東方狐答録   作:佐藤秋

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第百三十一話 月讐異変⑥

 

 月の男が(はな)った弾幕を、避ける、避ける。俺の弾は、男の弾幕にぶつかると一方的にはじけて消えてしまった。うわっ、俺の弾幕弱すぎ。

 もともと俺は、強力な弾幕を撃つのがあまり得意ではないのだ。幻想郷の弾幕ごっこでは力を制限しているし、俺の放つスペルカードは何が悪いのか、全くと言っていいほど当たらない。もっぱら守りに徹することのほうが多かった。妖怪桜のときも、フランの相手をしているときも、お空が暴走しているときも。

 

 そんなわけで俺は自分が弾を撃つのは早々に止めて、避けに徹することにした。攻撃は弾幕じゃなくて、近くまで行って直接殴ろう。それで倒してやるつもり。面倒だが、結果的に多分これが一番早いと思う。

 

 しかし男の弾幕は、これまでずっと溜めていた力を大胆に解放しているためだろう、一人を相手にしてると思えないほどとても激しい。避けるだけで精いっぱいだ。前に出られる隙が無い。

 『答えを出す程度の能力』で距離を詰められるルートを構築すれば行けそうだが、実はこれにも少々問題がある。フランやお空、妖怪桜のときとは状況が違うために存在する問題だ。

 

 今回の相手は、俺を倒そうという確固たる考えを。単純に言えば明確な意思を持っている。それが大きな問題だった。

 闘う相手っていうのは大体がそういうものなんじゃないかと思うだろうが、考えてもみてほしい。フランたちの攻撃は、いわば一種の暴走状態。俺を倒そういう強い意志ではなく、無差別な攻撃が主だった。

 もっと言えば、幻想郷で行われる弾幕ごっこ。あれは美しさも競うものでもあるためだろう、スペルカードは一定の軌道を描くのだ。俺を直接狙っている部分は実は少ない。

 

 何が言いたいのかというと、俺の今までやってきた闘いでは、弾幕が放たれる前から避ける場所が存在していたということだ。『答えを出す程度の能力』で安全な場所を見つけるのは容易と言っていいだろう。

 だが、目の前の男は違う。俺に弾幕を当ててやろうという目的をちゃんと持っている。だから攻撃を開始される前に安全地帯に移動しても、軌道修正されてしまうのだ。

 

 弾幕をどう避けるかという『答えを出す程度の能力』の使い方。これは未来を読んでいるものだと考えていい。

 何もしなければ未来は確実のものとなるが、俺が動けば未来も変わる。後の先と言うのか、男は俺の動きによって己の行動を変えているためだ。瞬間的な答えのみしか出ない『答えを出す程度の能力』の使い方では意味が無い。

 

 能力で導き出された安全地帯に移動したときには、そこはもう安全地帯ではなくなっているわけで。したがって今の俺は、純然たる己の反射神経のみで男の弾幕を避け続けているのである。

 

「さぁ、どうしたどうした? 私の攻撃を、お前はただ避けているだけか?」

 

 おそらく嫌らしい笑みでも浮かべているのだろう、そういう声色で男は言う。弾幕が眩しいせいで、男の顔が見えやしない。顔が見たいわけではないが、相手の姿が捉えにくいというのはちと厄介だ。

 

 弾幕ごっこでは避け続けても勝ちになるんだよ、とも思ったが言わなかった。そんなの負け犬の遠吠えにしか聞こえない。誰かに見られているわけでもないが、格好悪いじゃないか。そう思う。

 

「うっさい、こっちにも考えはあるんだよ」

 

 そう返しながら、避ける、避ける。ダメージ覚悟で特攻することも考えたが、一方的に俺の弾が消されたことから、相手の攻撃の強さは相当なものだと察せてしまう。あまり被弾はしたくはないものだ。

 

 ならばどうするか。たったいま言った通り、別の策は、あると言えばある。しかし現状、相手の攻撃を避けれているのだから、今のままでいいとも俺は思う。

 男の力だって無尽蔵ではないだろう。『溜めることができる程度の能力』で今まで溜めてきた力を消費しているのだろうし、回復が上回っていることもありえない。ならばいっそ相手の力を使い果たさせるのも一つの手ではないか。そう考えたためである。

 

「だいたいお前の弾は、まだ一つとして俺に当たってないだろ。なのにどうしてそんなに余裕な態度なんだ」

「は、見苦しいな。だがその挑発、乗ってやる」

 

 挑発ではなく事実と疑問を述べただけなのだが、男はそう受け取ったようだ。火力をあげてくれるならエネルギー切れもそれだけ早くなる。そいつは願ったり叶ったりだなと、内心で俺はほくそ笑んだ。

 気を付けるべきことは、逃げ場が全くない状況にならないこと。弾幕ごっことは違うのだから、当然そういう攻撃もあり得るだろう。

 

「食らえ」

 

 男の声が聞こえて身構える。これから一層激しい攻撃がくるだろう、と。

 しかし予想外なことに、俺の視界から一切の弾幕が消え失せた。先ほどまで俺の視界を覆い尽くしていた弾幕は全て無くなり、男の表情まで見えるようになる。

 

