時をかける仁慈
「これは今までに無いパターンですわ………」
状況は奇妙極まりないものだった。
場所は嘆きの平原、目の前には俺が殺したヴァジュラの死体。コアを俺に抜かれてその形状は崩れつつある。これはまぁ、いい。何時も通りの光景だ。問題は………
「………強い」
「嘘……腕輪が無いのに、神機を扱っている……?」
ヴァジュラを倒したくらいで驚きの表情を表す、俺の知っている姿より幾分か若いユウさんと、俺の腕を見てここ最近見ることが出来なかった反応を見せるリンドウさんの奥さんであるサクヤさんである。極東支部ではもう慣れられたもので、俺が腕輪なしで神機を扱っても「まぁ、仁慈だし」で済まされているから。
さて、どうしてこうなったかといえば、答えは単純。嘆きの平原の中心に渦巻く竜巻に再びブッ飛ばされてしまったからである。
……何故、新しい神機使いの研修中にツクヨミなんて乱入してくるのだろうか。タイミング良すぎワロエナイ。
「ちょっと貴方、私達と一緒に来て、話を聞かせてくれるわよね?」
若かりし頃、現役バリバリのリンドウさんの奥さんに威圧されつつそう言われる。ここが過去だとして、俺が極東支部に行ったら実験動物待ったなしな気がする。ブラッドアーツもそうだし、体の半分が物理的にアラガミと一緒だし。かと言ってどこかに行くあてがあるわけでもないしなぁ……。
サカキ支部長を抱き込めば何とかなるか……?
「えぇ、もちろんです。同じ神機使い同士ですしね」
まぁ、大まかだがこの世界は過去、それもあの伝説のスーパー極東人ユウさんが神機使いになった頃のことであると予想できる。この世界で俺の味方は誰一人いない状態といってもいいだろう。
いつ頃帰れるのか、そもそも帰れないのか分からないがどちらにせよ拠点は必要となる。俺に選択肢なんて無いのだ。
一応拘束だけはされないように極東支部へと帰還するサクヤさんとユウさんの後ろを付いていくのであった。
―――――――――――――――――
極東支部の内装は、昔だけあって俺が知っているものとは違っていた。ラウンジは出来ていないし、俺の知っている神機使いも少ない。巨大なモニターもないし、オペレーターのヒバリさんも髪が短かった。
ユウさんとはエントランスで別れ、俺はそのままあの床にコードが敷き詰められている部屋に連れて来られた。
「サカキ博士、今よろしいでしょうか」
「かまわないよ」
サカキ支部長、そういえばこのときはまだ支部長ではなかったのか……。今支部長をやっているのはソーマさんのお父さんだっけ。……ソーマさん本人に聞いた話では、終末捕食を起こして一度地球の生態系のリセットを行おうとしたらしい。
……俺の存在がばれると割とヤバイな。特異点になった前科もあるし。ここらへんのことも含めて話をしたほうが良さそうだ。
部屋に居たのは今ではソーマさんに譲った機械を弄り倒すサカキ支部長の姿。ヒバリさんと同じように髪型は微妙に違う。しかし、俺の知っているものと変わらない胡散臭い笑みを浮かべていた。
「今回話があるのは彼のことについてかな?サクヤくん」
「そうです。彼は腕輪をつけていないにも関わらず神機を使っていました。刀身も見たことのない形をしていて、何より……新型です」
サクヤ(若)さんの言葉を聞いたサカキ支部長(若)―――面倒だな(若)はいいや―――が珍しく目を見開き瞳を見せながら体を前にずいっと押し出した。
彼らが面倒なことを言う前にこちらの話を聞いてもらうべく俺は口を開く。
「すみません。そのことも含めて話をしたいので、こちらの……サクヤさん、ですか?彼女に席を外してもらいたいのですが……」
「それは出来ないわ。貴方のように素性もよく分からない相手を1人にすることは出来ない」
