東方狐答録   作:佐藤秋

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第六十三話 幻想郷縁起作り②

 

 深い霧が漂う湖の周りを、文と阿求と共に歩いていく。この時間帯は、少し離れただけでお互いの姿を見失ってしまうほど霧が深い。そうでなくても今の俺は阿求の護衛という名目でここにいるのだ、できるだけ阿求の近くを歩こう。

 

「……文。さっきからくっつき過ぎだ、歩きづらい」

「いいじゃないですかー♪ はぐれないようにですよ、はぐれないように♪」

「……ふむ、一理あるな。阿求、手を」

「え? はい」

 

 先ほどから俺の腕に引っ付いてくる文はとりあえず無視し、俺は反対側にいる阿求に右手を差し出す。恐らくもう紅魔館に着くとは思うが、このくらいの気遣(きづか)いは、やって然るべきだった。

 阿求は俺の手のひらにそっと手を乗せると、そのまま俺の隣を歩き始める。慎ましげに俺の手を軽く握る阿求の姿は、さながら奥ゆかしい女性の見本のようだ。今はまだまだ子どもだが、大きくなったら阿求は絶対に美人になると思う。

 

「……それに比べて文は…… いや、文は文でいいところがあるか……」

「え? どうかしましたか?」

「いや別に。 ……お、見ろ。ようやく紅魔館が見えてきた」

 

 両手が塞がっているので、俺は顎を動かして前方を示す。目の前の霧の中から全体が真っ赤に染まった大きな屋敷と、それを取り囲む門の様子が見えてきた。

 

 門の前には、相も変わらず一人の少女の姿が見える。言わずもがな、紅魔館の名誉門番・紅美鈴だ。

 美鈴は両腕を組んだ状態で、何やら考えごとをするかのように顔を伏せたまま立っていた。

 

「おーい、めいり…… ん?」

 

 俺は声をかけながら美鈴の元に歩いていくが、美鈴は変わらず顔を伏せたまま俺たちに気付く様子がない。一体美鈴はどうしたんだろうか。

 更に近くまで歩み寄ってようやく、俺たちは顔をあげない美鈴の態度に納得がいった。

 

「……これは……」

「……寝てます……ね……」

「……しかも立ったまま堂々と……」

「……くかー……zzz……」

 

 美鈴は、口を半開きにしてなんとも幸せそうな寝顔をしていた。

 ……これはいいのか紅魔館の門番よ。いくら気を感じる能力があるとはいえ、寝ていたら何の意味も成さないじゃないか。

 

「……どうしましょう。起こします?」

「うーん……こんなに気持ち良さそうに寝ているところを起こすのは憚られるな……」

「……ですが、ここは起こしてあげるのも優しさじゃないですかね? 何よりこのままだと私たちが困りますし……」

「……そうだな。おーい、美鈴」

 

 俺は美鈴に更に近付き、目の前で少し大きめに声を出す。美鈴はビクンと体を震わせたあと、ゆっくりと伏せた顔を上げてきた。

 

「……ふぇ?」

「よ。おはよう美鈴」

「……真さん? ……おはようございますようこそ紅魔館へ……こちらはどちら様で…… !!」

 

 美鈴は寝ぼけまなこで俺を見て、その後阿求を見つけてその目を見開いた。阿求が来ることはあらかじめ式神を使って知らせておいたのだ、おそらく俺たちが来た理由を思い出したのだろう。

 

「こ、これはどうも! 首を長くしてお待ちしておりました!」

「いや、寝てたよな」

「ま、まさか! これは目を閉じていただけで…… そう! 瞑想をしていただけですよ!」

「……寝息を立てての瞑想とは珍しいですね、どういったものか詳しくお話を聞かせてほしいです。どちらにせよ瞑想していたせいで私たちのことに気付かなかったら、門番の仕事を全うできていないと思うのですが」

「い、いえ! この状態でも半径二十尺に誰かが来たら分かりますから! ほら、真さんたちが来たことにも気付いたでしょ?」

「……真さんが声をかけるまで気付く様子は無かったように見えましたが…… それにその範囲だったら、私みたいな妖怪が上から進入しても気付けないんじゃないですかね?」

「え、えーとえーと……」

 

 美鈴がしどろもどろに言い訳を始めるも、俺たちは三人がかりで突っ込んでいく。美鈴の言うことがどれだけ本当なのかは分からないが、俺たちが近付いても気付いていなかったのは事実だろう。

