東方狐答録   作:佐藤秋

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 何も考えずに書いたら、内容も何もない話ができました。




第百三十九話 お燐と

 

 地底に来た。理由は、まぁなんだ、気分転換。博麗神社のお賽銭に45円ほど入れようとしたら紫に怒られてしまった。多すぎどころの話じゃない! と。

 外の世界では割とよくある金額なんだけどな。始終ご縁(四十五円)がありますという意味の。しかし幻想郷では多すぎたようだ。

 

 怒られながら、紫も俺に対して怒るようになったかと成長を喜び、そして小さいころの紫を思い出す。今もかわいいが、小さい紫もかわいかった。そんなことを考えていたら思わず紫を両脇の下から持ち上げてしまい、なおさら怒られた。高い高いくらいいくつになってもさせてくれてもいいだろうに。いや、タイミングが悪かったのか。

 

 ほとぼりが冷めるまで地底に来たわけだが、もともと俺は少し前から、結構な周期で地底に足を運んでいる。それなりに顔を合わせたほうがいいと思ってのことだ。なにより、俺も会いたい。そう思う大切な相手がいる。

 本当は毎日会えたらと思うのだが、それだと俺の身体がもたない。肉体的にも体力的にも。男らしくないのは自覚している。でも、無理なものは無理だ。

 

 今日訪れたのは昼間だったので、戦闘での勝負だった。結果は俺の勝ち。最近は小細工を使わずに渡り合えるようになってきた気がする。それに男が力で負けるわけにはいかない。

 それでもそこそこやられたので体が痛い。温泉に入って帰ろう。そう思い地霊殿へと俺は向かった。

 

 地霊殿に着く。建物内に入ると、猫姿のお燐に迎えられた。

 多分さとりは読書の時間、お空は地下での仕事の時間。お燐も暇だったのだろう、すりすりと俺の脚に体を擦りつけてくる。

 

「ようお燐」

 

 少し屈んで手を差し伸べると、お燐は器用に俺の肩まで登ってきた。動物使いにでもなった気分。お燐以外でこうしてくれる動物は多分いない。

 

「温泉に入りに来たんだが」

「にゃー」

「ああ沸いてるか。一緒に入るか?」

「にゃー」

 

 お燐もそう言ってくれているし、せっかくなので一緒に温泉に入ることにした。

 橙とは違い、こちらの黒猫は風呂に入ることに抵抗は少ない。住んでいる環境の違いだろうか。藍も毎日大変だと思う。毎日風呂に入ってるかは知らないけど。

 

 お燐を肩に乗せて温泉へ。術を使って着ている服をタオルに変化。

 中に入ると、視界を塞がない程度に湯気が立っている。今日も地霊殿の温泉は調子がいい。

 

 お燐を下ろす。湯船に入る前に身体を洗っておくのはマナーだ。今回も当然そうする。

 まずはお燐の背中を洗う。自分の身体は後回し。お燐は猫の姿だと自分で洗えない。

 撫でるときは毛並みに沿って行うが、洗うときは泡が立つよう毛並みに逆らいガシガシと洗う。意外と嫌がらないもので、まぁ大人しいとこちらも助かる。

 ただ、顔が濡れると嫌がるので、そこは注意が必要。そういう部分は橙と同じだ。

 

 背中が泡だらけになると、今度はお燐はお腹をこちらに向けてきた。今日はお腹側も洗わせてくれるらしい。なんだこの綺麗好きの猫は。これでもかというくらい念入りに洗っておく。

 

 泡を流して湯船に入る。肩まで浸かったところで、あ"ー、と変な声が出た。

 

「にゃー」

 

 なにその声とお燐は言うが、男はみんな歳を取るとこうなるのだ。お燐もおじさんになってみれば分かる。年齢的には、おじさんどころか、おじいさんと言われてもまだ若すぎるほどの歳だけど。

 

 お燐だが、あの猫は湯船ではなくお湯の張った桶の中に入っている。毛が抜けるだろうしいい配慮だと俺は思った。その桶がプカプカ俺の横に浮いている。

 桶を引き寄せて桶ごとお燐を腕に抱く。桶のせいで固い。だがまぁ、顔を近付けると、お燐が鼻を合わせてきたので癒された。

 動物は、犬派と猫派、どちらでもなく俺はお燐派に属している。動物妖怪の場合は、犬派だったり猫派だったり烏派だったり色々だ。狐は殿堂入り。

 

 お燐が浴槽から出て、体をブンブンと振って水気を飛ばす。それを確認してから俺も出る。狐火で熱風を作り出して簡易ドライヤー、それでお燐の全身を乾かした。同時にタオルでも拭いていく。

 自分の髪を拭くのは面倒なのに、どうしてお燐の体を拭くのは楽しいのか。謎は尽きないが、楽しいのだからいいとする。

 自分の髪なんて放っておけば乾く。男だし、女性に比べれば髪も短い。

 

 外に出ると、火照った体が涼しい空気に包まれる。体から湯気が立っている。気持ちいい。

 風呂に入るのはこのためだというのが理由の半分だ。もう半分は湯船につかるのが気持ちいいから。体を綺麗にするなんていう目的は持っていない。

 

 猫のお燐を首に巻いてさとりを探す。一言挨拶だけしてから帰ろう。そう考えた。

 

 書斎に行く。さとりはいない。

 みんなでおやつを食べる部屋に行く。ここにもいない。

 もしかしてお空のいる地下だろうかと考えながら次の部屋を空けたら、そこにいた。大きい机とソファーがある、みんなで遊ぶ部屋だった。

 

