星の在り処   作:KEBIN

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魁・武闘トーナメント(ⅩⅡ)

「さてと、何時までも女の尻を追いかけている場合じゃねえよな」

 ルーザールーズの熱気に当てられたレイスは、得物の警棒を再び装備し戦線に復帰する。

 敵最大戦力を捨て身で道連れにした兄貴分の不屈の根性に奮起しないようでは、不良が廃るというものだ。

 老兵が去るのと入れ替わるように、小休止状態で呑気に解説ゴッコに興じていた若輩の周辺が慌ただしくなり、レイスはヨシュアに背を向けるとダチの助太刀に向かう。

 「女には手をあげない」とかいうフェミニスト精神ではない。彼の命中率(DEX)では回避率(AGL)カンストの漆黒の牙に攻撃を掠らせることすら至難の現実を馬鹿なりのオツムで悟ったからで、未だに封技状態のヨシュアは選択を迫られる。

「絶対にやらせない!」

 ヨシュアは大声でそう叫ぶと、オリビエを庇うように彼の目の前で両手を左右に拡げて仁王立ちする。銛で戒められたオリビエは夢世界から帰還し、顔だけ振り向いたレイスは怪訝がる。

「広域極大アーツの遣い手であるオリビエさんこそは、この絶望的な状況を覆せるチームの最後の希望であり、私にとっても掛け替えのない大切な人。だから、このちっぽけな私の身と引き換えにしても必ずオリビエさんを守る!」

「ヨシュア君、君はそんなに僕のことを……」

 マイハニーの健気な献身にオリビエはジーンと感動して涙目になる。

 その過剰なオーバーアクションに惹き寄せられ、足枷の放置を決め込んでいたレイスがUターンして、こちらに接近してきたような気もするのだが。

「ひゃはは、そんな切札なら、今のうちに潰しておかねえとな。どきな、ヨシュアちゃん!」

「きゃああっ!」

 レイスが軽く警棒を横に叩くと、軽量のヨシュアはあっさり弾かれる。「あーれぇー」と叫んで坂道を転がり落ちるドラム缶のようにゴロゴロと地上を回転しながら、瞬く間に二人の視界外に消え去った。

「ヨ、ヨシュア君…………って、ひぃっぎゃあああ!?」

 この後に及んで未来の花嫁の身を案じていたオリビエは、直後にホラー映画の怪物に遭遇した被害者役の表情で恐怖の悲鳴をあげる。

 それもその筈、彼が目撃したのはサイコサスペンスのシリアルキラーそのもの。薬中患者のような逝った目つきで、隠し持っていた光り物をベロで涎塗れにしている。

 『ニトロッコ』や『地獄のほうれん草』などの物騒な異名持ちに反して只一人渾名のない普段は軽薄なレイスが、実は戦闘中に一端スイッチが入ると最も切れやすい三馬鹿一の危険人物だったりするのだろうか?

「ひゃはは、姐さんに倣って金玉をズタズタにしてオカマにしてやるか。それとも片目にぶっ刺し兄貴とお揃いになるか、どっちがいーい?」

「どちらも、絶対に嫌です。ジンさん、ヘルプーミー!」

 オリビエは青ざめながら首を左右にブンブン振ると、遠方で大の字で横たわっているジンに救助を求める。

「済まん、楽師殿。俺はもう今回の戦闘から降りた身故、自力で切り抜けてくれ」

 ルーザールーズ自体は中年オヤジ達が勝手に取り交わした私闘なので大会ルール的には何らの強制力もないが、漢同士の誓約をジンが違える筈もなく申し訳なさそうに肩を竦める。

「そ、そんな……」

 オリビエの表情が絶望に染まる。

 団体戦なのに個人的な口約束を優先して仲間の窮地を傍観するジンにも当然落ち度はあるが、銛拘束から脱する猶予を与えられながらも奇しげな脳内妄想に時を費やして未だに囚われのお姫様状態を維持していたオリビエの自己責任だろう。

「うひひっ、シコタマ顔面を切り裂いて親にも見分けがつかないくらいにスプラッター整形するのもいいなぁ」

 冬眠前の熊が死んだ振りをする人間を物色するように、クンクンと臭いを嗅ぎながら首筋に舌を這わせ、憐れな小羊の生命は風前の灯火に晒された。

 

