星の在り処   作:KEBIN

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魁・武闘トーナメント(ⅩⅩⅩⅠ)

「凄えじゃないか、帝国の演奏家」

不良(レイヴン)風情に醜態晒した時は、数合わせかの雑魚かと侮っていたけど見直した」

「まさに一撃必殺。アーツの神髄、とくと拝見させてもらったぜ」

 ナパームブレス一閃で三人の屈強な特務兵を纏めて葬りさったド派手な極大魔法に賛美の産声があがる。この大会ずっと鳴りを顰めていて初めて脚光を浴びたオリビエは感涙に打ち震える。

「うーん、エクスタシー。ああ、これだ。道化役も悪くないが、やはり主役として賞賛に囲まれてこそ、この世に生を受けた意味がある」

 オーケストラの指揮者のように両手を空高く掲げると、それに応じて喝采の量が一段と激しくなる。

 長い雌伏の時を経て、ようやく待ち望んだワンマンショーを堪能する日が訪れたが、地べたにひれ伏した瀕死の味方陣営は仲間の晴れ舞台を複雑な心境で見上げる。

「全く、いい気なもんだぜ。身体を張ってあいつのお膳立てした俺らは半死半生の状態なのによ」

 まだ試合途中にも関わらすオリビエはMVP面で自己陶酔しており、ジンの幅広い背中を背もたれ代わりにして座り込んでいたエステルは呆れ顔で突っ込みを入れざるを得ない。

「そうぼやくな、エステル。一人は皆の為に(One for All)皆は一人の為に(All for One)で力を合わせるのがチームプレイだから、楽師殿が日の目を見る順番がまわってきただけの話さ」

「その手番を注目度が高い決勝戦に以ってくるあたりが、いかにも目立ちたがり屋のオリビエらしいけど、俺が一番槍の活躍をした試合あったっけ?」

 チームの重要な歯車の一つとして貢献した自負はあるものの、獲物の一番美味しい部位は常に他の三者に食い散らかされ、やさぐれた気分を隠せないが、「俺たちの誰一人欠けていても栄冠には届かなかった」と兄貴分から窘められては納得するしかない。

 実際には優勝発言は些か早計。まだヨシュアとロランス少尉の最終決戦が残っているが、固唾を飲んで見守る来客はともかくこの二人にとって単なる消化試合。この態勢に持ち込めた時点で勝利を既定の未来として受け入れている。

 お気楽トンボのエステルはともかく、慢心とは無縁のジンが楽観論に傾くのに違和感を覚えるが、合理的な思考フレームを持つヨシュアが必勝を明言したのだから信じるしかない。

(ちなみに今まで企てた数々の起算の中では99.89%が最高率で、ヨシュアは一度も100%という数値を用いたことはない)

 

 長かった武闘トーナメントを締めくくる最後の対決は、両チームの代表者による判り易いタイマンとなる。異形の剣を振り回す仮面の剣士の斬撃をヨシュアは得物を展開することなく無手のまま、至近距離で涼しい顔して避け続ける。

 ロランスの桁違いの戦闘力は、ここまでの道程で幾度も証明されている。通常攻撃一振りで鍛え抜かれた兵士を戦闘不能にし、エステル級の強さを持つメイルを成す術もなく打ち負かしているが、常人では太刀筋を視認することすら不可能な鋭い剣捌きによる連撃もヨシュアには皆目ヒットしない。

(胸に三撃、左斜め45°に踏み込んで薙ぎ払い攻撃。私が一瞬目線を切らしたら、クラフトのジャンプ攻撃を使ってくる)

 まるで台本の打ち合わせが決まっているかのように、ヨシュアの予見通りにロランスは三連突きを撃ち込むと扇の形で斬り込んでくる。

 その一閃を交わされた際、ヨシュアの視線が途切れた刹那、思考ルーチンに従って大きく真上に飛翔。クラフト『破砕剣』を真下に振り下ろすが、ヨシュアはバク転で一回転して後方に回避。空振りした剣は地面を叩いて、大きな地割れを作る。

(思っていた通り。全ての行動は完全なロジックでランダム性はゼロね)

