ヤンデレ(笑)編の後編です。
「旦那、一応ほとぼりが冷めたときあたりに迎えにきますわ」
「よろしく」
唯一の味方、ベーダーに見送られた俺は今回の仕事場である贖罪の街を歩き回る。この任務は一体一体は大したことのない小型アラガミの討伐であるが、大量にその小型アラガミが発生してしまったため、二日三日かけて駆除せよとのことである。いつもなら楽勝なこの任務だが、今は神機がないからなぁ……。
「グゥルァ!」
「うるさい」
上田を決行してきたいつもの雑魚敵、オウガテイル先輩に昇龍拳張りのカウンターアッパーを顔面にぶつける。そして、すぐさま尻尾をつかんで地面にたたきつけて追い撃ち。止めに口の中から腕を突っ込んで中をひっかきまわしてコアを砕く。
……意外と何とかなるもんだけど、これだと一体にかける時間がかかりすぎるな。
普通なら神機がアラガミの装甲を紙のごとく斬れてコアの破壊も容易なのだが、素手だと攻撃こそ一応できるものの破壊力はないし、コアを破壊しないと完全に殺しきれないというね。これでキュウビを抑えつけたリンドウさんは本当に頭おかしいわ。
そんなことを考えつつ、いつもとは比べ物にならない遭遇頻度の小型アラガミたちを何とかさばいていく。というかこの絵面、どう考えても神機使いとは言えないものだよな。俺素手だし。傍から見たらオラクル細胞でしか倒すことのできない生物を素手で倒すキチガイだと思う。普通に考えて肢体がオラクル細胞でできているなんて考え付かないだろうし。
―――――体はオラクル細胞でできている―――――
予想以上にきついので脳内で適当なことを考えることでそこら辺のつらいという感情をカットしつつひたすらアラガミを狩り続ける。波動拳とかあればものすごく便利だろうに……。
倒した数が三十を超えたあたりだろうか、ここで俺の肢体がオラクル細胞でできていることの弊害が発生した。本来ならこの場にいないはずの大型アラガミが乱入してきたのだ。ソーマさんも言ってたけど、本当にこういう場合には不便だよなこれ。
しかも乱入してきたのはイェン・ツィーというチョイス。神機持っていても面倒な相手なのに素手で戦うとか考えられない。こんなところにいられるか俺は帰らせてもらう!
神機使いたる身体能力+オラクル細胞の肢体の力をフル活用してニンジャのごとく飛び回って何とか振り切ろうとする。だが、相手はアラガミ。身体能力は俺たちとは比べ物にならないしそもそもが短時間ながら飛べる個体であるイェン・ツィーである。まぁ、順当に追いつかれるよね。
「――――――!!」
「神機なしってこんなにつらいものなんだなぁ……!」
なくなって初めてありがたみに気づくことってあるよね。
イェン・ツィーの羽の攻撃を生み出されたチョウワンでガード&アタックをしつつ何とか突破口を見つけようとする。
数分間粘ったのちに、もうチョウワンで殴りかかった方が早いんじゃないだろうかと思い始めたその時――――――――不意に、目の前でイェン・ツィーが爆発四散した。
正確には、地面にたたきつけられて高所から落としたトマトみたいになっていた。いったい何が起こったのかと思い、イェン・ツィーだったものの後ろに視線を向けてみると眩いばかりの笑顔を浮かべたナナがハンマーを片手にたたずんでいた。この場面、普通はお礼を言うべき場所なのであるが………俺の本能というか第六感というか、その辺のところが全力で俺に警告を呼び掛けている……!
「あっ、仁慈!奇遇だね!こんなところで神機も持たずに何やっているの……?」
奇遇なんてありえないでしょう。任務を受ける人の記録はされるんだから。同時に受けない限り偶然なんてありえない。しかし……!嘘を言っているにも関わらずこの透明感のある笑顔……ッ!これはやばい。極東で狂人化していた彼女たちと同じ匂いがする……!
