東方狐答録   作:佐藤秋

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第八十七話 緋想天②

 

 霊夢も萃香も異変の調査で神社にいなく、退屈しているときに幽々子が訪れたその翌日。天気は前日と変わらず雪である。どうやら本人が去っていっても少しの間は同じ天気が続くようで、そういえば霊夢が出発した後も天気は快晴のままだった。

 幽々子が帰ってしまうとまた暑い日が始まるのか、と昨日は少しだけ残念な気分になっていたが、嬉しい誤算とはこのことだ。もともと夏は暑いものであり先日の涼しさは単なる僥倖だと分かっていても、それが無くなるのはやっぱり嫌だし、もう少し続くとなるとやっぱり嬉しい。

 

 幻想郷では年上の存在をまったく知らない身でありながら、未だに自分は我儘(わがまま)だということを再確認させられる。しかし雪が止んだときは大人しくその事実を受け入れようじゃないか。俺は縁側に座ってそんなことを思いながら、酒を飲みつつ降っている雪を眺めていた。

 

「……あったまるなー」

 

 体を温めるための飲み物を一口すすり、杯から口を離してボソリと呟く。酔わない程度にお湯で薄めた熱い酒だ。昔は一人で飲むことのほうが多かったが、ここに来てからは大勢で飲むことのほうが全然多い。

 夏の日にする雪見酒なんて珍しいものだと空を見上げて一人酒を堪能していると、降ってきていた雪の勢いがついにいよいよ弱まってきた。

 

「……あー、雪も終わりか……」

 

 雪が降らなくなれば雪見酒とは言えないし、周囲が寒くなくなるのなら熱い酒を飲んでも意味が無い。俺は杯に残った酒を一気に飲み干し、もう一度空を仰いで雪を見納めることにする。空に広がっていた分厚い雪雲は徐々に薄れ、心なしか周囲も少し明るくなってきたようだ。

 

 覚悟していた時が訪れ、退屈がまた続くことも相まって暗い気分になりかける。しかし晴れてくるであろう雲の動きを見ていると、気分も少しだけ晴れてきた。

 

「……あ、そうだ」

 

 気分が明るくなってきて、ここで俺はある一つのことを思いつく。今は夏、雪が止むということは幽々子の気質が薄まってきたということだが、それ以外にももう一つ考えられることがあるじゃないか。

 

 そう、天気が変わるということは、別の天気を持った人物の来訪の可能性である。もしかしたら今日も神社に誰か来たのかもしれない。

 そう思った俺は天気が変わった真実を確かめるべく、神社の前へと向かっていった。

 

 

-・-・-・-・-・-・-・-・-・-

 

 

「……パチュリー! よく来たな!」

「……あら、真じゃない。丁度良かった、神社に来たはいいけどどうやって声をかけたらいいか迷ってたのよ」

 

 期待をしながら神社の前に顔を出すと、はたしてそこには一人の少女が訪れていた。

 パチュリー・ノーレッジ。紅魔館に住む魔法使いであり、レミリアや咲夜と比べると博麗神社に訪れることはとても少ない。

 そのため今回は神社に無遠慮に入ることを躊躇っていたようだが、遠慮などせず次からは堂々と入ってくればいいと思う。魔理沙とは違い大人しい魔法使いなので大声で訪ねてくるのは無理かもしれないが、そんなときは賽銭箱にお金を投げ込むのも効果的だ。今日は無意味だが大抵の場合は、その方法を使えばまず間違いなく霊夢を呼び出せる。

 

「こんなところまで来て疲れたろう。中に入ってゆっくり休むといい」

「……真は私を、運動不足だから体力が無いって決めつけてない? ……まぁ間違ってはいないんだけど……」 

「入らないのか?」

「大した用事でもないし畳に座るのは苦手だからそこでいいわ」

 

