東方狐答録   作:佐藤秋

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第十四話 因幡てゐ

 

 妹紅に稽古をつけながら旅をする。姿を消せる葉っぱを使用しながら蓬莱の薬を飲んだせいか、妹紅には妖力が備わっていた。あの葉っぱは俺が妖力で作ったものだからな。本人にそれを言うと「もともと人間じゃなくなっていたんだし、その程度では別に驚きはしない」だそうだ。

 

 妹紅の妖力は俺が基になっている。そのためか妹紅は炎の妖術が得意だった。というか俺の狐火よりも遥かに強力な気がする。

 炎の不死の存在というと、俺は不死鳥を思い出す。妖怪は本能的に空を飛べる種族が多いのだが、妹紅は元人間であり空を飛ぶのには苦労した。炎で翼を作り、それを羽ばたくようにして飛ぶことをイメージさせたら何とか飛べた。

 ただ、高く飛んで旅をすることはつまらない。しかし飛ばなければいつまでも慣れないので、歩く俺の隣で低く飛ばせている。

 

 

「本当に真は妖怪なのか?」

 

 妹紅があるときこんなことを尋ねてきた。妹紅が妖力を持っていることが一つの証拠なのだが、それでは納得しないだろうと思い尻尾を見せた。それでも納得しなかったので狐の姿も見せてやる。このとき初めて尻尾が九本になっていることに気付いた。

 

 

 

 

「見渡す限り、竹、竹、竹、か……」

「なぁ~真~、いつまでこの竹林をさ迷ってんだよ。いい加減違う景色が見たい。……もしかして迷ったとか?」

「……ま、まさか。これはあれだ、妹紅に忍耐力をつけるために敢えてというか……」

「あ、やっぱり迷ったのね」

「……いや、俺は迷わないよう、あの一番大きい雲を目指して真っ直ぐにだな」

「雲は動くし形も変わる! そしてそれ以前に、ここからじゃ空は見えないだろうが!」

 

 俺と妹紅は今、竹林の中を歩いている。断じて迷っているわけではない。『迷う』とは、進むべき道が分からなくなった状態のことだ。行く当ても特に無く旅をしている俺たちは、そもそも迷うはずがなかった。

 ……とはいえ、確かに妹紅の言う通りこの景色にもいい加減うんざりしてきた。竹を避けて歩いているためもしかしたら真っ直ぐ進めていない可能性もある。能力を使って出口を探してしまおうか。

 

「……仕方ない、適当に進むのは止めて真面目にやるか」

「あ、コイツいま適当に進むっつったぞ! やっぱり適当だったんじゃん!」

「『この竹林を抜け出せるほうほ』……お? おい妹紅、あそこに誰かいるぞ」

「なに? ……本当だ、子どもがいる。この竹林で迷って泣いているのかな」

 

 俺の指差した先には、丁度妹紅が初めて俺に会ったときくらいの年の女の子がいた。泣いているのだろうか、座ったまま顔を伏せてうずくまっている。

 

「そうだよ妹紅、実は俺は迷ったんじゃなくてこの子がここにいるのを知ってたから敢えて……」

「言ってる場合か。もしかしたら怪我でもしてるかもしれないぞ」

「それもそうだな…… おーい! お嬢ちゃん! こんな竹林の中でいったいどっ!?」

 

 俺が少女に話しかけようと近付いた瞬間、俺は謎の浮遊感に襲われた。どういうことだと慌てて足元を見て、地面が抜けようとしているのを発見する。ブービートラップの初歩、落とし穴である。

 

「あはははは! 引っかかった引っかかった! 間抜けな人間! あはははは!」

「……よぉお嬢ちゃん、楽しそうだな。何かいいことでもあったかい?」

「そりゃあもう! あんなに見事に引っ掛かってくれるな……ん……て…………え?」

「ほお、さっきはうまく隠してたな。その耳は、兎の妖怪かな?」

 

 落とし穴には驚いたがなんてことはない、俺は空が飛べるのだ。落とし穴だと気付いた瞬間、俺は空を飛んで少女の後ろに回り込んだ。顔を上げて高笑いを始めた少女の黒髪からは、兎のような白く長い耳が見えている。

 

「……ふむ、縄ばしごが近くにあるということは、落としたあともちゃんと助けるつもりではあったのか。節度を守ったイタズラだな」

「わぁっ!」

「おっと」

 

