東方狐答録   作:佐藤秋

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久しぶりの投稿。思いついたので書きました。父の日は意識してないです。



第百四十三話 贈り物 霊夢視点

 

「できたぞ妹紅。これでみっともなくないだろう」

 

 真が妹紅に、紅白の布のようなものを渡す。私の服と同じ紅白。

 布の正体は、妹紅がいつも髪につけているリボンだった。お揃いだ。

 

 妹紅は服装に無頓着なところがある。この日もそう。

 いつもと同じ赤い袴に、いつもと同じ白い服。そのうえ今日は、頭のリボンがボロボロだった。無頓着にもほどがある。

 

 整った顔をしているのに、もったいないなと私は思う。もっとかわいい格好があるだろうに。

 どうやらそう思ったのは私だけではなかったようで、妹紅は神社に訪れてそうそう、真の手で裏まで引きずられていった。おそらくは、直すからリボンを貸してみろ、みたいなやりとりをしているのだろう。引きずっていく意味はあまりない。

 

 リボンを取られた妹紅が一人で戻ってくる。魔理沙を加えて三人で雑談していると、やがて真も戻ってきて、冒頭の台詞に繋がるというわけだ。

 

 

 

「……ちっ、真め。私はいいって言ったのに」

 

 真が去るのを見送った後に、妹紅がこんな悪態をつく。

 唇を尖らせ、あたかも余計なお世話に不満を抱いている様子の妹紅。だがその直後に口元が緩むのを私は見逃さなかった。素直じゃないなと私は思う。

 

「タダで直ったんだからよかったじゃない。買い直してもお金がかかるし」

「私は別にさっきの状態でも気にしないんだけどなあ」

「それにしても真の奴、裁縫もできるのか。どこが破れてたのかもう分かんないぜ」

「ちょ、魔理沙。いきなり触られるとびっくりするから」

 

 私と魔理沙で妹紅を挟んで縁側に座り、三人でお茶。魔理沙はいつも神社に来るが、妹紅が遊びに来るのは珍しい。

 妹紅にはいいお茶を、魔理沙には出涸らしを出す。やだ、結構な頻度でご飯をたかってくる魔理沙を未だにもてなしてあげる私、優しすぎ。

 

 ちなみに真だが、真はもう博麗神社には住んでいないので、用事が無くなると帰ってしまうことが多い。今日はもう帰ってしまった。まるで妹紅のリボンを直すためだけに神社に来ていたみたいだった。

 

「だいたい、真は過保護すぎるんだ。口うるさいと言い換えてもいい。昔はそうでもなかったのに、最近では小さいことをいちいちいちいち……」

 

 確かに真は月から戻ってきてから、華仙・映姫化していると思う。心配しているという(てい)でのお小言が多い。

 もっと暖かい格好をしないと体に悪いとか、ぼーっとしてると怪我をするとか。

 そのことを、私だけでなく妹紅も感じているようだった。

 

「そうか? 真は昔から口うるさかったけどな。パチュリーの本をちゃんと返せとか」

「それは魔理沙に常識が欠けてるからだろ。違うんだよ。昔の真はもっと放任主義だった。私にしてくれたことといえば、生き方を教えてくれたことくらいだ」

 

 くらいと言うには大きすぎないかと私は思った。少なくとも今の私には、生き方を教えるなんてできそうにない。

 きっと昔には、妹紅だってできなかったに違いない。今の妹紅にはできるのだろうが、あくまで今だ。何百年も生きてきたせいで、妹紅は昔のことを忘れてしまったのだろう。

 

「それが今や、リボンが少しほつれているくらいで直される始末」

「ボロボロだったけどね」

「半壊だったけどな」

「くそ。過保護はこれだから困る。何も返せないままに真から与えられるものが増えていく」

 

 もはや私たちと話しているのか、独り言を言っているのか分からない妹紅。突っ込みをスルーされたのでおそらく後者。仕方がないので私と魔理沙は、用意してあるお茶をズズッとすする。

 

「……よし、こうなったら」

 

 妹紅が誰に言うでもなくそう呟くのを、私と魔理沙は聞き逃さなかった。

 

 

 

 翌日。

 多分妹紅は、真に贈り物をするつもりなのではないか。昨日の会話の流れと呟きから、私と魔理沙はそう推理した。今までお世話になった感謝の気持ちというやつだ。

 妹紅もなかなか粋なことを考えるなと、今日もまた神社まで遊びに来た魔理沙と話した。なら私も、真に何かしらあげようかしら、とも。魔理沙もそれに便乗してきた。

 

