東方狐答録   作:佐藤秋

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第二十六話 キスメ

 

「よっ、久しぶり。元気にしてたか?」

「……私の記憶が正しければ、アンタとは昨日会ったばっかりな気がするんだけど。いや嬉しいけどね?」

 

 昨日に引き続きヤマメのところに訪れる。ヤマメの元へは一週間に一度訪れる約束なのだが、昨日あれから少し思うことがあり今日もこうして足を運んだ。約束通りお土産もちゃんと用意している。

 

「はい、お土産。地霊殿の温泉饅頭、括弧さとりの単なる手作り」

「地霊殿の主になにさせてんのさ!?」

 

 思うんだが温泉饅頭と単なる饅頭の違いって一体何だろう。ほとんど違いは無いように思えるのだが。

 

「いやぁ俺の心を読んださとりが気を利かせて用意してくれた。優しい」

「……こりゃあいよいよ地底の主の評価を改める必要があるね。 ……それで、昨日に引き続きすぐここに来たってことは……何かあったのかい?」

「いや、無いよ」

「無いの!?」

「聞いてくれよ、昨日さー」

「あ、普通に世間話に突入しちゃうんだ」

 

 別に緊急の用事でもなければ、必ずしなければいけない話でもない。ただ少し昨日思いついた俺の考えを聞いてもらいにここに来た。

 

「思ったんだけど、俺のすることって地底で問題が起きないように見張ることだろ? 地上に繋がる穴の管理をヤマメに頼んだ時点で、もう俺の仕事はほぼ無くなったんだけど」

「……地底でなにか問題が起きないように、町とか見張ればいいじゃん」

「それだよ。そもそも起きないように見張るって何なんだ。『あれ、これ問題が起きそうな気がするなぁ』って前兆が見えた時点で、既に問題は起きているだろもう」

「……で?」

「問題が起きないようにするのは不可能だ。地底にはかなりの数の妖怪がいて、そいつら全員のことを把握するのは無理だろう。それに把握できたところで、どこかしらで必ず問題は起きる」

「まぁそうだろうね。法を作っても破るヤツは出てくるし……むしろ作ることで逆に問題が起きやすくなるかも。ひねくれものが多いからね」

「だろう? だから俺は、問題が起きる前になんとかするのではなく、起きてからなんとかしようと思ったわけだよ」

 

 そう言って俺は鼻をフンスと鳴らす。昨日思いついた考えを、理由も含め全部言い終えた。

 

「……なるほど、長々と説明してたけど、要は面倒くさくなっちゃったわけだ」

「そうとも言う」

 

 ヤマメに一文に要約される。まぁそういうわけなのだが、一応説明に理は適っていたはずだ。

 地底を見張るにしても、頭がそれほど良くない俺にはどうした策を取れば良いか分からない。それならばいっそシンプルに、何かが起きてから動けばいい。やっていることは地上の町にいたときと何も変わらないだろう。それに何より面倒くさい。

 妖怪の山で、ただ一日中侵入者が来ないか見張っているだけの椛は、すごいヤツなんじゃないかと思う。絶対暇だろあんなの。一人だったら退屈で死ねる。

 とはいえ問題が起きたり妖怪が暴れたりしたときは、自分の役目をきっちりこなそうとは思っている。さすがにそこまで放置して藍の期待を裏切るわけにはいかない。

 

「あともう一つ思ったんだが、ヤマメはここにいるのが退屈って言ってただろ? なんでここに住んでんだよ。いや俺は助かるけど」

「町に住むよりもここのほうが落ち着くからね。なにより巣も張れるし。あとはまぁ、近くに友達もいるし」

「……つまり、町に来ることに抵抗は無いんだな? じゃあたまにはヤマメがこっちに来ればいいじゃん。退屈も紛れるぞ」

 

 そしてこれが俺の言いたかったもう一つのこと。たしかに土蜘蛛は町で恐れられているが、ヤマメの姿は別に知られているわけではない。それならばいっそヤマメが町に来れば良いのではないかと思った。

 

「……そうだねぇ、それもアリっちゃアリなのかも。でもいいのかい? 万が一妖怪が地上に行ったりしても」

「そこは、ほら……蜘蛛の巣なりなんなりを張ってて、誰かが通ったら破れるようにしとけばいい。一日二日知るのが遅れてもなんとかなるだろ」

 

 俺だって"何かが起きてから行動する"というスタンスを取っているのだ。ヤマメに"何かが起きる前に行動する"ということをさせるのはいささか無理がある。だからこうしてヤマメのために、対策だって考えておいた。

