東方狐答録   作:佐藤秋

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最終話 幻想郷の狐

 

 百年経っても、妖怪たちの生活は変わらない。連中に寿命は存在しないからだ。敢えて言うなら人に忘れられたときが妖怪の寿命になるのだろうが、幻想郷に住んでいる以上は忘れられることなどそうそうない。

 

 では、人間たちはどうなのか。人間の寿命など百年程度。それは妖怪と比べるとあまりにも短く、共存する他種族としては不適合と言える。

 だが、俺の知っている少女たちももういないのかと言われると、実はそういうわけでもなくて……。

 

 

 

 

「おーい、真! キノコをおすそ分けしてやるから、なにか食えるもんと交換してくれ!」

「……毎度毎度、見事に毒キノコばかり押し付けてくるなぁ。これを子どもにも食えるようにするのはひと苦労なんだが……」

 

 魔理沙は魔法の研究が完成し、パチュリーやアリスと同じように寿命の無い魔法使いになった。

 今では別の魔法を研究しているらしく、実験でうまく使えないキノコを持ってたまに俺の元へと訪ねてくる。完全に不等価交換だとは思うのだが、結局何とかして有効利用できているのだから何も言うまい。

 頼られたら応えてあげるのが大人の義務だ。魔法使いになるための研究が完成したのは少し遅れてのことだったので、魔理沙の体つきは少々大人寄りにはなっているが。

 

「食えるもんと言っても、今はそんなにいいもん無いぞ」

「えー、しけてんなぁ。それじゃあパチュリーのとこにも行ってみるか。せっかくだから真も一緒にな。真がいると、図書館の本が多めに借りやすいんだ」

「おい、俺はまだ行くとは一言も……」

 

 

 

 

「うぃーっす、魔理沙様の登場だぜー。咲夜、出迎えご苦労」

「呼んでないのにいきなり来るのは相変わらずね。それと、扉はゆっくり閉めてといつも言ってるでしょ。体の成長が止まると頭の成長も止まるのかしら」

「そういう咲夜だって変わってないだろ」

「私は日々メイドとして研鑽しているもの、変わってないわけがないわ。真様、ようこそいらっしゃいました」

 

 咲夜は普通の人間として生きて普通の人間として死ぬつもりだったようだが、今も姿は変わらずにいる。レミリアによって吸血鬼にされたわけでもなければ、メイドだからなせる業でもない。原因は咲夜の持つ能力にあるようだ。

 『時を操る程度の能力』は、術者の時を止めてしまう副作用があったのだ。簡単に死ぬことは許されない。それが時を弄んだものの罰だと永琳が言っていた。

 どうして永琳がそんなことを知っているのかは不明である。もしかして永琳もそういうことをしたことがあるのだろうか。謎である。

 

「ところで真様。時間があればでよろしいのですが、一緒に人里まで参りませんか? 買い物をしたいのですが、姿が変わっていないせいか最近どうも見られている気がして……」

「……それは多分、新しいメイド服が珍しいから見られているんだと思うが……俺も買い物に行こうと思ってたから構わない」

 

 

 

 

「……さあ皆さん、今日は神様が起こしてきた奇跡についてお話しますね! いま現在、夜でも明るく生活するために必要不可欠になっている電気ですが、あれは守矢の神が考えたものであって……」

 

「……早苗、今日も信仰集めを頑張ってるな」

「ああいう真面目な一面があったから、今の早苗さんが存在しているのでしょう」

 

 早苗は、守矢神社の神の一柱となった。正確に言うと、神ではなくて現人神。人の身でありながら神と同格の存在である。

 それ故に信仰さえあれば消滅することもなく、今日も人里で信仰集めに精を出している。

 今の世は、神であっても親しみやすい存在が好まれる。明るく接しやすい性格をしている早苗は、案外神に向いているのかもしれない。

 神に威厳が求められる時代がやってきたら、早苗はいったいどうするのかが気になるところだ。

 

「……少し聞いていかれます?」

「いや、いい。見てると早苗が緊張するかもしれないからな。それに、もし絡まれたら俺まで目立ってしまう」

「ああ、そっちが本音なんですね」

 

 

 

 