 そう言ってパチュリーが指差した場所は、すぐそこの賽銭箱の隣だった。パチュリーが住む紅魔館は洋館であるため、座るのは椅子かソファと相場が決まっている。俺が変化の術を使って椅子くらい作り出してもいいが、そこに座ると言うのなら止めはしない。パチュリーとは向かい合って話すことが多いので、隣に座って話すというのもなかなか新鮮でいいものだ。

 

「大した用事じゃないのかー。でも今日は泊まっていってもいいからな」

「泊まらないけど…… え? 何この手」

「歩きやすいように手を繋いだほうがいいかと思って」

「……どれだけ私は歩けないと思われてるのよ。 ……でも、あ、ありがと……」

「ん」

 

 パチュリーは基本的に紅魔館の大図書館に引きこもっているため、壊滅的に体力が少ない。境内から賽銭箱に歩いて行くのも大変だろうから、手を取って歩くことでパチュリーにかかる負担が減らせるように配慮した。

 紅魔館から博麗神社までは魔力を使って飛んできたため疲れはそれほど多くないようだが、魔力だって無限ではないのだからこの程度の距離は歩いたほうがいいと思う。しかし本当に体力が無いな、ほんのちょっとだけ歩いただけなのに早くも少し顔が赤くなっているじゃないか。

 

「よっと。まぁ座れよ」

「ええ。 ……尻尾、邪魔そうね」

「そうか?」

「背もたれがあったら座れそうにないじゃない?」

「確かに」

 

 パチュリーを連れて賽銭箱の隣に行き、一足先に腰を下ろす。大量の尻尾を生やしたまま座る俺を見てパチュリーは座りにくそうだと思ったのだろうがそんなことはない。

 普段消しているとはいえ尻尾だって俺の体の一部。邪魔なことには間違いないが、この程度ではまだまだ邪魔とは思わないのだ。これは尻尾を持つ者にしか分からないだろうな。 

 

「ところで……さっき泊まってもいいとか言ってたけど、もしかして神社に誰もいなくて退屈でもしてたの?」

「そうだ。泊まりたくなってきたか?」

「どうしてそうなるのよ、まぁ静かなのはいいことだけど…… それなら萃香もいないのね」

「ああいないな。なんだ、萃香に用事だったか?」

「そこまで大事な用じゃないわ。ちょっとした勘違いをしちゃってね」

 

 こうして神社に来た以上用事があるのは当然だが、パチュリーが用事があるというのは珍しい。百歩譲って魔理沙に用事があると言うならばまだわかる。しかし今回パチュリーは、萃香が目的であるらしい。

 魔理沙のいない博麗神社に、パチュリーは一体どんな用事で来たのだろう。差し障りが無ければ教えてもらいたいのだが。

 

「……そうね、別に隠すことでもないから話すけど…… どこから話せばいいかしら? とりあえず真は気質って分かる?」

 

 話すことに特に抵抗は無いらしく、パチュリーは気にしない様子で神社に来た理由を説明を始める。さすが年中本を読んでいる知識人パチュリー。分かりやすく心底丁寧に、事の始めから理由を説明をしてくれた。

 

 どうやらパチュリーも今回の異変に気が付いたようで、変わらぬ天気の原因である気質を集める何者かを探しに行ったらしい。犯人が何の目的でこんなことをしているのかは不明だが、集められている気質を追って天界まで行ったパチュリーはそこで萃香の姿を発見する。

 おそらく萃香も異変を追って天界にいたのだろうが、今回はタイミングが悪かった。萃めることのスペシャリストである萃香を発見したパチュリーは、萃香が異変の犯人だと思いそのまま退治して帰っていったのだ。

 

「……え、パチュリー、萃香に勝ったのか?」

「犯人に目星を付けていたから、鬼対策もしてたのよ。豆をぶつけるだけの簡単な作業だったわ」

「あ、そうなの」

 

