰にまで発展しそうになったので、一番最初に有力な手掛かりを見つけた者に正式に依頼を任せるということで場を収めたのさ。あの若い市長さんは軍よりも俺達ブレイサーを信頼してくれたというのに、この有り様じゃ失望させちまっただろうな」

 

        ◇        

 

「ラヴェンダ村って、知っているか? 果樹園を営む小さな村で、そこの聞き込み調査をしていた時に、『空飛ぶ大きな影』の目撃者を見つけたんだ。子供の目撃証言に信憑性はないと軍は相手にしなかったけど、俺はブレイサーだからな。少年の話を信じ、山道を抜けて廃坑に辿り着いたけど、入口には錆びた南京錠で封鎖されていて、数年は開けられた形跡なし。残念ながら、そこで手詰まりさ」

 

        ◇        

 

「ここから南にいった所に四輪の塔の一つ、琥珀の塔があるんだが、上階から妙な話し声が聞こえてきてさ。もしかして賊の一味が潜んでいるかと思って塔を駆け登ったら、妙なおばさんが大型のマッドローパーに嬲られていてな。当然助けたんだが、何故か俺の方がそのおばさんに飯を奢る羽目になっちまった。そのおばさんの名前は、アル……聞きたくない? これからが良い所なのに」

 

        ◇        

 

「魔獣退治のついでに、連れと一緒に霜降り峡谷を調査したいた時に、山小屋を見つけてさ。こんな辺鄙で危険な場所に一人で住んでいる辺り、かなりの変わり者だと思うけど、話したら意外と意気投合して、そのおっさんから闇鍋をご馳走になったんだ。食した連れの一人がぶっ倒れて、毒でも入っているかと疑ったが、そいつ衰弱していた割に身体に凄い闘気(CP)が溜まっていてさ。『地獄極楽鍋』とは良く言った代物で、アタリを食べた者は体力(HP)と引き換えに、CPを限界値まで補充できるらしい。その料理のレシピを教えてくれって? 別にいいけど」

 

        ◇        

 

(一体、カリンは何を企んでいるのだろう?)

 カクテルをシェイクしながら、ウェルナーはここ数日、昼夜の区別なく出没する謎の金髪美女に思いを馳せる。

 男を惑わす真っ赤なドレスで店に現れ、楽しそうに談笑しながら容赦なく相手を酔い潰し、飲み代を男に押し付けてそのままトンズラする。

 一つだけ確かなことはカリンの獲物は遊撃士らしく、既に犠牲者は七人を数えている。

 仕事絡みの怨恨かと疑ったが、財布を掏るなどの悪事を働くでもなく、単なる愉快犯のようにも思える。へべれけになるまで酔い潰されたせいか、何故か被害者の正遊撃士が皆一様にカリン関連の記憶を消失している為にギルドに彼女の存在が把握されておらず、今もウェルナーの目の前のテーブルで何も知らない八人目の小羊が鼻の下を伸ばして飲み比べに興じている。

 

「ご馳走様、貴重な情報をありがとうね」

 紫色の瞳を妖しく光り輝かせながら、酔い潰れた遊撃士の頭を優しく撫でる。

 『魔眼』の力により彼の認識に干渉し、カリンの容姿と漏洩した情報に関する記憶を曖昧にする。ついでのサービスとして、彼の心に巣くっている心理的な病魔を取り除いてあげる。蜂が生まれつき己の針を武器として把握しているように、彼女は誰に教わるでなく、この能力の使い道を心得ていた。

 カリンが、遊撃士の額から手を離す。何時ものケースならそのまま飲み逃げするが、突然左目を抑えると慌てて洗面所へ駆け込んでいく。美女はトイレに行かないという都市伝説を頑なに盲信していたウェルナーは、何か裏切られたような憂鬱な気分になった。

 

        ◇        

 

