「……結局泊まってしまったわ。はっきりと『泊まる』とは言葉にしていなかったのに、終始真のペースに乗せられて……」
「でもなんだかんだでパチュリーも楽しんでたじゃない。今までよく眠ってたみたいだし」
「……神社なのにベッドで寝るという貴重な体験をしてしまったわね。まさか部屋をそのまま洋式に変えるなんて…… 便利ね、真の変化の術」
「……それより咲夜が迎えに来てるみたいだけど」
「え? どうして私がここにいるって…… あぁ、こあにだけは伝えていたからかしら……」
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昨日はアリスとパチュリー、二人の魔法使いが泊まっていったため、なかなか新鮮な一日だった。無駄に夜遅くまで起きていたせいか、おそらくまだ二人はぐっすりと眠っている。
おそらく、と言ったのは、二人が部屋から出てきていないだけであり、寝ているのを確認してはいないからだ。寝顔を見るのは好きであるが、寝ている女性の部屋に入るのは悪いだろう。いくら背が低かろうと見た目が幼かろうと、性別が女なのならば女性である。
一足先に目覚めた俺はいつも通り境内に出て、日課の掃除に勤しんでいた。天気はパチュリーの
適当な考え事をしていたらやがて全体を掃き終わり、俺は変化の術で作り出していた箒を木の葉に戻す。
もしこのままパチュリーが神社にいれば、桜の花が咲き始めるのだろうか。そうなるとまた神社の掃除が大変になるな。そんなことを考えながら空を見上げると、薄く広がる花曇の雲が次第に分厚くなってきた。
天気が変化するのは来客の証拠。視界の悪い曇り空を注視してみると、白暗く広がる雲の中に一つ、動く青い物体を発見した。雲の切れ間から見える青空ではない。明らかに雲よりも手前に存在するその青い物体は、神社に向かって飛んできているようにも見える。
「……ありゃあ……咲夜のメイド服か?」
青い物体が徐々にこちらに近付いてきて、背景と同化していた白いエプロンドレスと銀色の髪がはっきりと認識できるようになってきた。
ああ、やっぱりあれは咲夜で合ってる。ここに向かって飛んできてるというのもどうやら間違ってなかったみたいだ。
幻想郷に住む唯一のメイドは神社の前に音も無く降り立つと、スカートの端を指先でちょこんとつまみ上げ俺に対して恭しく頭を下げた。
「ごきげんよう真様。いい天気ですね」
「おはよう咲夜。そうだな、何を
「ええその通りです」
何も晴ればかりがいい天気というわけではない。太陽が天敵である吸血鬼に仕えている咲夜は肯定し続けて言う。
「それと……女性がスカートを穿いて飛んでいるのですから、見上げるようにして待たれるのは少々行儀がよろしくありません。まぁ私は中を見られるような粗相は致しませんが」
「む、それは失礼した。咲夜の言う通り中身は見えていないから安心してくれ。もっとも、別の意味でドキリとする物は見えたわけだが」
「うふふ……ナイフはメイドの必需品ですから」
咲夜はそう妖しく笑うと、指からスカートを放して顔を上げる。スカートの裾が下りることで、先ほどまで見えていた咲夜の健康的な太ももに付いていたナイフたちはもう見えなくなった。まったく、物騒なメイドもいたものだ。刃物なんて一本でも持ち歩いていたら物騒なのに、咲夜は合計何本ナイフを隠し持ってるというのだろうか。
とはいえ咲夜の弾幕ごっこにはそのナイフが使われるし、美鈴へのお仕置きにも使われているようだから、必需品というのは間違いではない。
「……さて、こあからパチュリー様がここにいるということは聞いております。お嬢様から仰せつかった仕事のついでに、パチュリー様のお迎えに上がりました」
