星の在り処   作:KEBIN

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魁・武闘トーナメント(ⅩⅩⅢ)

「妙に急かすと思ったら、そういう経緯だったわけね」

 本社ビル二階の応接間、ナイアルからドロシーの俸給を受け取ったヨシュアは向かい側のソファーに座る小柄な人物像に得心する。

 戒厳令が敷かれた雨の日、グランセル大門前の広場。

 王太子の拉致現場に偶然居合わせたのは、まだクラムと同い年ぐらいの幼子のトイで、門限の夕刻前に家へ帰さねばならない事情があり、早急に事情徴収を済ませねばならないからだ。

(ここまで来ると鼻が効くというよりも、もはや技能(スキル)と呼んでも差し支えないわね)

 犯行当日、母親の外出禁止の言いつけを破りオンモで遊んでいたトイは、青髪の少年が特務飛行艇に連れ去られる一部始終を正門の裏から目撃していたが、怖くて今日まで誰にも話せずに心の凝りになっていた。

 そんな重要参考人を半日かそこらで秘密裏に発見するなど、長年の記者の勘では片づけられない因果律の一助を感じる。

(天然さんや不良中年といい、リベール通信社は妖しげな能力者を多数雇用しているみたいね)

 多くの関係者から最も得体の知れない怪物と畏怖されているスキルホルダーは自身の存在を棚上げしながら、緊張で縮こまっているトイを見下ろす。

 またまた悪い勘が当たったようで、クローゼは敵に捕縛されたらしい。監禁場所を特定する為に唯一の目撃者からデータを採取したい所だが、警察の取り調べ室のような空気と目の前の無精髭男性の胡散臭さ(※ヨシュア主観)に完全に萎縮してしまい、供述は吃りがちで中々要領を得ない。

(証人が男の子だったのは、幸いだったかしら?)

「お、おねえちゃん、なにを?」

「トイ君だったわよね? 怖がらなくてもいいのよ。お姉さんの目を見て心を落ち着けてちょうだい」

 少年宅の門刻が差し迫っていることもあり、ヨシュアは瞳を真っ赤に光らせながらトイを自分の胸元に抱き締めると、手っとり早く魔眼で情報を引き出すことにする。

 ロレントで多くの殿方を籠絡してきたヨシュアのチャームは、ごく一部の例外を除いて年代を問わず全てのY染色体()に有効。ショタッ子は催眠術に掛かったようにトロンと瞳を惚けさせると、心の扉を開いてヨシュアに身を委ねる。

 ヨシュアは記憶の中から必要なデータだけを閲覧して、負荷となっている部分を削除すると、パチンと親指で人指し指を叩く。少年は居眠りから目覚めたようにハッとする。

「あれっ、僕、こんな所で何を思い悩んでいたのだろう?」

「色々ありがとう、トイ君。これでオヤツでも買って帰りなさい」

「うわ、こんなに貰っちゃっていいの? それじゃお姉ちゃん、またね」

 事件の記憶がトラウマになっていたようなので、転移療法の要領で認識を改竄。少年は憑き物が落ちたような晴々とした表情で、スキップするように階段を降りていく。

 ヨシュアにしては珍しく善行を施したように思えるが、情報料としてトイ君が握り締めている千ミラ紙幣の出所はドロシーの給与袋だったりする。当人はおろか、幼子が帰宅するや否や煙草に火をつけた彼女の先輩も全く問題視していないが。

「おい、ヨシュア。今のは一体何…………」

「さてと、現状判ったのはこのぐらいかしら」

 ボースの居酒屋でも拝見した他者の記憶に干渉ずる摩訶不思議なスキルの正体を問い質そうとしたが、手の内を教える義理はない。ナイアルの質問を遮り、トイの脳内メモリから直接入手した重要度の高い情報をスラスラと箇条書きする。

(1)クローゼを浚った飛行艇は、王都から南東の方角に飛び立っていった。

(2)クリムゾンアイはクローゼが隙を見て落とした。

(3)クローゼを瞬殺した仮面の隊長はトイの存在に気づいていたが、敢えて放置した。

 

(1)は監禁場所を割り出す上で重要な手掛かりとなる。レイストン要塞は反対方向の上に王族を一般受刑者と同じ牢に封じるのは無理があるので、方角的には現在封鎖中の『エルベ離宮』が最有力候補となるか。

(2)は単純なダイイングメッセージ。クローゼなりに自分の危機を知らせようと頑張ったのだろう。(※草むらの影とはいえ、ヨシュアが見つけるまで誰にも発見されなかったのは出来すぎであるが)

(3)が一番不可解。トイの記憶では仮面男はバイザー下の目線を合わせた時に唯一剥き出しの口元を微かに歪めて微笑んでおり、明らかに目撃者を認識していたがリシャール大佐に告げることなく立ち去った。(※もしかすると、クリムゾンアイも態と見逃した可能性あり)

