さとり「こんにちは。今回のお話は、『東方幼妖夢 ~Immature Cherry Leaf.』とのコラボの話です。言ってしまえば妖夢さんが幼い世界での話ですかね。こちらのみ読んでも大丈夫ですが、向こうのほうを読んでからだとより楽しめるかと思います」
真「知らない人は是非あちらを一読してみるのをオススメする。とても面白い作品なので、読んでみて損は無いはずだ。作者様、こちらの作者の頼みを快く引き受けてくださり真に感謝しているよ」
さとり「それではどうぞ。なお本編に私の出番は特にありません」
第八十二話 コラボ・幼妖夢
幻想郷の様子が何かおかしい。いや、何がと言われると返しに困るが、ともかく何かがおかしいのだ。
視界に広がる人里の様子は、いつもと変わらず平和である。しかしそこを歩く人々に対して、どうにも違和感が拭いきれない。例えるなら、俺の知っている人間ではなく、その人間にそっくりの者が歩いているような違和感だ。
そもそも俺はいつの間に人里まで来たんだろうか。確か今日は白玉楼まで外の世界のお土産を渡しに行って……幽々子と一緒にお菓子を食べながら妖夢の稽古の様子を眺めてたんだ。それで……
「……ダメだ、思い出せん。どうもあれからの記憶が曖昧だな」
俺は人知れず道端で首をかしげる。別に頭痛がするわけでも無いし、頭を打ったとも思えないんだが……
強いて言うなら、紫のスキマを通ったときのような気分の悪さを、ほんの少しだけだが感じる気がする。それが俺の記憶喪失の原因によるものかどうかは、いまいち確信できそうにない。
「……まぁいいや。団子屋にでも行こう」
考え事をするときには脳に糖分が必要である。ヒントが全く無い状態でこれ以上考え込むのも馬鹿らしい。座って落ち着ける空間に行って、改めて考えてみるというのがいいと思う。
俺は人里でよく行く甘味処を目指して、足を進めることにした。
-・-・-・-・-・-・-・-・-・-
「……やっぱりおかしい」
甘味処について団子を食べながら、先ほども脳内で考えた言葉が今度は口に出る。
ここは俺の行きつけの甘味処だ、店主とも女将とも顔見知りである。それなのに今日は店に入ると、初めて会ったような反応をされた。
俺のことを忘れたどころか、まるで本当に初めて会うかのような接し方。特に話し込んだことがあるわけでも無いが、このようなことをされて居心地がよかろうはずも無い。俺はさっさと団子を掻っ込むと、すぐにこの団子屋を後にした。
「……これはいよいよおかしいな…… 異変か? それだったら一度神社に戻って…… いてっ。わ、悪い…… ん?」
団子屋でできなかった考え事をしながら歩いていると、誰かにぶつかってしまった感触がした。俺は反射的に謝り前方を見るが、俺の目の前には誰もいない。
おかしいな、と思い視線を足元に下げていくと、顔を押さえて立ち止まる小さな白髪の女の子がそこにいた。
「うう……かおがいたい……」
「わ、悪いお嬢ちゃん、大丈夫か?」
どうやら俺とぶつかったのはこの少女のようだ。見た目はルーミアよりも少し幼いくらいの小さい少女。寺子屋に通い始めるくらいの年頃と言ったところか。
少女は俺に顔をぶつけたためか、少しだけ涙目になっている。
「だ、だいじょうぶ……」
「本当か? ごめんな、少し考え事をしていたもので……」
「うん…… よーむもよそみをしててごめんなさい……」
「お、キチンと謝れるんだな。偉いぞ」
「……えらい? えへへ……」
俺が少女の頭を撫でてやると、少女は涙を我慢する顔から無邪気な笑顔へと表情を変えた。かなり幼い見た目をしているのにも関わらず、ちゃんと謝れるなんてとてもいい子だ。髪の色が白、と一般人とは異なるためいじめられる可能性もあるが、これだけいい子ならそんな心配はいらないだろう。そもそも慧音がそんなことさせないか。
それにしてもこの子、なぜだかどこかで見たことがあるような気がする。そういえばさっきこの子は、子どもらしく一人称が自分の名前だったな。たしか"よーむ"って言ってたと思う。 ……ふむ、よーむねぇ…… よーむよーむ……
「……え、妖夢? お前妖夢か?」
