東方狐答録   作:佐藤秋

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第百六話 時戻異変⑦

 

「……えへへ~、真の膝枕~♪」

「……よしよし。幽々子の頭も、レティほどではないけど冷たいなぁ……」

「……あのぅ……」

「ん? 妖夢どうかしたか?」

「いえ……逆じゃないのかなーって思いまして…… 何て言うか、大きさ的に……」

「いいのよこれで~♪ 敢えて小さい真に甘えるのがいいんじゃない♪」

「は、はぁ……」

 

 紫を探して白玉楼まで来てみたが、またしても紫はここにいなかった。守矢神社、永遠亭、白玉楼と来て、次なる紫の場所を調べてみると、今度は地霊殿と来たものだ。普段寝てばっかりのイメージのある紫の癖に、なんでここ数日はこんなに動きが活発なんだと文句が言いたい。

 

 何度もたらい回しにされ続けて、そろそろいい加減うんざりしてくる。ゲームのイベントでだって、都合よくこんなたらい回しにされることは少ないはずだ。紫のことは今後、ホワイト将軍、もしくは宝のマップ16と呼んでやろう。そう決めた。

 

 白玉楼では、幽々子と妖夢に小さい姿を見られてしまった。くそう、俺の秘密を知るヤツが指数関数的に増えていってるな…… といっても妖夢はもともと小さいからどうでもいいし、幽々子も普段と変わらない態度で接してきたため、そこまで心にダメージを負うことは無かったが。なぜか幽々子には膝枕を要求された。

 どうして幽々子は、俺が普段の姿をしているときよりも甘えてきたんだろう。バクマンという漫画にて、平丸さんは「年下に甘えたいんです」とか言ってたけどそういうものなのかな。いやいや、俺は姿が小さいだけで、年下になったわけじゃないんだけど。

 

「……えへ~。真、もっと撫でて~♪」

「はいはい」

「(……幽々子様、小さい真さんに膝枕されていつもより嬉しそう…… わ、私も普段から幽々子様に膝枕してさしあげたほうがいいのかな……?)」

「……妖夢にはそんなこと求めてないわよ?」

「(心を読まれたっ!?)」

 

 とにかくまぁ、数刻ほど幽々子に付き合ってから、俺は次に地底に向かうことにした。

 ……地底かぁ。とりあえず、()()()と顔を合わせるのはまだちょっと避けたいところだなぁ……

 

 

-・-・-・-・-・-・-・-・-・-

 

 

 地上から地底につながる道は、今の幻想郷には二つある。一つは昔からある妖怪の山の大きい穴。そしてもう一つは最近できた、博麗神社の温泉穴だ。

 妖怪の山の穴だと、地霊殿に行くまでにヤマメの住処だったり旧地獄だったりを通ることで誰かに発見される恐れがあることに対し、博麗神社の穴からだと地霊殿に直接つながっているため、余計な誰かに出会う心配が無い。当然ながら、俺は神社の穴から地霊殿に向かうことにした。

 もしかしたら穴に入る際、神社にいる誰かに目撃されたかもしれないが、それは許容範囲内ということにしておこう。その場で追及されなければ、後からどうとでもごまかせるのだ。

 

 地霊殿までたどり着き、俺はまずさとりを探すことにした。そりゃそうだ。いくら目的が紫だといっても、地霊殿まで来た以上、まずは家主に挨拶するのが筋だろう。守矢神社でも永遠亭でも、俺は勝手に忍び込んだりしなかった。

 それに、紫が地霊殿に訪れた以上は、何か用事があるに決まっている。ということはさとりに対しての用事じゃないかと考えたためだ。まさか紫も、地霊殿の温泉に一人で浸かりに来たわけじゃないだろう。温泉なら博麗神社にもあるのだから。

 さとりに挨拶しに行って、そこに紫がいるということが、俺の考える理想的な状態である。

 

「……さて、さとりの部屋はどこだったかな…… 入り口がいつもと違うから分かりにくい……」

 

