「……真はもうぐっすり寝てるな。
……思えば、真の寝顔って滅多に見ない……いつも私より遅く寝てて、いつも私より早く起きてるからなぁ。
……私ちょっと行ってくるよ。昨日真から、輝夜がまだ地上にいるって聞かされて、いてもたってもいられなくて。
少し前から考えてたんだ、私なんのために生きてんだろって。輝夜に復讐するなんて言って、死ねない存在になっちゃってさ。ホント私ったら何やってんだろうね。
……真と旅するのは楽しかったよ。私は特に目的なんて持ってなかったけど、楽しいからそれでいいやって思ってた。
……真はこの前映姫に言ってたじゃないか、やりたいことをやれって。正直、私にはそんなものは無い。前を見て進むのは、後ろに大きいものを置いてきた私には難しすぎる。
……私は輝夜に会って話がしてみたい。勿論、復讐なんてするつもりは全然無いよ、話をしてみたいだけさ。そうして初めて、私は前に進める気がするんだ。
本当は、ちゃんと話して去りたかったけど、真の顔を見てると決心がにぶるかもしれないからさ。
……じゃあ、私は行くよ。いままでありがとう。もし全てが終わってまた会えたら……また私を連れていってくれるかな? ふふ、なんて、それはそのときまた聞くね。
さーて荷物なんて無いし、皆が起きる前に出発でも…… ん、ポケットになにか……手紙? 『元気でな。たまには初心に戻るのも悪くない』……? ……なーんだ、真には全部お見通しかぁ…… あ、でも、初心に戻るって、私もう復讐なんてするつもりなんて無いから。
…………またね」
-・-・-・-・-・-・-・-・-・-
「……うん……朝か…… ってなんで勇儀が隣で寝てるんだよ……」
妖怪の山にきて夜に宴会をした翌日、目を覚ましたら隣に勇儀が寝ていた。俺が起きたことにも気付かず、きれいな寝顔で眠っている。
漫画とかだと、『え? ま、まさか俺は昨日酔っぱらって取り返しのつかないことを……』みたいなリアクションをするだろうが俺はしない。俺は酔っぱらってもそのときの記憶はちゃんと覚えている。俺は確実に一人で寝たはずだ。大方寝ぼけた勇儀が間違えて入って来たんだろう。
「……そうか、妹紅はもう行ったんだな」
俺は布団から出て立ち上がり、頭を掻きながらそう呟く。
俺は昨日、うっかり妹紅に輝夜が地上にいることをバラしてしまった。まぁいつか話そうとは思っていたのでそれほど問題ではない。
話を聞いた妹紅は、その日の夜にはもう出ていく気がしたので、宴会の前にあらかじめ手紙を変化の術で隠して仕込んでおいた(一応『答えを出す程度の能力』で確認しておいた。これで妹紅が出ていかなかったら赤っ恥だ)。
おそらく、妹紅はもう輝夜に対する復讐心は持っていないだろう。それならば二人を会わせても問題はない。いやむしろ会わせるべきだとも俺は思っている。
友人を作る上でもっとも大事な条件は一体なにか。俺は『対等』だと思う。蓬莱の薬を飲んだ妹紅にとって輝夜はまさに対等の存在。今の妹紅に最も必要な存在だ。
二人が早く出会えることを祈っている。
「……うーん……」
「お、勇儀起きたか。俺の布団だぞそこ」
「……知ってる……知ってて入った……」
「はあ?」
「だって私もう地底に行くし……その前に真と少しでも一緒にいたくて……」
「……なるほどね」
寝ぼけているのだろうか、いやにストレートに照れることを言ってくれる。しかし悪い気はしないし、俺も勇儀と同じ気持ちだ。仮に俺の性別が女だったら、俺も似たようなことをしていたかもしれない。
「分かったよ。じゃあまだ眠いならそこで寝てていいから」
「……そう? じゃあ……」
そう言うと勇儀はまた俺の布団で眠り始めた。前も思ったんだが、鬼って寝るときに自分の角が邪魔にはならないのかな。なんにせよ、隣で勇儀が寝ているときに角が俺に刺さらなくて良かった。
俺は仰向きですやすやと眠る勇儀を置いて朝食の準備を始めた。
-・-・-・-・-・-・-・-・-・-
「じゃ、元気でな。地底でさっき言ったヤツらに会ったらよろしく言っといてくれ」
「ああ、舟幽霊とか見越し入道とかね。分かったよ」
勇儀を起こし一緒に朝食を食べた後少しして、勇儀が地底に行くのを見送った。さっきの布団の中では別れを惜しんでくれていたのに、完全に目が覚めるとケロッとしたものだ。