登場時の軽い冗談を終え早速咲夜が、神社まで来た理由を簡潔に説明する。ただパチュリーを迎えに来たなら紅魔館はなかなかの過保護だと言わざるを得ないが、仕事のついでというなら納得できる話だ。軽く突っ込む余地も無い。
「それはそれはご苦労様だな。 ……しかしパチュリーは昨日、俺が夜遅くまで付き合わせてしまってな、まだ起きてないんだよ」
そう言うと咲夜は少し考えるそぶりを見せる。
「(夜遅くまで…… 言う人によってはこれほど変に疑われる発言は無いわね。真様のことだからどうせトランプとかでしょうけど……)」
「それで、寝ている者を起こすのは俺は嫌いだし、朝早くにパチュリーを返してしまうのも勿体無い。だからパチュリーが起きるまででいいから、咲夜が俺の話し相手になる、というのはどうだろうか」
じゃあこうしましょう、と咲夜が提案するより先に、俺は自分にとって都合のいい案を出す。客が帰って今日もまた暇な一日になってしまうなら、少しでもその暇な時間は少なくしたい。
「ええ、元よりこちらもそのつもりでしたから構いません。それほど急ぎの仕事でもありませんし」
「……え、そ、そうなのか?」
「はい」
自分でもなかなか無茶苦茶な提案だと思っていたのだが、すんなりと咲夜に受け入れられて少々驚く。一体どんな思考をすれば、俺がこのような提案をすると予想できるのか。このメイドにできないことがあるなら教えてほしいものである。
ともあれ咲夜は話し相手になってくれるというのだから、ここはあまり掘り下げないでおこう。
「とりあえず……昨日は勝手にパチュリーをウチに泊めて悪かったな。急なことで、何か不都合なこととか無かったか?」
「いえ、特には。こあが寂しがっていたくらいですよ」
「む、そうか。こあには悪いことをしたな」
昨日はパチュリーを半ば強引に泊めてしまったような気がしないでもないので、反省も兼ねて何か迷惑をかけていないか確認する。本当に、無理矢理引き止めるつもりは無かったんだけどなぁ……
酔わない程度に量は調節していたはずではあるが、もしかすると熱い酒は冷たい酒と比べて酔いやすいのかもしれない。
「……しかし、面白い偶然はあるものですね。先日パチュリー様は神社にお泊まりになったわけですが、それと入れ替わるように紅魔館には霊夢が泊まっていきましたから」
「え、霊夢が?」
「はい。まぁ私が連れてきたんですけど」
紅魔館と博麗神社では変な偶然が起きていたようで、咲夜がそれに対してクスクスと笑う。どうやら昨日は霊夢とパチュリーが、互いの陣営を入れ替わるような形になっていたらしい。少し前にやった肝試しで、俺と幽々子が互いにパートナーを入れ替えるようなペアになったときのことが思い出される。
霊夢のヤツ、異変解決に向かったはずなのに紅魔館で何をしてるんだろう。いや、それを言うなら咲夜のほうか。霊夢を連れていったという話だし。
「それはですね……いま幻想郷では天気がおかしくなる異変が起きてるじゃないですか。それでレミリアお嬢様がその異変を解決するとおっしゃられまして。変な天気の中お嬢様をお外に出すわけには参りませんから、私が犯人と思しき人物を紅魔館まで連れてきているというわけです」
「……何をしてんだお前らは……」
予想の斜め上だった霊夢を紅魔館に連れていった理由に、思わず俺は嘆息する。色々と突っ込みたいことはあるのだがとりあえず、博麗の巫女が異変の犯人のわけが無いだろう。
「お嬢様も外に出ることができなくて退屈だったんですよ。霊夢を連れていったら結構満足していただけました」
「……レミリアの気持ちはわからなくもないな。俺もパチュリーが来たときは退屈が潰れて嬉しかったし」
「真様とお嬢様は結構似てますよね、センスとか」
「? そうだろうか?」
