東方狐答録   作:佐藤秋

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第六十七話 幻想郷縁起作り④

 

 その辺に落ちている葉っぱを変化でタオルに変え、頭を拭きながら洞窟へ向かう。うわぁ服の中までびしょびしょだ、さっさと脱いでしまいたい。服自体を変化させてもいいのだが、それだと体に水がついたままだ。やはり一度脱いで全身拭きたい、可能ならば風呂にも入りたい。

 

 洞窟に入り一息つく。すきま風が入ってきて結構寒いが、それは仕方ないと我慢しよう。人の目から隠れることができるだけでも十分、ともかく今は着替えることが先決だ。

 

「……あら、雨宿り? おかしいわねぇ、雨は降ってないと思うのだけれど……」

「!」

 

 服を脱ごうと帯に手をかけたところで、洞窟の奥から声がした。身を隠せる場所が無いか見回してみるが何も無い。

 

「……ってあら? 貴方もしかして真じゃない?」

「え」

 

 それでもどうにかしようと焦っていたが、俺の名前を呼ばれたため動きが止まる。声のした方向を見てみると、いつか出会った冬の妖怪がそこにいた。

 

「……レティ、か?」

「そうよ~。どうしたの? そんなに濡れちゃって」

「いや……ちょっと通り雨に降られてな」

 

 レティが俺の元へふわふわと飛んでくる。いちいち雛のことを説明するのも面倒なので、簡潔に事情を説明した。一応嘘では無いはずだ。

 

「そう……それは災難だったわね~」

「ああ、だから……」

「うわ、服もびっしょびしょ。乾かしてあげるから脱いで脱いで?」

「え? あっちょっ」

 

 レティが俺の着物の襟に手をかけてきて、俺はされるがまま上着を脱がされる。男なので上半身の裸を見られることにそこまで抵抗は無いが、それでも少し恥ずかしい。

 しかし脱がされたものは仕方が無いので、そのまま体を拭いてく。幸い尻尾を出していたせいか下半身は中まで濡れていないので、着物のズボンは別のものに変化させることで対処する。ついでに尻尾は消してしまおう。

 

「レティは……ここに住んでるのか?」

「ええ、冬以外の間だけね。河童の住処だけど、ここは夏でも涼しいからって特別に貸してくれたの」

「へぇー」

 

 黙っているのもなんなので、レティに背を向けながら話しかける。そういえばレティは俺の着物をどうするつもりなのだろうか。

 チラリと後ろを見てみると、レティは俺の着物を広げて持っていた。更に様子を見ていると、着物の表面に霜が浮かんで凍っていく。

 やがて完全に凍った後、レティは浮かんだ霜を手で払い落とした。なるほど、そんな乾かし方があったのか。

 

「……はい、できた。もう着ても大丈夫よ」

「ああ、ありがとう」

 

 レティから着物を受け取り袖に腕を通す。凍らせて乾かしたのに、着物自体はそれほど冷たくない。まるで冷たさは全部霜になって、レティに払い落とされてしまったみたいだ。

 

「……ふー、ちょっとだけスッキリした」

「真、タオル貸して」

「ん? ああ」

 

 改めて着物に帯を巻きながら、持っているタオルをレティに渡す。髪を拭いたりしていたタオルだが、先ほどの着物に比べると全然濡れていない。一応これも乾かしてくれると言うのだろうか。葉っぱを変化させて作ったタオルだが、折角なのでお願いする。

 

「じゃあ真、ちょっと屈んで?」

「? こうか?」

「うん。よいしょっと」

「え」

 

 中腰になり頭を下げると、レティが渡したタオルを俺の頭に乗せた。そのまま前からガシガシと、俺の髪を拭いていく。

 

「あ、えっと……」

「……う~ん、やりにくいわね。ちょっと座ってもらえる?」

「あ、ああ」

 

 レティに言われた通り、丁度近くにあった岩の上に腰を下ろす。レティは俺の後ろに回りこみ、再び俺の髪を拭きだした。頭の位置が低くなったせいか、両手で全体を滞りなく拭いていく。