ところで地底ってどうやって行くんだろう、勇儀に聞いておけばよかった。まあ生きていたらいつか分かるだろうし、最悪能力を使って調べればいい。
さて、俺は今から何をしようか。そういえば紫が式神にできる妖怪を探してくれって言ってたな。妖怪の山にいいヤツがいないか探してみようか……
「いや、その前にやることがあったな…… 文と椛に謝らないと」
酒を飲んで記憶を無くさないのは、朝のように都合のいい一面もあれば今のように悪い一面もある。昨日は酔っぱらって、かなりの迷惑を天狗たちにはかけてしまった。
特に文と椛、二人に対して随分馴れ馴れしく接してしまったと思う。前世の人間社会では警察を呼ばれてもおかしくない。
謝るというのはなんとも気分が乗らないが、全面的に俺が悪いと思う。俺は二人を探すべく歩き出した。
「あ、真さん、おはようございます」
「真様おはようございます」
天狗の屋敷にはいなかったので外を探すと、丁度文と椛の二人を見つけた。チッと舌打ちしてそっぽを向かれても仕方ない振る舞いをしたのに挨拶までしてくれるなんて、なんて優しい二人なのだろう。
「おはよう二人とも。 ……その、昨日はすまなかった……」
「へ? 何がです?」
「何って……宴会の席で随分二人には迷惑を……すまん!」
「め、迷惑だなんて……そんな大したことじゃ無いですよ!」
椛があわてた様子で頭を下げる俺に言う。大したことじゃ無いって、初対面でいきなりだぞ。地位も年齢も下だからといって、もう少し打ち解けてからじゃないと駄目だろう。
更に文も言葉を続ける。
「そうですよ。むしろ普段よりも楽しかったです。いつもなら他の上司(特に鬼)に無茶ぶりされるので」
「……そう言って貰えると助かるよ。じゃあ」
二人がさほど気にしていない様子だったので安心する。しかし俺自身はまだ完全には罪悪感は消しきれない。まだまだ頭を下げたいところだが、何度も謝られるのは相手にとって気分が良いものではないだろう。俺は片手を挙げて立ち去ろうとする。
「え!? もう行っちゃうんですか!? っていうかそのためだけにわざわざ来たんですか!?」
文が驚いた様子で俺を引き止める。そのためだけにって、そうしないと俺の気がすまないというかバツが悪い。謝ることは勇気がいるが、俺にとっては重要な案件だ。
「? ああそうだが」
「なんと! お忙しい中わざわざ!」
「別に忙しいことは無いんだが…… 強いて言うならこの山に住む妖怪たちを見て回ろうかと思ってたぐらいか」
「なるほど! 長い間留守にしていて知らない妖怪も増えたでしょうしね」
文が納得したようにそう言った。
いや、別にそういうわけではない。完全に個人的な用事であり、偉い天狗としての義務などとは断じて違う。
「それでしたら是非私たちに案内をさせて下さいよ!」
文が自らを推薦するように、自分の胸に手を当てながら言ってくる。俺一人でゼロから判断していくよりも、第三者から話を聞いていくほうが手っ取り早いのは確かである。
「え? そりゃあ助かるが……いいのか?」
「勿論ですよ! その代わりにですが真さんからいろいろ話を……」
「……あのう文様。『私たち』ってことはもしかして私も含まれているんでしょうか。私はまだ見張りの仕事があるんですが……」
勝手に話を進める文に、椛が一つ問いかける。
「ああ、そういえば昨日も俺を最初に発見したのは椛だったな」
「う……そのときのことは忘れてください……」
「いや、別に責めているわけではなくてな…… ん? 昨日に続いて今日も見張りなのか? 白狼天狗は大量にいるのに」
「ああそれはですね……」
「椛は『千里先まで見通す程度の能力』を持っているんですよ。だから見張りはもってこいなのです」
椛の言葉を遮り文が代わりに答える。どうやら文はしゃべることが好きなようだ。噂好きな天狗としては、特に珍しいことでもない。
「ほう。それにしても毎日だと大変じゃないのか?」
「いえ、大丈夫ですよ休憩もありますし、お給料も白狼天狗の中では貰っているほうですから」
今度は椛がしっかりと答える。すごいな、天狗の社会には給料もあるのか…… 一体どこで使うんだろう。
「そうだ! 真さんが椛にも案内を命令すれば見張りの仕事はしなくてもいいはずです!」
「ええっ!? ですがそれでは侵入者が来たときに……」
文が名案を思いついたようにパンッと手を叩いて提案した。対して椛はその提案に、慌てた様に言い返す。
