星の在り処   作:KEBIN

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魁・武闘トーナメント(ⅩⅣ)

「ふんっ、恥の上塗りとはまさにこのことだな」

「予選でボロ負けした地点で身の程を弁えて辞退していれば、二度も醜態を晒さずに済んだのにな」

 遊撃士チームに完敗した突撃騎兵隊を出迎える紅の組控室の同僚の態度は実に冷やか。騎兵隊の面々は激昂しかけたが、ジェイド中尉が部下を諫める。

「確かに俺たちの部隊は決勝に残るだけの器では無かったかもしれない。だが、生き恥を覚悟しても、今度はきちんと戦って負けたかった」

 そういう意味では手加減抜きで叩きのめしてくれたクルツ達にジェイドは感謝している。敗退チームには拘束義務はないので、(※レイヴンも既に退出している)、グッドルーザーとして胸を張って控室を後にする。

「皆、これから本隊に合流するぞ!」

「「「イエス・サー!」」」

 凡人が今より強くなるには努力以外に道はない。休息無しで即日の部隊演習に参加するつもりだが、黒装束たちはそんな頑張精神論にイラつきながら唾を吐いた。

「けっ、温い奴らめ。フェアプレイで力一杯戦ったから、悔いはありませんってか? 戦争に破れてエレボニアの属州に成り果てたら、帝国兵に握手でも求めるつもりかよ?」

「ふんっ、正規軍がこんな脆弱なアマチュア集団ばかりだから、大佐が苦労なさっているんだ。やはり土台から腐り切ったこの国は俺たちの手で一から築き直さなければどうにもならんな」

「ちっ、この忙しい時に神輿(デュナン)の気紛れ発言の尻拭いにこんな茶番に付き合わされるとはな。とにかく、どんな手段を使ってでも犬共のグランセル城進出を阻止しろとカノーネ大尉の御命令だ」

 仲間意識ゼロで騎兵隊を見下す上官の唱える正義を疑わない特務兵に、部下の不満に同調することなく一人寡黙を貫く仮面の隊長ロランス。

 そんな王国軍内部の不協和音を、同じ控室の隅っこで他人事のように観察している集団がいた。

「ガウッ。こいつら、なんか感じが悪いガウッ」

「確かに同じ軍隊なのに、あまり仲が良くなさそうだね。それに何か物騒な台詞を呟いていた気がするけど、犬って僕たちブレイサーのことかな?」

「はっはっは。別にどうだっていいんじゃないの? 僕らが今日、この人達と対決することはないわけだし」

「そうそう、あたし達の目標は唯一つ、優勝だけよ。ボースの空賊事件じゃみすみす五十万ミラを取り逃がしちゃったけど、今度こそ賞金の二十万ミラはあたしらが頂くわよ」

 

        ◇        

 

『続きまして、第三試合のカードを発表させていただきます。南、蒼の組。空挺師団第三連隊。ライエル中尉以下四名のチーム』

「よし、気張っていくぞ、野郎ども!」

「「「アイアイサー!」」」

 蒼の組の控室。自分達の出番が訪れたので、師団の兵士達は気合を入れる。

 予選に参加した十六チームの半数を占めながらも遊撃士関係者に連勝されて、ここまで勝ち残った王国軍関連チームは零。

 大会が従来の個人戦であればモルガン将軍やユリア中尉などの強者がノーエントリーなので個に秀でた武芸者に劣るのは仕方無しの側面はあるものの、連携と団結力が問われる団体戦で全滅したとあっては規律と集団戦術に重んじる軍隊の沽券に関わるからだが、皮肉にも次の相手もまたブレイサーズらしい。

『対するは、北、紅の組。遊撃士協会ポップル国、メイル選手以下四名のチームです』

「さてと、この試合はどうせ無報酬なんだし、ちゃっちゃか蹴散らすわよ」

【メイル(17才) ポップル公国所属 F級遊撃士】

 長剣を得物として白いレオタードの上から肩当てと胸当てだけを纏っただけの極めて露出度の高いセクシー姿で、好戦的な視線と尖り耳が目印の赤髪の元気少女。

「メイル、これは決勝なんだから、油断したら駄目だよ」

【タット(17才) ポップル公国所属 F級遊撃士】

 真っ赤なマントにとんがり帽子を被って、導力ブースターの杖を所持する黒髪童顔の爽やかな少年。実は土属性二つ縛りだけのギルドでも数少ない全連結構造(ワンライン)の適正者。