 

 誰かに髪を拭かれることなんてそうそう無いが、されてみると案外気持ちの良いものだ。そうだ、今度霊夢の風呂あがりにでもやってあげよう。

 『やってあげよう』なんて恩着せがましいな、やらせてもらおうと言うべきか。霊夢に嫌だと言われたらそこまでだが、なんとなくやってみたい感じがした。

 

「よし、こんなもんかな~。後は自然に乾くでしょ」

「ああ。ありがとなレティ」

 

 一通り髪を拭いてもらってお礼を言う。タオルをレティに返してもらい、そのまますっくと立ち上がった。

 

 正直、こんなところでレティに会うとは思わなかった。少なくとも冬の季節に会うと思っていたが、そりゃあ冬以外にもどこかに住んでるよな。思わぬ再会は嬉しいものだ。

 

「ところで、真は何しに妖怪の山(ここ)まで来たの?」

「とある人間に協力して妖怪の取材にな…… 丁度いい、レティも協力してくれよ。すぐそこの橋に待たせてるんだ」

 

 折角レティに会ったのだから、取材に協力してもらうよう頼んでみる。冬の妖怪から冬以外に話を聞けるなんて貴重じゃないか?

 俺は洞窟の外を指差し、一緒に行こうという動作をする。レティも話が通じる妖怪だ、きっと快く了承してくれるに違い……

 

「ん~……やだ」

「ええ!?」

 

 なんか普通に拒否された。

 

「な、なんで?」

「だって外は暑いし。私、冬以外はあんまり動きたくないの」

「そ、そうか……」

 

 最近は肌寒くなってきたと思うが、レティにとってはまだ暑いらしい。うぅむ……嫌だと言うなら仕方ないか。

 

「じゃ、じゃあ……」

「あ、でも~、真が妖力を分けてくれるなら行ってもいいわよ?」

「え、マジで?」

「うん、マジで」

「じゃあ行こう。それくらいなら簡単だ、ほれ」

 

 俺はレティの肩に手を乗せる。そしてその手から自分の妖力を譲渡した。

 

「……どうだ?」

「わ~、真の服を凍らせるのに使った分が戻ってきた~。ほとんど空だったのに、すご~い」

「……なんで空になるほど妖力使って、俺の服乾かしてるんだよ」

「え? 私がやりたかったから」

 

 そう言ってレティが俺に微笑んでくる。こいつ、わざとやってるんじゃないだろうな。一度断ってから了承することといい、今のいきなりの笑顔といい、無意識に男のツボを突いてきやがる。

 

「そ、そうか……」

「さ、じゃあ行きましょ」

 

 レティが俺の手を取って洞窟の外まで歩いていく。冷たい……が、なんとか我慢できる冷たさだ。

 

「なんで手を……」

「こうしたほうが妖力をもらいやすいでしょ?」

「ああ、なるほど……」

 

 レティの言うことに納得しながら、俺はレティと並んで洞窟を出ていった。

 

 

-・-・-・-・-・-・-・-・-・-

 

 

 レティと手を繋いだまま、にとりがいた橋まで戻ってくる。橋の上には誰もいなく、にとりたちは橋を渡った先で(たむろ)していた。

 

 阿求はにとりに取材中。にとりは人間が好きみたいだし、楽しそうに話しているようだ。

 文と椛は……あいつら何してるんだろう、焚き火かな。煙があがり落ち葉の山の周りで、二人で何やら話している。

 そういえば雛の姿が見当たらない。もしかしてもう川に流れていってしまっただろうか。この季節の川は冷たいだろうに大変だな。

 

「……あ、真さん! お帰りなさい! 真さんが体を冷やさないように焚き火を起こして待ってたん……あれ、レティさん?」

 

 文が俺たちに気が付いて、一瞬で目の前に移動してくる。レティもこの山に住む妖怪なので、文ともお互い顔見知りのようだ。

 