「いいじゃないですか、侵入者なんて滅多に見ないですし」
「来る可能性だってあるじゃ……」
「なるほど……」
「「えっ?」」
案内してもらえるなら願ってもない。しかし文が一人での案内となると、上司と部下と言う関係上萎縮してしまうのだろう。椛も共に来てくれるのならば、話は早いというわけだ。
「侵入者が来ないならば椛も文も案内してくれるんだな?」
「え、ええ…… でもそれが分からないから私は見張りを……」
「『今日、妖怪の山に侵入者は来るか』。 ……ふむ、夕方ごろ人間が迷いこんで来るが、それだけだな」
椛は仕事をしないことよりも、しないことで迷惑がかかることを嫌がっているように思えた。俺は能力を使い椛の不安を払拭する。
「えええなんですかそれ! なんでそんなこと言えるんですか!?」
「そういう能力があるんだよ俺には。問いかければ、それに対する答えが分かる」
驚く椛に、ざっくばらんに説明する。というか何で分かるのかと言う原理は説明しにくい。分かるものは分かるのだ。
「はえー……便利な能力もあるもんですねぇ…… さ、椛。不安の種は無くなりましたし行きましょうか」
「……分かりました。別に行きたくないわけではありませんし。でも……」
「……なるほど。真さんが嘘をついているとは思いませんが、信じるに値する確証が欲しいというわけですね?」
「……そういうことです」
「ああ確かに」
俺が能力で出した答えは真実だが、俺が真実をしゃべっている証拠はまだ無い。椛が未だに渋る理由がよく分かった。
「……では真さんに椛の秘密でも言ってもらうのはどうです? それなら十分な証拠になると思いますが、真さんどうですか?」
「あ、文様!」
「……悪いが、能力をそういうことにはあまり使いたくないんだ。できれば他の質問で頼む」
文の、俺の能力が本物かどうか確かめるというやり方はいいと思う。ただその方法では椛が不快に思う可能性が高い。相手に嫌われると分かってその行動が取れる人など、おそらく世界には少数だ。
「ちぇっ。紳士ですねぇ」
「ほっ……」
「じゃあ私の今日の朝ごはんとかでいいです」
文が投げやりな口調でそう言った。その程度なら能力で知ることに抵抗は無い。
「『文の今日の朝食』。 ……おい、朝はちゃんと食べないとダメだぞ」
「……文様今日も食べてないんですか? ダメですよきちんと食べなきゃ」
「わっ! すごい! じゃあ昨日の宴会に顔を出さなかった私の友人と、椛の将棋友達の河童の名前は?」
俺と椛の忠告を華麗に無視し、文は別の質問をしてきた。俺は能力を使いそれぞれの答えを出す。
「『
「わぁ~、真さんの能力は本物です! 椛も納得しましたね!?」
「はい。 ……便利ですねその能力」
「ああ。俺なんかには勿体無い能力だ」
「よし、じゃあ出発です! 最初は、いま出てきたはたてでも紹介しますよ」
俺の能力が本物である確認もとれたことだし、文と椛につれられて妖怪の山を回ることにした。文が俺の手を引いて前を歩き、すぐ後ろから椛がついてくる。
「……あれ? でも真様の能力なら、わざわざ案内などいらないのでは?」
「ああ、俺はなるべく能力に頼りすぎないようにしている。なんというか、使いすぎたらつまらないし」
「なるほど……さすがです! 自らの能力に慢心することなく、常に自分に厳しくするなんて!」
「いや……そこまで大した考えじゃないんだが……」
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「いやーすいません。はたてのヤツ無愛想で」
「なんていうか、天狗にしては珍しいヤツだったな」
「人見知りな性格も相まって、一人が好きなんですよねー。でも、あのはたてが真さん相手だと結構話せてて驚きました」
「まぁ俺は一人のときも好きだしな。通じるものがあったんだろ」
「いえいえ、真さんの人柄の賜物ですよ」
「そうか? それなら嬉しいが」
文の友人のはたてを紹介してもらい、次は河童のところへ向かう。はたては昨日の宴会に顔を出さなかったことからも分かるように、なかなか内気なヤツだった。そのくせ話を続けるうちに、上司である俺に対しても敬語をやめるという、天狗として珍しいタイプである。
「……そういえば、はたてや文は瓦版を作ってるみたいじゃないか。椛は作ったりしてないのか?」
