星の在り処   作:KEBIN

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攪乱するグランセル(Ⅳ)

「只今、戻りました」

 ユリア様ファンクラブの裏工作他、複数の用事を済ませた二人がギルドに帰参すると、親衛隊と遊撃士の面々が各々の装備アイテムを交換して戦闘準備に備えている。

 遊撃士チームが衣服の下に着込んでいるのは、『防弾チョッキ』と呼ばれるワイヤーを特殊な製法で編んだベスト。その名の通りに銃弾に特化した防御性能を誇る。

「あくまで実弾が胴体に貫通するのを防ぐだけで、普通にダメージは残る。また刃傷には脆い部分があり、ヘッドショット対して無力なので過信はしないように」

 とのことだが、猟兵団並に惜しみなく火縄銃を撃ち捲くる特務兵を相手取るのにこれ以上頼もしい防具はない。

 逆に遊撃士側から親衛隊へと支給されたのは、クルツお手製のお守り『五神獣の護符』。方術のプラスの効果を吸収しマイナス効果を受け流す判定機能を備えている。

 戦闘中に授かる恩恵は全員のアクセサリ欄の一つを自動的に潰して尚余りあり、十絶陣の異名を持つ大軍兵器の威力を戦場で存分に発揮してくれる。

 ヨシュアにも防弾チョッキが手渡されたが、ユリアが手を離した途端に重量に耐えきれずに地面に取り落としてしまう。

「こんな重鎧を身に着けたら、私は木偶になって一歩も動けなくなるから、遠慮するわ」

「決して軽くはないが、鍛え抜かれた戦士であれば、特に機動性を損なわない程度の軽量化は図られているのだがな」

 そう中尉は呆れたが、なぜ腹黒完璧超人の称号を欲しい儘にする黒髪少女が多くの殿方に取り入る必然性があったのか、その本質を彼女はまるで理解していない。

 実際、秒速800mの弾丸を視認する異常レベルの動体視力と帝国映画で有名になった『マトリックス避け』すら可能とすると神業レベルの反射神経を兼備する漆黒の牙からすれば、ボディーアーマーなど単なるデットウェイトでしかない。(※エステルもジョゼットの導力弾を棍で弾いたことがあるが、あくまで発射角度と発砲タイミングから軌道を先読みしただけで、見て反応している訳ではない)

「さて、念の為に内通者が紛れていないか、チェックしておきますか」

 作戦を立ててから二人が戻ってくるまでの間、誰一人として建物から外出していないのを確認したヨシュアはそう宣告し周囲が騒めき始める。

「それは一体どういう意味だ?」

 ユリアが殺気立った視線を向ける。仕事に私情は挟まないものとここまで散々不愉快な思いを強いられても堪えてきたが、共に誓いを立てた同胞の中に裏切り者がいると揶揄されては到底黙ってはいられない。

「ごめんなさい、少し舌足らずだったわね」

 素直に謝罪した後、自分たち兄妹が辿ってきた旅の道筋について説明する。

 カプア一家のドルンやダルモア市長など情報部と関わりを持った人物は悉く人格を変貌させられており、もしかすると本人すら意図していない操り人形がこの中にも潜んでいる可能性はある。

「暗示による記憶と認識の操作だと? そんな異能が本当に可能なのか?」

「ええ、私の魔眼でも、その真似事ぐらいは出来るから」

「今回のヨシュアの発言は紛れもない事実だぜ、ユリアさん」

 エステルがそう口添えすると、この場の一堂は非現実的な現象を受け入れる。

 時と場合によって正論と主張を使い分ける腹黒義妹はこういう時に今一つ証言の信憑性を疑われるが、それを補うのが清廉潔癖な義兄の存在だ。嘘が下手という遊撃士として問題視される適正は裏を返せば信用があるとも言える。兄妹がコンビを組んでいる真価はその当たりにあったりする。