「……あー、にとりさんが、『真さんがもしかしたらレティさんのいる洞窟に行ったかも』って言ってましたねぇ……」

「あぁ、やっぱり」

 

 あの洞窟に行く前に、にとりが何か言おうとしてたような気がしてたんだ。おそらくレティがいることを教えようとしてくれてたんだろうが、特に問題は無かったので良しとする。

 

「……まぁそれは良いとして、なぜお二人は手を繋いでおられるのですか? し、しかも……お互いの指を絡め合うように……」

「え? あ、ほんとだ」

 

 文に言われて初めて気付く。いつの間にか俺の手は、レティの手と組むように握られていた。

 どうやらレティの手が冷たくて、俺の手の感覚が無くなってたみたいだ。念のため自分の手に変化をかけて、手を冷たい状態へと変化させる。見た目は特に変わっていないが変化で作り出した状態の手なので、冷えすぎて壊死することは無いだろう。

 

「これはだな、レティがこのまま外に出るのは暑いらしくて、俺の妖力を分けて冷やしてるんだ。冬の妖怪は大変だよな」

「な……なんですかそれ、ズルいです! 贅沢です! 身体を冷やすために真さんと手を繋ぐ? 私なんて真さんと手を繋いだら身体がポカポカしてくるというのに……」

 

 文がよく分からない怒り方をしている。俺はカイロか何かかな?

 

「それにレティさん! 貴女別に真さんから妖力をもらわなくても普通に来れるでしょ!」

「そりゃあ来るぐらいはできるわよ? でも折角来るなら疲れないほうがいいに決まってるわ。真が文句を言わないんだし、貴女に何か言われる筋合いなんて無いんじゃない?」

「そ、それなら、私が妖力を分けるんで真さんから離れてください!」

「い~や♪ 真のほうがいい」

 

 そう言いながら、レティは俺の腕に身を寄せてきた。俺は妖力の量は他の妖怪と比べてかなりあるほうなので、レティに妖力を分けるのは適任だと思う。それに俺が連れてきたんだから、責任をもって俺がレティに妖力を分けるべきだ。俺を気遣ってくれる文の気持ちだけ、喜んで受け取っておくとしよう。

 

「……ま、そういうわけだ。俺のために焚き火を起こしてくれたみたいだけど、レティがいるから行くのはちょっと……」

「あら、私は別にいいわよ? すでに私の心は燃え上がってるし、焚き火くらい熱くないわ」

「? よく分からんが……レティがいいなら行くか」

 

 わざわざ部下が俺のために焚き火を起こしてくれたんだ。行けるのならば喜んで行こう。

 俺は少し不機嫌な文を連れて、焚き火のほうに歩きだす。

 

「ほら文、機嫌直せ。俺は別に気にしてないから」

「真さんが気にするとか関係ないですよぅ~…… はぁ、戻ってきたら真さんの濡れ髪をカメラに収めようと思ったのに、なんか乾いてるし……」

「なんだそりゃ」

 

 人は不機嫌になると、その不機嫌の原因以外にもそのイライラの対象になる。文もその例に漏れず、俺に変な文句をぶつけてきた。

 というか俺の濡れた髪姿に価値など無い。どちらかというと女性の濡れ髪のほうが需要があるだろ。

 

「……ところでレティさん、もしかして真さんが着替える様子も見たんですか?」

「ええ、見たわよ。かなり近くで」

「あー! いいなーいいなー! 私に椛やはたての能力があれば…… 椛はいいですよね、なんでも覗ける目を持っていて」

「私はそんな使い方しませんから」

 

 椛のいる焚き火のところまで戻ってきて、早速文の言葉に椛が突っ込む。文のヤツ、何の話をしているんだ。

 

「ねぇレティさん、真さんの体つきはどんな感じでした?」

「そうねぇ…… 結構引き締まった身体をしていたわ。腹筋もこう、うっすらと割れていて……」

 

 いやホントお前ら何の話をしてるんだ!? 椛も耳を動かして少し興味を持つんじゃない!

