星の在り処   作:KEBIN

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魁・武闘トーナメント(ⅩⅩⅡ)

「見つけたぞ、黒髪の毒婦。かような所に潜んでいようとはな」

 大会屈指の激闘の余韻に浸り、グランアリーナを埋め尽くす拍手が鳴り止まぬ中、満場の観衆で只一人だけ異なる感情を勝利チームに抱く者が立ち見席にいた。

 そのアウトサイダーは七耀教会の修道服を着ている。フード下に秘められた爛々と輝く二つの瞳は空の神さま(エイドス)に仕えるシスターとは思えぬ殺気を放っており、矛先は闘技場のヨシュアに向けられている。

 昔取った杵柄で団体戦へのルール変更に興味を惹かれて見物に来てみれば、探し求めた仇敵に巡り逢えるとは、まさしくエイドスと我が主のお導きだろうと修道女は信じた。

「にしても、男を籠絡するしか能のない娼婦かと思いきや、あれほどの戦闘力を隠し持っていたとは、情報部のスパイたらいうルクスの報告は正しかったみたいだな。何を企んで武術大会に参加しているかは知らんが、このまま捨て置けぬ」

 「私のクローゼを返しもらうぞ」とだけ呟くと、シスターは準決勝のもう一試合を観戦せずにクルリと身を翻して退席した。

 

        ◇        

 

「へえー、あんたら、やるじゃないの」

「とても素晴らしいファイトでした」

「ガウガウ、俺なんか興奮したガウ」

「狡いですよ、オリビエさん。一人だけ足手纒いを卒業ですか?」

 意識不明状態のエステル以外、クルツ達と互いに遺恨無し(ノーサイド)の清々しい握手を交わして蒼の組の控室に戻ったジンチームはメイル達に祝辞と共に出迎えられる。一堂を代表したヨシュアが社交辞令を交えて対応する。

「ありがとうございます、メイルさん。私たちはこれで退場しますが、再び決勝で相まみえるのを楽しみにしていますわ」

「……て、ヨシュア達はあたしらのバトルを見ていかないわけ?」

 訝しそうなメイルの問い掛けに、ヨシュアはコクリと肯く。

 意識を失いジンにお姫様抱っこされたエステルを始め、見た目通りズタボロのオリビエや禁断のブースト技の副作用で想像を絶する反動が待ち構えているジン。チームは勝利したものの野戦病院状態なので、一刻も早くメディカルルームで治療を受けにいく為だ。

 一応勝利チームには拘束義務があるのだが、「決勝をなるだけ万全な状態で戦いたい」と告げたら係員は快く通してくれた。

「アレの本質が判れば、タット君たちにも十分勝機はありますよ」

 韜晦大好き少女は意味深な謎掛けを残して、控室を後にした。

「なあ、軍師殿一人だけでも残って、観戦しても良かったのでは?」

 満身創痍の男衆と異なりヨシュアは無傷なので、少女の作戦立案能力を高く評価するジンはデータを集めてはどうかと薦めてみたが、首を横に振る。

 ヨシュアからすれば、事実上のファイナルは先のブレイサーズ決戦で終了。どちらが勝ち残ろうとも、明日は消化試合みたいなものだ。

 懸念材料は対戦相手云々よりも、想像以上の苦戦を強いられた自分たちがベストコンディションで決勝のピッチに立てるかに懸かっており、情報収集よりも治癒を優先する。

「アレは云うに及ばす特務兵は覚悟ばかり先行して実戦闘能力は今一つだし、メイルさん達もブラッキーさんの爆弾が使用可能なら厄介だったかもしれないけどね」

 バレンヌ灯台でエステルと互角以上に立ち回った闇世界の住人も、漆黒の牙からすれば人を殺せる気構え以外に見所がない凡庸な性能のようだ。ジンはエステルを抱いたまま器用に肩を竦める。

 メイルらに至っては安牌が一人混じっている分、よりイージーな相手だ。別段タット達を贔屓する理由も無かったので、アレについての詳細は敢えて語らなかったが、ヨシュアは情報部の覚悟の方向性を見誤っていた。

 彼らの目的が優勝とは全く別な所にあるのは想定していたが、任務遂行への執念を予め熟知していれば、同業者チームを勝たそうと全力で手を尽くしたであろうから。

 

「あー、ヨシュアちゃん、みっーけ」

 医務室の扉を開けようとした途端、廊下の奥から声を掛けてきた人物にヨシュアは表情を強張らせる。

 「決勝進出おめでとー」とホンワカとしたアルファー波を放出しながら、パシャバシャとストロボを焚く女性は漆黒の牙の天敵ともいうべき不思議生命体。ジンとオリビエは腹黒完璧超人が狼狽する稀少なショットを興味深そうに見下ろす。