 

「……それなら、一日二日と言わず破れたときには私がすぐ感知できるよ。糸は私の妖力の一部だからね」

「そうなのか? じゃあ尚更いいじゃないか。町に来るときは、地霊殿でも来ればさとりがいるぞ。変な噂を立てられてる者同士で気が合うんじゃないか?」

「さすがに一人でそこまでの行動力は持ってないよ。そこら辺は真に紹介とかしてもらってからじゃないと」

「そうだなぁ……よしじゃあ早速……」

「今日は駄目。この後キスメが来る予定だし」

 

 今からヤマメをさとりに紹介しようと思ったら駄目だと言われた。退屈だと言っていたくせに今日は予定があるらしい。

 

「そういえば昨日もその名前を聞いたな。誰だ、友達か?」

「そうだよ。 ……ああ、そろそろキスメが来ると思うから、入り口のところ見ててみれば?」

「そうする。で、キスメってのは何の妖怪だ?」

「見たら分かるよ」

 

 ヤマメの言う通りに、今から来るキスメとやらの登場を入り口を見ながら待つ。

 すると、ヤマメの住処の条件から下から誰かがふよふよ浮いてくるのかと思っていたら、何かが上から降りてきた。人型では無い。これは……桶?

 ……まさか、この桶がヤマメのいう友達だろうか。まさか無機物を友達と呼んでいるとは思わなかった。これからは一週間に一度と言わず、三日に一度くらいに訪れてあげようかな。そう思い俺は慈愛に満ちた表情でヤマメを見つめる。

 

「……言っておくけど、その桶がキスメじゃないからね。中身だよ中身」

「……中身?」

 

 ヤマメに言われて桶の中を覗きこもうとする。俺が目線を桶の上に持っていくその前に、桶の中から何者かが飛び出してきた。

 

「やっほーヤマメ、遊びに、来……た……よ?」

 

 桶から出てきたのは緑の髪をした少女だった。この子がヤマメの言っているキスメだろうか。

 キスメは俺を見て動きが遅くなる。驚いているのだろうが俺も驚いた。明らかにあの桶の体積では、まだ上半身しか見えていない少女の体は隠せない。あの桶は四次元空間にでも繋がっているのだろうか、もしくはヨガで下半身を折り畳んでいるのか。

 

「きゃ、きゃー! なんで!? なんでヤマメの家に知らない男の人がいるの!?」

「ちょっ……そんなに驚かないでくれ。俺は……」

「うわーんヤマメどこー!? 助けてぇー!」

 

 キスメが声を上げて泣き出した。なんだろう、初対面の女の子に姿を見られただけで泣かれるとものすごく心が痛い。前世のインターネットで見た、迷子の女の子に善意で声をかけたら号泣された話を思い出す。俺は声をかけたわけでも無いのに騒がれたため余計にタチが悪い。

 

「ヤマメ助けてー!」

「ヤマメ、助けろ」

「なんだこいつら。とりあえず真、キスメから離れて」

「なんでだ。俺は別に悪くないのに」

「いいから」

 

 ヤマメに言われてしぶしぶ離れる。涙は女の武器と言うが本当にその通りだ。その武器の殺傷能力で俺の心は血塗れである。

 

「よしよしキスメ、泣かないの」

「うっ、うっ、ヤマメぇ……どこにいたのよ……」

「そこにいたわよ。それとあいつは私の客。いきなりで驚いたんでしょうがあいつはアンタに何もしてないでしょうが。アンタが大声出すから困ってんじゃん」

「そうだけど……でも……」

「大丈夫よ。真は地底の妖怪の中ではマシなほう。謝れば許してくれるわ」

「そ、そう……?」

「でしょう真?」

「心という器は…… ひとたび…… ひとたびひびが入れば二度とは…… 二度とは……」

「なにブツブツ言ってんの」

「いてっ」

 

 頭に軽い衝撃を受けて正気に戻る。気がついたら目の前に、桶から少しだけ顔を出したキスメがいた。

 

「あ、あのぅ……いきなりのことで驚いちゃってごめんなさい……」

 

 なんだろう。謝られて当然の仕打ちを受けたはずなのに、いざ謝られると罪悪感がハンパない。

 なんだこれは。俺も謝るべきなのだろうか。

 ……うん、そうだな。ここは謝るべきなのだろう。

 

