東方狐答録   作:佐藤秋

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第三十二話 稗田阿求

 

 この前から博麗神社に住むことにはなったが、当然一日中そこに留まっているわけではない。まだ幻想郷の人里を全部回れてはいないので、今日もそこに行ってみよう。

 

 俺は、夕方までには博麗神社に帰ることにしている。門限が五時の小学生みたいだな。

 移動は空を飛んで行うのであまり時間はかからないがそれでも少し面倒だ。

 用事などで帰るのが遅れるときには、通信用の御札で連絡をする。霊夢なら別に気にしないだろうが、同じところに住んでいる相手への最低限の礼儀だろう。

 

 慧音は今日も寺子屋だろうか。曜日という概念は昔からあった気がするが、気にしたことは無いので今日が何曜日かは分からない。

 

 町を歩いていたら慧音を見つけた。寺子屋の近くではないのだが、生徒らしき少女と話している。

 

「よ、慧音。今日も寺子屋の仕事か? 熱心だなおい」

「む、真か。いや今日は休みだ、一体どうしてそう思……あ、なるほど。この子は私の生徒じゃないよ」

「え、そうなのか?」

「……あれ、貴方は……」

「うん?」

 

 慧音と話していた少女が俺に話しかけてくる。あれ、どこかで見覚えがあような…… この前寺子屋の前で慧音に会ったとき、その周りにいた子どもの一人だろうか。そのとき以外で子どもを見たことは無いと思うが。

 

「この前はありがとうございます、おかげで助かりました」

「……ああ! ……いやいや全然こちらこそ。えーと阿求、だったっけ」

 

 少女の言葉を聞いて思い出す。たしか初めてこの町に来たとき、荷物を持ってあげた女の子だ。

 

「あら? あのとき私は名乗るのを忘れていたと思いますが……」

「神社で巫女に教えてもらったんだ、あのあと用事があってな」

「なるほどそうでしたか霊夢さんに……」

「なんだ、二人ともちょっとした知り合いだったのか?」

 

 慧音が話に入ってくる。知り合いと呼べるか微妙な関係ではあるが、とりあえず「まぁな」と答えておくいた。

 

「丁度いい、阿求は幻想郷に住む妖怪のことを纏めているんだ。真も協力してあげたらどうだ?」

「はぁ、まぁ別に構わないが」

「えっ。慧音先生、この方も妖怪なんですか?」

 

 阿求が驚いた顔をする。人里に訪れるときには尻尾を隠しているので、人間と思われていたのは当然だ。

 それより"この方()"ということは、どうやら慧音は自身が妖怪であることを隠していないようだ。人里に溶け込めているようでなによりである。

 

「ああ、やっぱり気付かないよな。私も真に初めて会ったときは人間だと思ったよ」

「ええ。真さん、という名前もいま知りました。そうかぁ、妖怪だったんですね」

 

 そういえば名乗っていなかったか。まぁあれは別に名乗るほどのことをしたわけでもないしな。

 

「……さて、たったいま私は少し用事ができた。あとでまた真に会いに行くから、阿求の屋敷で取材を受けながら待っててくれ。じゃっ」

「あっおい」

 

 そう言い残して慧音は去っていった。なんだ急に、せわしないヤツだな。

 俺は阿求と二人でこの場に取り残される。

 

「……では真さん、とりあえず私の屋敷に行きましょうか」

「……動じないな、慧音がいきなり去ったのに」

「慧音先生はそういった人ですから」

「そうなのか…… で、取材って一体どんなことをするんだ?」

「どんな妖怪かを軽く教えてもらうだけですよ。そう手間はかけさせません」

「そうか…… まぁそれくらいなら」

 

 阿求と並んで歩いていく。妖怪について纏めているということは、そういった本でも作っているのだろうか。いろんな人の目に触れるとなると、なんだか少し恥ずかしい。

 

「それにしても……真さんにはまた会いたかったんですよ。ろくにお礼も言えなかったし」

「……そんなに大したことをしたわけじゃ無いんだが」

「そんなことありません! 町に何人も人がいたのに助けてくれたのは真さんだけでしたし…… しかも妖怪だなんて…… いるんですね、妖怪でも親切な人って」

「いるだろ沢山。慧音とか。あの場に居合わせたらすぐに助けに行きそうだ」

「またまた謙遜を。とにかく、私は真さんともう少し話してみたかったんですよ。今日また会えるとは思いませんでした」

 