「? よーむはよーむだよ? おじちゃんよーむのことしってるの?」
「……マジか……」
少女の口から出てきた言葉に、俺は少なからず衝撃を受ける。もちろんおじちゃんと呼ばれたことではなく、この少女が妖夢と自称していることだ。
……言われてみるとこの少女、俺の知る妖夢を幼くしたような見た目をしているぞ。妖夢はもともと背が低いほうだが、この妖夢はそれ以上に背が低い。
この妖夢が俺の知っている妖夢だとして、どうして妖夢が縮んでいるのだろう。考えられるのは……誰かの能力によるイタズラか? それとも、俺が過去に来てしまったとか……
いやそれだと妖夢以外が若返ってないのはおかしいな。妖夢がこの外見の頃はそれなりに昔のことになるはずだが、団子屋の主人たちに若返った様子は……
「……待てよ? 妖夢ほどではないが少し若く見えたような気も……」
妖夢ほどではないが思い出してみれば、団子屋の主人たちも少し若返っていたかもしれない。大人の変化は子どもの変化に比べて少ないから気付きにくかったのだろう。
しかしそれだと妖夢が若返った時間と団子屋の主人たちが若返った時間に、
「……能力使うか。『俺が感じている違和感の答え』」
目の前にいるちびっこ妖夢の謎以外にも、俺の中には複数の疑念が渦巻いている。周囲の人々への違和感や、団子屋の店主たちの俺への反応だ。いいかげん考えることが多すぎて頭が混乱してきたので、『答えを出す程度の能力』を使ってさっさと解決することにする。
もしかしたら複数の異変が同時に起こっている可能性もある。もしそうだとしたら自力で答えを見つけるのは難しいかもしれない。そう思ったがどうやら今の俺の状況は、一つの単語で説明できる異変のようだ。
「……パラレルワールド、だと?」
能力で出てきた答えが思わず口に出る。そう、俺は今パラレルワールドに訪れているのだ。俺が過ごしていたところとはまた別の幻想郷。この幻想郷には俺は存在せず、妖夢が幼いという世界線らしい。また、時期としては俺が紅魔館に行ったときから十年ほど前のようだ。
転生をしている俺が言うのもなんだが、俺は今まで"過去に戻る"とか"パラレルワールド"といった存在を信じていなかった。それが何の因果だろう、俺は身をもってパラレルワールドの存在を証明してしまったというわけだ。
にわかには信じがたいことだが、『答えを出す程度の能力』が間違った答えを出したことは無い。それにパラレルワールドの存在を信じると、今の妖夢の状態もさることながら、周囲の人々の異常にも説明できてしまうのだ。そりゃあ初めて会ったような反応になるわ。だってこの世界では正真正銘初めて会ったに決まってるから。
「はぁ……頭痛い……」
「おじちゃんだいじょうぶ? よーむがぶつかっちゃったせい?」
思わず往来で頭を抱えると、ちびっこ妖夢が心配そうに俺の顔を覗き込んでくる。そうだ、さっきぶつかってからスルーしてしまったな。妖夢とのこの場を収めてから、元の幻想郷に戻れるように画策しよう。
このままさっと立ち去ってもいいが…… 妖夢が小さいからこのまま放置するのも危ない気がするな。近くに保護者はいないのか。
「……いや、大丈夫だ。 ……それより妖夢、ここまでは一人で来たのか?」
俺は周囲を見渡しながら妖夢に尋ねる。俺と妖夢がこうして話していることを気にかける人間がいないので一人だと思ってしまうのは仕方ない。しかし妖夢は首を振って、俺の問いに対して否定の意思を表した。
「ううん。よーむはおじいちゃんときた」
「そっか、おじいちゃんと…… おじいちゃん? 妖忌のことか?」
「! おじちゃん、おじいちゃんのこと知ってるの!?」
妖夢の顔がいきなりパアッと明るくなる。やはり妖夢の言うおじいちゃんとは妖忌のことで間違いなさそうだ。
俺の知る妖忌は幻想郷にはいなかったが、この世界の妖忌は妖夢と共にいるらしい。今の妖夢の状態から、残していけないのは当然だろう。
「ねえ、おじいちゃんどこ!?」
「え、そこまでは知らないなぁ。 ……もしかしてはぐれたのか?」
「う……」
