東方狐答録   作:佐藤秋

6 / 156
第三話 旅する狐

 

「ん……うぅん……」 

 

 瞼が重い。かつて今までこれほど瞼を開けるのが大変だと思ったことがあっただろうか。気力を振り絞りなんとか目を開けると、真っ暗だった視界が一転、真っ白な世界へと早変わりだ。

 

「うおっ眩しっ……」

 

 咄嗟に手で視界を覆おうとしたが、身体が思うように動かない。身体に意識を向けてみると、何かが体中に巻きついているような感じがした。

 

「どういうことだ……俺はいつの間に眠っていたんだ……」

 

 意識がだんだんはっきりしてきて、俺は自分が眠っていたことに気が付いた。一体いつの間に…… それに眩しいということはここは外?

 本当にうっすらと目を開いて、徐々に目を光に慣らしていく。やがてぼんやりと視界が見えてきてから、俺は自分が森の中にいることに気が付いた。

 どうして俺は森の中に…… まったく状況がつかめない。ふと視界を自分にやると、草たちが自分の体中に絡み付いているのを発見した。なるほど、だから両手が動かなかったんだな。

 

「んっ! と…… そうだ、永琳……」

 

 俺はそれらを力ずくで引きちぎると、先ほど自分は永琳のロケットを見送ったことを思い出した。永琳のロケットを目で追って…… 飛び去ったあとの空を見ていたら、視界が急に真っ白になって……

 

「……そこから思い出せない…… 『あのあと一体何があった?』 ………………っ!」

 

 未だに現状がつかめない。俺は能力を使って把握することにした。

 頭の中に答えが浮かぶ。俺はその答えを出したあと、激しい感情の波に襲われた。

 

 

 ……俺が気を失う前に見た光、あれは核爆弾の爆発だった。都市の人間は自分の残した文明と穢れの存在である妖怪たちを無くすべく、ロケットで飛び立ったあとに爆弾を落としたのだ。

 

「立つ鳥跡を濁さずの精神だってか? ふざけやがって……」

 

 そしてなぜいま自分が無事なのか。

 あのとき自分は無意識のうちに能力を使い妖力全開で防御したらしい。どこにいけば一番被害が少ないか。どうすれば自分のダメージが最小限に抑えられるか。俺は自分の能力で、自分にとって最善の選択をしたのである。 

 更にもう一つ理由がある。一鬼が『結界を張る程度の能力』を使い、分かるだけの妖怪に結界を張ったのだ。それも自分の身を後回しにして。しかし一鬼の結界がいくら頑丈といっても核の力には敵わなかった。

 二つの奇跡により生き残った妖怪は俺一人だけ。今この時まで俺は能力妖力を使い果たして長い眠りについていたようだ。森で眠りについたのではなく、眠っている場所が森になってしまうほど長い間。

 

「一鬼……」

 

 自分の身よりも他人のことを守った友人の名前を呟く。自分のことしか考えていなかった自分とはえらい違いだ。

 

「う……うぅ…… うぁぁあああー!!」

 

 気がつくと俺は、大声を出して泣いていた。周りに誰もいないからだとか考える余裕はなく、ただただ自分の感情を思いっきり吐き出したかった。

 

 

 

 

 ひとしきり泣いたあと、俺は今からどうしようかと考えた。死んでるように生きたくはない。前世で好きだった漫画に出てきた台詞だ。狐になったばかりのときも似たようなことを思い、親兄弟を探すという目標を無理やり立てた。

 では今は、何を目標に生きていけばいいのだろう。人間も、妖怪も、自分以外がいなくなったこの地球で。

 

「……月に行こう」

 

 いま生きているはずの唯一の友人、永琳に会いたいと俺は思った。穢れの無い月では人間の寿命は永遠だ。どれほど膨大な時間がかかっても、いつか月で永琳に再会してやる。そう思うことで生きる意志を無理やり繋いだ。

 

 

-・-・-・-・-・-・-・-・-・-

 

 

 あの日から何年たっただろうか。冬を千回ほど数えたあたりでめんどくさくなった。能力を使えばすぐ分かるのだろうが、どうでもいいので使わない。

 

 核爆弾で無くなったのはあの都市と妖怪達だけで、自然はそのまま残っていた。おかげで食うものに困らなかったがそれだけだ。動植物では俺の話相手なんかにはなりはしない。

 

 