 博麗神社から繋がる穴の出口……地霊殿の地下にたどりつき、俺は汗を拭いつつ一人でそう呟く。ここはお空が制御する灼熱地獄の管理室。訪れることがあまりないため、道が少々分かりづらいのだ。

 外の季節は冬だというのに、ここの気温は少々暑い。汗が出るのも当然と言えよう。さっさとこの場から離れるとする。

 

 地霊殿には灼熱地獄の熱を利用した温泉があり、さとりたちが個人的に入る温泉の他に、一般にも開放している温泉というのも存在する。だからこそ、先ほど俺は、紫が地霊殿まで温泉に入りに来たという可能性を考えたのだ。もっとも、紫がそんな温泉の存在を知っているとも限らないし、すぐにそんな考えは却下したが。

 

「……それにまぁ、地霊殿の温泉に入りに来るヤツは少ないしな。今日だってほら、地霊殿の中には人が少なくて、俺にとっては都合がい……」

「……いやー!! 久しぶりに温泉ってのもいいもんだぜ! な!」

 

 堂々と地霊殿の中を歩きながら独り言を呟いていると、言ったそばから誰かの声が聞こえてきた。

 低く荒々しい男の声。それも一つではなくたくさんの声が、俺のすぐ目の前の(かど)から近づいてくる。

 

「だな! さっぱりしたところで飲み直しといこう!」

「おう! じゃ、いつもの店に行くんだな!」

「まぁ待てよ。勇儀姐さんがまだ風呂だぜ?」

「む、そうだったそうだった。さすがに一緒に入るわけにはいかねーし」

「たりめーだ馬鹿!!」

「出る時間が揃えられないって話だもっと馬鹿!!」

 

 どうやら今日に限って鬼たちが、大勢で温泉に入りにやってきていたようだ。地霊殿には人が少ないって言ったばかりじゃないか。もし仮に、言ったことを本当にするような言霊の仕事があるとすれば、俺の言霊は職務怠慢もいいところである。

 

 まったく、どうしてこいつらも今この時というピンポイントで温泉にやってきたりするかなぁ。普段風呂になんてめったに入らないくせに。

 ……なんて、脳内で愚痴を言っている場合ではない。鬼どもに会うのは構わないが、いま俺がこんな姿であるなら話は別。幸いながら目の前には鬼たちが来ないであろう分かれ道が別にあったため、俺はすぐさまその道に飛び込み身を隠す。

 

「……ん? 今なんか目の前を通り過ぎなかったか?」

「別に、何も通り過ぎていないんだな~」

「おいおい早くも酔ってんのか。さては風呂に酒を持ち込んでたな?」

「はっは! そりゃお前のことだろう!」

「おかしいな…… 風を感じたような気がしたんだが……」

 

 鬼たちの前を横切ることになったのだが、なんとか見つからずに済んだようだ。勇儀や萃香ほどの実力者はいなかったようで、俺はほっと安堵の息を吐く。

 見たところこいつらは全員男であるし、来た方向も男湯がある方向なので、勇儀とか(実力者たち)がいないのは必然だったな。男より女のほうが強いっていうのはどうなんだろう。仮にそうではない場合、勇儀や萃香(あいつら)以上の実力者が簡単にゴロゴロいるってのも、それはそれで問題だが。

 

「……どうする? 姐さんは置いて、先に店に行っちまおうか」

「そうだな。姐さんのことだ、どうせ風呂でも飲んでるだろうし、先に飲んでても怒らんさ」

「む…… か、考えたら姐さん、いま風呂に入ってるんだよな…… ちょ、ちょっとだけ様子を見ていかねぇか?」

「お、覗くつもりか? やめとけやめとけ。もし見つかったら命が無ぇ」

 

 曲がり角のすぐそばで立ち止まり、これからどうしようかと相談を始める鬼たちご一行。こいつらがどこで話そうと強制できる立場ではないのだが、できれば早いところここから立ち去ってくれないものか。すぐそこに隠れている身としては気が気でない。