「………いや、いいよサクヤ君。君は一回席を外してくれ。部屋の外に居るだけでいい」
「危険すぎます!そもそも、話なら私がいながらでも出来るでしょう!」
「…………別にこちらは構いません。しかし、そちらは困るのではないでしょうか?私は貴方達の事情を色々知っていますよ?例えば、カルネアデスの板……とかね」
サカキ支部長……ではなくサカキ博士の表情が変わる。ソーマさんから粗方の話を聞いといてよかった。……まぁ、あの人が酒につぶれて勝手に話しただけだけど。
「サクヤ君、やはり席をはずしてくれ。頼む」
「……なんなんですか、一体……」
サカキ博士が頭を下げる。そのあまりにもレアな声音と行動に観念したのか、俺に余計なことをするなよという忠告の意味もあるであろう睨みを効かせながら外へ出て行った。
「さて、サクヤ君には悪いけど、邪魔者も居なくなったし……話をしようか?新型神機使い君」
「えぇ、お互いにとってよい話し合いとなるでしょう」
――――――――――――――――――――
「今日から極東支部に配属されることとなった新型神機使いを紹介する」
「どうも、今日から極東支部で働かせていただく樫原仁慈です。ご指導ご鞭撻のほど、よろしくお願いします」
現役を引退し、教官をしている雨宮ツバキからそのような一言が告げられる。彼女の言葉の後に銀髪赤眼の青年が名乗りを上げた。
今まででは考えられなかった銃と剣の両方の機能を兼ね備えた新型神機使いの唐突な出現に皆、どこか釈然としない気持ちを抱きつつも一応皆が受け入れた。
激戦区の極東に戦力が集中することはある程度納得できる理由だからであろう。彼の言葉からもここ最近神機使いになったのだということが予想できた。
しかし、神薙ユウと橘サクヤだけは彼の実力を知っている。新人神機使いの難敵とも言えるヴァジュラを瞬殺したのだ。その技量は、ベテランにも劣らないものであった。ゆえに橘サクヤは特に仁慈を警戒していた。
「早速、樫原と神薙には仕事が来ている。参加者はお前達含めて四人だ。既に後の2人は現地入りしている。お前達も今すぐに向かえ」
「了解しました」
「分かりました」
ツバキの言葉に返事を返した2人は特に会話をするでもなく今回の仕事場である鉄塔の森に向かった。
現地に到着した彼らを待っていたのはフード付きのコートを身に纏った褐色肌の青年と、赤い髪にサングラスと羽織る意味があるのかと思うジャケットだけを着込んだ派手な格好の青年だった。
2人ともこちらに気付いたようだが、フードを被った褐色肌の青年はユウたちをスルーしたが、派手な格好をした青年は自身の髪をかきあげながらユウたちに近付いてきた。
「やぁ、君が例の新型かい?なにやら増えているようだが……まぁ、いい。僕はエリック。エリック・デア=フォーゲルヴァイデ。君達も僕を見習って人類のために華麗に戦ってくれたまえよ」
青年の言葉に頷く2人。そんな彼らを遠めで見ていたフードを被った褐色肌の青年が唐突に叫んだ。
「エリック!上だ!」
彼の言葉通りみんなが上を向くとそこには口をばっくり開けて飛び掛ってくるオウガテイルの姿があった。
ユウはその姿を見た瞬間バックステップで回避するも、エリックは悲鳴を上げるだけで移動しようとしない。
どうやら恐怖で体が固まっているらしい。このままではオウガテイルに頭をバックリいかれて逝ってしまう。
誰もが、彼の死を予感した……その時、
――――エリックの頭上に何かが通り過ぎ、彼の頭上を陣取っていたオウガテイルが真っ二つに引き裂かれた。
「へっ?」
「えっ?」
「何?」
誰もが驚きの声をあげる中、唯1人それを為した男、樫原仁慈は振り切った神機を担ぎながらいう。
「さっさと倒しちゃいましょう。こんなの」
これは、世紀末に世紀末を重ねた世界から過去の極東にやってきた
続きません。