小傘と遭遇した墓地から少し歩いて、目的の妖怪寺建設予定地まで到着した。
まだ近くに墓地が見える。というかほとんど墓地と隣接していると言っていい。俺たちは墓地を突っ切ってここまで来たが、人によってはここに来る道として墓地を迂回することもあるだろう。
今からここに妖怪寺を建てるのだ。あとは木の葉の変化の術を解くだけという、ありえないほどお手軽気分で。
しかしまぁ、いくら簡単に設置できるといっても、それは建物本体に限った話だ。地面のほうはそれなりに整えなければバランスが悪い。さすがにこちらは変化でどうにかすることは、できなくもないが手間である。
そこで俺は事前に諏訪子に頼んで、ここら一帯の整地をしてもらっていた。持つべきものは大地を操れる神の友達。俺が変化の術を使うときみたく片手間に、面倒なことを引き受けてくれた。
まぁそれでも友達ならなんでも無償にやってくれるわけでもなく、見返りに今後百年くらい尻尾をモフられる権利を取られたけど。それはまぁ良しとしようじゃないか。
「……はい、できた」
「おー、懐かしー」
「……!!?」
数分もせず、というか数秒もせず、
そのときの小傘の驚いた顔は、きっと後で思い出しても面白い。開いた口がふさがらないとはああいうことを言うんだろうな。
でも、人を驚かせる妖怪のくせに逆に驚かされているなんて、それでいいのかと突っ込みたくなる。
なんにせよ小傘、ついでにぬえ。お前らには驚いている暇などもう無いぞ。今からたった三人でこの寺じゅうすべて掃除するのだから。
寺の門をくぐったところで早速、俺はぬえと小傘に掃除の指示を出すとする。
「……さぁお前ら、まずは庭掃除から始めるか。今日の俺は厳しいから、どんな言い訳しようと全力で掃除させるからな」
「……あの、真さん。私、傘からあんまり離れて行動できないから、このお庭を全部掃除するのは難しいかも……」
「む、そうか。じゃあ小傘は、最初はこの小さい範囲でいい。あまり無理はしなくていいぞ」
「「(厳しいとはいったい)」」
寺の掃除といえば、長い廊下の雑巾がけ。二人もそれを想像していたことだろうが、俺はここで、庭の掃除からさせるという厳しい指示から出していく。
競争ができて楽しい雑巾がけは後回し。今日の俺は厳しいのだ。
「(……真さんって優しいんだね。私にご飯くれたりするし)」
「(うん、真はいつも優しいよ。私、真が怒ってるとことか見たことない)」
「さーて掃除だ掃除ー。寺が綺麗になっていく様子を見てると、こっちも気分がよくなってくるよな」
「(っていうか真さんほんとに妖怪?)」
「(うーん、私もたまに自信なくなる)」
ヒソヒソと、おそらくはこんな掃除の指示を出した俺の愚痴でも話しているであろう小傘とぬえ。そんな二人に俺は変化で作り出した箒を手渡して、早速自分も掃除に取りかかることにした。
「よーし、落ち葉拾いゲーム。たくさん落ち葉を集めたほうの勝ちな」
「……真。ゲームって言葉をつけてれば、なんでも楽しめるってわけじゃないんだよ……」
「……そういえば、どうして真さんとぬえちゃんはこのお寺をお掃除してるんですか?」
掃除を始めて数分後、小傘が俺たちにこんなことを訊いてきた。
「えーっとそうだな、どこから説明したものか……」
箒を動かす手は止めず、地面の塵を集めながら俺は考える。考えてみれば、小傘には先ほど会ったばかりで何も説明していない。小傘の目には、墓地の隣にいきなり寺を作り出して掃除を始めるなんていう、さぞかしおかしな連中に映っていることだろう。
すべてを話すなら大昔のことからになるのだが、そこまでの説明はおそらく小傘も求めてはいまい。端的に、そう、軽く説明すればいいのだ。
「簡単に言うと、とあるヤツの帰る場所を用意してるんだ。もう何年もこっちに戻ってきてない」
「……はぁ、帰る場所、ですか」
端的に説明しすぎたか、小傘は反応に困ったように俺の言葉を繰り返した。
俺の台詞の内容だけ聞くと何やらしみじみと言ってそうだが、そこまで気にしてることでもないので、結構淡々と言っている。
「何年も戻ってきてないってことは、結構遠くに行っちゃってるんですね。もしかして外の世界とかなのかな?」
「ああいや、それは……」
「聖はどこか遠くに行ったんじゃなくて、人間たちに封印されたの! その封印を今日解くから、お寺を掃除しといてあげるんだよー!」
近くで掃除していたぬえが勝手に答え、俺の言葉は遮られた。
まぁ言っていることは間違っていないのだが、もう少し順序の良い説明はできなかったのか。そんな説明では新たな疑問や突っ込みどころがでてくるだろ。
「え!? 封印!?」
ほらやっぱり。
