東方狐答録   作:佐藤秋

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第二十八話 地底にて

 

 地霊殿には様々なペットがいる。人型になれるのはお燐とお空のみであり、それ以外は至って普通の動物だ。

 狐である俺が言うのもなんだが、俺は獣の類いがあまり好きではない。嫌いなのではなく苦手なのだ。理由はいろいろ考えられるが、最たるものとしてはやはり言葉が通じず何を考えているか分からないからだろうか。俺にもさとりの能力があれば、もう少し動物が好きになれると思うんだが。

 

「にゃー」

「猫か……ってなんだこいつ、めっちゃ寄ってくる」

 

 地霊殿にいると一匹の黒猫が俺の足元に擦り寄ってきた。うん、やっぱりなにを考えているか分からない。しかし無下に扱うと後でさとりにチクられるかもしれない。ここはこの猫の相手をしておくべきだと思った。

 

「確か……猫は顎を掻くように撫でれば喜ぶのかな」

 

 床に座り、恐る恐る猫の顎に手を伸ばす。 ……おお、目を細めて喉をゴロゴロ鳴らしだした。もしかしてこれは喜んでいるのだろうか。

 黒猫は更に頭や背中を俺の足に擦り付けてくる。ここを撫でろとのご命令なのか。

 

「ここを……撫でればいいのか?」

「にゃーん」

 

 そう言うと黒猫がコクンと頷いた気がした。もしかしたら地霊殿の動物は言葉を少しは理解しているのだろうか。お望みの通り背中を撫でてやる。

 

「……どうだ、気持ちいいか?」

「にゃーん」

「そうかそうか」

 

 黒猫が何を言っているか分からないがとりあえず分かったように相槌を打つ。あまり人に見られていい光景ではない。少しだけ周囲を警戒する。

 

「どうだ、ここらで一気に、ひざの上へなんて……」

「にゃー」

「痛っ! いきなり肩だと!?」

 

 黒猫が俺の肩に飛び乗ってくる。

 俺はその猫を持ち上げ改めて首にかけ直した。猫マフラーってやつだ。

 

「随分人懐っこい猫だな…… よし、名前をつけよう。黒猫だからノワールだな」

「にゃーにゃー」

「なに、嫌か? そうだなそれじゃあ、トレイン=ハートネットでどうだ」

「にゃーにゃーにゃー」

「なに、長いのもいやなのか。それなら特別に夜一(よるいち)さんと……」

「いや、あたいにはもうお燐って名前があるんだけど」

「はは、お燐だと、お燐と同じになってややこしいじゃないか……ってお燐!?」

「そうだよー」

 

 気がついたら首に手を回したお燐が俺の背中にぶら下がっていた。そこはさっきまで黒猫がいたところなのだが、黒猫の姿はもうどこにも見えない。

 

「全く、真ったら全然気付かないんだね」

「……さっきまでの黒猫はお燐だったのか?」

「そうだよ。ほっ」

 

 お燐が先ほどの猫の姿に戻る。改めて猫を見てみるが、人型のときのお燐の面影を全くといっていいほど感じない。 ……いや、耳の形と目の色が同じではあるのか。それにしたって言われなければ気付かないだろう。

 

「確かに妖力は感じてたけどさぁ。ここの動物、妖力持ってるヤツけっこういるじゃん。分からないよそれは」

「にゃー」

「にゃーじゃねぇよ。あ、まさかその姿じゃあ話せないのか?」

「にゃーん」

「……みたいだな。へー、そうなのか。 ……よし、見てろ」

「にゃ?」

 

 俺は首の上に乗っているお燐を一旦地面に降ろす。そしてかなり久しぶりに、自分にかけた人化の術を解いた。

 

「にゃ……にゃー!」

「どうだ、かっこいいだろう」

「にゃーにゃーにゃー!」

 

 黒猫のお燐の何十倍もある、元の狐の姿に戻る。かつて勇儀と萃香を背中にのせたこともある、かなり大きい狐の姿だ。俺は別にこの姿でも言葉を話すことができる。

 

「ほらお燐、来い来い」

「にゃー」

 

 前足、後ろ足を折り曲げ地面に寝そべりお燐を呼ぶ。お燐は俺の横に来ると同じように地面に寝そべり、体を丸めて寄り添った。

 