 力、早さ、剣技、クラフト性能に各動作の硬直時間など一つ一つのパラメタは突出しているが、そのアクションには一切の紛れがない。

 それでも標準クラスの闘士からすれば、アレの基礎能力の高さに押し切られて一方的に蹂躙されるのだろうが、例えばヨシュアのようにロランスと同じ戦闘域に棲息し四百パターンにも及ぶ活動理論を全て解析した数学者にとっては、これ以上与しやすい鴨は他に存在しない。

(確率を尊ぶ私の最大の敵は偶然。私の計算を覆すサプライズを生み出す土壌を持たないのなら、どれほどの戦闘能力を有しようとも何ら脅威に値せず)

 そういう意味では、力量差が天と地ほどかけ離れているエステルの方が何を仕出かすか判らない意外性があるので気を抜けないが、目の前の対象にそういう恐さは皆無。

 改めてアレの限界を見透かしたヨシュアは、アヴェンジャーを抜き取ると両手に装備し戦いに終止符を打つ。

 もう攻略手順は完璧に見定めているので、詰め将棋のように百八手程を費やして気長に追い詰めてもいいが、折角のパーティーバトルなので捨て駒を利用…………もとい仲間の力を借りて二手に短縮しようと、面倒臭がり屋の司令塔はチラリと己が手勢を振り返る。

「ねえ、オリビエさん。私に回復魔法(ティア)を唱えてもらえないかしら?」

「ふっ、心得た。マイハニー」

 遠方で自己陶酔していたオリビエは、ヨシュアの甘いお誘いの声に意識を現実に引き戻す。

 一撃も攻撃を掠らせていないヨシュアは無傷なので治癒要求を訝しむも、未来の花嫁のお願いとあれば否応ない。馬鹿正直にアーツの詠唱態勢に入る。

 その途端、ヨシュアは大きくサイドに移動し、斜めの方角から敵の懐に斬り込む。視界が大きく開けてオリビエを捕らえたロランスは躊躇うことなく零ストームの態勢で振り被る。

「おい、何考えてんだ、あいつ?」

 至近から刃を突き立てようとする眼前のヨシュアには目もくれずに、遠方軌道上にいるオリビエを攻撃しようとするロランスのキテレツ行動に周囲は面食らう。アレが最優先で狙うのは駆動中のアーツ潰しで、こんな危機管理の順位もなっていない欠陥AIで動いているのだ。

 アーツキャンセル効果を含んだ竜巻状の一撃が直撃。「あーれぇ」と悲鳴をあげながらオリビエは吹き飛ばされる。

 タットと異なり、別段風属性に弱いセッティングをしていた訳ではないので辛うじて生き残る。ヤワな後衛とはいえ基本牽制用の解除クラフト一発でHPの大部分を削るあたり、やはりロランスの性能は尋常ではないが、もはや最後の打ち上げ花火に過ぎない。

「ありがとう、オリビエさん。貴方の献身を私は多分、明日の朝ぐらいまでは忘れない」

 仲間の尊い自己犠牲を活かして、敢えてクラフト発動後を待ち構えていたヨシュアは微かな硬直時間に合わせて、『真・双連撃』を叩き込む。ロランスの身体を縦十文字に切り裂かれて胸板が十字架の形に陥没する。

「決まった。流石にこれ以上は戦えないだろ…………えっ?」

 致命傷なのは素人目にも明白。満員御礼のお客さんは決着を確信するが、次の情景に目を疑う。

 ロランス少尉が不屈の執念で再び立ち上がり、試合が続行されたというのではない。むしろ、その逆。

 戦闘不能に陥ったロランスの身体が周囲の景色に同化するようにどんどん薄くなっていき、やがて最初からその場に存在しないかの如くかき消すように消滅した。

 

        ◇        

 

「どうしたの、レーヴェ?」

 医務室の中で、灰色の金髪(アッシュブロンド)の青年の逞しい胸板に抱き抱えられうっとりしていたレンは、オデコに巻く包帯の手が止まったのを怪訝がる。

 レーヴェが彼の愛称なら、扉前で声を掛けた男性の正体はロランスの中の人のレオンハルトということになる。

 時間的に決勝戦が始まる前から、メディカルルームでレンと一緒に過ごしていた計算になるが、ついさっきまで闘技場でヨシュアと戦っていた少尉は何なのか?