 部屋の中にはさとり以外に子どもが四人いた。こいしとぬえ、それにフランと小傘の計四人だ。さとりを含め、全員見た目は子どもである。

 ぬえは、俺が外の世界でうだうだやっている間に外の世界に行っていたようだが、最近帰ってきたようだ。俺を探しにという名目だったが、俺とは別の動物妖怪と出会って一緒に幻想郷に来たらしい。なんか遺憾。

 そんな誰とも仲良くなれるぬえは、小傘とは地上で仲良くなったし、こいしとは地底時代の友達である。そしてこいしもこっそりと地上に遊びに行っているらしく、フランとはそこで仲良くなったようだ。

 この四人のつながりはそんなところだろう。友達の友達ともすぐに友達になれる。子どもはすぐに仲良くなれるからすごい。

 

 四人とさとりはテーブルに着いて、なにやら遊んでいる様子。さとりは役割が違うのか、一人だけサイコロが手元にある。審判とかゲームマスター的な立ち位置なのだろう。遊ぶ四人をまとめているというわけだ。

 フランとこいしは俺とお燐に気付き、大きく手を振ってくる。ぬえと小傘も気付くがすぐに遊びの作業に戻った。それだけ夢中になっていると見える。さとりはそんなぬえたちの反応を見て楽しそうに笑っている。

 

 フランとこいしに、遊びに戻ったらどうだと無音のジェスチャーをしてから、改めてどういう遊びをしているのか観察してみる。長年生きていろんな遊びを知っている俺であるが、知らないゲームだった。しかも結構複雑そう。飛び入り参加はできそうにない。

 

「食らえ! わちきの必殺剣技、『雨粒一閃』! とうっ! ……って、うわわ」

 

 ゲームに夢中になりすぎだ小傘が、ソファーの上でバランスを崩し腰を抜かしている。座っているのに暴れるのは危ない。

 すぐ近くにいたということもあり、座りなおさせようと俺は小傘の両脇に手を入れる。引っ張ると、予想以上に軽かった。ちゃんと食事はできているのだろうか。

 

「な、なに、真さん」

 

 せっかくなのでそのまま抱え上げてみた。やはり軽い。急に足元が浮いた小傘は、慌てて俺にしがみついてくる。

 

 最近の小傘は早苗とも仲が良いらしい。俺が幻想郷にいない三年という短い間に、色んな所で交友関係が広がっている。いや、早苗と小傘は最初から相性がよかったな。大事な食糧源でもあるし。

 

 二、三度頭を撫でてから、小傘をソファーに戻そうとする。するとなぜだかぎょっとして固まる小傘。

 どうやらフラン、ぬえ、こいしの三人が、その一連の動作をじーっと見ていたようだ。しまった、中断させてしまったか。

 

「小傘、処刑!」

「抜け駆けしようとする反逆者には死の罰を!」

「真はお姉ちゃんのだから取っちゃダメっ」

 

 三人が銃を発射するような擬音を口にして小傘を撃つ。なんでもそういう遊びらしい。ゲーム内での小傘は無惨にも殺されてしまったようだ。時に子どもは、残酷なことを平気でする。

 このまま俺が残っても小傘がいじられるだけなので、もう退室するとしよう。俺はさとりに一言声を掛けてから部屋を出た。

 

「じゃあさとり、また来る」

「ええ。今度は誰かさんに会うついでとかではなく、直接来てほしいものですね」

 

 はて、なんのことやら。

 

 地上へ繋がる穴へと向かう。

 地上へ繋がる穴は二か所ある。それぞれ、妖怪の山に繋がる穴と、博麗神社に繋がる穴だ。ここからだと後者が近い。

 

「にゃあ」

「あ」

 

 しまった。お燐を首に巻いたままだったのを忘れていた。どうしよう。もうすぐ地上に着くのだけど。

 少し考える。別にいいかという結論に達する。いまさら戻るのも面倒だ。そして恥ずかしい。

 

「霊夢、来たよ」

「今日は二度目ね」

 

 地上に出ると霊夢がいた。言葉を交わして、抱きしめる。

 一秒、二秒。もう少し。長く抱きしめすぎると噛まれるので注意がいる。

 

「ねえ、この猫、もしかしてお燐?」

「ああ、そうだ」

「そういうことは早く言いなさい」

 

 噛まれた。首筋が痛い。

 たまにフランにも噛まれるが、霊夢はそれに比べると遠慮が無い。いったい誰に似たんだろう。

 

「お燐、今のは真からしてきたんだからね。あまり他の人に話しちゃ駄目よ」

 

 俺の首から飛び降りたお燐に霊夢が話しかけている。

 動物に話しかけるなんて、霊夢はかわいいことをするなぁ。思わず頬が緩んでしまいそう。

 願わくば、霊夢はずっとこのまま純粋なままでいてほしい。このままでいてほしい、なんて俺が言えた義理ではないのだけど。

 

「お燐、おいで。お煎餅があるの、一緒に食べましょう」

「にゃー」

「霊夢、俺のぶんは」

「お燐にあげるから無いわ」

 

 俺は妖怪なのだから生活習慣病にはならないのだけど。霊夢は心配性である。そんなところも愛おしい。

 霊夢に無駄な心配をかけまいと、これまで以上に規則正しい生活をしていこうと決意する。

 

「ほら、お茶くらいは淹れてあげるから、真も来なさい」

 

 立ち止まってそう言う霊夢に、俺は歩み寄りながら返事した。抱きしめたいと思ったが我慢した。一度噛まれると、時間を置かなければ霊夢は絶対に抱きしめさせてくれない。

 

「にゃー」

 

 お燐に着物の裾を噛んで引っ張られながら、俺は神社の中にお邪魔した。

 

 





 時系列的にはマミゾウに会う前になるんじゃないかと思ってるんですけど知らないです。

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