 なんだこれは。もしかして誘っているのだろうか。

 コンマ一秒の逡巡の間に、男の口元が醜くゆがんだのが見えた。

 瞬間、俺の体中に強い衝撃が走る。

 

「ぐはっ!!?」 

 

 無防備だった腹に鈍い痛み。次にダメージが入ったのは背中側だ。真後ろに吹っ飛ばされた俺は、盆地の斜面に叩きつけられた。

 俺の背中を中心に大地は凹み、砂埃が舞う。小隕石にでもなった気分だ。ところどころの皮膚に感じる熱さは空気抵抗による燃焼ではなく、単なる痛みによるものだけれど。

 

「な、なにが……」

 

 揺れる頭を押さえ体を起こして左目だけで前を見るも、砂埃が邪魔で見えにくい。ええい、光の次はこういう形で視界を奪ってくるか、厄介な。

 しかしながら、続けて放たれた弾幕はよく見えた。視界を遮る砂埃はとても軽く、規則的に流れる砂の模様が不規則に変化したのが分かったからだ。

 いや、強がった。やっぱり見にくい。前言撤回しつつ、あわてて俺は回避行動をとる。

 

 地面を蹴り、宙へ逃げる。下からは、ガガガガガ! と地面を穿つ音。

 見ると、先ほどまで俺が倒れていた場所には大きな穴が空いていた。ぽっかりと空いた大きな洞窟。穴は暗くて奥まで見えず、もしかすると反対側まで貫いているかもしれない。どんな威力だ。

 

「……透明な、弾と光線……」

「ほう、気付くか。その通りだ。あれを受けてまだ動けるとは思わなかった。確実に仕留めに行ったつもりだったが」

 

 見えない弾幕。吹っ飛ばされたときにチラリと考えた可能性の中の一つである。

 男が肯定したことでそれが正しかったのだと確信できた。先ほどの攻撃はやはり、不可視状態にされた弾幕によるものだったようだ。

 砂埃の中で見えた弾幕も、いま思えば見えなくされていた弾幕だったのだろう。むしろ砂埃の中だからこそ見えたのだ。

 見えないけれど、実体はある。視界を邪魔する砂埃が逆に、見えない攻撃を見えるようにしてくれた形になったわけだ。

 

「それで、『お前の弾は、まだ一つとして俺に』……続きはなんと言ったんだったかな。ともあれ、勇ましい台詞を吐いた直後に無様なものだ。死にたくなったりしないかね」

 

 男の言葉に、俺は奥歯を噛みしめる。こんな挑発も笑って聞き流せないあたり、俺もまだまだガキらしい。己の姿に変化があまりないので、心も成長していない自覚はある。

 

「ふむ、反応は無し、か。怒って立ち向かってこない程度には力の差を理解したらしい。ああいや、最初から理解していたか。避けに徹していたようだしな」

 

 拳を口に当て、男は笑う。ご機嫌だな。透明な弾幕が見事俺に当たったことが、よほどお気に召したようだ。

 まぁ、策がうまく嵌れば気持ちいいもんな。やられたほうはたまったものではないが、気持ちはよく分かる。もっとも敵の楽しそうな様子を見せられて、俺の不快度はどんどん上昇していくわけだが。

 

「さて、もう闘う気力は失せたのかな。まさか先ほどの一撃でもう限界が来たとは言うまいが、大人しくしていれば生かしておいてやらんこともないぞ?」

「……へぇ、見逃してくれるのか。地上にちょっかいをかけるのと輝夜たちを諦めてくれるって言うならそれでもいいな」

「ああ、残念ながらそれは無理だ」

 

 そう言いながら男は横の機械……おそらく幻想郷の結界に干渉を及ぼす道具であろう物体に手を触れる。

 うん、やはりパラボラアンテナに見えるな、あの道具。どういう使い方をするのだろうか。光を集める以外の用途を考えてみるなら、逆に光を発射するとか……。

 と、そこまで考えて後ろの空を見ると、俺と霊夢がやってきた場所、丸くて青い地上が目に入る。男の触れている機械のちょうど反対側。パラボラアンテナの先の直線上にあるように見えた。

 

 おいおい、まさか。

 いや、考えている場合ではない。

 俺は尻尾を十本すべて顕現させて、男と地上の間にすぐさま割り込む。そして長い尻尾で体中を包んで丸まった。変だが、防御の体形だ。尻尾で衝撃を吸収するのが一番痛くない。

 

「無駄だ、消し飛べ」

 

 男がそう言い、今度は防御している尻尾に衝撃が来る。かつてお空が暴走したときに食らった光線の、何倍もの威力。

 だが、光線自体は目に見えない。先ほど避けた、地面をものすごく穿った光線と同等の攻撃なのだろう。透明な攻撃がこいつの得意技のようだ。

 

「ぐ、ぐぎぎ……!」

 

 痛くて、熱くて、押しつぶされそうで。それでも攻撃を受け止めるために、俺は歯を食いしばる。

 正面から全て受け止めなくてもいい。ただ少し、角度をずらして受け流せばそれでいいのだ。真後ろにあるものから軌道を逸らせることだけに全神経を集中させる。

 

 全身に走る痛みを感じながら、心が感情に支配されていく。心の奥からふつふつと湧いてくるこの感情……これは怒りだ。

 

 こいつ……幻想郷に攻撃を放ちやがった!

