東方狐答録   作:佐藤秋

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第二十三話 古明地さとり

 

 慧音と共に、スキマを使って妖怪の山にやってきた。このスキマはあと何回使えるのだろう。紫に会ったら、後でまた使えるように頼んでみようか。そこまでスキマに依存してはいないので、使えないなら使えないで構わないが。

 

「大丈夫か慧音。気分が悪くなったりしてないか?」

「ああ、大丈夫だ」

「……ん?」

 

 スキマから出てくる慧音に手を差し伸べ、慧音がその手をとって地面に降りた。

 不意に横からパシャリ、と音がする。見るとカメラを持った文と、その横には藍が立っていた。

 

「おかえりなさい、真さん。お久しぶりですね。女の人をつれて帰ってくるなんて、朝帰りどころの話じゃありませんよ」

「久しぶりだな真。その女は誰だ?」

「よう文、それに藍。しばらくだな。こいつは慧音、紫の国の住民候補だ。ここに紫はいないのか?」

「紫様なら結界を張る力を蓄えるために、今は長い眠りについておられる。これほどの広さの結界だ、かなりの妖力が必要になってくるだろう」

「ああそっか。それならまだ人里も無いわけか……すまん慧音、もうしばらく待っていてくれ」

 

 紫は、まず広大な土地に結界を張って国を作る。その中にまだ人間の里は存在しない。人里は紫が改めてどこかから見つけて持ってくるのだそうだ。都のような、妖怪に対する悪いイメージを持っている大きい場所ではなく、妖怪に襲われたことのないような小さな村を複数が望ましい。

 

「分かった。しかしただ待つというのならば、ここらを見て回りたい。どうやら私が住んでいたところとは大分離れた場所のようなので、歴史を知っておきたいな」

「……うへぇ、よくやるなぁ……」

「真さん、歴史とか興味無さそうですよね」

 

 歴史を知りたいなどとインテリぶった慧音の発言に舌を巻く。文の言う通り俺は歴史とかには興味が無い……というか苦手だ。過去を知って、だからなんだと思っている。前世では、五教科の中で唯一社会が苦手だった。他の教科は……普通?

 

「ああ、一人で大丈夫だ。勝手に飛んで見て回るから」

「……半妖でも飛べるんだな」

「一応な。頃合いを見てここに戻ってくればいいだろうか」

「それなら、人里が見つかり次第教えよう。これを肌身離さず持っていれば位置が捕捉できる」

 

 藍は慧音にそう言って、紫が俺に渡したようなリボンを手渡した。慧音はそれを受け取り礼を言う。藍はかなり優秀だ、話が早くて俺も助かる。

 

「……ところで真、少し頼みたいことがあるんだが」

「へぇ、なんだ?」

「紫様の国の地下にはなんでも地底が広がっていてな。悪質な妖怪も多いらしい。そいつらが問題を起こさないよう見張っていて欲しいんだ」

「……え、俺が? 一人で?」

「ああ。でもずっとじゃないぞ、紫様には何か考えがあるらしい」

「……その地底ってのは、勇儀が行ったところなんだっけか」

 

 俺は奥にいる文に尋ねる。悪質な妖怪が多いと聞いて、そんなところに一人で行くのはメリットが無さ過ぎるだろう。藍の頼みなので聞いてやりたいが、すぐに首を縦に振るほど考えは浅くない。勇儀がいるというモチベーションがあれば、簡単に肯定できるだろう。

 

「そうですね、妖怪の山の近くの地底となるとその可能性は高いかと」

「……まぁ、ならいいか。やるよ」

「本当か! 地底にはそこを治める主がいてな、その者に事情を話すといい」

「分かった。 ……それで、地底ってのはどうやっていけばいい?」

「あ! それなら私が案内を!」

「いや私がスキマで送ろう。少しでも早いに越したことはない」

「あやー……」

「だ、そうだ。すまないな文。またしばらく留守にする」

 

 早速藍がスキマを開く。おそらく地底へと繋がるスキマだろう。藍が俺に入るようジェスチャーをする。

 

「じゃ、慧音またな。そこの藍とは多分気が合うと思う。仲良くしてやってくれ」

「あ、ああ。世話になったな」

「文もな。さっきの写真、変なことに使うなよ。俺だけならまだしも慧音に迷惑をかけないように」

「分かってますよー。 ……ちぇ、じゃあ椛にでも見せてからかいますか」

 

