東方狐答録   作:佐藤秋

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第八十九話 緋想天④

 

 先日は、パチュリーを迎えに来た咲夜から、霊夢が昨夜紅魔館に泊まったことを聞かされた。咲夜に無理矢理連れてこられての結果みたいだが、俺としては霊夢の現状を知れただけでも十分である。むしろ、異変解決中の霊夢は夜中どこで寝泊まりしていたのかという心配もあったので、咲夜はよくやってくれたと言っていい。

 さて、これで霊夢の中の犯人候補から、紅魔館は外れたことになる。順調に犯人が絞れてきているようでなによりだ。霊夢が天界の犯人までたどり着くのも、時間の問題だと思った。

 

 

 

 

 今日の天気は強い雨。そのうえ風まで吹いていて、軽い暴風雨と言ってもいいような天気だ。

 天気が変わっているということは、誰か客が来たということで間違いない。

 こんな風雨の中飛んでくるのはさぞかし大変だっただろう。傘や雨合羽を使っていてもそれなりに濡れてしまったに違いない。そう思っていたのだが……

 

「いえ、お構い無く。飛ぶときは常に風を身にまとっていますからね。雨の日でも濡れずに飛べるんですよ」

 

 雨なので境内でも縁側でもなく、神社の部屋の中で文がそう答える。そういえばそんな能力を持ってたな。『風を操る程度の能力』のお陰で文は、スカートでも気にせず空を飛び回ることが可能なのだ。

 

「そうか…… 髪を拭いてやろうと思ってタオルを準備したのに無駄だったか」

 

 天気の変化と来客を察してすぐに変化の術でタオルを作り出していたのだが、それは無駄に終わったようだ。相手が相手なら髪を拭かせてもらおうという下心があったのは秘密である。

 

「……へ? 髪を拭くって…… わざわざ真さんが、ですか?」

「そうだが? 風呂上がりの霊夢の髪を拭いたこともあってなー」

「……ちょっと今から外に行って全身ビショビショになってきますね!」

「やめろ」

「ぐえっ」

 

 方向転換し外に出ようとする文の後ろ襟をひっ掴む。本気で外に出ようと思っていたのか、そのまま文は首がしまって変な声を出した。

 髪が濡れていたら拭かせてもらおうとは思っていたが、だからといって髪を濡らしに外に出られるのはまた別の話だ。

 

「……あー、せっかく真さんとのイベントが……」

「……なに訳の分からないことを…… それより文は何しに神社まで来たんだ? 今日は霊夢は出掛けているが」

「ああ、それは知ってますよ」

 

 俺に襟を持たれて宙ぶらりんの状態で文が言う。文は職業柄いろんな情報に通じるのは早いようで、霊夢が異変解決に行ったことを知っているようだ。

 この体勢のまま話をするのは俺の腕が疲れるので、一旦手を放し文を座らせる。俺もその場に座ったものだから、部屋の真ん中ではなく、端っこの出入り口付近にて文の話を聞くことになった。

 

「今日は妖怪の山で見張りをしていたんですが、そこに霊夢さんがやってきまして……」

 

 ちゃぶ台も挟まず、目の前で正座をしている文が話し始める。ああそうか、文はスカートだからあぐらをかくことができないのか。話が一区切りついたら座布団でも用意してやろう。

 

 文から話を聞くに、どうやら霊夢は紅魔館を出発した後、妖怪の山まで向かったらしい。天界の入り口は妖怪の山の上空にあるので、霊夢が犯人を見つけるのも時間の問題だ。妖怪の山の上にある守矢神社には天候を司る神様(神奈子)もいるわけだし、気付かないということも無いだろう。

 ちなみに文は侵入者を迎撃しようと霊夢と弾幕ごっこをして、負けたという口実に見張りを止めてここまで遊びに来たらしい。昨日の小町に続いて、仕事をサボって神社に来るヤツがやってきたことになる。