妖夢が今度は悲しそうな顔になり、コクンと小さく首を前に倒す。こんな幼い子どもが一人なんておかしいと思ったら、どうやら現在進行形で迷子のようだ。
迷子の少女と異世界に迷い込んだ妖怪。どちらを心配するのかという俺の心の天秤は、残念ながら僅差で少女のほうに傾いた。
「……はぁ、仕方ない。妖夢、一緒におじいちゃんを探してやるよ」
「ほんと!?」
またも妖夢の顔がパアッと輝く。この年の子どもは喜怒哀楽の差が激しいな。なんだか見ていて面白い。
「ありがとうおじちゃん! ……おじちゃん、なまえはなんていうの?」
「俺か? 俺は真だ」
「しん! よろしくねしん!」
「ああ、よろしくな」
妖夢が伸ばしてくる手を握り返して俺は微笑む。俺に対して警戒心が無いみたいなのは嬉しいがそれでいいのか妖夢。まぁ俺は何一つ悪いことはしていないので、周囲の目を気にすることなく自然に堂々と振る舞うが。
「よし、妖夢」
「なに? ……わぁっ」
「っと。こうすれば目立つだろ」
「うわあ、たかーい!」
互いに視認しやすくするために、俺は妖夢を持ち上げ肩車をする。俺は背の高いほうではないが、それでも十分目立つだろう。妖夢は俺の方に座ると、子どものようにはしゃぎだした。実際子どもなんだけど……いや、半人半霊は成長が遅いから、年齢は見た目よりも上になるはずだ。
「……あー、妖夢。一応言っておくが、お前知らない大人についていっちゃ駄目だぞ。俺は大丈夫だけど、それでもだ」
「? しんはおじいちゃんとしりあいでしょ? だったらだいじょうぶ!」
「俺以外の話をしてるんだが…… っていうかどんな基準だよ」
「しりあいじゃないの?」
「知り合いっつーか……ここでは一方的に知ってるだけと言うか……」
元の世界では妖忌とは知り合いだが、当然この世界の妖忌は俺のことを知らないだろう。しかし平行世界から来たと言っても信じられないだろうし、そもそもこの妖夢に理解できるとも思わない。少しだけ説明に戸惑ったが、ここでは俺だけ知っているということにしよう。
「しんはおじいちゃんのことしってるけど、おじいちゃんはしんのことしらない?」
「そうそう、そんな感じだ」
「なんでしんはおじいちゃんのことしってるの? おじいちゃんのことすき?」
「む…… ああそうだな。一応憧れの存在ではある」
「よーむといっしょだ! よーむもおじいちゃんのことだいすき!」
肩車していても分かるくらい、妖夢が俺の頭の上ではしゃいでいる。この妖夢は本当に妖忌のことが大好きなのだろう。向こうの妖夢も子どものころはおじいちゃんっ子だったりしたのだろうか。
「ね、ね、しんはおじいちゃんのどこがすき?」
「ん、そうだな…… 強いて言うならしゃべり方だ」
「しゃべ? ……わかんない」
「はは、分からんか。俺のことはいい、妖夢はおじいちゃんのどこが好きなんだ?」
「えっとねー……」
妖夢のおじいちゃん自慢を聞きながら、その自慢対象を探すべく、俺たちは人里の中を歩いていった。
-・-・-・-・-・-・-・-・-・-
「……おいしー! なにこれ、すっごくあまいよ!」
「そうか、気に入ったか」
「しん、もいっこちょうだい!」
「はいはい」
偶然持っていた外の世界の土産のチョコレートで妖夢の機嫌を取りながら、人里の中を進んでいく。なかなか歩いたと思うのだが、未だに妖忌は見つからない。
ひょっとして妖忌のほうが迷子なんじゃないか、妖忌もなかなか年だしな。まぁあの妖忌が平行世界とはいえ簡単にボケるとは思わないけど。
それにしても本当に見つからないな。元の世界だったら道行く人々から話を聞こうとも思うんだが…… 誰一人俺のことを知らないこの世界では、誰かに話しかけるのは難易度が高い。
せめて妖夢のことを知ってるヤツでもいたらいいのだが、どうやったらその判断がつくのだろうか。うぅむ、これしきのことでまた能力を使うのもなぁ……
「……おいお前」
「……ん? 俺か?」
どうしたものか悩んでいたら、背後から声をかけられた。なんだろう、今の俺に話しかける用事とは。
振り返って声の主を見てみると、見覚えのある少女の顔がそこにあった。いや、少しだけこっちのほうが年上っぽいが…… もしかすると本人か?