 往生際の悪い美鈴だったが、やがて諦めたようにガックリと肩を落として項垂れた。

 

「……すいません、寝てました……」

「うん知ってた。まぁ仕方無いよな、この時間は気温が丁度よくて眠くなる」

「……あの、このことはどうか内密に…… それと咲夜さんにも内緒の方向でですね……」

「ええ、大丈夫ですよ。もともと幻想郷縁起は妖怪の恐ろしさに重きを置いていますから、今回のことは私の心の中に止めておきます」

「うう……ありがとうございます……」

 

 美鈴が安堵の息を吐く。確かに自分のことが書かれる本に、いきなり情けないことが書かれるのには抵抗があるだろう。

 

 ……へぇそれにしても、幻想郷縁起ってそうだったのか。なるほど言われてみれば、妖怪の恐ろしさを忘れないためにもそんな情報は必要ないのかもしれない。幽香が優しい妖怪だと知ったとき阿求は喜んでいたと思うのだが、それはそれとして幻想郷縁起には相変わらず、幽香が恐ろしい妖怪だと残っているのだろうか。

 

「……ですが」

 

 安堵の息を吐いている美鈴に向かって、阿求は一段階声を落として低い声を出す。

 

「……え。ですが、何でしょう?」

「……もう一つのお願いは、残念ながら守れそうにありません」

「……はい? それはどういう……」

「仕事中に行うシエスタは、さぞかし気持ち良かったでしょうね。 ……ところで……誰に内緒にしてほしい、ですって?」

「そ、その声は……」

 

 背後から聞こえる声に、美鈴が恐る恐る後ろを振り向く。自白することに意識が行っていた美鈴には、背後に音もなく現れた咲夜の姿に気付かなかった。

 気を感じとれる美鈴の背後をこうも容易く取れるとは、やはりこのメイド只者ではない。俺たちにとっては視界に入る位置なので、なんとか咲夜には気付いていたが。

 

「さ、咲夜さん!」

「……すごいわね。真様が来ることがあらかじめ分かっていたにも関わらずのうのうと眠れるその胆力。一体どうやったらそんな風になれるのかしら?」

「え、えーと……この前の夜が長引いた異変のせいで、昼と夜の睡眠サイクルにズレが生じてまして……」

「素直に謝るならナイフ一本で許してあげる」

「すいませんでしたっ! ……って、やっぱり刺されるんですか!?」

 

 そう言いながら美鈴は後頭部を両手でガードする。頭にナイフを刺されることはお決まりなのだろうか。そういえば初めてここに来たときも美鈴は頭にナイフを刺されていた。

 

「……お客様の前でそんな見苦しいことはしないわ。ナイフを刺すのは後回しよ」

「やっぱり刺されるんだー!」

「……さて、ようこそいらっしゃいました。私はこの紅魔館のメイドを務めております、十六夜咲夜と申します」

「ご丁寧にどうも。私は稗田阿求というものです。咲夜さんの姿は何度か人里にて拝見しましたが、ここのメイドさんだったんですね」

 

 騒ぎ立てる美鈴を無視して、咲夜は阿求に頭を下げる。阿求相手でも敬語を使う咲夜は、やはりさすがといったところだろうか。接客のプロは相手が子どもだろうと、敬う態度を忘れない。

 

「ええ、私も阿求様のお姿は何度か…… さぁ、どうぞこちらに」

「あ、待ってください。門番さんにお話を伺ってからでもいいですか?」

 

 屋敷へ案内すべく背を向けようとする咲夜を阿求が呼び止める。今回阿求は紅魔館の連中に取材に来たのだ、美鈴だって例外ではない。

 

「……これに、ですか?」

「ええ。それと咲夜さんにもお話を伺いたいのですが」

「……かしこまりました。では美鈴への話が終わるまでこちらで待機させていただきますね」

 

 そう言うと咲夜は一歩下がって身を引いた。察するに咲夜は自分も話を聞かれるとは思っていなかったようなのに、この落ち着いた立ち回り。感服である。

 それにしても、阿求は咲夜にも話を聞くんだな。咲夜の種族は妖怪ではなく人間だが、ただの人間とは言えないから当然か。それに霊夢も阿求に取材を頼まれたことがあるみたいだし、あまり種族にこだわりは無いのだろう。

 