 ああ小町だが、やっぱりあいつは昨日仕事をサボって神社に来てたみたいだ。映姫に小町が来てることを教えたら、すっ飛んでくるなりものすごく怒って説教してた。当然連れ戻されたので泊まっているはずも無く、いま神社にいるのは俺の他には文だけである。

 

「いやー、霊夢さんは強かったですよ! さすがは博麗の巫女ですね!」

 

 興奮した様子で文が言う。俺はその逆。霊夢の現状が知れたことはいいのだが、それ以前に文に突っ込んでおかねばならないことがある。

 

「……お前、見張りをサボるためにわざと負けたんじゃないだろうな? いやそもそも負けることは見張りを止める理由にならないと思……」

「失礼な! 手加減はしましたけどわざと負けたりなんてしませんよ!」

「……んん? どう違うん…… ああ違うか」

 

 文の言葉に一瞬疑問が浮かんだが、すぐにその答えも頭に浮かぶ。力を抑えながらも勝つ気でやるというのは矛盾しない。俺が美鈴と組み手をするときに、尻尾の本数は増やさない前提で全力を出すようことと同じだろう。零点零零零二%組手と似たようなものだ。

 しかしだからといって、負けたから神社に来るのはやはりおかしいと思う。というか妖怪の山の上司()に、仕事をちゃんとこなせていない話をしてもいいのだろうか。

 

「いいんです。むしろ霊夢さんに負けた私に、怪我などが無いか心配するべきだと思いますよ」

「心を読むな。文は見たところ元気そうだし、心配の必要も特に無いだろ。 ……ああ、でもそうだな……」

「おっ?」

「文と戦ったってことは霊夢のヤツ、雨に濡れて風邪とか引いてなければいいが……」

「あー、そっちかー!」

 

 気質を集められている者が二人以上集まったときの天気は、交互に訪れるか混ざるかである。いくら霊夢が『快晴』でも、文と戦えば『風雨』の影響は無視できない。雨に長時間濡れたりしたら、また霊夢が熱を出す心配がある。

 ……そのときはまた、俺が看病してやればいいか。そういえば熱が出たときは頭よりも腋の下を冷やしたほうがいいらしいな。霊夢の巫女服は肩周りに布は無いためある意味都合がいいと言える。今はそのせいで悪い方向に体が冷えそうだが。

 

「大丈夫ですよ、それほど濡れてるようには見えませんでしたし……守矢神社もありますから最悪そこでなんとかなるでしょ」

「……そうだな」

「早苗さんの巫女服なら霊夢さんも着られると思います。まぁ胸の部分は余るかもしれませんが」

「それは知らん」

 

 早苗は幻想郷に来たときは私服か制服かだったが、守矢神社に住み始めてからは巫女服も着るようになった。霊夢の巫女服を手本に作ったのか、早苗の巫女服も肩周りに布が存在しない。正直とても動きにくそうに見えるのだが、まぁ似合っているので良しとしよう。ダボダボのアームカバーとノースリーブの服の組み合わせで、巫女服っぽく見えてしまうのだから不思議なものだ。

 

「二人ともサラシを巻いているとはいえ、やはり霊夢さんより早苗さんのほうが大きいですからね」

「え、まだその話題を引っ張るのか?」

「男の人に興味がありそうな話じゃないですか?」

「……そりゃまあ興味が無いといったら嘘になるが…… 霊夢も早苗も子どもだろ? そんなに違いがあるとは思えないんだが」

 

 身長なら二人並んで立ったときに早苗のほうが少し高いと思ったことならあるが、胸の大きさに関しては意識したことが無い。目立つものでもないし、霊夢も早苗も文も椛もみんな同じようなものだと思う。ああでも、にとりは他と比べると大きいかな?