 まかり間違って覗きでも始めようとか言い出してこっちに来たら、こいつら全員の両目を潰してやる。覗かれる女性のためではなく、主に俺の名誉のために。同じ男でも、こんな姿を見られていいとはならないのだ。

 

「(……とはいえ、鬼は嘘や曲がったことを嫌う種族、こいつらが覗きなんてするはずないけどな…… このまま静かにしていれば、後ろから誰かが来て音でも立てない限り俺が見つかることは無い……)」

「……あーいい湯だった! 風呂の中で飲む酒ってのがこれまたうまいんだよねぇ!」

 

 どうやら俺の言霊は、休暇を取ってどこか旅行にでも出かけたらしい。なんとまぁこれまた狙い澄ましたようなタイミングだろう。俺が陰から鬼たちの様子を見ていたら、背後から誰かの声が聞こえてくる。

 

「……お? どうした坊主、男湯があるのはこっちじゃないよ」

 

 声の主は、俺を発見するや否や、近付いて声をかけてきた。誰が坊主だと思いっきり突っ込んでやりたいところだが、今は大声を出せる状況ではない。

 

「……ん? 今あっちから姐さんの声が聞こえなかったか?」

「(……マズい、あいつらがこっちを見に来てしまう……!)」

「……ってあれ! アンタよく見たら」

「(ちょ! わ、悪いが少しだけ黙っててくれ!)」

「わっぷ!」

 

 俺は即座に後ろを振り返り、小さくなっている手のひらで現れた人物の口を塞ぐ。見つかるか見つからないかの瀬戸際なのだ、少々乱暴になってしまったのは許してほしい。

 万が一鬼たちが来たときの警戒もしていたのだろう、俺は半ば無意識とも言える状態でその人物の後ろ側に回り込み身を隠していた。当然背後に回り込んでも、口を塞いだこの手は離さない。 

 

 この格好、仮に俺の手にクロロホルムがしみ込んだ布でもあったならば、ちょっとした事件の現場のようだ。事件というには被害者と加害者の立ち位置が逆のような気もするが。その……言いたくないが背の高さ的に。

 

「(……な、何すんだ真!)」

「(しっ! 頼むからちょっと黙っててくれ!)」

 

 俺はこいつを腕の中に抱え込み、急いで鬼たちの動向を(うかが)う。謝ったり言い訳するのは終わってから。今は変に物音を立てないことが最優先だ。

 

「(……どうだ……?)」

「……あれ、姐さんが来たかと思ったけど誰も来ねぇ」

「はっ、つーことはお前の聞き間違いだな。覗きに行こうなんて考えたから、きっと姐さんの幻聴が聞こえたんだろうぜ」

「はっはっは、違いねぇ! おら、姐さんのためにさっさと飲み場を確保しに行くぞ!」

 

 おかしいなぁ、絶対聞こえたと思うんだが。なんでもここじゃあ誰もいないところから声が聞こえるのは珍しくないんだと。まぁ風呂上がりの姐さんの姿で我慢しようぜ。髪が濡れてる姐さんも色っぽいよな!

 

 なんて会話を全員でしながら、鬼たちは俺に気付くことなく歩いていった。

 ……よし、これでもう危機は過ぎたと言っていいはずだ。変に緊張していたためか、額に汗がにじみ出る程度に体が熱い。

 

 誰もいないところから聞こえる声、というのは、おそらくこいしのことだろう。心の中でこいしに感謝しつつ、俺はようやく緊張の糸を緩める。

 

「……ふう、危ないところだった…… っと」

 

 鬼たちがこっちに気付くかということだけに集中していたため、危機が去ったいま俺の頭には様々な情報が流れ込んで来た。

 手のひらに残る柔らかい感触と、鼻をくすぐるシャンプーのいい匂い。また、その匂いの中には頭がピリピリとしてくる官能的な香りも混じっていた。

 これはアルコールの匂いだろうか。匂いは目の前にいるこいつから漂っているようだ。

 

