東方狐答録   作:佐藤秋

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第百四十四話 贈り物 妹紅視点

 

 戯れに博麗神社まで足を運ぶと、真がいた。霊夢がいるのは当然として、魔理沙もいる。神社なのにただのたまり場のように使われていて、これでいいのかと私は考える。

 もっとも今の私も、参拝客ではなくただの冷やかしか。そう思い直し霊夢たちに声を掛けようとしたら、なぜだか真に捕まって神社の奥まで引きずられていった。抵抗を始める時間も無い。

 いや、少しはしたが効果が無かった。さすが、やっぱり真は力が強い。

 

「まったく、なんて格好で出歩いてるんだ。直すからそのリボンを貸してみろ」

 

 真は、私のリボンが少しほつれているのを目ざとく見つけたようだった。先日輝夜と勝負したときにでも引っかけたのだろうか。私としてはそこまで気になるものでもなかったのだが。 

 

「いや別に」

「ん」

「私はこれくらいどうってこと」

「ん」

 

 真がしつこく手を出してくるものだから、私は根負けしてリボンを取る。

 改めて見てみると、思ったよりも損傷が激しい気もする。それでも、まだ結べることに変わりはないから、やっぱりそれほどでもないのだけれど。

 

 リボンを手渡す。それで、真はそれに満足そう。私の頭にぽんぽんと手を乗せると、神社の中へと行ってしまった。なんかしゃべれ。

 

「はは、やって来た瞬間に連れて行かれてたな。ちょっと面白かったぜ。やるな妹紅」

 

 改めて神社に戻ると、愉快そうに笑う魔理沙に出迎えられた。隣には霊夢。

 どうして私が真に連れて行かれたのかを教えようと思ったが、二人とも察しているようだった。

 この二人は観察力が高い。人間の身で、妖怪と弾幕ごっこで渡り合えるのも頷ける。まあ、リボンが無くなっているから気づく人は気づくか。

 

 三人でしばし雑談していたら、そのうち真が戻ってきた。片手には私のリボン。傍目にはあまり変わらないように見える。

 しかし受け取って見てみると、たしかに真に渡す前にあったほつれが消えていた。もうどこにあったのかも分からない。うまいもんだと私は思った。

 それで一応、心の中で感謝しつつ、リボンを付けた。真はなんだか満足そう。私の頭をまたぽんぽんと叩くと、この日はそのまま帰ってしまった。なんかしゃべれって。

 

 それにしても、直してすぐに帰るなんて、真は何のために神社に残っていたのだろう。もしかして用事があったのに、私がいたから少し残ったのだろうか。

 だとしたら。

 

「……ちっ、真め。私はいいって言ったのに」

 

 なにもこんなリボンに構わずに、さっさと用事を済ませに行けばいいのに。そう思って私は呟いた。

 

「タダで直ったんだからよかったじゃない」

 

 真の都合も考えずに霊夢が言う。お金の問題ではないんだが。まあ、霊夢はお金が好きなので仕方ない。

 というか、誰しもお金は大切だろう。生きるのに必要なものだから。

 ただ、私に限ってはそうではなかった。だからこういうセリフが出た。

 

「昔の真はもっと放任主義だった。私にしてくれたことといえば、生き方を教えてくれたことくらいだ」

 

 そう、真の旅についていき、私はそこで生きる術を学んでいた。だからさほどお金に対しての執着は持っていなかった。 

 

 だというのに。真のおかげで私は生き抜く力を持っているというのに。全く最近の真ときたら、過保護にもほどがある。少し恰好が乱れていただけだというのに。

 

「ボロボロだったけどね」

「半壊だったけどな」

 

 そしてなにより、そのことを少し嬉しく思ってしまっている自分が残念すぎる。

 それでいいのか自分。昔から真からは大切なものを沢山貰っていて、今もなお真によくしてもらって。

 

「……よし、こうなったら」

 

 今度は私が、真に返していく番だ。全部は無理でも、まずは何かを。

 霊夢と魔理沙に聞かれないよう、そう心の中で呟いた。

 前半少し考えが漏れてしまったが、肝心なことは口にしていないし、きっと二人には気づかれていないはず。

 