 二、三百年ほど経つたびに尻尾の数が増えていった。妖力が増えているのだろうか。

 それはいいのだが人間の姿のときに尻尾がこんなにあると、森の中を歩くときなどにはいいかげん邪魔である。そう思った俺はなんとか練習して尻尾を消せるようにした。

 それからあまりにも尻尾の無い状態で過ごしていたものだから、狐の姿に戻って初めて、尻尾が増えていることに気付くこともあった。

 この前の時点で尻尾の数は六本。好きな本数だけ隠すのも可能であり、尻尾を沢山出しているときほど妖力が多い。別に大量に妖力を使う機会は全くないため、数が増えたところで尻尾を消した人間の姿で生活することには変わりなかった。

 

 

 いろんなところを旅していると、ある日妖怪を発見した。力も知恵も特に無い木っ端妖怪だったが、それはつまり人類が再び誕生したことを示している。人の恐怖から妖怪は生み出されるのだから。

 

「あらら? 予想よりも人類が現れるのかなり早いな」

 

 一度文明が滅んでいるのに、再び人間が誕生するにはいささか早すぎると俺は思った。しかし考えてみればあの核爆弾は自然まで破壊してないのだ。人類が再び現れるのにそう時間はかからないのかもしれない。もっとも俺が眠っていた時間が具体的にどのくらいなのか分からないので、かなり時間がかかっている可能性も大いにあるが。

 

「っていうか能力を使えば気付きそうなもんだけどな」

 

 自分で言って苦笑する。とはいったものの、実は能力を使うつもりはほとんどなかった。

 俺はこの能力を自覚したときから、未来のこと、これから何が起きるかなどを知ることは極力避けていた。当然だ、新しく買ったゲームなのに常に攻略本を見ながらプレイして何が楽しいのだろう。たとえそのゲームが、セーブロードなしファーストプレイのみという鬼畜仕様でもだ。要所要所や、調べたいものが有るときに攻略本を見るのが正しい楽しみ方だろう。今の俺の実力で、常に『答えを()出す程度()の能力()』が使えるかはこの際置いておく。

 

「じゃあ次の旅は人里回りだ。『村のある方向は?』」

 

 能力を使いあちこちに村の存在を確認する。 ずっとひとりぼっちだったんだ、久しぶりに誰かとと話してみたい。そんなことを思いながら、一番近い村の方向へ、距離も分からず歩きだした。

 

 

-・-・-・-・-・-・-・-・-・-

 

 

「長い……距離を調べて飛べば良かったかも。今からでも飛ぼうか……いやそれだと負けな気がする。足腰の鍛練だと思ってポジティブに行こう。 ……ん?」

 

 ---……れか…………けて……

 

 遠くから微かに何かが聞こえてきた。よく聞こえないが人の声のようにも感じる。音の正体を確かめるべく、俺は意識を耳に集中した。

 

「だ、誰かー! 助けてー!」

「!」

 

 悲鳴だ。

 俺は声のするほうに向かって全力で走り出す。

 

 声は絶えず聞こえてくるため、助けを呼ぶ声は確実に近くなっているはずだ。

 間に合え。俺は言葉の通じる存在を喜ぶ暇も無く、一心不乱にそう願っていた。

 

「……見つけた! あれか!」

 

 やがて声がもうすぐそこだという場所までたどり着き、何かから全力で逃げている少女の姿を発見する。後ろには大型犬ほどの大きさもある蟻のような生物が迫っていた。あのような生き物は、自然に発生したりはしない。まず間違いなく妖怪だ。

 妖怪は人を驚かすことはあれど傷つけることはしないはず。かつて俺とともに過ごした妖怪は、みんな気のいい連中ばかりだった。

 しかしどうにも様子がおかしい。まるで本当に少女に襲い掛かろうとしているみたいだ。

 

「きゃああああああ!!」

「危ないっ!」

 

 どうにも不審に思った俺は、少女を助けることにした。少女が襲われる間一髪、俺は少女を抱きかかえ空へと逃げる。

 どうやらあの巨大蟻は空を飛ぶことができないらしい。巨大蟻はしばらく地上をうろついていたが、やがて諦めたように去っていった。

 

「……行ったか。お嬢ちゃん、大丈夫だったかい?」

 

 地面に降り少女に話しかける。できるだけ怖がらせないように、優しい口調を心がけて。

 少女はギュっと閉じていた目を、恐る恐る開いて俺を見た。

 

「私……助かったんですか……?」

「ああ、あいつはどこかに行ったよ」

「う……」

「ん?」

「うわああああん!! 怖かったよぅー!!」

「わっ…… よしよし、もう大丈夫。怖かったな」

 