 そうだそうだ、先ほど俺は背後からきて声を出してきた迷惑な人物の口を押さえてたんだった。

 結果的に俺からも迷惑をかけてしまったわけなのだが…… それはそれとして、まずは口を塞いでいた手をどけるとしよう。

 

「……ほっ、と」

「……っぷは。 ……あー、びっくりした」

 

 目の前の人物の緊張が解かれたのが気配で分かる。手を放し、その次にするのは謝罪である。

 

「悪かったな。鬼たちに見つかるわけにはいかなかったん……」

「……今日の真はずいぶん大胆な真似をするんだねぇ。 ……でも強引なのもたまにはいいかも……」

「……ん?」

 

 ……あれ、俺って自分の名前を言ったっけ? 謝罪というか、言い訳を口に出そうとしていたら、相手の口から俺の名前が飛び出してきた。

 

 いやいや静かにしないといけない状況でそんなことをしていたはずはないし、胸に名札を付けてもいない。つまりこいつは今のこの俺を見て、俺が真だと認識したわけだ。おかしいな、俺のこの姿を知って生きているヤツはそう多くはいないはずだが…… 

 

 こいつが俺の名前を知っていたこと。また、鬼たちが大勢で温泉に入りに来ていたこと。頭の中で様々な考えをぐるぐるさせながら、俺は目の前にいる人物に目を向ける。俺の視界に入ってきたのは……

 

「……ゆ、勇儀!?」

「おー、その通り勇儀姐さんだよ。逆に誰だと思ってたんだい」

「誰だとも思ってなかったけど…… ど、どうして勇儀がここに!?」

「私が温泉に入りに来たらいけないかい? というか私からすれば、女湯の前にいる真のほうが『どうしてここに?』なんだけど」 

 

 落ち着いた様子の勇儀がそこにいた。

 ……もう一度言おう、落ち着いた様子の勇儀がそこにいた。

 

 俺はまだ、口を塞いでいた手を引っ込めただけ。依然としてかなり近い、ほぼ目の前に勇儀の顔があった。

 

「……ええっ! 勇儀!?」

「……また? そうだよって言ってるじゃん。ついでに言うとここは地底でアンタは真だよ」

 

 記憶喪失の相手にするような対応を見せてくる勇儀。いきなり口元を塞がれたのに、既に勇儀からは動揺した様子が無くなっている。

 対照的に俺の頭は、今から混乱を始めていた。まさかここにいたのが勇儀だったとは。

 

 そう知ってしまってからは、心当たりが流れるように頭の中に浮かんでくる。

 アルコールの匂い。男の鬼たちが来た道とはまた違う曲がり道。鬼たちは大勢で温泉に入りに来ていたのだから、勇儀も一緒に来ていたなんて予想できていたことじゃないか。

 自分の間抜けさにあきれて声も出なくなる。俺はそんなに馬鹿ではないと自負していたはずなのだが。

 

 ……ということはだ。俺は勇儀に出会ってそうそう、背後から抱き着いて口元を押さえたりしたわけである。

 ……なんだこれ、タチが悪いってレベルじゃねぇぞ。前にしでかしてしまったことも考えて、俺はなんてことをしてしまったんだ。

 

「……う、うわああああ!! 勇儀! ごめんんんん!!!」

 

 さながら熱されたストーブに手を置いてしまったときのごとく、俺は触れていた勇儀から飛び退()いて、謝罪の言葉を口にする。反射とはこういうことを言うのだろう。もっとも本当の反射ならば、頭が勇儀と認識する前に離れていないといけないのだが、俺の脊椎はそこまで優秀ではないようだ。 

 

「……へ? ああいや、別に怒ってないよ。確かにちょっと驚いたけど、怪我をしたわけでも無かったしね」

「死ね!? 分かったよし死んでくる!」

「言ってないし、分かっちゃだめなところだよそれ」

 

 残念だ。近くにいい感じのロープが無いか探してみたが、首を吊れそうなロープは見当たらない。というか多分俺、首を吊ったくらいじゃ死なないんじゃないか。だって浮けるし。