急な展開に驚く小傘。小傘は驚いてばっかりだ。
「封印って言うと、大妖怪がされるような!? その聖っていうのは悪い妖怪!?」
「え? 聖は人間だよ?」
「なんで人間が人間に封印されてるの!?」
予想外のところで、小傘はまたも驚いた様子を見せる。
なるほど、事情を知らない者にとってはそういう部分にも驚くのか。そうなると、順序良く説明するのはどのみち難しいものだったのかもしれない。
とりあえず今はそんなことを考えるよりも、小傘の中に生じた疑問に答えることを優先しよう。
「? ? ええと、封印されたってことは悪いことをしたってことだから……」
「違う違う。聖は悪いとは正反対で、人間のくせに俺たち妖怪にも親切なヤツだったよ」
「ええ……? じゃあなおさらどうして封印なんか……」
「妖怪と仲が良かったからさ。そんなヤツ、人間から見たら怪しいことをたくらんでるようにしか見えないだろ。それで封印されたんだよ」
「……あ、なるほど……」
納得した様子を見せた小傘は、次いで、でもそれって結構ひどいことだよね? と口にする。
「うん、ひどい。ね、真」
「当然だな」
そりゃあもう、聖の関係者から言わせてもらえば、これはものすごくひどいことだ。しかしながら人間の立場で考えてみると、妖怪とつるんでいた聖を不審に思う気持ちも分かるわけで。
人間と妖怪がそれなりにうまくやっているこの幻想郷を知っていると考えられないかもしれないが、当時の人間は妖怪をかなり恐れていたのである。陰陽師なんて職業に需要があるわけだ。
「……聖さえよければ、封印しに来た人間たちを全員返り討ちにしてもよかったんだがな。あいつ、自分が封印されるくせに、人間たちには手を出すなってさ。まったく、お優しいのは大したもんだが、そうすることで悲しい思いをする妖怪たちがいることも気付けって話だよ。まぁ別に俺はどうでもいいんだけど」
やれやれと、呆れるように俺は言う。
「私も別に聖が封印されるのはどうでもいいんだけど……聖と仲が良かった妖怪たちは私たち以外にもいてね。今は皆で封印を解いてるんだー」
話変わって、いや戻ってか? とにかくまぁ、箒を一直線に引きずり歩きながらそう言うぬえ。こいつは箒をモップか何かと勘違いしてるんじゃなかろうか。そんなやり方では塵は一向に集められない。
「へぇ~、皆で聖さんのために封印を…… って、ぬえちゃんたちはここで掃除してるだけなんだけど。ひょっとしてこれも封印を解くために必要なことだったり?」
「いや別に? これは単なる掃除だけど」
「あ、だよねー」
ちょっと深読みしてしまい、照れ隠しするように頭を掻いて笑う小傘。それなりに恥ずかしかったのだろう、頬が少しだけ赤くなっている。
「あ、でも、私たちだって聖の封印を解くためにこっそり協力してるんだよ?」
「え、こっそり協力って、掃除以外に?」
「うん、そうなの。実はね……」
そう、実は俺たちも、星や一輪たちが探している飛倉の破片を、どうにかして集められないかととある策を実践していた。
ぬえはそれを小傘にこっそりと教えようとしたが、その言葉は上空から聞こえてきた別の声によって遮られることとなる。
「……あー! こんなところに新しいお寺ができてる! 諏訪子様がおっしゃっていた通りです!」
俺たちがいるこの寺の少し斜め上から、やかましくも透き通る女性の声が聞こえてきた。
掃除していた三人とも、急に聞こえたこの声がいったいなんだという風に、そろって空を仰ぎ見る。特にぬえは、自分の台詞の途中だったためか少しだけ不満のあるような表情だ。
「ふぅむ、となると、いま人里で噂になっている例の話は本当なのかも……!」
見ると妖怪寺の上空には、守矢神社の新米巫女・東風谷早苗が浮いていた。霊夢とは違った守矢の巫女服の格好で、手には紙の付いた棒(
また、早苗の周囲には一つ、星マークのついた丸いボールのようなものが浮いていた。咲夜も似たようなものを持っていたような気もする。ただ、
「どれどれー? っと」
早苗は顎に手を当てて、観察するようにこの寺を見渡し始める。
どうでもいいが早苗のヤツ、初めて空を飛んだときの失態を反省してか、巫女服のスカートは長めの裾にしてるみたいだな。これなら飛んでも中身が見えることは無いだろう。
「……おや? 真さん! 真さんじゃないですか! どうしたんですかこんなところで!」
「こんなところ…… ここらへんの墓地は私の餌場なのに……」
早苗は俺を発見して、妖怪寺の庭先に降りてきた。隣でなにやら小傘が落ち込んでいるようだがそこは放っておくとして。
さすがにここで掃除をしながらの対応は失礼であるため、箒を動かす手を止めて俺は早苗のほうを見る。