大人の男である俺に、女の子どもと似ているなんて言われてもピンとこない。似ているといえば今回のレミリア、退屈してるから霊夢を呼び出すって、今回の異変の犯人と思考回路が似ているような気もするが…… まぁレミリアは霊夢を傷付けたりしてないので良しとしよう。霊夢も元気に(?)異変解決をしているようだし一安心だ。
「……ところで真様、今日は尻尾を出されているんですね」
「ん? ああ、これな」
話変わって、咲夜が俺の後ろに生えている尻尾をチラリと見やる。普段あまり出していないと、何かと気になるものなのだろうか。
とりあえず俺は、文が翼を出してるのを見ても、特に何も思わないが。文が烏だって知ってるし、翼があるのは当たり前だ。同様に獣妖怪が尻尾を持つのも当たり前である。
とはいえ実は俺、自分の尻尾には少々自信を持っている。というのも結構周りから『手触りがいい』などの評判をもらうため、自信を持たざるを得ないのだ。
「どうだ、なかなか珍しいだろ」
俺は咲夜にみせびらかすように、クルッと百八十度ターンする。
「いえ別に」
「!?」
自信を持って回転するのも束の間、咲夜に一瞬で否定される。たまーに自慢しようとしたらすぐこれだ。さすがに戸惑いを隠せない。
「ど、どうして……」
「紅魔館にいらっしゃるとき、美鈴とよく手合わせされてるのを見かけますから。そのときは毎回真様、尻尾を出していますよね?」
「な……! バレて……」
「ええ、バレてます。発見率百パーセントです」
咲夜がしれっとした表情で、俺の中でなかなか衝撃の事実を言ってきた。確かに俺は、今も美鈴に会うと昔みたいに手合わせをしているが…… 紅魔館で初めてやったとき壁にヒビをいれてしまったため、咲夜から手合わせ禁止とされていたのだ。それからというもの咲夜からは隠れて手合わせをしていたのに、一体どうしてバレたのだろう。
「…………」
「おや、どうされました?」
「いや、だって……バレてるとは思わなかったというか……」
「ああ、美鈴と隠れて手合わせしてたことなら構いませんよ? 特に被害が出ているわけでもありませんし…… まぁ約束は破られているわけですが。私が真様の尻尾を見慣れるくらいの回数、ね」
「ぐぅっ!?」
思わず呻き声が出てしまうほどの鋭い指摘。尻尾に興味を持たれなかったこともさることながら、その理由が秘密にしていたことがバレているからとなると衝撃は倍だ。
咲夜は構わないと言っているが、それはこの際関係無い。咲夜に隠れて約束を破っていたということを、咲夜にバレたという事実が問題なのだ。
「……すまん。以降は絶対にバレない工夫を……」
「いえですから、もうバレているのでお気になさらず…… というか『止める』という選択肢じゃないんですね。 ……おや」
「……ん?」
「……おはよう。真、咲夜。咲夜は私を迎えに来たの?」
「パチュリー様、おはようございます」
俺が深く落ち込んでいると、神社からパチュリーとアリスが現れる。なんだ、二人とももう起きたのか。そんなに長い間咲夜と話してた気はしないのだが、結構時間は経っていたらしい。
パチュリーが起きてきたのだ、約束通り帰る時間である。これ以上約束を破る男にはなりたくないので、俺はさっさとパチュリーに咲夜が迎えに来た旨を話した。もっともパチュリーは咲夜を一目見て、迎えに来たものだと察していたが。
「……そう。それじゃあ咲夜も来たし私は帰るわね」
「ああ。泊まってくれてありがとな。 ……アリスはどうする?」
「そうねぇ…… それじゃあ私も帰……」
「よかったら紅魔館に一緒に帰りませんか? おいしいお菓子もありますよ」
「え? えーと……どうしようかしら…… とりあえず移動しながら考えましょう」