「では門番さん、よろしくお願いします。まずは名前から……」

「あ、はい。私は……」

「……ところで真様、あちらの……」

「あ、そうだった」

 

 阿求が美鈴の元へ行ってから、咲夜に文のことを尋ねられる。そういえば文が来ることはちゃんと連絡していない。もともと阿求と二人で来るつもりだったので、紅魔館にもそう連絡してしまっていた。

 

「えーと……急遽阿求の取材に同行することになったヤツなんだが……もしかしてまずかったかな。それならこいつは帰らせるけど」

「……いえご心配なく、真様のお連れなのでしたら問題ないかと」

「そうか、悪いな。こいつは天狗の……」

「どうも! 清く正しい幻想郷のジャーナリスト、射命丸文です!」

 

 文が俺の言葉を遮って、自ら咲夜に自己紹介をする。自分で自分のことを清く正しいと自称するのは如何なものかと思うのだが、そこは突っ込まないでおこう。

 

「咲夜さんとはこうして面と向かって話すのは初めてですね。人里や博麗神社で何度か見かけたことはありますが」

「……ええ、そうですね」

 

 文が咲夜に近付いていき、警戒を解くような顔を見せる。やはり文はいろんな場所に飛んでいく性質上顔が広い。咲夜とも多少は面識があるようだ。

 

「では折角なので阿求さんが向こうでお話を聞いている間、私は咲夜さんにお話を聞かせてもらいましょう」

「……かしこまりました。たいしたお話はできませんが」

 

 それに加え、文は人懐っこく話好きだ。相手が誰だろうと臆さず話してくる。

 この分だと咲夜ともうまくコミュニケーションを取れるだろう。そう判断し阿求たちの様子を見に行こうと顔をやったら、文に袖をつかまれた。

 

「……ん?」

「待ってください、真さんも一緒に話を聞きましょうよ。何のために私がついてきたと思ってるんですか」

「え……いろんなヤツに話を聞くためだろ? 一対一で存分に咲夜から話を聞かせてもらえばいいじゃないか」

「甘いですねぇ…… 初対面の相手に何でもべらべらとしゃべる人なんてほとんどいません。真さんが一緒にいることで咲夜さんの警戒心を薄まらせ、舌の滑りを良くさせるんですよ」

 

 文がそう言いながら、更に袖を引っ張ってくる。俺を引き止めた理由になんとなく納得はしたが、それを咲夜にも聞こえるように言ってよかったのだろうか。それに文みたいな明るくかわいらしい少女が相手だったら、一対一のほうが口が軽くなりそうだが。いや、これは俺が男だからそう思うのかな?

 

「……そんなもんなのか?」

「そんなもんです。ですから……」

「真さーん。咲夜さんもちょっといいですかー?」

「ん、ああ、いま行く。文、阿求に呼ばれたから行こう」

 

 阿求に呼ばれたので、文たちを連れてそっちへ向かうことにする。もう美鈴との話は終わったのかと思ったが違うようだ。

 もともと阿求の取材は本人だけでなく回りの人からも話を聞いて、より正確に情報を纏めるものだ。美鈴との話を進める上で、俺と咲夜も一緒のほうが都合がいいらしい。

 

「……まぁそれもいいでしょう」

 

 まずは咲夜から話を聞こうとしていた文の予定とは少し違ったが、五人で集まっていろいろ話をすることなった。

 

 

-・-・-・-・-・-・-・-・-・-

 

 

 美鈴たちの取材を終え、俺たちは咲夜に連れられて紅魔館へと足を踏み入れた。

 

 咲夜の二つ名は決まっていないが、美鈴の二つ名は"華人小娘(ホアレンシャオニャン)"に決定した。一風変わっていてなんともかっこいい二つ名だと思うのだが、『娘』と書いて『ニャン』と読むのをあざといと思うのは俺だけだろうか。いや美鈴は勿論、橙やお燐をあざといなんて思っているわけではなくて、ただ純粋にその言葉の響きでそう思ってしまっただけなのだが……うまく説明できないな。

 

「……真さん? どうしたんですか?」

「先ほどから何か考え事をしている様子ですね」

「ん…… いや、なんでもない」

 

 文と阿求に声をかけられて、俺は下らない考え事を中止する。人物の話ならともかく、漢字の読み方があざといって何のことだよって話だよな。でもこういうことを考えるのは意外と楽しいので、今度一人のときに考えようと思う。

 

