東方狐答録   作:佐藤秋

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第二十二話 上白沢慧音

 

 美鈴に稽古をつけ始めてから随分経つ。が、俺と美鈴は未だに人里に訪れていない。妖怪になら何度か会ったが、人間を見かけることは全く無かった。

 今日も結局人里まではたどり着かなかった。どうせ今日も人間に会うことなんてないんだろうな。そんなことを思っていたある日のことだ。

 

「……おっ、美鈴、あそこにいるのって人間じゃないか?」

「……本当ですね。どうしたんでしょう、女性が一人こんな森の中で」

「近くに人里でもあるのかも知れないぞ。ちょっと聞いてみよう」

「そうですね」

 

 森の中を歩いていたら、遠くの方に人間の女らしき人を見つけた。人間にしては珍しい、青みがかった髪の色をしている少女だ。

 

「やあこんにちは」

「ん? ああこんにちは。こんなところで人間がいるとは珍しいな」

「それはこっちも同じ気持ちだが……」

 

 少女に挨拶をすると、同じように挨拶を返してきた。俺を人間だと勘違いしているのはいつも通り。今までこの姿で人間じゃないとバレたのは数えるほどしかない。

 

「……あれ? 真さんその人、人間にしてはおかしいですよ。人間の気の中に妖気が混じっています」

「何? じゃあ妖怪なのか?」

 

 美鈴が俺に耳打ちしてくる。妖気がどんなものかは美鈴にしか分からないだろうが、少なくとも俺はこの少女に妖力を感じない。この少女もまた俺のように、妖力を隠すことに長けているのだろうか。

 

「……そうか、分かる者には分かるんだな。察しの通り私は妖怪だ。見逃してやるからさっさと去れ。あっちの方にずっと行けば人が住んでいる場所に出る」

 

 少女はしっしっと手を払う。見逃してくれる上に人里の場所まで教えてくれた。

 もし俺が人間だったなら、この少女が妖怪と知った途端恐怖で思考は停止していただろう。しかし俺は妖怪である。少女が妖怪と名乗る奇妙な親切心に、なにやら少し違和感を感じた。気分がいいから見逃してやるだとかそんなんじゃなく、もともと襲うつもりが無いように見える。

 

「そうか、教えてくれてありがとう。でも見逃してもらう必要は無いな。俺もこいつも妖怪だから」

「……何?」

 

 俺がそう言うと少女はジロリとこちらを睨んできた。なんだろう、少しだけ居心地が悪い。

 

「妖怪に人里の場所を教えてしまうとは……不覚。お前ら、人里を襲おうと言うのなら容赦はしないぞ!」

「……は? 待て待て待て、はっきり言おう。意味が分からない」

 

 少女が今にも襲いかかってきそうな雰囲気だったので、俺は両手を前に出して制止する。相手の行動の意図がいまいちよく分からない。

 

「言っておくが俺たちは人里を襲うつもりなんて無い。それに仮にそうだとして、なんでお前がそれを阻止しようとする?」

「……本当に襲うつもりは無いんだな?」

「ああ。証拠を見せろと言われても不可能だが、言葉に嘘はないとはっきり誓う」

「……その目、嘘を言っているようには見えないな…… 分かった、信用しよう」

 

 少女の緊張がふっと途切れる。どうやら一応は信用してもらえたみたいだ。勘違いされたまま無駄に争うのはこちらも本位ではない。

 

「ありがたい。俺は鞍馬真という。でこっちが……」

「紅美鈴です」

「私は上白沢(かみしらさわ)慧音(けいね)という。あの人里では……ずいぶん世話になった」

「……ほー。ははあ、なるほど分かったぞ。妖怪だが慧音は人里の用心棒というわけか。だから俺たちが妖怪であることを知って人里を守ろうとしていたわけだな」

 

 これで先ほどのコイツの行動の意味が分かった。人里の一員なら妖怪がそこにいくのを良しとしないのも当然だろう。

 

