結局俺に選択肢なんてなかったわですよ。パッと見小動物系の美少女に上目遣いを喰らったら罪悪感とか、その他もろもろで許可するしかあるまいよ。例えその相手が、戦闘になったとたんに仲間も構わず打ち抜く冷酷非情な女王様に変身するやつでも例外ではない。
鼻歌交じりにボルグ・カムランの討伐へと向かうカノンさんの背後で肩を落としながらそう思う。いざとなったらボルグ・カムランの大きな盾を引きちぎって俺が使うとしよう。
『計器のチェック、完了しました。いつでもはじめられます』
「そ、それではよろしくお願いします」
「はい。こちらこそよろしくお願いします(特に誤射しないようにお願いします。切実に)」
内なる想いが伝わることはないだろうが、一応懇願しておく。彼女は自信満々に大丈夫ですといって拳を握り締めていた。これは駄目なパターンだ。未来で同行したとき同じようなことがあったし、他の先輩神機使いもそう言ってた。
何時もより背後に気を使いつつ、ターゲットのボルグ・カムランを捜索する。すると、非討伐対象の小型アラガミと遭遇した。俺は小型アラガミを見つけて瞬間、何時ものように急接近して敵を両断――――することはせずに、素早く横にステップを踏んだ。そのすぐ後に俺の背後から火炎放射器から発射されたような焔が通り過ぎる。結構な至近距離から放たれたそれは小型アラガミを丸焼けにして倒してしまった。
犯人?そんなの分かってる。
先ほどとは似ても似つかない凶悪な表情を浮かべて銃口を向けてるカノンさんが犯人である。
「あれ?もう終わりなの?」
何故ここまで人格が変わるのだろうか。
疑問に思いつつも口に出すようなおろかなまねは絶対にしない。何故なら、今の状態の彼女に余計なことを言ったらどうなるかまったく予想できないからである。最悪、ことあるごとに背後から狙われるなんて事になりかねない。
そうして無駄に精神的疲労を抱えつつ捜索をすること数分、ようやくお目当てのアラガミを発見した。
こちらに向かって威嚇する姿に思う事は、極東が世界とアラガミに誇るクレイジープリンセスの餌食になってかわいそうだという哀れみしかない。
ガシャガシャと鎧が擦れ合っているような音を鳴らしながらこちらに接近してくるボルグ・カムランに向かって行うことは、先程の小型アラガミのときと同じく真横に飛ぶことで後ろの誤射姫の斜線から離脱することである。すると先程と同じように俺の横を通り抜けていく電撃。本当に敵味方関係なくぶっ放すよね。
誤射姫の一撃にぼボルグ・カムランは両手を合わせてガード。多少のダメージは喰らっただろうが、直接攻撃を受けるよりは抑えられたことだろう。敵ながらなかなかの反応速度だった。そのシールド貰うわ。
カノンさんの第二撃が来る前に素早くボルグ・カムランの前を通り過ぎる。その際に辻斬りよろしく片腕を引きちぎり、俺のシールドを確保する。そして体を反転させて奪い取ったボルグ・カムランのシールドを前に出した。俺が奪い取ったシールドは見事にカノンさんのもモルターを防いでくれた。ちなみに、ボルグ・カムラン本体は片腕のシールドを俺が引きちぎって防ぐことが出来ないため直撃である。あまりのダメージにその巨体をのけぞらせていた。合掌。
「アッハッハ!もっともっと耐えてよね!すぐに死んだらつまらないから!」
楽に死なせて上げなさいよ……。
そんな事を思いつつも、ボルグ・カムランの肢体を壊して、体勢を崩させる。そうして出来た隙にカノンさんが大きく開いた口の中にモルターを突っ込むのだ。エグイ……唯ひたすらエグイ。
というか、足を壊すときに三回くらい弾が飛んできたんですけど。本当に狙ってませんよね?俺が狙ってたのは後ろ足のほうなんですけど、狙ってないんですよね?大丈夫なんですよね?
