東方狐答録   作:佐藤秋

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第七十九話 風神録②

 

 異変を解決するために、私はいま妖怪の山へと向かっている。私から真を奪おうだなんて……もとい、博麗神社から参拝客を奪おうだなんていい度胸じゃない。どちらとも絶対に渡さないよう、異変を解決するついでに早苗たちを懲らしめてあげましょう。

 

 ……ところで早苗のいる神社って、妖怪の山のどこら辺にあるのかしら。具体的な場所は聞いていないから分からないけど……普通だったら人里に少しでも近い、麓の辺りに建てると思うのよね。でも頂上付近に神社がある可能性だって十分にあるし…… っていうかそれだったらますます博麗神社と同じじゃない。どこまで私の真似をするつもりだろうか。いや、まだ真似をしてるとは決まってないのだけど。

 

「……まぁいいわ。麓から順にしらみつぶしに探していきましょう」

 

 早苗の神社……守矢神社だっけ? の場所なんて考えたって分かるものでもないと思う。それなら全部探せば済む話だし、途中に天狗でも見つければ守矢神社の場所くらい聞きだせるんじゃないかしら。

 

 もともと私はごちゃごちゃ考えることが得意じゃないのだ。今までの異変だって目に付く怪しそうな連中を片っ端から倒すことで解決してきたし、考えることよりも行動したほうが私の(しょう)に合っていると思う。

 考え事は妖怪の山に着いたあと行き詰まったときにでもすることにして、ともかく今は妖怪の山まで、私は真っ直ぐに飛んでいくことにした。

 

 

 

 

「……着いたわ」

 

 妖怪の山の前に降り立って、あらためて目の前にある妖怪の山を仰ぎ見る。博麗神社からも見えるくらいだから、当然だけどとても大きい。

 ……しらみつぶしに回るのが早くも面倒に思えてきたわね。やっぱり妖怪なり天狗なりを探して守矢神社の場所を聞いたほうが早いのかも。

 

 考えてみると、私はこの山について知っていることがほとんど無い。訪れる機会なんてまるで無いから道なんて全く覚えていないし、知っていることと言えば文や静葉、穣子が住んでいるということくらいか。天狗が治める妖怪の山は、部外者に対して厳しいのだ。

 

「……まぁ、今このときにおいては私は部外者じゃないから文句は言わせないけどね。 ……さて、それじゃあどこから行こうかしら。私の勘だとこっちの道に……」

「げげっ! 人間!?」

「ん?」

 

 さっそく妖怪の山に入るべくもう一度体を宙に浮かそうとしたら、横から誰かの声が聞こえてきた。今の私の目的はこの山に住む妖怪を見つけてから守矢神社の場所を聞き出すことだ。まだ山に足を踏み入れてはいないが、そのことを知っているのならば誰でもいい。

 私は反射的に声のした方向へと首を動かすと、そこには青い髪をした少女の生首が、ポツンと空中に浮かんでいた。少女は最初こそ驚いた顔をしていたが、その後は真面目な顔をしてじっと私を見つめている。

 

「……飛頭蛮? ろくろ首? ……いいえ、体はあるけど見えないだけね。 ……となるとアンタは河童かしら」

「ひゅい!? なんで私がいるって分かったの!?」

 

 木々の間に浮かぶ河童の生首が、私の言葉を聞いてとても驚いた顔をする。なんでって、そこに見えてるんだから分かるに決まっているじゃない。首だけ浮いてる分、むしろ普通の状態でいるよりも目立ってる気がする。仮に首から上が消えてたとしても、さっきみたいな大声を出したら子どもでも気付くと思うんだけど。

 

「……あ、顔部分の光学迷彩をオンにするのを忘れてた。 …………ふう。よし、これなら……」

「……今さら全身透明にしても遅いわよ」

「ひゅい!?」

 

 どうやら顔も透明にできるみたいだが、いることを私に知られた今になって完全に透明化しても意味が無い。姿を隠して安心しきった河童に向かって私が再び話しかけると、河童はまたも非常に驚いた声をあげた。 ……どうして今ので驚けるのかしら、普通に考えれば分かるでしょうに。

 

「……ふ、ふふふ……このにとり様の迷彩を見破るなんてどうやらただの人間じゃあないようだね。しかーし、この妖怪の山に足を踏み入れようだなんて……」

「御託はいいわ。それよりどうして姿を消して私に近付いてきたのかしら。 ……もしかして私を襲おうとしてたんじゃないでしょうね?」

「わ~! ちょっと待ってよ! そんなつもりは微塵も無かったって!」

 