「…………」

「……あれ、違ったか?」

「あのう真さん。それだと彼女が人里から離れたこんなところにいる理由が説明できてないですよ。 ……それと、やっぱり何か変ですね。慧音さんからは妖気と人間の気どちらも感じます。まるで人間でもあり妖怪でもあるような……」

「……驚いたな、そこまで分かるのか。 ……まあいい、全部話そう。彼女の言う通り、私は人間でもあり妖怪でもある存在。所謂(いわゆる)半妖という存在でな……」

 

 美鈴の指摘に、慧音は諦めたように自分のことを語りだした。別に変な事情があるなら話さなくても構わないのに。しかし気になると言えば気になるので、勝手に話し始める慧音を、俺も美鈴も止めなかった。

 

 慧音の話をまとめるとこうだ。

 

 慧音は人里で、自分が半妖であることを隠し人間と共に暮らしてきた。慧音は人間を襲うつもりはないし、人間との関係は良好だったそうだ。

 半妖である慧音は、満月の夜になると妖怪の姿になってしまうのだと言う。月に一度の満月の日、その日は妖怪の力が最も溢れてしまう日だ。慧音はいままで満月の夜には家から一歩も出ず、人に姿を見られないように過ごしていたらしい。

 しかし前回の満月の夜、事件は起こった。満月の光に暴走した野良妖怪が人里で暴れまわったのだ。妖怪に対抗できる存在は私だけ、そう思った慧音は、自分が妖怪の姿なのにも関わらずその妖怪を退治するために姿を現した。

 幸い慧音の手によって妖怪が退治され、なんとか人里は事なきを得た。しかし、人里の住民たちに慧音が妖怪であることを知られてしまった。いままで仲良く接していた人里の住人たちも慧音に対して怯えてしまいよそよそしくなった。

 このまま私がここにいても、人々をいたずらに怯えさせてしまうだけだ。そう判断した慧音は人里を去った。

 

 

「……そしてその途中で、俺たちに遭遇したというわけか。なんつーか……ものすごいお人好しだな。俺たちに会って自分が妖怪だってバレたら見逃して人里の場所を教えるわ、俺たちが妖怪だと分かると自分を追い出したも同然な場所を守ろうとするわ……」

 

 まさに漢字の通りの『お人好し』である。どんなことがあっても慧音は人間が好きなのだ。

 

「まったくですね……私も慧音さんと似たような境遇で町を追われましたが、それでもなお人間を守ろうとするとは……」

「あ、やっぱ美鈴もそんな事情があったんだな。荷物も持たず砂漠で倒れて修業とか絶対変だと思った」

「あっ…………」

「…………」

 

 美鈴が自分の口を押さえて、しまったという顔をする。一応俺には隠していたつもりだろうが、それを聞いても特になんとも思わない。 ……っていうか、最近人里を追われた妖怪との遭遇率が高い気がする。藍、美鈴、そして慧音だ。美鈴がどこでどのようなことがあったのかは知らないが、まぁ似たようなものだろう。

 

「と、とにかく……慧音さん!」

 

 誤魔化すように美鈴が慧音の両手をギュッと握る。別に話したくないなら俺は無理に聞き出すことなんてしないのだが。

 

「私には慧音さんの気持ち、よーく分かります! こういうことは忘れることが一番ですよ! といってもそのためには時間が必要ですが」

「え? あ、ああ……」

「今日は私たちとお酒でも飲んで、いやーなことは全部吐き出しちゃって下さい! 幸いお酒なら大量に持ってますから! ……真さんが」

「おい」

 

 なんで美鈴がそんなことを知っているんだ……と思ったがあれか。一度ネタとして酔拳とか言って組み手した覚えがある。

 