 

「にとりさんは前で×印に鍵を縛ってるから目立って見えるだけですよ。早苗さんのほうが大きいです」

「……また心を読むなよ、(さとり)かよ」

「真さん分かりやすいんですもん」

「……俺はサトラレじゃなくて狐妖怪のはずなんだがなぁ」

 

 文が俺の考えていることに対して見事に反応してくるため、心が読まれ過ぎてて溜め息が出る。表情などで心理状態が読まれることはあるだろうが、それにしたってこれは読まれ過ぎだろう。

 思えば過去も何度かさとり以外にも心の内を言い当てられたことはある。俺ってそんなに分かりやすいものなのだろうか。一昨日のパチュリーには心を読まれることは無かったのだが。

 

「……狐妖怪といえば、真さん今日は尻尾と耳を出してるんですね!」

 

 正座の状態から身を乗り出して文が言う。やれやれ、またその話か。尻尾は体積的に目立つ大きい変化だし、狐耳も顔を見て話すなら目立った変化なので、ひとこと言いたくなるのが普通なんだろう。

 文が右手を伸ばしてくる。

 

「ちょっと触ってもいいで……」

「駄目だ」

 

 伸ばしてくる文の右手首を掴んで静止させる。

 

「即答!? な、何故ぇ!?」

「文は触り方がやらしいからな。百歩譲って尻尾はいいが耳は駄目だ」

「や、やらしいってそんな心外な……」

 

 文が頬をポリポリと掻きながら苦笑いする。阿求と妖怪の山まで取材に行ったときのことを忘れたとは言わせない。

 尻尾の先や耳は敏感なのだ、そういった目的では断固拒否する。永琳やさとりのように、優しく触れてくれるなら考えるが。

 

「そ、それじゃあ何枚か写真を撮らせてください!」

「……ほう。最初に無理な注文をすることで、後にする軽いお願いを通りやすくする交渉術か。さすが記者だな」

「いえ、最初のも普通のお願いですが……」

「まぁ写真くらいなら構わないぞ。よほど変な写真じゃ無ければな」

「本当ですか!? 任せてください、かっこいい写真を撮りますので!」

 

 写真くらいならと了承すると、文は腰に巻いたポーチからすかさずカメラを取り出した。こんな雨の日にも常備してるとはさすがである。

 

 文に写真を撮られると変な記事を作られる可能性はあるが、俺一人の写真なら他の人に迷惑をかけることも無いだろう。むかし慧音との写真を撮られたときは、悪用するなとちゃんと言った記憶がある。

 

「……へへ~、九尾状態の真さんの写真は全部霊夢さんに破棄されちゃいましたからね……」

「? 何をブツブツと…… 撮らないのか?」

「あ、撮ります撮ります! せっかくだから立ってください!」

「えぇ……」

 

 座った状態の適当な写真でも撮ればいいのに、文から立ってくださいと指示を受ける。地味に台に片腕を置いてポーズを取っていたんだけどな…… 写真くらいと了承した手前、渋々ながら腰を上げる。

 

「うぅむ、撮るなら普段撮れない写真がいいんですよね~。誰かに見せたりするわけでも無いですから、私だけの特別な……」

 

 文が俺を立たせた手前、どういう写真を撮るのか悩み始める。せめて構図が決まってから、立ち上がるよう指示して欲しかった。「実は前々からこういう真さんの写真が撮りたかったんですよ」とかすぐ指示されたら、それはそれで複雑な気持ちになるが。

 

「……そうだ! ここは真さんとのツーショットを撮りましょう!」

「ツーショット? 新しい弾幕ごっこのルールか?」

「違います! とりあえず真さんはこっちに来てください!」

 

 指示通り文のところまで行って隣に立つ。あぁ、ツーショットって二人で写るってことか。

 

 文はちゃぶ台の上で何やらカメラの操作を始める。あのカメラはこの間にとりからもらった新作で、セルフタイマーの機能もあるみたいだ。

 操作が終わったのか文はカメラをこちらに向けて設置して、俺の隣に戻ってくるなり腰周りに抱きついてきた。

 

「おっと」

「真さん、もうちょっと顔を私に近付けてください! カメラとの距離が近いので入りませんよ!」

「あ、ああ……」

 

 パシャリ。

 

 文のカメラから撮影音が鳴り、一瞬だけ部屋が光に包まれる。カメラを持っている人物は天狗に限られるため、写真に撮られるという経験は案外少ない。カメラのフラッシュにより、視界が眩しくなるのは苦手である。