 

 他に何かいい死に方は無いかと考えていると、勇儀が俺の身長に合わせて目線を下ろしてきた。またもすぐ目の前にある勇儀の顔。湿った金髪がなんだか新鮮で、不思議といい香りがしてくる気がする。

 

「あ……う……」

 

 今なら水面から顔を出して酸素を欲しがる金魚の気持ちがよく分かる。呼吸するのが難しく、口からは変の声が漏れるのみ。どうかカオナシと呼んでくれ。

 

「……で? いまいち事情が飲み込めないんだけどさ、どうして真はそんな懐かしい姿になってるのかな」

「え、えーとだな……」

「……まさか子どものフリをして、女湯に入ろうとしたわけじゃああるまいし」

「当然だ! じ、実は……」

 

 未だに冷静さを欠いていた俺は、実に正直に現在の状況について説明していた。それはもう、そこまで説明しなくていいだろうと後から思うくらい。普段からあまり嘘をつくことはしてないが、テンパるといつにも増して嘘がつけないのである。

 

 嘘がつけないと言っても勇儀はこの姿の俺を前から知ってたわけで、話すことが最悪というわけではない。それでも、同じようにこの姿の俺を知っている鬼たちから隠れたことから分かるように、簡単に姿を見せてもいいわけでもないが。

 

「……ふぅん。紫に境界を弄られて、元に戻れなくなっちゃったんだ。そりゃあ災難だったねぇ」

 

 温泉に続く廊下に二人で腰を下ろしたまま、勇儀は俺にそう言ってくる。こんなところにいて、温泉に入ろうとする人の邪魔になったりしないだろうか。まぁ基本的に利用者は少ないので大丈夫だとは思うけれど。

 不可抗力で勇儀の口元を塞いだことも含め、俺にのしかかっていた心の重みを全部話せたためだろうか、別のことを考えることができる程度には回復できたようだ。

 

「……でも私は、今の姿の真も結構いいと思うんだけどなぁ……」

 

 なんだ、お前もまた他のヤツらと同じように、こっちの姿はかわいいとでも言うつもりか? 内心で、俺は勇儀に対してそう邪推する。

 おおかたこの姿になってしまった俺に対するフォローなのだろうが、俺に言わせてみたらそんな言葉はフォローなんかになっていない。男がかわいいと言われて喜べるはずがないのだから。

 

 実は勇儀の一つ前の台詞「災難だったね」という言葉から、勇儀はこの姿を弄るでもなく、この姿になってしまった悲しみを共有してくれるものかと期待していたのだが…… 所詮勇儀もそこら辺のヤツらと同じだったというわけだ。

 ……まったく、男に向かってかわいいなど……

 

「……だってその姿の真、強いからさ! たくさん尻尾が出てるのも、迫力があってかっこいいよね!」

「……えっ?」

 

 予想外に続いた勇儀の言葉に、俺は時間が停止したみたいに動きが止まる。今の俺は咲夜でさえ止めることはできないのに、まさか勇儀に止められるとは思わなんだ。それもたったの言葉一つで。

 いい意味で予想を裏切られるとはこのことだろうか。期待していなかったどころか憂慮していたところで、かっこいいなどと肯定的なことを言われるとは思っていなかった。

 

 知っている通り勇儀は鬼であり、鬼は嘘をつくことをほとんどしない。つまり今の勇儀の言葉は世辞ではなく本心に近いようなものであるわけで……

 ……なんだこれ、背中がものすごくくすぐったい。掻こうにもこの姿じゃあ背中まで腕が届かないんだが。

 

「……そんなわけで、ちょっと小さくなった真も私は好きだなぁ。あ、当然普通の姿の真も好きだし、狐になったときの真も好きだよ。どれも同じ真なんだから好きなのは当然なんだけ……」

「ゆ、勇儀! 分かったからちょっとそれくらいで……!」

 

 さらに続けて俺の背中をくすぐってくる勇儀を、慌てて俺は停止させる。このまま聞いていたら羞恥心でどうにかなってしまいそうだ。どれだけ俺は褒められ慣れてないんだろう。