 

(万全を期すなら、幼児とはいえ唯一の目撃者は一緒に拉致しなければならなかった筈。アレの件といい本当に何を考えているか判らないけど、今突き詰めるべきは(1)の案件ね)

 ロランスの真意については一時保留にする。ヨシュアは焦点を絞ると一応ナイアルの功績を労った後、クローゼがエルベ離宮に捕らえられている確証が欲しいと強請りして、人使いの荒い腹黒姉にナイアルは大げさに肩を竦める。

「もちろん只とは言わないわ。首尾よくクローディアル殿下の開放に成功したら、クローゼの馴れ初めについて話してもいいわよ」

 琥珀色の瞳を蠱惑的に光らせて、色っぽい雌豹のポージングを決めながらウインクしたが、魔性の少女のフェロモンを無効化する数少ないED男性は枯れた視線で首を左右に振る。

「生憎と俺はガキの乳繰り合いには興味はねえ」

 リベール通信の社訓は、人の内面を憶測したり心の聖域を暴き立てるのでなく、世の中の事象を客観事実として書き留めることにある。有名人のスキャンダルなどに踏み込むケースは少なく、クローゼのプライバシーを公にするつもりはない。

「だから是が非でも優勝して、城内の機密を仕入れてこい」と厳命される。クローゼの件で色々と借りが出来たのは確かなので、ナイアルの要求は拒み難い。明日の決勝に勝利することは、既に至上命題から前提条件にまで難易度を格上げされてしまう。

 かくして、互いの能力を高く評価しながらも人情をこれっぽっちも過信していない殺伐とした関係性を築く両雄は、笑顔の裏に打算をひた隠しながら契約を終結させた。

 

        ◇        

 

「うっはぁ。何、この人? 目茶苦茶強いじゃん」

 女狐と古狸が腹の探り合いをしていた頃には準決勝のもう一試合も佳境に入り、メイルはロランスの剣を必死に避け続ける。

 メイルはアネラスのような道場で剣を学んだ過去も、エステルみたいに日々の鍛練を己に課したこともない。彼女の戦闘スタイルは完全な独学。

 裏社会のならず者相手に実戦の中で鍛え上げられた剣技は実に野性的。型に拘ることなく本能の赴くままに変幻自在に剣を振るう。真っ当な剣の基本を身体に染み込ませた者には剣筋が読み辛く、エステルやアネラスとなら互角に振舞えた。

 だが、現在メイルが立ち会っている敵は規格外の剣士。僅か二、三合撃ち合っただけで腕が痺れてレベルの違いに気づかされるも、別段焦りはない。

「ダサイ覆面被ったこいつが、ヨシュアが謎掛けしていたアレかな? まっ、確かに強いけどなぜか怖くないのよね」

 武術は力量差がかけ離れた相手に勝利するのは至難だが、逆に逃げに徹することで引き分けに持ち込むのは比較的容易い。実際にアネラスは守りを固めていた間は格上のヨシュアの攻撃を凌げていた。

 メイルの特性は体裁に拘らないトリッキーさと、野獣じみた本能と防御勘で最後まで生き残れる体術にある。

 ロランスの剣撃は一振りで鍛え抜かれた兵士を戦闘不能にし、太刀筋は見切ることすら不可能。次行動が速くて連撃が途切れることがないと全てのパラメタが桁違いだが、なぜか次手が読み易いので直感だけを頼りに攻撃を先読みする。

 想像以上の鋭さの剣捌きに生きた心地がせずに、肩当ての一つを砕かれレオタードの彼方此方が引き裂かれるも、メイルの闊達な瞳は希望に満ちている。

 少女の役割はあくまでもタットが地震魔法を発動させるまでの囮。もうしばらく持ち堪えれば闘技場にいる全ての者が地割れの底に呑み込まれると信じて、タイトロープのような任務に懸命に取り組み続けた。

 

「ちっ、やはり、こいつも効かないか!」

 身体を黄色く光らせたタット目掛けてドールマンは導力マシンガンを連射するも、クレストで強化されたガード役のガウに全て弾かれる。

(詠唱完了まで、もう時間がねえ)

 広域アーツは使い勝手が悪い反面、決まれば一撃必殺に近い高火力を秘めている。装備品が少ない割に役立つ機会は限定されるから、ドールマン達は物理防御力(DEF)を重視して魔法防御力(ADF)は御座成りにしてきたので、戦闘不能を免れるは困難。

 こうなると決勝用に温存しておきたかったカードを切らざるを得ないが、彼一人だと仕込みが発覚するリスクが高いので、未だに血眼になってブラッキーとの鬼ごっこを続ける仲間の足元に銃弾を撃ち込んだ。