「……ところで真様。阿求様がお嬢様とお話されている間、どうなさいますか?」

「……ん? どう、とは?」

「お二人が話をされている間、真様は退屈だと思いまして。よろしければその間、真様は自由に屋敷でくつろいでいただいてもかまいません。お話が終わり次第お呼びいたしますので」

「ああ、なるほどな……でもいいや。阿求は人間だし、周りが妖怪ってのは心細いだろうから一緒にいるよ。いやまぁ咲夜は人間で俺は妖怪なんだけど」

「あ……そうですね」

 

 自衛する手段が無い阿求にとっては多少なりとも恐怖心があるだろう。レミリアたちが阿求を襲うとは思っていないが、俺も残ったほうがいいと判断した。余計なお世話かもしれないが。

 

「……ではどうぞ。お嬢様たちがお待ちです」

 

 扉の前までたどり着くと、咲夜が扉を開いて中に入るように俺たちを促す。咲夜の言葉から察するにフランもいるのだろうか。

 中に入ると目の前に、豪華な椅子に足を組んで座っているレミリアの姿を発見した。

 

「……よく来たわね。待ってたわ「しーん!」ちょ、ちょっとフラン!」

 

 開口一番レミリアの台詞を遮り、隣にいたフランが飛んできた。光り輝く綺麗な翼をピョコピョコと動かし、そのまま俺の元に向かってくる。このまま避けたら後ろの二人にぶつかってしまうので、俺は両手を出して包み込むようにフランを受け止めた。

 

「えへへ……いらっしゃい真! 待ってたよ!」

「お邪魔しますフラン。そっかそっか」

 

 フランを抱きかかえたまま部屋の奥へと進んでいく。俺の後に続いて入ってくる阿求を見て、フランが疑問を口にした。

 

「……だれ? この人間。お土産?」

「違うぞー。紅魔館に用があって来たお客さんだ」

 

 フランは俺が来ることは知っていたようだが、何しに来たのかは知らなかったみたいだ。そうなると当然阿求のことも知っているはずもなく、少し不躾なことを聞いてくる。しかし悪気が無いことは分かっているため、柔らかい口調で答えておいた。

 

「ふーん……じゃあ食べちゃ駄目?」

「!」

「食べちゃ駄目。俺の連れてきた大切なお客さんだ」

 

 フランの口に人差し指を当て、阿求は食べてはいけない人間であることを繰り返して言う。うーむ、まだ『人間=食料』のイメージが残っているのか。吸血鬼なら仕方無い……というか間違ってはないが。

 とはいえ阿求を怖がらせてしまった。俺は右手を縦にして顔の前に持っていき、片目を閉じて阿求に謝る動作をする。

 

「それに勝手に血を飲むのも駄目だからな。分かったか?」

「はーい。じゃあ代わりに……えいっ」

 

 そう言うと、フランは俺の首筋に噛み付いてきた。本当に血を吸おうとしているのではなく、皮膚を突き破らない程度の甘噛みだ。二本の犬歯がチクチクと肌に当たっているのが分かる。

 

「こ、こらフラン!」

「あー、いいよレミリアこれくらい」

「そ、そう? ごめんね? そっちの貴女も……」

 

 レミリアが椅子から立ち上がり、あわあわと俺たちの元に駆け寄ってくる。妹の無礼を謝るなんて、見た目は同じくらいでもレミリアはやっぱりお姉ちゃんなんだな。

 

「フランはまだ地下から出てきたばかりだから常識が少し足りなくて……」

「ああいえ、大丈夫ですよ。 ……ふふふ。少し驚いたけど、貴女のお陰で毒気が抜かれちゃいました」

「……最初だから気合い入れて出迎えたのに…… まぁいいわ、座ってちょうだい」

 

 レミリアに促され阿求がソファーに腰かける。レミリアもまた阿求の正面のソファーに座り直した。 ……最初に座ってた豪華な椅子には座らないんだな、あれは第一印象を壮大に見せる小道具か。

 

「咲夜、飲み物を。真も座って座って」

「ああ、俺はこのままでいいよ。それより文を……」

 

 俺もレミリアに促されるも、見たところソファーには二人が座るくらいのスペースしかない。ならば俺は立ったままで構わないので、文を座らせてあげようかな。そう思い文に目をやると、カメラのレンズと目があった。

 

「……おい文、何を撮ってる」

「小さい女の子に噛まれている真さんを。何かに使えるかなーと思いまして」

「……」

 