 慌てて逃げようとする兎少女を捕まえる。俺は少女の腋の下に手を回し、妹紅に見せ付けるように持ち上げた。

 

「妹紅見ろ。兎をつかまえたぞ」

「……本当だ、兎の耳がある。こんなちっこい妖怪もいるんだな」

「うわぁー! 放せ!」

「むかーしむかしあるところに」

「『話せ』じゃない! 『放せ』と言ったんだ人間!」

「……確かにこっちの娘は人間だけど、俺は妖怪だぜ? ほら」

 

 俺の両腕でじたばたしている兎少女に、俺は自分の尻尾を見せつける。それを見た兎少女は、見る見るうちに青ざめていった。

 

「はっ? その耳と尻尾…… ま、まさかお前は狐…… わ、私を食べても美味しくないぞー!」

「えっ…… 真、この子、食べちゃうの?」

「なんでだよ、食べるわけないだろ。食べる理由がない」

「放せー! ……へっ? 食べないの?」

 

 兎少女がきょとんとした顔をする。どこからそういう発想が出てきたんだ。妹紅がドン引きしてるじゃないか。

 

「……確かに、兎は狐の捕食対象かもしれないが……『兎死すれば狐これを悲しむ』っつってな。どちらも同じ、山に住む動物なんだ。仲間意識だってちゃんとある。ましてや同じ動物妖怪、殺すわけがないだろう」

「……本当?」

「本当だとも」

 

 俺がそう言うと兎少女は、ホッと安心の息を吐いた。もう逃げ出すことはないだろう、俺は持ち上げていた兎少女を地面に降ろす。

 

「よいしょ…… 改めて、俺は真。狐の妖怪。で、こっちが妹紅。ちょっと長生きの人間。よろしく」

「……因幡(いなば)てゐ」

「いや、真、私はもう人間じゃ……」

「てゐ、か。おい、人参あるけど食うか?」

「聞けよ」

 

 妹紅がなにやら言っているが無視をする。「私は不老不死になった、死ねない化け物で……」とぶつぶつ呟いているが、不老不死と化け物はイコールではないし、そもそも俺は不老不死なんて信じていない。永遠に老いないことや、何度死んでも生き返るなんて、証明するのには無限の試行が必要だ。今までがそうであろうとこれからもそうである保証はない。

 それにまだ妹紅は一度も死んでいないし、試しに死なせてやるつもりもないのだ。俺から見たら妹紅は全然人間である。仮に妹紅が死んで生き返る姿を見たとしても俺にとっては人間だ。

 

「え、人参、くれるの?」

「ああ」

 

 俺は懐にしまった木の葉を人参に戻す。何年前の物かは覚えていないが、品質には全く問題ないはずだ。

 「わぁ……」と驚くてゐの口元に持っていくと、てゐは人参をぽりぽりと食べだした。

 

「~♪」

「うわ、なにこれ和む。妹紅もてゐに人参やるか?」

「……確かにほほえましいが……」

「あー、妹紅の子どものころを思い出すなー。美味しそうに人参を食べるてゐもかわいらしいが、無表情で団子を食べてた妹紅もかわいかった」

「……真って、地味に子ども好きだよな」

「そうか?」

 

 妹紅に言われて首をかしげる。別に意識したことはないが…… というかそこまで子どもは好きではない。生意気な子どもは苦手だし、集団になるとそれが助長される気がしてさらに苦手だ。その代わりに素直な子どもは結構好きかもしれない。

 

「……ふう、ごちそうさま。真はいい狐だね」

 

 てゐは人参を食べ終わったようだ。てゐの言う、俺()、という部分に引っかかる。

 

「似たようなことを昔言われたな…… なんだ、狐は嫌われてんのか」

「そりゃあ狐は騙すからね」

「てゐだって騙してたじゃないか、落とし穴に落とすために」

「私はいいんだよ。それに落とし穴なんて可愛いもんじゃないか」

「……そうだなー」

 

 落とし穴なんてイタズラの範囲内だ。深さは少しあるが怪我をしないよう草を敷いてあったし、助けるためのアフターケアもしっかりしてある。悪意のある詐欺よりも幾分もマシだと俺は思った。

 