 

「……あ、ありがとな……」

 

 とは言え、嬉しくないわけでは当然ないのだ。俺がもう少しフランクな性格をしていたら、喜びで勇儀の身体を抱き締めていたかもしれない。もっとも今の俺にはこう言うだけで精いっぱいだが。

 

 勇儀は、何か礼を言われるようなことやったっけ、といった表情をしている。この直球系鈍感型キャラクターめ。お前はどっかの主人公か。わざわざ説明などしないからな。

 

「……もういいだろ。俺は早いところ紫を捕まえに行かなきゃいけないんだ」

 

 そう言って、俺は座っていた廊下から立ち上がる。照れ隠しという面も半分はあるかもしれないが、言っていることは本当だ。

 立ち上がっても、未だ座っている勇儀を見下ろす場所まで視点が上がらないのが少し悲しい。

 

「そうだったね。確か地霊殿(ここ)まで来てるんだっけ? 私も一緒についていこうか」

「いや、いいよ。勇儀は鬼たちと飲む約束があるんだろ? それなら早く行ってやったほうがいいと思うぞ」

「なに、あいつらとは毎回飲んでるしね、今はこっちのほうがよさそうだ。真のほうこそ早くしないと、また紫と入れ違いになるんじゃ……」

「……ああ、それならもう遅いですね。紫さんなら随分前に地上に戻ってしまいましたから」

「「えっ」」

 

 勇儀も立ち上がろうと地面に手を突いた瞬間、前から声が聞こえて俺たちは同時に顔を向ける。少々驚かされたが、先ほど勇儀にしたような愚はもう犯さないし、追い詰められているわけでもないからそもそも愚を犯す必要も無い。

 誰が来たのかほとんど予想はできていたが一応ちゃんと顔を確認してみると、予想通り地霊殿の主がそこにいた。

 

「……はいその通り、地霊殿の主のさとりですよ。逆に誰だと思ったんですか? ついでに言うとここは地底で、貴方たちは勇儀さんと真さんですよ」

 

 一体いつから聞いていたのか、少し前の勇儀の台詞を少々真似て、茶目っ気たっぷりにさとりが言う。ペットたちの前ではしっかり者の保護者というイメージが強いさとりだが、それ以外だとこういう一面も見せるのだ。

 それにしても、勇儀がその台詞を言ったのは結構前だと思うのだが、そのときからずっとさとりはいたのだろうか。

 

「ははは、やぁさとり、お邪魔してるよ。アンタも温泉に入りに来たのかい? 珍しいね、こっちなんて」

「ああいえ、違います。大きい声が聞こえたので様子を見に来ただけですよ。結構前からいたわけじゃなくて、声が大きいために内容が聞こえていただけにすぎません」

 

 頭で考えた俺の疑問と声に出された勇儀の疑問、ちゃんと聞き分けてどちらにもさとりは律儀に答える。いつ見てもほれぼれするような、スムーズに流れる会話術。さすがは心を読めるさとりである。

 なんでも察するさとりが相手だと、この姿を見られても焦る気持ちなど起こらない。ある意味これは諦めのようなものなのかも。

 

「……それで、話を戻しましょう。残念ながら紫さんはもう地上に帰ってしまったわけですが……」

「え、マジか。くそう、またもや逃がしたか……」

「……それなんですけど、いいですか?」

「あ、まだ続きがあったのか? 悪いな、どうぞ続けてくれ」

「……真さん貴方、馬鹿でしょう」

 

 紫とまた入れ違いになったところを悔しがっていると、なぜだか急にさとりに罵倒された。まさかの泣きっ面に蜂である。

 まだ馬鹿としか言われてないが、そこまで言わなくてもいいじゃないか。紫を捕まえられなかっただけなのに。

 

