しっかりとしたつくりではない、網状の通路を駆け抜けていく第一部隊。彼らが見た内装はどう考えても人類の楽園として作られているものとは思えないものであった。そのことから改めて、エイジス計画はただの隠れ蓑であったのだと考えさせられた。どこか複雑な思いを抱きながらも突き進んでいくと、外の海が見える円状の空間にたどり着いた。
———―――――そこで見たものは、彼らの体を硬直させるには十分なものであった。
なぜなら、彼らの目に映ったものは、彼らがたどり着いた空間の天井を覆いつくすほどの巨大な何かだったからだ。知識や理論などではなく、本能で理解した。できてしまった。
これこそが、世界を飲み込むアラガミ………「ノヴァ」であると。
「これが……ノヴァ……」
「でけぇ……!」
「…………」
「………ふーん」
呆然と、しかしどこか畏怖するように天井を覆うノヴァを見つめる第一部隊の面々。すると彼らの上空から聞き覚えのある声が響き渡る。
「………全く、君たちが素直に宇宙船に乗る人間だとは思ってもいなかったが、まさかここまで来るとはな……」
工事現場で使うような台に乗りつつ、いつもの白く厚めのコートを身にまとっている。それでいて腕は後ろで組むといういつものポージング。そう、第一部隊の頭上から聞こえてきた声は、極東支部の支部長、ヨハネス・フォン・シックザールのものであった。
「ようこそ、終焉の中心地へ。歓迎はしないがね」
普段と変わらない言葉遣いで話しかけてくるヨハネスだったが、その表情にはかすかな苛立ちが浮かび上がっていた。
そこで彼らは気が付いた。ヨハネスが元々いたであろうノヴァの中心、女性の顔のような部分の額にシオがいることを。
「シオ!」
ソーマが叫び、わき目も振らず走り出した。
神機使いの元である自身の身体能力をフル活用して駆け出したソーマはまるで弾丸のような速度で疾走し、すぐさまノヴァに埋まって言うシオの近くまで跳び上がる。無理矢理ノヴァからシオの体を引きはがそうと、空中で神機を振りかぶった……その瞬間。
唐突にソーマの横っ腹に大きな衝撃が走る。
意識外から来たその衝撃に彼は耐えることができず、まるで紙屑のように吹き飛んでしまった。だが、ユウや仁慈の所為でかすんではいるものの彼もれっきとしたキチガイである。自身の横っ腹に走る痛みを無視して空中で横回転を繰り返して衝撃を緩和すると、地面に接触する直前で神機を下に向けてブレーキにする。
ガリガリガリと火花と煩わしい金属音を響かせながらも、神機はその勢いを殺し切り、ソーマは無事に着地を果たした。
だが、そんなことは彼にとってどうでもいい。自分の邪魔をする奴はどこのどいつだと、エリックでも顔が引きつること間違いなしの鋭い目つきで自分が先ほどまでいた場所をにらみつける。
そこには、全身の色が赤黒く染まったシユウがいた。
「セクメト……!」
ソーマの呟きにどこか嘲笑うかのようにセクメトがノヴァの前に降り立つ。それだけはない。セクメト以外のアラガミも次々とノヴァを守るかのように現れた。それも、接触禁忌に指定されているアラガミばかり。
「テスカトリポカですって……!?」
「ゲッ、プリティヴィ・マータ……」
「猫爺まで出てきましたか………」
「アイテール、ハガンコンゴウ、スサノオ……随分な大御所が集まってきたもんだね………面白い」
驚愕の表情を表すサクヤ、自分と相性の悪い相手に顔をしかめるコウタ。自身の因縁の相手にまっすぐ神機を突きつけるアリサ、そして数々の接触禁忌アラガミを前にしてにやりと口の端を吊り上げるユウ。
それぞれが別々の反応を示す中ヨハネスは高らかに言葉を紡ぐ。
「それらは、ノヴァの製作で余ったコアを元にして作り出したものだ。どこかの誰かが無駄に接触禁忌のアラガミと接触し、一体と残らず駆り尽くしてきたたおかげでね」
『(あいつか………)』
今もどこかで常識をかなぐり捨てながら戦っているであろう、一番のイレギュラーの存在を思い浮かべる第一部隊の面々。
若干空気が緩むも、ノヴァを守ろうと構えたアラガミたちに再び意識を戦闘時のものへと切り替えていく。
「長い……実に長い道のりだった………。ノヴァの捕食管理を行いつつ母体を育成し、世界中を飛び回って使用に耐えることができる宇宙船を掻き集め、選ばれた千人を次世代へと送る計画が、今!成就しようとしている!」
ヨハネスの独白がソーマをはじめとする第一部隊の神機使いたちの耳に響く。両手を