 俺はやれやれと首を振って阿求のほうを見てみると、阿求は未だににとりと話している。とりあえず誰でもいいから、この空気を変えてくれるヤツが来ないかな……

 

 

「……あら、誰か焼き芋でもしてるのかと思って来てみたのに、これはただの焚き火なの?」

「残念だったわね穣子(みのりこ)。 ……えーと、文とレティと椛ちゃんと、あと見かけない人が一人いるわね」

 

 俺の祈りが通じたのか、焚き火の煙につられて二人の少女がやってきた。姉妹だろうか、二人ともよく似た顔をしている。

 

「あら、静葉(しずは)と穣子じゃない。やっほ~」

「……なんで貴女が焚き火してるのよ、冬の妖怪でしょ」

「レティ、その人誰? っていうか人間?」

 

 少女の片方が俺を指差してレティに尋ねる。静葉と穣子が少女たちの名前だろうが、どっちが静葉でどっちが穣子だろう。似ているので何か特徴を覚えて見分けていきたいところだ。

 

「え~っと、多分妖怪のはずよ? ねぇ真」

「ああ。俺は鞍馬真、狐の妖怪だ。初めまして」

 

 レティに振られて二人の少女に自己紹介をする。そういえば俺が妖怪であることをレティには明言してなかったっけか。いや、今まさに妖力を分けている真っ最中なのだから妖怪に決まっているだろう。

 

「鞍馬……どっかで聞いたことあるような…… 初めまして。私は(あき)穣子、豊穣を司る神よ」

「私はこの子の姉の秋静葉。紅葉を司る神よ、よろしくね」

「ああ、よろしく」

 

 神、しかも姉妹の神とは珍しい。まぁだからといって特別な接し方はしないけど。

 頭に紅葉の髪飾りをつけているのが静葉で、葡萄のついた帽子を被っているのが穣子だな、よし覚えた。葉っぱがついてるのが静葉で、葡萄が実っているのが穣子だ。

 

「それで、なんで皆で焚き火なんかしてるの? なんの集まりよこれ」

「さぁ? 取材をしたいとかで呼ばれたような気がするけど……」

「では私が説明しましょう。向こうでにとりさんと話している人間がいるでしょう? 彼女は阿求さんといって……」

 

 文が静葉と穣子に、俺たちが取材に来たことの説明をする。初めて見る男と天狗二人に加え、冬の妖怪が揃って焚き火にあたっていたら変な集団だと思うのも仕方がない。

 さすがは新聞記者というべきか、文はとても口が回る。俺が無駄に雨にぬれてしまったことも含め、あっという間に二人に説明してしまった。

 

「……へー、取材かぁ……」

「そうだ! お二人も阿求さんに協力してあげたらどうですか? きっと喜びますよ」

「そ、そう? いいのかなぁ……」

「別にいいと思いますよ。神だって人間から見たら妖怪みたいなものですし」

 

 文が凄い理論で二人に取材の協力を頼んでいる。神を妖怪呼ばわりとは…… でも阿求が喜ぶと言うのはその通りだと思う。阿求は妖精にも人間にも話を聞いてきたし、神相手でもそれは変わらないんじゃないか?

 

「じゃあ協力しようかな。でも……」

「なんだか少し緊張するわね、姉さん」

「そうねぇ……うまく話せるかしら」

「あ、丁度終わったみたいですよ」

 

 文に言葉につられて見てみると、阿求とにとりがこちらに向かって歩いてきていた。いつから取材をしていたかは分からないが、なかなか長く話していたと思う。

 俺は少し横にずれて、阿求たちの入るスペースを開けた。俺と文の間に阿求たちが入ってきて、焚き火を取り囲む形になる。

 

「阿求、にとりからは話は聞けたのか?」

「ええ十分。それに雛さんからも聞けましたよ、もう行ってしまいましたけど。 ……それより、また一段と大所帯になってますね。この人たちも取材に協力してくれるんですか?」