 安心したのか少女は泣き出してしまった。よほど怖かったのだろう、俺の腰にしがみついて泣いている。

 子どもを無理に泣き止ませようとするのは駄目だと思った。思いっきり泣かせてあげて、時間を使うことが一番の方法だ。

 少女が泣き止むまで俺はずっと、少女の頭を撫でていた。

 

「それにしても……『どういうことだ?』」

 

 俺が助けたからこの少女に怪我は無いが、助けなければ確実にこの少女は襲われ、下手をすれば死んでいたかもしれない。

 俺は能力を使い疑問を解消した。ちなみにもう声に出さなくても能力は使えるが、むやみな能力による消費を抑えるために能力を使うときは声に出す癖をつけている。

 

「マジかよ……」

 

 "なぜ妖怪が少女を襲っていたのか"。その答えが頭の中に浮かんでくる。

 どうやら今の妖怪は昔の妖怪とは全く違う存在のようだ。種類や発生も多岐に分かれ、人を食うような存在も少なくない。同じ妖怪とは言っても、自分とはまったく別の存在のように感じた。物騒な世の中になったものである。

 

「あの……助けてくれてありがとうございました……」

 

 いつの間にか泣き止んでいた少女がお礼を言ってきた。お礼をきちんと言える子どもは好きだ。

 

「ん、どういたしまして。でもどうして女の子が一人でこんなところに。危ないじゃないか」

「う……それは……」

「話しにくいことかもしれないが話してくれ。正直今の状況に混乱してるんだ」

「……はい、実は……」

 

 話を聞くと、少女は近くの村から来たのだという。少女の母親は二週間前から咳が止まらず一向に良くなる気配が無い。そんなときある噂を聞いた。村から少し離れたところにある妖怪の森に、万病に聞く白い草が生えているのだと。それを聞いた少女はいてもたってもいられず、一人で村を飛び出してきたのだという。

 

「……おい」

「はい、何でしょう」

「この馬鹿者め」

「あいたっ」

 

 少女の頭にチョップをかます。子どもだからって考えが浅すぎだ。平原の真ん中で妖怪に追われている一人の少女、いったいどんな事情があると思いきや……

 完全に少女の自業自得である。二度と同じ過ちを起こさないように、俺がしっかりと怒らなくては。

 

「母親が心配なのは分かるが、なぜ一人で村を出た。大人を頼るなりもっとやりようはあったはずだ。それにそんな都合のいい草が生えているわけないだろう」

 

 天才だった永琳でもそのような薬を作るのは不可能だった。ましてや自然に、そんな都合のいい草が生えているとは思えない。

 

「で、でも……他の大人も何人も同じような症状で苦しんでいて…… 頼れる人がいなくて…… 私どうしていいか……」

「……」

「…………う……」

「…………ふう……仕方ない、母親の症状を詳しく言うんだ」

 

 少女が泣きそうな顔になっている。ここで見捨てられるほど俺は強い心臓をしていない。

 

「……えっ、もしかしてお医者様だったのですか?」

「違うが、おそらく医者の真似事くらいできる。『どんな症状だ?』」

「はい……二週間前から徐々に強い咳をするようになり、呼吸をするときに……」

 

 少女の話を聞くフリをして能力を使う。子どもの説明だけを聞いて理解できるほど、俺は病気に詳しくない。

 ……ふむ、理解した。命にかかわる病気では無さそうだが、なかなか面倒な病気である。この少女にも感染する可能性があるようだ。

 

「……といった様子です。 ……なんの病か分かりますでしょうか?」

「ああ、十分だ。ただ今の俺は薬になるものなど持っていない。探す時間を貰おうか」

「は、はい! お願いします!」

「さて、『どこにあるかな』」

 

 能力を使って薬になるものの場所を探す。

 ……む、少し遠いな。歩いていくには少し時間がかかるだろう。

 

「お嬢ちゃん」

「……あのう」

「ん?」

「私、名前を(さち)といいます」

「そうか、まだ名乗ってなかったな。俺の名前は真という。改めて、幸」

 

 幸と名乗る母親の病気はそこまで大げさなものではなく、急ぐ必要が無いことは俺が知っている。よって時間がかかろうと俺には問題ないのだが、幸にとってはそうではないだろう。幸が少しくらい怖い思いをすれば急げるのだが、幸にその覚悟があるか尋ねておく。

 

「なんでしょう」

「母親を一刻でも早く楽にさせてあげたいか?」

「もちろんです! そのためなら私にできることならなんでも!」

「そうか、では急ごう。幸、ここに座り俺の首に手を回すんだ」

 