「俄かに信じ難い話だが、エステル君が言うのなら真実なのだろうな。それで具体的にはどうやって当人すら意識していない洗脳者を探し出すのか?」

「それは簡単です。こうすれば一発で判ります」

 窓のカーテンを閉めて日光を遮ると、証明のスイッチを切って部屋を暗くする。次の刹那、闇中に淡い光が浮かび上がる。誰かが懐中電灯をつけたのかと思えば、そうではない。

 ヨシュアが瞳を深紅に輝かせて臨時のライトの役割を果たしたのであり、別の複数箇所でも赤い光が漏れる。

「私の魔眼に反応した人物がそうです。一人は親衛隊のグルトさんで、もう一人は…………あら、意外ね」

 釣られるように光源を振り返ったアネラス達は驚愕する。闇の中で彼女たちのリーダーのクルツの瞳が赤く点灯していた。

 

 軽く人指し指を親指で弾いただけのヨシュアの簡単なアクション一つで、思いの外あっさりと暗示は解除された。

「ああっー、俺は何て取り返しのつかないことをー!」

 親衛隊員グルトは失われた記憶を思い出して、両手を地面について項垂れる。何でも彼は意図せずスパイの役割を課せられていて、幾度となく仲間の潜伏先を報告させられたそうだ。情報部が妙に親衛隊の動きを掴んでいた理由がこれで判明した。

 隊員一人一人の名前はおろか人格を熟知する程に己が中隊の面子と精通していた中尉は内通の可能性を考慮すらしていなかったが、今回はその信頼が裏目に出た。

「貴殿の責任ではない。それよりも暗示を植え込んだ相手を覚えているか?」

 ユリアはそう尋ねるが、グルトは首を横に振る。微かな記憶を辿るも、洗脳を施したと思わしき人物はフード付きのローブのようなものを纏って素顔は見えなかった。

「ただ、一度だけ声を聞いたことがあるのですが、女のようでした。それも結構年配の……」

「カノーネということはなさそうだな。彼女は論理の申し子でそのようなオカルトは専門外だ」

 情報部の紅一点の可能性をユリアは排したが、中年女性という単語にヨシュアの方がピクリと反応するも、この場では無言を貫く。

 もう一人の洗脳者のケースは、無意識化の情報提供者にされたのではなく単に記憶の一部を封じられただけ。何でもある人物に頼まれて例の黒装束を調べていた時に、連中が運んでいた漆黒のオーブメントを奪取した経緯をクルツは思い出した。

「それじゃ親父宛のゴスペルに、ラッセル博士への解析のメモ書きを添えた『K』っていうのは?」

「ああっ、私のことだよ、エステル君。どうした訳かその一件に纏わる一切の記憶を喪失していたが、まさかそのような大掛かりな陰謀の一端を担っていたとはな」

 意外な所で長い間、謎のままだった『K』の伏線が回収される。そのクルツの記憶を奪ったのもフードで顔を隠した女性のようだが、浄眼を持つA級遊撃士を手玉に取るとは危険極まりない人物だ。

「とりあえず、これで当面は機密が漏れる心配をする必要はない筈です。色々と疑問はあると思いますが、まずは王太子殿下の奪還に全力を注ぎましょう」

 皆が疑心暗鬼に陥る前に混乱する場を収めたヨシュアはそう話を締め括ると、一時解散させる。

 親衛隊からも犠牲者が出たので、謎の黒幕女性と同能力の魔眼を保持するヨシュアを薄気味悪がる隊員もいたが、一応敵でないことは判明している。一時的に疑惑を凍結させて今は目の前の作戦に集中することにした。

 

        ◇        

 

「さてと、いよいよ本番だな」

 深夜のエルベ周遊道。琥曜石(アンバール)の石碑が置かれた休憩所に集った親衛隊と遊撃士の連合部隊は王太子救出作戦の始動に入る。

「……で、ヨシュア。本当にこれが必要だったのか?」

「ええ、細かいタイムスケジュールの調整には欠かせないからね」

 石碑の手前には、エステルが釣公師団から渡された彼専用のアンテナ付きの黒い墓石(モノリス)が安置されている。基本的には師団本部での幹部会議用だが、周波数の設定を変更すれば例の地下組織やリベール各地方に陣取る魚の使徒(アンギス)との直接会話も可能。

「ヨシュア君、こんな場所で導力通信して盗聴される危険はないのかね?」

「その心配はありません。このオーブメントはツァイス工房の二世代先の暗号技術が使われているそうですので」

 釣り馬鹿の道楽には過ぎたテクノロジーだとヨシュアは呆れながら、クルツの疑問に答える。博士のお下がりのシステムを利用している情報部には解析不可能だと彼女は自信たっぷりに明言したが、なら少なく見積もって中央工房の七世代先の超科学技術(オーバーテクノロジー)の結晶たるゴスペルはどこで製造されたのか?