「これで少しは時間が稼げそうね」

 自身に敵を惹きつけ仲間を守る『挑発』クラフトを、迫真の演技力で他者を攻撃対象に祭り上げる『真・挑発』という本末転倒なスキルにバージョンダウンさせたヨシュアはオリビエの絶体絶命のピンチを尻目に密かに思案する。

 この試合では単なる役立たずでも、今後の対戦で彼の魔力が物理特化チームの隠玉となる可能性があるのは事実だが、全ては目の前の戦いを無事に乗り切ってからの話。

 ノックアウト方式のトーナメントでは今を勝たねば後日なんて悠長な未来はない。ましてや戦地に貴賓席(ロイヤルシート)など存在せずVIP扱いで出し惜しみする戦力的余裕もないので、オリビエ自ら参戦を売り込んできた以上、せめて囮役ぐらいの貢献は果たしてもらわねば王都で肩代わりした生活費の元が取れない。

「まあ、切り裂き魔に鯰切りにされて明日の準決勝の檜舞台に立てなくなる恐れはあるけど、それでリタイアするとしたら所詮オリビエさんもそこまでの偽物ということよね。でも、私はあなたが本物の導かれし者だと信じているわよ」

 キリッという擬音を発しながら上っ面だけの良い台詞で誤魔化すと、後ろを振り返ることなく真っ直ぐ前だけを見据える。

 すると先のリプレイのように、エステルと小競り合うロッコの背後からディンが大きくジャンプ攻撃を伺っている光景が目に入る。

「エステル……って、腕が動く? 両腕の痺れが治った」

 この土壇場で、ようやく封技状態が解除された。肘を肩より高く上げられるようになり、その一事は闘技場に魔王が降臨したのと完全に同義語。

 遠方の地面にアヴェンジャーが転がっているのを視認したヨシュアは、「運が悪いわね」と独り言を呟いて得物の回収を諦めると、残像を残すレベルの高速移動でエステル達の方角に突撃する。

 

「死ねや、脳筋遊撃士!」

 ロッコと鍔競り合うエステルの頭上から闘気を纏ったディンが降りかかってくるが、エステルに回避する術はない。チンピラ二人は今度こそ勝利を確信するも。

「させない」

 三角飛びの要領で壁を蹴って、空高く飛翔したヨシュアが割り込んできた。両足の跳び膝蹴りをぶつけて、待機型Sクラフトのぶち切れアタックを宙空でインターセプトする。

「ぐぼお!?」

 カタンター気味に鳩尾に膝頭がめり込む。ディンは胃液を吐き出すも、この技はこれで終わりではない。

 ヨシュアはクルリと空中で態勢を入れ換える。変則の脇固めでディンの左腕を極めると、跳び膝蹴りの勢いをそのまま利用して地上へと投げ落とす。

「ぐぎゃぼあぁあっ!」

「ディン?」

 打(膝蹴り)・極・(脇固め)・投(一本背負い)を一動作にリミックスしたような奇異なクフラトが炸裂。豪快に地面に叩きつけられる。

 その一撃で左手が有らぬ方向に曲げられたディンはビクビクと痙攣しながら意識を失う。仲間の一撃KOにロッコは狼狽する。

「あれは打極投三位一体型完全奥義『虎姫』? カルバード古武道でも幻と呼ばれた秘技を実戦で使い熟すとは信じられん」

 休憩から跳ね起きたジンが驚きの声をあげる。脱臼した左肩の拘束を解いたヨシュアはパンパンと身体の埃を叩くと「無手の私と組み合うなんて運が無かった……いえ、紛い物を喰らって幸運だったかもね」と皮肉な視線で見下ろしながら前言を翻す。

 ジンは完成形と口走ったが、本来の虎姫は片腕でなく首関節を極めて頸椎をへし折る文字通りの殺し技。肩関節を外された被害で済んだディンは確かに僥倖だ。

「ヨシュア……」

 目の前で披露された魔技に萎縮した男たちの合間をスタスタと素通りする。ヨシュアは軽く背伸びして、左手でピシャリとエステルの頬を叩いた。

 周囲に乾いた音が響き渡る。シニカルな色を浮かべた琥珀色の瞳に魅入られたエステルはドキッとする。

「目が覚めた?」

「ああっ、手間掛けさせたな、ヨシュア」

 パンパンと頬を叩いて気分をリフレッシュさせたエステルは、ロッコの方を向き直ると徐に頭を下げる。兄弟の素っ頓狂な行動連鎖にロッコは眉を顰める。

「てめえら、一体何のつもりだ?」

「ロッコって言ったよな? 悪いな。正直言うと俺はお前らのことを舐めていた」

 口先では要注意と謳いながらも、所詮は付け焼き刃だろうと見縊っていた。動機はどうあれ本気でエステル達に挑もうと努力してきた相手をおざなりに遇うなど、武闘家として恥べき行為に違いない。