 

「……わぁー! よく撮れてますよ! 真さんほら!」

「どれどれ…… うわ、近いなー」

「真さんったら大胆ですね!」

 

 撮った画像を文が確認しつつはしゃいでいる。画像の真ん中には先ほどやった通り、楽しそうに俺に抱きつく文と中腰になった俺が写っていた。

 

「……近くにいても特に何も思わないが、第三者視点だと密着して見えるもんなんだな」

「えへへ……初めてカメラで自分を撮りました。これは大切に取っておきましょう」

「……狐耳がある自分の姿って見慣れないなぁ。髪の色違うし、耳四つもあるし」

「ふむ……天狗下駄を履いていないと身長差が如実に表れますね。外で撮れたらよかったのになぁ」

 

 俺と文が口々に撮れた写真の感想を漏らす。仲良さそうに撮れているから結構いいんじゃないか? セルフタイマー機能を使わなくてもいいほど大きく写っているが、これは文が両手を空けたままにしたかったからだろうか。

 

「せっかくの写真ですから、タイトルを付けていきたいところですね。何にしましょうか?」

「そうだな……『射命丸』と『真』が写ってるから『しゃしん』でどうだ」

「却下で」

 

 渾身のタイトル名を文に素気無くボツにされる。じゃあ『真』と『文』が写ってるから『しんぶん』でどうだろうか。発想がさっきと何ら進化してない。

 

「……まぁタイトルは帰ってから考えま……わっ!?」

「お」

 

 文がカメラを腰のポーチに仕舞おうとした瞬間、また神社内が一瞬光に包まれる。今回はカメラのフラッシュではない。どうやら近くに雷が落ちたみたいだ。

 

「……っくりしたー…… 最近ずっと酷い天気でしたけど、今日は一段と悪いですねぇ……」

「天気の悪さは文が原因だけどな」

「へ? それはどういう…… あ、それより! こんな酷い天気の中妖怪の山に帰るのは危険な気がします! 今日は大人しく神社にお泊まりなんかしちゃったり……」

「ん、いいぞ泊まるか?」

「ふぇっ!?」

 

 何か予想外のことでも起きたのか、文の声が裏返る。別に、天気が悪いから泊まるという選択肢は普通だと思うんだが…… 魔理沙だって雪が降ってるからと泊まったことは何度もある。

 

「と、泊まるって…… 真さんと二人きり……?」

「霊夢と萃香が帰ってこなければそうなるな。この天気じゃ他に客も来ないだろうし」

「あ、あやややや……」

 

 ただ一つ問題があるとするならば、霊夢がいないため文と二人ということだろうか。俺としては霊夢が文に変わっただけという感じであるが、文からすると萎縮してしまうことかもしれない。

 思えば霊夢は初めて会った妖怪を、いきなり同じ家に住まわせたのだ。その胆力、同世代の少女を遥かに凌駕してると思う。

 

「……と、泊まり? 真さんと二人きりでご飯を食べて、真さんと二人きりの神社に寝る……」

「ああそうなるな。寝る部屋は当然別々だけど。雷が怖くて一人が無理とかなら一緒にいてやってもいいが、まぁそんなことは……」

「い、一緒に!? あ、あやややや……」

「……文?」

「ちょちょちょ、ちょっと外で頭を冷やしてきます!」

 

 顔を真っ赤に染めた文が、そう言いながら慌てて外に出て行く。先ほど出て行こうとしたときよりも更に素早い。首根っこを掴んで止めようとしたが、それよりも速く外に出ていってしまった。

 

「あ、おい! ……ったく、何考えてるんだ文のヤツ!」

 

 文を追って俺も外に出る。外の天気は先ほどよりも、雨風ともに激しくなっていた。

 

 

-・-・-・-・-・-・-・-・-・-

 

 

「……あぁもう文を追ったから俺まで濡れた…… なんでわざわざ雨に打たれに出てくんだよ!」

「……だ、だって真さんが、真さんが~」

 