内なる問いかけはノリノリでボルグ・カムランを攻撃するカノンさんに届くことはなかった。というか、またあたりかけた。
―――――――――――――――――
し、死ぬかと思った………。
何度、何度黒焦げにされそうになったことか……。俺がさくっとしとめられたらよかったんだけど、最初に行った盾の両断以降、素晴らしいタイミングで俺の髪の毛を燃やしてくるから時間もかかったし命の危険も多数あった。
後半なんて、某暗殺一族もびっくりの戦い方になったからな。今なら分身くらい出来る気がするぜ。
「じ、仁慈さん!私の予想は間違ってませんでした!今日、一回も誤射しませんでしたし!」
「せやな」
やる気のない返事になってもカノンさんは気にせず、笑顔で去っていった。彼女がエレベータに入りその場から完全に居なくなったことを確認したら大きな溜息を吐いた。周囲の人は今の雰囲気で大体の事情を察したのか、遠巻きにとても同情的な視線を送ってきてくれた。
見たか皆の衆。これが台場カノンと共に任務に向かうということだ。
「あ、仁慈さん。サカキ博士が呼んでましたよ?研究室で待っているとのことです」
任務の後始末を行っているとヒバリさんがそう教えてくれた。
彼女にお礼を言うと、サカキ博士の部屋に向かって入室する。
「サカキ博士、着ましたよ。何の御用ですか?」
「……いや、仕込が終わったからね。そろそろ、特異点とあわせてもらおうかと思ってね」
「支部長は?」
「昨日、旧イングランド地域に行ってもらったよ。これでしばらくは帰ってこないだろう」
「……分かりました。それでは近いうちに会いに行くとしましょうか」
でも、サカキ博士はどうやって外に出るんだ?彼は極東に限らず世界的にみても最高峰の頭脳を有している。そんな彼をむざむざ外に出すことは可能なのだろうか?
気になったのでその辺りのことを聞いてみる。
「あぁ、そのことは心配要らない。彼女が居る場所を割り出してもらったら、その場所に偽装した任務を発注して第一部隊のみんなに一時周辺のアラガミを殲滅してもらうからね」
「……巻き込む気ですか。彼らを」
「ユウ君に関しては、部隊長に任命したことからヨハンも欲しがっている。彼が敵に廻ったら厄介だと思わないかい?」
厄介なんてレベルじゃない。
ユウさんが敵に廻る=終末捕食が二個に増える、というくらいにはヤバイぞ。あの人メキメキ勝手に強くなってるから、正直俺でも抑えられるかわからない。ぶっちゃけあの人の相手をするくらいならもう一度終末捕食と正面から喰い合ったほうがましだ。
「……こちらについてくれますかね?」
「不安かい?」
「えぇ。ぶっちゃけ、サカキ博士がかなり胡散臭いので、下手に警戒されて敵対関係になってしまいそうで……」
「そ、そんなに怪しいかな……」
「はい。格好、表情、声、雰囲気……100人中100人は怪しい、もしくはお前がラスボスだろ、という感じだと思います」
「そ、そうかい……」
なにやら落ち込んでいるようだが、そこは華麗にスルーだ。どう頑張っても繕うとのできない純然たる事実だから。
「……ま、まぁ。私が怪しいかどうかはともかく、三日後に特異点と接触を図る。そのときは私のほうから声をかけるよ」
「分かりました」
さて、ここからが踏ん張りどころかな。
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サカキ博士から第一部隊宛にアラガミの掃討任務が入った。鎮魂の廃寺に居るアラガミの殲滅任務である。なかなかに強いアラガミもいるので第一部隊にお鉢が廻ってきたのだろうとオペレーターのヒバリさんは言っていた。ソーマはいないけど。
実際、確かに強いアラガミは少なかった。まぁ、率先して戦っているのがリーダーのユウさんということもあるかもしてないけど。