 阿求と話しながら、この前も訪れた屋敷まで向かう。といってもそこまで細かく場所を覚えていたわけではないので、阿求に先導してもらったが。

 

 屋敷につくと、使用人に広い部屋まで案内された。阿求と二人きりなのだが、監視とかは必要ないのだろうか。仮にも妖怪だぞ俺、信用しすぎじゃないかオイ。

 

「では真さん、改めて……よろしくお願いいたします。私は稗田(ひえだの)阿求といいます。真さんのことを教えて下さい」

 

 少し阿求がかしこまって挨拶してきた。堅苦しいのは苦手なので、普段通りに会話を続ける。

 

「えー、名前は鞍馬真。種族は狐の妖怪だが……証拠に尻尾とか見せたほうがいいのかな」

「そうですね、お願いします」

 

 阿求は、紙にメモを取っているようだ、片手に筆を持っている。

 俺はとりあえず尻尾を一本だけ顕現させた。尻尾を出すと狐耳も一緒に現れる。証拠としては十分だろう。

 

「うわ……大きいですね、その尻尾」

「ああ。出したままのほうが楽なんだが、これだと目立つからな。町では隠すようにしている。目立つのは嫌いなんだ」

「なるほど…… あ、この取材はですね、後世に妖怪との接し方を残していくものなんですよ。ですから次は、真さんの人間に対する友好度と、強さ……まぁ言っちゃえば危険度ですね。この二つを教えて下さい」

 

 ……ほー、まぁ目的は分かるが、それを妖怪に直接聞くのはどうなんだろう。自分のことを弱いなんて言う謙虚な妖怪なんているのだろうか。

 そのことを尋ねてみたら、普段は阿求自身の主観と、周囲の情報を総合して判断しているらしい。そりゃそうだ。

 

「人間友好度は……なんだろう、普通?」

「えっ、見ず知らずの私を助けたりしてたのにですか?」

「そりゃ困ってそうだったし当然だ。だがそこらの人間とわざわざ仲良くする気は無いし、する必要も無いと思ってる。ま、だからといって知り合った阿求とか霊夢を無下に扱うこともしないが。だから普通で」

「な、なるほど……」

「あとは危険度かぁ…… まぁ自分で言うのもなんだが俺結構強いしなぁ。人間にとっちゃあ危険なんじゃないかな」

「……つかぬことをお聞きしますが、過去に人間を殺したこととかは……」

「無いな。ああでも、たまに人間を驚かしたりはするぞ。つまり結構危険だな」

「は、はぁ……」

 

 阿求の質問に答えていく。

 このあと、俺の使える能力とか、普段どんなところで生活しているかなどを聞かれた。幻想郷に来たばかりでそんなことを聞かれても困るが、とりあえず博麗神社と答えておこう。

 

 そろそろもう聞かれることは無くなったんじゃないかと思ったころ、部屋の外から使用人が声をかけてきた。

 

「阿求様、お客人がお見えです。寺子屋の上白沢慧音先生とそのお連れ様ですが、いかがいたしましょう」

「ああ、この部屋まで通してください」

「かしこまりました」

 

 使用人が部屋から離れていく。慧音を呼びに行ったのだろう。

 少ししてまた部屋の外から声がかけられる。

 

「阿求、私だ。入ってもいいか?」

「どうぞ」

 

 襖が開かれ、声の主が部屋に入ってきた。まあ慧音の声だったので当然慧音なのだが、慧音の後ろにもう一人誰かいる。

 

「あれ? お前まさか……」

「……ああ、本当に真だ。 ……幻想郷にいるとは聞いていたけど、今までどこにいたんだよ!」

「え、妹紅? え、マジで?」

 

 慧音の後ろにいたのは妹紅だった。あまりに突然のことで変な反応をしてしまう。いや、お互い生きてればまたどこかで会うとは思ってたけどさ。

 

「ふふ、驚いたか。妹紅とは幻想郷ができる前からの知り合いでな。聞けば昔、真と旅してた仲だというじゃないか。だからこの前寺子屋の前で真に会ったとき、妹紅にも教えておこうと思ってな」

 