 紅魔館に戻ったパチュリーは、いつまで経っても天気が元に戻らないことを不思議に思う。どうして犯人を倒したのに異変が収まっていないのか。

 疑問を抱えたまま図書館の本を読んでいると、集められた気質は地震の前触れであることを思い出す。更には天界に行って萃香を倒す前に会った、『博麗神社に地震が起こる』とか変なことを言っていた天人のことも。

 

「……おそらくそいつが犯人だよな」

「言ったじゃない。ちょっとした勘違いをしちゃったって」

 

 自分が犯人を勘違いしていることに気が付いたパチュリーは、それ故に博麗神社に来たんだそうだ。萃香がいれば謝るために。ついでにあの天人は霊夢に用があるようだから、霊夢が動いていないのならば霊夢に天界に向わせるために。

 まぁお目当ての二人はどちらも留守で、しかも今日中に帰ってくる保証も無いのだが。

 

「……なるほどな」

 

 パチュリーの説明を聞き終わって、俺の中で改めてパチュリーの評価が上がる。自分の行いを反省して謝りに来るのはいいことだし、異変について解決に近いところまで行っていたとは。さすが気質には敏感な魔法使いである。

 

 何気なく空を見てみてると、徐々に薄くなっていた雲たちの動きが止まり、天気は薄く広がった曇りの状態で固定されている。どうやらこれがパチュリーの気質による天気みたいだ。周りの気温は夏というより春の穏やかさを思い出させる。

 これはこれで雪よりも快適な天気と言えるな、さすがパチュリー。関係無いところでまたしてもパチュリーの評価が上がったことが、俺はなんだか少し可笑しく思った。

 

「……なに笑ってるのよ」

「はは、別に。やっぱりパチュリーは良いヤツだなーって思っただけだ」

「……はぁ? どこでそう思う要素があったのよ…… やっぱり真は変わってるわね」

 

 つい笑みがこぼれてしまった俺の顔を、パチュリーは怪訝そうな目をしてじっと見てくる。俺の思考が読めれば至極全うな反応であることも分かるのだが、さすがの魔法使いも心を読むことはできないようだ。

 

「……それで、今日はどうするんだ? 萃香も霊夢も帰ってくるかは分からないが」

「……そうね、霊夢は異変解決に向かってるならどうでもいいし、萃香には真から謝っておいてもらうとして…… 折角神社に真しかいないんだし、ここに集まってる気質の調査でもしようかしら。ふふ、これは嬉しい誤算だったわ、実はメインの目的はこれだったり……」

 

 パチュリーが悪い魔法使いのように怪しく笑うが、まったく怖く感じない。老婆と言うには程遠く、単なる背の低い少女の見た目をしているので、ただただかわいらしいだけだ。

 思えば紅魔館には丁度いい背の高さをしたヤツが存在しない。レミリア、フラン、パチュリーは背の低い中に選ばれるし、咲夜と美鈴は背が高い。強いていうならこあが一番丁度いい背の高さをしているだろうか。まぁ全員等しく、俺より背が低いことに変わりはないが。

 

「気質の調査、か。魔法使いにはそんなこともできるんだな」

「まぁね。 ……真はなかなか珍しい気質を持ってるみたい。最初は雪の気質だと思ったんだけど、どうやら違うみたいだし」

「ああ、雪は幽々子の気質だな。昨日来たときのものが残ってたんだろう。しかし俺の気質が珍しいって…… 俺の気質は犯人に集められてないのに分かるものなのか?」

「なに言ってるのよ。真の気質だってバッチリ犯人に集められてるわ」

「え、そ、そうなのか?」

 

 能力を使って異変の全てを理解した気になっていたが、どうやらそんなことも無かったようだ。自分一人のときには天気が変わる様子は見られなかったため、てっきり自分は対象から外れているとばかり……

 しかしそうなると俺の天気は何になるのだろう。判断材料はどこにも無いように思えるのだが。

 

「そうねぇ……真の気質は、敢えて表現するなら『(なぎ)』かしら。風も吹かない穏やかな天気、それ故に他者の天気に影響を受けるの。まぁ気質を感じ取れないなら気付かないのも当然かもね」

