「……へぇー、ここは医学が進んでるんだなー。都からかなり離れているのに」
「みたいだな。まぁもっとも俺にはあんまり関係ないが。病気にはならないし、怪我も放置してたらすぐ治るし」
「そうだよな…… 私、結構長く真と旅してきているけど、一度も病気の姿とか見たこと無いもん」
「……妹紅は、不老不死とか言ってるくせに病気や怪我するよな。治りは常人より早いみたいだが」
「ほっとけ。それに、あれはあれでいいんだよ。 ……風邪とか引くと真がずっとそばにいてくれるし」ボソッ
「自分の出す炎は熱く感じてないのに体温は熱いとかどういうことなんだろうなー」
「確かに…… お、でかい石碑……この村の英雄たちの名前が刻まれてるのか。 ……ん?」
「どうした? 名前ばっかり見ても面白くないだろうに。自分と同じ名前の人でもいたか?」
「いや私というか…… この最初のところに『真』って書いてある。一人だけ苗字もない」
「なに? ……本当だ」
「『この村が未曾有の大病に侵されしときにふらりと村に現れ瞬く間にそれを治し、この村に医学の基礎を授けた偉人』だって。へぇー、かっこいいな」
「ほう、同じ名前を持つものとして誇らしい…… ん? 次のところにある名前……」
「『幸』か、別に珍しくもない、よくありそうな名前だが…… 知り合いか?」
「知り合いだが…… もしかしたらこの『真』っての俺のことかも…… 幸に医学教えたことあるし」
「はっ!? これが真!? だってこれかなり昔の……」
「まぁそれだけ昔から生きてるんだよ」
「……昔っから真は人助けをしてたんだな」
「いや、これは…… 村に来たら医者と勘違いされて、そこからまぁなし崩し的に」
「……うわー」
妹紅とは様々な場所を訪れた。俺が一度訪れたことがある場所でも、時代が変われば何かが変わる。退屈なことなんてほとんど無かった。
二十年はとっくの昔に過ぎていた。しかしもう妹紅は力を欲している様子は無いし、輝夜のことを気にしている様子も見せない。それならそれで俺は全然かまわなかった。
「いやー森の中に温泉が湧いてるとはな! さっぱりした! 湯に浸かったのは久しぶりだ」
「……お湯に全身浸かる、といったのは初めてだな…… いつも水浴びだったし」
「お、そうか妹紅は温泉……というか風呂も経験は無かったのか。どうだ、気持ちよかっただろ」
「確かに…… 全身がほぐれて精神が癒される感覚はいいものだった。機会があればまた入りたい……が」
「が?」
「真は長すぎるんだよ! 半刻以上は明らかに浸かってただろ!」
「仕方ないじゃないか、好きなんだし」
いま俺と妹紅は森の中を歩いている。昨日、森の中で天然の温泉を発見した。いつも水浴びするときの要領で、一人が温泉に入っている間はもう一人が見張りをする。俺としては別に二人で入ろうが気にはしないのだが、デリカシーが無いと思われるのも嫌だし、一人でゆっくりするのも好きなので提案はしない。久しぶりの風呂と言うことで今回は少し長湯しすぎてしまったようだ。
「(……今度また温泉を見つけたら、見張りが面倒だって口実で真と一緒に……)」
「悪かったって、怒るなよ。また温泉を見つけたときは、俺も長くならないように気をつけるからさ」
「……い、いや、長くなってもいいから、そのときは私も…… ん?」
「なんだ?」
妹紅と話していたら、突如辺りが真っ暗になった。時間としてはまだ夕方だ、暗くなるのはまだ早い。
「何で突然真っ暗に…… まぁ私たちは火が出せるから関係ないが。えいっ。 ……あれ? 火を出してもすぐに消えてしまう……」
「……ふむ、消えると言うより闇に飲み込まれている感じだな。妖怪の仕業か?」
辺りを暗くする妖怪と言えば、
それほど危険な妖怪であるとは聞いてはいない。明るくなるまでゆっくり待つかと思った矢先、闇の中から声が響いてきた。
「ねぇ……貴方たちは……食べてもいい人間……?」
「! 『誰だ』!」
声がすると同時に辺りに膨大な妖力が俺たちを囲む。俺は反射的に能力を使い、尻尾を顕現させて戦闘体勢に入った。
『ルーミア・・・捕獲レベル測定不能
光を食らい闇を操る妖怪』
くっ……焦って使ったためか情報が少ない…… しかしこれなら……
「妹紅! 炎を放て! 一つの方向に、できるだけ遠くに届くように!」
「分かった!」
妹紅が炎を上方向に放つ。それに合わせて俺もまた、自身の狐火を妹紅と同じ方向に放った。
この闇は光を食らっている。しかしそれは世界全体を暗くしているわけではない。闇はせいぜい俺たちの周り数十メートルを取り囲んでいるに過ぎないだろう。どこかに必ず境界があるはずだ。