 文の呟きはさておいて、俺は一人でスキマに入っていった。なんだかバタバタして慧音に悪いことした気がする。慧音のことは藍に任せよう、と気持ちを切り替えて地底のことを考えることにした。

 

 地底の主って一体どんなヤツなんだろうか。こういうのは屈強で体のデカイやつと思わせて、実は優男ってオチが相場かな、と思った。

 

 

-・-・-・-・-・-・-・-・-・-

 

 

 藍のスキマから吐き出される。相変わらず紫からスキマで送られたときよりもさほど気持ち悪くない。この差は一体なんなのだろう。

 

「ここが地底……ってあれ、地底だからもっと岩壁に囲まれたような場所を想像してたけど、意外と滑らかな壁に囲まれてるな。まるで屋敷の中みたいな……」

「おりょ、さっきまで誰もいなかったはずなんだけど……お客さんかい? この地霊殿になにか用かな?」

 

 辺りを見渡していると話しかけられた。どうにも家の中のような景色だと思ったが、どうやら本当に家の中らしい。藍はわざわざ地底の主の建物まで送ってくれたようだった。

 声のほうを見たら、赤い髪を三つ編みにして猫のような耳を生やした少女が立っていた。なぜか手押し車を持っている。

 

「ああ、えっと、ここに地底の主がいるのかな? 話があってやって来たんだが」

「ああやっぱりお客さんだ、珍しい。さとり様に用があるんだね、案内するよ。お兄さんは……人間? かな」

「いいや、妖怪だ」

 

 そう言って俺は尻尾を一本顕現させる。地底はタチの悪い妖怪が多いそうなので、ここにいる間は尻尾は常に出しておこうと思った。人間だと思われたら舐められるかもしれない。

 

「俺は狐の妖怪の鞍馬真。よろしく」

「あら狐? お兄さんは化けるのが上手いね、気付かなかったよ。あたいは(りん)。お燐って呼んどくれ」

「お燐、ね。なんだか俺と似たような名前だな」

「あはは、確かに」

 

 ついでに言うと藍とも似ている。俺と藍の名前を足して二で割ったら燐になるな、と思った。

 

 お燐に案内されて屋敷の奥に進んでいく。かなり広いようで扉も数え切れないほどあったが、その中でも特に大きい扉の前まで連れてこられた。

 

「さとり様ー、お客さんを連れてきましたー」

 

 お燐がそう言って扉をノックする。さとり、というのは主の名前だろうか。それを聞いてなんとなくワンピースの空島の玉の試練に出てきた丸く太った男を想像したが、「入っていいわよ」という声を聞いてすぐに違うと思った。幼い少女のような声だ。

 中に入ると、薄紫色の髪をした少女がこちらを見ていた。彼女の体からはコードのようなものが伸びており、その先についた目玉が彼女の胸元に浮いている。

 

「いらっしゃい。一体何の用があってここに来たのかしら」

「ああ実は……」

「……なるほど、地上に国を作ろうとしてるのね…… そして最近その国の地下に地底があることを知って、危険な妖怪も多いと聞いたからその監視に来た、と。 ……あら、勇儀さんの知り合いですか。そういえば勇儀さんの記憶から見たことがあるような……」

「……は?」

 

 なんだろう、説明しようと思っていたら既に説明が終わっていた。もしかしたら俺と同じような能力を持っているのだろうか。

 

「いえ、違います。 ……貴方、便利な能力を持っているようですね…… でも無闇矢鱈に能力に頼らない姿勢は好感が持てるわ。その能力を使えば私のことが分かるでしょうに。

 ……私は(さとり)妖怪の古明地(こめいじ)さとり。どんな稀代の大嘘つきも、心が読める私の前では意味を成さない」

 

 さとりの胸元にある第三の目が、じいっと俺を見つめている。

 覚妖怪というのは聞いたことがある、相手の考えていることが分かる妖怪だ。なるほど、だから俺が言葉で説明するまでもなく俺の目的が分かったわけか。どう説明しようか頭でずっと考えていたのだ、それを読み取れるなら当然である。

 ……それにしても、覚妖怪が地底の主とは予想外だったなぁ。

 