「ドロシーさん、私たちはこれから傷の手当てをしなければいけないので、これで……」

「待ってよ、ヨシュアちゃんに先輩から言伝てがあるのー。大至急、リベール通信社の本部に来るようにって」

 そそくさと部屋の中に逃げ込んで扉を閉めようとするヨシュアを、ドロシーは常になく機敏な動作で引き止める。

 どうやら調べ物に目処がついたらしいが、昨日の今日でもうクローゼの手掛かりを掴むとは鼻が効くにも程がある。

「今すぐですか?」

「うん、お願い。ヨシュアちゃんを連れていかないと、先輩に取り上げられた私のお給料を返してもらえないのー」

 ドロシーは瞳を潤ませて哀願する。

 ナイアルは天才カメラマンの写真の才能とは裏腹に社会人としての責務能力を全く信用しておらず、保険として新人のなけなしの俸給を抑えた。

 スクープ大好きなナイアルは金に汚くはないが、取引相手として信用できても人間的な信頼感は今一つなのでピンハネされる前に取り戻そうとドロシーも必死だ。

(試合後で疲れているけど、要望に応えた方が良さそうね)

 天然娘にメッセンジャーを託すほど切羽詰まったナイアルの性急さを多少疑問に思ったが、元々危険を伴う調査を依頼したのはこちら側なので超過勤務を受け入れる。

「分かりました。それでは本社ビルを尋ねて、ついでにドロシーさんのサラリーを回収してきますので、貴方はエステル達の看病を手伝ってもらえますか?」

「うん、いいよ。ばっちり任されるから、私の給与を宜しくね」

「ヨシュアくぅーん、王都でも悪巧みの最中かーい? 僕も混ぜて欲しいにゃあー。ゴロゴロ、うにゅああん」

 トラブルメークと隠密無効能力を掛け合わせて無意識に妙な写真を撮られかねない天敵との同行を嫌ったヨシュアは、猫の尻尾を八の字に振り回す好奇心旺盛な変態に実際のお守り役を押し付けると、得意の快速でグランアリーナを飛び出していった。

 

        ◇        

 

『これより武術大会、準決勝第二試合を始めます。南、蒼の組、ポップル国出身。遊撃士メイル選手以下、4名のチーム。北、紅の組、王国軍情報部、特務部隊所属、ロランス少尉以下、4名のチームです』

 エステル達と雌雄を決するファイナリストの座を掛けて、外国籍遊撃士チームと全員が仮面で素顔を隠したリベール軍最後の生き残りが配置につく。

 攪乱部隊のメイルとブラッキーが最前線に位置取り、最後尾のアタッカーのタットの面前を護衛役のガウが浮遊して陣取っており、昨日と同じ必勝戦術で望む腹らしい。

 逆に情報部は剣士のロランス以外の三人は、猫のように出し入れ自由な鉤爪による近接格闘と導力銃による遠距離射撃もこなせるオールラウンダー揃い。

 準決勝に勝ち残った各遊撃士チームに較べれば、アーツに特化した後衛がいないのが唯一バランスを欠いているが、元々集団戦で扱い辛い範囲魔法など眼中にないのでさほど問題視していない。

「おい、あいつら?」

 中位置の中央にいる特務兵ドールマンが、両隣の仲間に注意を促す。「双方、構え!」の主審の掛け声と同時に赤魔道士が身体を黄色く光らせて詠唱態勢に入っているのを目撃したからだ。

「ちっ、セコイ真似しやがって」

 ラウルが思わす舌打ちする。審判の開始合図前のセンターライン越えの奇襲はルール違反も、自陣から動かない詠唱自体は『構え』の事前準備の一部と取れなくもない。

 まあ、予選本戦含めて、こんな外法を試みたチームはおらず。大会ルールの盲点をついたグレーゾーンギリギリの裏技だが、要警戒の地震魔法は詠唱時間が長くて発動前に潰せる筈。

 メイスン達は苦虫を噛み潰しながらスルーしようとしたが、最前線のロランス少尉の動作に気づいて仰天する。

 タットの詠唱に反応し、解除クラフト『零ストーム』の態勢で剣を振り被っている。このままタットを攻撃したら、逆にこちらが反則負けを宣告されかねない。

 決勝に別のブレイサーズが勝ち残っている以上、こんな所で退場する訳にもいかず、ラウルとメイスンは二人掛かりでロランスを後ろから羽交い締めにして抑え込み、陣形が乱れた最悪のタイミングで「勝負、始め!」の号令が告げられた。

 

「クレスト!」

 フライング詠唱の甲斐あり、試合開始と同時に土属性魔法の効果がガウに降り掛かる。

 『クレスト』は味方一人の防御力をアップする魔法。一回限りとはいえ、ほぼ全ての攻撃をシャットアウト可能な絶対防御壁(アースウォール)に較べると地味な印象は否めないが、土壁系にはない特徴がある。

 詠唱する者の魔力と特性により、持続時間と強化率が向上させられることにある。土属性のワンラインのタットの場合、DEF+75%いう並の術者の三倍程も防御力を上乗せさせられる。