 

 パチュリーの説明を聞いて、俺はなるほどと納得する。他者の天気に合わせる天気か、一つじゃないなら気付けるほうが難しい。

 思えば昨日はちょっとだけその兆候が見えていた。風が吹かな過ぎて暑いぐらいにしか思わなかったが、あれが俺の天気だったんだな。

 

 ……しかし他人の天気に合わせる気質て…… 人里に行くときも目立たないように尻尾を消すような、そんな周囲に合わせる波風立てない性格ってことか。なんとまあ主体性の無い……

 

「(……そう。初めて会っただけの私の喘息を治そうとしたり、フランを助けたいと思ってしまうような、他者の気持ちを理解しようとする優しい心。ふふ、真にはピッタリの気質よね)」

「……おい、そんなにニヤニヤ笑うなよ。確かに自分の気質が集められてることに気付かなかったけどさぁ……」

「……あははははっ」

「大笑いだと!?」

「(……気持ちを理解しようとするくせに、細かいところは理解できてないのよね。どう見てもフランに懐かれてるのに、『嫌われてはないと思う』って。どれだけ鈍感になれば気が済むのかしら)」

 

 パチュリーが俺の顔を見ながら、心底楽しそうに笑い出す。楽しそうな姿を見られるのはいいのだが、その笑いの対象が自分というのは複雑な気分だ。気付かなかっただけでそんなに笑えることでもないだろうに。

 それとももしかして俺の天気に対して笑っているのか? 幻想郷きっての年長者が、他者に合わせる気質だなんて……みたいな?

 

「……ふぅ。それじゃあ気質の調査を始めましょうか。いやー、ここにいるのが真で良かったわ。変な天気のヤツとかがいたら調査するのも面倒だし」

「む」

 

 そう言ってパチュリーは立ち上がり、気質の調査のために境内の真ん中へと歩いて行く。パチュリーの先ほどの台詞、もしかしたら誉めているのかもしれないが、あんなに笑われた後となると単なる皮肉にしか聞こえない。

 

 こうなったら俺にだって考えがあるぞ。パチュリーが来たときには紅茶を出そうと思っていたが、こいつには神社に常に用意してあるお茶で十分。それに調査も手伝ってやらん。

 

 そう思った俺はパチュリーに一声かけて、お茶を用意するために神社の中に戻っていった。

 

 

-・-・-・-・-・-・-・-・-・-

 

 

「……おーいパチュリー、生きてるかー。疲れているだろうところに敢えての熱いお茶を…… ん?」

「こんにちは、真。お邪魔してるわよ」

「……こんな短時間で"疲れているだろう"って、私はどれだけ体力が無いと思われてるのかしら……」

 

 お茶を淹れて再び神社の前に戻ってみると、パチュリーの他に一人来客が増えていた。分身の魔法が使えるなんてさすが魔法使いパチュリーだな、魔法使いが一人増えてるじゃないか。

 ただこの分身の魔法は失敗だ、分身がパチュリーに全く似ていない。背はパチュリーよりも少し高いし、髪の色は金色になってしまっている。

 

「おお、アリスじゃないか、こんにちは。よく来たな、一体何の用だ? 泊まっていくか?」

「いや泊まらないけど……」

「……私の時と言い、どれだけ泊まっていってほしいのよ……」

 

 冗談はさておき、そこにはパチュリーとは別の魔法使いであるアリスがいた。異変が始まってから来客が少なかった博麗神社に珍しいな、一日に二人も来るなんて。

 どうせなら片方は一昨日に来てくれれば退屈しなくて済んだのだがそれはいいとして、アリスは何の用事で神社に来たのだろう。今日は魔理沙は来ていないのだが、魔理沙のいない博麗神社に、アリスは一体どんな用事で来たの…… あれ、デジャヴ? パチュリーが来たときも全く同じことを思ったような……

 