「よ、早苗、奇遇だな」
「そうですね! 真さんはここでいったい何を?」
「見て分からないか? この寺を掃除してるんだが」
「いえ、そちらは見たら分かりますけど……」
早苗が俺の周りのぬえと小傘に目を向ける。こいつらはいったいなんだと言いたいのだろう。
またぬえのほうも、俺の袖を引っ張って「この人知り合い?」といった視線を向けてくる。どちらも人見知りをするような子ではないのだが、間に俺がいることもあり、紹介してもらうのを待っているのかもしれない。
「……真さん、そこの黒髪のお嬢さんはどちら様ですか?」
俺が言葉を紡ぐ前に、たまらず早苗が訊いてくる。
「ああ、こいつはぬえ。こんな姿をしてるけど妖怪だ」
俺はぬえの頭に手を乗せつつ問いに答える。
先ほど人里に寄ったときだが、騒ぎになっても困るので、変化でぬえの羽は隠しておいたままだった。そういえば小傘も、ぬえを初めて見たときには人間だと勘違いしていたような気がする。後で元に戻しておくとしよう。
「へぇ、寺子屋の子どもかと思いましたが、人間じゃなくて妖怪でしたか」
「まぁ、俺の子どもだしな。当然種族は妖怪になる」
「なるほど。だから髪の色も同じなん…… ええっ!!? 真さんの子ども!!?」
「冗談だ」
早苗の周囲に驚きのエネルギーが放出され、俺の妖力が少し回復する。
軽いジョークだったが、面白いように早苗は驚いたものだ。こういう子が学校では人気者のいじられ役になったりするんだろうな。
もっとも、幻想郷に来た時点で、早苗が学校に行くことはもうないが。
「もー、真、しつこすぎ。さっき人里に行ったときも同じネタを使ったでしょ。阿求とか慧音とか」
「すまん」
「……な、なんだ冗談ですか…… びっくりしすぎて寿命が百年くらい縮まりましたよ……」
そりゃお前、ほとんど即死だぞ。
幻想郷に来て守矢神社の巫女になったことで早苗の寿命が延びでもしたのだろうか。そんなシステムがあったとは初耳である。
「で、こっちの、早苗から出た驚きのエネルギーを食べてる子が、小傘な。こっちも妖怪」
「は、はぁ…… 何か食べてると思いましたが、驚きを食べる……?」
「俺の子だ」
「もう騙されませんけど!?」
さすがに二度目ともなり、髪の色も違うとなると、簡単に信じてはくれないらしい。
もっとも、俺に子どもがいるとなると必然的に相手が存在するわけで、俺にそんな相手などいないなんてすぐにわかりそうなものだけどな。なんせ長年生きてるのに浮いた話は未だにゼロだ。
……自分で言って悲しくなってきた。
「で、ぬえと小傘、お前らにも紹介しておくぞ。この騒がしい人間は……」
「早苗でしょ。聞いてたから分かるよっ」
ぬえは自分の知識をひけらかすよう、自信満々に早苗の名前を出す。早苗のことも紹介しようと思ったのだが、もうその必要は無かったようだ。
まぁ横で話を聞いてたらそれくらい分かるか。小傘なんかも勝手に早苗にお辞儀してる。えーと、多分「ご飯ありがとうございました」かな。早苗もそれに対して頭を下げているようだ。
「……別にご飯をあげたつもりはありませんが……とにかくまぁよろしくお願いします。東風谷早苗、人間です」
「封獣ぬえ。大妖怪だよ」
「
改めて、もう一度自己紹介を行う三人。最初からそうしてれば、俺に手間はかからなかったんじゃなかろうか。
実年齢はともかく、精神年齢は全員近そうなので、まぁ仲良くできるだろうと俺は思う。この妖怪二人にとって早苗は、驚かす対象でもあるわけだけど。
「……そっかー、早苗は人間かぁ。まぁ人間でも、真の知り合いなら仲良くしてあげてもいいよ」
「あはは……それはありがとうございます」
「……あっ! そうそう小傘! それで、さっきの話の続きなんだけどね!」
自己紹介を終え早苗をジロジロと見ていたぬえだが、目についた何かがきっかけになったのだろうか。なにやら思い出した様子を見せて、ぬえは小傘の近くに移動する。
「さっき? えーと何の話をしてたんだっけ?」
「封印を解くために私たちが何してるのかって話!」
ああ、そういえばそんな話の途中だったっけ。小傘も思い出したのか、ああうんうんと相槌を打ち始める。
ちなみに早苗は来たばかりであるので、この話には置いてけぼりである。
「封印を解くためには幻想郷じゅうに散らばっちゃった、とある道具が必要でね? 皆でそれを探してるんだけど、私たちは掃除しなきゃいけないからここから動けないの」
「うんうん」
「……」
相槌を打つ小傘と、掃除しなければならないという事情にいまいちピンと来てない早苗。別に、掃除は義務でもなんでもないのだが。そんなところで引っかかっていると大事な部分を聞き逃すぞ?
