東方狐答録   作:佐藤秋

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 『幻想入りする前にもっとキャラ登場させられたんじゃないの? マミゾウとか』という意見を過去にいただいたんですが、この話を考えていたのでマミゾウの登場は今まで無かったんです。




第百三十八話 二ッ岩マミゾウ

 

 夜。それは妖怪の力が活発になる時間帯。まぁ俺はあんまり力が(みなぎ)る実感は無いのだけれどそれはさておき、そんな妖怪たちをターゲットにしてか、真夜中にやっている店がある。ミスティアの屋台のことである。

 

 俺は酒をあまり飲まない。しかし長めの周期ではあるものの、飲みたくなる日というものは存在する。

 気分が昂って眠れないときや、嫌なことがあったとき。久しぶりに酔いたいと思ったときなど、理由なんてのは様々だ。

 今日は二番目の理由だった。霊夢に鬱陶しいと言われたのだ。とある理由により霊夢の身をやけに心配するようになったのだが、今日はやりすぎてしまったようである。さすがに早苗たち友達が遊びに来ているときに構うのは邪魔だったようだ。

 

 こんな日は、ヤケ酒に限る。酔えば少しは気分が晴れよう。次の日になれば霊夢もいつも通りになってるだろうとも考えた。

 

 ミスティアの屋台に着く。人里の近くだ。先ほど妖怪たちをターゲットにしているといったが、違った。こんなところでやっているのだから、人間にも来てほしいのかもしれない。

 

 中を覗くと先客がいた。一人で静かに飲むつもりだったがまぁいい。宴会のように大勢で飲むならまだしも、この屋台でなら騒がしくなることもそうあるまい。

 先客も一人のようだった。金色に煌めく九本の尻尾が見える。彼女はその尻尾を邪魔にならぬよう店外に出しながら、この屋台の名物である雀酒を飲んでいる。

 

「やあ真、奇遇だな」

「ああ。悪いな、隣失礼するよ」

 

 椅子に座り、挨拶もそこそこ、ミスティアに「いつもの」と言って注文する。それで伝わるほど通い詰めているわけではない。頼める品が一つしかないからそういう注文になってしまうだけだ。

 

「真はこの屋台にはよく来てたのか?」

「いや、数回程度だ。他の連中がどれほど来てるか知らないから、多いほうなのかは分からないな」

「そうか。私は慧音に教えてもらった」

 

 コトン、とまずは酒だけが目の前に置かれる。

 まだ口は付けない。腹に何もないのに酒から飲んでしまうと酔いが早く回ってしまう。だから別の物を先に腹へ入れておきたいと考えた。

 八目鰻が出てくるのを待つ。

 

「初めて来たが、いい場所だなここは。酒も、料理の味もいいし、なにより真に会えた。紫様や橙にも内緒で来たんだが正解だったな」

「そうかい」

 

 スンスンと鼻を動かすと、八目鰻が焼けるいい匂いがした。塗ってあるタレがいいのだろうか。

 作り方を覚えて霊夢にふるまってあげたいし、霊夢とここに食べに来てもいいなと思う。だが、夜になるからやめたほうがいいか。子どもは寝ている時間である。

 

「ふう、暑い。気を抜いていたせいか、少し飲みすぎてしまったようだ……」

 

 どうやらこの先客は、俺が来る結構前から飲んでいたようだ。頬が赤い。

 被っていた帽子を脱いで、狐の耳が露わになる。そして襟元を何度か開いて熱を追い出し、反対側の手では自身を扇いで風を送った。

 暑いと言っているだけのことはある。俺にとってはちょうどいいくらいの気温なのだが。

 

「……なぁ、真……」

 

 膝、いや太股あたりに手を乗せられる。魔理沙とかをここに座らせることは結構あるのだが、触られると結構くすぐったい。

 

「……今日の私は酔って大胆になっているのかもしれない」

 

 まぁ、酔うとは得てしてそんなものだしなと俺は思う。俺にも経験があるためか、あまり人にも強くは言えない。

 だが腕が腰回りに巻き付いてきたので、仕方なく俺は言うことにした。よし、言おう。

 