 とにかくアリスから話を聞いてみると、気質が集められてることに気付いたアリスは地震を心配し調査に出掛けたそうだ。そして犯人を見つけ目的が霊夢だということを知り、異変を終わらせるために霊夢を呼びに神社まで来たらしい。

 

「……まぁ霊夢はもう出発したみたいだし、無駄足だったみたいだけどね」

 

 そう付け加えるとアリスはアハハと苦笑した。確かに客観的な視点で見ると無駄足だが、アリスの視点に限ればここに来たことは無駄にはならない。霊夢が出発したことを知れただけでも十分な収穫だろう。

 

「……つまりアリスの目的もパチュリーとほとんど同じか。というか行動もほとんど同じだな。パチュリーが勘違いしなかった場合の行動がアリスってわけだ」

「ああ、だからパチュリーがここにいたのね。 ……でも、勘違いって、パチュリーは何を……」

「……そこは深く考えなくていいわ。それよりアリス、折角来たなら貴女も気質の調査を……」

「……くくっ、実はパチュリーのヤツな、犯人と勘違いして萃香を……」

「アリス! 真は無視して気質の調査を始めるわよ!」

 

 アリスにパチュリーの失態を教えようとしたのだが、パチュリーに似つかわしくない大声で妨害される。このことを話さないのは別にいいが、無視をするはよろしくない。無視は精神が傷付くからな。

 妖怪はこういった精神攻撃に弱いのだ。萃香が豆にやられるのも同じ理由である。

 

「……じゃあパチュリーが呼んでるから私も調査を……」

「……む。アリスも調査するとなると暇になるな。その間俺は何をして待てばいいものか……」

「シャンハーイ」

「お?」

 

 気質の調査は俺にはできないので何をして待とうか悩んでいると、アリスの陰から一人(一匹?)の人形が現れた。アリスの人形の中でも命令無しに動くことができる、半自動人形の上海だ。

 上海は俺の周りをくるくると飛び回り始める。俺が右手を差し出すと上海は、飛び回るのを止めて俺の手のひらの真ん中に、自身の小さい手を当ててきた。

 

「おお上海、久し振りだな」

「シャンハーイ」

「……丁度いいわ。真には上海の相手をしててもらいましょう。それじゃあちょっと行ってくるわね。上海、いい子にしてるのよ?」

「シャンハーイ」

「よし、任せろ」

 

 ぱたぱたとパチュリーの元へ去っていくアリスを見送って、上海と二人でこの場に取り残される。上海も動物と同様に言葉を話せない存在ではあるのだが、動物よりもちゃんとした意思を持っているため話すのはさして苦にならない。

 賽銭箱の隣に座って横目で魔法使いたちの労働を眺めつつ、俺は上海と二人でおしゃべりに勤しむことにした。

 

 

-・-・-・-・-・-・-・-・-・-

 

 

「……ねぇ、パチュリー。これって……」

「……ええ。一ヶ所に何種類もの気質が集められていて、いつ地震が起きてもおかしくない状態ね。これだけでも十分おかしい状態なんだけど……」

「その上から別の誰かが気質を押さえつけていて、地震が起こらない細工が施されてるわね。 ……こんなことが可能なの? 霊力にせよ妖力にせよ魔力にせよ、膨大な量が必要になるはずなのに……」

「……こんな芸当ができるヤツといえば……」

 

 

 

「……ん? なぁ上海、あいつらなんかこっちを見て…… あはははは! くすぐったいよ上海、そんなに尻尾でモゾモゾされたら!」

「シャンハーイ?」

「まったく…… 尻尾に埋もれて窒息しても知らないからな?」

「シャンハーイ」

「え? 人形だから元々息はしてないって? はは、言われてみたら確かにそうだな……」

 

 

 