「いけない、いけない。カラコンがずれちゃったわね」

 洗面台の上で、コンタクトレンズをジャブジャブと手洗いしながら、鏡に映った自分の顔を覗き込む。まるでオッドアイのように、カリンの左目は赤で右目は紫と両目に異なるカラーを宿している。

「それにしても、この魔眼の力は一体何なのかしら? こんな能力を持ち合わせていたこと自体、つい最近まで忘れていた」

 自身の未知なるスキルに戸惑う。

 彼女にはある条件を満たした相手の記憶や認識を、ある程度操作できる異能の力がある。その誓約とは『彼女自身に向けられる好意』であり、とある事情から同性にはほとんど成果は望めないが、異性に対しては絶大な影響力を発揮しかねない。

 実際、海千山千の正遊撃士を相手に予想外の効率で情報を掻き集めるのに成功したが、この力に目覚めた切っ掛けをカリンはどうしても思い出せなかった。

 

(流石はわたくしの可愛い娘ね。ご褒美として、封じていたあなたの力の一端を開放してあげる)

「そういえは、こんな声をどこかで聞いたような。果たしてどこだったかしら?」

 もう一度、鏡に映った自分の顔を見つめる。

 魔眼の発輝が収束しオッドアイを維持したものの、今度は左目が琥珀色に右目が青色に変化する。器用な手つきで、洗い終わったコンタクトレンズを手早く左目に嵌めると、両目とも通常色の蒼に戻る。

 彼女の生来の瞳は琥珀色。青のカラーコンタクトレンズを装着して、瞳色を偽っているようだ。魔眼を使用して瞳が真っ赤に染まった時は蒼いカラコンを通す為に、青と赤の中間色である紫色が外面に現出した。

「いずれにしても、もう酒場には用はないわね。フリーデンホテルに戻って、情報を纏めて対策を練ることにしましょう」

 ウェルナーの美女幻想など露知らず、アリバイ作りにトイレの水を流して水音を響かせると、女子洗面所を後にした。

 

        ◇        

 

「よう、ヨシュア。何か面白そうなことをしているじゃないか」

 店内に戻ると、何者かがヨシュアという別名で彼女を呼び、カリンはギクリと肩を震わせる。動揺を内面に押し隠しながら振り返ると、カウンターに腰掛け咥え煙草をした記者風の男がニヤニヤしながらこちらを眺めている。

「ブレイサーを狙い撃ちする謎の美女がキルシェに頻出するという噂を聞いて張り込んでみたが、まさかお前さんだったとはな。良く化けたもんだが、このナイアル様の目は誤魔化せないぜ」

 リベール通信社の自称敏腕記者ナイアル・バーンズだ。席を立ってカリンの正面に陣取ると、馴れ馴れしくも露出した彼女の肩に直に手を置く。

「新手のナンパかしら? それとも、本当にただの人違い? 私は、カリン・アストレイ。帝国からの旅行者よ」

「おいおい、今更空惚けなくてもいいだろ? 俺とお前さんの仲じゃないか?」

 目の前の不良中年と心を通わした覚えなどなかったが、瞳を確信に漲らせながらヤニ臭い顔を近づけてくるナイアルにシラを切るのを諦めた。

「場所を替えましょう」

 肩を掴んだ手を払い除けながら、それだけを告げる。ウェルナーや他の客達が好奇に溢れた視線をこちらに向けている。この場で押し問答を続けるのは得策ではないと判断したみたいだ。

「OK。それじゃフリーデンホテルの二階に部屋を借りているから、そちらで話を聞かせてもらおうか」

「エッチなことはしない?」

「するか。確かにお前さんは魅力的だが、俺はまだ生命が惜しいからな。というか、ドロシーも一緒にいるから安心しろ」

 薔薇の美しさ以上に棘の鋭さの方を体験しているので、そう薄ら寒そうな表情で誓約する。

 

        ◇        

 

