東方狐答録   作:佐藤秋

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藍を書いたなら勇儀も書かないといけないと思った(感想)。



第百五十三話 膝枕(勇儀)

 

 美鈴のところに行っているせいか、最近闘ってみると勇儀が手強い。本日地底に行ったときもそう感じた。ご飯にするか、お風呂にするか、それとも勇儀かを選ぶところで、勇儀を選んで闘った。

 

 もともとの勇儀は、上半身から繰り出す力技で戦うことが多かった。両脚は地面にどっしり構えている。使うのも三歩必殺など、踏み込む下半身の力を上半身に伝える闘い方。

 ところが最近の勇儀は、足技を多用することが多くなった。美鈴も足技が多いので、それに影響を受けたということなのだろう。

 踏み込む力が減ったぶん威力も下がっているのだが、もともとパワーの強い勇儀だ、多少力が弱まろうとも当たれば危険なのには変わりなく、多様性が出るため今のほうが闘いづらい。

 

 今日は、こめかみを狙った回し蹴りからの踵落とし。あれにやられた。

 まさかあの速度で軌道修正ができるとは思わなかった。勝負は勝ったが、あの一瞬だけを見ると負けている。

 

 あの一撃、今でも鮮明に思い出せる。

 頭上を通り過ぎるはずの脚が、なぜか落ちてくるという意外な動き。脚を上げたために見える、勇儀の健康的な太腿。振り下ろすべく曲げられた足からできる(ひかがみ)の窪み。膕とは、膝の裏の部分のことである。

 

 あれに見とれている間に……じゃない、予想外の動きに硬直してる間に、頭にガツンと食らったのだ。思い出している今ならともかく、勝負中に見とれている余裕や暇などない。

 

 だがしかし、やはりあの格好で蹴り技を出すのはおかしいと思う。

 勇儀の下はスカートだ。見られていいものを穿いていようが、めくれて見えることが問題である。そもそも少し透けている時点でかなりおかしい。

 

「勇儀のその格好は、何かのこだわりでもあったりするのか? 無いなら次から勝負の時は、ズボンを穿いてくれると助かるんだが」

 

 勝負の後、地底に存在する勇儀の家にて。俺は腰を下ろした状態で、同じく正面に座っている勇儀にそう訊ねてみる。

 ちなみに後ろには、俺の九本の尻尾ですやすや寝ている紫苑がいる。勇儀との勝負中は危ないのでパルスィに預かってもらっていた。

 

「なんで?」

「スカートがひらひらして闘いづらいんだよ。最近蹴りが多いせいか、めくれて俺が集中できん。その、中はあまり簡単に見せるべきではないと思う」

「ちゃんと穿いてるし、見られて減るもんじゃないからいいと思うんだけど」

 

 減るんだよ、主に俺の集中力と正気度が。男の苦悩がいまいち分かってない勇儀に、俺は心の中でそう返す。逆に悶々とした感情は増えているかもしれない。

 

「これが一番動きやすいんだよね。邪魔な布が無いから全力で闘える。それに腕や脚に布があったら、激しく動かしたときに破れちゃうんだこれが。他の奴ならまだしも真とは本気で闘いたいから、やっぱりこの格好が一番かな」

「む……」

 

 そう言われてしまうと、俺から言うことは無くなってしまう。

 もともと勇儀と勝負するのは、勇儀が喜んでくれるからやっていたことだ。それに制限を与えてしまうようでは、楽しめなくなって意味がない。俺が我慢すればいいし、目を閉じて闘えるようになればいいだけある。

 分かったよ、と俺は言った。

 

「それよりさあ、頭は大丈夫だった? 痛かったよねえあれは」

 

 踵落としのことを覚えていたのか、勇儀が言う。

 痛かったのはそうだが、闘いをする以上相手に攻撃するのは当たり前。別に気になどしていない。それを言うなら俺のほうこそ、勇儀にたくさん攻撃している。

 

「よかったら私がさすろうか。当たったのはどの辺かな」

 

 勇儀が俺の額のところを見ながらそう言った。

 そこまでのものでもないのだが、痛い思いをしたのも事実である。ならば少しくらいおいしい思いもしてもいいだろう、と俺は軽い気持ちで頷いた。

 勇儀はいい笑顔で頷いた後、俺の頭をつかんで横に倒す。俺の頭が勇儀の太腿の上に乗せられる。まさかの膝枕。勇儀から。

 

「ここらへん? よしよし」

 

 俺を見下ろして、さするというか、頭を撫でてくる勇儀。勇儀にそんな意図などないのだろうが、子ども扱いされてるようで恥ずかしい。それ以外の要素に関してはなんというか、ごちそうさまですありがとう。

 目の前に勇儀の胸が服の中から主張しているのが見えて、スカート以外に上半身の格好も問題があったなと考える。

 

「勇儀、なにを」

「パルスィが、こうしたほうが真が喜ぶって。私もその、いつも闘ったりとかのお願いを聞いてもらってるわけだし、真が喜ぶならしたいなあって」

 

 もし嫌だったらやめるけど、と勇儀が不安そうに言う。

 嫌なわけがない。少し恥ずかしいだけだ。

 勇儀は宴会なんかでも俺に酒を飲ませるようなことはしないように、嫌がることは絶対にしない。そんな、俺の好きな勇儀の一面がここでも見られて、心が温かくなった感じがした。ああ、好きだ。

 

「じゃあ、もういいぞ」

 

 結局、五分ほどたっぷり堪能してから俺は言った。踵落としを食らった不幸を(いち)としたなら、今の行為の幸福度合いは百を軽く超えるだろう。貧乏神の、不幸にさせる力なんて大したことがないというのがよくわかる。

 

「次は俺の番だな」

 

 起き上がり、左手を勇儀の肩に置く。それが予想外の行動だったのかきょとんとしている勇儀を引き寄せる。

 

「わ、ちょっと!?」

「嫌ならやめよう。俺のほうは、パルスィに勇儀が喜ぶことを聞きそびれたからな。分からないんだ」

「嫌じゃないけど……」

 

 俺の左肩に、勇儀の頭がこてんと乗る。海岸で夕陽を見ながらだったら素敵な構図に思えるが、生憎ここは勇儀の家だ。後ろでは貧乏神が人の尻尾で寝息を立てている。

 

 俺は肩から手を離すと、その左手を勇儀の右手の上に置いた。手を開き、指を絡める。自分の手以外とやると変な感じ。

 そんなことを考えていると、勇儀が俺の顔を見つめていたので見つめ返した。

 

「……酔ってなくてもできるんだな」

「いつの話をしてんのさ」

 

 軽く手の甲をつねられる。

 妖怪基準では、さほど昔の話ではないと思うのだが。慣れるときには慣れるものだ。

 

「次は、あの子みたいに真の尻尾でもふもふしてもいいかな」

 

 紫苑を見ながら勇儀は言う。また膝枕してくれるならな、と俺は返した。

 次に来るときは、紫苑は留守番させるかどこかに預けてこよう。そう考えた。

 

 




 十月の頭には一つだけ投稿する予定だったのに、まさかこんなに投稿するとは思いませんでした。書けるものですね。皆さんが感想をくれたおかげです。

 今回はここまで。また投稿するかはわからないので、期待せずにお待ちください。


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