「……やっぱりあそこで人形と話している狐の仕業? いつも隠してる尻尾を今日は大量に出してるわけだし」

「……なんで上海の言葉が分かるんだろ? 前まではそんな様子は見えなかったのに……」

「……真も地震に気付いてたってことかしら。ちょっと信じられないけど……」

「……上海を通して直接聞いてみましょうか?」

「ええ、お願い」

 

 

 

 アリスとパチュリーの二人が気質の調査とやらをしている間、上海とは色々な話をした。外の世界からのお土産を気に入ってるかどうかとか……アリスが来ても天気が変わらないのはなぜかも聞いたな。

 上海曰くアリスは自分の気質が集められるのを防いでいるから、天気に変化が無いそうだ。ちなみにアリスの天気は(ひょう)らしい。

 

 勿論アリスとは違って俺は上海の言葉は分からないのだが、こうして話せるのは俺が能力を使っているためである。『答えを出す程度の能力』を使えば、上海が何を伝えたいのかを理解できるのだ。

 こちらの声が通じない動物相手にやってもいまいち面白くはないが、人間の言葉を理解する上海相手には使う価値あり。能力故に会話が成立してるというわけだ。

 

「シャンハーイ?」

「ん、なんだ?」

 

 上海が俺の尻尾から顔を出し、何やら俺に質問してくる。上海はその人形としての小ささ故に、膝の上に乗せたり抱き上げる形で大人しくさせることができない。そのため俺の周りを勝手に飛び回り、あまつさえ尻尾に潜り込んでくるやんちゃぶりだ。

 まぁたまにはそんなのを相手にしてもいいだろう、深くは気にしないことにする。それよりも今の質問だ、ええと確か内容は……

 

「『俺はパチュリーが来る前から今回の異変が地震を引き起こすことに気付いていて、既に対策も講じていたのか 』って?」

「シャンハーイ」

「ああそうだよ。地震が起きるのを放っておくと霊夢が怪我するかもしれないからな、ちょっと変化の術を大きくつかって地震が起きないようにした。すごいな上海、気付いてたのか。でも他のヤツらには内緒だからな」

「シャンハーイ?」

「なんでって……別にすすんで教えることでも無いし、恩を売るつもりも無いからな。俺自身そんなに大変な思いもしてないし…… あ、でも、ここから動けないのは割りと不便かもしれん。来客が来ないと暇だからな、ははは」

 

 霊夢他には内緒にしようと思ってたことを、上海ならいいかと判断して正直に話す。上海と話せるのはアリスだけだし、アリスだって上海とそんな話はしないだろう。

 

「(内緒って…… ここまで丸聞こえなんだけど。やっぱり真の仕業だったみたいね)」

「(ええ。 ……やけに泊まらせようとしてたのはそのせいか。神社から動けないなら確かに暇かもね。私は本さえあれば動かなくても平気だけど)」

「……む、お前らいつの間に。今の話を聞いてたか?」

「いいえ?」

「まったく?」

 

 気が付いたら目の前にアリスとパチュリーが立っていた。気質の調査とは結構早く終わるものなんだな。

 ともあれ上海との話を聞かれてなかったようで安心する。

 

「ならいい。二人ともお疲れ、中で休むか?」

「ここでいいわ。疲れたから少し風に当たってたいの」

「そうね。座るから、真はもうちょっと奥に詰めなさい」

「ああ」

 

 アリスが俺の隣に座り、さらにその奥にパチュリーが座る。疲れて暑いならアリスの気質を解放すれば、雹が降って涼しくなるんじゃないか。下手したらでかい氷の塊が自分に当たって痛い思いをすることになるが。

 

「……久し振りに体を動かしたから疲れたわ。真、飲み物を貰うわよ。えーとこれは……」

「あ、そっちは俺が一人のときに飲んでた酒だ、片付けるのを忘れてた。パチュリーにはこっちに熱いお茶を用意して……」

「……なぜ敢えて熱いお茶を……」

「……上海が真の尻尾から埋まって出てこない…… そんなに気持ちいいのかしら? 真、ちょっと触っていい?」

「ああ、いいよ」

 