 ナイアルが宿泊している部屋は、ブライト兄妹が常駐している部屋の三つ隣。二人が部屋に入ると、ダブルベッドの中央をドロシーが独占し、すやすやと熟睡している。

「こいつのことは気にするな。何しろ一日十二時間は眠りこける奇想天外な生物だからな。こんな夜更けに目を覚ますことは、天地がひっくり返っても有り得ない」

 確かにこの場所はこれから秘め事に及ぼうとする雰囲気ではなさそうだ。

 無感動な瞳でドロシーの毛布を掛け直すと、キッチンに足を運ぶ。ウイスキーの瓶とグラスにロックアイスを用意し、オン・ザ・ロックを作成する。結局キルシェでは酒を一滴も飲めなかったので、口直しするつもりだ。

「私の分も貰えるかしら? 今度はストレートで飲みたいから、チェイサーもお願い」

 つい三十分程前に大の男を一人酔い潰す程飲んだばかりだというのに、まだ飲み足りないのか。お代わりの催促をするカリンを心底呆れた表情で見下ろす。

「今更倫理や道徳を口にするつもりはサラサラねえけどよ。お前、まだ本当は十六歳だろ? どこで、こんな悪い遊びを覚えたんだよ?」

「ロレントには私以上の酒神(アイナ)がいたから、まあ色々とね。そもそもお酒も飲めずに、バーで情報収集なんて務まる筈はないでしょ?」

「そりゃ、確かに相違ないな」

 カリンの見解を肯定したナイアルは、可笑しそうにクックックッと笑うと、彼女の望み通りにアルコール濃度の高いウイスキーを、なみなみとグラスに注ぎ込んだ。

 

「しかし、ヨシュア。お前、普段着の衣装はあれでも色気を抑えている方だったんだな」

 窓際のチェアに腰掛けて、大胆に生足を組んだままの色っぽい仕種でウイスキーを嗜む美女の姿を眩しそうに見つめる。

 そろそろ記述を統一するが、この金髪碧眼の美女カリンの正体はヨシュアだ。

 蒼いカラコンで琥珀色の瞳を隠し、黒い漆黒の髪をブロンドに染めあげ、徹底したメイクと雰囲気作りにより、外見年齢を五歳は引き上げるのに成功。可憐な黒髪美少女から金髪の絶世の美人に変貌する。

 目的は言う迄もなく『定期船失踪事件』の情報集め。女の色香と魔眼の能力を駆使して先輩諸氏を誑かしてきたが、店仕舞いのタイミングで運悪くナイアルに捕まった。

 ナイアルの記憶も弄れないかトライしてみたが、どうもこの仕事大好きなブンヤさんはエステルと同じく、ヨシュアの美しさを認めながらも女と認識しない類の変人らしい。Y染色体()としては極めて珍しく、魔眼の効能が働かない。

 些かプライドが傷ついたヨシュアは、「無防備なドロシーに手をつけない件といい、彼はきっと機能不全(ED)に違いない」と八つ当たり気味な妄想を巡らしながらも、真っ当な交渉で口止めすることにした。

 

 それから女狐と古狸の化かし合いが始まる。カリンの正体を内密にする代わりに、彼女が仕入れた情報の一部をフィードバックするという線で合意を得た。

「正体不明の空賊によるハイジャックに、リベール王家への身代金要求かよ? ありがてえ。これでようやく記事が書けるというものだぜ」

 これからの活動に支障をきたさない程度のネタだけを見繕って伝えてみたが、それでも軍の情報統制下で特ダネに飢えていたナイアルには十分満足してもらえたようだ。

 