 大雨の中、外に出ていった文をなんとか連れ戻すことに成功する。俺が、なんだ。外に出たのは文の奇行によるものだろう、責任転嫁も甚だしい。

 こんな大雨では能力も効果が無いのかそれとも能力を使ってなかったのか、文は全身見事に濡れていた。このまま畳の上には連れていけない。縁側から入ったところで俺は文の手を掴んだまま立ち止まる。

 

「お前もだ! なんでこのどしゃ降りの中で神社の前に突っ立ってるんだよ! 濡れるだろ!」

「え、えぇと…… 用も無く立ってたわけでは無いんですが……」

 

 文を追って外に行くと、神社の前で傘も()さずに立っている紫色の髪をした少女を発見した。なんとまぁ雨の日に外に出るヤツが文の他にもいるなんて…… こうなったらもう一人も二人も同じである。文を連れ戻すついでにこの少女も、神社の中まで手を引いてきた。

 

「ほら!」

「……? これは……?」

「見りゃ分かるだろ! タオルだよ! 文もお前もこれで濡れた体をさっさと拭け!」

「は、はぁ……」

 

 変化で作り出したタオルを二つ、文と少女にそれぞれ手渡す。二人が受け取るのを確認してから、 俺は文がもう外に出ないようにと縁側の戸をピシャリと閉めた。

 

「……普段から雲の中を飛んでいる私は、濡れてしまうことには慣れているので、このようなお気遣いは大丈夫ですが……」

「慣れているとか関係無いの! 雨に濡れてるヤツを見かけて、放っておけるわけ無いだろうが!」

「で、ですが雨粒もほとんど羽衣で防いでましたからそれほど濡れてないですし……」

「どっちにしろ大雨の中に放置はできないだろ! 仮にお前が河童だとしても、とりあえず俺はここに雨宿りさせてたね!」

「わ、私は河童じゃなくて竜宮の使いです!」

「知ってるわ! いや竜宮の使いってのは知らないけど、河童じゃないことくらい見たら分かる!」

 

 紫髪の少女がブツブツ言ってくるので、文を追いかけたテンションのまま大きい声で丸め込む。勝手に連れて来たのは悪かったが、見つけてしまった以上無視はできない。天気はもはや台風と言ってもいいくらいに、雨と風が吹き荒れているのだ。

 

「……ふぅ。大声を出して悪かったな。でもこんな天気の中で外に出てるお前らが悪い。ほら、火ぃ出すから濡れた服乾かせ。お前も、濡れてるのには慣れてるってだけで、乾かしたら死ぬってわけじゃないだろう?」

「は、はい……」

 

 少し落ち着いたところで狐火を近くに作り出し、体を冷やさないよう二人に呼び掛ける。少女は先ほど言ってたように体はさほど濡れてはなく、文は文で水を弾くような素材の服なのか濡れているのは主に髪だけだ。が、暖かくするに越したことは無いだろう。

 というか俺だってそれなりに全身濡れているのだ、服や尻尾を乾かす必要がある。当然文の髪を拭いてやる余裕は無い。

 

「……暖かい。地上はずっと酷い天気でしたし落ち着く時間もありませんでしたが、ここが最後で良かったです」

 

 狐火に当たりながら、ようやく少女が落ち着いた様子を見せる。登場したときから今に至るまでの言葉の節々より、少女が普通の人間ではないことは明らかだ。ひとまず俺は、少女に何の目的があってここまで来たのかを尋ねてみる。

 

「……そういえばお前は何をしに神社まで?」

「あ、そうでした。竜宮の使いとしての使命を果たさなければ」

「……さっきも言ってたが、竜宮の使いって何のことだ。妖怪の種類?」

「そうですね。もう最後なので時間を気にする必要もありませんし、自己紹介も兼ねて説明しましょうか」

 

 先ほども思ったが、"最後"って何のことなんだ。いやまぁそれも、これから説明してくれるんだろうけど。

 

