オーバーロード モモンガ様は独りではなくなったようです   作:ナトリウム

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第五話 エンリ

 

 

 村人が次々と治療されていく様子を眺めていると、一人の少女がモモンガへ近付いて来た。

 妹を守るため騎士に立ち向かったらしい勇敢な村娘だ。鎧ごと殴り付けたのか手の骨が酷く砕けていたとかで、治療を担当するセバスも感心したように頷いていた事を覚えている。

 

 

「え、えっと、すみません」

 

 

 エンリというらしいその少女の外見に特別な部分は無い。強いて言えば顔が良い方な事か。

 ただし背中を切られたらしくボロそうな服は構造が歪んでいる。元からセンスがあるかと言われると微妙な服だったが、現在では更に微妙な感じにだぶついてしまっていた。セバスのスキルでも単なる布切れまでは接合されないので仕方が無い。

 

 モモンガの隣には護衛として……モモンガを独りにする事はセバスが嫌ったので……デスナイトが控えているため、わざわざ近づいてくる村人は皆無だった。

 遠巻きに頭を下げる者は多かったがそこまでだ。それを若い少女が覆したのだから珍しく思う。モモンガとケイおっすの2人はエンリに顔を向けた。

 

 

「よい、セバス、デスナイト……。どうかしたかな?」

 

 

 そんな大人でも怯えるような存在に対し、少女は何か決意を秘めた表情を携えて歩み寄る。

 一歩前へ出ようとしたデスナイトに威圧され 「ひっ」 と小さく悲鳴が漏れるが、モモンガが片手を上げて制すると再び歩を進めた。

 少女の顔には隠しようのない恐怖も混ざっている。だたしそれ以外には憧れや敬意、そういった感情が強く現れているようだ。頬に涙の跡が残っているのは先ほど両親と抱き合っていたせいか、それを意識すると目の周りが赤くなっているのが分かった。

 

 

「凄い……。やっぱり、凄い人だったんだ……」

 

 

 モモンガの姿を改めて視認して。無意識らしい呟きが少女の唇から漏れる。

 その瞳はヒーローを前にした少年、あるいは王子様を見つけたヒロインのようで、目の端に残る涙の残滓もあってキラキラと輝いていた。

 

 そんな子供らしい純粋な視線を向けられる。ケイおっすは思わず視線を逸らした。

 純粋な相手からの笑顔に対して 「眩しい……めっちゃ輝いてる」 と思う程度には人間性が残っていたようだ。モモンガの方も杖を握る指先をガントレット越しに擦り合わせていた。

 偉そうな演技のまま胸を張っているが明らかに落ち着きがない。チワワとかの小動物に視線を送られて困っている(外見)コワモテ系社会人の図である。

 

 

「あ! あの、えっと……。村を助けていただいて、ありがとうございました!

 私、騎士に追いかけられて、もう駄目かと思って……。本当に!」

 

 

 視線を返された事で状況を思い出したらしい。エンリは背中が見えるほど深く頭を下げた。

 少女の動作にセバスのような流麗さはない。ただただ剥き出しの感謝がそこにある。

 デスナイトに対する恐怖が小さかったのはこれが理由だろう。命を救ったヒーローであれば多少の種族の違いなど、意思一つで乗り越えられる程度の物であるようだった。

 

 

「なに、騎士が少しばかり不愉快だっただけさ。気紛れのような物だよ」

 

「それでも、私達は助けて頂きましたから。ありがとうございました!」

 

 

 モモンガは頬を赤らめていそうな態度で視線を彷徨わせる。その骸骨の顔に筋肉が残っていたら、さぞ、もにょもにょした表情になっていただろう。

 まさかここまで素直に感謝されるとは思っていなかったのだろう。それか 「相手は子供だし偉そうに返すのはどうなんだろう。あんまカッコつけても伝わらなかったら寒いよな……」 とでも悩んでいるのかもしれない。ケイおっすはその様子も含めて微笑ましく思い、テヘヘと言いながら八重歯を見せた。

 

 

「う、うむ。そうだな」

 

 

 絞り出した返答がこれである。ケイおっすは今度こそ噴き出してしまう。

 これほどモモンガに通じた理由として、一つに顔の造形が身近である、という事実があった。

 このエンリという名前の少女とて不細工ではない。言うなれば映画のメインではなく背景に居そう感じの、程々の美人というヤツだろうか。ゲームで言うと幼馴染系の顔立ちである。

 