「はっはっはっ。僕の爆弾が使えたら、全員纏めて吹き飛ばせるんだけどね」

【ブラッキー(21才) ポップル公国所属 F級遊撃士】

 爆弾魔(ボマー)の悪名を持ち、所構わず手持ちの爆弾を投げつける危険人物。どことなくオリビエに似た劇薬の臭いを感じさせる、メイルと同じく特徴的な尖り耳をした青年。

「ブラッキーさんじゃん。あの人達もこの大会に参加していたのかよ?」

 エステルは驚きの声をあげる。エルナンが二人と旧知の遊撃士がエントリーしていると告げたが、どうやらボースの空賊事件でお世話になった十一人の正遊撃士の中の三人らしい。

 とはいえエステルが面識があるのは、霜降り峡谷の空賊砦で壁を爆弾で崩して乗り込んできたボマーのみ。メイルは琥珀の塔で陽動班として参戦、タットはクローネ峠側の外れ待機班で出番無しなので、この同年代カップルとはあまり話をする機会は無かった。

「メイルさんとタット君ね。私は結構あの二人は印象に残っているわよ」

 義兄よりもはるかに整頓された記憶力を保持する義妹は、そう昔を懐かしむように邂逅する。

 少女は唇に指を銜えて、五十万ミラの小切手を物欲しそうに眺めていた涎を垂らしてキャンディを欲しがる幼子っぽい姿が実に微笑ましく、少年はエジルでさえ惑わされたカリンの色香を撥ね除けた唯一の男性遊撃士だそうだ(※ちなみにブラッキーは鼻の下を伸ばした八番目の犠牲者だったりする)

「それよりも、私はあのボールが物凄く気になるのだけど……」

 ヨシュアは琥珀色の瞳をジト目にして、三人の合間を浮遊する物体を指差す。

 青い球玉状の身体にチンマリとした手足を生やした、ずんぐりむっくりとした奇怪な生き物。退化した羽をバタバタとばたつかせて宙に浮いている。一本角の真下の海苔のような太眉と円らな瞳が実にアンバランスで、客席から「ひっ、魔獣?」と悲鳴が零れたが当の本人が意義を申し立てる。

「オレは魔獣じゃないガウ。怪獣だガウ」

「しゃ、喋った?」

【ガウ(?才) ポップル公国所属 メイルの仲間(ペット?)

『え、えーと、皆様、ご静粛に。事情を説明させていただきます。ガウ選手はご覧の通り人間ではありませんが、今の問答で証明されたように魔獣と異なりコミュニケーションも成り立つので、主催者である公爵閣下の計らいで今回の出場が認められた次第であります。人に害をなすことは決してありませんので、どうかご了承ください』

 大会運営本部から、そうフォローが入る。初見の観衆は未だに騒めいているが、予選から見学していた古参は既に顔馴染なので、「ガウちゃん、可愛い」とビーチボールのようなコミカルな風貌に一部のマニアックな女性客から黄色い歓声が漏れる。

「ああん、やっぱりガウ君はヌイグルミみたいで、超カワイー! お持ち帰りしたいけど、メイルちゃん幾ら払えば譲ってくれるかな?」

 可愛い物好きのアネラスも乙女コスモを満開にしてときめいていて、隣にいるオリビエなどは、「きーっ、(けだもの)の分際でギャルの視線を独り占めにー」とハンカチを噛んで嫉妬心剥き出しで悔しがる。

「……流石にあの青玉に対抗意識を燃やすようじゃ人として終わりだと思うけど、何でもアリのカオスな大会だな。けど、本当に魔獣じゃないのか、あの生物?」

「さて、ゼムリア大陸には未知の種族が数多く棲息しているし、このリベールにも大崩壊以前から存命する人の叡知を越えた古代竜の伝説もあるから、我々と意思疎通が可能な存在は同権で敬うべきだろうね」

 オリビエの突っ込み役と化したエステルに、ヨシュアなみに博識のクルツ氏が声を掛けてきた。

 メイル達はボップル公国という大陸南東部に位置する小国の出身。元々は賞金首(WANTED)を捕らえる賞金稼ぎ(ハンター)を生業としており、去年遊撃士に転職したばかり。

「クエストは報酬が全てと公言していて、リンデ号事件でもミラの臭いを嗅ぎつけて態々国外から乗り込んできたぐらいだから、この大会も純然たる優勝賞金目当てで参加したのだろうね」