「お燐ー! 今日の仕事終わったから何かしよ……ってなにそいつでかっ! 新入り!?」

「にゃー」

「俺だ。尻尾を見て分かんないか?」

「しゃべった! 尻尾を見てって……まさか真?」

「にゃーん」

「そうだ」

 

 どこからかお空が、お燐を探しにやってきた。俺が猫の姿のお燐を分からなかったように、お空も狐の姿の俺を初見では分からない。当然といえば当然だ。

 そういえばお空も動物の姿に戻れるのだろうか。普通に考えたら戻れないとおかしいのだが、慣れたら人の姿のほうが楽なのだろう。人化ができているのに好んで動物の姿になる妖怪はあまり見ない。それこそお燐が初めてである。

 

「いいなーお燐、暖かそうで」

「にゃーん」

「お空も来るか?」

「! いいの!?」

「別にいいぞ」

「わーい!」

 

 お空が俺の背中の上に飛び乗ってくる。乗るときに少し衝撃を感じたが、それ以外には別に問題は無い。

 

「……はー、いい感じ。このまま眠っちゃいそう」

「にゃー……」

「……寝てもいいぞ別に」

「ホント!? やったー! お燐、こっちに来て一緒に寝よう?」

「にゃー」

 

 俺はお燐が背中に上れるよう尻尾で道を作る。尻尾の上を歩いてお燐が背中に到着したら、その尻尾を二人(一人と一匹)の近くにやった。枕か布団の代わりにでもすればいい。

 

「……うーん、柔らかくてきもちいーねお燐」

「にゃーん」

 

 お燐とお空は、俺の尻尾を挟んで、それぞれ寝息を立てだした。

 ……このままでは俺も動けない。俺も二人と一緒に昼寝することにしよう。

 

 

-・-・-・-・-・-・-・-・-・-

 

 

「こんにちはー! 真いますかー!」

「……ちょっとぬえまずいよ。ここは地底の主が住んでるんだって」

「大丈夫だよ。真は別におっかなくなんてなかったって言ってたし」

「そうかもしれないけど万が一ってことが……わあなにこのでっかいの!」

 

 なんだか周りが騒がしい。気持ちよく眠っていたのに目が覚めてしまった。

 

「……我の眠りを妨げるものは誰だ?」

「わああごめんなさいごめんなさい! そんなつもりはちっとも……」

「……なんだ水蜜とぬえか。遊びに来たのか?」

「えええなんで私たちの名前を知って……」

「うわぁ……真なの!? すごいすごい大きい!」

「……へ? 真?」

 

 水蜜も、このでかい狐が俺のことだと気付いていなかったようだ。ぬえは分かったみたいだが。

 

「うにゅ……どしたの真…… 目が覚めちゃった……って侵入者? さとり様に報告しないと……」

「いや、俺の知り合いなんだが…… そうだな、一応さとりに言っておいたほうがいいかも知れない。お空、行ってきてくれるか」

「はーい」

 

 寝ぼけ眼をこするお空にさとりを呼びに行ってもらう。この地霊殿はさとりの所有物なので、ちゃんと知らせておく必要があるのだ。

 

「なにその大きい姿…… それが真の真の姿なの?」

 

 水蜜が俺の顔の前にやってきて尋ねてくる。真の真の姿って語呂がいいな。

 

「そうだ。これが(おれ)の真の姿だ」

「あはは、真の真の姿!」

「ふわ~あ、よく寝た。お姉さんたち、真の知り合い?」

「わ、真の背中に誰かいる! 私も!」

「わっ」

 

 俺の背中で目を覚ましたお燐を発見して、ぬえが俺の背中に飛び乗ってくる。お燐はいつの間にか人型に戻っているようだった。

 

「えへへ、真の背中柔らかーい。 ……あれ、そこに誰かいるの?」

「……あら、貴女私が見えてるの?」

「あれ、こいし様? いつの間にここにいたんですか?」

「二人が気持ちよさそうに寝てたから混ざっちゃった。これ真だったんだね」

「貴女こいしって言うのね! 私ぬえ! お友達になりましょう!」

「いいよー。じゃあぬえちゃんだね。よろしくねー」

 