 俺は片膝を立てて座り、立っていないほうの膝をポンポンと叩く。幸は首をかしげながらも、言う通りにしようと俺のそばまでやってきた。

 

「はい。 ……こ、こうですか?」

「よし。いくぞ」

「えっ? ひゃあああああ!」

 

 俺は幸の背中と膝裏に腕を回して抱えあげる。俗に言うお姫様抱っこというやつだが、実際にやるのは初めてだ。

 幸を抱えた俺は地面を蹴って、そのまま空へと飛び上がった。

 

「わぁ……すごい! 空を飛んでいます! 高いです! 速いです!」

「怖くないか?」

「はい!」

「よし、ではもう少し急ぐぞ」

「はい!」

 

 俺はもう少しスピードを上げて目的地へ向かう。尻尾を出せば更にスピードが出せるのだが、幸に負荷がかかるし妖怪だとバレるのでやめておこう。

 

 

 

 程なくして、薬となる植物のある場所についた。俺は幸を降ろして近くの草を拾い上げる。

 

「よし、見つけた。この草とこの草だ。もう少しあったほうが良いだろう。幸、これが薬となる草だ、二手に分かれて探そう。ただし、俺の目が届かない場所には行くんじゃないぞ」

「分かりました」

 

 俺は幸に見本になるよう草を手渡し、改めて自分も草を探し始める。一人よりも二人、少しでも効率を上げるためだ。

 

 三十分ほどで結構な量を見つけることができた。

 

「真さん、見つけてきました!」

 

 幸は両手で一杯に草を抱えて戻ってきた。キッチリ全部正しい草だ。見本を渡したというのもあるが、幸は観察力に優れているのかもしれない。

 

「よし、これで十分だろう。幸、草を見せなさい」

「はい」

「ほっ」

「……わっ! 一枚の葉になってしまいました!」

 

 俺は幸の差し出してきた草たちを、変化の術で一枚の木の葉に変えた。持ち運びしやすくするために、と旅の途中で思い付いた使い方だ。術を解くと術をかける前の状態に戻る。食料の持ち運びなどに大変重宝した。なんせ腐ることもないのだから。

 

 自分の集めた草たちも木の葉に変えて幸に預け、ここに来たときと同じように幸を抱えて飛んで戻る。幸に村の方向を尋ねそちらに向かって飛んでいった。

 村が見えてきたので、程よく距離をおいて着地する。飛んだまま村に入り無駄に混乱させることを避けるためだ。ここから村までは歩いていく。

 

「……あのう、真さん」

「ん? どうかしたか?」

「いえ、あの、歩くのであれば私も歩くので、降ろしてもらってもかまいません、よ?」

「……言われてみればそうだな。悪い悪い」

「い、いえ、そんな……」

 

 幸を降ろし二人で並んで村まで歩く。到着すると門番らしき男が俺たちを見つけ、驚いたような声を上げた。

 

「幸! 幸じゃないか! どうして村の外にいるんだ!」

「ご、ごめんなさい…… お母さんのために噂の白い草を採ってこようと思って……」

「何をやっているんだまったく!」

 

 門番が幸を軽く叱る。ちゃんと叱れる大人はいい大人だ。幸は少しだけ申し訳無さそうな顔をしたが、次の瞬間にはもう声を明るくして、門番に俺のことを紹介した。

 

「で、でもね! 途中でお医者さんに会えたの! ほらこの人! 真さんって言って、薬を持ってきてくれたの!」

「え、いや別に医者ってわけじゃ「それは本当か幸!」聞いてくれ」

「もちろん! それに私が妖怪に襲われているところを助けてくれたの!」

「妖怪に襲われたぁ!? だがら村の外は危険だとあれほど…… あぁ真さん、幸を助けてくれてありがとうございました」

「いえ……」

「おーい皆ぁ!! お医者様が来てくださったぞ!!!」

 

 門番がそう大声で叫ぶと、家から人が出てきて「お医者様だと?」「本当か!」とみな口々に声を上げる。わらわらと集まってきて若干たじろいでしまうほど数が多い。

 このままでは収拾がつかなくなってしまうのではないか。なんとかまとめるべく、俺は大声で全員に聞こえるように叫んだ。

 

「聞いてくれ!! この村で流行っている病気を治すための薬はまだ無い!! しかし先ほど材料となる植物を採ってきたところだ!! 半刻ほどしたら何人か幸の家まで来てくれ!! 薬を渡す!! ああそれと、この病気は命に関わるものではない!! 一月ばかり症状は続くがそれを過ぎたら快方へ向かうはずだから安心しろ!!