「それって、何か違うんじゃ無いっすか?」

 クルツの説明に、素朴な正義感の所有者のエステルは憮然とした表情を隠せない。

 『地域の平和と民間人の安全』をスローガンにする遊撃士にあるまじき拝金主義に反発心を感じたからだが、ボースの最終局面では無報酬で協力してくれたのでプロとして最低限のモラルは持ち合わせているのだろう。

「実際には守銭奴なのはメイルさん一人だけだから、基本誠実なタット君まで金の亡者に分類するのは可哀相かもね」

 食う為にお金を稼ぐのは当然の話だし、決勝からしゃしゃり出て賞金の山分けを目論んでいる立場であまり偉そうな事は言えないので、ヨシュアが横から口を挟む。

「なら、なんで一緒に活動しているんだ?」

  アネラスからミラで仲間を売ると思われるような悪評の持主と連むのを疑問に思う。

「あなたには判らなくても良いことよ、エステル」

 この方面の洞察力は期待するだけ無駄なので、ヨシュアは完全に見捨てている。

 自分らのような兄妹ならまだしも、ポリシーの異なる年頃の男女がペアで行動する理由など一つしかないが朴念仁には生涯解けない謎だろう。

 尚、兄妹と同年輩で準遊撃士の仮身分を卒業したタットらは優秀なのかと問われれば、少しばかり事情が異なる。

 リベールより地方の数が少ないポップル公国には協会の支部が三つしか置かれておらず、その分昇格に必要な推薦状の枚数も手頃。監督役次第の見習い程ではないにしても、正遊撃士の資格取得難易度も国によって多少のバラツキはあるみたいだ。

「あれっ? その理屈だと、もしかして兄貴は十以上の推薦状を集めたことになるのか?」

「まさか、エレボニアやカルバードみたいに支部が多い大国は一定数の推薦状を集めれば昇格できるシステムになっているわ。逆にクロスベルみたいに支部が一つしかない所は周囲の複数自治州の支部と組み合わせて一つの国扱いして、全ての推薦状の提出を義務づけているしね」

 ギルドの昇格の仕組みについてヨシュアがあれこれレクチャーしている内に闘技場の方では戦闘準備が整った。審判の「勝負始め!」の合図と共に両陣営がぶつかり合う。

 先の対戦に続いて、王国軍正規部隊vsブレイサーズの第二ラウンドの火蓋が切って落とされた。

 

        ◇        

 

「そりゃー、うりゃりゃりゃりゃ……!」

 ロングソードを構えたメイルは野性味溢れる軽快な動きで兵士達の合間を駆け抜ける。

 隊長と剣同士を鍔競り合ったと思ったら、すぐに身を翻して別の場所にランダム移動。トリッキーな行動の数々で空挺師団を翻弄する。

「ほらはら、お馬鹿さん達、こちらだよーん。プギャーーーッ」

 無手のブラッキーは、左右の黒目を器用に上下に揺らしながらアッカンベーする実にむかつく挑発クラフトで敵兵を纏めて沸騰させる。

 得物の手投げ爆弾が使えればチームのアタッカーになり得たのだが、この大会では火縄銃だけでなく火薬武器全般の携帯は禁止されている。囮役に徹して得意の逃げ足で導力銃の射撃を避け続ける。

 少女は前衛の壁役というよりは、軽装と俊敏性を活かして敵を攪乱する役割を帯びている。戦士の癖にブーメランを投げて威嚇したりと実に次の動作が読み辛く、ブラッキーの奇行と合わせて面白いように遊ばれているが。

「皆、騙されるな。この二人は単なる陽動で本命はあの赤マントの小僧だ!」

 ブラッキーの挑発に引っ掛かることなく、指揮官として後方から冷静に戦況全体を見渡していたライエル中尉はメイル達の狙いに気づいた。

 タットは身体を黄色に光らせながら、後衛で一人黙々と印を組んでいる。ライエルは自ら斬り込んで、詠唱中の無防備な状態を斬り伏せようとしたが。

「させないガウ!」

 ガード役として残されたガウが割り込んできて、タットの身代わりに銃剣を頭部で受け止める。カキーンと小気味よい音がして、刃が真っ二つに折れる。

 唖然とするライエルに、「痛いガウ!」とガウは口から火を吹いて中尉を追い払う。他の兵士たちはタット目掛けて解除弾(※詠唱、待機系クラフトを解除可能)を一斉斉射するがガウが再び壁となり、人間ならば有り得ない硬質化した皮膚に全て弾かれる。