パチュリーが帰るということで、アリスも一緒に帰るみたいだ。咲夜がアリスを誘っているが、もしかしたら霊夢もあんな感じで紅魔館に連れて行かれたのかもしれない。気が付けアリス、お前レミリアの捧げ物にされるつもりだぞ。咲夜が敬語を使ってるからな。
「じゃあね真、楽しかったわ」
「また上海と遊びに来るわね」
「失礼します」
「ああ、またな」
三人が並んで飛んで帰るのを見送って、俺はまた一人博麗神社に残される。天気は最後に来た咲夜の影響か、曇天の状態で固定された。
「……尻尾の手入れでもするか」
誰もいなくなったことで、咲夜に興味を示されなかったことで、俺の気分は今の天気みたいにどんよりしている。俺は咲夜を見返すべく、初めて自分の尻尾に手を加えることにした。
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「……多い……」
変化の術で作り出した櫛を使って三本目の尻尾に取りかかるに当たって、早くも単純作業に飽いてくる。背後にある尻尾を前に持ってくるのも面倒だし、一番小さい状態でも大きいし、九本もあるしと、文句を挙げればキリが無い。
これが藍の尻尾だったらまたやる気も違ってくるのだが、自分のためとなるといまいち気分が乗らないのだ。妖力や肉体を鍛えるときはそんなことを思ったりはしなかったのに、今回は勝手が違うらしい。
「……あーもう! 止めだ止め! こんなのやってられるかっつーの!」
地味な作業に辟易していた俺は、ついに櫛を放り出して寝転がる。元々やりたいと思って始めた手入れではない。やりたくないと思った時点で、やる必要は無いじゃないか。
咲夜を見返せないのは残念だが、この尻尾のせいで溜まったストレスは、諏訪子にモフらせることで解消しよう。諏訪子なら、まず間違いなく喜んでくれるからな。
「ふう…… 無駄な時間を過ごしてしまった。暇潰しにはなったけど」
俺はそう呟くと寝転んだ状態のまま空に息を吐く。尻尾を生やしたまま仰向けになるのは変な感じだ。
尻尾を生やした状態だと座ってるほうがやっぱり楽だと思い直し、俺はもう一度身を起こす。先ほどは尻尾を梳くのに集中していて気付かなかったが、いつの間にか辺りには無数の霧が立ち込めていた。
「霧か…… 確か地表の温度が上空よりも冷たいときに見られるものなんだっけ。冬の天気だったり春の天気だったりしてたこの神社じゃあ、十分にありえる現象だな……」
「……ちょいと、なに普通に分析してんだい。霧はあたいの天気だよ、客が来たんだから相手をしておくれ」
「……ん?」
霧の中から女の声が聞こえてきた。天気が変わるのは来客の証拠ではあるが、まさか霧も一つの天気なのか。
『凪』である俺が言えることでもないと思い霧の中を見てみると、先ほど来た咲夜とはまるで真逆の仕事に熱心でない死神がそこに立っていた。
「や、真。遊びに来たよー」
「……映姫に式神を送らないとな。またお宅の死神がサボってるって」
「わぁ待って待って待って早い早い早い! まずはあたいの話を聞いてからだよ!」
「うおっ!」
式神を作り出そうと懐に手を入れた次の瞬間、小町が目の前に瞬間移動してきてその手を押さえる。この瞬間移動は小町の『距離を操る程度の能力』によるものであるが、三途の川以外で見るのは初めてなので、今のは少しだけ驚いた。
「まったく……わざわざ来たってのになんて仕打ちだろうね。あたいだっていつもサボってるわけじゃあないんだよ?」
「……む、それは悪かった。『遊びに来た』とか言って登場するから思わず、な。今日は非番というわけか」
「…………」
「……小町?」
「……ま、まぁそれはさておき、こんな美女が来たんだったら追い返すのは野暮ってもんさ」
自分で自分のことを美女だと言うのはどうかと思うが、確かに追い返すのは早かったかもしれない。もっとも俺は追い返そうとしたのではなく映姫を呼ぼうとしていただけなのだが……小町の中では『映姫を呼ぶ=追い返す』なのだろうか。