 中身は一般人であるモモンガとケイおっすからすれば、このぐらいが丁度良いのだ。

 ちょっと可愛い女の子に感謝されるぐらいならともかく。ナザリックのメイドは誰もが美しすぎて、それこそハリウッドの主演女優でも足りない。そんな存在から神のごとく崇め奉られるのは……。ちょっと疲れる。

 今だってセバスが物凄い神妙な顔で此方を見ていたりするし。

 

 

「はは、マスターったら、照れちゃって」

 

「ちょ、からかうのは止めてくださいよ、ケイおっすさん。演技がバレちゃいますって」

 

 

 やはり人間を逸脱した事はストレスになっていたのだろう。激流の如きイベントの数々に翻弄されていた2人にとって、エンリからの感謝は一種の清涼剤として認識された。

 ギルドの初期が異形種プレイヤーの救済だった頃の思い出とも重なる。PK主体になる前は初心者から感謝される事も多かったと。当時を思い出したのかモモンガは動きを止め、空虚な眼下の先を懐かしき過去へと向けた。

 

 

「そういえば……。ナザリックがまだ無くて、ギルドの活動が報復PK主体になる前は。こうやって初心者から感謝されたりとか、あったなあ……」

 

 

 しみじみと呟くモモンガの言葉に、ケイおっすも自分が初心者だった頃を思い出す。

 元は異形種のプレイヤーを救済するためのギルドだった、アインズ・ウール・ゴウン。

 そこにケイおっすが加入したのは……。ユグドラシルを吹き荒れるPK合戦の前に、救済ギルドからPKギルドに移り始めた、ちょうどそんな頃だったか。

 

 

「ふーむ。ボクが入った頃はもう、PKも増えてたからなあ。……でも、助けて貰ったのは忘れてないよ」

 

 

 社会人になると金銭的な余裕は生まれる。しかしそれを使う時間的な余裕が消えてしまう。

 ケイおっすもその典型だった。休日だからと言って遊びに出掛ける程の体力も気力も残っておらず、一日中家でゴロゴロするばかり。暫くして業務に慣れても気力を絞れる程の趣味もなく、家と会社との往復に虚しさを感じていた頃だった。

 

 ならば……と思ったのが、当時話題を攫っていたネットゲームだ。

 自宅に居ながら今は亡き大自然を観光できるツール。作り物であっても旅行に行くよりはずっと安い金額で楽しめるし、まあちょっとした癒やしにはなるだろう。

 そう考えれば悪く無い、そんな軽い気持ちで始めたのが……、このユグドラシルとの出会いだった。

 

 

「ええ、当時は本当に流行っていましたからね、異形種狩りって。

 まあ異形種だけが被害者という訳でもなく、ペナルティが無いのはお互い様ですし。そのせいで異形種なら初心者でも未来のPKだから殺していい……なんて風潮までありました」

 

 

 観光を楽しむ、その意味では開始時期が悪すぎた、見た目の面白さを優先してしまったチョイスも最悪に近い。目的に対してはどう考えても適切とは言い難い状況だった。

 異形種狩りが流行っている時勢だっただけに初期フィールドでさえも荒れていた。当時スワンプマンという手足の造形が突き出した泥の塊だったケイおっすは格好の標的となり、同じ初心者プレイヤーにまで面白半分で攻撃される有り様だった。

 

 風景を楽しむ事がメインだとしても、ただ一方的に殺される趣味はない。

 ならばと反撃していたら生意気だとか罵倒され、その初心者が入っていたギルドの先輩らしい人間が出てきて。更にイチャモンに近い言葉を投げ付けられながらPKされてしまった。

 逃げてもリスポーン地点まで追って来るなど悪質な相手だったと思う。しかしログアウトするのも負けた気分だぞ、と。意地になって殺され続けていたところを、颯爽と助けてくれたのが……。

 

 当時はリッチになったばかりの、モモンガさんだった、と記憶している。

 

 

「装備とか今と比べると貧相だけど、あの時のマスターはカッコ良かったよ?

 即死系のスキルであっという間に倒しちゃってさ、アレが無かったらボクはここに居なかっただろうなあ……。

 人間系のキャラで作り直して、適当に観光するだけのライトプレイヤーだったかも」

 

 

 実はクエストの都合からPKが必須で、人助けはオマケのような状態だったらしいが。

 その場でフレンドリストに登録させてもらい、最低限の強さは欲しいぞと思ったのでキャラメイクの相談をしたり、同じ社会人だと気付いてからは愚痴を言い合ったり。

 その縁があったおかげでギルドに誘われ、拡張期を迎えていたアインズ・ウール・ゴウンに仲間入りさせて貰う事になった。

 