「ちょっと待てよ、あんなの有りかよ? 導力銃が効かないとか反則だろ!」

「化物め。実弾でも使わないことにはダメージすら……」

「隊長、どうしますか? このままだと…………」

「落ち着け。とにかく散開するか、もしくは敵と密着しろ。そうすれば、アーツ遣いは無力化する筈だ」

 中尉の指示で二人の兵士がブラッキーに取り付き、残る一人はタットから最も離れた距離に身を置く。ライエル自身はタットに比較的近い位置のメイルと交戦する。

 なるべく同士討ちになる配置にした上で大円の範囲外に避難した者もいる。これだけ複数に保険をかけておけば誰かは生き残るだろうと皮算用したが、「残念でした」とメイルは舌を出しながらライエルの肩を踏み台代わりにして空中に大きく飛翔。並行してタットの詠唱が完了。

「大地よ震撼せよ。タイタニックロア!」

 少年は杖を振り翳しながらそう叫ぶと、自らもメイルに倣ってジャンプ。

 次の刹那、闘技場全体がグラグラと揺れ動くような地響きが発生。兵士たちはその場に立ち尽くすことすら困難になり、地割れに足を掬われ全員引っ繰り返って陥没した土砂に埋められる。

「お、重いガウ……」

 羽を忙しくばたつかせて必死に浮遊するガウの片足にそれぞれ掴まり、強震を遣り過ごしたメイルとタットが下界を見下ろす。地上にいる者は巻き添えを喰ったブラッキーも含めて全員生き埋めにされており、誰一人としてピクリとも動かなかった。

「勝負あり、紅の組、メイルチームの勝利です」

 

「これはまた面白そうなチームね。けど、私たちがやりたかった事を先超されて、少し悔しい気分ね」

 ヨシュアはクスクスと笑いを押し殺しながらも、愉快そうに賞賛する。

 火力は抜群だが敵だけを範囲内に置き去りにするのが難しく今一つ使い勝手が悪い広域魔法を、敢えて囮役を見殺しにして一網打尽にするのはヨシュアもオプションとして考慮していた。

 エステルの目撃情報では、シード少佐もグランストリームという風属性の全域極限魔法を発動させたそうだが、それは噂の新型戦術オーブメントによる次世代技術だろうから、旧型で全体オーバルアーツを行使できるのは土属性のワンラインである赤魔道師だけ。

「高魔力の上に唯一の全体攻撃魔法(タイタニックロア)を持つタット君と空中というセーフティーゾーンに退避可能な怪獣さんがいて初めて成り立つ作戦だから、私たちが模倣するなら別の工夫を設ける必要があるわね」

 ヨシュアはそう思案を推し進めながらも、その口調にはまだまだ余裕がある。クルツチームと相対した時ほどの危機感は感じられない。

 一撃必殺の広域アーツは確かに厄介だが既に手の内を晒した今では対策は容易。チームとしてはまだムラがありそうな若輩のメイルらをそこまで警戒してはいない。

「あらっ?」

 気絶した兵士たちを担架に乗せた救護班が蒼の組控室を素通りしていく。ヨシュアの視線は瀕死の空挺師団ではなく、歩いてヨロヨロと自力で北門に帰還する生贄役のエルフ耳の青年に注がれている。

 男性にしては細身のブラッキーが見掛け以上にタフだとしても、鍛練された正規兵を一発で戦闘不能にした瓦礫の山に埋もれて無事で済むとは思えずに首を捻る。

魔法防御力(ADF)が高い? いえ、魔力で擬似的な炎や氷を作る他属性アーツと異なり、地形を利用する地震には物理的な衝撃も加わるから、それだけはでは防げない。だとすると…………」

『続きまして、大四試合のカードを発表させていただきます。南、蒼の組。国境守備隊、第七連隊所属。ベルン中尉以下四名のチーム。対するは、北、紅の組。王国軍情報部、特務部隊所属。ロランス少尉以下四名のチームです』

 ヨシュアが自問自答の解を得るよりも先に、一回戦最後の対戦が告げられる。

 腐れ縁の黒装束が余震で荒れ果てた闘技場に姿を現す。代表者の名前が予選と入れ替わっている上に初顔合わせの仮面の剣士が加わっており、本戦用に温存されたエースとみて間違いない。

『両チーム開始位置についてください。双方、構え。勝負始め!』

 