「ああ。ええとこいつらは……」

「初めまして阿求。私は"寂しさと終焉の象徴"、紅葉の神・秋静葉よ」

「同じく初めまして、私は"豊かさと稔りの象徴"、豊穣の神・秋穣子。よろしくね」

 

 阿求に紹介しようとした矢先、静葉と穣子が自ら自己紹介をする。緊張するとか言いながらノリノリじゃないか。

 

「ええと……それでこっちが冬の妖怪のレティだ」

「こんにちは~」

「こんにちは。私は稗田阿求といいます。今回は取材の協力、ありがとうございますね」

 

 阿求が三人に向かって丁寧にお辞儀をする。三人同時に話を聞くのは面倒かもしれないが、レティと秋姉妹もお互い知らない仲では無いみたいだし大丈夫だろう。

 

 俺は阿求の邪魔にならないように一歩引き、阿求の後ろにいるにとりに話しかける。

 

「にとりお疲れ。阿求に協力してくれてありがとな」

「あはは、真がお礼を言うんだ。河童と人間は盟友だからね、人間と話せて楽しかったよ」

「そりゃよかった。今日はもともと河童に会いに来たようなもんだからな」

「へー、そうだったんだ」

「ああ。だからお土産を持ってきた」

「お土産!? なになに!?」

「まぁキュウリなんだけど」

 

 俺は懐から木の葉を取り出し、元のキュウリの姿に戻す。キュウリは河童の大好物であり、今までに何度かあげたことがある。その度ににとりは喜んでくれた。

 ちなみに俺は好きでも嫌いでもないが、栄養が無いと聞いて以来あまりキュウリを食べる気はしない。

 

「わぁっ! 真のくれるキュウリは新鮮で美味しいから好きなんだよね!」

「手に入れてからすぐに変化させてるからな」

 

 今回もにとりは喜んでくれた。こんなので喜んでもらえるなら楽なものだ。

 

「よーし、じゃあ折角火があるなら焼きキュウリでも……」

 

 焼くのかよ。いま食べるのかよ、そのキュウリ。

 新鮮さとは何だったのか。

 

 にとりはキュウリを棒に刺し、焚き火に立て掛けて焼き始める。別にどうしようとにとりの勝手だが俺は食べないからな。

 

「椛ー。焼けるまで将棋でもして待ってようよ」

「え? あ、うん。いいけど……長くない?」 

「新しいルールを思いついたんだ。今回はそれでやってみよう」

「また? どんなルールなの?」

「王手された時点で負けになるっていう……」

 

 にとりが椛を呼んで将棋に誘う。少し面白そうだったので、俺も阿求たちの話が終わるまで観戦させてもらうことにした。

 

 

-・-・-・-・-・-・-・-・-・-

 

 

 将棋は一戦に結構時間がかかるものだと思ったが、遊び方によっては早く終わるんだと実感する。それでも三分って早過ぎないか。

 さすがに早すぎたので、別のルールでもう何戦か観戦した。駒の上に駒を重ねる軍儀みたいなルールや、取った駒は二度と使えないチェスみたいなルールなど、よくそんな遊び方を思いつくものだ。おかげで見ていて飽きなかった。

 

 いつの間にか阿求と三人の取材は終了していて、文を含めた五人は焼き芋を片手に観戦している。俺も食べるなら焼きキュウリよりかは焼き芋がいい。というかレティは焼き芋を食べて大丈夫なのか。

 

「はい、貴方も食べる?」

「ああ、サンキュー」

 

 穣子に新聞紙で巻かれた芋を差し出され右手で受け取る。

 あっつ。左手は冷たくて右手は熱いという変な状況だ。

 

「真……だっけ。貴方もしかして博麗神社に住んでたりする?」

「ん? そうだが……」

「やっぱり! 鞍馬って天狗が今は博麗神社に住んでるって聞いたことがあったのよ」

「そうなのか」

 

 静葉が納得がいったような顔をする。一応未だに妖怪の山では偉いポジションにいることになっているので、俺も少しだけ有名みたいだ。別に"鞍馬"が名前なだけで天狗ではないのだけれど。

 