 魔理沙の話に適当に相槌を打ちながら何を渡そうかと考えていると、妹紅が来た。やはり真に贈り物をするようで、私たちに相談しに来たようだった。もっとも本人は、贈り物をすることは内緒にしたいみたいだったが。

 

「あのさあ。真って何をもらったら喜ぶかな。いや別に、私が真に何かあげようとかそういうのじゃなくて、単なる世間話なんだけど」

「油揚げ」

 

 私は即答した。

 貰って嬉しいものと言えば、美味しい食べ物だと相場は決まっている。美味しい食べ物を食べると幸せな気分になるからだ。豊かな食事は豊かな人生の第一歩である。

 それに私は、魔理沙よりも早苗よりも咲夜よりも、常識人だという自負がある。対戦相手が弱すぎることは否めない。特に早苗。

 私といい勝負なのは阿求あたりだろうか。

 

 ともかく一番の常識人である私が貰って嬉しいものが食べ物であるので、それが一番の選択に決まっているのだ。真の大好物と言えば、藍と同じく油揚げ。つまり真がもらって喜ぶものと言えば、必然的にこれである。

 

「そっかあ……うん、ありがとな」

 

 しかし妹紅の理想の答えではなかったようで、形式的なお礼を言われただけだった。まあ、言われないよりはずっといい。

 それに、妹紅がアドバイスに従わないなら従わないで、私にとっては都合がよかった。そのときは、私が渡すだけだから。

 さすがに同じ贈り物をするのはつまらない。私が先に渡してしまったときなんかには、妹紅と喧嘩してしまうかもしれない。それは嫌だ。

 

「アンタは、真に何をあげるか決めた?」

 

 私は魔理沙に訊いてみた。

 

「内緒だぜ」

「ふーん」

 

 まあ、どうせきのこだろう。だって魔理沙だし。

 仮に違って私と被っても、魔理沙とは喧嘩にはならないだろう。そう思った。

 

 

 

 さらに翌日、真に贈る油揚げを用意する。最初は、自分で手作りしようかなと思ったが、やめた。所詮素人、専門家が作る物には勝るわけもない。

 気持ちを込めるために手作りするのは自己満足。美味しいものを用意することこそ気持ちを込めるということだろう。

 

 人里には豆腐屋が何軒かあるが、その中でも藍が薦める店にいく。なんでも、より良い質を求める向上心が気に入ったらしい。それはいい。お店とはこうあるべきだと思う。

 実のところ私も何度か足を運んだこともあって、店の主人とは顔見知りだった。藍のお使いかと訊かれたので違うと答えた。いつの話だ。

 

 ここのお店のすごいところは、油揚げの注文にも個別で対応できるところだ。藍が何度も来たせいでそういうお店になったのだろう、と私は勝手に思っている。きっといろいろ注文を付けたのだろう。

 新作があるときなんかは向こうから声を掛けてくるというのは藍の談。

 

 せっかくなので私も特別な注文をしたいのだが、どういったものを頼めばいいか分からない。

 悩んでいたら店主からの助け舟が来た。なんでも表面に簡単な模様なら描けるとのこと。それはすごい。味に違いを求めているわけでもない私にはありがたい。

 陰陽玉か、狐の尻尾にするか。最後まで迷ったが、後者にした。

 

 後日になり、例の油揚げを受け取りに行く。五つ入りで500文。高いけど、多分安い。

 受け取るときに、藍によろしくと店主から言われた。これを渡すのは藍にではない。

 

 神社に戻り、ひと仕事終えた私はお茶を飲んで一服する。今日は魔理沙も来ていないし、針妙丸(しんみょうまる)もいない。萃香は寝ている。静かな日だ。

 お茶を飲みながら私は、真にいつ油揚げをご馳走しようか考える。食べ物だし、早めに渡したほうがいいのだが、妹紅より先に渡してしまうのもどうだろう。最初に渡す権利は妹紅にあると思う。

 

 まあ、いいか。さっさと渡してしまおう。用意した油揚げを見て私は考えた。

 こうして見てみるとあまり贈り物っぽくないが、日ごろの感謝を伝えるのだから、これくらいでちょうどいい。かしこまって渡すわけでも無し。それ故に、妹紅が二番煎じになるわけでも無し。

 今日明日にでも真は神社に来るだろうから、そのときに渡して、一緒に食べよう。真が望むならそれを使った料理を私が作ってもいい。

 そのときは何の料理を作ろうか。それを考えていると、外から誰かが来る気配がした。参拝客なら嬉しいのだが、きっと真だろう。間違いない。

 

