東方狐答録   作:佐藤秋

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 タグに「神様転生」がついてる理由の話です。
 時系列は、真と霊夢が月に行く前くらい。



番外編みたいなもの(話数カウントは続行)
第百三十六話、あるいは第零話の話


 

 夢を、見る。昔の夢を。

 俺が狐として産まれてから今に至るまで、断片的だが記憶に残った事柄が夢になる。寝る前に昔を思い出しているせいかもしれない。寝る前の、考え事をしている時間が俺は好きだ。

 

 初めて霊夢に会ったときのように最近のこともあれば、初めて妹紅に会ったときの古い夢を見ることもある。どれも懐かしいものばかり。

 

 しかし、それよりも。もっと昔の夢は一度も見たことがない。

 記憶が無い。人間だったときの記憶。

 いや別に、もう人間だったことなんてどうでもいいんだけど。妖怪として過ごした時期のほうが長い。

 

 夢とは、記憶が整理されている過程で見るものだと聞いたことがある。そうなると、妖怪になったときからの夢しか見ないのは当たり前なのかもしれない。それはそれで楽しいので、いいと思うことにする。

 

 今日も俺は夢を見る。昔の夢を。

 

 

 

 -・-・-・-・-・-・-・-・-・-

 

 

 

 死ぬと、画面が真っ暗になるテレビゲームがある。

 主人公が死んだときに、真っ黒な見開きが載っている漫画がある。

 そんな感じで、死んだときには目の前が真っ暗になるというのが人間の基本的な考えなのだろうが、それは間違いなんだと今知った。だって、俺の目の前には真っ白な空間が広がっているのだから。

 

 どうも始めまして。俺はしがない男子高校生。いや、それも卒業して、今年の春からは大学生だ。その予定だった。

 他県の大学に受かった俺は、その引っ越しの移動最中に事故に遭った。前からトラックが突っ込んできたのだ。それで、多分、死んだ。

 

 死後の世界の存在については懐疑的だったが、どうやら存在するみたいだった。それが、目の前に広がる白い景色。地獄よりかは天国に近い。そんなイメージ。

 

 死んだ人全員が同じ場所へ行くならば、地球程度の広さだとすぐに満員になってしまう。だからきっと、この場所は無限に広いんだなと俺は思った。もしくは宇宙のように広がり続けているとか。死後の世界で死んだ人が更に行く世界があるのかもしれない。

 

 あいにく何も無さすぎるので考えることしかしていなかったら、不意に目の前に誰かが現れた。そいつは立派な髭を生やした老人に見える。

 老人が、立っているというか目の前に存在しているのを見て、そういえばここには地面も無いんだなと気が付いた。ただただ白い世界である。

 

 老人は、自分のことを神だと名乗った。何を言ってるんだとは思うが、不思議と説得力があった。なんというか、オーラが違う。むかし行った父方の母がいる老人ホームには、まぁ当然お年寄りがたくさんいたのだが、こんな老人はいなかった。

 目の前の老人は、老人のような年季と風格がある。短い人生から得た勝手な考えだが、普通の老人には風格など無い。というか風格のある人間もいない。だから俺は目の前にいる老人を、まぁとりあえず、神なんだなと信じた。

 

「××××」

 

 神様が何か言っている。多分俺の名前だと思うが、自信が無い。

 そうそう名前で思い出したが、俺が神の存在をすんなり受け入れた理由の一つに、実家がクリスチャンだったことが挙げられる。食事の度に祈りなんかをしていたし、多分神を身近に感じていたんだろう。

 名前も、洗礼名が与えられていた。恵だとか愛だとか、それっぽい漢字が含まれていたら洗礼名。望だとか光だとか信だとか真だとかの漢字が、親にも兄弟にも、俺の名前にも含まれていた。だから思い出した。

 

 神様はさらに話しかけてくる。事故に遭った記憶が残ってるのだから殆ど確信していたが、やはり俺は死んだらしい。それはまぁいいとして、いや正直よくないけど、終わったことだからいいとして。大事なのは次の話だ。

 

 どうやら俺は、人類累計でちょうど五百億人目の死者だという。それで記念として、異世界へ転生する機会が与えられたのだと。なぜ記念がそんなものなのかは分からない。

 だが、俺は特筆すべき才能など持っていないので、偶然選ばれたとかいう理由にはものすごく納得がいった。それはつまり誰でもよかったってことだから。異世界を救える可能性がある才能あふれる若者を転生させようとかいう理由だったら、誰が好き好んでわざわざ俺を選ぶだろうか。俺でも絶対選ばない。