「……やっぱりほら、子どもに甘い」

「いやーてゐは口が回るな。論破されたよ」

「どこがだよ! 理論ガバガバだったじゃないか!」

「……どうしようてゐ、なんか妹紅が怒ってる気がする」

「! 怒ってない!」

「私にばっかり構うからだよ。妬いてんじゃない?」

「そうなのか妹紅。子どものときみたいに俺の膝に座るか? 下地面だけど」

「! べ、別にいい!」

 

 妹紅がフン、と明後日の方向を見る。俺は怒っている相手に必要なのは時間を置くことだと思うので、この場ではこの話は終わりにしておこう。後で落ち着いたらゆっくり話を聞いてやろうと思った。

 

「(いや、明らかに嫉妬してるよねあの子…… ! そうだ!)」

「……ん。てゐ、どうかしたか?」

「ねぇ真、じゃあ私を真のお膝に乗せてほしいウサ」

「お、そうか? そうだな、立ったままで話すのもなんだし座るか。ちょっと待ってろ」

 

 俺は地面に手を突いて、ここらを御座のように変化させる。地面に直接座るよりは幾分もマシだろう。

 

「さ、妹紅も座れよ」

「あ、ああ」

「わーい、ウサ」

 

 腰を下ろすと、てゐが俺の膝の上に乗ってくる。短時間で随分懐かれたものだ。懐かれて嬉しい気持ちはあれど嫌な気持ちになることはないので俺は一向にかまわない。

 

「真のお膝の上、座り心地がいいウサー」

「そうなのか?」

「~~~!」

「(見てる! あの妹紅って子めっちゃ私を見てる! なにこれ楽しい!)」

「お、なんだ妹紅。目付き悪いぞ」

「(そして真は全く気付いてない!)」

 

 てゐは俺の膝の上で、随分楽しそうに笑っている。何がそんなに面白いのだろう。

 

「……で、てゐはこの竹林に住んでるのか? 一人で」

「え? あ、あぁそうだね。でも一人じゃないよ、人語を話せるのは私だけだけど仲間の兎と一緒ウサ」

「へぇ、そうだったのか。にしては全然見かけなかったな」

「あの子たちは臆病だからね。人を見たらすぐに逃げ出してしまう」

「なるほどな……」

 

 俺が狐のときは親や兄弟からも見捨てられたのに、てゐは仲間に囲まれている。何だか少し羨ましい。

 

「でも、私とこうやって話しているからもう真たちに対してはもうあんまり怯えてないね。周りに集まってきてるよ」

「へぇ、そうか。気付かなかったな」

「呼んでもいい?」

「いいよ」

 

 別に断る理由もない。それに妹紅だって女の子だ。可愛いものを見たらもしかしたら少しは機嫌が良くなるかもしれない。

 

「みんなー! この人間たちは怖くないよー! 人参を分けてくれるってさー!」

「へ?」

「うわぁ!」

 

 てゐが大声で叫ぶと、周囲の竹の影から、白くてもこもこしたものが大量に現れた。これ全部兎か? 一体どこにこんなに隠れていたんだ。

 てゐの一声で警戒心を無くした兎たちは、俺と妹紅の周りにわらわらと集まってきた。たじろいでいる俺たちを見ててゐがこれまた愉快に笑っている。このイタズラ兎め…… これを狙っていただろう。

 とりあえず人参のストックはまだあるので、周りに群がる兎たちにあげて落ち着かせよう。

 

「ほら、妹紅も手伝ってくれ」

「へ? な、何を」

 

 妹紅にも人参を投げ渡す。それを見た兎たちは妹紅の手元にも集まっていった

 

「ほら、順番だ順番。皆でちゃんと分け合うんだ」

「みんなー、けんかしちゃだめだよー」

 

 群がってくる兎たちに、一本一本人参を渡す。どうやらてゐは一人だけ妖怪と言うこともあり、この兎たちのリーダー的存在のようだ。てゐの一言で兎たちの勢いが弱まった。

 妹紅が目の前にいる兎に恐る恐る人参を差し出す。兎はその人参をポリポリと食べだした。

 

「あ、かわいい……」

 

 妹紅が顔を綻ばせる。少しは機嫌が直っただろうか。

 