「おや真さん、咲夜さんと一緒とは珍しい。浮気はよくないと思いますよ?」

「なにを人聞きの悪いことを。そんなわけがないだろう」

「咲夜さんはお変わりないようで。生まれ変わって、まさかまた咲夜さんに会えるとは思いませんでした。今度改めてお話を聞かせてくださいね」

「おい無視するな」

 

 小さい見た目をしている割にしっかりとした口調で話すこの子どもは、稗田阿求。いや、今は阿天という名前に変わっているか。どうやら記憶を引き継いで生まれ変わったらしく、阿求は今もこうして生きている。

 生まれ変われる代償として阿求の一族は寿命が短く、死んでいる間はあの世で働かなくてはいけないのだとか。大変だが、映姫に相談してみたところ待遇は結構改善されたらしい。いつもより早いタイミングで生まれ変われたと言っていた。

 

「真様、私はここまでで構いません。浮気と勘違いされたら悪いですし」

「咲夜まで言うか」

「ああ、ならちょうどいい。真さんは私と一緒に永遠亭まで行きましょう。なにぶんまだ小さい体ですから、移動するのもひと苦労でして」

「……まぁ、いいだろ」

 

 

 

 

「永遠亭には何の用で行くんだ?」

「永琳さんが寿命を延ばせる薬を作ってくれたみたいで。それをもらいに行くんですよ」

「……寿命を延ばせる? 蓬莱の薬じゃないだろうな」

「違います。妹紅さんみたいに不死になるつもりはありませんよ」

 

 蓬莱の薬で不死となっている妹紅と輝夜は、姿変わらず今も小さい姿のままだ。俺が予想した通り同じ存在の二人は仲が良く、今日も何かしらで勝負して遊んでいる。

 最近のトレンドはお手玉らしい。長いこと色々遊んでいると、一週回って昔の遊びにたどり着くのだろう。

 また、永琳も当然のごとく不死である。月に行く前の地上にいたときから姿はまったく変わっていない。蓬莱の薬を飲んだ意味はあったのだろうか。

 

「ところで阿求」

「阿天です。なんでしょう?」

「この前妹紅の格好を見たらさ、袖が破れて肩から先を完全に出していたんだが、あれはいったい……」

「……妹紅さんも、ようやくファッションに興味が出てきたっていうことでしょうね……」

 

 

 

 

「あれ、真さん、こんにちは。薬屋に用とは珍しいですね」

「妖夢か。なに、ちょっと阿求の付き添いだ」

「あ、お隣の方は阿求さんでしたか。てっきり真さんのお子さんかと」

「ふふ、違います」

 

 妖夢は半分は人間であるが、半分は霊なので寿命はまだまだ訪れない。身長も少しだけ伸びて、剣術は飛躍的に上昇したようだ。長い剣なのに、見事に操っているのを見たことがある。

 ここの鈴仙とは結構仲が良いようで、人里で立ち話をしている姿などをたまに見る。多分、上司にこき使われているという部分で話が合うのだろう。決して鈴仙が、妖夢の周囲に飛んでいる半霊を、餅だと勘違いしているからではない。

 

「さあ、もう用事は済んだだろ。俺はそろそろ神社のほうに向かいたい」

「あ、はい、分かりました。それでは妖夢さん、また今度」

「ええ、さようなら」

 

 

 

 

「ところで真さん、神社っていうのは博麗神社のほうですよね」

「ああ。守矢のほうでもなければ、もちろん妖怪寺のほうでもない」

 

 妖怪寺の聖は、歳を取らないとは思っていたが、彼女も魔法使いとやらに分類されるみたいだった。これを知ったときは少し意外に思っていたのだが、考えてみたらアリスもパチュリーも魔法使いっぽい格好はしていない。見た目はあまり関係ないのだと知った。

 聖は今日も、昔と変わっていない容姿で、住職の仕事をこなしている。相変わらずあの寺は酒が禁止らしい。その割には、寺の妖怪たちは酒を飲んでいるのを見かける気がする。

 

「最近の守矢神社や命蓮寺と比べて博麗神社はどうですか?」

「さぁ。だが今は修行で忙しいようだから、客が来ないほうが逆にありがたいかもしれないな」

 

 

 

 