「おい、あまり知らないヤツにベタベタされるのは苦手なんだが」

「なっ……」

 

 予想外のことでも言われたのか、小さく声をあげ動きが止まった。俺は続けて言う。

 

「お前は誰だ? 藍のフリをして何がしたい」

「ふ、フリだなんて変なことを言うなぁ真は。私になにかおかしいところでもあったか? ほら、どこからどう見ても真の知っている八雲藍の姿だろう?」

「確かに姿は完全に藍だが……(まばた)きの間隔が少々短いし、重心も若干前にズレている。いつもは微かにしてるマタタビの匂いもしない。だからお前は藍じゃないよ」

「…………」

 

 藍の姿をしたそいつは口を閉ざす。絶句と言っていいだろう。

 ええと、悪いことをしてしまっただろうか。相手は完璧に騙せているつもりだったのかもしれない。言い方が少々悪かった可能性もある。

 だけどなぁ。このまま騙されてやることはやはりできなかっただろう。俺にとって藍はある意味で特別な存在でもある。他の姿ならまだしも、偽者の藍に気付かなかったとなると本物の藍に申し訳が立たない。

 

「……あー、それで、どうして俺にそんな真似を……」

「……はー。負けた、負けたわい。どうやら甘く見すぎておったようじゃの」

 

 ようやく離れてくれたと思ったら、偽者の藍は首を振りつつ口調を変えてそう言った。老人口調の藍だ。藍が偽物だと気付かなければ、新鮮だなと驚けたのに。

 

「ほっ、と」

 

 煙が上がったと思ったら、そいつは藍から別の姿に変わっていた。髪は短く赤茶色で、同じ色の目には小さな丸眼鏡。そして九本あった狐の尻尾は、一本の巨大な狸の尻尾へと変わっている。

 ああ正体は狸か。尻尾の大きさから、随分と年季の入った狸のようだ。スカート姿で足を組んでいるが、不思議と色気は感じない。

 

「おーい狐、今回の勝負は儂の負けということにしといてやるわい」

 

 狸少女は、俺ではなくどこか別の場所を見ながらそう言った。しかし狐と言っているし俺に向けての言葉なのだろうか。

 どう反応していいか迷っていると、すぐに屋台の裏から別の誰かが姿を現す。またも金色に煌めく九本の尻尾。

 ああ、今度は本物の藍だ。

 藍は俺の隣に座ると、いきなり両手を握ってきた。

 

「真、私は信じていたからな。やはり真は狸の変装なんかに騙されたりはしなかった」

「あ、ああ……あの、藍。人前だからくっつくのは少し自重してくれ」

「なんじゃ、本物でも結局拒否するんかい」

 

 いやまぁ、藍の視線が熱っぽいから少々照れ臭く思ってな。もしかして酔っているのだろうか。酒を飲む場所にいるのだし、多少はそうなっていてもおかしくない。

 名残惜しそうに離れる藍を見て、名残惜しいのは俺も同じだと思いつつ、二人に話を訊いてみる。

 

「それで、藍もいたということは、二人で俺にドッキリを仕掛けてたってことなのか?」

「そう見えるだろうが、違う。この狸の口車に乗ってしまってな、次に会った知り合いに私の偽者を見抜かれるかどうか勝負してたんだ。見抜かれなければ狸の勝ち、どこかでボロが出て見抜かれたなら私の勝ちといった風に。結果的に真を騙したような形になって申し訳ないが……」

「なるほど、勝負だったか。なに、悪意あってのものでないなら別にいい」

 

 もっとも藍がそんな真似をしてくることは無いだろうけどなと、俺は心の中で付け加える。俺の中にある藍への信頼度はそれほどに高い。

 よく、信じることは疑うことだ、なんて言葉を見かけるが、何を言っているんだと思う。信じることは信じること以外の何物でもない。それが例え考えることの放棄であっても、俺は藍のことを信じるつもりだ。

 

「……ちょっといいかのそこの狐よ。ああ、男のほうなんじゃが」

 