ならばその境界の少し外側に、強い光を放つ炎があれば、光を食らうこの闇は一体どうなるだろうか。俺の予想では、闇は光を食らうために、少し移動をするはずだ。
俺の予想は的中し、辺りは徐々に明るくなってきた。上を見ると黒い塊が上空に浮かんでいる。先ほどまで俺たちはあの塊の中にいたのだろう。
「あら……? まさかこんな方法で私の闇を破るとは…… それにその耳と尻尾…… 貴方妖怪?」
視界がクリアになり、目の前には金髪の女が現れた。こいつがさっきの闇を操っていた、ルーミアとかいうヤツか。
「ああ、そうだ。俺を食べても美味しくないぜ?」
「そうねぇ…… でもこっちのお嬢さんは人間みたいだし、それで我慢するわ」
「『させねぇよ』!」
能力を使い最善の方法を模索する。命の危険があるときには、俺は能力を使うことは惜しまない。
俺のすることは、目の前の妖怪を殺すことでも、俺が無傷で逃げることでもない。妹紅に怪我をさせないことだ。俺は変化の術を使って、妹紅の姿に変化した。
「……あら? お嬢さんそっくりに変化して……的を絞らせないつもりかしら」
「さぁ、どうだかね」
「関係ないわ。とりあえず片方仕留めて、ハズレだったら改めて仕留め直せばいい」
「できるかな? ……妹紅! 二手に分かれるぞ!」
妹紅に向かって大声で叫ぶ。長年一緒に旅をしているのだ、俺の意図ぐらい察せるだろう。
俺と妹紅はそれぞれ、ルーミアから隠れるように移動した。
「とりあえずは……こっちね!」
「っ!」
ルーミアが妹紅の一人を追いかけてくる。ルーミアは自身の能力で作り出したであろう、闇の塊のような弾を撃ってきた。
「ほらほらどうしたの!? 避けてるばかりじゃジリ貧よ!」
「……くっ!」
「……こっちが人間のほうかしら? 妖怪さん! この子を守るんじゃなかったの!? それとももともと、片方が逃げられればいいって魂胆かしら!?」
ルーミアの攻撃をひたすら避ける、逃げる、避ける、逃げる。
ついに大木に背を付き、ルーミアに追い込まれてしまった。
「……終わりね」
「……お前がな」
「えっ」
追い詰めたルーミアの背後から火の手が上がる。突如現れた炎の渦に、ルーミアは為す術もなく飲み込まれた。
「な……に……!?」
「ふふふ……俺を追い込んだと思ったか? 俺がこっちに誘い込んだんだ……よっと」
俺は自身にかけた変化の術を解き、俺に向かって倒れてくるルーミアを支え起こした。どうやら気絶しているみたいである。
「ふぅ…… 真、これでよかったんだよな」
「ああ。上出来だ妹紅」
ルーミアの背後から妹紅が現れる。ルーミアから逃げていた妹紅は俺であり、俺が追い詰められたのは全て演技。最初から俺は、油断したルーミアの背後を妹紅に襲わせる作戦だったのだ。そのために妹紅に化けた俺を狙わせ、妹紅が弱い存在だと思わせる必要があった。
「……で、どうするのこいつ。殺すの?」
「いや……言葉の通じる相手を殺すってのはいささか抵抗があるな」
「……あら、随分優しいのね」
「なっ! 私の炎をくらってまだしゃべれるのか!?」
「ほぉ、さすがにタフだな。もう目を覚ましたか」
すぐにルーミアが目を覚ます。しかし弱っているようで、最初に感じたほど膨大な妖力は感じない。
「……私を見逃したら、また貴方たちを狙うとは考えなくて?」
「そうだな……そのときは、俺も本気でお前を倒そうかな」
そう言って俺は更に尻尾を顕現させた。九本全部出すと小学生みたいな情けない姿になるので、ここは八本に止めておく。
「えっ、なにこの妖力…… そんなに強いんだったら直接私を倒せば良かったじゃない」
「それは……あれだ…… 力押しで戦うよりも、策を弄して戦うほうがかっこいいみたいな」
「はあ? ……呆れた……」
そう言ってルーミアは肩をすくめた。まぁ二割ほどは妹紅に自信をつけさせる意味もあったが、妹紅はもう十分強いのであまり心配はしていない。
「で、どうする? またやるか?」
「……やめとくわ。勝てそうにないし、もともと負けたときから手は引くつもりだったもの」
「そうか、助かるよ」
そう言うと俺は笑った。話の通じる妖怪で良かったと思う。
「……で、だ、ルーミア」
「……あれ? 私、名乗ったかしら」
「あぁそうだったな。俺は真」
「……え、これ、名乗る流れ? 私は……まぁ、妹紅って名前だが」
「ルーミアの名前は、俺が能力で知ったんだ」
「そう…… で、なにかしら真」
「腹が減ってるなら一緒に飯でも食わないか? 人肉は無いが、それ以外ならいろいろあるぞ」