「いや、どうやら『アレ』が負けたようで、今消失を確認した」

 そう告げながら幼子の治療を完了させたレオンハルトは、レンをそっと床下に下ろすと再びバイザー付きの仮面を装着し、幼子はぷくっと頬を膨らませる。

「あーん、またその変なお面を被っちゃうの? 折角のハンサムなお顔が台無しじゃないー」

「ふふっ、俺はロランス少尉として、果たさねばならない役割がまだ残っているからな。それが済んだら合流して、パテル=マテルでヴァレリア湖のアジトに一緒に引き上げるとしよう」

「うん、判った。お仕事頑張ってね。いってらっしゃーい」

 機嫌を直したレンはニコニコするとベッドに腰掛けて、足元をぶらつかせながら退出する仮面の男を見送る。

 少女は物見遊山で武術大会に参加しただけ。『殲滅天使』が本格始動するのはまだ当分先の話だが、彼は計画の第一段階を進める任務に従事しなければならない。

 ただし、差し当たりはヒステリーの気がある女狐のお小言を聞き流しながら敗北の弁明をするという締まらない作業から手をつけねばならないが。

 

        ◇        

 

「そうか、アレの正体は『分け身』だったのか!」

「分け身って一体何だよ、兄貴?」

 物知り博士のヨシュアには及ばないが、十分博識の範疇の経験豊富なA級遊撃士は、観客同様に目をゴシゴシと擦っていた弟分に解説を施す。

 分け身とはその名の通りに自分の分身を生み出す高等なクラフトで、レベルの高い術者ほど己に近い能力値の影武者を長時間持続できる。

 完全自律型なので単独行動が可能な反面、会話や意思疎通は無理。簡単な指令のみで複雑な目的意識を持たせられず、基本的には局地的な戦闘の駒としてしか扱えない。

「おい、待てよ。それじゃロランス少尉とかいう奴は自分の偽物を戦場に送り込んでいただけで、本人は始めからこの大会に参加していなかったってことか?」

「そうなるな。オリジナルより力が劣るコピーでも捻じ伏せられると俺たちが侮られたのか、元々勝つ気が無かったのかは知らんが何れにしても気に入らんな」

「前者なら舐めやがってざまーみろだけど、もし後者だとしたらこいつらも浮かばれないな」

 エステルは少しばかり同情しながら、担架で運ばれていく三人の特務兵を見下ろす。

 反則という履き違えた決意ではあるが、奴らなりに不撤退の覚悟で使命に臨んでいたというのに、彼らの隊長が目的達成にベストを尽くしていなかったとなれば憐れだ。

「我らが軍師殿はアレの本性に最初から気づいていたようだな」

 であればこそ、いかに段違いの強さを見せても所詮はテンプレ通りに動くコピーロボットなので何の警戒心も抱かなかった。

 結局、この武術大会で最も美味しいポジションをキープしたのは満身創痍の男衆と異なり、最後まで傷一つ負わなかった腹黒義妹(※場外乱闘で八卦服を失ったが)のようだ。

(無事、誓いを果たせたわね)

 勝利によってのみ新たな道が開けるのはどの世界にも共通する厳しい現実とはいえ、優勝を必須事項と定めて方々の関係者に約束手形を配布していたヨシュアは空手形を不渡り化させずに信用を維持できたのに軽く安堵するが、地面に落ちていたとあるブツを目敏く発見しさり気なく拾い上げて表情を強張らせる。

「どうした、ヨシュア?」

「……何でもないわよ、エステル」

 義兄の問い掛けに誤魔化しながらはにかんだが、ヨシュアの心臓は彼女しか知り得ない理由でドクンドクンと早鐘のように鳴り響いている。

(たまたまよ、こんな事が起こりえる筈がない)

 世の中は全て必然で成り立ち、偶然で済ますのを単なる現実逃避に過ぎないと常々から主張するリアリストが、この時ばかりは神様の気紛れに縋って運命論を撥ね除けて記憶を封印する。

 決勝のフィニッシュまで何のどんでん返しも発生させずに、完璧に試合をコントロールした鉄の軍師に動揺を齎したのは一本の髪の毛。その色はアッシュブロンド。

 

「勝負あり。蒼の組、ジンチームの優勝です!」

 消えたロランス少尉の経緯に困惑したが、分け身の説明を受けて状況を把握した審判は遊撃士チームの勝ちを宣言。長かった武術大会で最初の団体戦優勝チームが誕生した。

 

『この勝利により、エステル達の密かな目標である王城進出のノルマを達成』

 


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