「そうだお前だ。 ……ここら辺では見ない顔だな。その子はどこで……」
「あー! もこーだ! もこー!」
頭の上の妖夢が目の前の少女を見てはしゃぎだす。もこーということはやっぱり妹紅か。俺がいない世界でもこいつは幻想郷に来る運命なんだな。となると慧音に連れてこられたことになるのだろうか。しかし慧音に幻想郷を教えたのは俺であるし……
「……おいお前! 聞いているのか! 質問に答えろ!」
「……あ、すまん、聞いてなかった。質問とやらをもう一回言ってくれ」
平行世界についての考察を、妹紅の怒鳴り声にて中断させられる。どうやら考え事をしていたら妹紅の話を聞き逃していたようだ。
……それにしても、妹紅に"お前"と呼ばれるのは新鮮だな。残念だがまったく嬉しくない。
「……お前はもういい。妖夢、どうしてこの男と一緒にいるんだ? おじいちゃんはどこにいる」
「おじいちゃんとははぐれちゃって…… しんとはさっきそこであったの」
「な、なにぃ!? 貴様ぁ……!」
妹紅が鋭い目つきで俺を睨み、二人称も"貴様"へと昇格している。今日は新鮮な経験が多いな……なんて言っている場合ではない。この妹紅は会ったときから俺も訝しく思っていたようだが、妖夢の説明で更にそれは悪化したようだ。多分俺のことを誘拐犯か何かだと思っているのだろう。確かに、一人でいる幼い子に話しかける大人の男なんて、想像したら怪しすぎる。
「妖夢! その男から離れろ! 貴様も妖夢から手を放せ!」
「? なんで? しん、こわくないよ?」
「いま手を放したら妖夢が落ちちゃうだろ」
「……ええい誘拐犯め! やはり素直に応じないか! それなら!」
「話を聞けよ」
慧音に似たのか父親に似たのか、妹紅は俺たちの話も聞かず握りこぶしを固めている。
「待ってろ妖夢! いま助けてやる! はぁぁああ!」
「え? マジ?」
妹紅が握った拳を俺に向かって放ってくる。父親よりも好戦的かよ。実力もおそらく父親より上だしタチが悪い。
このまま攻撃を避けることも受けることも可能だが、そうなると俺の上にいる妖夢に結構な負担がかかってしまう。ごちゃごちゃ考えている暇は無い。俺は妖夢にかかる負担が最小限になるように、妹紅の拳を真正面から右手一本で受け止めた。
「……な!? 私の拳を片手で止めただと!? しかもお前から感じるこの力…… 妖怪か!」
「……あー、ますます面倒なことに……」
「妖怪ならば手加減はせん! 食らえ!」
「もこー! だめ!!」
「な、妖夢!? くっ、止まれ……!」
妖夢が身を乗り出して、妹紅の拳と俺の顔の前に割り込んでくる。危うく妖夢に当たるところだったが、俺が一歩だけ下がったことと妹紅がなんとか拳を止めることで、最悪の事態は回避できた。
「もこー! しんをいじめたらだめ!」
妖夢は妹紅の拳が当たりそうになったにも関わらず、力強い目で妹紅の姿を見つめている。子どもにかばってもらうのもなんだが、今の妹紅には俺が説明するより妖夢が説明するほうが効果的な気がするな。情けないが任せたぞ。
「妖夢! どうしてその男をかばうんだ!」
「しんはわるいひとじゃない! いっしょにおじいちゃんをさがしてくれてるの!」
「悪いヤツは親切な顔して近づいて来るんだ! それにその男は妖怪なんだぞ!」
「おいしいものもたべさせてくれたもん!」
「物で釣るという古典的な手じゃないか! いいからその男から離れろ!」
「やだ! もこーのわからずや! そんなもこーなんてもうきらい!」
「な……!」
怒涛の怒鳴りあいラッシュの末、先に妹紅の声が途切れた。こういうときの子どもは強い。理論よりも感情が先に来るためだ。どんなに妹紅が正しいことを言っていようと、聞き入れなければ意味が無い。
「よ、妖夢…… 私はお前のためにだな……」
「ふん! もこーなんてしらないもん!」
「そ、そんなぁ……」
妹紅が目に見えて意気消沈しているのが分かる。なんだろう、俺は妹紅を傷つけたいわけじゃ無いんだけど。見ていて可哀想になってきた。