「……あっ、おとーさん!」

「あら、迎えが来ちゃったみたいね。じゃあレン、今日の修業はここまでよ」

「は、はひぃ、やっと終わった……。霊夢様、この子ほんとに私より年下なんですか? なんかものすごく強かったんですけど……」

 

 霊夢は亡霊になったあの日から今も変わらず亡霊のままで、博麗神社に居着いている。本人に成仏するつもりは無いようだし、俺も成仏させるつもりは無い。

 さすがに亡霊が博麗の巫女になるわけはいかないので、紫が新しく連れてきた博麗の巫女を世話する役目におさまっている。新しい博麗の巫女からは、神社に祀られている神様か何かだと思われているようだ。

 ちなみに霊夢と同じ巫女服をしたこの子がそうである。名前は人夢(れんむ)。名前が霊夢と似ているために、もっぱらレンと呼ばれている。

 

「ああ、今日の私は頑張った……。よく生きてた、私……」

「おとーさん、まこも、きょうとってもがんばった!」

「よし、偉いぞ。じゃあ霊夢、預かってくれてありがとう」

「ええ。また連れてきてもいいからね。その子、尻尾がもふもふしてて抱き心地がいいわ」

「……俺のみたいに、あまり荒っぽく扱ったらだめだからな?」

 

 

 

 

「……おかえりなさいとうさま、それにまこも」

「あれっ、こんがいる! きょうはいっしょにたべるひだっけ」

「……つのかあさまが、きょうはとうさまといっしょにたべたいって。こんもそうおもってた。うれしい」

 

 まぁ、なんだ。じゃあ最後に、俺についても軽く触れておこうと思う。

 俺はもう博麗神社には住んでおらず、迷い家の一つに住んでいる。ああでも、そんなに大した違いはない。俺でも迷い家に出入りできるよう、博麗神社とは空間が繋がっているためだ。

 他に妖怪の山と地底にも空間は繋げられていて、頻繁に訪れる場所には移動が楽になっていたりする。

 妖怪の山へは、主に天狗としての仕事をこなしに行っている。人里で仕事をすると、意図せず人間と深く関わってしまうことがあるかもしれない。そう思い、人里に行くのは用事があるとき以外は極力抑えているのだ。

 

 ……うん、語るのはこれくらいかな。俺について詳しく知りたいって輩もいないだろうし、こんなもんで十分だろう。

 この子たちについては、秘密だ。名前とか髪の色とか、どうぞ勝手に想像しててくれ。それもまた面白いと思う。

 

「……きょうのごはんはおさかなだよ。ちぇんがしっぽかあさまにおねがいしてた」

「わーい、おさかな! さかなさかなさかな~♪ さかなはあぶった~いかでいい~♪」

「ちょっ、どこで覚えたそんな歌。まさか萃香の影響かな……」

 

 

 

 

-・-・-・-・-・-・-・-・-・-

 

 

 

 

 幻想郷に、一匹の狐妖怪がいた。

 

 曰く、その狐の尾は十本以上存在した。

 曰く、その狐は幻想郷の創造主の育ての親だった。

 曰く、その狐はたった一匹で月の十分の一を破壊した。

 

 様々な噂が人里にあふれたが、ただの人間たちの間でその狐妖怪の姿を見たものはいない。

 

 一説によると、不死人・藤原妹紅と魔法使い・霧雨魔理沙がその狐妖怪について知っていたようだが、長年の時を生きたが故の妄言と、魔法使い特有の虚言であると思われた。

 

 紅い館に住んでいる白髪(はくはつ)のメイドと親しいという話もあったが、そもそもそのメイドの存在もあやふやであるため定かではない。

 

 天狗・射命丸文の新聞によると、ときおり人里に現れる黒髪の平凡な男がその正体であると言われたが、誰も信じなかった。

 

 そして時が過ぎ、いつしか人々の間ではその噂を口にする者はいなくなり、忘れられていった。

 

 だが、彼は本当に存在したし、今もなお幻想郷に存在しているのだ。

 

 稗田一族が纏めている幻想郷縁起には、こう記されているらしい。

 

 『十の尾を持つ争いを好まない平和の狐』

 

 『十和狐(とわこ)・鞍馬真』、と。

 

 

 

 

        東方狐答録 了

 

 

 





 最後まで読んでいただき、ありがとうございました。

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