「……お燐、貴女この人に私のことを何も説明しなかったのね。それに、ちゃんと自己紹介はしたの?」

「……そういえば名前以外は何も言ってない気がしますね。改めて、真。あたいは火焔猫(かえんびょう)燐。死体を運ぶ火車(かしゃ)の妖怪で、さとり様のペットの一人だよ」

「……ん? ああ、心が読めるならわざわざ言う必要が無いかもしれないが…… 俺は鞍馬真。狐の妖怪だ」

 

 俺は改めて自己紹介をする。

 ……覚妖怪と火車ね。どちらも同じ本で読んだことがある。『おめえ……やさしいなァ。ミノルみたいだよ……』の覚と、顔のついた電車みたいな、死んだ人の魂を燃料にして走る化物の火車だ。

 

「……なんだか、私たちの種族を聞いて、すごい化物の姿を想像しているようですね。誰ですかミノルって。それとその火車はお燐とは似ても似つかないですね」

「そうだなぁ確かに俺もそう思う……って、さとりは心の中の映像も見えるんだな」

 

 昔から疑問に思っていたことがあるんだが、心を読む能力とは、一体どのようなものなのだろうか。

 思っている言葉が聞こえるのか、それとも文字が見えるのか、言語が違っても考えている内容が分かるよう唐突に頭で理解できるのか。それぞれならそれぞれに対して更に疑問が湧いてくる。

 

「……珍しいですね、心を読まれているというのにそのことに対して何も気にせず考え事をする人は。大抵の者は私のことを気味悪がり、避けるようになる。性格が悪い妖怪だと地底では思われてますよ」

「……はあ? 何を言ってるんだ? 心を読まれることは確かに嫌だが、それでさとりが性格悪いってのは違うだろ」

 

 俺はさとりの言葉に首をかしげる。本当に性格が悪かったら、俺に会ったとき真っ先に、自分が心を読めることを宣言したりはしないだろう。自分から能力をバラすことで相手の秘密を必要以上に知らないようにする、むしろ性格が悪いどころか優しい妖怪だと俺は思った。

 

「……そう思ってくれたのは、貴方が初めてですよ」

 

 そう言ってさとりがクスリと笑う。そうだ、先ほど考えたことも全部さとりには全部バレているのだ。なんだか恥ずかしくなってきた。

 

「なぁ、良ければ心を読むのをやめて欲しいんだが……」

「……私もそうしたいのですが、生憎それは無理なのですよ。 ……真さんは私がどのように心を読んでいるか気になっていましたね。私の能力がどのようなものか詳しく説明しましょうか」

 

 そう前置きをして、さとりは自分の能力について語り出した。自分の能力をあまり人に教えない俺とはえらい違いである。

 

「私の能力は、基本的に自動で発動しています。範囲にしてこの部屋全体くらいなら、その者の考えていることは分かります。あ、分かるというのは、その者が現在考えていることが聞こえてくるものだと思って下さい」

 

 ほう、能力は自動で発動してしまうのか、なかなか厄介だな。もし仮にこの部屋に何人も人がいたら、さとりにとってはうるさくて俺との会話もままならないのではないだろうか。いや、さとりに向かって話しかけているわけではないから、意外と会話はできるのかもしれない。こういうのを確か、カクテルパーティー効果と言うんだっけ。

 

「そうですね、慣れてしまえば他の人の心の声は雑音と変わりません。 ……そして、少し力を強めれば、相手の考えている映像や概念が頭の中に浮かんできますね。頑張れば表層意識だけでなく記憶も覗けます」

 

 なるほど、能力の入切(オンオフ)はつけられないけど強弱(ハイロウ)はつけられるのか。概念が分かるってのは、例えば『アレをしなきゃ』と思っている人がいたとして、ついでに『アレ』が何を差すのかが分かる感じかな。

 

「はい。ですから言葉を持たない動物などに対しても私の能力は有効です」

 

 へえ、便利だな。人によってはかなり羨ましいと思う能力だ。

 ……そうだ、少し思ったんだが、その能力の範囲ってのはもしかしてその浮いてる目が見える範囲ってことなのか?