「い、いや……俺も驚かせたようですまなかった……しかし、君は謝る必要は無い」

「えっ?」

「もちろん俺も悪くない。そう、俺たちは単なる被害者だ。真に謝るべき存在…… 犯人は……その女だ!」

 

 俺は大袈裟にヤマメを指差してポーズを取る。

 

「元はと言えばヤマメがあらかじめ説明しておかなかったのが悪いんだ!」

「……たしかに!」

 

 キスメがなるほどといった表情をする。直接的に泣かせたのは俺のせいかもしれないが、間接的に原因がヤマメにあるということをキスメも気付いたみたいだ。

 

「こんな人見知りで臆病で内気な女の子なら先に言っとけよな! なんで真正面に俺を配置してんだよバカかよ! 魚みたいな名前しやがって!」

「ちょっと!? 最後の一つとか完全に悪口じゃない!」

「そうだそうだ!」

「キスメっ!? なんでアンタまでそっちにいんのよ! なにちょっと真の味方になってんの!?」

 

 キスメが俺の意見に追従する。嬉しい誤算とはこのことだ。

 

「共通の敵ができた場合、元は敵同士でも仲間になるのだ」

「のだー!」

「なんで私が敵なのよ! 少なくともキスメ! あんたは私の仲間でしょ!?」

「ええい無駄無駄! 被告人黒谷ヤマメは、3対0で有罪とする!」

「なんで私も自分に投票してんのよ!」

「罪人はほっといて俺たちだけでお菓子を食べよう。ほら、お土産の温泉饅頭」

「じゃあ私お茶いれてくるね」

「なんであんたら少し息合ってきてんのよ! キスメ、あんたさっきまでその男の顔見て泣いてたじゃん!」

「さっきからツッコミに『なんで』が多い。五十九点」

「なんでよ! あ……」

「お茶いれてきたよー」

「ありがとう。ほら、ヤマメも一緒に食おうぜ」

「……そうね」

 

 勢いで全ての原因をヤマメに押し付け、先ほどまでのことを有耶無耶にさせる。子ども同士の喧嘩などでも有効な一手、それは互いが謝ることではなく別のことに興味を持たせ意識をそらすことである。誰だって悲しいことよりも楽しいことがしたいと思っているはずだ。

 

「ところで、貴方はなんていう名前なの?」

「ああ、俺は鞍馬真だ。真と呼んでくれ」

「そう。真、さっきの指差すポーズかっこよかったね!」

 

 キスメがキャッキャと俺の横で騒ぐ。うん、同じ騒ぐなら泣かれるよりも笑っているほうがかなりマシだ。

 

「そうか。キスメも使いたかったら使っていいぜ。『てめーはこの私がじきじきにブチのめす』みたいな感じで」

「分かった。ヤマメに使ってみるね」

「え、私キスメにブチのめされるの?」

 

 他愛も無い会話をしながら俺の持ってきたお土産を食べる。やはり饅頭にはお茶が合うなと思った。

 

 

 

 

「……ところで、キスメって何の妖怪なんだ?」

「あれ、見て分からない?」

「ヤマメにもそう言われたけどよく分からん。サハスラーラ・ムドラーの妖怪?」

 

 サハスラーラ・ムドラーとは、ヨガで箱のような狭いところに入り込んで闘う武術のことである。本当にあるのかは知らない。

 

「なにそれ。ほら、この桶も私の一部だよ」

「ああ、なるほど」

「分かった?」

「桶の付喪(つくも)神か」

「違うよ! 全くもう…… どこからどう見ても釣瓶落としの妖怪に決まってるじゃない」

「あー、釣瓶落としね。なるほどなるほど…… ん?」

 

 釣瓶落としって、そんな名前の通りの妖怪だっただろうか。木のそばに死体を埋めるとその木に生る妖怪だと地獄先生が言っていた記憶があるのだが。

 

「どうしたの?」

「いや、なんでもない。名前を聞いたことはあったがどんな姿かは知らなかったからな」

 

 とはいえ今までで前世の妖怪知識が役に立ったことはほとんど無い。ここの釣瓶落としはこうなのだろう。イメージとしては目の前にただ降りてくるだけのヤカンヅル寄りの妖怪みたいだ。

 

「真も見たらすぐ分かる妖怪だよね。狐でしょ」

「そうだが、初見で俺が狐と分かったヤツは実は少ない。俺は普段尻尾を隠して人間に化けているからな」

「へー、さすが狐だね。ねぇその尻尾ちょっと貸して」

「貸してって、取り外しはさすがに出来ないんだが」

「いいから」

「はい」

 