「貴方のことも教えてくださいね? 優しい狐の妖怪さん?」

 

 少女はそう前置きをして答え始めた。

 

 少女の名前は永江(ながえ)衣玖(いく)。主に天界に住んでいる、竜宮の使いという妖怪だそうだ。竜宮の使いは地上に地震が起きる前触れを知らせに来る妖怪であり、衣玖もその例に漏れず地震が起きるということを幻想郷に伝えに来たらしい。

 もう既にほとんどの場所に地震が来るとは伝えていて、博麗神社に来たのは最後の最後。それ故にもう他の場所に地震を伝えに行く必要は無く、こうして説明してくれているみたいだ。

 

 ……まぁあれだ。地震が来ることを知っている俺には、まったく無駄な情報だな。衣玖は今回の異変には気付いていないからその情報さえも不十分であるし…… 地震は俺が起こさせないので、正直なところ人々を無駄に不安にさせただけじゃないだろうか。衣玖は自分の役割を全うしただけであるため、責めるべきことは何一つ無いのだが。

 

「~♪」

「……なるほどね」

 

 衣玖の説明を聞き終わり、俺は文の髪を拭きながら納得の相槌を打つ。話が少々長かったお陰か、文もすっかり落ち着いたみたいだ。本当に、なんでこの嵐の天気で外に出ようと思ったのだろう。

 

「……真さんは、地震が起こると聞いても落ち着いてますね」

 

 感想を『なるほど』の一言で済ませた俺を、衣玖が少しだけ意外そうな目で見てくる。そりゃあ地震が起きることを知ってたし、そもそも地震は起きないからな。おそらくアリスやパチュリーも、俺と同じような反応をしたと思う。どちらかというと、地震が起きると初めて聞いたうえで落ち着いている文のほうがおかしいんじゃないか。

 

「私は地震が起きることを伝えるだけで、地上の者がどう動こうと気にしないのですが…… こうして関わってしまった以上は少し気になります。地震が起きるんですよ? 心配じゃないんですか?」

「そうですねー。私はさておき、真さんは気にしたほうがいいと思います。地震以前に今の天気で博麗神社は壊れそうですし……」

「……今日はまた一段と雨風(あめかぜ)が酷いですからね。確かに少し心配です」

「お前ら……言っとくけど今の天気はお前らが原因なんだからな」

「「え?」」

 我慢できずに突っ込むと、二人が鳩鉄砲されたような顔をする。いきなり悪い天気の原因は自分だと告げられたのだ、異変に気付いてないとなるとこの反応はむしろ自然なのかもしれない。

 

「……私たちが今の天気の原因ってどういうことです? 確かに私は風を操る能力を持ってますけど……」

「私も雷を起こすことくらいならできますが、雨を降らすことはできませんよ?」

「いや、お前らが直接何かしてると言ってるわけでは無くてだな……」

 

 いまいちピンと来ていない二人に、俺は現在進行形で起こっている異変のことを説明する。何者かが気質を集めていることが原因で、個人の周囲の天気が固定されているのだ、と。

 今の天気は文のみの気質によるものかとも思ったが、衣玖が来てから更に天気は悪化している。他にも衣玖の言葉から鑑みるに、衣玖の天気も雨風を起こしていると予想するのは当然だった。

 

 今の天気の悪さについて、二人を責めるつもりは勿論無い。思わず『今の天気はお前らが原因』と口にしてしまったことから、ただそのことに対して説明しただけである。

 

「な、なるほど…… 道理で霊夢さんが来たときに悪い天気が緩和したはずです。私の気質によって起きていた『風雨』が、霊夢さんの『快晴』に抑えられていたんですね……」

「……誰かが気質を集めていた……? そうなるとこれから地震が起きるのは納得ですが…… それよりこんな真似ができる人物ってもしかして……」

 

 説明が終わり、二人とも少なからず違和感は抱いていたのだろう、思い当たる節を口にする。そりゃそうだ、毎日続く同じ天気に違和感を感じていなかったなら、どれだけ鈍感だって話だよな。

 