 ようやく出てきた八目鰻を口に含むのをやめ、俺はマミゾウの声に耳を傾ける。この狸の女性は二ッ岩(ふたついわ)マミゾウと言うそうだ。

 マミゾウの名前は、たったいま藍から教えられた。名前以外は特に教えられなかったが。

 

「真と呼んでくれ。狐だと二匹いるから紛らわしいだろ。俺もお前のことはマミゾウと呼ぶ」

「む……まぁいいじゃろ。して、真よ。お前さん、いつから狐が儂の変装だと気付いておった?」

 

 鋭い目付きをしながらマミゾウは言う。

 

「いつからと言うと、最初からになるのかな。見た瞬間から藍じゃないとは思っていた」

「……ほう。聞いたか狐。お前さんの、随分なことを言ってくれる」

「ふ、だから言っただろう狸。真ならすぐに気付いてくれると」

 

 鼻息一つに大きな胸を張って、得意げな様子を見せる藍。

 いや、今回はたまたますぐに気付けただけなんだが。藍は俺のことを過大評価しすぎだと思う。今からでも訂正しておくべきか。

 しかし失望されたくないし、予防線を張るというのも格好悪い。結局何も言えない俺である。

 

「真はすごい。本当にすぐ、姿を見ただけで気付いたようだな。……だが、内面で気付いてほしかったと言うのは贅沢だろうか。会話中に少し違和感を覚えて気付いた、というような」

 

 仮定の話としてしかできないが、それは贅沢になるんだろうな。内面だけで気付けたかとなると自信はない。普段の藍と様子も違うとは思ったが、それは藍じゃないと知っていたから思えたのだろう。

 俺自身、一日の間だけでも気分の上下がかなりある。普段と違っても、そういう日なのかもと思っただけで終わってしまいそうだ。

 

「一応、俺は変化の術を使う身だからな。相手や物はよく観察してるほうだと思う」

「なるほど、考えてみればそうじゃったな。こっちの狐は尻尾も隠せん未熟者じゃから、狐も変化が使えるのを忘れておったわ。同業者を欺ききるのはちと無理じゃったか」

 

 藍を未熟者呼ばわりできるとは、マミゾウは思った以上に自分に自信があるらしい。だが、藍の名誉のためにこれだけは言わせてもらおう。狐の尻尾は数が増えるたびに隠しにくくなるのだ。マミゾウの巨大な尻尾がどれほど隠しにくいかは知らないが、藍は決して未熟ではないと思う。

 

「おい狸、誰が未熟者だ」

「お前さんのことじゃよ狐。それとも言葉が分からなくなるほど既に酔っぱらっておったのか?」

 

 それにしてもこの二人、先ほどからずっとお互いを名前で呼んでいない。もしかして仲が悪いのだろうか。

 嘘が苦手な鬼は嘘を吐く狐や狸が苦手なようだが、狐と狸は狐と狸で同族嫌悪などを抱いているのかもしれない。無論、この二人がただ相性が良くないだけの可能性もある。

 

「酔った狐よりも今はこっちの狐よ。真、お前さんも変化の術を好んで使うとな」

「ああ、重宝させてもらってる」

「ほう。まぁ、とは言っても、術の精度では儂の足元にも及ばんじゃろうがな。ほら言うじゃろ、『狐七化け、狸八化け』。こと化ける能力に関しては、狐は狸に劣るというわけじゃ」

 

 鼻を鳴らしてマミゾウは言う。そして勝ち誇っている様子。

 ああ、分かった。この狸、同族嫌悪とはいかないものの、狐には敵対心ぐらいの気持ちは持っているようだ。だから少しでも自分を上に置きたいのだろう。

 俺としても自分が上であるとは思っていない。だがそれ以前に、どちらが優れているかにも興味は無いのだ。むしろ俺は狸相手だと、同じような存在同士仲良くしたいと思っている。

 

「ふむ、『狐七化け、狸八化け』か。その理屈で行くと『(てん)の九化けやれ恐ろしや』と続くから、俺たちはどちらも(いたち)に敵わないことになるな」

「む。そんな続きは知らん。まいなーな言葉をここに持ち出してくるでない。それとも、適当な言葉を使って儂を馬鹿にしておるのか」

 