「喰らえ、影縫い!」

 それでも使える場面はかなり限定されるだろうが、このチームには人間にない硬質の皮膚を持つ怪獣がいる。お誂え向きに真っ先にこちらに突撃してきた特務兵ドールマンが鋼鉄をも切り裂く特殊合金製の鉤爪で急襲したが、ガウの光沢ボディーに逆にクローをへし折られて唖然とする。

 只でさえ鋼のように固い皮膚がダイヤモンドなみに強化されたので、恐らくは導力銃も無力だ。

「詠唱時間も短く、接続時間はアースガードとは比較もできないからリーゾナブルだよね。とにかく、次の詠唱が完了するまでは宜しく頼むよ、ガウ」

「判ったガウ。けど、本当にメイルごとやってしまってもいいのかガウ?」

 本命の『タイタニックロア』の長時間詠唱に入り、タットが再び身体を黄色に光らせる。その詠唱を阻止しようとするドールマンをガウが通せん坊しながら、控え目に仲間の身を案じる。

 一度手の内を晒した以上、ブラッキー単体に全員道連れにされる程敵も馬鹿じゃないだろうから、囮の数を増やしてリーダー自らが生贄となる背水の覚悟。

「僕もあまり気が進まないけど、本人のたっての希望だから仕方ないよ。ミラが賭かると幾らでも身体を張れるタイプだからね、メイルは」

 印を組んだタットは、赤い帽子の下で軽く嘆息する。

 空賊事件に続いてまた只働きで終わったら、メイルが不貞腐れるのは目に見えている。『とある仕掛け』を施してあるので、前戦のブラッキー同様に地割れに巻き込まれても致命傷を負うことはない。非情に徹したタットは友達以上恋人未満の少女を巻き込む決断をした。

 

「何か知らないけど、敵が混乱していてラッキー」

 特務兵の拘束を振り払ったロランス少尉を担当のメイルは上手く自分の側に誘導する。開始前後のゴタゴタで出遅れたメイスンとラウルに向かって、プラッキーは懐から何かを取り出して次々に放り投げる。

「なんだ? そういえばこいつは爆弾魔(ボマー)だと情報にあったが、まさか手榴弾を?」

「落ち着け。大会ルール上、そんな火器は使えないから単なるハッタリだ!」

 頭上から絨毯爆撃のように降り注ぐ球状の物体を、「ふん、こんなもの!」とオーバルマシンガンで次々に撃ち落とす。ゴムボールなので中空で破裂して、内部に仕込まれていた赤い液体がスコールのように降り注ぐ。

 足元の所々に血の色をした川ができる。身体に染み付いたツーンと鼻に来るアルコール臭気にラウル達は思わず咽せ返る。

「これは、もしかして酒か?」

「うん、そう。僕の故郷のアルコール度数98%の蒸留酒(ウォッカ)だよ。下手な揮発油(ガソリン)よりも良く燃えるんだ、是が」

 ブラッキーが合図を送ると、ドールマンと遣り合っていたガウが炎のブレスを吐き出す。

 ドールマンは反射的に避けるも、ブレスはそのままセンターライン周辺にまで届く。

 距離による減退を強いられて蝋燭の炎のようにどんどんか細くなるも、地面に染み込んだウオッカに触れた途端に爆発的に引火。燃え上がった炎の蛇は酒を導火線に二人の身体に浸透し、一気に火達磨になる。

「ぐおお……!」

 炎に包まれたラウルとメイスンは、火のついた仮面と黒装束を脱ぎ捨てて、必死に地面を何度も転がって消火活動に務める。

 何とか黒焦げ状態から脱するも、髪はアフロのように散り散りで身体の彼方此方に火傷を負う。衆人の前で煤に塗れた素顔を露わにし、お笑いコントのような末路に客席からは失笑が漏れる。

「ほらはら、お間抜けな焼きオニギリが二丁あがりだよーん。プギャーーーッ」

 自分の股座の間から顔を覗かせて、両方のエルフ耳を左右に長く引っ張ってアッカンベー。緒戦の挑発行為が可愛く思える程のむかつきポーズに敵は沸騰する。

「殺す!」

 メイスン達は血走った瞳に本物の殺意を宿らせて、鉤爪を肉食獣のように展開させ襲いかかり、ブラッキーは得意の逃げ足で二人掛かりの攻撃を避け続ける。

 見事に策略に嵌められ、タットの詠唱完了までの時間稼ぎをされてしまったが、あやうく焼き殺された上にあんなおちょくりを受けて平静を保てる人間はそう多くないだろうから、精神鍛練の未熟さを問うのは酷かもしれない。

 爆弾が使えないブラッキーやその他の面々も引出しの少なさを補う工夫をしてきた。遊撃士とは思えぬ卑怯さで試合のペースを掴んだメイル達が、冷酷無情なアサシンを翻弄する。

 


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