東方狐答録   作:佐藤秋

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第百二十二話 星蓮船⑥

 

 首が痛い。

 水蜜を連れて妖怪寺まで戻ったら、興奮した様子のぬえに出迎えられた。掃除の最中、勝手にどこかへ行ったのが気に食わなかったらしい。勢いよく俺のところに向かってきて、腕を胸の前に交差しながら飛びついてきた。

 クロスチョップ。もしくは天空(てんくう)×(ペケ)字拳(じけん)か。南無三。

 

 そんなわけで首が痛い。捻ると痛む感じではなく、打撲的な痛み。まぁ、何も言わずに出発した俺にも非があると思って我慢する。

 飛びついてきて、バランスも何も考えていないぬえの体を支えながら、ごめんごめんと俺は言った。

 もー! と返事するぬえ。許してもらえたのか微妙なところ。子どもの相手は難しい。

 

 ぬえの頭に手のひらを乗せつつ周囲を見ると、小傘が焦った様子でこちらを見ている。痛めた俺の首の心配……ではないな。そうだったら嬉しかったのだが。

 どちらかというとぬえのほうを心配しているようだ。あんな真似をして怒られないかどうかが気になるのだろう。

 俺はそんなことで怒ったりはしない。だけど叱ってあげたほうがいいのかもしれない。俺以外の奴に同じような真似をしないためにも。

 教育とはそういうものだ。ちょっと悩んだ。

 

「し、真真! ちょっと!」

 

 身体をぬえにされるがままに棒立ちで悩んでいると、星がパンダの名前みたいに俺を呼ぶ。パンダではなく狐なんだが。

 なんだ星星、と俺は言葉に出さずにそちらを見た。残念、星星だとパンダにならない。藍やお燐だったらよかったのに。

 

「なんで私たちのお寺がここにあるんです!?」

「そ、そう! タイミングがズレちゃったけど、私もそれが訊きたかった!」

 

 水蜜も一緒になって詰め寄ってきた。二人の驚いた顔が面白い。星のほうは先にこの寺に戻ったため、驚いた顔は見られないと思っていた。なんか満足。

 

「いや、寺がここにある理由を俺に訊ねられても困るんだが」

 

 物理的に、ぬえを丸めこみながら俺は言う。

 驚いたリアクションは見たかったが、恩を押し付けるつもりはさらさらないのだ。というか感謝されるのは昔から苦手だった。

 きっとぬえも俺と同じで、素直に感謝されるのが苦手な天邪鬼だ。こちらも、この寺を建てた話はしていないはず。

 そう考えた俺は、実はこの寺も地底に封印されていて、それがこの前の間欠泉によって偶然ここにできたんじゃないかと適当なことを言った。咄嗟にしてはなかなかうまいことを言えたと思う。納得した顔をしたのは星だけだったけど。

 

「……まぁ、そういうことにしておきますか」

 

 一輪の口がそう動くのが見えた。見えたと言っても読唇術なんて使えないので違うかもしれない。俺は気にせず、ぬえを抱えて小傘のいるところまで移動する。

 小傘は俺とぬえが妖怪寺を建てたところを目の前で見ていたのだ。余計なことを言われるのは面倒だと考えた。

 

 小傘の前に立つ。小傘はずっとぬえを心配していたようで、俺の心配は杞憂だったみたい。

 あたふたとぬえに目を向ける小傘を微笑ましく見ながら、俺は後ろの連中に、それより飛倉の破片は全部集まったのかと言った。集まっているのならさっさと行動に移せばいいだろう。今になって焦らす意味もない。

 

 それもそうですねと一輪、皆はどのくらい見つけたんだいとナズーリンが言って、連中はそれぞれ自身が見つけた飛倉の破片を前に掲げる。相変わらず俺の目には星の入ったボールにしか見えない。いでよ神龍(シェンロン)と言いたくなる。

 

「うわ、一輪すごい! そんなに一人で見つけたの!?」

「ああいえ、これはですね……」

 

 俺とぬえが見つけたぶんも合わせて取り出したため、一輪はいい意味で目立っていた。逆に、悪い意味で目立つと思っていた星だが、星は星でナズーリンと一緒に満足げな様子で宝塔を掲げている。それでいいのか星。ナズーリンがすごい顔をしているが。

 

 飛倉の破片が全部集まっていたのかは結局のところ誰も分からないようで、それもそうかと俺は思う。陶器が割れて、いくつの破片に分解されたのか分からないのと同じだ。どれほどの破片を集めたら飛倉になるのかなんて分からない。

 それでも全部集まっていたようで、星の宝塔と飛倉の破片はそれぞれ光を放ち始めた。なかなかにファンタジーな光景である。これで全部集まってないとかだったら笑う。

 

 それぞれの手元を離れ、飛倉の破片は宙に浮く。万有引力を体現するように互いに引き合って、一か所に集まる破片たち。

 光が強まり、ずっと見ていると眩しくて、俺は背を向け建物の陰に隠れるようにして座った。手にはぬえを抱えたまま。あとついでに小傘も持ってきた。もうすぐ聖の封印が解けるのならば、感動の再会に俺たちは不要だろう。

 

 三人でこっそりと――と言っても小傘は俺たちのまねをしているだけだろうが――建物の陰から聖の封印が解けるさまを観察していたら、光の中から一人の女性が現れた。

 