このままではいろいろな意味でヤられると考え、一歩後ろに下がってしまう。けれども、恐怖で動きと思考が鈍くなっているため稼げた距離は微々たるものだった。その間にナナは初めからそこまで離れていなかった距離を一気に詰めて俺の顔を上目づかいで眺めてきた。
そして、スンスンと俺の体のにおいを唐突にかぎ始める。
「………アリサさんとラケル先生。アネットさんのにおいもする………どういうことなのか聞かせてほしいなぁ、仁慈?」
なぜわかったし。
猫耳か?猫耳の様な髪型をしているから嗅覚が鋭いというのか?猫の嗅覚がいいっていうのは聞いたことないけど。
「しかも、唇のあたり……ラケル先生のにおいが強いなぁ……いったい何をしたのかな?」
「………」
思わず、あの時のことを思い出して思わず顔をそらしてしまう。それがいけなかった。この場面で視線をそらすということは、後ろめたいことがあると自分から自白しているようなものである。俺のこの行動で確信を持ったのか、ナナはすっと俺の体内に自分の体を滑り込ませてそのまま俺の唇を奪っていった。
「ん~……ちゅっ……ずるっ」
「――――――ッ!?」
舌入れてきやがった!?耳に悪い水音を響かせながら舌を持っていかれそうになる。だが、俺は反撃ができずになすが儘になってしまっている。仕方ないだろ。俺という人格が生まれて十年たってないし、俺の持っている信慈の記憶の中に女の人と付き合ったということはない。こんなことに耐性がないから固まっても仕方がない。
その後結局五分間たっぷりと唇を蹂躙された。戦場のど真ん中で何をやっているかと思うこともあるけれど、そんなことは考えられないくらいフリーズしているため五分間自分が自分でないような感覚を味わった。
「―――――――っぷは。……んふふ、ごちそうさま」
普段から浮かべる無邪気な笑顔ではない。大人の女性が浮かべるような妖艶な笑みを浮かべつつこちらに話しかけるナナ。本当にもう……何が起こっているのか俺に教えてください……。もうやめて!俺のキャパシティはとっくにゼロよ!
「……ふふ、仁慈がイェン・ツィーと遊んでいる間にこの任務の討伐対象は全滅させておいたから……一緒に帰ろ?」
そういって彼女は左手を差し出してくる。
しかし――――――その腕ををがしりと掴む手があった。
「ちょっと待ってもらえますか?」
「……アリサさん………」
ナナの手をつかんだのは俺の部屋に閉じ込めていたはずのアリサさん。彼女は表情こそ笑っているものの、目が笑ってない上にハイライトも仕事を放棄しているステキ使用である。なにが言いたいのかというと超怖い。
「仁慈さんは私がしっかりと面倒を見ますので、別にあなたが連れて帰ることはありませんよ?しかし、私の仁慈さんを守っていただいたことには感謝します」
「あはっ、何を言っているのアリサさん。………後から湧いて出てきたくせに出しゃばりすぎ……いい加減邪魔だよ?」
「「フフフフフフ………!」」
怖い、怖いよ。
この二人もうすでにお互い神機に手をかけているんですけど。この場で殺し合いを始めそうな雰囲気なんですけど……!?
さすがにこのままではまずいと思い止めに入ろうとするが、ぐいっと袖を引かれる感触がしたので思わずそこへ振り返る。すると、ラケル博士が俺の腕を見かけからは想像できないほどの力で引っ張って抑え込んでいた。アイエェェ!?ラケル!?ラケルナンデ!?