 そう言ってこいしはぬえと共にじゃれ合いだした。こいしはまた気付かないうちに俺の背中に乗っていたのか。

 それにしてもぬえは誰とでも仲良くなるのが早い。子ども同士引かれあうものでもあったのだろうか。

 

「……」

「どうした水蜜」

「いや……一瞬でいろいろあってちょっと頭が追いつかないって言うか…… 貴方は本当に真なのね?」

「そうだよ。村紗水蜜、人間がもっとも無力な海の上で船を沈没させるこの上なく凶悪な妖怪」

「ああ、確かに真だわ。まだそんなこと言ってるのね」

「真ー、さとり様に報告してきたよー」

「……いらっしゃい。真さんのお知り合いのお客様だそうですね」

 

 お空がさとりと共に戻ってくる。

 ひとまずさとりにぬえと水蜜を紹介しよう。

 

「さとり、そこにいるちっちゃいのが水蜜で、こいしと遊んでるさらにちっちゃいのがぬえだ」

「……そりゃあ今の真と比べたら小さいけどさ」

「……はじめまして、地霊殿の主の古明地さとりです。貴女が村紗水蜜さんですね。ごめんなさいね、予想と違った地底の主で」

 

 さとりがまずは近くにいる水蜜の前に行きお辞儀をする。地底ではさとりはどのような姿だと思われているのだろうか、とりあえず水蜜は自分より小さいさとりを見て驚いているようだ。

 

「い、いえ…… あれ?」

「いいえ、口に出してはいませんよ。私は心が読める妖怪ですので。 ……はい、おっかないとは多分そういう意味で、だと思います」

「え……いやあの、ごめんなさい……」

「大丈夫だ水蜜。さとりは心を読むだけであとは優しい妖怪だから」

「いや、心を読むだけって……」

「そうですね、真さんが珍しいだけですよ。水蜜さんの考えてる通りです」

 

 一体水蜜は何を考えたんだろう。俺はいたって普通だが。

 しかし、心を読むことに抵抗を覚えても、さとりと付き合っていけばきっと水蜜もさとりが優しいヤツだと分かると思う。さとりも水蜜のことは今は許してやってほしい。

 

「ふふ、分かりました。ではもう一人の、ぬえさんという方は……」

「おねえちゃーん!」

「わっ、こいし」

 

 こいしが俺の背中から飛び降りてさとりの前に現れた。心が読めるさとりを驚かせるのは難しいのだが、こいしは姿を現すだけで毎回さとりを驚かす。

 

「私新しくお友達ができちゃった。ぬえちゃんっていうの」

「この人がこいしのお姉さん? 地底の主なんでしょ、すごいね!」

「貴女がぬえさんね。ふふ、ありがとう。こいしの姉の古明地さとりです。こいしのことをよろしくね」

 

 さとりが俺の背中に乗ったままのぬえに挨拶をする。

 そういえばぬえは、どうしてこいしをすぐ見つけることができたんだろう。実の姉であるさとりにでも難しいし、俺も能力を使わないとほとんど無理だ。

 

「こいしは、比較的幼い人には意外と見つけられるんです。子どものほうが、実は視野が広かったりしますから」

「……なるほどね」

 

 さとりが、何気なく考えた疑問に答えてくれる。そこまで深くは思っていないのに律儀なヤツだ。この場にいる人物は、こいしとさとりを除いても五人もいる。全員が全員、なにかしら考えているだろうに、その中の声を聞き分けるなんてさとりは、並列情報処理能力が優れているのかもしれない。聖徳太子が、十人の言うことを一斉に聞き取ったようなものだ。

 

「貴女たちは、猫と鴉の妖怪なんですか?」

「そうだよ。あたいは火車の火焔猫燐。お姉さんは舟幽霊の妖怪かな? 死体を運ぶあたいとしては、死体が海の底に行かせるお姉さんは天敵だね」

「い、いやぁそれはまぁ仕方ないって言いますか……」

「うにゅ? お燐、海ってなあに?」

 

 最初は少し臆していた水蜜も少しはこの場に慣れてきたようだ、お燐とお空と話している。

 それより俺はもう人間の姿に戻ってもいいだろうか。

 

「あ、待ってください真さん。戻る前に少し触らせて下さい」

 

 さとりが俺の前まで来て、首元に抱きつき頭を撫でてくる。そうだった、ここの主は動物大好きクラブの名誉会長だった。

 さとりにひとしきり撫でられたあと、俺は人間の姿に戻ることにした。

 