 ……では幸、案内してくれ」

「え、あ、はい分かりました」

 

 そう言って逃げるようにこの場から去っていく。久しぶりの人間を見られて嬉しいが、目立つことは好きではなかった。

 

 

-・-・-・-・-・-・-・-・-・-

 

「……ふぅ」

 

 幸の家に到着し一息つく。幸は母親に医者が来たことを報告しに行ったようだ。何度も言うが、俺は医者ではないのだが。

 

 さて、それでは薬を作ろうと思う。永琳の手伝いは何度もしたが、自力で薬を作るのは初めてである。

 

「……ええと、まずは細かく()り潰してから……」

「……真さん、私にも何かできることがあるば……」

「そうか、助かる。それなら鉢のようなものがあれば用意してくれ」

「分かりました」

 

 能力を使い、また幸にも少し手伝ってもらい一時間以内に最低限の薬を作ることができた。薬を取りに来た男たちに服用の仕方を教え配らせる。幸の母親にも服用させておいた。今は薬が効いて眠っている。まだ完治はしないので、もう少しここで様子を見ておく必要があるな。

 

「真さん、ありがとうございます」

「よせ、まだ治ったわけじゃない。それと幸、お前はこれを飲んでおくといい」

「? なんですかこれは?」

「予防薬だ。これで母親の病気が幸に感染するのを防げる。この病気は子どもにも感染するからな」

「分かりました!」

「それと……明日以降も病気の経過を診なければいけない。最低限作った薬は全部渡してしまった、また作らなくてはな。幸、手伝ってくれるか?」

「もちろんです!」

 

 俺は自分を善人ではないと思っている。前世では、遠くの国で子どもが餓死しようが興味はなかったし、新聞に載るような物騒なニュースもふーん、としか思わなかった。

 しかし目の前に自分が助けることの出来る困った人がいたら、そのまま見捨てることが出来る悪人でもない。今回の俺には助ける力があったのだ。

 

 俺は今度は幸に説明をしながら薬を共に作った。最初こそ説明に時間はかかるが、説明さえ終われば効率は倍である。

 それでもかなり時間はかかったが、採ってきた草たちを全て薬と予防薬に変えることができた。今日は能力を使いすぎた、体力はもうほとんどない。

 

「幸、俺はもう休む。もしかしたら数日起きないかもしれない。そのときは任せた。幸も疲れただろう、今日はもう休むといい」

「はい…… 今日はとても疲れました…… 妖怪に襲われて、助けてもらって、空を飛んで、薬の作り方を覚えて…… 今日はいろんなことを経験しました。私もとても眠いです。おやすみなさい」

 

 そういって幸は横になった。寝息が聞こえる。もう寝たようだ、よほど疲れていたらしい。俺も疲れた、寝るとしよう……

 

 

-・-・-・-・-・-・-・-・-・-

 

 

 数日後に俺は目を覚ました。幸に「冗談かと思ったけど本当に数日間眠るんですね」と笑いながら言われた。

 

 俺の寝ているあいだ幸はよくやってくれたようだ。病気の人の経過は順調らしい。何人もお礼に来た人が作物やらなにやら置いていったそうだ。わざわざ返しに行くのもなんなのでありがたく貰っておく。何割かは宿代だと言い幸に渡し、残りは木の葉に変えて懐へしまっておいた。村人たちが全員元気になるまではこの村には留まろうと思った。

 

 ある日、幸に医学を教えてくれと頼まれた。俺は医者ではないのだが…… しかしその方が安心して村を出ていけるというものだ。能力を駆使して薬に対する知識、植物の栽培などを教えた。

 患者の家を回っていると村人が集まってきて何度もお礼を言われた。またもや荷物が増えてしまったが、変化の術が使える俺には問題はない。全て木の葉に変えて持っておく。屋台の店主から貰った団子といなり寿司がうまかった。

 

 

 数ヶ月経った。とうに村人の病気は完治しており、幸にも充分な知識を与えた。そろそろ村を出ようと思う。

 

「もう発たれるのですね」

「ああ」

「真さん、本当に行っちゃうの?」

 

 幸とその母親に出ていく意思を告げた。この家にもずいぶん世話になったと思う。幸には何度も「この村に住もうよ」と言われたが断った。

 

「じゃ、またな」

 

 そう言い残して俺はこの村を去っていった。

 

 そういえば結局自分の正体はバレなかったな、と思った。

 

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。