「……それが馬鹿だと言ってるんです。真さんは便利な能力を持っているのにどうして捕まえられないんですか。ちゃんと使ってくださいよ」

「使ってるよ。紫の今いる場所を調べて、だからこうして地底まで来てるんじゃないか。でも紫の能力も便利だから、こうして入れ違いになってしまったんだろ」

「ですから、その使い方が馬鹿なんですよ。どうして『現在位置』を調べるんですか。『これから紫さんが来る位置』を調べれば、あとはそこで待ち伏せるだけでしょうに」

「……あっ!!」

 

 さとりが、私が真さんの能力を持ってたら半日も経たず紫さんを捕まえる自信がありますよ、と続けて言う。悔しいが何も言い返せない。確かに俺が馬鹿だった。

 

「……うわ、なんで俺そんな簡単なことに気付かなかったんだろ…… そこそこ賢い自信がひそかにあったのに……」

「いや、真は昔から結構抜けてるよね。思い込みが激しいと言うか」

「うお…… さとりからは仕方ないとしても、まさか勇儀からも言われるとは……」

「……あとあれだね、真はたまに失礼だよね」

 

 今までなんという遠回りをしてきたんだという落胆は当然ある。しかしさとりの言葉のおかげで終わりが見え、紫が捕まえられる希望が見えてきたのだ。気分は落ち込むどころか上を向いてきた。この気持ちを、早いところ行動にも移したくなってくる。

 

「……さとり。来たばっかりで悪いがもう行こうと思う。さとりのおかげでなんとかなりそうだ、ありがとな」

「どういたしまして。次に来るときはいつもの姿でお願いしますよ。その姿の真さん、心の声がうるさいですから」

 

 え、そうなの? それはちょっと、俺にはどうしようもない気がする。妖力が普段より多いせいだろうか。

 

「勇儀もまた。色々迷惑かけて悪かったな。それと色々ありがとう」

「えー。真はもう行っちゃうのかい。今日くらいウチに泊まっていけばいいのに」

 

 確かにさとりから言われていなければ、今日は時間がもう遅いし、地底に泊まっていたかもしれない。しかしながら元に戻れる光明が見えたのだ。それならばできるだけ早く戻りたい。

 ……というか勇儀の住処に泊まるのは、まだ俺にとっては難易度が高いかな? どうしても思い出してしまうことがあるというか…… ああもう、忘れようとしてたのに! しかし半分くらいは忘れるのがもったいない気もしたりして……

 

 と、とにかくだ。『答えを出す程度の能力』で紫が次に現れる場所を調べ、そこに向かうことにしよう。俺は勇儀とさとりを後にして、ここまで来た道を戻っていった。

 地底から戻ったところにあるのは博麗神社。どうやらそこが、今回の話の終着点になりそうだ。

 

 

 

 

「……あー、真もう帰っちゃったかー。今度は私が地上まで行こうかなー……」

「……そうですねぇ、地上との不可侵条約も最近は無いようなものですし…… ところで勇儀さん、今日は真さんと普通に話せてましたね。もう心の整理はついたんですか?」

「え? そりゃまぁ普通に話せるだろうが、心の整理ってなんのこと?」

「ほら、前に真さんが地底に来て、そして帰ったときの話です。勇儀さんそのとき、『もうしばらくは真の顔をまともに見られない』って言ってたじゃないですか。なんでもその前日に二人で飲んでいたそうで……」

「……えっ。あ。あー! そ、そうだった……! 真が小っちゃい姿だったからそれに気をとられて……」

「……なんだ、忘れていただけですか。前回あんなことしといて『今日くらいはウチに泊まっていけば』とか、勇儀さん大胆だなぁって思ってましたよ。平静を装ってましたけど、内心で真さんかなり動揺してましたね」

「そ、そうなの? ……うぅ、次また真に会ったときに、まともに話ができるかな……」

「できますよ。今日だって普通に話せてたじゃないですか。同じようにすればいいだけですよ」

「そ、そうだよね! よーし、また真が地底に来ても、今日みたいに接するぞ……! ドンと来いだ!」

「(……さりげなく、勇儀さんが地上に行く話が無くなってますね……)」

 

 


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