「それで私たちはね、ここにいてもその道具が集まるように……こうすることにしたんだよっ!」
「……わっ! え、私?」
急にぬえに指差されて驚く早苗。が、ぬえはそんな早苗を気にすることなく言葉を続けた。
「横に浮いてる
「あ、ああこれですか? これはうちの神社の近くで偶然見つけたものですが……」
実際のところ、ぬえが指差していたのは早苗ではなく、早苗の横に浮いていたボールだった。さすがにボールに意思はないため、指差されたことに反応することもなく依然としてフワフワと浮いている。
「……なんでも最近幻想郷では、願いを叶えてくれる不思議な道具の噂で持ちきりになっていましてね。その道具を幻想郷のどこかに現れた特別な場所に持っていくと願いが叶うそうです。実はここだけの話、私は
改めて早苗の横に浮くボールを見てみると、確かに七つ集めると願いが叶いそうな形をしている。さしずめこれは
そういう噂だけ聞いても本当かどうかは信じられないものであるが、実物を目の前にすると信じてしまう部分も増えるのだろう。言葉通り、興奮した様子を見せて早苗は言う。
「……」
「……あ、あれ? リアクションが薄いですね…… 願いが叶うんですよ、すごくないですか?」
しかしながら、興奮した早苗とは対照的に、ぬえは別段大きな反応を見せてこない。それに引っ張られて早苗の熱も引いていく。
「……つまりね小傘、こういうこと。早苗も落ち着いてよーく聞いてね」
「え? は、はい……」
「早苗が聞いたっていう、願いを叶える噂のことだけど……」
一転、先ほどとは違い、なぜかこの場に緊張が走る。おそらくぬえの話し方のせいだろう、本人がそれを狙っていたのかは不明ではあるが。
息継ぎでぬえの言葉が途切れた今の一瞬、ゴクリ、と早苗が息を飲む音が聞こえた。
「……実はその噂! 私と真が地上で広めた嘘だったのだー! あはは、やーい早苗、騙されたー!」
「……………………え?」
緊張をぶち壊すぬえの笑い声と、早苗の間の抜けた疑問の声が、一瞬だけこの場に響き渡った。次の瞬間にはもう早苗の声は聞こえない。咲夜の仕業なんじゃないかと思うほど、早苗の時間は停止している。
「……え、ぬえちゃん? 嘘って一体どういうこと?」
「……あれ? 小傘には伝わったと思ったけど、分からなかった?」
「え、私には? うーん……ごめん、分かんない……」
「……はっ! そ、そうですよ! 何が目的でぬえさんたちはそんな嘘を!」
小傘の言葉を皮切りに、遅れて早苗の時間が進み始める。噂が嘘だったということを早苗は頭の中でうまく整理ができたのだろうか。
ぬえは早苗が口にした問いに、人差し指を立てて答えていく。
「つまりね……『
「……? ……あっ、もしかして! 早苗さんの持ってた
「いぐざくとりー! 小傘正解!」
「やったー!」
見た目の年相応に、両手を上げて喜ぶ小傘。そう、たったいま小傘の言った通り、早苗の横に浮いているそのボールこそが飛倉の破片であり、ぬえが説明した『幻想郷じゅうに噂を流す』ということが、俺たちの実践していた飛倉の破片探しの協力の方法だったのだ。
言ってしまえば、誰かに全部集めてもらい最後に成果を横取りするというような、少々セコい方法である。
「へぇ、これで封印が解けるんだ……」
半信半疑な面持ちで、小傘が早苗の横に浮いていたボールを軽く手に取る。
ちなみに飛倉の破片はこんなボールの形をしているわけではなく、ぬえの能力により『そいつが考える願いを叶えてくれそうな形』に見えるようにしてあるというからくりである。
それ故に俺にはドラゴンのボールに見えているというわけ。きっと小傘と早苗には、また別の物体に見えていることだろう。
「……すごいっ! ぬえちゃん頭いい!」
「へへー。まぁ考えたのはほとんど真だけど……」