「いえ、私はそういうのは…… 瓦版を作るのは文様たち烏天狗に多いですね」
「なるほど…… それにしても、文は文の、はたてははたての瓦版を作るんだな。協力して一つの瓦版を作ればいいのに」
「いえ。自分で手に入れた情報を誰よりも早く発信するのが楽しいんですよ。それに部数で勝負するのもまた面白いですし。 ……はたてには負けてますが。やはり絵を書けないのが痛いですね……」
「ん? はたてみたいに写真を撮ればいいじゃないか。カメラを持って無いのか?」
「カメラ? なんですかそれは…… はたてのアレは『念写する程度の能力』で紙に浮かび出るものなので私にはできないんですよ」
「……あぁ、まだカメラは無いのか。なるほどな…… 次に行くのは河童のところだし、ヤツらの技術力なら作れるんじゃないか?」
「あ、丁度着きましたよ」
椛がそう言って立ち止まる。辺りには池があるだけだが、河童は臆病な妖怪であるため人前にはあまり姿を現さない。おそらく俺がいるせいだ。
「おーい、にとりー。見てるんでしょー?」
椛が誰もいない池の近くまで歩き、池の底に向かって声を出す。するとおずおずとした態度の声が、俺たちの後ろから聞こえてきた。
「な、なぁに、椛…… そしてこの人はどちら様?」
「あ、そっちにいたのね」
椛が俺のいる所に戻ってきて、現れた青髪の少女のほうを向く。そしてチラリと俺に視線を向けて、椛は少女の質問に答えた。
「こちらは鞍馬真様。かなり昔にこの山から旅に出てたお方で、久々に戻ってきたから知らない妖怪たちの顔が見たいんだって」
「どうも、鞍馬真だ。君のことは二人から少し聞いている。にとり……でよかったかな」
「あ、ああ……いかにも私は河城にとり……ところで鞍馬真って、まさかあの真?」
「……あの?」
「……どの?」
「にとりさん、真さんのことを知ってるんですか?」
椛と俺と文はそろって首をかしげる。別に俺はこの少女のことを知らない。お、ねだん以上のインテリア小売業の株式会社なら知っているが。
「その昔河童の間で技術が大幅に向上した技術革命ってのがあってね。その革命に貢献した人物の名前が真って言うんだよ」
「あぁー…… 多分俺だ」
「……真さん、そんなことをしてたんですね」
むかし妖怪の山にいたときに、河童たちの研究が行き詰まってるのを見て何回かアドバイスをしたことがあった。
逆に河童からも、萃香たちにあげた瓢箪とかを作る際に世話になったので関係は良好だったと言える。
「俺のことを知っているなら話が早い。実はあるものを作るのに河童の協力を頼みたいんだが……」
「えっ、なんだいなんだい!? あの真が何を作りたいのか興味もあるし、最近研究がマンネリ気味なんだ!」
俺を警戒していたにとりが一転、俺の話に食いついてくる。相手も乗り気になってくれるならこういう話はやりやすい。
「そうか。俺が作りたいのはカメラと言って、風景をそのまま映像として切り取る装置だ。銀が光と反応して色が変化するのを利用してだな……」
「ふんふん……」
俺はにとりにカメラの仕組みの説明を始めた。とはいっても俺もそこまで詳しく知っているわけではないので、これでうまく伝わらなかったら能力を使って説明しようと思う。
「……いいなぁ、文様」
「えっ何がです?」
「だっていま真様は、文様のためににとりと難しい話をしてるじゃないですか」
「そそそそ、そんなことは無いんじゃないですか? 私のためだなんてそんな……」
「無くないですよ、明らかに文様の話を聞いたからでしょう」
「……部下の適当な呟きを真摯に聞いてくれるいい上司ですね」
「……全くです」
「……とまあこんな感じだ」
「なるほど…… 仕組みを聞いたらなんとか作れそうだね」
「本当か! あ、そうだ。俺の知ってる完成品としてはこんな感じのものがある」
俺は近く落ちていた葉っぱをカメラに変化させる。機械は少しイメージが難しい。
「これは術で作った偽物だから使うことはできないが、中身とか参考にしてくれ」
「分かったよ、早速作ってみるね! あ、でも終盤で必要になるアレをいま切らしてるかも……」
「アレ……というとおそらくアレだな。それなら俺たちが取ってこようか?」
「じゃあお願いしようかな。じゃあ私は自分ちで作りながら待ってるから、場所は椛に聞いて。 んじゃ!」
そう言うとにとりはどこかに走り去っていってしまった。目の前の池の中じゃないんだな、住処……