「ところで、一つ聞きたいんだが、ヨシュア。お前さんの義弟は、自分の父親のことを何も知らないのか?」

 交渉は概ね終了。再び水割りに手を伸ばしたナイアルは、単なる与太話として話題を振り、ヨシュアも次はハイボールにして味わいながら付き合う。

「ええ、エステルは父さんを、どこにでもいるマイナーな遊撃士だと信じている。けどこの先、旅を続けていけば、嫌でも父親の本当の姿を知ることになるでしょうね」

 カシウスは大陸に五人といない特別な称号(Sランク)を持つ遊撃士でありながら、かの百日戦役でエレボニアの侵略から故国を守護した救国の英雄でもある。

 ただ、どちらも一般ピープルが易々と知り得るような公開情報ではないが、食わせ者の両者は互いがカシウスの隠れた実績を知り尽くしているという前提で話を進める。

「なるほどな。道理であの坊主からは、親父への気負いや反発心を感じないわけだ」

 様々な分野で二世特有のプレッシャーに押し潰されてきた若者を見てきたナイアルは得心する。ただし、エステルは偉大な父にコンプレックスを感じずに済んだ反面、義妹のヨシュアに対して根強い対抗心を抱くことになったが、特に聞かれなかったので黙っていた。口にしたのは別のことだ。

「エステルの立ち位置を上手く活用すれば、正規の遊撃士を出し抜いて、メイベル市長から『定期船失踪事件』の依頼を正式に引き出せたかもしれない。でも、エステルはそういう親の七光りでの近道を潔しとしない」

 「私自身は縁故でも愛情でも、何でも利用し尽くすけどね」ともつけ加えナイアルは苦笑したが、エステルへの好感度が密かに上昇した。

 カシウスの嫡子という立場は、時に周りが救いの手を差し伸べてくれる可能性があるものの、その恩恵を上回る多くの試練をエステルに齎すだろうとヨシュアは主張したが、その意見にはナイアルは無条件で賛同しなかった。

「子は親を選ぶことは出来ないし、辛い所だな。けど、俺に言わせれば、お前さんみたいな規格外の相棒が常に一緒にいる地点で、あの小僧は十分恵まれすぎていると思うけどな」

 見習いの枠組みを大きく逸脱したチート活動で、影ながらエステルを支援する完璧超人の存在をナイアルは揶揄ってみたが、少女は悪びれた様子はない。

「あら、その件に関しては誰からも後ろ指をさされる必要もない筈よ。何故なら、それはエステルが自分の力で手に入れたモノだから」

 仮初めの蒼い瞳に蠱惑的な光を称えながら、そうのろけてみせる。

「へえ、あの小僧は、それほどの玉なのかよ? なら、次に取材する機会があったら、その辺りの馴れ初めについて、詳しく聞かせてもらいたいね」

 この時ナイアルは英雄の息子としてでなく、ヨシュアのような魔性の少女を虜にしたエステル本人にはじめて興味を惹かれた。

 

        ◇        

 

 ナイアルと別れたヨシュアは自室に戻ると、爆睡するエステルを尻目に洗面所に一時間ばかり籠城し化粧を剥ぎ落とす。やがて元の黒髪と琥珀色の瞳を取り戻すと、机の上にボース地方の地図を広げる。正遊撃士から掻き集めた情報と照らし合わせた上で、怪しいポイントを特定する。

 無能には程遠い正遊撃士が数を揃えながらこうまで調査が難航した理由は、軍と対立して捜査が妨害されたのと、何よりも個々の遊撃士が手柄を焦り乏しい情報を共有しなかった点にある。

 前者はともかく、後者は例えはカシウスやクルツのような強いリーダーシップを持つ上位ランクの遊撃士が指揮を取れば回避され、事件の早期解決を計れた可能性すらあっただけに残念な所だ。

 だが、ヨシュアの手の内には、少女の別人格のカリンが仕入れた八人分の正遊撃士の調査記録がある。この豊富な資料に彼女の合理的な思考フレームが加われば、自ずと解法が見えてくる。

 

「もし手掛かりが残れているとすれば、ここかしらね」

 爪に赤いマニキュアを塗られた少女の白く細い人指し指が、地図上の一点に置かれる。ラヴェンダ村の先にある閉鎖された廃坑だ。

 


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