広げ、力ずよくその言葉を口にするヨハネスの瞳には、彼らでは測れないほどのナニカが朗々と燃え盛っていた。
「……もうじき、ノヴァが完全に目覚める。それまで、そこのアラガミどもと遊んでいてくれ」
彼の言葉とともに、接触禁忌アラガミたちが一斉にかける。
彼らも、それを倒し、ヨハネスの計画を止めるために、一斉に自分たちに向かってくるアラガミを迎え撃った。
――――――――――――—
「くっそ……!狭い、多い、めんどくさい!こういう時旧型の銃型神機使いはつらいものがあるよな……!俺も新型がよかったぜコンチクショウ」
そう、文句を垂れつつ、鋼鉄網目の地面を転がって攻撃を回避しているのはコウタである。今だけは、ファッションとかのたまって生地の少ない服を着ていたことを後悔している。だって痛いもの。
そんな彼が今相手しているのは相性最悪のプリティヴィ・マータである。コウタの神機はアサルトであり、貫通の属性を持っていない。ヴァジュラ種の特徴であるマントも相まって全くダメージを与えられていないのだ。
「誰か変わってくれないかなぁ……(チラッ」
あまりよろしくない状況に誰か変わってくれないかと、戦場に視線を移す。
だが、コウタはすぐさまその行動を後悔した。
「あっはっは!喝采を!われらの憎悪に喝采を!!」
別の人をインストールしすぎじゃないですかね……と色々おかしいアリサを見ながらコウタはため息をついた。心なしか、体から黒いものを発しながら猫爺……ディアウス・ピターを伏せさせてフルボッコにしているアリサを視界から完全に消し去り、別の人へとむける。
次にコウタの視線に入ってきたのは極東の誇る、超大型新人ユウである。彼はアイテールとスサノオ、ハガンコンゴウの三体をまとめて相手取り、大立ち回りをしていた。背後から振るわれるスサノオの尾をまるで背中に目でもついているのかの如く完璧に回避し、転がってきたハガンコンゴウにぶつける。宙に漂い、遠距離からビームを出しているアイテールも、捕食形態を駆使して遠距離から捕まえると地面に引きずり下ろし、脆い頭部にまくのうちを決めていた。
あれは無理だ。あれと変わったら自分が死ぬ。コウタはそう思った。
だったらという思いで、ソーマのほうを見ると、そこには修羅がいた。
もはや、極東の仲間たちとか、仁慈とか、シオとかに見せられる表情じゃない。極東の神機使いは誰もが修羅ってるが、あれはその中でも群を抜いている。その修羅が、先ほど自分の目の前に立ちふさがったセクメトとテスカトリポカをぼこぼこにしていた。セクメトなんてもうすでに死にかけている。
というわけで、残っているのは一人しかいない。めっちゃ暴れている三人のフォローに回っている苦労人のサクヤだ。
「サクヤさんヘルプ!俺の神機とプリティヴィ・マータは致命的に相性が悪いっす!」
「そうね。ほかの三人は特にフォローの必要がなさそうだものね。分かったわ」
その言葉とともに、プリティヴィ・マータの胴体にサクヤの放った弾丸が貫通する。前アラガミを通しても脆い胴体はその一撃で結合崩壊を起こした。するとプリティヴィ・マータの動きが止まり、致命的なスキができた。
コウタは今までやられていた仕返しだ、と言わんばかりに接近し、叫び声をあげているために空いている口に神機をぶち込む。
これぞ今極東ではやっている戦法。仁慈という約束された勝利のキチガイが生み出した通称「中からなら装甲の硬さなんて関係ないよねっ!」である。
口の中から黒い煙を出すプリティヴィ・マータだったが、アラガミも日々進化を繰り返しているのか、それだけでは倒れなかった。
プルプルと肢体を震わせながら、何とか立ち上がるプリティヴィ・マータだったが、コウタとサクヤがその無防備な姿を見逃すわけがない。頑張って立ったところにサクヤの凶弾とコウタのゼロ距離砲弾が火を噴き、頭部をを胴体から吹っ飛ばした。それだけでとどまらず、中にあったコアも貫く。
「本当に助かりました。サクヤさん」
「別にいいのよ。というか、これくらいしか私たちにできることはないわ」
遠い目で今も蹂躙を繰り広げる三人を見る。コウタはそうっすねー……と死んだ目で同意するしかなかった。
「………」
アイテールのビームを翻し、ハガンコンゴウの落雷を切り裂き、スサノオの両手と剣を叩き壊しながら、ユウただただ神機を振るっていた。しかし、その表情には戦いを始める前に浮かべていた笑みはない。無表情で、何も価値のないごみを見るかのような視線を向けている。