「……え。ちょ、ちょっと待ってくださいよ。ということは私のしたことって完全に無駄……? これを持ってても別に願いを叶える龍とかが出てきてくれるわけじゃないんですか!? ねえ真さん!」
まんまと策にハマった早苗が、俺に向かって悲痛の声をあげてくる。さすがに出会ったばかりのぬえたちに対して何度も大声で問い詰めるほど遠慮のない性格ではなかったようだ。と言っても一度は問い詰めているので、俺がいなければ普通にぬえに問い詰めていたような気もするが。
「はは、願いを叶える龍なんて、早苗は本当にいると思ったのか?」
「だって幻想郷ですよ!? 幻想郷では常識に捕らえられてはいけないのです!」
つい最近来たばかりのくせに、早くも幻想郷に染まった発言をしている早苗。なかなかに適応能力が高いと言える。
確かに外の世界に比べたら常識の外の出来事はあるだろうが、幻想郷には幻想郷の常識があるのだ。冷たいかもしれないが、俺ははっきりと早苗の言葉を否定する。
「そ、そんなぁ…… うう……真さん酷いです……」
ガックリと肩と落とし、早苗は己の無駄足をすべて俺のせいにする。まぁ、噂を流したのは俺なので何も間違ってはいないのだけど。
いつも明るい早苗が落ち込む様子というものは、見ていてより一層かわいそうに見える。
「……この心の傷を癒すには、おそらく三日はかかるでしょう…… 真さんはどう責任を取ってくれるんでしょうね……?」
「……ま、まぁ、噂のすべてが嘘ってわけじゃないぞ? 目的の物を持ってきてくれた礼として、願いは無理だが、お願いくらいなら聞いてやる。俺ができる範囲でだが」
「! 本当ですか!?」
肩を落としていた早苗が、ガバッと勢いよく頭を上げた。立ち直るのには三日かかるんじゃなかったのか。
ああ、本当だとも。咄嗟の思い付きではなく、最初からそうしようと決めていたのだ。ここに来たヤツに噂が嘘だとバラしたら、多かれ少なかれ気分が落ちるのは予想できたからな。ここまで落ち込まれるのは予想外だったので、少々戸惑ってしまったが。
「ほら、早苗は何がいい? 爪切り800個か?」
「いえ絶対いらないですけど…… えーと、それじゃあどうしましょうか……」
俺が何がいいかと問うてみると、早苗は悩んだ様子を見せてくる。なにかしら叶えたい願いは決めていたのだろうが、俺の手で実現可能となるとまた話は変わってくるということか。もしくは、俺という顔見知りに己の欲望をぶつけるのは少々抵抗があるのかもしれない。
「……喜んではみたものの、今は特に叶えたいことも無いんですよねー。保留っていうのはありですか?」
「む」
違った、決めてないだけだった。じゃあなんでさっきはあんなに落ち込んでたのだろう。
「……別にいいが、次回になって俺が忘れてたら、なんていうか微妙な空気になるぞ?」
「あ、それはそうですね」
なんせ霊夢との約束を数日で忘れて、怒られたこともある俺である。記憶力の無さには定評があるのだ。
言ってもらえれば思い出すのだろうが、そのやり取りの手間を考えると、さっさと済ませてほしいというのが本音と言える。
「……それでしたら、神奈子様たちに相談しに一度神社まで戻ります。それで、いい感じのお願いが見つかればもう一度ここまで来ようと思うんですが」
ああ、うん、それがいいかもな。ぜひともそうしてもらうとしよう。
ところで、お願いを聞いてあげるということで俺のほうが立場は上だと思うのだが、『そうしてもらう』ってのはおかしくないかな。
「それでは、行ってきますね! なるべく早く戻ってきますので!」
そうしてくれと言うべきか、それでもいいぞと言うべきか。悩んでいたら、早苗はすでに宙へ飛んで行ってしまった。ぬえと小傘は二人とも、「またねー」と早苗に手を振っている。
「……早苗、お土産持ってきてくれるかな。食べ物がいいなー」
図々しいぬえの呟きに、小傘が「私はさっきもうもらったようなものだけどね」と返していた。