「あの二人の中に神機なしで入るのは得策とは言えませんよ。ほら、見てごらんなさい」
言われて視線を戻すと二人は既におっぱじめていた。アリサさんのアサルトから放たれるオラクル弾をバッターのごとく打ち返すナナ。逆にアリサさんにナナが反撃に出てそのハンマーでアリサさんのことを殴ろうとすれば、柄の部分を切り上げて攻撃の軌道をずらす。
お互い、相手がアラガミでもないのに全力である。これはやばい。かなりやばい。
「ね?」
「いや、でも……」
これでどちらかがけがをした、もしくは死んだという事態になったら本当にマズイので無理やりにでも止めに入ろうとするが、その前に彼女たちの間に乱入してきた人物がいた。そう、俺のことを致死量を超えた睡眠薬で拉致しようとしてきたアネットさんである。
「お二人とも、そういうのは先輩の意思を聞いてからでないといけないと思いますよ?勝手に決めても先輩が拒否したら、何の意味もありません」
正論だ。完全に常識ど真ん中の正論なのだが……一番俺の意思を無視した手段をとったお前が言うか。鏡を見ろ、鏡を。
「それに、もう北半球、南半球は古いです。先輩はあなたたちの様な痴女には靡かないですよ?ねぇ、先輩?」
「「パンツ丸見えの貴女が言わないでくれません!?」」
止めに入るどころか火に油を注ぐ結果となったアネットさんの乱入。先ほどよりもより激しくなった戦いを眺めつつもう何をやっても無駄なんじゃないかなと思い始める。
「本人に決めてもらえばいいんじゃないかしら」
―――その時、空気が凍った。
今の今までこちらのこと度外視で争っていた三人が戦いをやめてワープしてんじゃねーの?と思うくらいの速度で俺の近くまでやってくる。
そして、誰もが選ぶならば私よね?と言わんばかりのプレッシャーを放ってきた。おかげで俺の胃がきりきりと痛む。こんな状況にした本人もいつもの胡散臭い笑みを浮かべつつしっかりと圧力をかけてきていた。
「仁慈さんはもちろん私のことを選んでくれますよねだってあそこまで優しくしてくれたし色々きついことを言っても根気よく手伝ってくれましたし馴染めなかった時一生懸命フォローしてくれましたしほかにも……(以下略)」
怖い怖いよ。あと長い。
そこまで言われると距離を取りたくなるんですけど!?
「せーんぱい!手取り足取り色々教えてくタじゃないですかぁ?そのこと、この人たちに教えてあげてくださいよ」
戦闘術を教えただけだけどね!含みのある言い方はやめようね!
「フフフフフフフフフフフフフ」
何か言って!笑っているだけじゃなくて、せめて何か言って!
「仁慈。信じてるからね?」
彼女たちから精神的に来る言葉を投げかけられる。正直もう精神的に限界だ。そう感じた瞬間俺の意識は一気にブラックアウトしてしまった。
――――――――――
「ん……」
ふと、目が覚めた。
体を起こしてみると俺が寝ていたのはいつも場所ではなくサカキ博士の研究室のようだ。俺が目を覚ましたことに気が付いたのか、サカキ博士が俺に話しかけてきた。
「やぁ、目が覚めたかな?」
「ここは……」
確か、俺はヤンデレと化した女性たちに言い寄られていたような気もしなくもないんだけど……おぼろげで正確な人物が思い出せない。
「あれ?覚えていないのかい?私とラケル博士が共同開発した狙った夢を見れる機械の実験を手伝ってもらうために拉t―――ゲフンゲフン協力をしてもらっていたんだ」
「おい」
今拉致っつったろ?というか、見させられる夢があれってどういうことだ。人物こそ思い出せないものの何があったのかは大体覚えてんだぞ。しかも、実験に協力するなんて会話をしたことはないんだが。
「気にしてはいけない。まぁ、実験は成功したし、もう帰ってもらっても結構だよ」
「いつか覚えてろよ……」
思わず素で返してしまったがそれも仕方ないことだと思う。パソコンの様な機械に向き直ったサカキ博士に恨みがましい視線を送りつつ、この場から離れようと立ち上がる。すると、いつの間に近くにいたラケル博士と目が合った。一瞬だけ鼓動が早くなる。どういうことだろうか?なんか改造されたのではという疑念を抱いてしまうからだろうか?
「おはよう仁慈。いい夢は見れたかしら?」
「いえ」
「くすっ、そうなの」
上品に笑いながら、彼女は俺に近づく。そしてその白い手を顔に当ててきた。
思わず、夢の中の光景と被ってしまい、その手を優しく振りほどいて速攻でその場を立ち去る。
人物は覚えてないけど、シチュエーションとやったことは覚えてるんですよ……!
仁慈が研究所を出て行ったあと、一人残されたラケルは、
「ふふっ、とりあえず成功……かしらね」
とつぶやいた。
これにて神様死すべし慈悲はない完結です。
思い立ったらまた何か話を上げるかもしれませんが、かなり不定期になると思います。連載するのはこれが最後でしょう。
ここまで全91話見てくださった皆さん、本当にありがとうございました。
これからも別の作品やこの話の番外編を上げたときはよろしくお願いします。