 一体何に使えると言うんだろうか。思わず沈黙してしまう。

 そういえば今日は何かと文に写真を撮られている気がする。別に撮られること自体に問題は無いが、このまま勝手に撮られ続けるのも気分が悪い。ここは妖怪の山の上司として、少し教育してやらねば。

 

「……フラン、今日はこの天狗のお姉さんが遊んでくれるそうだ。思いっきり遊んでもらうといい」

「え、本当っ!?」

「え……この子も吸血鬼なんですよね? 思いっきりなんて言ったら最悪の場合……」

「手加減無しで遊んでもらうといい」

「同じじゃないですか!」

 

 文が何やら言っているが、見ようによっては喜んでいるように見えなくもない。そうかそうか、実は俺も文はフランと相性が良いと思ってたんだ。吸血鬼の飛ぶスピードは天狗と同じくらいらしいからな。

 

「……追いかけっこがしたいって? よーしフラン、あの天狗を全力で追いかけまわしてこい。捕まえることができたらご褒美もあるそうだ」

「……よーし。えいっ!」

「うわ! あ、あぶな……」

「むー……避けられた……」

「こ、この部屋では狭すぎます! ここはひとまず……」

「あ! 待てー!」

 

 文が部屋の扉を開け、一目散に逃げていく。それを追うようにフランも部屋から飛び出していった。俺は二人を見送るように、廊下に出て文に呼びかける。

 

「文ー! 言っとくけど屋敷から出るのは無しだからな! 上司命令!」

「職権乱用だー!!」

 

 遠くから文の文句が聞こえてくる。そんなこと言っても、フランは吸血鬼なんだ、太陽の光を浴びせるわけにはいかない。鬼ごっこで鬼の行けない場所に逃げるのはルール違反だろう、影踏み鬼でずっと影の中に隠れるのは当然禁止だ。

 全力でスピードを出せる程度には広い紅魔館の廊下ではしゃぐ二人を、俺は悠然と見送った。

 

 

 

 

「……向こうは放っておいて、こっちはこっちで話をしましょう。フランの分は私が教えてあげるわ」

「……そうですね、お願いします」

「それじゃあ、何から話したらいいかしら」

「それならまずは、紅い霧の異変について……」

 

 

-・-・-・-・-・-・-・-・-・-

 

 

「ぜえ……ぜえ…… えらい目に遭いました……」

「? お姉ちゃん、私と遊ぶの楽しくなかった?」

「! いーえいえ全然! とても楽しかったですよー!」

「そう? えへへ……」

「……妙な具合に懐かれてしまいましたね…… でもこうしているとただのかわいい子なんだよなぁ……」

「そうだ! お姉ちゃんご褒美って?」

「あ……そういえば…… よし、それでしたら……」

 

 

 

 

「ただいま戻りましたー」

「ただいまー!」

 

 程よくレミリアの話の区切りが良いところで文とフランが戻ってきた。文は少しだけ疲れた様子だが、フランは楽しそうに文と手を繋いでいる。

 ……ふむ、予想通り二人の相性は良かったみたいだな。文はああ見えて面倒見が良いほうだ、椛にだって慕われている。

 

「お帰りなさいフラン。良かったわね遊んでもらえて。楽しかった?」

「うん! お姉ちゃんとっても飛ぶの速かった!」

 

 フランが文から手を離し、レミリアの元へトテトテと駆け寄っていく。文はお姉ちゃんと呼ばれるようになったのか。確かに見た目だけでなく、年齢もフランと比べると少し上だ。

 

「そう。でも捕まえられたんでしょ? すごいじゃない」

「へへー……」

「ご褒美は何か貰ったの?」

「! そうそれ! お姉さまー!」

「? どうしたのフラン?」

 

 フランがレミリアに抱き着いて頬を寄せる。なんとも仲睦まじい光景だが、文のご褒美と何の関係があるのだろうか。そう思った矢先に文が二人の姉妹にカメラを向け、シャッター音が部屋に響く。

 

 パシャッ

 

「きゃあっ」

 

 カメラのシャッター音と共に現れた光によって、レミリアが軽く声を出す。吸血鬼であるレミリアにとって、まぶしい光は驚くのだろう。

 

「な、なに?」

「お姉さまとの写真を、お姉ちゃんが撮ってくれたのよ!」

「……写真?」

「はい。後日現像して改めてフランさんに届けに来ますので。よろしければレミリアさんも一枚どうですか?」

 