 参拝客である可能性も考えこっそり外を見て見ると、やはり真だった。それだけではない、妹紅もいる。一緒に来たのではなく、同時に到着した様子だった。

 妹紅は真に何かを渡したら、そのまま走って去っていった。きっと、いや、絶対、用意した贈り物を渡したのだろう。相当恥ずかしかったと見える。まあ、恥ずかしいときに叫びだしたり逃げたしたくなる気持ちはよく分かる。かつて私もしたことがあった。

 

 真は真で、妹紅が逃げた理由が分からず立ち尽くしている。ほんとにもうこのドン狐は。頭がいいのに察しは悪い。

 ぽかんとしている真の元へ私は行った。

 

「いらっしゃい真。どうしたの」

「霊夢。いや、さっきまで妹紅もいたんだけどな。これを俺に押し付けるなり帰ってしまった」

 

 頭を掻きつつ、妹紅からの贈り物を真が見せる。真には頭を掻く癖がある。多分私しか知らない真の癖。

 

 妹紅はああ見えてかなり長生きしているからか、意外と渋いものを選んでいた。でも、真には不思議と似合う気がする。いいと思う。

 

「大事なものだから預かっておけってことだろうか。中身は何も無いんだが」

「それ、多分この前のリボンのお返しだと思うわよ?」

「お返し? なるほど、お返しか。別に俺はいいんだけどなあ」

 

 まいったなあと真は言う。が、口元が綻ぶのを隠せていない。

 まったく、妹紅と同じ反応をしている。つまるところ、相当お気に召した様子だった。

 

「それで、これは私から。後で一緒に食べましょ」

「霊夢も? なんだ悪いな……ってこれは、油揚げか?」

「そうよ。好きでしょ?」

「ああ。いや、一緒に食べるっつーから菓子の類かと」

「真のために準備したんだから、真の好きなものに決まってるじゃない」

 

 気兼ねなく渡せて満足した私は、真を連れて神社に戻る。真は内心でとても喜んでいたのか、なかなか動かなかった。仕方がないから私が服を引っ張っていった。

 

 神社に入る。真のぶんのお茶を用意。台所から戻ると、真は部屋の中ではなく縁側のほうに座っている。

 

「せっかく霊夢がくれたんだしな。早速だがもう食べてしまおう」

 

 真がいそいそと準備を始める。私が何かをする必要はないらしい。

 真は変化の術で七輪を作り出すと、狐火で炭を温め始める。なるほど縁側に座ったのは、七輪の煙を逃がすためか。

 

「なんだかんだ、こうして食うのが一番美味いんだ」

 

 無邪気な顔をして真は言った。真には真の、食べ方の好みがあるようだ。

 知らなかった。もしかすると藍にもあるのかもしれない。狐だし。

 

 真はまず二つ、油揚げを取り出して七輪の上に載せている。このときに尻尾の模様に気づいたようで、小さく感嘆の声をあげていた。見えないはずの真の尻尾が小さく揺れた気がした。触りたい。

 

「俺は醤油で食べるが、霊夢はどうする?」

「なんでもいいわ」

 

 私は答えて、真の隣に座った。

 真を見る。真は自分が作り出した箸で、七輪の上にある油揚げをつついている。炭は全然温まってなくて、できるのには時間がかかりそう。

 何をして待とうか考えて、私は真の膝の上に頭を乗せた。これが案外心地よい。日なたでのんびりお茶を飲む行為にも、勝るとも劣らない心地よさだ。

 

 真はこれといった反応を見せずに、油揚げを焼き続けている。動きの阻害さえしなければ、真はこういうことをしても気にしない人だと最近気づいた。昔から、例えば本を読んでいるときに魔理沙が膝に座っても構わず読み続けていたのだから、考えてみたら当たり前だった。

 

「あ、そうだ」

 

 動きを止めて、真が言う。

 

「まだ礼を言ってなかったな。霊夢、ありがとう」

 

 私の頭に、真の大きい手のひらがポンと置かれる。

 

「どういたしまして。妹紅にも後でちゃんと言っておくのよ」

「当然だな」

 

 くつくつと真が笑うのを肌で感じつつ、私は目を閉じた。少し硬い膝の感触と、優しく触れる真の手のひらの感触。それと暖かい匂いが心地よくて、眠たくなった。この衝動には逆らえない。

 おやすみなさい。心の中で小さく呟く。

 ああ、お休み、と真が言葉を返した気がした。

 

 





明日は妹紅視点。

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