「……これで粗方片付けたかな?」
「そうね……。周囲で物音もないし、平気じゃないからしら」
「リーダーのほうはどうですか?」
「………アラガミじゃないけど、後方から来る気配が二つ。足音、歩幅、息遣いからソーマとサカキ博士……?何でここに居るんだろう?」
何でそんな事が分かるんだろう。
ここにいるはずのないサカキ博士の気配を感じて疑問に考えているリーダーだけど、私はどうしてソーマたちに気付けたのか問い詰めたい。
もはや人の感知能力を超えている気がする。
「やぁ、みんなご苦労様。おかげでここに来るまでアラガミに一回も合わずに住んだよ。念のためソーマについてもらっていたんだけど……必要なかったね」
「ほ、本当にきた……」
「ユウ、すげぇな……」
「仁慈に教わった」
何それ知らない。
リーダーの人間離れした技術の出所に私は思わず驚く。今度私も教えてもらおう。一対一で、じっくりと。
「そんな事はどうでもいい。俺達にこんなことをさせた理由は何だ?」
話がずれかかっているとき、ソーマの問いかけでみんなが本来の疑問を思い出す。今だけはソーマが空気を読めないで助かりました。
彼の問いかけで、みんなの視線を一点に受けたサカキ博士は何時も通りの表情で眼鏡のつるを指でクイッと上げて、口を開いた。
「もうすぐ分かるよ」
その言葉と同時に上から2人の人影が降りてきた。
一人目は私がよく知っている人物。ここ最近話す機会がなくなってしまった樫原仁慈さん。問題はもう1人のほうだ。
フェンリルの紋章が入ったボロボロの布を身に纏っていて、それから除く手足は雪のように白い。白人とかそういうレベルではないくらいに白い。色白の私でも叶わないくらいに。
瞳の色は金色で、髪の毛も肌と変わらない白色だった。
「やぁ、仁慈君。いいタイミングだ」
「この子が素直に来てくれましたから」
「おー?えらいかー?」
「えらいえらい」
どこかしたったらずに問う白い少女に仁慈さんは微笑みながらその頭を撫でた。白い少女はそれを気持ち良さそうに受け入れる。なんてうらやまs―――ゲフンゲフン、うらやましいことを……。
「で、結局なんなんですか?」
「今回君達に周囲を殲滅するように頼んだのは、私が彼女に直接会うためだよ」
リーダーの問いに簡潔に答えたサカキ博士はそのまま白い少女の前まで歩いていき、彼女に視線を合わせるようにしゃがみこんだ。
「ちょっと、一緒に来てくれないかい?」
「んー?いいよ」
白い少女の肯定を聞いたサカキ博士はとても満足そうに頷いて彼女と仁慈さんを連れて、その体を翻した。
正直、私達には何がなんだかまったく分からなかった。
―――――――――――――――――――
『えぇえええええええええええぇぇぇぇぇぇ!!??』
サカキ博士の研究所に四人分の絶叫がこだまする。それを至近距離で喰らったのに、特異点の少女はピンピンして、周囲を隈無く見渡していた。暢気なもんだな。
「ちょ……えっ?」
「今、なんて?」
「何度でも言おう。彼女はアラガミだよ」
サカキ博士が口にした言葉に第一部隊の皆さんはとても信じられないような幹事であった。まぁ、気持ちはわかる。
限りなく人間に近い進化を辿るアラガミは今まで発見されたことはない。驚くのも無理はないことである。彼女の場合は、話すことが出来るし、余計にね。
その後も、色々あった。サクヤさんがサカキ支部長に言いくるめられたり、ソーマさんがおこだったりということがあったのだが、三十分もすれば落ち着いてきた。
このまま、今日はこれで解散となった時、ユウさんが問うた。
「ねぇ。君はどうして仁慈と居たの?」
その質問に特異点の彼女は、
「んー?仁慈とは、仲間、だからな!」
と答えた。
空気が凍った。
まさか、ここでぶっこんで来るとは思わなかったぜ……。
サカキ博士ですら固まるその言葉に俺は天を仰ぐのだった。