 私がお札を構えると、慌てた様子で河童が目の前に姿を現した。 ……ふぅむ、見たところ着ているのは普通の服みたいだけど、さっきはこの服の作用で透明になってたのかしら。一体どういう仕組みなんだろう、説明されて分かるものでも無いと思うけど。

 

 それよりも、自分の姿を消して企むことなんて、覗きじゃなければ不意討ちだと相場は決まっている。この河童だって例に漏れず、私に何かしようとしてたに違いない。逃げずに大人しく姿を現したのはいいけれど、相応の説明はちゃんとしてもらおう。

 

「だったらどうして姿を消していたのかを私に分かるように説明しなさい。その状態で私の様子を伺っていたことも含めてね」

「分かったから! その物騒な物は仕舞ってよ!」

 

 河童が両手を上にあげながら、私の持つお札を引っ込めるよう言ってくる。物騒な物とは失礼な、触れたらちょっと爆発するだけだ。私だって快楽殺人者じゃないんだから、威力だって抑え目に作ってある。

 

「いいでしょう。でもその代わり嘘をついたり怪しい動きをしたら……」

「しないって! そもそも私はアンタに危害を与えるつもりなんて無かったし、むしろ親切で近付いたようなものなんだから!」

「……へぇ、どういうことよ」

 

 お札を懐に仕舞いながら、一応はこの河童の言い訳を聞いてあげることにする。もしかすると守矢神社の場所を知っているかもしれないので、懲らしめるのはまだ早いだろう。

 

「……ふう。 ……いいかい? この妖怪の山は、名前の通り妖怪が沢山いる、とても物騒な場所なんだ。人間が簡単に足を踏み入れるもんじゃない。偶然こんなところにいるアンタを見つけたから、どうにかして引き止めようと思って見てただけ。姿が透明だったのは偶然だよ、ちょっと光学迷彩スーツの実験をしてただけさ」

「……ふーん、なるほどね」

 

 丁度このタイミングで実験をしていて姿が透明だなんて都合のいい偶然もあったものだ。そう思ったが河童の説明は、一応は筋が通っていた。私は少しだけ納得したような反応をしたが、この説明だと納得のいかないことがある。

 

「……まぁアンタは腕に覚えがあるみたいだし、余計な心配かもしれないけど……」

「……それなんだけど、なんで妖怪がわざわざ人間の心配をしてるわけ? アンタには関係無いじゃない」

「おろろ……まさかそんなことを言われるとは…… 妖怪の中には人間に友好的なヤツらもいるんだよ、人里まで新聞を届けに行く天狗もいることだしね。私たち河童は古来より、人間とは生まれたときから盟友なのさ!」

 

 エッヘンという擬音が聞こえてきそうなほど、河童は胸を張って堂々と答える。河童の常識なんて知らないから、人間とめいゆー(仲良しみたいな意味だと思われる)とか言われても困るんだけど。

 本当にそんなものなのかしら。真という無駄に人間に友好的な妖怪を知っているせいで、この河童の言い分を完全に否定しきれない。

 

「……まぁいいか、とりあえずこの場は見逃してあげる。 ……それよりアンタ」

「にとりだよ。河城にとり。人呼んで谷カッパのにとりとは私のことさね!」

「知らないけど…… 私は博麗霊夢。博麗の巫女よ」

 

 別に"アンタ"で通じるならそれでいいのに、河童が名乗ってきたから私も一応名乗り返しておく。谷カッパって、何の通称にもなってない気がするのだけどいいのかしら。

 

「博麗の巫女? あー、うっすらと聞き覚えがあるような…… それで盟友……霊夢だったね。霊夢はこの妖怪の山に何の用?」

「なんで博麗の巫女を知らないのよ…… 私は博麗の巫女として、異変を解決しにきたの」

 

 にとりと名乗る河童に、面倒だけど私が来た理由を説明してあげる。博麗の巫女が来たということは、妖怪退治か異変解決のどちらかと想像できそうな気もするが…… 悪さをするつもりのない妖怪の間では、私の認知度は低いのかもしれない。

 それでも、弾幕ごっこのスペルカードルールが広まったときには、一緒に広まってるものだと思ったんだけどなぁ。まったく、この幻想郷の結界を誰が張ってると思ってるのやら。

 

「……あー、そういえばそんなのがいたような気も…… あれ? でも結構最近にもその名前を聞いたような……」

「……アンタの記憶はどうでもいいわ。それより、最近になってこの山に守矢神社とかいう神社が現れたはずよ。私はその神社に用があるの。にとり、アンタこの神社がどこにあるかとか知らないかしら」