「……なるほど、真さんが落ち着いている理由が分かりました。気質が集められていることを知っていたから、これから地震が起こることも既に知ってたんですね……」

「ああ、まぁそんなところだ」

 

 俺は適当に肯定する。詳しく言うと、地震が起きることを知っていたことに加えて、地震が起きないことも知っているのだが、説明するのは面倒だ。

 

「……で、ですかそれにしたって落ち着き過ぎです! この建物が倒壊する危険はまだあるわけですし…… それどころか、なんで今の天気の原因である私を、わざわざ雨宿りなんかさせてるんですか! 地震が来る前に神社が壊れても知りませんよ!?」

 

 地上の者がどう動こうと気にしない、とか言っていた衣玖が、心配してくれているのか声を張り上げる。初めて神社に来た衣玖に神社が壊れる心配をされるなんて、どれだけこの博麗神社はボロい建物だと思われているのか。先ほどから強い風が吹く度に、壁や屋根がガタガタと音を立てているのが原因かもしれない。

 

「大丈夫だって。神社は壊れたりしないから」

「ど、どうしてそう言い切れるんです!?」

「そうだなぁ…… そうだ文。どうして俺は今日、尻尾を九本も出してると思う?」

「え? えぇと……」

「はい時間切れ。正解はなぁ……こういうことだ」

 

 そう言うと俺は床に手を当てて、博麗神社全体に変化の術を作用させた。土地に続きまたも大規模な変化だが、尻尾を九本も出しているのだ、妖力にはまだまだ余裕はある。この場から動けないというデメリットも、どうせ動かないから関係無い。

 

「……え? 建物の軋む音が……止んだ?」

「……神社全体に術を掛けて、この程度の雨風じゃあビクともしないように変化させた。なんでこの神社が壊れないって断言できるかって? 俺が壊させたりしないからだよ」

 

 周囲の変化に驚いている衣玖に対して、俺はきっぱりと言い放つ。こんなことをしなくても神社は壊れたりしないだろうが、目に見える安心というのを示しておくのも時には大事だ。

 

「……おー! 真さんかっこいいです! なるほど、尻尾を出してるのはそういうことですか! 単なる気分じゃなかったんですね!」

「そうだ」

「すごいですねーこの尻尾! うおー!」

 

 文が賞賛の言葉を浴びせながら、俺の尻尾にまとわり付いてくる。すごいと言われて悪い気はしない。仮に文の全身がまだ十分に乾いてなくて、俺の乾いた尻尾をまた濡らすことになったとしても、十分許せる範囲内だ。

 

「……まぁそんなわけで、神社を心配する必要も無ければ、衣玖がここにいることに負い目を感じることも無い。良ければ霊夢が異変を解決して天気が回復するまで、神社にいてもいいからな」

「は、はぁ……」

 

 衣玖は妖怪ではあるが、話の通じる妖怪である。悪い妖怪には全く見えないならば、雨宿りさせてやることに抵抗なんてあるはずも無い。

 それに文と二人きりだと、いつ文がまた変な暴走を始める可能性もあるからな。いてくれるならいてくれるで俺にとっても都合が良かった。

 

「……では、もう少しだけお世話になりますね。地上の者と話す機会は少ないですから……」

「ああ、それがいい」

 

 地上に残るという意思を見せる衣玖に、俺は軽く笑って小さく頷く。雨が降っているから雨宿りする、そんなの当たり前の選択だ。

 

「……では衣玖さん! 折角なので私にもいろいろお話を聞かせてください! こうして会えたのも何かの縁ですよ!」

「ええ、いいですよ。大したお話はできないと思いますが」

「竜宮の使いに会えただけでも大したことですから! それじゃあまずはですね……」

 

 それに、話したいというなら丁度ここに適任者が来てるしな。文は俺の尻尾から抜け出すと、衣玖の前に向きなおって取材を始めた。

 

 天気が似通っているこの二人、もしかしたら相性がいいのかもしれないな。外に広がる台風を見ながら俺はそんなことを考えた。

 

 


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