 仲間に秘密主義を強いるヨシュアでさえも判明していない謎が手付かずのまま残されているが、今は目の前のミッションを一つ一つクリアしていくだけ。

 そう問題を先送りしながら、ユリア様ファンクラブとのコネクションを繋いだヨシュアは作戦の決行を伝える。

 

        ◇        

 

 王都グランセル城の執務室。リシャール大佐の留守を預かるカノーネ大尉が、エルベ周遊池に船舶している特務飛行艇が親衛隊の残党に襲撃された旨の報告を受ける。

「人数は?」

「ちょうど9名、潜伏していた親衛隊全員です」

 カノーネは顎先に手を当てて思案する。彼らの母屋であるアルセイユが抑えられた今、アシを奪取すれば、戒厳令が敷かれた王都を自在に動ける中空機動力を手に入れることになるので一応戦理には適っているが。

(飛行艇のロックの解除には専門の技師でも相応の時間が掛かる。絶望的な戦況の挽回を急ぐあまり焦ったわね、ユリア)

 出し惜しみなく戦力の投入を示唆し、エルベ離宮と王都から合計100名の兵士を動員するように命令する。

「大尉、流石にそれは念を入れすぎでは? 兵力差を鑑みれば、態々王都からも追撃の兵を送らずとも十分勝てるかと」

「親衛隊中隊長ユリア・シュバルツの武勇を甘く見ない方が良いわ。離宮から派遣する先遣隊だけでも彼女たちの勝機は薄いけど、わたしくの務めは敵の勝率を確実にゼロにすることよ」

 ユリアと旧知のカノーネに油断や慢心はない。戦略的にはこの上ない正着手を打ってきたが実はそれすら掌の内。彼女が存在を把握していない腹黒軍師の策略が王都で着実に実を結ぼうとしていた。

 

        ◇        

 

「兵隊様、どうかお助け下さい」

 グランセル城から二列に隊列を組んで出陣し、キリシェ通りを伝って敵の後背を急襲しようと目論んでいた特務兵の一団は橋の手前で待ち構えていたご婦人方に取り縋られる。

「私たちの家が火事に見舞われて、中に娘や息子が取り残されているのです。お願いです、兵隊様。どうか子供たちの生命を救ってください」

 周辺を見回すと街の彼方此方に火の手が上がっている。複数の一軒家で火災が発生したようで特務兵は混乱する。

「はええー、王都が燃えていますー。けど、運が良いことに兵隊さん達がたくさん揃っています。まさか国を守る兵隊さんが市民を見捨てて、どこかに消えたりしないですよね?」

 マスコミの人間と思わしきピンク髪のカメラマン女性が、妙に棒っぽい台詞を吐きながらパシャパシャとカメラを撮る。ご婦人の他にも沢山の野次馬が城前にぞろぞろ集結しつつあり、ここにいる全員の口を塞ぐのはまず不可能。

「これは一体何事? このタイミングで火災事故ですって?」

 王城のバルコニーから、街の複数箇所で一戸建てが燃え盛る様を懐疑的な視線で見下ろす。

 高い位置から下界を観察すると一目瞭然だが、火災が発生した箇所、それぞれの距離が大きく開いていて、しかも隣家に延焼することなく単独で燃えている。一ヶ所ならともかく、七ヶ所同時の自然発火などまず考えられずに放火に間違いないが、下手人は単なる愉快犯だろうか?