「戦士に対する礼を逸するのはここまでだ。ここから先はお望み通りに全力全開で相手をしてやるぜ!」

「上等だ、この野郎!」

 改めて物干し竿を構えたエステルにロッコは警棒を振りかざして襲いかかる。エステルはロッコの得物を下から軽く小突いて、威力を上方に逸らす。

「嘘だろ?」

 武器重量と豪腕で力づくで弾き飛ばされたのならまだしも、比較的小回りが効く小型の警棒があんな取り回しの悪そうな超ロングサイズの棍に技で封じられた力量差の違いにロッコは愕然とし、得物を握った左手が高く挙げられてガードが完全にがら空きになる。

「そらそらそらそらぁっ!」

 エステルの連続突きが無防備の身体の中心線に次々と被弾する。

 瞬時に百発も叩き込むカシウス程のスピードはないが、それでも三十発近い重い連打を浴びせてロッコの身体を後方に吹き飛ばす。フェンスに激突したロッコはそのまま失神してピクリとも動かなくなった。

「ふんっ、やれば出来るじゃないの」

 得物のアヴェンジャーを拾ったヨシュアは、軽く口笛を吹く。最初から慢心せずにエステルがこの心構えで対峙していたなら、もっと早く決着はついていた。

 

「ディン、ロッコ?」

 先のサディスティックな恫喝の数々は、単に獲物をびびらせる為のハッタリのようだ。(本当にそんな度胸があれば、とっくに傷害事件を起こして王国軍に逮捕されている)普通にブチ切れアタックで戦闘不能にしようと目論んでいたレイスは、瞬く間の戦況変化に待機状態をキャンセルし、慌てて壁際の仲間の元に駆け寄る。

「た、助かった」

 臨死体験で自慢の金髪を白髪化したものの、結果的には無傷で生き延びたオリビエの悪運は導かれし者の証かもしれないが、クローゼなみに悪女に対する警戒心を芽生えさせないと長生きするのは難しかろう。

「マジかよ、本当にとうとう俺一人に……」

 レイヴンで生き残っているのは実質彼一人だが、色んな意味で覚醒した遊撃士兄妹と渡り合うのは無理だろう。「まだやるか?」とエステルは抗戦の意志を問うと、「うひゃひゃゃひゃひゃ」と狂ったように哄笑する。

「何だ?」

「ひゃはは、死んでる場合じゃねえだろ、お前ら?」

 レイスは左手と右手を仲間の各々の胸元に当てて、『夜露死苦』で同時に気を注ぎ込み、二人はゾンビのような緩慢な動作で立ち上がる。ロッコは体力が完全回復したが、流石に脱臼までは治癒しなかったようでディンの方は左肩を痛そうに抑えている。

「お前、自分が仲間の身体に何をしたか判っているかよ?」

「確かに正気とは思えないわね。以前に説明した通り4649時間は誇張にしても、確実に寿命を縮める自殺行為であることに違いは…………」

「五月蠅えよ、このアマ!」

「こいつは俺達の間で予め取り決めておいた納得済みの行動だぜ」

 蘇った二人がヨシュアのご高説を遮り、レイスを批難するエステル達に襲いかかる。兄妹は再生怪人との再戦を余儀なくされるが、何がここまで彼らを駆り立てるのか行動原理が理解できない。

「舐めないと言いながら、やっぱりお前ら、俺達のことを見下しているだろ? マトモに戦って勝てないことは、他でもない俺達が一番良く判っているんだよ!」

 遊撃士兄妹に挑む為に自分たちなりに修行を重ねたのは確かだが、継続してきた武の歴史が違うのも身に沁みていた。

 何の目標もないロッコ達が働きもせずに倉庫で駅弁り怠惰の中で無為に時間を浪費してきた遥か昔から、エステルは確かな師の下で雨風にも負けずに黙々と自分を磨き続けており、その差は一朝一夕で埋まるような浅い隔たりではない。