「副隊長殿?」

「馬鹿共が、何時まで遊んでやがる! 我々の崇高な使命を忘れたのか?」

 ドールマンの叱咤に、メイスンとラウルはハンマーで殴られたような衝撃を受けて目を醒ます。彼らは堕落した故国を救う為にリシャール大佐の旗の元に集ったのであり、主観的には憂国者のつもりだ。

「その道化者の始末はラウル一人で十分だ。メイスンは俺と一緒にあの化物を突破するぞ」

「「ラジャー!」」

 こういう戦術の修正や鼓舞は本来なら隊長のロランスの仕事だが、アレにそんな役割は期待出来ないので副隊長の彼が代行した。メイスンは導力銃を構えると、カウントダウンに入ったタット目掛けて再び銃を乱射する。

「ガウ、そんなものは今の俺には通じないガウ!」

 調子に乗ったガウは人間にはない動体視力で反復横跳びして全ての弾丸を弾き返すも、ドールマンが密かにカートリッジを取り替えているのに気づいておらず、「くたばれ、怪物」の一言と共に次弾が放たれた。

「ガ……ガウ!?」

 実体のない筈の導力エネルギー弾が、ガウの硬化ボディーを貫いて体内に減り込む。派手な血飛沫をあげて浮遊力を失ったガウは地面に落ち込み、タットは目を疑う。

 土魔法で岩盤のように硬質化したガウの防御を突破するなど、大型導力砲の火力でも無理がある。それこそ貫通力に特化した実弾でも使わない限り………………って、まさか?

「よっしゃあ、次はお前だ、赤マント小僧!」

 利発なタットが真相に気づきかけた刹那、ドールマンに続いて本命のメイスンが詠唱を潰すべく再びマシンガンを乱射する。

 今回は目晦まし用に普通の導力銃を用いた。耐久力の低い魔道師なので十分に致命傷を与えられるだろうと皮算用したが、瀕死のガウが自らの使命とばかりに再び銃弾のシャワーに飛び込んだ。

「何だと?」

「お、俺、もう飛べないガウ…………」

 今度こそ力尽きたガウはゴムボールのように地面にワンバウンドしてそのまま動かなくなるが、同時に特務兵の計算も狂わされた。

 二人とももう行動力を残していないので、詠唱完了間際のタットを止める術はない。

「ガウ、済まない。こうなれば僕も覚悟を決めるよ」

 浮遊可能な怪獣が戦闘不能になり空中という安全地帯に逃れられなくなったが、メイルと自分には地震に対する加護があるのでどちらかは生き残れる。

 もう決勝の余力など考えずに全体広域アーツを発動させようとしたが、ここでハードラックがタット達に降り掛かった。

 周囲の状況確認をする余裕もなくボロボロになりながら戦場を移動していたメイルは、心ならずもロランスを詠唱中のタットの正面位置へと誘導してしまった。

 ロランスは無言のまま、その習性に基づいて、解除クラフト『零ストーム』を撃ち込む。風属性を孕んだ竜巻状の一閃がアーツ発動直前のタットに直撃する。

「わあああ……!」

 元々低防御力の魔法使いであるタットは『とある事情』により風属性の攻撃に極端に弱くなっていたのと合わせて、一撃でノックアウト。杖を取り零して動かなくなる。

 

「タット? って、しまった!」

 仲間の戦線離脱に動揺したメイルは、ロランスから目を切ってしまう。我に戻った時には姿をロストして、首を左右に振るも姿を確認できない。

 頭上から強烈な悪寒を感じ取り反射的に上を見上げる。中空に大きくジャンプしたロランスがクラフト『破砕剣』の態勢で振り被っており、メイルはロングソードを縦に構えてガードする。

「がはっ!」

 剣は粉々に砕かれる。大きく吹き飛ばされたメイルはフェンスに後頭部をぶつけて、そのまま意識を失う。

 まるでドミノ崩しのように、次々にメンバーが戦闘不能に陥りパーティーが半壊する。

 ブラッキーはマゾの気はないので、勝機が完全に費えた今無意味に痛い思いをするつもりは毛頭なく、予め用意しておいた白旗を振って降伏する。

 行動自体はクルツと一緒だが、ブラッキーの場合は妙に利己的な印象を周囲に振りまくのは人徳の違いだろうか?

 先の御礼参りをしようとブラッキーを袋小路へと追い詰めて舌舐りしていたラウルは振り上げた鉤爪の降ろし所を失い、血走った目でへらへら笑うブラッキーを睨んだ後、鳩尾に八つ当たり気味の蹴りを一発入れただけで我慢した。

 

「勝負あり! 紅の組、ロランスチームの勝利です」

 やはりというか地震魔法(タイタニックロア)の不発が勝負を分けたようだ。生存者とそれ以外の戦闘不能者が緒戦とそっくり入れ替わるという皮肉な顛末で外国籍ブレイサーズは敗退。エステル達と因縁の情報部が決勝戦に駒を進めた。

 


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