後輩の俺と先輩の私   作:大和 天

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こんにちは大和 天です!
久方ぶりの投稿となりましたすみません!

ゆっくりとではあると思いますがしっかり最後まで書き続けますので見守ってもらえればありがたいです

それではお久しぶりの39話ですどうぞ!


彼に彼女は過去を告げる。後編

 

 

 

 

 

頬を何かが伝ったような気がした。

 

 

 

触れてみると僅かに指先が湿っていた。そこで私が涙を流していたことに気づく。

 

 

見ると、目の前にいる少年は何に驚いたのか、いつも気怠げな目を大きく見開いていた。

 

 

妙に恥ずかしさを感じた私は目元を粗くこすり、いつもより少しだけ深く息を吐く。

目の前の少年は、なぜか普段あまり見せない年相応の表情をしていて、すこし面白く感じてしまう。

 

 

今なら少しだけなぜ香奈が比企谷くんの事を好きになったのかも分かる気がする。

 

 

なぜかそんな事を考えながら、私は過去へと記憶を遡らせていく。

 

 

 

 

 

 

あの日、私が救われた日。

 

 

香奈と初めて会った日。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「私さ、いじめられてたんだ」

 

 

 

ぽつりと呟いた私の言葉に、比企谷くんは先ほどよりも更に目を見開き、今まで見たこともない顔をしていた。

 

 

 

 

 

 

 

× × ×

 

 

 

 

 

 

 

ジリジリと肌を焼くような日差しが容赦なく降り注ぐコンクリートの上を、公園へ向かって小走りで走って行く。

 

 

朝は眠たい目を擦ってラジオ体操にも行ったし、朝ごはんを食べた後は今日の分の夏休みの宿題もちゃんとした。

いつもと変わらない一日。これまでもこれからもずっと続いて行くであろう毎日。

 

 

 

そんな風に思っていられるのも今日までだなんて事は微塵も考えていなかった。

 

 

 

公園に着き、五段程しかない階段を駆け上がると、いつもの様に友達が集まっている。

 

おーい、と手を振りながら走って行くと、少しだけいつもと様子が違った。

ひそひそと額を寄せ合って話し合っていたみんなは、私の声に反応して顔を上げると、少しだけ気まずそうな顔をしていた。

 

 

 

「え、どしたのみんな?」

 

 

 

みんなの顔が、何かあったのだろうかと不安を掻き立てる。

なぜだかやけにセミの鳴き声が大きく聞こえた。

 

みんながもじもじとして何も言わない中、クラスの中でも少しやんちゃな体の大きな男の子、所謂、ガキ大将と呼ばれるような男の子が顔をニヤニヤとさせていた。

 

 

 

「ねぇ、なんでニヤニヤしてるの?」

 

 

 

苛立ちと不安で、少し突っかかる様にその男の子に言うと、その男の子は意地悪くにやりと笑うと、大きな声を出した。

 

 

 

「お前ん家ってお寺なんだろ?昨日テレビでやってたぜ!お寺にはオバケが出るって!お前オバケと一緒に暮らしてんだろ!オバケと一緒なんて気持ちわりー!」

 

「っ!ちっ、違う!うちは神社だし!」

 

「そんなの一緒だろ!みんな、こいつと一緒にいるとオバケが出るぞー!」

 

「違うっ!」

 

 

 

 

 

何を言っているのか分からなかった。

 

 

違うと否定しても、聞く耳も持たない。

 

 

違う。違う。違う。

 

 

 

必死になって否定すればするほど周りからみんなが遠ざかっていった。

 

 

 

 

遠巻きにみんなが私の事を、今まで見たことのないすごく嫌な顔で見ていて、一つだけ分かった事は、もう何を言ってもダメなんだと言う事だけだった。

 

 

 

 

 

 

 

× × ×

 

 

 

 

 

 

 

あの日から友達だった子には嫌な目で見られ、3日後には外に遊びに行く事をやめた。

 

 

それでもお使いを頼まれた時や、習い事だった習字に行く時は嫌でも外に出る。

 

あの時公園にいた子には遠巻きにひそひそとされ、時には悪口を言われる時もあった。

 