「よし、じゃあ行くか」
「あのう、いいんですか? 真さんの用事は……」
「あぁ、いいのいいの、急ぎの用事でも無いからな」
「それならいいんですが……」
-・-・-・-・-・-・-・-・-・-
「……結構時間がかかったな」
にとりの言うアレを探しに行ったその帰り道、俺は呟くように文と椛にそう言った。なかなか見つからず意外と時間を食ってしまった。
「いや、確かに探すのにも時間はかかりましたが、途中迷い込んだ人間をわざわざ真さんが村まで送ったりするからこんな時間になるんですよ」
「真様は人間にも優しいんですね」
「いや、別に。ほら、よく言うじゃないか、何だっけ。なんとかかんとかなんとかならず。もしくはなんとかなんとかなんとかなり、みたいな」
「何一つ分かりませんが分かりました」
思い出した。『情けは人のためならず』と『義を見てせざるは勇無きなり』だ。 ……ん? 二つ目はなんか違う気がするな…… とにかく、俺がやりたいからやったんだよ。
椛に案内されにとりの住処までやってくる。なるほど、岩肌をこうやってごまかしてうまく入り口を隠しているのか。これは知らないと見つからないな。
「おーいにとりー、遅くなったが取ってきたぞー」
「……ん。入っていいよー」
きちんと相手の反応を待ってから部屋に入る。漫画とかで女子の着替えにうっかり遭遇してしまう主人公のような愚は犯さない。あんなの完全に自分の注意不足だ。
「やあ、遅かったね。なんとか一台だけ作れるくらいの材料はあったから作ってみたよ。使い方は……」
「そこらへんは文に説明してくれ。俺はいい」
にとりの手には俺が見せた見本とそっくりのカメラが握られていた。すごいな、一日でできるのか。
俺は身を引いて文をにとりの前に出す。にとりはその完成したカメラの使い方を、文に熱く語りだした。
「……これを押せばその風景が絵になるんですか?」
「そうだよ! はい、やってみて!」
文が受け取ったカメラを不思議そうに見ている。今の時代に生きるものにとってこういうカラクリは、説明されないと何をする道具なのかも分からないだろう。
「物は試しだ、撮ってみてくれよ。ほら、椛もこっち来い」
「えっ、えっ」
「あの文の持ってるやつの中心部分を見るんだ。はい、いちたすいちは?」
「え、なんですかそれは」
「いちたすいちは?」
「……に?」
「今だ文」
パシャリ。文がシャッターを切る音がする。
「……これでいいんですか?」
「うん、バッチリ。ちゃんと撮れたか確認するから四半刻くらい待ってて」
にとりが文からカメラを受け取って別の部屋に行く。現像しに行ったのだろう。
「ところで真様。先ほどのはなんだったんですか?」
「あの"いちたすいちは?"ってやつですよね」
「……まぁ綺麗に撮れていたら分かるさ」
「「?」」
"いちたすいちは?"は写真と撮るときの定型文だ。これはピースする以外にもちゃんと理由がある。
十五分程してにとりが戻ってきた。手には一枚の写真を持っている。
「成功だよ。ほら」
文が写真を受け取って「おお!」と感嘆の声をあげる。その後小さく「あ、なるほど……」と呟いた。
文から写真を見せてもらうとそこには、ピース姿の俺と、歯を見せて
「じゃあ二人ともお疲れ。今日はありがとな」
「いえ、こちらの台詞ですよ! こんな素敵なものも作っていただいたし感激です!」
「そりゃ良かった。 ……どうした椛、眠いのか? 帰ってゆっくり休めよ」
「……そうですね、そうします。お休みなさい」
「お休み」
文と椛とはにとりの家の前で別れた。俺はもう少しにとりの家に残る。何でも聞きたいことがたくさんあるらしい。
……今日は眠らせてもらえないかもしれないな。無論、そのままの意味でだが。
「いやー、いいものを貰ったわ! これで私の瓦版も少しは見栄えが…… 椛?」
「……文様だけ真様から貰ってズルいです」
「……あー、それでちょっと拗ねてるのね」
「……拗ねてないです」
「真さんに頼めばきっと椛にもなんか作ってくれるわよ」
「そうかもしれませんが……」
「……そうだ! はいこれ」
「……これは、さっきの写真……?」
「今日のところはこれで我慢しなさい。私だって真さんと写りたかったですよ」
「……ふふ、ありがたくいただいておきます」
「……今泣いたカラスがもう笑った、と」
「……カラスは文様のほうですけどね」