それを受けた三体のアラガミは知性を持たない存在であるにもかかわらず一歩、また一歩と後ろに下がる。
「………はぁ」
その溜息に込められた感情は何だったのか。それが分かるのはユウだけだが、今誰にでもわかる事柄はただ一つ……この三体のアラガミはもう終わりということだ。
「―――――――—!」
神機を半身で隠すような恰好から一気に神機を引き抜くと同時に、地面を蹴る。
その速度は到底人間ではとらえることはできない。人ならざるアラガミですら知覚できない速度で抜き放たれた斬撃は間違うことなく、接触禁忌アラガミの三体をその本体であるコアごと切り裂いた。
「はぁ……いけないこととは分かっているけど……物足りないよなぁ」
ビッと神機についた血を払うと小さくそうこぼした。
「無様ね。本当に無様……どうして昔の私はこんなものに恐怖を抱いていたのかしら」
もはや、傷がついていないところを探すほうが難しい有様になったディアウス・ピターを見下しながら邪ンn―――—じゃなかったアリサは言う。
ディアウス・ピターもヴァジュラ種の王として、せめて一矢報いようと結合崩壊をおこしてボロボロになった足を支えにして立ち上がろうとする。しかし、それは先ほどコウタとサクヤに倒されたプリティヴィ・マータと同じ行動だ、つまりは隙だらけなのである。
アリサはもう壊すところがない前足に神機を突き刺して、顔面をヒールで踏みつける。ダメージなんてないのだが、心なしかディアウス・ピターの表情がゆがんだ。
———もはや、どちらが化け物で悪なのか分かったものではない。本当に彼らは人類の味方なのだろうか。人の皮をかぶった化け物の間違いじゃないのか。
「もういいわ。……死になさい」
前足を指していた神機を引き抜き、仁慈から教わったコアの位置に攻撃を繰り出す。その後、ディアウス・ピターはあっさりとその体を崩壊させた。
アリサとユウの勝負もついたとき、ソーマの戦いも佳境に入っていた……というか、完全に終盤だった。
先ほど、シオを助けようとしたソーマを余裕たっぷりに邪魔したセクメトの姿はすでになく、恐ろしい火力が取柄のテスカトリポカも、自身の持ち味であるミサイルの発射口をすべてゆがまされていた。もうあのテスカトリポカに残されているのは巨大な体を使った突進のみである。
「██████▅▅▅▃▄▄▅▅▅▅▅▅▅▅▅▅▅▃▃▄▅▅▅━━━━――――!!」
テスカトリポカが最後の力を振り絞ってその巨体に速度を上乗せする。そこから生み出される力で目の前にいる標的に疾駆する。
だが、いまテスカトリポカが相手しているのはソーマではなく修羅と形容するにふさわしいものだ。彼は自身の何倍もの質量を持つテスカトリポカの突進をよけることなく神機を横なぎに振るう。
振るわれた神機はテスカトリポカの衝撃に負けることなくその場にあり続けた。そのせいで、テスカトリポカは自身の攻撃のために乗せた速度をそのまま敵に利用される形でその巨体を割られることになった。
「………フン」
たった今テスカトリポカを切り裂いた神機を型に担ぐと、すでに自分たちの分を倒していたほかの面々と合流する。
「…………私が言うのもなんだが、君たちは本当におかしいな。だが、十分な時間は稼げた」
ヨハネスの宣言とともに、あまたもの宇宙船が宙へと飛び上がっていく。
「今回は私の勝ちだよ、博士。……そこにいるんだろう?ペイラー」
「やはり遅かったみたいだね」
「我々は今この一瞬ですら、存亡の危機に立たされている。日々世界中で報告されているアラガミによる被害などほんの一部だ。星を喰らうアラガミ、ノヴァが表れてしまえば、その時点で世界は消え去るのだ!それは何百年後か!それとも数時間後か!?それはそのときになってないと分からない。分からなければ、対策の立てようもない……。それならば!我々が管理し、純然たる準備を整えた後に人為的にノヴァを生み出すしかない!それこそが、我々人類が生き残る確実な方法なのだ!」
彼の口から出る言葉には彼の人生が乗っていた。
妻を失い、自身の子どもを人類の未来に捧げてから―――――いや、それよりも前から人類のことを憂いてきた男のすべてが、その言葉には込められていた。
「ペイラー。君が特異点を利用してなそうとしてきたことも、結局は終末を遅らせることでしかない」