 

 

 

聞いた話によると、どうやらあの日の前の夜に、夏休み恒例の怪談話のテレビがあったらしい。

 

お寺でオバケが出るといった、どこにでもあるありふれた話。

 

 

 

 

 

 

何日も何日も部屋で泣いていた。

 

神社の家に生まれたくなんて無かった、と父親に喚き散らすと、凄い剣幕で激怒された。

 

 

恨めしかった。

 

世界中の不幸を1人で背負っている気分だった。

 

 

お母さんは優しい人で、泣いている私に大丈夫よ、と言って私が泣き止むまでいつまでも頭を撫でてくれていた。

 

 

夏休みが1日減るごとに憂鬱になり、それが学校が始まる日に近づいているということが、私を更に憂鬱にしていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

今日から二学期が始まる。

相変わらず容赦のない日差しが、両手に自由研究やらを抱え、通学路を1人で歩く私に照りつける。

 

 

下駄箱で家から持ってきた上靴に靴を履き替えると、私の教室へと向かうべく階段を上がる。

その一歩一歩が私を憂鬱にさせていく。

 

 

自分の教室の扉の前に着くが、この数歩先の空間がとてつもなく怖く感じてしまう。

もしかしたらもうみんな忘れているかもしれない。

 

でも、でももし、みんなに言われたら?遠目に避けられ、陰口を言われたら?

 

 

 

そう思うと足がすくみ、全身からどっと汗が噴き出す。

 

 

自分じゃどうしようもできなくて心の中がぐちゃぐちゃになる。

 

自然と涙が溢れてきたその時だった。

 

 

 

「どうしたの?」

 

 

 

突然声をかけられたため、ビクリと体が跳ね上がった。

 

見ればそこには見たことのない可愛らしい女の子が不思議そうにこちらを見ていた。

 

 

 

「だ、だれ?」

 

 

 

その女の子が口を開こうとした時、先生が廊下を小走りで走ってきた。

 

 

 

「鹿波さんダメでしょ廊下を走ったら?転校して来て嬉しいのはわかるけどね?」

 

「はーい!ごめんなさい先生!」

 

 

 

先生から鹿波さんと呼ばれた女の子は、悪びれる様子もなく謝るとニコニコとこちらを見ていた。

 

 

 

 

 

 

 

× × ×

 

 

 

 

 

 

 

「はい、それじゃあまた明日も元気に学校に来てくださいね。さようなら」

 

「せんせーさようなら!」

 

 

 

元気のいい声とともに教室がいっぺんにガヤガヤと騒がしくなる。

 

 

 

原因はもちろん転校生である。

 

親の都合で転校して来たという『かなみかな』のおかげで、私はほとんど誰の目にも付かずに教室に入ることができた。

だれの目から見ても可愛い転校生の登場で、クラスのみんなどころか、他のクラスから覗きに来る人までいる始末だ。

 

 

学校は半日で終わったためまだ太陽は照りつけていて、何もしていなくても汗が出そうである。

誰かに何か言われる前に早く帰ろう、そう思った時だった。

 

 

 

「ねぇ、お名前なんていうの?」

 

 

 

見ればそこには転校生である『かなみかな』の姿があった。

 

 

 

「えっと、わたしは──」

「おいかなみ、そいつといたらオバケが出るぞー!」

 

 

 

名前を言おうとした私の声は、大声によって遮られた。

 

転校生は意味がわからなかったのか、小首を傾げている。

 

 

 

「オバケ?」

 

「そうだぜ!そいつの家お寺だからオバケ出るだぜ!」

 

 

 

そう得意げに話すのは、あの時公園にいたガキ大将だった。

 

 

 

「ち、ちがう!だから私の家は神社で──」

 

「そんなもんいっしょだろ!」

 

 

 

そうだよなぁ、と周りにいる男子とニヤニヤする様を見て、夏休みが嫌でも思い出される。

 

 

 

また夏休みの様になる。

 

 

 

そう考えただけで全身から汗が噴き出してきた。

またあの時と同じ様になる。そう思うと手が震え、涙が出そうになった。

 