「……よ、妖夢? 知らないなんてそんなひどいこと言わないでさぁ…… な?」
「………………」
「う、ううう…… 無視をするのはさすがにひどい……」
「……はぁ。もういいよ妖夢」
俺の知っている妹紅とはまた別の妹紅だが、それでも妹紅が悲しそうな顔をするのは見ていられない。俺は溜め息を一つついた後、妹紅と目を合わせないようにする妖夢に話しかける。
「妖夢、かばってくれてありがとな。俺はもう十分だから妹紅を無視すんな。 ……妹紅も悪かったな、妖夢を返すよ。お前が責任を持って妖忌まで届けてくれ」
「え……」
「……しん? わぁっ」
俺は肩車していた妖夢を持ち上げると、そのまま目の前の地面に下ろす。どうせ俺の現状は話して納得できるものでもないし、証明もできない以上こうするのが一番いいのだ。
本当は最後まで面倒を見てあげたかったが、妖夢と別れる前に一つだけ、忠告を残して去ることにする。
「妖夢。簡単に嫌いだなんて言うもんじゃない。妹紅は妖夢のことが心配だったからこそ怒ったんだ」
「……そうなの?」
「そうさ。妖夢はおじいちゃんに、心配かけるなって怒られたことが無かったか? 例えば今日みたいに迷子になったときとかにな」
「……! あ、ある……」
妖夢がハッとした顔をする。どうやら思い当たる節があるようだ。まぁ子どもが怒られる中にこういったものは大抵一つくらいあるだろう。妖忌もしっかりと保護者をしているようでなによりだ。
「……もこー、ごめんなさい……」
「い、いや、いいんだ…… 私も軽率だった、ごめん……」
「よし、仲直りしたな。じゃあな、あとは妹紅に任せるから」
「……どうしたの、しん。なんだかかなしそうなかおしてる」
「……そうか?」
妖夢が俺の頬に手を当てて言ってくる。悲しそうな顔、か。別の世界とはいえ妹紅に忘れられていることと、妹紅に悲しそうな顔をさせてしまったことが原因だろうか。子どもって見てないようで見てるんだよな。
「しん、だいじょうぶ? よーむはしんにげんきになってほしい。よーむのできることならしてあげるよ?」
「……そうか。じゃあお願いしようかな」
このあと俺はどうにかして、元の世界に戻ろうと思う。実は方法はすでに調べ済み、鍵は妖忌が握っているのだ。
妖忌の得意の剣術で次元を切り裂いてもらうことで、俺は元の世界に戻ることができる。もともと俺がこの世界に来たのも、妖夢が偶然次元を切ったせいみたいだしな。
妖忌を見つけたら頼もうと思ったが、今となってはそれも無理。それならその孫である妖夢に、今から協力してもらおう。
「うん! なんでもいって! しんはよーむがまいごだったところを、たすけてくれたおんじんだから!」
「ははっ、そうかそうか。でも実は俺も妖夢に助けられてたんだぞ? 俺も妖夢と一緒で迷子だったからな」
「……そうなの?」
「ああ、そうだとも」
目の前で張り切ったり首をかしげたりと、この妖夢は見ているだけで俺に元気を与えてくれる。それにこの世界の異変に気付けたのは、この妖夢に出会えたからだ。
「妖夢がいたから俺はとても助かったんだ。 ……それでだ、最後にもう一つお願いがある。妖夢、この剣で切ってほしいものがあるんだ」
「……! これ、おじいちゃんのけんだ……」
ありったけの妖力を注ぎ込んで、変化の術で刀を作り妖夢に手渡す。刀の形状は『答えを出す程度の能力』により、妖夢が一番力を発揮できるものだ。
「ま、待てお前! 子どもに刃物を渡すんじゃ……」
「もこー、まって。 ……んー! ……おもい……」
「ああ、そりゃそうか。じゃあもういっちょ……よっと!」
「!? よ、妖夢が成長した……?」
更に妖夢に変化の術をかけ、刀が持てるくらいまでの大きさにする。この変化は簡単だ、元の世界の妖夢を想像するだけだからな。
大きくなった妖夢はもう一度刀に手を伸ばす。今度は重くて持ち上がらないことは無く、ごく自然に持ち上げられた。
「……もてる! しん! よーむはなにをきればいいの?」