        ◇        

 

『勝負あり。紅の組。ロランスチームの勝利です』

「何者だ、あいつ? 強いなんて次元じゃないぞ」

 他を圧する仮面男の独り舞台に思わずエステルは目を見張る。

 特務兵の手強さは何度も手合わせして既に承知しているが、奴らの隊長と思わしきロランス少尉は更に桁違い。左手に握り込んだ異形の剣で一振りで一兵を斬り捨てて、守備隊の手勢三人を瞬く間に屠る。残ったベルン中尉も黒装束らに嬲り殺された。

「これは、もしかしてクルツさん達以上の強敵なのか…………って、ヨシュア?」

 同意を求めようと隣いる義妹を振り返ったエステルは、予想外の態度に面食らう。

 ヨシュアは琥珀色の瞳に醒めた色を浮かべながら、「ふあぁあー」と退屈そうに欠伸を噛み殺して緊張感を消失中。

「思わせ振りに予選で出し惜しみするから、どんな隠し球を披露してくれるのか期待してみれば、拍子抜けも良いところね。ただ単に強いだけじゃないの、アレ」

「はいっ?」

 エステルにはヨシュアの云わんとしている事柄が、まるで理解出来なかった。

 一つ確かなのは、目の前で瞬殺劇を繰り広げたロランス少尉に何らの警戒心も抱いていない事実だけ。

「情報部の方は問題なさそうね。だから、私は当初の予定通りの諜報活動に準じることにするわ」

 そう宣言するとそれ以上の説明無しにアネラスの側に駆け寄って可愛い物ツアーにお誘いする。

 ヨシュアの仮想敵陣営はあくまでクルツ達。『今日の友は、明日の敵』を地で行く少女はまだ友達でいられる本日中に情報を搾取した上で翌日には仇と化す不届きな算段。女同士の友情に亀裂が入らないか心配だ。

「俺もヨシュアの理は見当もつかんが、主張したい意は何となくだが解る。エステル、お前は『あれ』を恐ろしいと思えるか?」

 ヨシュア十八番の韜晦トークに戸惑うエステルに、頼れる兄貴分のジンが軽く肩を叩きながらロランス少尉を指差す。

 無言で異形の剣を握りながら、他の特務兵に誘導されるように機械的で緩慢な動作で紅の門に引き上げていく介護老人じみた仮面男の後ろ姿を見つめている中に、エステルは自身の心が冷えきっていくのを感じた。

「怖くねえな…………というか戦ってみたいとも思わない」

 剣狐のようなレベルがかけ離れた達人に挑んだ時でさえ勝ち目のないバトルに心の奥底から沸き上がる歓喜を抑え切れなかった格闘馬鹿をして、ロランスの強さには何らの衝動も芽生えない。

 言葉足らずのエステルには上手く理屈で説明できないが、ようするにワクワクしないのだ。

「正解だ、エステル。俺もあれに強さは感じても、恐怖はまるっきり覚えない。それが何を意味するのかは判らないが、お前さんの義妹は油断や自惚れとは無関係に全く脅威とは見做していないようだ」

 ジンもエステル同様に己の違和感を言語化するのは叶わなかったが、ロランス少尉を人間扱いしていないのはヨシュアと共通している。

「気紛れな解説魔が、その気になるのを待つしかないか」

 恐らくヨシュアはアレとやらの正体を看破しているから、こうまで無用心でいられるのだろう。恒例の秘密主義か単に面倒臭がっているかは不明だが、何時ものようにエステルの頭にも解るよう補説するつもりはないらしく実にもどかしい。

 

 こうして決勝トーナメント一回戦が終了。ベスト4が全て出揃ったが、参加チームの過半近いリベール正規軍が全て根絶やされて、少数エントリーのブレイサーズが全員生き残るとは誰も予測し得なかっただろう。

【多国籍遊撃士チーム (ジン)、エステル、ヨシュア、オリビエ】

【リベール遊撃士チーム  (クルツ)、カルナ、グラッツ、アネラス】

【ポップル遊撃士チーム (メイル)、タット、ブラッキー、ガウ】

【王国軍情報部チーム  (ロランス)、ドールマン、ラウル、メイスン】

 賭博行為防止の為にファイナリストを占う準決勝のカードは未定だが、どのような組み合わせでも本日以上の激戦が期待できそうなので、満場の観衆は期待に胸を踊らせてグランアリーナから帰宅の途についた。

 


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