 慧音が愉快そうにそう言った。なんだこのサプライズ。俺を妹紅のところに連れていくのではなく、なにも説明せずに妹紅をつれてくる辺り、慧音のやってやった感が半端ない。

 

「そうだったのか…… 妹紅、久しぶりだな。元気してたか?」

「……久しぶり。会いたかったよ真」

 

 立ち上がり、妹紅の顔を見てそう言うと、妹紅は俺の胸に額を当ててきた。そのまま妹紅は動こうとせず、俺の顔を見ようとしない。

 ……泣いてる? まさかな。

 

「……俺も、あれから妹紅がどうなったか気になってた」

 

 妹紅の頭を撫でながらそう言った。妹紅は別れの言葉も言わず一人で行ってしまったからな。

 輝夜には会えたのだろうか。会えたのならばどうなったのだろう。不死の理解者として良き仲になれたのだろうか。

 聞きたいことが沢山ある。

 

「……あー、こほん。感動の再会なのは分かるが、私たちがいることを忘れてはいないか?」

「っ!!」

 

 慧音の一言に、慌てて妹紅が俺の胸から離れる。 ……慧音め、空気読めよ。妹紅も妹紅で、そんな慌てることもないだろうに。

 

「あーっと、そうだ、真はここで何してるんだ?」

 

 妹紅が露骨に話題を変えてくる。そんなに今のを誤魔化したいのか。

 

「阿求に妖怪として取材を受けていたんだ。多分もうすぐ終わると思うが……」

「ええ、聞きたいことはあらかた聞き終わりました。仕上げとして、真さんのことを知っているお二人に確認していただきたい、といったところでしょうか。あと個人的には……妹紅さんと真さんの関係について伺いたいですね」

「そ、それはまた別の機会に…… それより、確認すればいいんだな? 手伝うよ」

 

 妹紅が阿求の横に行き、書かれたメモをチラリと見る。俺はまだそのメモを見ていないが、おそらく俺の言ったことが書かれているだけだ。

 

「どれどれ……『鞍馬真、人間友好度"中"、危険度"高"』? 真さぁ適当なこと言ってんなよ。『人間友好度"極高"、危険度"皆無"』の間違いだろ」

「あ、やはり妹紅さんもそう思いますか。そうですよね、真さんが言う通りなら他の妖怪たちの欄の全訂正が必要になります」

「……ふう、二人ともまだまだだな。自己評価と他者評価はえてして違うもんさ。百人が、こいつはこうだと言ったとしても、本当にそうかは本人にしか分からない」

 

 俺は妹紅と阿求にやれやれと首を振る。俺のことに俺が答えているんだから、俺が一番正しいことを言っているに決まっているじゃないか。そもそも危険度とか友好度とか、明確な基準が存在しない以上、こういうことが起きるのも当然だろう。

 

「しかし本人がどうにしろ、百人が百人同じ評価を下したら、それはもう本物だろう。それに、本人の感覚がズレている今回の場合にとっては、大事なのは他者評価と言える」

「なっ…… 俺がズレているだと……?」

 

 妹紅と同様に阿求の横に行った慧音が、それらしいことを言って反論してくる。

 そんなバカな…… 人間の中に溶け込むために尻尾を隠したり、空を飛ぶことを避けている俺が、周囲とズレているはずがないだろう。お前ら、普通の髪の色してから言えよ。この中で黒いの俺だけじゃないか。狐耳を出したら少し赤みを帯びた褐色になるけど。

 

「真はほっといて次見ていこう。『能力は、"変化させる程度の能力"。本人が認識さえできれば、ほとんどのものに変化させることができる。しかし本人から離れ一定時間経つと元に戻る。生物を無生物にはできない』。あれ、これだけか? 火を出せたり、姿消せたり、初めて見る物でもなんなのか分かったりする能力とかあるだろ」

「え、そうなんですか?」

「いやぁ、よく使う能力といったら変化かなぁと思って」

 

 自分の手札をすべてバラす必要はないだろう。誰だって秘密の一つや二つはあるものだ。尻尾を全部出したら縮むことなども言っていない。

 ……多分さとりには全部バレてるんだろうけど。

 

「『年齢"とても高い"。生息場所"様々、今は博麗神社"』。なにこの適当な回答」

「じゃあ妹紅、お前いま何歳だ」

「そりゃあ……たくさんだよ」

「ほらみろ」

 