 パチュリーのお茶を注ぎつつ、アリスには尻尾を触られる。俺の尻尾を触るヤツは大抵二種類に分類され、遠慮無しに触ってくるか優しく触ってくるかのどっちかだ。上海は前者、アリスは後者である。

 

「……む、いい手触り…… こんな感触のぬいぐるみが作れたらさぞかし人気が……」

「……真、熱いお茶でいいからちょうだい。冷ましながら飲むから」

「今アリスと上海がいるから動けない。パチュリーが取りに来いよ」

「えぇ面倒…… アリス、ちょっと触るのをやめて……」

「ま、待ってパチュリー。もうちょっとだけこの感触を……」

 

 アリスが予想以上に尻尾を長く触るので、パチュリーにお茶を渡せない。尻尾を伸ばせばパチュリーには届くだろうが、湯呑みを尻尾で掴むのは難しいだろう。むしろ逆なら……

 

「……な、なんか楽しそうじゃない。わ、私もちょっと触って……」

「そうだ、パチュリーをこっちに持ってくればいいのか。よっと」

「……へ? きゃあっ」

「おお、小さくて軽い。よいしょ」

「……むきゅ~」

 

 尻尾を伸ばしてパチュリーにお茶を届けるのが無理なら、尻尾を伸ばしてパチュリーをこっちに運んでくればいい。これぞ逆転の発想、コペルニクス的転回の展開。

 尻尾でパチュリーを掴まえたついでに、俺はパチュリーをそのまま自分の膝の上に降ろした。

 

「……おお、絶妙のフィット感。やるなパチュリー、柔らかくて抱き心地もいい」

「……はっ! ちょ、ちょっと真、私はフランじゃないのよ、放しなさい! まだ尻尾の感触も確かめてないし……」

「はい尻尾」

「わぁ~柔らか~い…… って放しなさいよ!」

「うん、それ無理」

 

 腕の中でモゾモゾしているパチュリーに、俺は笑顔で言い放つ。尻尾をパチュリーの前に持っていったのだから、放す必要性は無いはずだ。

 最近はマッサージをしてないので、動いていないパチュリーの体は再び硬くなっているはずだが…… こうして抱える分にはパチュリーの体は十分柔らかい。

 

「(……初めて会ったときマッサージしてくれる流れになって、自分が私の体に触れるのを気遣(きづか)っていた紳士の真はどこに…… はっ! さっきのお酒のせいか!)」

「……ふぅ~……ストレスが浄化されていく~……」

「最近ずっといろいろしてたみたいだからね。いいじゃないパチュリー、真も頑張ってるんだし我儘くらい聞いてあげれば」

「そ、そうだけど…… 泊まっていってあげようかなとは思ったけどこんな仕打ちは……」

「なに! パチュリー泊まっていくって!? やった、ありがとう!」

「え? ま、まだ明言はして……むぎゅっ!?」

 

 気質の調査が終わって二人は帰ってしまうと思ったが、なんとパチュリーは残ってくれるそうだ。どういう心境の変化があったのかは知らないが都合がいい。俺は膝の上にいるパチュリーを抱き締めて感謝の意を表明した。

 

「アリスはどうする?」

「そうね、パチュリーが泊まるなら私も泊まってあげようかしら」

「本当か!」

「ええ。一人ではさすがに無理だったけど二人なら問題ないわ」

 

 アリスが、手こそ俺の尻尾を撫で回しているが、顔は俺とパチュリーのほうに向けながら言ってくる。おお、パチュリーに続いてアリスもか。二人も一気に泊まるなんて……

 

「シャンハーイ」

 

 ……失礼。三人も一気に泊まるなんて今夜はなかなか賑やかになる。退屈もしないし天気は快適だし、今日はなかなかいい日になった。

 パチュリーが来たからこそこうなったとも考えられるので、夕飯はパチュリーの希望に合わせてやろうかな、と思った。

 

 


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