 

-・-・-・-・-・-・-・-・-・-

 

 

「では問題。さとりに有ってこいしに無い。ぬえに有って水蜜に無い。さて何でしょう」

「はい! お菓子を作るのが上手い!」

「私はお菓子作れないなー。こいしのお姉さんの作るお菓子美味しかったよねームラサ?」

「そうだねー。私の中のさとりさんのイメージがどんどん変わっていくよ」

「はいはーい、どっちも私の大切な存在ー」

「ふふ、こいしったら……」

「こいしー! 私もー!」

「ぬえちゃーん!」

「うーん……名前が平仮名とか…… でもこいし様も平仮名だしねぇ」

「お、お燐ある意味惜しい。名前に着眼点を置いたのはいいぞ」

「あら、そう?」

「分かった! さとりさんもぬえも、名前が妖怪の種族名! 覚と鵺!」

「水蜜正解」

「「「お~」」」

「おねえちゃん分からなかったの?」

「私は真さんの心が読めるから……」

「あ、そうだったな。じゃあさとりの心を読めなくしたところでもう一問。棒四本でできたちりとりにごみが入っています。二本だけ棒を動かしてちりとりからごみを出してください」

「はい! ごみだけ私の炎で燃やし尽くす!」

「お空そんなことできるのか」

「まぁね!」

「でも駄目」

「うにゅ~」

 

 今の地霊殿には人が多い、皆でわいわいと騒いでいる。ぬえも水蜜も、意外と地霊殿に溶け込めたようだ。二人を通じて、星たちもさとりの誤解が無くなってくれれば嬉しいと思う。

 

 

「……じゃ、俺は水蜜を送っていくよ。ぬえはここに泊まるんだな?」

「うん」

「ぬえちゃん、一緒にお風呂入ろー」

「いいよー」

「ではさとりさん。今日はお邪魔しました」

「ええ。また遊びに来てくださいね」

 

 時間ももう遅くなり、そろそろ帰らないと妖怪寺のメンバーが心配しだす時間である。夜は妖怪が活発になるので、一応水蜜を送っていくことにした。

 

 

 

「じゃあね。送ってくれてありがと」

「おう」

 

 道中何事もなく、無事水蜜を送り届ける。家に着くと、中からナズーリンが現れた。

 

「……おや? ムラサ船長だけかい?」

「おうナズーリン。ぬえは地霊殿に泊まるってさ」

「それはいいんだが……ご主人も一輪もいないんだ。全くどこへ行ったのやら」

「うーん、その二人は見てないなぁ。じゃあナズーリンはさっきまでここで一人だったのか」

「いや、いいんだ。どうせどこかをほっつき歩いてるんだろう。それよりも宝塔を無くしてこないかのほうが不安だね」

「はは、確かに。じゃあ、二人ともまたな」

「ああ」

 

 水蜜を無事送り届けたため、後は地霊殿に帰るだけだ。しかし今帰っても風呂にはぬえたちが入ってるだろうし、寝ようにも昼寝をしたため目が冴えている。

 そうだ、どこかの居酒屋でゆっくり飲んで時間でも潰そうかな。そう思った俺は、地霊殿へつながる道とは違う道を歩き出した。

 

 

「いらっしゃいませー」

 

 近くにあった適当な居酒屋に入る。勇儀がいるかもしれないと思い店内を見渡したが見当たらない。しかしその代わり、見覚えのある二人を発見した。

 

「よお、星と一輪。いいのか? 酒なんて飲んで」

「わっ! ……なんだ真ですか。驚かさないでくださいよ」

 

 二人で楽しそうに飲んでいる星と一輪に話しかける。俺が声をかけると星はビクッと体を震わせた。

 

「別に今の私たちはお寺にいるわけではありませんから。でも姐さんには内緒ですよ?」

「はは、了解した」

「よかったら、真も一緒に飲みますか? 三人のほうが楽しいですよ」

「そうだな、じゃあお邪魔させてもらおう」

 

 俺は二人に混ざって飲むことにした。この二人……というかあの寺のメンバーと飲むのは初めてだ。戒律で酒は禁止されているので当然といえば当然だが。

 