「別にいいでしょう真さん?」

「いいんだが……美鈴が言うのはなんかダメだろ。そこは俺が慧音に、"飲むか?"って誘うところだろ」

「大事なのは過程より結果です。どっちにしたって慧音さんが飲むなら関係無いじゃないですか」

「その慧音に気持ちよく飲んでもらうためにも、やはり俺が提案すべきだろうと言っているんじゃないか」

「お、おい……? 私はまだ飲むとも言っていないのだが…… 当人を差し置いて盛り上がられても……」

「二十九点。そこは『私のために争わないで!』が正解だ」

「何がだっ!? だから私はまだ……」

「「飲むよな?(飲みますよね?)」」

「……はい」

 

 出来るだけ精一杯笑顔を作って聞いたつもりなのだが、なんだろう、なんだか無理矢理になってしまった気がしないでもない。慧音のために酒を勧めたつもりなんだが…… まぁ飲み始めてしまえば慧音も気分が上がってくるだろう。

 俺は地面を座りやすいよう変化させ、持っている食料に比べて数少ない量の酒の準備を始めた。

 

 

 

 

「ところで、慧音は半妖といったが、半分はなんの妖怪なんだ? 俺は狐で、美鈴は……えーっと龍の玉(ドラゴンボール)の妖怪なんだが」

「なに適当なことを言ってるんですか! 龍はともかく玉ってなんですか玉って!」

 

 三人で酒を飲みながら、なんとも適当に話をする。慧音が溜め込んでいるものを吐き出してくれるのが一番いいのだが、こちらからその話を振るのはなんか違う。慧音が話し出すそのときまでは、他愛もない話でお茶を濁しておこう。

 

「私は白澤(はくたく)の半妖だ。満月の夜には角が生えて、髪の色が緑色になる」

「白澤? 白澤というとどっかで聞いたことあるな……妖怪のことならなんでも知ってる、妖怪のお医者さん? みたいな……」

「全然違う。白澤とは歴史を操作する妖怪だ。あったことを別のことに、もしくは無かったことにできる」

 

 昔の記憶を引っ張り出して思い出したのに一瞬で否定された。っていうか何その能力かなり強そう。一体どこの大嘘憑き(オールフィクション)だろうか。

 

「しかし私は白澤の力を半分しか受け継いでいない。ワーハクタクの私にできることはせいぜい、正しい歴史をまとめることと一時的に隠すことくらいだ」

「なるほどなー。 ……ところで慧音の名字って、そのワーハクタクからとったのか? ワーハクタク、うわはくたく、上白沢……みたいな。ははは! 面白いな! 人間に隠す気ゼロじゃないか!」

「うるさい! それでも私はこの前の姿を見られるまで隠し通せてたんだ! ううう、なぜ今まで仲良くしてこれたのにみんな私を怖がるんだ……」

 

 俺が大声で笑ってしまったせいな気がしないでもないが、慧音が目に見えて落ち込みだす。しかしこれはいい兆候だ。美鈴が更に慧音に近付き、力強く背中をバンバンと叩いた。

 

「分かります! 分かりますよー慧音さん! 人間ってホントそういうところありますよねー」

「やっと愚痴をこぼし出したか。よしよし、聞いてやるから今日は十分愚痴を吐き出せ」

「そうですよ慧音さん! 今日は私たちがついてますから!」

「ううう、真、美鈴、ありがとう。私、妖怪ってやつを誤解していたよ。二人みたいないいヤツらもいるんだな…… 私は半妖、人間でも妖怪でもない中途半端な存在……人間の中でも妖怪の中でも異物の存在だ。そんな私は人間と偽って人間の中でしか暮らせていけないと思っていた…… しかし、半妖の私を受け入れてくれるヤツがいるなんて……しかも二人も! 今日はなんていい日なんだ!」

「俺たち以外にも慧音を受け入れてくれる存在はたくさんいるさ。近い未来には全員が受け入れてくれる村なんかもできるかもしれない。酔いが覚めたら改めて話でもしようか」

「んん……よく分からんが聞かせてくれ……」

 