「……え」
ルーミアがきょとんとした顔をする。未だにルーミアは俺が支えているので、力を抜かれると倒れてしまいそうになるんだが。
「はあ!? おい真! こいつはさっきまで私たちを殺そうとしてたんだぞ! そんな相手にまで真は優しくするのか?」
「いいじゃないか、手を引くって言ってるんだから。それに、優しくしてるつもりはない。俺の都合だ」
「……はぁ、いいよもうそれで。旅の途中で、人間の頼みを聞いて、妖怪の頼みも聞いて…… 真がそういう性格だってことは十分知ってるから」
「……言うほど頼み事を聞いてるかなぁ」
妹紅は顔に手を当てて、なにやら呆れた顔でこちらを見てきた。最近の妹紅は俺に対して、尊敬の念が薄れてきているような気がする。いやそれは最初からだろうか。
「……ふふっ面白いわね貴方。いいわ、ご相伴にあずかりましょう。何があるのかしら」
「おお、そうか! 何でもあるぞ! 最近村でよく見かけるきつねうどんとかおすすめだ」
「はぁ……まぁいいか。真、私はいつもの。あと地面を座りやすくしてくれ」
「あぁそうだな……って妹紅、また団子か。好きだなぁ」
そう言いながら俺は地面を御座に変化させる。自分が座り、二人も座るように促した。
「真だって大抵はいなり寿司か、油揚げたっぷりの味噌汁じゃないか。きつねうどんだって、油揚げの乗ったうどんだろ」
「失敬な。肉もちゃんと食ってるぞ」
「ふふ、じゃあそのきつねうどんとやらをいただきましょう。初めて聞くわね」
「了解! うどんは初めてか。じゃあ俺もきつねうどんにしよう。妹紅もな。団子はデザートにとっとけ」
「ええー、私、麺を啜るの苦手なんだよなぁ……」
「啜る? 食べにくい食べ物なの?」
「そんなことは無いと思うが……まぁ食えば分かるさ」
俺は懐から木の葉を取り出す。そして元のきつねうどんに戻し、それぞれ二人に手渡した。変化の術は、解くと変化させたときの状態に戻る。きつねうどんは熱々出来立ての状態だ。
「……どうやって食べるの?」
「こうだよこう」
ルーミアに見せるように、俺は麺を一口加えて勢いよく啜る。ルーミアはそんな俺のまねをして、恐る恐る麺に口をつけた。
「…………」
「どうだ?」
「……美味しいわ」
初めてのうどんに戸惑いながらも、ルーミアは満足してくれたみたいだ。妹紅はというと、頑なにうどんを啜らなかった。俺としてはずるずると音を立てて食べるのが好きなのだが、まぁ妹紅は女の子だしそういうこともあるだろう。食べ方にまでいちいち指図したりはしない。
「……お腹いっぱいになったら眠くなるよなぁー。ルーミアって闇を操れるんだろ? 昼寝したいときとかに便利だよなー。俺真っ暗なときのほうが良く眠れるほうなんだよ」
「……私の能力をそんなくだらないことに使わないで頂戴。闇は人間が最も恐怖するものなのよ。それを昼寝に使おうだなんて……」
「つーか、ほとんどの妖怪って夜ほど活発になってる気が…… つくづく真は変わってるよな」
「本当ね」
「だろ?」
「なんだお前ら、仲良いな。いつから知り合いになったんだ」
「「さっきが初対面よ!(だよ!)」」
おお、そろった。同じ言葉を同時に言ったときにハッピーアイスクリームっていうのはいつの間に無くなったんだろう。いや、今の時代だとそもそもアイスクリームは存在してないのか。
アイスは無いが団子はある。食後のデザートに移ろうと思い俺は団子を取り出した。
「じゃあまたな」
飯も食い終わったし、と旅を再開することにした。襲ってきた妖怪だろうが、いつもと違う食事風景というのは良い刺激になったと思う。
「ええ。 ……本当に私を見逃すのね。その子の話を聞く限り、貴方は人間の味方らしいじゃない。私を放っておくと人間を襲っちゃうわよ?」
「別に? 俺の知らない人間が食われようと俺は別に痛くもないし。人食い妖怪だってそれが本能なんだし止めろとは言えないだろ」
「……そう」
「ま、人間食わなくて済む方法があるならそうしてくれ、とだけ言っておく。もしくは食うにしても悪そうなヤツとか」
「……ふふ、やっぱり面白いわね貴方。じゃあね。そっちの子も」
「……ふんっ。じゃあな」
妹紅はそう言うとさっさと先に行ってしまった。じゃあ、ともう一度ルーミアに言い、妹紅のあとを追いかけた。
「妹紅、すごいことに気付いてしまった」
「……なんだよ」
「うどんとかを木の葉にして持ち運んでいるとだな、食べ終わっても器が残る。このままでは器が大量に俺の手元に残ることになる」
「……知らねーよ」