星の在り処   作:KEBIN

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魁・武闘トーナメント(ⅩⅨ)

「ぐふぅ…………わ…………我が生涯に一片の悔いな……し…………」

 どこぞの世紀末覇者のような長ったらしい遺言を残して、グラッツが前のめりにぶっ倒れる。

 とうとう初期目標のノルマが達せられる。戦場バランスがジンチーム側に傾くも、直ぐに援軍に向かおうとはしない。

「やれやれ、勝利の美酒に浸るにはしんどい戦だったな」

 グラッツが目の前で力尽きたのを確認して緊張感を解くと、少しばかり顔を歪めながら左手の籠手を外して掌を直に左腕に触れながらメディカルチェックを行う。殴っている間中、妙に左腕が痛むと思ったら、やはり尺骨に皹が入っており太眉を顰める。

 役割柄、短期決戦で勝負を決める必要があり、まさしく『肉を切らせて骨を断つ』の極意で硬直後のカウンター狙いで一気にペースを掴む為に敢えてグラッツスペシャルを生身で受け止めたが、無傷とはいかなかった。

 余人なら間違いなく両腕が砕かれていた。圧勝劇に見せ掛けて、それなりに戦いの爪痕を肉体に刻み込まれて選択を迫られる。

「無茶は控えるべきだろうな。済まんな、軍師殿。加勢は少しばかり待ってくれ」

 民間人の身に累が及んだら捨て身で突っ走っただろうが、このバトルは公式試合であって選手生命を賭した死合いの場ではない。

 無理が祟り拳法家を廃業する怪我に拗らせたら、ジン当人に悔いはなくともグラッツに業を背負わせかねない。かつての彼の兄弟子のように。

 行かねばならない時と引くべき場合の峻別を弁えている心技体の全てに秀でた武闘家(ウーシュウ)は再び籠手を装着すると、目を閉じて『養命功』で自己治癒力を高めて身体中の闘気を左腕に集中させる。

 骨に入った亀裂をその場で修復するのは無理だが、闘気を固定化して接着剤のように皹割れの隙間に塗り込み症状の悪化を塞き止める。

 シャークアイ戦でもそうだったが、対戦者を気遣い過ぎるヨシュアならまず有り得ない精神的な甘さがジンの数少ない弱点かもしれず。グラッツは戦闘不能と化して尚、不動を一時的に足止めし、この僅かな時間稼ぎが功を奏して腹黒軍師のシナリオは大きく狂わされる。

 

        ◇        

 

(この人は一体何を考えているのかしら?)

 負傷したジンが治療モードに入ったのは些細な誤算だが、当初の目論見通りに戦力均衡が崩れたのに、クルツは目を瞑ったまま動こうとする気配はなく未だに睨み合いが続いている。

 膠着状態自体は望む所であるが、時間経過と共に加速度的に戦況が悪化する中、敵の指揮官が何らの手も打とうとしない無策振りを訝しんで探りを入れる。

「騙し討ちみたいな形で個人戦に移行させてもらいましたが、悪く思わないで下さいね。私の浅知恵では他に貴方たちに勝てる方策が思い浮かばなかったもので」

 小悪魔がお茶目にウインクしながら謝罪ポーズで両手の掌を合わせ、クルツは閉ざしていた両目を開眼する。

「そうかな? こんな七面倒な真似をせずとも、もっと簡単に勝利する方法があったと思うが」

「それは大変興味深いですね。後学の為にも是非ともご教授願えませんか?」

 下心を見透かしたような涼しげな目線に居心地の悪さを覚えながらも、知将の策謀に興味を惹かれそう聞き返すものの、次の一言には完全に意表を突かれた。

「例えば君が本気を出すとか……かな?」

 少女を取り巻く空気の温度が二三度下がったが、直ぐに小春日和のような笑顔で空惚ける。

「それは少し買い被り過ぎじゃないですか、クルツさん? 私はちょっと悪知恵が働くだけのか弱い普通の女の子ですよ」

 レイヴン戦の予想外の苦戦で能力の隠蔽に失敗し実力の一端を披露したので、今更素人だと猫を被っても騙されるマヌケはいない。

 ただし、今の戦局を知恵でなくジンのようなパワーで左右する程の実力者かと問われれば皆首を捻るだろうが、クルツは一般人とは異なる見識を抱えている。

「私は真っ当な戦闘力では、カシウスさんやジンさんの足元にも及ばない。その代わり私の『浄眼』はあの人達のような怪物にも見えない事象の内側を覗けたりする」

「洞察力の高さや物事の本質を見抜く(ことわり)とは無縁の単なる裏技の賜物だから、ブレイサーとして褒められた代物ではないがね」

 クルツは澄まし顔で謙遜する。やはり気配察知スキルは方術の一種のようである。

 その事象を見通す浄眼とやらには、目の前の華奢な少女がグラッツを子供扱いした拳法家をテディベア人形と見間違う程の物の怪に映るらしい。

「だが、君の魔性を形作るスイッチは今は繋がっていないようだね。単純に私たちが見縊られているのか、出したくても出せない何かしらの事情があるのかは判らないが」

(この人は…………)