「神社? さっき天狗たちが話してたけどそれのことかなぁ…… どこにあるかは知らないや。 ……っていうか異変ってそれのこと?」

「そうよ! 幻想郷にある神社は私の博麗神社だけで十分なんだから! 新しく神社を建てようって話なら、まず私を通してもらわないと!」

 

 私はにとりに、そう力強く宣言する。にとりが守矢神社の場所を知らないのならもう用は無い。ちゃんとこの山に神社があることは分かったので、それに関してだけはまぁよしとしよう。

 

「……へー、よく分かんないけど大変なんだね博麗の巫女って。そっかぁ、神社かぁ…… ん?」

「どうしたのよ。山に来た理由は話したから、もう先に行っても……」

「……あぁ、思い出した! 博麗神社って、真がいま住んでるところじゃん!」

「!」

 

 にとりの口から真の名前が出たことに少しだけ驚く。まぁ考えられないことじゃ無いか。真って何気に交遊関係が広いのよね、妖怪に限らず妖精とか人間も。

 ……そういえば真は昔、妖怪の山に住んでたんだっけ? 真といい萃香といい、ウチに住んでる妖怪は妖怪の山から来た連中が多いわね。多いと言っても二人しかいないけど。

 ……まさか真、このまま妖怪の山に戻ったきりになったりしないわよね。帰ってくるって言ってたもんね? 

 

「あー、だからどこかで聞いたと思ったんだね。なるほど、スッキリしたよ。 ……真の知り合いなら、山に入っても大丈夫なのかな?」

「別にアンタの許可が無くても勝手に入るわよ。私にはやらなきゃいけないことがあるんだから」

「まぁそう言いなさんな。私ももう止める気は無いから、霊夢はそこで少し待ってなよ」

「なによ、私急いでるんだけど」

 

 タイムリミットがあるわけではないが、異変は早く解決するに越したことは無い。私の精神的にもそのほうがいいと判断した。

 それなのににとりは、未だに私を引き止めてくる。なんなのだろうか、止める気がないなら私に用は無いはずなのだが。

 

「まぁまぁ。霊夢はこの山の神社に用があるんだったよね? 私は詳しくは知らないけど、今から分かるヤツを呼んであげるから」

「……は?」

 

 にとりはそう言ったかと思ったら、自分のポケットの中をまさぐりだす。そして何か細長い筒みたいなのを取り出して、口に含むと大きく息を吹き込んだ。

 

「…………」

「……?」

「うん、これでよし」

 

 謎の筒……なんとなく笛みたいな形をしていると思ったが、にとりが息を吹いても何の音も聞こえない。それでもにとりは満足したように、その筒を再びポケットに仕舞い込んだ。

 

「……何をしたの?」

「ふっふーん、これは私の作った連絡用の笛さ。霊夢には聞こえなかっただろうけど、これは特定のヤツにだけ聞こえる音を発するんだ」

「? ……よく分からないけど、誰か呼んだの?」

「うん。私の友達の白狼天狗をね。あの子なら神社のことも知ってるんじゃないかな」

 

 ……なるほど。原理は分からないけど、さっきのは音で連絡を取る道具だったみたいだ。呼んだら来るっていうのは、友達と言うより主従みたいな関係な気がしないでもない。が、突っ込んでいくのも野暮なのでそこについては黙っておく。

 

 ……私も真と通信できるお札があるんだけどなぁ。外の世界では繋がらないから博麗神社に置いていったみたいだし、そもそもあれは真から私への一方通行の連絡手段だから意味無いか。その日の晩ご飯がいらないときくらいにしか使わなかったからね。

 

「……なに見てるの? この笛はあげないよ」

「な……見てないし、いらないわよ!」

「そう。まぁ椛としか連絡できないから霊夢には必要無いものだよ」

 

 そう言ってにとりはニシシと笑う。笑っているのはいいんだけど、ポケットの上からさっきの笛を押さえているのはなんなんだろう。別に取ったりしないわよ。

 椛というのは今にとりが呼んだ白狼天狗の名前だろうか。唯一の相手としか連絡が取れないなんて本当にいらない。

 ……真を呼び出せるのなら少し考えるけど。笛で()を呼び出せるなんてまるでクダ(くだ狐)使いみたい。

 

「それより……悪いわね、わざわざ私のためにしてもらって。河童と人間がめいゆーってのは本当だったのね」

「ははは、困っている人間がいたら親切にしてやるのが河童の習わしなのだ。それに霊夢は真が大切にしてる子だし、真には世話になってるからね」

「えっ。 ……し、真が私を大切に……? そ、そうなの?」

「知らないけど。いくら真でも嫌いなヤツとは住まないでしょ」

「あ……そういうこと」

 