 

 

 

 

 

 

そんな時、不意に私の手が温かいものに包まれた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「なんでそんなこと言うの!」

 

 

 

突然の大声に教室が静寂に包まれた。

 

 

 

「……え?」

 

 

 

思わず口から言葉が漏れる。

 

なぜなら、目の前の転校生が私の手を握り、大声を出していたのだから。

 

 

 

 

 

 

× × ×

 

 

 

 

 

 

 

私はそこまで話すと、すっかり冷めてしまったコーヒーを口に含んだ。

 

 

 

「……それで、どうなったんですか?」

 

 

 

比企谷くんはなぜだか神妙な顔つきで聞いてくる。

 

そんな彼に少しおかしくなり、口角が少し上がった。

 

 

 

「そりゃあもう大変だったよ。その男子には大声で論破しまくった挙句に『あなたみたいなやつとは絶対友達にならないからっ!』って半泣きの相手をぶった切って、さらに私には『神社行きたいっ!』とか駄々こねる始末でさ」

 

 

 

 

今でもあの光景は鮮明に思い出せる。

 

この事を香奈に言う度に顔を真っ赤にして『それは忘れて!』って言うから面白くて仕方がない。

 

 

 

店員さんにケーキのお代わりとコーヒーを頼み、お冷やを少しだけ飲む。

 

目の前で比企谷くんが「まだ食べるのかよ……」とか小声呟いていたが、それちゃんと聞こえてるからな?

 

微笑みかけてあげると、口の端をヒクヒクとさせて、決して目を合わせてくれなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

お互い何も話さず、時間だけが過ぎていく。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

私はテーブルの下で指を遊ばせながら静かに考える。

 

 

彼に伝えたいのだ。

 

自分でも馬鹿馬鹿しいことだと分かっている。

こんなのは私の醜い願望であって、本来なら彼に言うべきではないのだ。

 

 

それでも、それでも彼に伝えたい。

 

 

 

「……今思えばさ」

 

 

 

顔をうつむかせ、何かを考えていたであろう比企谷くんは私の声に反応して顔を上げた。

 

 

 

「今思えばあんなのはイジメなんかにはならないと自分でも思うよ。でもね、あの頃の私は自分じゃ何にもできなかった。あのままだったらきっと私はどこか壊れちゃってたと思う。」

 

 

 

 

別に香奈の為を思ってとか、比企谷くんを試しているとか、そんなそこらへんにうようよいる変なリア充擬きの様な恩義せがましい事をしようと思っているのではない。

 

 

 

 

「別に香奈に助けられたからとかそんなんじゃないの。結果的に見れば私は助けられたかもしれないけど、そういう事じゃないの。私は、あの時、あの場所で香奈に『救われた』の」

 

 

 

 

 

ただ伝えたいのだ。

 

 

香奈が思い慕っている彼に、私が香奈に想っていることを。

 

 

 

 

「香奈が比企谷くんになんて言ったかは知らないよ?でも、でもね、それが香奈が比企谷くんと今まで過ごしてきてやっと見つけたものだと思う」

 

 

 

 

 

 

 

 

自然と手に力が入った。

わずかに震えているのが自分でもわかる。

 

 

 

 

 

 

 

 

「別に私は香奈が比企谷くんに振られようが知ったこっちゃない。むしろざまあねぇなって笑ってあげる」

 

 

 

 

 

 

 

 

そう、これはただの私の醜い願望でしかないのだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「だから比企谷くんも自分のことを騙さないで、君の言葉を香奈に伝えてあげて?」

 

 

 

私はできる限りの笑顔でそう言った。

 

 

 

 




いかがだったでしょうか?

別にこんなシーンいらなかったんじゃないか、と思われる方もいらっしゃるとは思いますが、この作品を考え始めた当初からこの話の構想はあり、どうしても書いてしまいました。
気に入らなければ申し訳ありません。

話は変わり、お気に入り2000件、UA30万ありがとうございます!
なかなか更新されない今作ですが気長にお待ちいただければ幸いです(>_<)

感想や評価等お待ちしております!
読んで頂きありがとうございました!

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