非番であるかという問いに小町は答えていないためなんとも言えないが、パチュリーたちが帰ってしまい暇であることは事実であるため、小町の機嫌を損ねて帰られるのも勿体無い。映姫にはあとでこっそり式神を飛ばすことにして、ここは深くは追求しないでおいてやろう。
「……そうだな。せっかく来たんだったらもてなしてやるか」
「おお! さすが真! あたいは最初っから、真は話の分かるヤツだと思ってたよ!」
「そりゃどうも。何か用意してほしいものはあるか?」
「そうだねぇ。柔らかい布団と枕を用意してくれたらとても嬉しい」
「はっ倒すぞ」
遊びに来たと言っておきながら、小町はここでも眠るつもりか。そうなると俺の退屈は潰されないので、ついつい突っ込みが荒くなる。
「冗談だよ。 ……ちっ」
「舌打ちが出てるぞ舌打ちが。遊びに来ておいて寝るという選択肢はありえないだろ」
「……だってさー、真のほうこそ自分だけなんか柔らかそうなもの敷いてるじゃないか。そんなの見せられたらあたいじゃなくても眠く……」
「……はぁ? 俺は何も敷いてないぞ?」
「え? なに言ってんだい、そこにちゃんと…… あ、もしかしてそれ、真の尻尾?」
小町が俺の前に手を着いて前屈みになりながら、俺の後ろのほうをじっと見てくる。敷き物と思われたのは初めてだが、また俺が尻尾を出してることについてか。
異変が始まってから、俺の尻尾について何も言ってこなかったのは霊夢だけだ。むしろ霊夢こそが一番問いたい存在だろうに、そこのところは色々おかしいと思う。
「……そうだよ。ほら、自由に動かせる」
「へー、ほんとだ。真が尻尾を出してるのを見るのは初めてだよ。ちゃんと狐だったんだねぇ」
「……珍しいか?」
「いや、だから、見るのは初めてだから珍しいも何も……まぁ珍しいことに違いは無いね」
「……ほう」
小町には俺の尻尾を見せたことは無かっただろうか。三途の川に行ったときに何度か解放した気もするが……細かいことは覚えていない。小町が初めてというならそうなのだろう。
「……なら良し」
「何が? なんでちょっと満足げなのさ」
「そこはあまり気にするな」
小町から珍しいと言われることで、若干だが俺の溜飲が下がる。そのことで表情から固さも少し取れたんだろうが、なぜそうなったかをわざわざ小町に説明するのは面倒だ。
「ふーん、まぁいいけど。それより、いいねその尻尾、羨ましい」
「羨ましいって、どこが。結構邪魔になることも多いぞ、この尻尾」
「だってほら、枕代わりになりそうだし。昼寝するときに石を頭に敷くより何倍も良さそうだろ?」
尻尾だと分かった後も、まだこれを敷き物扱いするのかこいつは。そんな良い顔で『良さそうだろ?』とか言われても、自分の体の一部を枕代わりには使えないと……
ああでも地面に寝転がるときは両手を頭に敷いたりするし、あり得ない話では無いか。生憎俺はそういった使い方はしたことが無い。
「……ああ、考えてたらもっと欲しくなってきた。ちょいと真、それだけあるなら一本くらい、今あたいに貸してくれても……」
「……じゃあ試しに枕にしてみるか?」
「え! いいの!?」
「うおっ」
小町が江戸っ子口調じゃなくなるほどの食い付きを見せ、予想以上の反応のために少々驚く。眠ることが目的ではなく楽な体勢が取りたいだけなら、俺も全然構わない。仮に寝る目的であっても俺の尻尾で眠るのならば、寝顔を見ることは結構暇潰しになるので構わないが。
「……いやぁ、言ってみるもんだねぇ」
「ん。一本でいいのか?」
「え、複数も可!?」
「そりゃあ小町一人だし、俺も使わないからな」
「……じゃ、じゃあ全部でこう、敷き詰める感じに……」