 慧音の気が済むまで酒に付き合おう。この日俺たち三人は、夜が明けるまで飲み明かした。

 

 

-・-・-・-・-・-・-・-・-・-

 

 

「ロンです。花竜(ファロン)五門斉(ウーメンチー)箭刻(チェンコー)で……」

「……花竜も五門斉も無い、それはただの役牌のみだ。1000点な」チャラッ

「あーそうでした。これは麻将(マージャン)じゃなくて真さんのルールの麻雀(マージャン)でしたね」

「これはこれで面白いな。役が減ってシンプルになったかと思えば、相手の心理を読むといった要素が追加されて……」

「……たしかにそうですが、花竜や一色双龍会(イーソーシャンロンホエ)とかは好きな役なので残して欲しかったですね」

清龍(チンロン)は残ってるからそれでなんとか我慢してくれ。次オーラスな」

 

 俺たちはいま三人で麻雀をしている。本来俺は、組み手とか体を動かすことよりも、テーブルゲームとかの頭を使うほうが好きなのだ。将棋などと違って運の要素も絡む麻雀はかなり好きなほうなのだが、今の時代では知っているヤツがいなくて、ルールも複雑なのでできる相手がいなかった。

 酒の席でもしやと思い二人に聞いてみると、麻将は分かると言うことなのでなんとか誘ってみたというわけだ。本当なら四人でやりたいが、さすがにそこまで贅沢は言えない。

 

「……そういえば真、昨日なにか私に話があるとか言ってなかったか?」

「ポン。あぁそうだった。慧音、お前はこれからどうすんだ? また新たな人里を探してそこに住むとかなら、聞いてほしい話があるんだ」

「……特にどうしようとは思ってなかったが、おそらくそうなるだろうな。話とはなんだ?」

「チー。実は俺の知り合いに、人間と妖怪の共存する国を作ろうとしてるやつがいてな。まだ未完成なんだが、慧音みたいな住民がいれば、人間も妖怪のことを知れるかなーって。どうだろうか」

「……そこで私は、人間としてではなく半妖として生活しろと?」

「ロン、8000. 俺の勝ち。端的に言えばそうなるな」

「あっ…… ずるいぞ話に集中してたのに」

 

 昨日慧音の境遇を聞いたときに、もしよければ慧音を紫の国にと思いついていた。紫の式は藍がいるのでもう必要ないが、藍と似た境遇の慧音は紫の国の住人にぴったりではないか。

 

「……行く当てが無いのも確かだしな、いいぞ。その国とはどこに?」

「麻雀もひと段落ついたしな、今からでも俺が送るよ。俺も久しぶりに顔出さないとな。 ……美鈴もどうだ?」

 

 俺が誘ったんだ、慧音を案内するのは俺の義務だろう。ついでに美鈴も一緒に来ないか誘ってみる。

 

「私は……まだ遠慮しておきます。慧音さんほど人間大好きーってわけじゃありませんし」

「そっか、じゃあ一旦お別れだな」

「はい。お世話になりました師父」

「師父はやめい。じゃ、来たくなったらいつでも来い。場所は頑張って探してくれ」

「大丈夫です、真さんの気なら覚えましたから」

「そりゃあ頼もしいことで」

 

 スキマを使って慧音を妖怪の山まで送ると、ここには戻ってこれない。俺のスキマは登録した場所にしか繋がらないのだ。美鈴とはここでお別れになる。

 

「はい。では慧音さんもお元気で」

「ああ、ありがとうな。美鈴も元気で」

「じゃ、行くぞ」

 

 俺は左腕に巻いた紫のリボンを使って、妖怪の山へと繋がるスキマを開いた。同行(アカンパニー)オン、妖怪の山へ。

 

 美鈴と別れ、俺は慧音と共にスキマに入った。

 なぜだろうか将来、美鈴は紫の国に来る気が、なんとなくだがした。

 

 


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