「真もお酒を飲むんですね、安心しました」

「? なにがだ一輪?」

「だって、私たちとお寺にいたとき、お酒を一滴も飲んで無かったじゃないですか。私たちはたまーに聖に隠れて飲んでいたのに」

「はぁ? お前たちそんなことしてたのか?」

「たまーにですよ、ごくたまーに」

「いや、たまにでもそれはどうなんだ。寺に住んでてそれはいいのか? 妖怪だし、星は肉が好きだし、つくづく寺関係者っぽくないよなぁ」

 

 それに女だし、という言葉はなんとか飲み込む。性別は生まれつきであるためどうしようもない。

 

「仕方ないじゃないですか、お肉おいしいですもん! それに私は元々虎ですし、こればっかりは仕方ないです」

「……あー、それは別にいいんだが、自分が元虎って言ってもよかったのか?」

「いいです、真ですし。それより真、全然飲んでないじゃないですか! ほら、もっと飲みましょうよ!」

 

 そう言って星は自分の持っている杯を高く掲げる。どうやら星はすでに少し酔っているようだ。普段の五割増しくらいでテンションが高い。

 

「いやぁ、酒にはあまり強くなくてな。酔わないようにゆっくり飲むんだ」

「それはいけません! せっかくこんな美人二人と飲んでいるのに、酔わないなんてもったいないです! ほら一輪からも言ってやって下さい!」

「そうですよ真。こんな機会もう無いかもしれません。真のためにも私たちのためにも、ここは飲んでおくべきです」

「……違いない。それじゃあ美人二人にお酌をして貰おうかな」

「喜んで!」

 

 女性二人にここまで言われて断るなんて勿体ない。それにお酒は楽しく飲むべきだ。せっかく二人が勧めてくれたのにそれを断ったら、楽しい空気が一瞬で冷えてしまう。

 

「……はい、どうぞ!」

「ああ、ありがとう」

 

 俺は星に注いでもらった酒を、一気にあおる。普段はこんな飲み方はしないのに、ついこの間も同じような飲み方をした。

 

「おおー! いい飲みっぷりです! それじゃあもう一杯……」

「まぁまぁ、星の杯も空っぽじゃないか。今度は俺が……」

「ああ、ありがとうございます。ふふ、真にお酒を注いでもらうのも初めてです」

「そうだな、滅多に無いから味わって飲みな。ほら、一輪も」

 

 俺は二人の杯にそれぞれ酒を注ぐ。大人数で飲むのも良いが、少人数で飲むのも楽しい。

 

「あらありがとうございます。それでは次は私が真に……」

「よし、それじゃあ全員に注いだところでもう一回……」

「「「乾杯!」」」

 

 俺たちはそれぞれ手に持った杯を前につき出す。杯と杯とがぶつかり、カーンと音を立てた。

 

 

 

 

「私はですね! 地底で真にまた会えたとき本当に嬉しかったんですよ!」

「ははは、そうかそうか可愛いヤツめ」

「? なんで喉元を触ってくるんです?」

「虎って猫の仲間だろ? 俺は今日、猫の撫でかたを覚えてな」

「それだったら喉よりも尻尾の付け根……お尻辺りを撫でるほうが喜ぶそうですよ?」

「いや、さすがにそれはまずいというか」

「今は人型なんでどっちも関係ないです! ……でも頭だったら撫でてくれてもいいですよ?」

「はいはい。星はいつも頑張ってるもんな」

「えへへー」

 

 あれから結構飲んだ気がする。頭がふわふわして気分がいい。

 差し出される星の頭をわしゃわしゃと撫でる。

 

「私だって真にここ……地底で会えて嬉しかったです。そりゃあ一番喜んでたのはぬえでしたけど、一番喜んでたからって一番嬉しかったとは限らないですよ。もちろんムラサもあれでかなり嬉しかったと思いますし」

「真は面倒見が良くて優しかったですからね! ナズも真には懐いてましたし、なにより真がいたときはお説教が短かった気がします。怒ったナズは怖いですからね!」

「……ほう。それじゃあ今みたいに、こっそりお酒を飲みに行ったりしたら私が怒るとは思わなかったのか?」

「ははは、そりゃあバレたら怒られるでしょうがバレなきゃなにも……え"っ」

「では私にバレた今、ご主人がどういう行動を取るか今から楽しみだねぇ……?」

 