「そうだな、言葉で説明するのが難しいから、妖夢は一つずつ俺の言葉を聞いてくれ」
「わかった!」
「まずは目を閉じて、ゆっくりと呼吸を整えるんだ。吸って……吐いて……」
妖夢は俺に言われた通り、刀を構えて目を閉じる。中身こそ幼い妖夢だが、俺には元の世界の妖夢が瞑想しているようにも見えた。
「いいぞ。そして刀を持っているんじゃなくて、刀を自分の体の一部のように考えるんだ。刀と自分の境界を無くす…… 妖夢は刀そのものになり、刀は妖夢に同化していく……」
「………………」
「刀と一つになった自分の体を、今度は自然の中に委ねるんだ。全身が自然に溶け込んでいき、体に風が通り抜けていくのを全身で感じろ」
「………………」
「そして自分が今だと思ったら、思いっきり刀を振り抜くんだ。妖忌がやっていた姿を思い出して想像しろ。同じように自分の体を動かすんだ」
「………………! いま! きれぬものなど、なにひとつない!」
ヒュオォ……
妖夢が刀を振り抜いたことで微かに風を切る音が聞こえてくる。無駄な破壊は一切せず、一つの物を切ることだけに特化した音だ。
妖夢の振り抜いた空間を見るとそこには、紫のスキマのように空間がパックリと割れていた。
「……な、なんだこれ……」
「……成功だ。ありがとな、妖夢」
「うん!」
妖夢の頭を撫でながら、妖夢の等身と刀を元に戻す。このスキマの中を抜ければ、俺は元の世界に帰れるだろう。
「じゃあな、妖夢」
「うん! またね! しん!」
「! ……ああ、またな」
果たして俺は再びこの妖夢に会うことがあるのだろうか。会いたいとは思うが、会わないほうがいいとも思う。何せ俺はこの世界の人間ではないのだから。
俺は手を振る妖夢と腰を抜かした妹紅を見ながら、妖夢の切ったスキマの中に入っていった。
-・-・-・-・-・-・-・-・-・-
スキマを抜けると博麗神社の前に出た。 ……ふぅ、やっと俺は元の世界に帰って来れたんだな。『答えを出す程度の能力』を何度か使ったことと、妖夢に使った変化の術のせいで少し疲れた。霊夢の入れたお茶を飲みながら、今は少しだけゆっくりしたい。
大した時間でもなかったのに久しぶりな気がする博麗神社を見てほっとしていると、中から誰かが現れた。萃香……いや、あの巫女服は霊夢だな。
「よう霊夢、ただい……ま? は?」
「……あんただれよ」
「れ、霊夢が縮んでいる!」
霊夢が首を上に傾けながら、まるで不審者を見るような目で俺を睨む。そうだ、俺はなんで萃香と霊夢を見間違えたのだろう、萃香のほうが霊夢よりずっと小さいはずなのに。その答えは次の通り、神社から出てきた霊夢は先ほどの世界の妖夢ほどの大きさだったのだ。
「……まさか……」
嫌な予感が頭をよぎる。妖忌に切ってもらうはずだった次元の境目、もしかすると妖夢にはまだまだ力が及ばなかったのか。空間を切ることには成功したが、次元を切るまでには至らなかった。多少の場所は移動したが、世界を移動することは叶わなかったらしい。
「……はぁ、マジかよ…… 確かに『またね』とは言ったが早すぎるだろ……」
どうやら俺が元の世界に戻るのは、もう少し後になるらしい。
ひとまずは目の前にいるちびっこ霊夢の訝しげな視線から逃れるように、事情を説明しないとな……
~終~
オマケ、『元の世界に戻ってから』
真「妖夢。ちょっと肩車してやろうか」
妖夢「え、なぜに……」
真「まぁいいじゃないか。ほら、おいで」
妖夢「ちょ、ちょっと!? 子ども扱いしないでください!」
真「ほら! 高いだろう! あ、チョコレートならまだあるぞ?」
妖夢「……はぁ、なんですかこの状況……」
霊夢「……ねぇ、真の様子がおかしいんだけどなんか知らない?」
妹紅「……知らん。なんか今日、人里で真に話しかけたらいきなり抱きしめられた。『俺のことを覚えてるんだな!』とか言って」
霊夢「あ、それ今朝私もやられた。 …変な夢でも見たのかな」
妹紅「……まぁ、害は無いから別にいいか」
霊夢「そうね」
~本当に終~