 そう言って文は再びカメラを覗き、もう一枚撮るようなしぐさを見せる。文って撮った写真をあげたりもするんだな。俺は何枚か文に写真を撮られたことはあるのに、一枚たりとも貰ったことが無いんだが。

 ……別にいいけどな、思い出せるきっかけさえあれば能力で当時の風景が思い出せるから。

 

「……それじゃあ折角だし……」

「んじゃ、その間に俺たちは行こうか阿求」

「そうですね」

「えっ、真たちもう帰っちゃうの? 駄目だよ! まだ全然遊んでない!」

 

 阿求の手をとって立ち上がらせると、フランがあわてて俺たちを引き止める。フランは少し悲しそうな表情をしているが心配するな、別にまだ帰るわけじゃない。

 

「パチュリーたちにも話を聞いてくるだけだ。終わったら一緒に遊ぼうな」

「! うん!」

「ゆっくり話を聞いてらっしゃいな。その間私たちは咲夜のかっこいい二つ名でも考えておくから」

「え……私は別に"紅魔館のメイド"でよいのですが」

「駄目よ。そこは私の"永遠に紅い月"に匹敵するくらいのインパクトが必要なんだから」

「はは……じゃあ」

 

 俺と阿求は苦笑いしながら部屋を出ていく。レミリアのヤツ、やけにかっこいい二つ名にしたな。自分のことを"吸血鬼"とか"悪魔"ではなく、"月"という種族以外のもので表現したのがかっこいい。

 それに比べると咲夜の二つ名は確かに地味だ。それなら最初に言っていた"タイムストッパー咲夜"で良いとも思うが、それだと紅魔館の一員であることが表現できてないらしい。

 

 俺だったら咲夜の二つ名は何にするかな……"メイド・イン・R-MOON"とか? RってのはRemiliaとRedの頭文字な。

 ついでにフランに付けるとするなら"レインボーローズ"。羽が虹みたいに光って綺麗だし、薔薇には棘があって危険だから。

 

 パチュリーやこあの二つ名は何になるだろうか。今回パチュリーはあまり取材に協力的ではないようだが、その分こあが乗り気らしい。

 俺は阿求を連れて、紅魔館の大図書館まで歩いていった。

 

 

-・-・-・-・-・-・-・-・-・-

 

 

「世界一~皆の人気者~♪ それは彼女のこと パ チュ リー ♪」

「よう、こあ。ゴキゲンだな」

「あ、どうも! その人が話を聞きにきたっていう? お待ちしておりました!」

 

 図書館に入ってパチュリーに会うと、「そこら辺にこあがいるから」とだけ言ってまた黙々と読書に戻っていった。うーん……集中しているみたいだし仕方ないか、話してみると面白いヤツなんだけどな。

 

「それで、まず何から聞きたいですか? 身長? 体重? スリーサイズは秘密ですよ~?」

 

 しかしその代わりと言ってはなんだが、こあがパチュリーの分までいろいろ話をしてくれた。なんだか自分のことを話すことよりもパチュリーのことを話すことのほうが楽しんでいるような気がする。それほどまでに、こあのパチュリーに対する忠誠心は高い。

 

「それでですね! パチュリー様は……」

「こ、こあさん……もうそのくらいで……」

「へ? あ、そ、そうですね……」

 

 長々としゃべりつづけるこあをようやく阿求が制止する。まだまだしゃべり足りない様子のこあだが、後半は話が脱線しまくっていたので仕方無い。

 

「よし、一応これで紅魔館全員から話を聞いたことになるな。じゃあフランと遊びに戻るか阿求」

「そうですね」

「こあも来るか?」

「わ、私はパチュリー様の用事が終わりましたら一緒にお伺いさせてもらいます」

「ん、そうか。待ってるよ」

 

 こあにそう言うと、俺と阿求はパチュリーの読書を邪魔しないようこっそりと後にした。

 

 

 

 このあとレミリアたちと合流してからは、取材のことは忘れて純粋に遊ぶことにした。阿求も出来るようなトランプやウノなどのカードゲーム。罰ゲームあり。

 咲夜が勝利してレミリアの二つ名が少し変わったりもしたが、概ね平和なひとときだった。

 

 今日の取材はひとまず終了。次回は阿求を妖怪の山に連れて行くことを約束した。

 

 


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