東方狐答録   作:佐藤秋

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UAが100万を越えました。そのうち99万ほどは自演ですが、あとの1万は皆様が増やしてくれたぶんです。自演に釣られてうっかりページを開いてしまったぶんです。
なんにせよめでたいので、話を1つ書きました。短いですがどうぞ。



第百五十二話 膝枕(藍)

 

「真、よければ耳掃除をしてやろうか?」

 

 夜遅く、迷い家での風呂上がり。藍の言葉に俺は耳を疑った。

 耳に垢が詰まっていて聞き間違いを疑ったなどではない。後はもう寝るだけだと思っていたから、まさか藍からそんな提案がなされるとは思わなかったのだ。もっと言うと、俺は長風呂をしてしまうタチだから、出る時間にはすでに全員眠っている時間だと思っていた。

 実際に藍以外の三人、紫と橙と、ついでに紫苑は、部屋ですでに眠りについている。風呂からの帰り道、寝息が聞こえていたから間違いない。

 

 正座の藍が、自分の膝をポンポンと叩きながら言っている。そこに頭を乗せてもいいのだという意思表示。

 そんな甘美な誘惑に男の俺が抗えるはずもなく、一瞬の逡巡の後に俺はこくりと頷いた。ああ、是非ともお願いしたい。

 

「了解。それじゃあ、ここに頭を乗せて」

 

 促されるまま、俺は藍の膝の上に頭を乗せる。尻尾とはまた一味違った柔らかさ。これがいわゆる膝枕というやつだ。

 見上げると、覗き込んでいる藍の顔がある。胸があるせいか体を曲げるのに窮屈そうで、これで耳掃除ができるのかなと俺は思った。できないのならできないで、俺は一向に構わないのだが。この絶景を脳裏に焼き付けるのも悪くない。

 

「さて、そろそろ横向きになってくれ」

 

 ひとたび俺の頭を撫でてから、満足した様子で藍が言った。名残惜しいが横になる。右頬に藍の腿の感触がして、これはこれでいい感じ。実際は布の感触なのだけど。

 

「ではいくぞ」

 

 いつの間にか手にしていた綿棒で、藍は俺の耳の掃除を始める。

 ゴソゴソと耳の内壁に綿棒が擦れる音。目を閉じてその音を聞いていると、まるでプリズムリバーの演奏を聴いているように心地よい。ただこちらはじっとしているだけなので、同時にもどかしくもあった。

 

「ところで藍、なんでまた今日はこんなことをしてくれるんだ? まあかなり嬉しいことなんだが、いきなりだったから驚いたぞ」

 

 手持ち無沙汰な両腕を互いの袖に突っ込んだ状態で俺は言う。黙ってこの時間を楽しみたいが、黙っているもの気恥ずかしかった。あらかじめこのことを知っていたら、覚悟を持つ時間が作れるぶん、もっと楽しめたように思う。

 

「なに、紫様から、外の世界の男にはこういう需要があると聞いてな。真が喜ぶならと思って機会をうかがってたんだ。実のところ、前々からしてやりたいと思っていた」

「そうなのか。うん、まあ、藍が思っている以上に喜んでるよ。平静にしゃべっているように見えるのは照れ隠しだ」

「ふふ、今は私しかいないから、遠慮しなくていいんだけどな」

 

 まったく、藍が心を読む能力を持っていなくて本当によかった。持っていたら、自重ということを忘れてしまうだろうから。

 どうせ心を読まれるのだからと開き直る性格の俺である。さとりに対しては遠慮が少なく、かなり迷惑をかけている自覚がある。

 

 右側の耳掃除はすでに終わりが近づいており、藍が耳の外側をマッサージしてくれている。藍の腿は相も変わらず柔らかく、右側と左側、どちらに意識を持っていけばいいのかわからない。

 

「終わったぞ。次は左を上にしてくれ」

「ああ」

 

 ごろんと、藍の膝の上で寝返りを打つ。なるほど、反対向きになることで、どちらの頬でも藍の膝が楽しめるわけか。人間の耳が左右にあるのは、こういう理由だからに違いない。