「ねえ真、それならちょっと相談があるんだけど。博麗神社に私たちの分社を建ててくれないかしら」

「分社? あー、そういうのは博麗の巫女である霊夢に聞いてくれ。俺はただ住んでるだけだからな」

 

 分社とは、神を祀る祭壇みたいなものだ。この二人も神様みたいだし、自分を祀る祭壇はあって困るものではないだろう。

 

「む……それはそうなんだけど、博麗の巫女っておっかないらしいじゃない。だから直接聞くのは少し怖くて…… なんでも妖怪だろうが神だろうが容赦なく殺そうとするって聞いたけど」

「おっかない? いったいどこからそんな情報が……」

「それは……」

「……あやや?」

 

 静葉が文のほうに目を向ける。お前か文…… 天狗は変な噂話が好きだから仕方が無いが、その情報には若干悪意が含まれている気がする。前に霊夢にボロボロにされたことを未だに根に持ってたりするんだろうか。

 

「……はぁ、霊夢は確かに強いけど、そんなふざけた性格はしていない。第一その情報が本当なら俺はなんで生きてるんだ」

「え? それはほら、やっぱり鞍馬の天狗ならそれ相応の強さを持っているみたいな……」

「強くても自分の命を狙うヤツとは住めねえよ。俺はそんな被虐嗜好なんて持ってない」

「……言われてみればそうね」

 

 静葉が納得のいった顔をする。霊夢は幻想郷の結界を保つ重要な存在なので結構な有名人、いろんな噂があるだろう。別に噂の一つ一つを訂正する義理は無いが、霊夢に対する誤解は解いておきたい。 

 

「ああ。だから今度普通に博麗神社に来て頼むといい。まだ怖いなら俺が間に立つからさ」

「……そう? じゃあお願いするわ。今度神社に行くときはよろしくね」

「おう、任せろ。帰ったら霊夢に軽く言っとくよ。 ……そうだ、コレ霊夢のために持って帰るか」

 

 俺は右手に持っている焼き芋をチラリと見る。口はつけていないのでまだ間に合うだろう。

 

「博麗の巫女にお土産? ならこれも一緒にどうかしら。少しでもいい印象を持ってもらいましょう」

「ん? ああ……」

 

 持っている籠を穣子が俺に渡してくる。中には柿や栗などの秋の味覚が詰まっていた。この空いている部分には芋があったんだろうな。霊夢へのお土産にくれると言うならありがたくいただいておく。

 

「! こ、これは…… これも貰っていいのか?」

「ええもちろん」

 

 籠の底に光っているキノコを発見する。本当に光っているわけではなく、荘厳な姿がそう見せるのだ。

 これは……キノコの王様、マツタケじゃないか。我が博麗神社では滅多にお目にかかれない高級食材である。

 

「ありがとう。 ……実はいま神社に霊夢の友達が来ていてな、その子はキノコが大好きだから絶対に喜ぶと思う」

「そうなの? じゃあ皆で仲良く分けてね」

 

 これは魔理沙にいいお土産ができた。風邪を引いているのに放置してきたから、これで少しは元気が出るだろう。

 

「……博麗の巫女が喜びそうなものはこの中に無いの?」

「うーん……霊夢は食べ物ならなんでも喜ぶと思うが…… そうだ、霊夢はお茶が好きだな」

「お茶かぁ…… それは今は無いわね」

 

 静葉が残念そうな顔をするが、別に気にする必要は無いと思う。もらったものにケチをつけるなんて最低の人間がすることだ。もし霊夢がそんな子なら俺は悲しい。

 

 

 

 

 今回の取材はこれにて終了、予想より多くの妖怪(神)から話を聞けた気がする。もともと河童と天狗くらいだったしな、はたては来なかったけど。お土産も貰ったし大成功だ。

 この後は阿求と、河童の発明品を見せてもらったりした。ビームが出るカメラは危ないと思う。

 

 帰り道、阿求を抱えて空から見える妖怪の山は、夕日に赤く照らされてとても幻想的だった。

 

 


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