「う……わー! 綺麗な人! ねえねえぬえちゃん、あの人が聖さん?」

「多分そう! 昔のことだからもうよく覚えてないけど、確かあんな感じだった!」

  

 人間を基準に考えると、長年経った今も姿が変わってないというのはおかしなことだが、確かにあれは聖である。というかぬえや星たちも昔からほとんど姿は変わっていないのだから、そこに突っ込むのは野暮だろう。

 

 聖の周りに発生していた光が収まり、その閉じていた瞳が開かれる。無事に封印は解けたが聖が目を覚まさない、なんてことにならなかったようでなによりだ。星たちが息を飲んだのが伝わってきた。

 

「ひ、聖……?」

「……ああ、太陽の光を浴びるなんて久しぶり…… おや、ここは……?」

「わぁぁああ! 聖ー!!」

「わっ!」

 

 水蜜が聖に抱き着いたのを始めに、連中が聖のもとへと駆け寄っていく。水蜜と比べると一輪は落ち着いた様子であるが、それでもどことなく嬉しそう。水蜜と同じように星も聖に抱き着こうとしていたものの、勢い余ってコケていた。

 涙目の水蜜、あと星。どっちの涙か分からないご主人様をナズーリンがあやしている。見た目的には役割は完全に逆のような気がするのだが、二人をよく知る俺にとってはよくある光景に見えた。

 

「うう~聖~、無事でよかったよ~……」

「ムラサ……」

 

 聖の胸に顔を(うず)めつつ、よしよしと頭を撫でられている水蜜。なんとまぁうらやましいことで。

 封印されている時点で無事もへったくれもないように思えるが、まぁ確かに、封印が解かれた時点での姿が瀕死の姿などではなくて良かったと言えよう。もっとも、俺が聖の封印に関わっている時点で、そんな心配は無用であったのだが。

 ……封印が解ける時期が予定よりも遅かったというのは言わないでほしい。

 

「……他に、星、一輪も。ナズーリンまで。なんでしょう、とても久しいような気がします」

「気がするじゃないよ! 一体どれだけ待たせれば気が済むの! 私たち、ものすごく待ってたんだからね!」

 

 抱き着いて、くぐもったままの声で水蜜が言う。一日千秋の思いで待ってたとして、おおざっぱに見て千年くらい経っているから、単純計算すると体感時間で3憶6500万年か。これはヤバいな。水蜜の気持ちが抑えられないのも当然だろう。

 

 封印されるということは、眠っている状態に似ているのかもしれない。もしくは聖が封印された場所は時間の進む早さがゆっくりなのか。そう考えると聖は時間経過に鈍感なのも納得がいく。  

 

「真は、待ってたらいずれ戻ってくるって言ってたけどさ……もういい加減待ちきれなかったから……」

「……そう、貴女たちが封印を解いてくれたんですね。勝手な真似をした私を見捨てることもなく。……ああ、この喜びの気持ちを、どう言葉にすればいいでしょう」

 

 連中を見渡して、聖が、ありがとうございますと頭を下げる。

 

「馬鹿! 私たちが聖を見捨てるわけないじゃんか!」

 

 理由を話し始める水蜜を見て潮時かなと俺は思い、一緒に様子を見ていたぬえと小傘の肩を引いた。こそこそと覗きをするのは止めにしよう。

 にやにやと聖たちのやりとりを見ていたぬえが、今度はその笑いを俺にも向ける。

 

「ふっふっふ~、聖が無事に戻ってきてよかったねっ、真!」

 

 先ほどの、聖に対する水蜜の真似だろうか。ぬえが俺に抱き着いてきた。見た感じでは先ほどのクロスチョップと同じである。

 俺は同じようにぬえを抱き上げる。

 

「ああ、よかったな。で、ぬえは聖と顔を合わせなくていいのか?」

「後でいい! ふふふ、せいぜい今は私たちの協力があったことも知らずに束の間の幸せを噛みしめていると良い」

「なぜ悪役のような台詞を……」

 

 じゃあ一旦ここから離れてまた来ようか、と俺はぬえと小傘を抱えて宙に浮く。聖たちからは見えないように低く、妖怪寺の後ろ側へ向かって。

 

 小さいとはいえぬえと小傘、二人いっぺんに抱えるのは難しい。正面からぬえはしがみついているので、おんぶするように小傘を後ろのほうに移動させた。

 

「こうして真さんの上に乗ってるなんて、なんだかわちき、鍛冶屋の女神にでもなったみたい!」

 

 何を言っているのか分からないが、狐の背に乗ったそういう神がいるらしい。意外に物事を知っている小傘に少々驚く。というか俺が、神とかそこらへんの知識に疎いだけか。今は神社に住んでるくせに。

 

「真、これからどうするの?」

「俺は一旦博麗神社……住んでるところに帰る。ちょっとやることがあるんでな。お前らはどうする?」

「そっか。じゃあ私たちは人里に行こうっと。小傘、人間たちを驚かしに行こう!」

 

 まだ霊夢、魔理沙、早苗の三人は神社で遊んでいるだろうか。早苗はともかく、魔理沙がいないと約束が守れないな。そんなことを考えながら、まずは人里のほうに向かって飛んでいく。

 俺が抱えてなくてもこいつらは自力で飛べるじゃないかということに気付いたのは、人里を目の前にしてからだった。

 

 


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