 ……なんだ、少し喜んじゃったじゃない。てっきり真が、外で私をそう評価してるのかと……

 普通はそうかもしれないけど、真の場合は嫌いな相手にも優しくしそうだしなぁ。子どもの相手は大変だー、なんて言いながらも毎回チルノたちと遊んでるし。それともあれは照れ隠しなのかしら。

 

「……あ、来た来た。おーい椛、こっちこっちー」

 

 私がぬか喜びにがっかりしていると、にとりが上空に向かって手を振り出した。さっきの笛で呼んだというにとりの友達が、どうやらやっと来たみたいだ。見上げると白狼天狗よろしく白い髪をした少女が、もうすぐ近くまで飛んできていた。

 この少女が椛とかいう天狗だろうか。どうでもいいがあの服装……私の巫女服とかぶっている。

 

「……なーに、にとり。今、山に新しく神社が来たとかで忙しいんだけど……」

「その件でお客さんが来てるんだよ。ほら、ここに」

「お客さん? 一体誰が……って貴女は! 博麗の巫女!」

 

 白狼天狗が視界に私を捉え、少し驚いた反応を取る。この少女は私のことを知ってるみたいね。というか知らないにとりがおかしいと思う。

 

「あれ? 椛、知ってるの?」

「逆になんで知らないと思ったの! 幻想郷に住んでるなら常識だよ!」

「…………科学はね、その常識を疑うことから始まるんだよ」

「だからなに!?」

 

 にとりと椛が二人で阿呆らしいやりとりをしている。別ににとりが私のことを知っていないのはもういいから、話を進めてもらいたいのだけど。その意思を示すために、私はわざとらしく咳ばらいをする。

 

「……こほん」

「……あ、し、失礼しました。えっと……本日はどういった用件でしょうか」

「博麗神社の巫女として、この山に来た神社の偵察に来たみたいだよ。真の知り合いだし通してもいいかなぁ」

 

 椛が私に尋ねてきたことを、横からにとりが勝手に答える。偵察じゃなくて異変解決なんだけど、ニュアンスは似たようなものだから別にいいか。何度も説明するのは面倒だ。

 

「ああそうか、博麗神社は真様の…… しかし、私の一存で通すわけにはいきません。それに生憎ですが、いま真様は忙しいので判断を仰ぐこともできないでしょう」

「え? 真って今この山にいるの?」

「うん。 ……申し訳ありませんが、後日改めてという形を取ることはできませんか? 伝言があるなら、私のほうから伝えさせていただきますが」

 

 椛が心底丁寧な口調で、それでもやんわりと山に立ち入ることを拒絶してくる。天狗は人間に対して冷たいものだと思っていたが、文以外にもこんな天狗がいるとは驚きだ。しかも文みたいに胡散臭くもない。

 

 しかし、私は"今"守矢神社に用があるのだ、後日に後回しになんてできやしない。幻想郷に来たばかりで連中の予定が決まっていない今日だからこそ、私の介入が大きく意味を持つのである。連中も後々予定を修正するのは面倒だろう、これは私の優しさでもあるのだ。

 

「……出直すつもりは無いわ、勝手に入らせてもらうつもりだから。それを貴女が邪魔をすると言うのなら……力ずくにでも押し通る!」

「……そうですか」

 

 私が戦闘体制に入ると、椛もまた私に対して身構える。おそらく私がそう言う予想はついていたのだろう、椛に動揺した様子は見られない。

 

「私に勝てたら、素直に神社の場所をお教えしますよ。それと……あまり怪我をさせたくはありません。勝負方法は弾幕ごっこでいいですね?」

「当然。怪我をさせたくないなんて随分余裕のあることを言うじゃない」

「いえ、それは貴女が、真様の大切な人だからです。私は真様の悲しむ顔は見たくありません」

「な……!」

 

 早速椛が私を動揺させにかかる。でも残念、それはさっきにとりにやられたから効果は薄いのよ。

 

「『いくわよ!』」

「『はい!』」

 

 椛が返事すると同時に、周囲に弾幕ごっこ用の結界が形成される。椛は、弾幕ごっこでいいか、なんて聞いてきたが、幻想郷での争いは弾幕ごっこ以外はご法度だ。まぁさっき私はにとりを爆発させようとしたけどね。人間は例外ってことで。

 

 さて、あまり勝負を長引かせたくはない。さっさと決着をつけるため、私は早速スペルカードを宣言した。

 

 


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