 

「言ってませんでしたがその通りです。この目を閉じることが出来ないため、常に能力が発動しているわけですね。ああ、言っておきますが物でこの目を覆っても無駄ですよ。遮ろうが暗闇だろうがこの第三の目では見えるので」

 

 つまり可視光線以上の電磁波も見えるってことかな。錐体細胞や視細胞の数が多いんだろうか。 ……うん、大体の疑問は解けた。

 

「ありがとうさとり、大体分かった」

 

 俺は声に出してお礼を言う。こういうのはきちんと言葉にするべきだ。

 

「いえ、私もこういった話は初めてなので楽しませてもらいました」

「そうか。それよりお燐、お前暇だっただろ。さとりは俺の考えが読めるから俺は喋らなかったけど、お燐から見たらただひたすらさとりが喋っているだけだもんなぁ」

「あはは、気にしなくていいよ。さとり様と会話するときは大抵みんなそうだからね。今回は少し長かったけど」

「あらそう? ペット以外と会話するのは久しぶりだったからかしら。それに楽しかったからね」

 

 あんな会話でもさとりは楽しんでくれたらしい。表情の変化が少なく俺には心が読めないので、本当かどうかは分からないが、楽しいと言っているんだ、疑う必要も無い。

 

「……そういえば真さん、貴方泊まる場所の予定とかはあるのですか? ……そう、無いのならここに泊まるといいわ。ふふ、遠慮は要りません」

 

 さとりが俺の心を読んで話を進めていく。心が読めるというのはこういうときに便利だな。

 

「……じゃあ世話になるよ、ありがとう」

「ええ。寝る場所は後でお燐に案内してもらって下さい。それと、地底で暴れている妖怪がいたら、その妖怪の処遇は真さんに任せます。私よりも腕が立つでしょうし」

 

 まぁそうだろうな。さとりは地底の主のようだが、あまり強そうには見えない。心が読めるだけなら、右ストレートで真っすぐいってぶっとばせば俺でも勝てそうだ。

 

「……意外と野蛮ですね?」

「あ、悪い、つい」

 

 さとりをぶっ飛ばすところを想像したわけではないが、失礼なことを考えてしまった。読心能力者の対処法は、ついつい考えてみたくなる。

 

「そうださとり、ちょっと試してみたいことがあるんだが」

「……ええ良いですよ、やってみて下さい」

「ほっ、と」

 

 考えていることがバレていると、変なことを考えてしまったときに申し訳なくなる。どうにかできないものかと、思い付いたことをさとりにやってみた。

 ……どうだ、俺がいま何を考えているかわかるか?

 

「……」

「お、分からないみたいだな。成功か」

「……えっ? えっ?」

 

 俺はさとりを、変化の術で変化させた。姿形はほぼそのままだが、第三の目だけは完全に無くした姿だ。遮蔽物や闇をも見通す目だろうが、そもそも目が無ければ何も見えないだろう。

 

「……うわぁ、焦っているさとり様なんて初めて見たかも」

「ちょ、ちょっと真さん。できれば元に戻して欲しいのですけれど」

「あー、それ結構待たないと元に戻らないんだ」

「ええっ!?」

「嘘だよ。ほいっ」

 

 俺は焦っているさとりを元の姿に戻した。少し意地悪をしてしまったかもしれない。今までできたことが急にできなくなると、そりゃあ誰でも焦るわな。

 

「……ああ、急に真さんの心の声もお燐の声も聞こえなくなって驚いた…… 私はこんなに能力に依存してたのね。真さんが何するかも、成功してもすぐ戻してくれることも知っていたのに焦ってしまったわ…… ……ちょっとお燐、なに笑っているのよ」

「『ええっ!?』だって……ふふふ、さとり様のあの驚きよう、お(くう)にも見せてみたかったなぁ」

「……そう、今日はお燐は小昼(三時)のおやつはいらないのね。丁度真さんが来たことだしお燐の分は真さんに渡してしまいましょうか」

「ええっ!? さとり様~それは無いですよ~」

「さ、真さん。お燐は放っておいてお部屋に案内しますよ。後でお空やこいし……ここに住むみんなを紹介しますから八つ刻にまたここに来て下さいね」

「分かった」

 

 俺はさとりに案内されて部屋を出た。こんなに広い屋敷だと言うのに、誰かがいる気配は全くしない。部屋が沢山余っているようだ。

 

 最初は地底でうまくやれるか少し心配だったが、少なくともここではうまくやれそうだ、と思った。

 

「ふ、二人とも~待って~。さとり様、謝ります、謝りますから~」

 

 …………多分。

 

 


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