 相談できる相手と切磋琢磨できる仲間たちが増え、そしてこのゲームの面白さに気付く。

 複雑で分かり難いと思っていたシステム周りなど、最も顕著な変化だったと思う。いざ理解が進むと一筋縄ではいかない奥深さこそが急速に面白くなってくる。

 装備の更新や新しいスキルの習得、PKに対向するためのプレイヤースキルを磨くなど。連日限界までINするようになるまでほんの数日だった。

 

 ケイおっす自身も意外に思ったほどだ。自分がここまでネトゲにハマるだなんて、と。

 ただログインして駄弁る、それだけでも楽しかったし、ギルドの皆と馬鹿騒ぎしたり狩りに行ったり愚痴ったり。日々のストレスもあってユグドラシルは本当に癒やしだった。

 なにせナザリック地下大墳墓をギルド拠点として手に入れた時など、感極まってしまい現実でも酒盛りをしたぐらいである。ただし祝い酒を飲み過ぎ珍しく二日酔いになってしまい、仕事でポカをしそうになって大変だった、それも今では良い思い出の一つだ。

 

 

「私もたっち・みーさんと出会わなければ、そうでしたでしょうね。

 ああ、本当に懐かしい……。ケイおっすさんが持ってきた資料を囲んで、喧々囂々の議論で作った武器の数々、宝物庫にあるはずですよ。後で見に行きましょうか」

 

 

 モモンガほどではないが、給料をガチャに突っ込むのも日常茶飯事となった。

 幾多のアイテムの中でも刀剣類には特に心を踊らせたのを覚えている。無骨を極めたからこその美学というやつで、この辺りは武人武御雷さんが特に賛同してくれた。

 しかしケイおっす本人にデザインやプログラムの知識は無い。なので主に参考データの提供という形で活躍していた。

 

 ユグドラシルを始める前から刀剣類は好きで、学校帰りに古本屋を見て回っていたのだ。

 今は亡き父親の趣味を手伝う、という意味もあった。父親はその手のムック本や雑誌を……流石に現物は無理なので……収集する事だったから、影響や遺伝もあったのかもしれない。

 父親のコレクションの中には百年以上前に発行された紙媒体の書物も混じっており、それら希少なデータは話のネタとして、そしてユグドラシルの中で武器を作る際にはアイディアの一つとして役に立った。

 

 

「……おっと、つい話し込んじゃった。悪いね」

 

「おぉ、すまないな。少女よ」

 

 

 自分を眺めているエンリの視線に気付き、ケイおっすは思い出の中から帰還する。

 同じく過去に思いを馳せていたモモンガも雰囲気を引き締める。偉大な支配者らしく背筋を伸ばした。

 

 

「いえ、その……。凄い人たちだったんですね、本当に……。

 あ、すいません! その、こんな事しか、言えなくて。その」

 

 

 口の端から零れ出た冒険話を聞かれていたようだ。エンリは神話の一端を耳にしたような表情で呆然としており、目を輝かせる様子はいっそ清々しいレベルで感動で満ち溢れていた。

 しかし自分ごときが首を突っ込むのは失礼かもしれない、と考えたのだろう。少女は慌てて頭を下げ、繰り返しペコペコしていた。その様子も微笑ましく映る。

 

 

「えっと、私と妹のネムと、お父さんを助けて頂き、本当にありがとうございました!」

 

 

 謙遜するモモンガの様子は真に尊いヒーローに映ったらしい。相手が幼い少女だけあって感情移入もしやすく、キラキラした目は愛くるしいワンちゃんを彷彿とさせた。

 微笑ましそうにセバスが笑う。するとエンリは頬を染めて照れたように顔を伏せる。

 照れながらも目線はチラチラと動いており、ケイおっすの着ている服などにも顔で上目遣いで憧れを向けているのが分かった。ここまで素直だと人間でも可愛いものだ。

 

 

「……村長! あ、その……村に、騎士のような連中が、接近していると!」

 

 

 ただし、微笑ましい時間は長く続かない。広場に飛び込んできた悲報により流される。

 モモンガは和んでいた気分を邪魔され 「また面倒事か……」 と小さく呟いた。忌々しそうに報告者の男を睨み、いやいや彼は悪くないんだよな、とクレーマーの面倒さを知っている営業職らしい溜息を漏らす。

 

 

「……はあ。エンリといったか? この角笛を持っていろ。危機を感じたら吹き鳴らせ。

 ゴブリンを手下として召喚する効果がある。私の所持する中では極めて非力な、無力に近いアイテムだが、それでも無いよりはマシだろうからな」

 

 