 もはやキスメは俺を怖がらないどころか遠慮がなくなってきているような気がする。俺は言われた通りキスメの前に尻尾をもっていった。

 

「うわぁ……ふかふかだぁ~」

 

 キスメが俺の尻尾に抱きついてくる。桶の角が当たって少し痛い。

 

「ほらヤマメ、すごいよこれ。触ってみなよ」

「え、いいのかい?」

「いいよー」

「それは俺の台詞ではないだろうか」

 

 キスメに突っ込みをいれながら、俺はもう一本尻尾を出す。二人で一つの尻尾に纏わりつかれるのもなんなので、もう一本の尻尾をヤマメの前に持っていった。

 

「おー、尻尾がもう一本……ただの狐妖怪じゃないと思ってたけど、やっぱり尻尾隠してたんだね。うわーいい手触り」

「そりゃっ」

「きゃあっ!」

 

 そのまま尻尾をヤマメに巻き付ける。そのまま持ち上げてキスメの横に持っていった。

 

「ちょいと、ビックリさせないでよね」

「あ、いいなーヤマメ。それ狭そうで羨ましい。私は桶が邪魔してできないかな」

「いや動けないんだけど……」

「そこまでキツくは絞めてないだろ」

「……まあいいか」

 

 

 このあと、キスメもつれて町まで行こうかと誘ったが、人見知りなので心の準備が必要だと断られた。そんなんでキスメは妖怪としてやっていけるのだろうか。

 

 

 

 

 ヤマメたちと別れ地霊殿まで歩いて帰る。帰り道の途中に大量の鬼を見かけたので、もしやと思い探してみると見覚えのある長い金髪を発見した。俺はそいつに声をかける。

 

「おーい、勇儀ー」

「あん? 誰だ姐さんを気安く呼ぶヤツは……ってお前はまさか真じゃねぇか!? 久しぶりだなオイ!」

「そうだなー。妖怪の山に戻ったらみんないねぇんだもん。驚いたよ」

「はっはっは! まぁな! おーい姐さん、客人ですぜ!」

 

 近くの鬼が反応する。天狗のときと同じように、知らない鬼もたくさんいたが、こいつは俺と顔見知りだ。

 

「誰だい客って……おや、真じゃないか。どうして地底に? まさか私に会いにでもきてくれたのかい?」

「や、勇儀しばらく。地底に来たのは偶然だが、来たからには会いたいと思ってたよ」

「くぅー、嬉しいこと言ってくれるじゃないか! よし、飲みに行くかい?」

「相変わらずだな。いいぜ」

 

 会って二言目にはもう酒か。まぁいい、勇儀からも地底の話を聞いておこう。酒は今回も程ほどに付き合うか。

 

 地底には何軒も居酒屋が存在した。そのうちの半分以上は鬼の影響だそうだ。ここでも鬼はかなり上位の存在らしい。

 

「そうか、真は地底の見張りに来たのかい。別にわざわざ真がいなくてもここらで問題起こすヤツは私たちが黙っちゃいないけどね」

「そうなのか? でも他にも町の外から凶悪な妖怪が来ることもあるそうじゃないか」

「ああ、ありゃあ楽しかったねぇ。でも真のときと比べたらそうでもないか。精々尻尾四本分ってところさ」

「闘ったのか……そして勝ったのか」

 

 勇儀の話に舌を巻く。なんだか勇儀がいれば俺は地底にいらない気がしてきた。

 

「そりゃあね。でもそんなの滅多にないよ。もっと頻繁に来てもいいのに」

「姐さん、そりゃまずいよ。この前だって姐さんとその妖怪の戦いで町に多大な被害が……」

「そうだっけ。まぁ闘ってると周りに気を配る余裕なんて無くなるもんさ」

 

 訂正、やっぱ俺いるわ。主に勇儀がやり過ぎないように見張りとして。

 とはいえ、鬼たちも地底の治安維持には協力的なようでひと安心する。心強い味方ができたも同然だ。

 

 このあと俺は酒を程ほどに嗜み地霊殿に帰った。

 アルコールが入ったまま風呂に入るのは良くないと聞いていたので、温泉に入る時間はいつもより短めに留めておく。

 そういえば露天風呂でお猪口を片手に酒を飲むってイメージあるよな。あれって大丈夫なんだろうか。とりあえず俺は絶対しないと思う。

 

 


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