 

 

 二日経った。

 いろいろ考えたのだが結局は、何か贈り物をしようという結論に落ち着いた。

 私の持つ知識も技術もほとんどは真から教わったもので、私から真にあげられる知識も技術も無い以上、形あるものを贈るという結論になるのは必然だった。

 

 具体的に何を贈るかはまだ決まっていない。

 世間話という風を装って霊夢に相談してみたら、油揚げ、と即答された。食べ物は、霊夢がもらったら嬉しい物だろう。まあ真だってそれなりに喜ぶだろうが、私が贈りたいものはそうじゃない。

 

 私は真に、残る何かを渡したいのだ。

 真が教えてくれた知識や技術が私の中に残っているように、私も真に残るものを渡したい。

 我儘だろうか。しかし妥協はできない。

 

 何かいい発想は無いものか。考えて、考える。

 服、はなんか違うな、真はいつも同じ格好だし。

 腕時計、もいらないだろう、それに真には似合わなそう。

 櫛、はそれなりにいいと思ったが、真が尻尾を出す機会はかなり少ない。

 

 一人での考えに行き詰まり、気分転換に人里へ行く。

 時刻は、すでに夜になっていた。考え事をしていると時間はすぐに過ぎる。建設的なことを考えているときに限っての話だが。

 人里の店はほとんど閉まっていて、失敗したなと私は思った。売り物を見ながら歩けば、もしかしたらいい物と出会えたかもしれないのに。

 

 人の少ない道を歩いていると、慧音の寺子屋の前に着いた。中から光が漏れている。まだ中に人が残っているみたい。

 覗くと、案の定だが慧音がいた。中へ入って声を掛ける。

 

「慧音」

「む、妹紅。しまった、もうそんな時間になっていたか」

 

 慧音は寺子屋の仕事が残っていて、それでまだ残っていたらしかった。

 仕事が残るほどあるなんてすごい、と毎回思う。私がやってる、竹林の道案内の仕事なんて全然忙しくない。ついてきてと言って歩くだけ。仕事というか、奉仕活動(ボランティア)

 

「これ運べばいいの? 手伝うよ」

 

 だから、これもある意味奉仕活動(ボランティア)。私は慧音が持っている荷物を半分取る。

 

「助かる。ありがとう」

 

 慧音はそう言って頭を下げた後、もうちょっとで終わるから、ご飯はその後にしようと言った。私が食事の誘いに来たと思ったようだ。実際は違うが、それもいいか。

 

「でも私、今日は何も持ってきてないけど」

「それは都合がいいな。実は私も何も用意できていない」

「じゃあなにも無いんじゃん」

「だから、久しぶりに夜雀の屋台に行こう。新しい商品が増えたらしい」

 

 歴史さえも食べる食いしん坊な慧音が、わくわくという擬音を浮かび上がらせながら言う。

 と、いうことで、外食となった。だいたいは、どちらか一方の家で、もう一方がおかずを持ち寄って、という形なので珍しい。明日も寺子屋はあるから、慧音が飲みすぎないように見ておかなければ。

 

 屋台に着く。座ると同時に注文。過去に私はここの妖怪に視界を奪われたことがあり、そのため他の店より遠慮なく振る舞えた。客に気を使わせない店はいい店だ。

 慧音の言った新しいメニューは、おでんだった。これから来る暑い季節には合ってない。

 まあ、美味しいけどね、おでん。

 たけのこは入っていないみたい。

 

「ふむ、うまいな。味が染みてるのもあるが、今日は昼食を取る時間が無かったから」

「慧音も? 私もお昼食べてないからお腹ペコペコだったんだ」

 

 もっとも、空腹を自覚したのはさっきだが。考え事は空腹までも紛らわす。

 

「ダメだぞ妹紅、昼はしっかり取らなければ」

 

 子どもたちよ、これが棚にあげるという言葉の実例だ。私は心の寺子屋で、生徒たちへの授業をした。うまい。

 