 何年生きたかなんて、そんなの覚えていない。しかしあながち適当とは言えないと思う。大昔、人も妖怪もいなくなったあの日から、俺より年上の存在には会ったことが無いのだ。

 

 その後も妹紅は阿求のメモを読み上げ、所々に突っ込んでいく。

 すぐ終わると思っていた阿求の用事だが、思った以上に長くなってしまった。もうすぐ日が暮れる時間である。

 

「……皆さん、今日はありがとうございました」

 

 阿求が、両手を床につけ頭を軽く下げる。茶道でいう『真』の礼だろうか。俺の名前と同じである。

 

「お時間も遅いので、よろしければこのあとお夕飯をご馳走させて下さい」

「気持ちは嬉しいが、一応神社に霊夢がいるから。同居人になった以上、できるだけ飯は霊夢と食おうと……」

「あら、そうですか…… それなら、霊夢さんもご一緒ならどうでしょう?」

「いいのか?」

「ええ」

「それじゃ、ちょっと連絡してくる」

 

 俺は部屋から一旦出て、霊夢に連絡を取ることにした。部屋からは「お二方はどうしますか?」「私たちもいいのか?」といった会話が聞こえるので、恐らく妹紅と慧音も食べていくだろう。

 

「おーい霊夢ー、これで聞こえてるのか?」

『……なーに、真さん。聞こえてるわよ』

「今日の夕飯なんだけど、阿求のところに誘われてさ」

『……ふーん、良かったじゃない。それなら私はこっちで……』

「いや、阿求が霊夢もこっちで食べないかって」

『食べる』

 

 即答か。

 

「そうか。一人で来れるか?」

『当然よ』

 

 霊夢は、紫と共に幻想郷の結界を管理しているだけあって、その実力はかなりのものだ。途中で妖怪に襲われても対処できるらしい。わざわざ迎えに行く手間を考えたら、一人で来れるのはとても助かる。

 

 程なくしてから霊夢が到着する。無事に来れたようで一安心だ。

 

「こんばんは阿求。夕飯をたかりに来たわ」

「こんばんは霊夢さん。ふふ、どうぞ沢山食べて下さい」

 

 霊夢と阿求、年が近そうなこの二人、案外仲が良さそうだ。霊夢が遠慮なしなのはいつも通りかもしれないが。

 

「そうだ皆さん、お酒はどうなさいますか?」

「飲むわ」

「頂こう」

「真も飲むよな?」

「あ、ああ……」

 

 阿求の問いに、霊夢が真っ先に答える。あれ、霊夢ってどう見ても未成年だよな。酒を飲んでもいいのだろうか。

 

「いいのか霊夢、子どもが酒を飲んで」

「……なにかダメなの? 私も魔理沙も、いつも結構飲んでるけれど」

 

 寺子屋の先生である慧音が何も言わないところを見ると、どうやら問題ないらしい。幻想郷では普通の光景なのかもしれない。

 

「真。慧音とは一緒に酒を飲んだことがあるそうじゃないか」

「ん? ああ、そうだったかな」

「今日は私にも付き合って貰うからな」

「いいよ」

 

 妹紅とだって酒を飲んだことあるけどな。ただあのときは、起きたら妹紅がいなくなっていたけれど。

 

「……今回は、寝てる間に勝手に遠くへ行くなよ。まだ妹紅には聞きたいことが残ってるからな。あのあと何があったかとか」

「……当たり前だろ」

 

 なんとなく妹紅の話は、静かなところで二人で聞きたいと思った。人が多いこの場でするのは勿体ない。

 早ければ明日にでも改めて妹紅と話そうか、と思った。

 

 

 

 

「……ところで、貴女誰よ。やけに真さんと親しげだけど」

「遠い昔からの知り合いだよ。一緒に旅した仲間でもある」

「……ふーん?」

「まぁその話は後でしようじゃないか。阿求も聞きたがっていたし、酒でも飲みながらゆっくりと。な、妹紅?」

「け、慧音……それは……」

 

 阿求が、食事の準備が出来たと俺たちを呼びにくるまであと少し。

 妹紅との思い出を語るのに、かかる時間はどれほどだろうか。

 

 


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