「けど、そんな半端者の俺達にだって、引けない拘りぐらいあるんだよ。積み重ねのない俺達がそれでも努力してきた奴らに今すぐ追いつこうと思ったら、これはもう生命を張るしかないだろ?」

 復讐云々は、もはや単なる口実でしかない。

 長い間、世間からクズと蔑まれ温ま湯に浸かり燻っていたディン達は停滞した今を変えられる何かを欲して、生れ変われる切っ掛けを必死に探していた。

「ひゃははっ。お前らが斃れるまで何度でも復活してやらあ! どっちの根が先に尽きるか勝負…………」

「貴方たちのその覚悟、確かに受け取った」

 先の意趣返しのようにレイスの言葉を遮ってヨシュアはそれだけを告げると、全体Sクフラト『漆黒の牙』で戦場を駆け抜けて、互いに蘇生技を遣わせる隙を与えぬように全員を一遍に戦闘不能にする。

 以前倉庫で戦った時にはダメージが通らなかったが、それは無差別蹂躙技故に弱い取り巻き連中に設定を合わせて威力調整したから。均一の強さを持つ三馬鹿のみをターゲットとするなら、幹部格の彼らも有象無象の雑魚に変わりはない。

「やっぱり、無駄なのかよ?」

「ヒャハハ、結局、ニートは屑のままってか」

「クソッ、クソクソクソ…………」

「それだけの決意がありちゃんと修行不足を実感しているのなら、禁断の邪技に頼った近道をせずにきちんと積み重ねてきてから、もう一度挑みに来れば良い。私はともかく、エステルはあなた達の頑張りを拒むような無粋な真似はしないわよ」

 虫の息の三馬鹿を琥珀色の瞳で冷やかに見下ろしながら柄にもない説教をかますも、尻拭いの後始末を義兄に丸投げするあたりがいかにもヨシュアらしい。

「畜生……って、兄貴?」

 懸命に這いつくばるロッコ達の目の前に、何時の間にやら起き上がってきたシャークアイが移動している。レイス達は復活したレイヴンレジェンドに必死に訴える。

「あ、兄貴、このまま終わりたくねえ」

「構わねえから、俺たちに根性注入を撃ってくれ」

「ひゃはっ、こうなりゃ自棄だ。今更寿命が縮まるぐれえ……」

 シャークアイはルーザールーズのルール上の勝利者なので、ジンとは異なりまだこの戦いに参戦する資格を有しており、その気があれば更にバトルを引き延ばすのも可能だが、軽く首を横に振るとそのまま三人を抱き締めた。

「馬鹿野郎共が、嬢ちゃんの言う通りだ。生命を削ってでも逃げずに戦わなきゃいけない正念場は人生に必ずあるかもしれないが、少なくともそれは今じゃないだろ? 俺が海で一から鍛え直してやるから、もう一度出直そうぜ」

 そう優しげな笑顔で諭すと、審判に試合放棄を申し入れる。それを合図に戦闘終了のアナウンスが告げられる。

「勝負あり、蒼の組、ジンチームの勝利です」

 

        ◇        

 

 三馬鹿はシャークアイに肩を抱かれたまま、赤の組の控室へと引き上げていく。

 自身のほろ苦い体験から、勝者が敗者に投げ掛けられる慰めの言葉などそうそう有りはしないのをエステルは熟知しており、無言のままディン達を見送ろうとしたが、次の瞬間、観客席が総立ちなり大いに沸騰する。

「良い勝負だったぞ、レイヴンの不良たち」

「アタリ籤とか馬鹿にして悪かったな」

「また来年の武術大会にも戻ってこいよ。楽しみに待っているぜ」

 スタンディングオベーションの観客から、洪水のような拍手と惜しみなく賛辞が送られる。

 常に世間の爪弾き者扱いされていたロッコ達がこれほど多くの賞賛を浴びるのは、恐らくは生まれて初めての体験であり、ブルブルと肩を奮わせている。

 後ろ姿なのでエステルからは視認できなかったが、もしかするとレイス達は泣いているのかしれなかった。

 こうして序盤苦戦するも、最後は貫祿の違いを見せつけたブレイサーズは、レイヴンを下して準決勝へと駒を進めた。

 

【エステル達の密かな目標である、王城進出までに必要な勝利は、あと二つ】

 


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