 架空の相手を出して俺たちは似た者同士だろうという話をしたかったのだが、どうやら失敗したようだ。

 誰だ、共通の敵さえいれば仲間になれるとか言いだしたのは。マミゾウの目が少し険しくなってしまったじゃないか。

 

「馬鹿になどしていない。むしろ仲良くなりたいと思っているよ。話してみて思ったが、俺はマミゾウのことは結構好きだ」

「は、どこをどうすればそんな考えに達するのかのう。この短い間で儂のどこを好きになると?」

「しゃべり方かな。年寄りみたいな口調は結構好きなんだ。なんというか、憧れる」

「お前さん、やっぱり馬鹿にしておるじゃろ」

 

 好きだと言われて嫌になるヤツはいないと思ったが、どうやらここにいたらしい。マミゾウはなかなかにひねくれていると言える。

 だがそんな偏屈な一面も、実は俺はさほど嫌いではない。それも年寄りらしい一面だからだ。大昔にいた、今は亡き鬼の友達を思い出し、俺は少し微笑みながら目の前にあった酒を飲む。うまい。

 

「おい、何を飲んでおる」

「ここは夜の屋台だ、酒の一杯でも飲まなければ失礼だろう」

「今は話の途中じゃろうが」

「ならマミゾウも飲め。そうすれば何も問題ない」

 

 ミスティアに頼んで、マミゾウの分の酒も用意してもらう。ほどなく雀酒の瓶と新しい杯がそれぞれ置かれた。

 屋台の奥、ミスティアが立っている場所の隅っこに、そこそこ大きな壺がいくつか置いてあるのが見える。多分、あれで酒を造っているのだろう。完成した酒を、ミスティアが外の世界から流れ着いたであろう瓶に詰め替える姿を想像したら、なんだかちょっと面白い。

 

「ほら、この一杯は俺のおごりだ」

「ここはいくら飲もうと値段は変わらないんじゃが」

「支払いは俺に任せろーバリバリバリ」

「なんの擬音か知らんがかっこ悪い」

 

 マミゾウは、やれやれ調子が乱されるわと一言。そして杯に口をつける。

 なかなか様になっている飲み方だった。幻想郷の住民たちは、少女であっても酒の飲み方がそれらしいからすごい。

 

「ほら、藍も」

「私の順番は二番目なのか」

「悪い。俺の中の順番は一番なんだからそれ以外は譲ってあげてくれ」

 

 藍の前にある杯にも酒を注ぎ、終わったら自分の酒を飲む。そうだ、俺はゆっくり酒を飲む予定だったのだ。他に客がいることは考えてはいたが、これほどガッツリと絡まれるとは思わなかった。

 まぁ、今となっては別にいい。藍とマミゾウ、当然だがこいつらと飲むのは初めてのことであるし。

 

「うまいな、藍、マミゾウ」

「……ああ。そこの狸がいなければもっとうまかったんだが」

「はっ、狐が二匹もおったのではせっかくの酒が台無しじゃが、そっちの狐だけでもおらんかったらそれなりに飲めたかもしれん」

「そうかい。じゃあ俺はお前ら二人がいるからこそうまく飲めるんだと思っておこう。悪いなお前ら、俺がおいしく飲むためだけに残ってもらって」

 

 そう言って俺はもう一度杯を傾けた。いつもと比べたら結構なハイペースで飲んでいると思う。もしかすると初めて酔い潰れることができるかもしれない。

 

「ズルいな、真は」

「なかなか卑怯じゃの、お前さん」

 

 同じようなことを声をそろえて言う二人に、俺はいまさら気付いたのかと笑って言った。

 

 夜はまだまだ長い。まぁ、長いからそれだけ時間をかければ二人が仲良くなれるだろうとは思ってないし、仲良くしてほしいとも思ってない。

 ただ、珍しい態度の藍を見られたことと、その原因であるマミゾウに会えたこと。それに対してのみ、よかったなと俺は思った。

 

 


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