 ヨシュアの首筋にも一滴の冷や汗が流れる。先程までの精神的な優劣が逆転し、今度は少女が気押され立場になる。

 それでも方術強化の発動を見逃す隙は作らなかったが、揺さぶるつもりが逆に動揺を誘われたのは事実。眼前の穏やかそうな方術使いに対する警戒レベルをMAXまで引き上げる。

「あくまでも、本性を曝け出すつもりはなしか? ならば、その心の隙間につけ込ませてもらうとしよう」

 クルツはそう宣誓すると、ピューっと軽く指笛を吹く。

 それは個の無双に対して、あくまでチームワークで挑むクルツチームの反撃の狼煙。

 

        ◇        

 

(クルツさんの合図だ……)

 先の婆発言にショックを受けたものの気を取り直してエステルとのファイトを堪能していたアネラスは、笛の音を聞き取ると予め取り決められていたパターンに応じて次の行動を思案する。

(新人君との一騎討ちも楽しかったけど、そろそろ潮時かな)

 猟兵団(イェーガー)との殺伐とした戦闘では味えなかった血湧き肉躍るガチバトルにのめり込み周囲の状況に全く無頓着だったが、落ち着いて観察すると既にグラッツがお亡くなりになり、通常なら4回ぐらいは発動している方術強化も沈黙している。

(我が陣営はピンチということでありますね、マスター? ならば一介の戦士でなく、チームの歯車のパーツとして全力を尽くす覚悟であります)

 弟子の成すべき役割は既に定まっているが、自分をこの袋小路に封じるのがエステルの務めらしく、そう簡単には逃がしてくれそうもないのでアネラスは賭けに出る。

 

(さっきは何をあんなに拗ねていたんだ?)

 アネラスが機嫌を損ねた理由は朴念仁には不明だが、戦いにおいて些事に過ぎず、目の前の対局に集中する。

 先の小休止を挟んで既に百合以上打ち合っているが、両者の力量は拮抗しており決定打を撃ち込める間隙は伺えない。

 ヨシュアの計画通りにグラッツは兄貴分に倒されたようで、このまま長引けば仲間の介入で個人間の勝敗が有耶無耶となる煮え切らない結末を迎えるのは必定。僅かながらに焦燥感を覚える。

「あっ……?」

 連打中におり混ぜたフェイントにタイミングをずらされたのか、アネラスの得物が棍に弾かれる。

 青龍剣は真横に転がって、フェンスにぶつかって静止。降って沸いた千載一遇の好機にエステルの心が逸る。

(足止めが役目だが、倒してしまっても別段問題ないよな、ヨシュア?)

 焦りの形相のアネラスの身体が流れる。次の行動を先読みしたエステルは無意識に棍に力を篭めて、渾身の一撃を叩き込む。

「なっ?」

「ごめんね、新人君」

 棍は虚しく空を切る。アネラスは落葉の要領でエステルの脇をスライディングですり抜け、まんまと後方へと踊り出る。

「おいおい、マジか?」

 アネラスが剣を拾おうとする瞬間を狙い左サイドに標的を搾ったが、少女は自分の得物を無視して逆側に飛び込んだのでエステルが読み違えるのも無理はない。

 命綱の武器を手離した当然の代償として現在のアネラスは徒手空拳だが、後方に落ちた青龍剣を一切振り返ることなく、迷わず真っ直ぐに紅の組側を目指して駆けだした。

「何を考えてるか判らないけど、とにかく追わないと」

 折角包囲網を突破してもヨシュア相手に無手では如何ともし難い筈だが、エステルがヘマをした事実に変わりはない。嫌な予感が増大する。

 

「何とか上手くいったみたいだね」

 一時的とはいえ武器を態とロストするリスクは高かったが、お蔭でエステルを出し抜くのに成功した。

 センターライン付近で足を止めると『二つの対象』が射程内に入ったのを確認し、とあるクラフトを発動させる。

「はぁぁぁ………………はぁーい!」

 アネラスは独楽のようにクルクル回転すると、彼女を中心として突風が巻き起こる。

 次の瞬間、アネラスの利腕には再び青龍剣が握られ、得物と同じように吸い寄せられて鳩が豆鉄砲を喰らったような表情をしている黒髪の少女にそのまま斬りつけた。

「ちょっと、一体何が起きたのよ?」

 辛うじてアヴェンジャーで斬撃を受け止めたヨシュアは、予測の斜め上過ぎる状況の変化に面食らうが、「済まない、ヨシュア。逃がした」とこちら側にダッシュするエステルの面目無さげな姿に事情を把握する。

「確か独楽舞踊とか言ったわよね?」

 アネラスが空賊砦でお披露目した他に類のないユニークなクラフトの余波で少女の側に強制移動させられたらしい。

 自分と等距離にいたクルツや剣よりも近い位置のエステルを無視したことから、狙った対象物のみを吸い込めるようだ。使い所に一工夫いる玄人向けのスキルだが、反面応用力の高さは半端ない。