 

 右の耳と左の頬も十分に堪能したのち、お礼を言ってから起き上がる。さほど耳垢は取れなかったが、それは大した問題ではない。結果よりも過程が大事とはよく言ったものだ。

 

「なんだ、もういいのか?」

「名残惜しいが、恥ずかしさが勝るんでな。俺も男だ、されるよりもしたいという気持ちのほうが強いらしい」

「いつも真にしてもらっているから、今日こそ私がと思ったんだが」

「まあ、なんだ。藍に格好悪いところを見せたくない、俺の小さいプライドとでも思ってくれ」

 

 されて分かったが、俺には甘える才能が無いらしい。そういう欲は少なからずあるが、生きてきた年月と格好いい男への憧れが邪魔をする。どちらかというと甘えるよりも甘やかしたい。

 

「交代だ。次は藍が俺の膝に来い」

 

 ということで、今度は俺が自分の膝を叩いて藍に言う。藍のとは違い柔らかくはないが、魔理沙や紫苑のお気に入りの場所だ。まあ、よく座ってくるってだけなのだけど。

 

「結局こうなってしまったか」

「仕方ない。さすがに今日は唐突すぎた」

 

 寝転がった藍の帽子を脱がせ、耳の付け根を優しく撫でつつ俺は言う。椛のように尻尾は揺れないが、代わりに耳がぴくぴく動くので、うまくやれているのだろう。

 

「そもそも、無条件で藍から膝枕されるってことが納得できないんだ。やはりこう、相応のことをしなければ」

「誰にでも無条件でするわけないだろう。私がああいうことをする男は真だけだぞ?」

「なんにせよ、降って湧いた幸運をそのまま受け入れるのは難しいんだ、俺には」

 

 もっともそれは、幸運の種類にもよるけれど。

 分からないな、とでも言いたげな藍の顔。俺もどうしてこんな性格になってしまったのか分からない。

 

「だから次は、俺が妖怪の山の仕事で頑張ったときとか、忙しくて大変だったときにでもお願いしたい」

「そういうことか。よし、そのときが来たら遠慮せずに言ってくるといい」

「あとは、そうだな。俺と藍がなにかしら勝負して、勝ったご褒美としてしてもらうとか」

 

 例えば弾幕ごっこをする際に、あらかじめ勝ったらそうしてもらうと賭けておく。それなら、少なくとも今より気兼ねなく、藍に膝枕を頼めるはずだ。弾幕ごっこ以外でも、トランプなどのカードなどで勝負してもいい。

 

「それはいいな。その場合、私が勝ったら逆に真がお願いを聞いてくれるのだろう?」

 

 当然だ、と俺は答える。俺だけに賞品があるなど賭けになっていない。お互い本気でやるから、一層面白いというものだ。

 

「私が勝ったら、尻尾を全部出した時のような姿になってもらおう。そのうえで膝枕をしてあげたり、抱き枕になってもらうんだ」

「え、いや、それは」

「楽しみだなあ。さて、なにで勝負したものか」

 

 尻尾を全部出したときの俺は、子どものような姿になってしまう。そのぶん妖力は増えるけれど、あまり自分からなりたい姿とは到底言えない。

 予期せず、とんでもない約束をしてしまった。なにで勝負するかは未定だが、これは絶対に負けられない。もとより、気兼ねなく藍の膝枕を堪能したいので、負けるつもりはないのだけど。

 

 しかしながら、勝負に何か景品を付けるというアイディアはとてもいい。モチベーションが全然違う。

 地底では勇儀と勝負する機会が結構あるから、そちらでも提案してみよう。藍といる今こんなことを考えるのは失礼だとは思うのだが、勇儀の膝枕というのも魅力的だ。

 

 こんなことばかり考えて、二人に愛想を尽かされなければいいのだが。

 かつて二人が、俺の帰る場所になってくれると、そう言ってくれたときのこと。それを思い出しながら、俺はそんなことを考えた。

 

 


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