「よしきた」
俺は小町の言う通り、尻尾を並べて隙間を作らないように密着させる。丁度ハンモックみたいな感じだ。
尻尾を頭に敷くのは自分にもできるが、このように全体に敷くのは自分にはできない体験である。
「……い、いいのかいこれ、あたいが乗って……」
「いいから、乗るならさっさと、ほら。靴は脱げよ」
「……それじゃあ失礼して…… うおおおおお!」
小町が俺の尻尾に寝そべると共に、変な叫び声をあげる。尻尾一本でも人を持ち上げられるほどの力はあるので、九本ともなるといよいよ力を入れてる感覚も無い。形を保つのに意識は必要だが、これはこれでかなり楽だ。
「柔らかっ! なんだいこれ! 春の日の草むらの上で寝るのより何倍も気持ちいい!」
「……そんなにか?」
「そんなにだよ! 天国にもこんな場所絶対無いって!」
三途の川で仕事をしている小町が言うと、本当に天国と比較されているような感じがする。そんな大層な物と比べた挙げ句、絶対とまで断言するのはやや大袈裟すぎないか。仮に天国があったとしても俺はそこにいないので、同じ場所が無いのは当然であるが。
「うわ、幸せだぁ…… 油断したらすぐにでも眠っちゃいそう……」
「……別にそのまま寝てもいいけど」
「えっほんとに?」
またも小町が食い付いてくる。 ……まぁ今回はあれだ、喜ばせるために言ったから驚かなかったが。
だってこんなに俺の尻尾を誉めてくれてるんだぜ? 喜ばせたくなるのも当然だろう。
「……その代わり頭撫でていいか?」
「……あれだね、花見のときも思ったけど、真は誰かの頭を撫でるのが好きなのかな? そのくらいなら別に構わないけど」
「そうか。よし、さっさと寝ろ」
俺は尻尾の形が崩れないよう、小町を乗せたまま自分の前に持ってくる。頭が手前で足が奥という、尻尾をどけたら膝枕になるような配置だ。
既に目を閉じて寝る準備を始めている小町を一瞥して、俺はそっと小町の頭に手を乗せる。両サイドで縛ってある髪が邪魔で撫でにくい。
俺は髪留めに手を伸ばし、結んであった髪を解いていく。小町は特に抵抗する素振りも見せず、髪が重力に負けるのを受け入れた。
「……うん。これで撫でやすくなった」
「(……なんかものすごい自然な流れで髪を下ろされたんだけど…… これ単なる昼寝で終わるのかな? ガッツリ寝てしまうような状態に……)」
小町は寝ることに集中を始めたのか、もう言葉を口にしない。俺は小町が寝るのを邪魔しないよう、優しく頭に手を置いてゆっくりと動かす。
「……よしよし。お休み、小町」
「(……ていうか真のヤツ、頭撫でるの
小町が寝息を立て始める。胸がゆっくりとした規則的な感覚で上下を始め、リラックスした状態で眠りに入れたようだ。
俺は小町の顔にかかっている前髪をそっとずらし、目を閉じている小町の顔をじっと見つめる。若干大人寄りの扱いをしていたが、こうして寝顔を見ていると小町も結構子どもっぽく見えてきた。何より映姫の部下なのだから、映姫よりももっと子ども扱いしてもよかったのかもしれない。
「……zzz」
「……寝顔、かわいいな」
寝ているときの無防備な表情というものには、普段起きているときには感じられない幼さが感じられる。こういう動かない相手にだったら、尻尾を貸したり膝枕をするのは簡単なんだな。膝の上に座らせるのはまた別だけど。
今の小町を見ていると、普段の小町も膝の上に座らせてやることができそうな気がする。身長が少し高いから膝の上に座らせるというか、あぐらの前に座らせて俺に体重を預ける感じか。
本当にそれができるかは別の機会まで置いておくとして、とりあえず今はこの状態のままにしておこう。
あと一時間くらいしたら式神を使って映姫に連絡だ。そう思い俺はもう一度小町の寝顔を見て、ふふ、と柔和に微笑んだ。