「考え事をしててつい」

「まあ、そういうときもあるだろう。しかし食事を取ったほうが、考え事ははかどるんじゃないか」

「どうだろう。そうだ、参考までに慧音にも訊きたいんだが」

「聞こう」

「えーっとね」

 

 たまごを齧りつつ慧音に問う。霊夢にはうまく誤魔化しながら訊いたが、慧音には普通に訊いた。

 というか前日にリボンを直す姿を見られていなければ、霊夢にだって普通に訊けていたかもしれない。あのタイミングだから恥ずかしかった。

 

「なるほど、日ごろのお礼か。実に立派だな。いいと思う」

「だろ。だけど、何を渡したものか悩んでしまって」

「そういうのは何を贈るかじゃなくて、気持ちを込めて贈るのが大事だと思うぞ」

 

 実に寺子屋の先生らしい答えを慧音が言う。教育者としては正解でも、私の正解はそれじゃない。これなら霊夢の答えのほうがまだ具体的だ。

 

「なんだ、納得してない顔だな妹紅」

「そりゃだって、具体的な答えが欲しかったし」

「まあ、だろうな」

 

 だろうなって。

 思わず慧音の方を見た。慧音は気にせず大根を食べている。私は大混乱。

 

「でも、何を贈るかは妹紅自身で考えるべきだ。きっと、そのほうがずっといい」

 

 もしかして慧音は考えるのが面倒で、それでこんなことを言っているのではないか。と私は邪推してしまう。

 慧音に限ってそれは無いと思いたいが、今日は仕事が忙しくて疲れているだろうし、あり得る。

 私は唇を尖らせる。

 

「さんざん考えたうえでの相談だったんだけど。何をあげれば真が喜ぶかなんて分かんないし」

「そんなの私にだって分からない。だから考え方をこう変えるんだ。何をあげたら相手が一番喜ぶのかじゃなく、妹紅自身が何を一番あげたいのか」

「私が? そんなもの」

 

 思いつかない、と言おうとして、止めた。最初から、あげたい物の条件があったことを思い出したから。

 

「そんなもの……真がずっと使ってくれる物に決まってる」

 

 真が私にたくさん残してくれたように、私も真に、何か残すものを贈りたい。それは紛れもなく私があげたい物の条件で、紛れもない私の我儘だった。

 

「なるほど、いいな。ところで妹紅、さっきから全然食べてないじゃないか。話すのもいいけど、食べながら話そう」

 

 そう言って慧音が、私の皿の上に餅巾着を乗せた。餅が油揚げの中に入っている、真の好きなおでんの具だった。

 ちなみに私も結構好き。少なくとも、油揚げ単体で食べるよりかは。

 

「……ふむ、単体、ね」

「どうした? 妹紅」

「慧音。私、思いついたかも」

「ほう。それはよかった」

「ありがとね」

 

 食べた餅巾着は、程よく味が染みていた。

 

 

 

 -・-・-・-・-・-・-・-・-・-

 

 

 

「……へぇ~。それで、次の日にはプレゼントしちゃったわけだ。他の選択肢はもう考えずに」

「う、うるさいぞ輝夜! 思い立ったが吉日って言うだろ! それにその……そのときはそれが一番いいと思ってたんだ」

「妹紅はセンスがおばあちゃんね。髪がもう真っ白だから仕方ないけど。それにしても、巾着て」

「い、いいだろ巾着。財布とか小物が入れられる」

「真には変化の術があるし、荷物入れには困ってなさそうよね」

 

 仕事のついでに永遠亭に寄ってみたら、輝夜がいた。まあこいつは引きこもりだから基本的にいるわけだが。友達もいないだろうし、私から会いに来てやってる部分がある。

 

 先日、私は真に巾着を渡した。薄紫色の小さめの巾着だ。もちろん、今までのお返しとして考えた贈り物。

 渡すときには、なぜだかとても緊張した。用意したときには渡すのが楽しみだったのに不思議な話だ。いやあれは、神社にいないかもと思ってたら急に現れた真のせいでもある。

 