 

 なるほど、これが紫の言っていた、幻想郷を覆う結界が受けていた攻撃か。どのような方法で攻撃されているのか分からないようだったが、なんてことない。見えなくされているだけの直接攻撃だ。

 ということはあれか、あの機械。結界に攻撃を伝えるための媒介みたいなものかと思ったら、幻想郷を補足するための照準装置か。月から直接狙うとしたら遠いもんな、地上。

 

 遠く離れた場所にある地上に、月からの攻撃が本当に届くのか疑問なところだ。なんと言っても地上は、回っているし動いている。攻撃が届くまでに時間が数日かかるならば、もうあの位置に地上は無いから当然無意味である。もしかすると男の攻撃は単なるパフォーマンスで、焦る俺の様子が見たかっただけなのかもしれない。

 

 だが、俺の体に感じる痛みはまぎれもなく本物だ。俺が月まで来なければ、こいつはこんな攻撃を幻想郷に、永琳たちに放つつもりだったのか? いや、幻想郷には既に何度か攻撃してるのか……。

 

「ふざけるなよ……!」

「おお? その状態になってもまだ言葉を話せるとは驚きだ」

 

 耳いいなあいつ。そこそこ距離はあるし、俺は尻尾に包まれているから、声は聞こえにくいと思うんだが。

 攻撃を受けて無様に喚く様子でも聞こうと、耳を澄ませてでもいたのだろうか。

 

「紫が頑張って創った世界を、軽い気持ちで壊そうとしてんじゃねぇよ……! 幻想郷に暮らしてる連中の平穏を、無闇に奪おうとしてんじゃねぇよ……! 永琳も輝夜も地上で慎ましく過ごしてんだから、今さら月で犯した罪なんてもうどうでもいいだろうが……!」

「は? ああいやいや、蓬莱の薬を飲んだ罪は関係ない。罪と言うならば、地上に落ちた輝夜を迎えに来てやった日のほうだ。死なないだけの穢れた小娘を連れ帰るだけの簡単な任務だというのに、何もできず逃げられて、捕まえたと思ったら偽物で。とまぁこのように随分と恥をかかされたものでね。そう、これは私の復讐なのだよ」

 

 輝夜たちを逃がすときには変化で偽物を作りおとりを用意していたのだが、見事に引っかかってくれていたようだ。

 それにしても、復讐だぁ? 罪を犯したからという理由のほうがまだマシだ。完全に個人的な理由じゃないか。

 なるほど、俺のことを覚えていたわけである。なんと言っても逃がした張本人なのだから。

 

「……そんなくだらない理由で、数百年もかけて、こんな迷惑なことをしてるのかお前は」

「なんとでも言うがいい。どちらにしろ地上に落ちて穢れた存在が我々を虚仮(こけ)にしたことで、こうなるのは当然のことだろう。それが嫌ならあのときにでも、私たちが月に帰れないように殺しておけばよかったのだ」

 

 もっとも、そんなことできるはずは無いがな。それが無理だからお前たちもああして逃げたのだろう、と男は続ける。

 まったく、いったいどれだけこいつは自分に自信を持っているんだろう。そりゃあ永琳は頭脳労働の研究者だし、輝夜は小さい女の子だ。侮る気持ちはよく分かる。

 だが、お前が数百年溜めて解放している攻撃を、俺は今こうして耐えながら話しているんだぞ? それなりの実力が今こうして見えているのに、どうして過去の自分が殺されないと言い切れようか。

 そもそも、輝夜はともかくとして永琳は強い。特に才能が無い俺が、長生きしてるというだけでこれだけの力を得られたのだ。同じくらいの年月を生きてる天才の永琳が、数百年前の時点でお前を殺せないわけがない。

 

「はぁ……いいか? 別に俺は、お前ら月の連中に敵わないって判断して、ああして永琳たちを逃がしたたわけじゃない」

 

 男の見えない光線を押し戻して、尻尾の防御を解きながら俺は言う。この攻撃にはもう慣れた。見えなくてもどこにあるのか感じられるようになったし、逸らすだけなら尻尾ももう十本も必要ない。実のところ尻尾はすでに九本へと減らしている。

 

「戯れ言を。ならばどうして逃げたというのだ。納得のいく理由を聞かせてもらおう」

「それはだな……」

 

 そんなの一つしかないだろう。目の前のこいつは自分の都合のことしか考えられないから、こんな簡単なことも分からないのだ。俺の立場になって考えたらすぐに分かるのに。

 

 まぁ、俺だって自分の都合により永琳たちを逃がしたんだし、こいつだって聞けばすぐ理解できるさ。お互い自分の都合を優先する同類だからな。

 

 わざわざ言ってやる義理もないが、今回は特別サービスだ。一呼吸置いて俺は男の問いに答えてやる。

 

「俺の友達である永琳に、誰かを殺すなんて惨いことしてほしくなかったからだよ」

 

 


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