「はっ……いけない。エステル、クルツさんを止めて!」

 アネラスとの交戦を余儀なくされ、今まで抑え込んでいた方術使いがフリーになった現状に危機感を覚えたヨシュアは柄にもなく余裕のない大声を張り上げる。

 予測される次のクルツの一手を考慮すると、今、二対一でアネラスを仕留めても徒労に過ぎないので義兄に攻撃対象の変更を促し、エステルは方術の詠唱態勢に入っているクルツを視認する。

「させるかよ!」

 解除クラフトの金剛撃は距離が離れていて届かないので、エステルは直線貫通技の捻糸棍を放つ。

 察知力に長けているそうなので恐らくは回避されるだろうが、その間に距離を詰めてクロスファイトに持ち込む算段だが、エステルはクルツ達の執念を見誤っていた。クルツは一歩もその場から逃げることなく、捻糸棍のエネルギーが左肩に直撃する。

「ぐっ! 方術・蘇ること朱雀の如し」

 大木の幹に穴を穿つ破壊力に相応のダメージを負ったものの、捻糸棍には解除効果は付与されていない。クルツは苦痛に顔を顰めながらも、突撃騎兵隊戦では使用する機会のなかった最後の神獣の名を冠した方術を発動させる。

 クルツを中心点としで闘技場全体を覆う特大の円陣が描かれて、ヨシュアの予測通りの奇跡が円内に降り注いだ。

 

        ◇        

 

「よし、腕の方はこれで問題ない…………なっ?」

 養命功の効果で治癒を完了させたジンは左腕をぐるぐる回すと、遅ればせながらヨシュアとの約束を果たそうとしたが、眼前の光景に度肝を抜かれる。

 戦闘不能に追い込んだグラッツがゾンビのような緩慢な動作で立ち上がると、再び大剣を構えたからだ。

「やはり、最後の神獣は戦闘不能からの復活だったか」

 東方の言い伝えに詳しいジンと博識のヨシュアの間で、『不死』を体現する朱雀の効能について見解を一致させていたが、不利益を齎された形で仮説の正しさが立証されてもあまり嬉しくはない。

「グラッツ、アネラス君。目の前の怪物たちと戦える陣形を直ぐに整えるので、今しばらく持ち堪えてくれ!」

 左手の負傷を堪えながら、普段は激することのないクルツが声高に吠える。

 中々に味方の士気の高め方を心得ているようだ。アネラスとグラッツの二人は背水の覚悟で己よりも数段レベルが高い強者を迎え撃つ。

「へへっ、悪いな、ジンの旦那。俺一人の力じゃ到底あんたに敵いそうもないが、仲間の助けを借りるぜ」

「気にするな。元々これは団体戦で、こっちの都合で無理やり個人戦に変更しただけの話だからな」

 肉どころか骨まで切らせた苦労が水泡と化して、もう一度、再生怪人との死闘を強いられるも、ジンは腐ることなく再び拳を構える。

 

        ◇        

 

「くそっ! 俺のミスで…………って、反省するのは試合が終わってからで、今はクルツさんを止めないとな」

 アネラスの頭脳プレイに嵌まり、兄妹で対戦パートナーをそっくり入れ換える羽目に陥り、紅の組右側でエステルはクルツと相対する。

「A級遊撃士と遣り合える機会は滅多にないし、考えようによっては良いチャンスか。胸を貸して貰うぜ、先輩」

 自省の薄さを嘆くべきか切り替えの早さを褒めるか微妙だが、ジンチーム側で唯一人、格上と対峙したエステルは闘志を滾らせるも、クルツの方ではエステルの要望に応えるつもりはなく首を横に振る。

「カシウスさんの正嫡のエステル・ブライト君か? 私の仲間が不届き極まる怪傑たちに苦境を押し付けられているので、申し訳ないが方術による強化が完了するまで待ってはくれないかな?」

 クルツ氏は涼しげな表情で抜け抜けとそう嘯くと、物干し竿を構えるエステルの存在に全く頓着せずに次の方術の詠唱に入る。

「舐めるな!」

 エステルは棍に気を篭めて急所を狙い打つが、クルツはその軌道を読み切ったかの如く身体の位置を右に二歩ずらして金剛撃を空振りさせる。

「方術・深遠なること青龍の如し」

 解除クラフトが不発に終わり、更なるエンチャントが大円の範囲内に施される。

 これでグラッツ達は毎ターン、ATボーナスの『HP HEAL』を取得した状態に等しくなる。いかに実力差がかけ離れていても守勢に徹している以上は、そう簡単に倒されることはない。

「とはいえ、あの化物二人を相手取るにはこの程度の強化じゃまだまだ心もとないか」

 ヨシュアと異なり、能力の出し惜しみをするつもりは毛頭なく、再度のエステルの金剛撃を容易く回避したクルツは次の詠唱に入る。

「方術・神速のこと麒麟の如し」

 また一つアネラス達の能力が底上げされ、蒼の組側の実力格差は急激に縮まりつつあった。

 


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