「どうかな。シオの存在を見る限り、不可能だとは思わないがね」
「ど、どういうことですか!?博士!?」
「簡単なことさ。捕食欲求を抑え、アラガミを限りなく人間に近づけることで、共存しようという考えだ。そのためのサンプルとしいてシオと君たちのかかわりを記録していたのさ。今まで利用してきてすまなかったね」
「そんなこったろうとは思ったぜ」
サカキの言葉に第一部隊の面々はまぁわかってたという反応を返す。
「アラガミとの共存、か。ペイラー、君は昔からそうだった。科学者を名乗るには君は少々ロマンチストすぎる。人類史を紐解いてみればわかる。今まで自分の欲望を完全にコントロールした人間など、誰一人として存在していなかったことを」
「研究とはロマンを追い求めるものだよ、ヨハン。君こそ、人間というものに対してペシミストすぎやしないかい?」
「少し違うな。私は、既に人間という生物に絶望している。しかし、私は知っているのだ。それでも人間は賢しく生きようとすることを。アラガミやノヴァと何ら変わりない。その果てなき欲望の先にこそ、未来を拓く力があるのだ」
……その言葉は果たして誰に向けられたものだったのだろうか。
自身と対峙しているサカキや第一部隊の神機使いたちか、それとも……家族を捨ててきた自分自身か。
「これ以上は平行線だね。とはいえシオの……特異点のコアを摘出されてしまってはもう私に打つ手はない」
「私を欧州にまで向かわせて時間を稼ごうとしたようだが、その時既に勝敗は決していたのだ」
「フッ……やはり気づいていたのか……どうやら時は君に味方したようだね」
「そう悲観することはない。この終末は新たな世界への道標となるだろう。いわばこれこそが、神のつくりたもうた摂理だ。だが、それだけではいけない。いかなる世界においても、その頂点は『人間』でなければならない……そう神の作り出した摂理に抗い、頂点に君臨する……つまり我々が、我々人間こそが『神を喰らう者』なのだ!」
したから生えてきたのは花のつぼみのようなものだった。
それはすぐさま花開き、中からフェンリルの紋章をしたものと、女性の体を模した機械のようなものが現れた。
ヨハネスはそれに戸惑うことなく飛び込む、すると彼はつぼみの中からでたものに取り込まれていった。
「神が人となるか、人が神となるか……この勝負、実に興味深かったけど……もう私にはどうすることもできない。ヨハン、君はもうアラガミと変わらない存在になってしまったけれど、それも承知の上なんだろうね。……自分がやってきたことを人に任せるのは気が引けるけど、あとは任せるよ。『神を喰らう者』達よ」
サカキは、自分が邪魔にならないようにその場を離れた。
「……確かに、支部長の言う通りかもしれない。だけど、私はそれじゃ納得できないし、何よりリンドウが望まないもの……だから絶対に止めて見せる」
「こんな私でも、必要としてくれる人(主に仁慈)がいる……それだけで、戦うには十分すぎます」
「ぶれないなぁ……アリサ。……俺も今の居場所を守るって愛する家族に約束してきちゃったからねー……勝たせてもらおうじゃないの」
「最終決戦ってやつだな……燃えてきた」
「とりあえず、シオを返せ。話はそれからだ馬鹿親父」
それぞれの決意を示し、ヨハネスの入った人工アラガミと思わしきものと戦おうとしたその時、上空からものすごい勢いで何かが降ってきた。
ここで、全員が思い出す。ここに第一部隊で唯一いない人間がいることを。その人物がこちらに向かってきたこと。
「おや、ようやく到着か」
戦闘に巻き込まれない位置に避難したサカキがそうつぶやいた。
————その上空から降ってきた人物は、どこかシオを思わせる白に近い銀髪を携えていて、瞳は血のように赤い。服はフェンリルのマークがあしらってあるジャケットに支給されているフェンリルのズボン。手に持たれているは、彼しか持っていない鎌の形をした神機。
――――――そう、彼こそ、現極東でユウと並ぶキチガイ。これまでの常識を無残に踏み倒し、我が道を行きすぎてアラガミと地球にすら避けられ始めた、生粋の人外。ノヴァが起動してなお、負けと言わなかったサカキの自信の根源。
「ま た せ た な」
樫原仁慈、ここに参戦。
Q.はやどちらが悪役かわからない件について。
A.仕様です。
ようやく仁慈が合流。
というか、セリフが一言だけとかこいつ本当に主人公か?