 軍略家としての識見が、こんな都合の良い偶然は有り得ないと主張する。なら、王都からの援軍を阻止する内部工作との疑念を抱いたが、問題はユリアの人となり。

 いかに足止めの効果は絶大といえど、こんな無辜の大衆に犠牲を強いるような謀略を彼女が採用する筈はなく、謎は深まるばかり。

「大尉、いかがなさいましょうか?」

「止むを得ません。王都からの派遣は中止して、そのまま消化活動と人命救助に当たりなさい」

 情報部は軍事クーデターを企んではいるが、あくまで救国の手段で、一般庶民を虐待するつもりない。また、ここまで大事になった以上、情報戦略の観点からも見捨てられない。

 挟撃作戦が不可能になったとはいえ、それでも戦力比の有利さは変らない。いかにユリアが単身で無双しようとも順調に戦況が推移すれば、多少犠牲者の数が増えるだけで最終的には親衛隊は地に伏する筈。

 心中でじわじわと膨れ上がる嫌な予感を強引に捻じ伏せて、女狐の副官はそう自分に言い聞かせた。

 

        ◇        

 

「ふん、馬鹿な連中だ。大人しく大佐に従っていれば、生命だけは助かったものの」

 周遊池の見張り役の寡兵を片付けたユリア達9人の陽動班は、今度はエルベ離宮から真っ直ぐに駆けつけた総勢50名の特務兵の大軍と対峙する。

「いずれ王都からも、キリシェ通りを経由した第二陣が殺到する。後背を突かれぬように精々背後に気をつけるのだな」

「ふっ、愚かな 既に前後を挟まれて、死地に彷徨いこんだのは自分たちの方だというのに気づかぬとはな」

「何?」

 嘲笑うようなユリアの言と同時に周辺一帯の足元に巨大なサークルが浮かび上がる。

「方術・儚きこと裏朱雀の如し!」

 陣円の地面から剣のようなものが出現し、この場にいる各々の特務兵の身体を真下から串刺しにする。剣は魔力で精製されたものなので魔力ダメージを残して直ぐに消滅したが、即死効果に見舞われたハードラッカーの魂が砕かれてそのまま地に伏した。

「ほーう、裏朱雀を単体技でなく陣形内の全体効果系として発動させると、即死率が10%まで下がるので、5人も仕留められれば僥倖と思っていたが、まさか9人も間引けるとは。やはり、君達の所業はエイドスから歓迎されてはいないようだな」

 何時の間にか背後にクルツ達要撃班の面々が控えており、特務兵は仰天する。得体の知れない方術による先制パンチが彼らに与えた心理的ダメージは計り知れず、また実際の戦力比さえ、9vs50から13vs41まで一気に縮小した。

「ブレイサーだと? 貴様ら反逆者に加担し、正規軍の我々に歯向かうつもりなのか?」

「おやおや、あんたら何時の間に女王陛下より偉くなったつもりだい?」

「そうそう、この印籠…………じゃなくて、お墨付きが目に入らないのかな?」

 アネラスがこれ見よがしにチラつかせたのは依頼書のコピー。アリシア女王の直筆と国主の玉璽が朱印されていて、特務兵はギョっとする。

「へへっ、理解したか? もはや手前らは軍でなく単なる犯罪者だ」

「さて、十絶陣が全て完成するのと君たちが全滅するのと、どちらが早いか試させてもらうとするか」

 

 グランセル遊撃士チームの加勢で、戦いの流れは親衛隊の側に傾いたが、現実としてまだ三倍強の戦力差があり予断を許さない。

 ユリアはチラリと後方を振り返ると、ちょうど王都の方角から煙が立ち登っているのを視認した。

(済まない、ご婦人方。貴方たちが身を削って授けてくださった好機を必ず生かします)

 そう心の中で誓約すると、浮足立った特務兵相手に全軍突撃を指示する。

「へへっ、中隊長殿、後背の備えを残しておかないで大丈夫ですかい?」

「王都からの増援は決してこの場に辿り着かない。だから一切の余力を残さずに目の前の敵の殲滅に集中しろ!」

 

        ◇        

 

「いよいよ、始まったな」

 エルベ離宮を出発した一個中隊の特務兵の集団を遣り過ごしたエステル達は、手薄となった本丸の攻略に入る。既に攪乱班としてヨシュア、タット、ガウの二人と一匹は配置についたので、後は突入班の自分らが隙をつきクローディアル殿下の身柄を奪還するだけ。

「エステル」

「ああっ、判っているぜ、兄貴」

 

「「俺達の戦いはこれからだ!」」 

 


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