 それで、急に恥ずかしさを覚えた私は、真に巾着を渡したら逃げるように帰ってしまった。何してるんだと思うが、あのときは恥ずかしさで死ぬかと思った。まったく、あやうく初めてリザレクションするところ。

 ちなみに今も後悔で死にそう。渡すときの、あれはない。あげるの一言も言えてない。真からすれば何が何だかわからない。

 

 誰かに話して心の整理をしたかったのだろう。一時の気の迷いでそのことを輝夜に話したら、見事に駄目出しをされた。やめろ輝夜、それ以上いけない。私のライフはもうゼロだ。

 

 とはいえ輝夜の言葉に言い返しているうちに調子が出てきた。心持ちなんてそんなものだ。次回から、気分が落ちたらまた輝夜を使おう。輝夜療法と命名する。

 

 調子を取り戻したのちは、結局いつも通りなにかしらで勝負することに。本日の内容は投扇興(とうせんきょう)。扇子を投げて綺麗な形を目指す、ある意味弾幕ごっこに似てるやつ。

 勝負していたら、兎が来た。二足歩行の、大きい方。真の膝の上に無遠慮に乗ったりしない方。名前が長ったらしい方。うどん。

 

「何か用?」

「お二人とも、仲がよろしいのはいいですけど、もう少し声は小さめに。お客さんも来てますので」

 

 声が大きかったのは輝夜の方だ。私は関係ないなと聞き流す。高得点ができても、私ははしゃいだりはしない。ちょっとしか。

 

「はいはい。ちなみにお客って誰?」

「真さんです」

「行くわよ妹紅!」

 

 輝夜が立ち上がって走り出したので、慌てて私もついていく。勝負をうやむやにする気か輝夜。私も気になるからいいけれど。

 後ろから鈴仙の声がする。多分輝夜まで聞こえてない。

 

「輝夜。真は永琳と話し中だから邪魔するなって」

「覗くだけよ、邪魔はしないわ」

 

 診察室の前まで来て、立ち止まった。少しだけ襖を開けて、輝夜は宣言通り覗きはじめる。私も便乗。真がいる。

 

「……で、真は自慢するだけのために来たわけ?」

「そうだが、駄目なのか?」

「いいえ、別に」

「まあ、一番の目的はそれだったが、薬も貰いに来た。トローチを貰おう」

「まいどあり」

 

 病気にならないはずの真だが、なぜか薬を買っている。何の薬かと思っていると、輝夜が教えてくれた。どうやらあれはのど飴らしい。

 

「いくらだ?」

 

 財布を取り出して真は言う。

 ドクンッと、不意に心臓が大きく跳ねた。真が、私のあげた巾着を使っていたから。

 あげたのだと、あの真に伝わっていたことにも驚いた。

 

「わあ……ほんとに真に巾着あげたんだ」

 

 うるさいぞ輝夜、少し黙れ。私に感動にひたらせろ。

 

「でも結構似合ってるわね。色のせいかしら。いいものを選んだわね」

 

 いいぞ輝夜、もっと言え。

 

「へへ、いいだろこれ。妹紅がくれたんだ」

「さっきも聞いたわよ」

「何度も言いたいんだよ。あー、嬉しいなあ。後で天魔や霖之助にも自慢しに行こう」

「まるで新しい傘を買って、雨の日を心待ちにしてる子どもみたい」

「誰が子どもだ。でも今の俺は機嫌がいいから許す」

 

 真が無邪気に微笑んでいる。

 あんなので喜べるなんて、真が単純な奴でよかった。私も微笑んだ。 

 

「妹紅が巾着をくれた日だから、来年からこの日は記念日だな。巾着記念日」

 

 それにしても、ちょっと喜びすぎだと思う。なんだか照れ臭い。

 喜んでくれた嬉しさと妙な恥ずかしさが混ざって、私はまた死にそうになった。

 そのときは耐えたけど、この後見つかって、感謝されながら抱きしめられたときは駄目だった。死んだ。

 リザレクションが発動するまで四半刻くらいかかりそう。

 





明日は魔理沙視点を投稿しますけど、この話が思いのほか楽しく書けて満足したので、そっちはもう読まなくていいです。それではまた来週。

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