 

 それで、次に、転生するにあたって願いを三つだけ叶えてやると神様は言う。なるほど、アフターケアというやつだ。転生するだけして、途上国のすぐに死ぬ子どもとかになったら、何もできずに終わってしまうだろう。それを避けるためだなと俺は考えた。

 

 聞いてもらえる願いは三つ。願いを増やす願いはルール違反だというのは基本である。

 それなら、どういった願いをすればいいのだろう。願いが一つ何でも叶うならという妄想はしたことがあるが、実際こうなるといい案が全然思い浮かばない。

 

「それなら、分からないことが分かる力が欲しいです。別に全知とまでは言いません。ただ、自分の中で疑問に思うことがあったら、それに対する答えが知れるようなことができたらな、と思います」

 

 転生先が、自分のよく知る場所だとは限らない。もしかすると、言葉が通じる場所じゃないかもしれない。そう思い、一つ目はこういう願いにしてみた。

 転生先を自分がよく知る世界にする、という願いにすればいいということには気付かない俺である。神様を待たせても何とも思わない図太い神経をしていたならば他にもいろいろ思い浮かんだのだろうが、俺は相手を待たせるのは苦手だった。

 

 次なる世界のことを考えたせいで、自分が今まで過ごした世界のことを思い出した。そういえば、自分が死んで家族や友達はどうしているだろう。悲しんでたりするのだろうか。

 そう考えると、急に寂しい気持ちになってくる。俺は自分の中から、もう二度と会えない人たちの記憶を失くしてもらうことにした。そして生前の世界の人たちの記憶からも、俺のことは忘れてもらう。二つ目の願いは、俺と俺の知り合いの相互記憶の消去だ。

 もし俺が一人っ子だったならば、育ててくれた両親たちが、唯一の子どものことを忘れてしまうということになる。それはさすがに申し訳なく思っただろうが、幸いにして自分には兄弟がいた。だから、忘れられてしまうことについては別にいいかと思った。それに、俺の方も忘れるし。

 

 二つ目の願いをこんなことに使ってしまってしまい、急にどうでもよくなった。三つ目の願いとして、生前の世界にいる家族の幸せを願ったあと、神様にいよいよ転生をされることになる。

 

 視界がぼやけ、次第に意識もぼんやりとしてくる。まるで夢の中にいるみたいだ。心地よい。

 

 目を開けていられなくなって、まぶたをおろす。意識はあるが、体があるかどうかも不明瞭な感覚。

 

 この不思議な感覚を、何分か、何時間か、何日か味わった後、俺の目が自然に開かれた。

 

 目の前には。

 

 

 

-・-・-・-・-・-・-・-・-・-

 

 

 

「……あ、起きた」

「ん……おはよう、霊夢」

 

 起きたら、目の前に霊夢の顔があった。寝る場所は違うはずなのだが、どうやら寝顔を覗きこまれていたらしい。

 人の気配がしたら俺は自然に目が覚めるのだが、たまにこういう日があるのだ。能力を多用したわけでも、酒を飲んだわけでもないのに、よく寝ている日が。それが珍しくて、霊夢も様子を見ていたようだ。

 

「寝言を言ってたみたいだけど、何か夢でも見てたの?」

「……覚えてないな。俺はなんて言ってた?」

「よく聞き取れなかったから分からないわ」

 

 起きた直後は夢を結構覚えているものなのだが、今日は何も思い出せない。まぁ、少し時間が過ぎれば夢の内容なんてあやふやになるものだし、どうでもいいと俺は思った。それでも、寝言を聞かれたのは少々恥ずかしいが。

 

 どうせ今回見たのも、多分昔の夢だ。大体俺が見る夢はそうなっている。だからもう夢のことは気にしないでおこう。前を見る。

 

「……」

「……なに?」

 

 目の前には、霊夢がいる。

 『霊夢』という言葉には、お告げがある夢という意味がある。つまりは未来の夢だ。

 

 昔の夢なんて気にしないでおこう、と思って前を見たら霊夢がいたのだ。それがなんだかおかしくて、俺は笑ってしまった。

 

 急に笑い出した俺の顔を、霊夢は怪訝な表情をしながら見ていた。

 

 


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