 気がついたらすぐそこにナズーリンが立っていた。そういえば水蜜を送ったときに星たちがいないって言ってたっけ。こっそりと飲みに来ていた星を見て、ナズーリンはかなりご立腹の様子だ。

 

「ナ、ナナナナナズ? なななななぜ此処に?」

 

 先ほどの態度とは打って変わって焦りだす星。『な』が多い。

 

「……雲山が教えてくれたよ。君たちがここに来るとき、家にいるのが私だけになることを気遣って一輪が残してくれてたみたいだね。ああ、今はムラサ船長と留守番してもらってるけど」

「あ、あのですね、これには深い理由が……」

「問答無用!」

 

 ああ、通りで雲山を見ないと思った。こっそり飲みに行ったりする癖には、そこらへんの心配りは忘れないんだな。

 ……しかし、ここで説教が始まってしまったら、楽しい気分が台無しである。説教はもう少し我慢してもらおう。

 

「ナズーリンナズーリン、ちょっとおいで」

「む? なんだい真。言っておくが今回ばかりは真の頼みでも……」

「えい」

「わぁっ!?」

「……うーん、ナズーリンは小さくて抱き心地がいいなー」

「しししし真!? いったい何を……」

 

 呼ばれて俺の前に来たナズーリンをそのまま抱き寄せる。ナズーリンはもちろん、星と一輪も何が起きてるんだと言わんばかりの表情だ。

 

「まぁまぁ、折角楽しく飲んでいるのに、水を差すのは無粋だと思わないか?」

「え、えーとでも……」

「大方、飲んでたことよりも内緒にしてたことのほうに怒ってるんだろ? それなら今からでも間に合うさ。俺たちと一緒に飲もうぜ?」

 

 そう言いながら俺は、星と一輪にウインクを飛ばす。二人は少し呆けていたが、すぐに察したようだった。

 

「そ、そうですよナズ! お説教なら後で受けますから、今は一緒に飲みましょ! ね?」

「さ、ナズーリンの分のお酒です。グイッといきましょうグイッと」

「うう、わ、分かったから真! 腕を緩めて!」

 

 ナズーリンの向きを前に変え、改めて膝に乗せる。離してとは言われてないので離さない。

 ナズーリンは一輪から渡された酒を、流されるまま飲み干した。

 

「よし、じゃあ飲みなおしといこうか。ナズーリン、そこにある俺の杯を取ってくれ」

「これ?」

「うん。いま両手が塞がってるからそのまま飲ませてくれないか」

「え、こ、こう?」

 

 ナズーリンからお酒を飲ませてもらう。俺の言葉に疑問を持たず、言われたことをこなすナズーリンはとてもかわいらしい。

 

「あぁ、ナズーリンはいい子だなぁ」

 

 抱き締めているナズーリンの頭をよしよしと撫でる。このまま持って帰りたい。動物がたくさんいる地霊殿だから、ねずみが増えてもバレないんじゃないか。

 

「ちょ、ちょっと真、恥ずかしい……」

「ナズいいなぁ……変わってほしいくらいです……」

「そ、それはダメっ!」

「ははは、星はナズーリンと比べて大きいから、膝におさまらないだろうなー」

 

 今のナズーリンのところに星がいる想像をして、難しいだろうと判断する。

 でもそうだな、星は寝るときの抱き枕の代わりにだったら良さそうだ。星は星でいろいろ柔らかそうだし。

 

「それならせめて膝枕でも……」

「まぁそれくらいだったらなんとかなるかな?」

「どっちにしろ今は席が埋まってるからダメだよご主人!」

「むー。いいですよその代わり真の尻尾をモフりますから!」

「ははは、くすぐったいな。おい一輪もこっち側にくるか? 尻尾ならまだあるぞ」

「……そうですね。お酒の席ですし、ここは思い切って…… それにこんな機会あまりないでしょうし!」

 

 ナズーリンの登場により、また酒の飲みなおしになる。

 ナズーリンを膝に乗せたまま、俺はこのあと二時間飲み続けた。

 こんなに飲んだのは久しぶりかもしれない。

 

 

 

 

 翌朝さとりに、「昨日はお楽しみでしたね」と笑顔で言われた。

 このときほど俺は、穴があったら入りたいと思ったことは無い。

 

 


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