「それにしてもこの数……一体どこに住んでんだよ」

「ああそれは、この竹林の中に誰も住んでない屋敷があってね。そこに皆で住んでるのさ。そもそもそんなものが無くても皆適当に暮らせるけど」

「ほう」

「この迷いやすい竹林の中だからね、隠れ家みたいで気に入ってるのさ」

「なるほどね」

 

 思えば野生動物に、どこに住んでるのかという質問はおかしかったな。

 

 俺たちはあげる人参が無くなるまで、しばし会話を楽しんだ。

 

 

-・-・-・-・-・-・-・-・-・-

 

 

「それじゃ、もう少しで竹林から抜けられるよ」

 

 てゐに案内されて、竹林の先へと進んでいく。どうやらここに住んでいるだけあって、てゐはこの竹林のことを全部熟知しているようだ

 

「機会があったらまたおいで。歓迎するよ」

「それはイタズラ的な意味でか?」

「どっちもさ。イタズラするのも私流の礼儀だよ」

「まぁいいだろ。 ……お、ついた。送ってくれてありがとな」

 

 程なく竹林の出口に到着した。人参の礼にと案内してくれたようだが、俺もしっかりとお礼を言っておく。

 

「うん。じゃあねー」

「おう、またなー」

「あ、あの兎たちにもよろしく」

「はいはいー」

 

 妹紅と共に、てゐに手を振りながら竹林を離れる。一日足らずしかさ迷っていなかったが、竹林以外の景色を久しぶりに見た感じだ。

 妹紅に初めて妖怪を見せられたし、面白い経験ができたと思う。まだまだ妹紅には、世界の広さを見せてやらないとな。

 

 

 

 

「……なあ妹紅知ってたか? 兎って耳を羽ばたかせて空を飛ぶんだぞ」

「え、そんなバカな……」

「兎が跳ねると言われるのは『飛ぶ』の誤字だ。『跳ぶ』と勘違いされたんだろうな」

「いやいやいや……」

「極め付きは数え方だな。兎って『一羽、二羽』って数えるだろ」

「た、確かに」

「……まあ全部嘘なんだけど」

「やっぱりかよ!」

 

 竹林から出てから時間も経ち、今日はここで野宿をする。地面に座り込んで俺と妹紅は、今日のことを思い出しながら話をしていた。

 かつて嘘をつくのが下手くそだと何度も言われたことがあるが、そんな自覚は未だ無い。苦手なのは嘘を『知り合いに』『つき通す』ことだけだ。妹紅はまだ知識も少ないので簡単に騙される。そんな妹紅と会話するのは面白い。

 

「でもてゐはもう飛べるだろうな。多分妹紅よりも長く生きてるし」

「またまた…… まだまだ子どもみたいな見た目だったじゃないか」

「妖怪は見た目が当てになんないからなー。初めて会った鬼はこんくらいの身長で二百歳行ってたし、俺自身数えるのが面倒なくらい生きてる」

「多く見積もっても、真は三十代がいいとこだろーが。今の見た目も二十代なんだが、そうなると私と初めて会ったときは十代ってことに……」

「ははっ嬉しいねぇ若く見てもらえて。初めて妹紅と会うずっと前から、変わらず俺はこの姿のままさ」

「……確かに、久しぶりに見ても真だってすぐ分かったし…… え、まさか本当に……」

「まぁどっちでもいいさ。これからも生きてたらいろんな妖怪に会うだろうし、いろいろ見てから判断すればいい」

 

 妹紅との旅はまだまだ始まったばかりだ。てゐ以外の妖怪にだって、旅を続ければ何人も見るだろう。

 

「……本当ならあのてゐって兎は、私より年上なのに真の膝に……」

「はぁ? 別に何歳でもいいだろ。大人だって抱っこされたいときがあるってダイキチも言ってたし、俺にとっちゃあてゐも妹紅もどっちも子どもだ」

「誰だよダイキチって。 ……そうか、分かったよ」

「分かったって何が」

「私はまだ子どもなんだろ。だ、だからまた真の膝に乗っても……」

「ああ、そういう…… 全然いいぞ。くるか?」

「……うん……」

 

 先ほどのてゐと同じように、妹紅を膝の上に座らせる。妹紅にこうするのは何だか懐かしい。懐かしいついでに、今から団子でも食べようか。

 俺は懐から木の葉を取り出し、かけてあった変化の術を解いた。

 

 


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