 虚空から生まれたように見える角笛が軽く投げ渡され、少女は神から承った物を抱える程の慇懃さにより、前のめりになって倒れそうなほど深いお辞儀を繰り返す。

 村長の支持により避難を開始するようだ。何度も振り返りながら頭を下げている少女を目尻に見送ると、モモンガは小さく咳をしてセバスに向き直った。

 

 

「ん、八肢刃の暗殺蟲(エイトエッジ・アサシン)……?」

 

 

 一瞬だけ訝しんだモモンガだがすぐに納得する。後詰として派遣されてきたのだろう、と。

 真っ黒い忍者風の服装に身を包んだ、ミュータントな亀ではなくて蜘蛛の魔物である。大型かつ異形の姿は牧歌的な村の風景とはあまりに似合わない。

 それが平然と立つ様子に首を傾げたが、この魔物の特殊能力に不可視化を与えるものがある事を思い出し、モモンガは未だ訝しげに視線を往復させているケイおっすにもそれを伝えた。

 普通に見えるし存在を感じられるので、何故周囲が気付いていないのか分からなかったのだろう。 「あー、そういえばそうだった」 と言いながら手をポンと打ち合わせる。

 

 

「世辞はいらん。お前たちが後詰か……。指揮者は……、ふむ、ふむ。十分だな。

 とりあえず、この村は我がギルドの支配下に入ったと認識してよい。だから襲撃は不要だ。それと支配下とはいえ、人間たちの思考を鑑みるのは面倒だしな。その支配についても……人間たちの勝手に任せても良かろう。あくまで彼らから支配下に入る、という形が望ましいしな。

 それに愚かな存在だからこそ、我々の思考では浮かばぬような事も浮かぶかもしれん。今後の展開のためのモデルケースのようなもの、これ自体の価値は低くても構わん」

 

「はは、なんか過剰戦力が来てるみたいだね……」

 

 

 恐ろしく物騒な事を考えていたようだ。ケイおっすはモモンガの姿を見ながら小さく笑う。

 口調はともかく内情は色々と必死そうである。引き連れられた大部隊に目眩を覚えたようだが、とりあえず周辺の精査に流用する事にしたらしい。

 

 反射的に撤収させようとして、折角動かしたのに勿体ない、と考え直したのだろう。

 あの騎士たちの行為が略奪であれば単独で動くとは考え難い。それを輸送するための部隊が存在すると考えるのが普通であるし、異常を探知して別働隊や後詰めがやってきた可能性もあった。

 少数精鋭の弱点は人海戦術が取れない事だ。余裕が有るのだから、動かせる人出は多い方が便利だろう、とケイおっすは軽く考えている。

 

 

「はあ。次から次へと、問題ばかり起きるな。

 騎士たちから情報を聞き出して、どれほどの強者がいるのか、アイテムの普及具合とかも確認を取らないといけないのに……。今度こそ危険な手合が……」

 

 

 モモンガはぶつぶつと思案を漏らす。その姿は圧倒的な支配者と呼ぶよりも、上司から無茶な指令を叩き付けられたサラリーマン、それに近い感じだ。

 上は上なりの苦労があるんだよ。かつて上司が飲み会の時にポツリと漏らした呟きを思い出し、会社での上司は嫌な奴だったが苦労はしてたんだろうな、と今更に実感する。

 

 

「あー、マスター? ボクが居るじゃない! ってのはネタだけどさ。

 一人で悩まないでも大丈夫だと思うよ? デミウルゴスとかめっちゃ頭良さそうだったし。伝え難いならこっちが伝えておくし」

 

 

 元気付ける意味も込めて、ケイおっすはモモンガの背をポンポンと叩いた。

 用心は必要だが臆病になるのは面白く無いと思う。それにケイおっすなりの思考もあるのだ。

 

 

「楽観的かもしれないけれど。ボクはマスターを、ナザリックを信じている。

 あの41人で作り上げた、努力と叡智と、そしてお馬鹿の結晶、その皆をさ? だから大丈夫でしょ、きっと。頼りになる守護者にも恵まれてるしさ!」

 

 

 仮にプレイヤーのような超存在が居たとして、世界に与える影響は物凄く大きい。

 ナザリックの戦闘メイド達でもそうだ。先ほどの騎士ぐらいなら数千、いや万単位で虐殺できるだろうし、そのような戦力が自由に動いた結果という物は相応の痕跡として残ってしまう。

 彼らが特別に弱かった、という可能性もあるが。ならば村人だって反撃ぐらい出来たはず。デマの類ならともかく完全な隠蔽は無理だろう。

 

 

「それに、もし手に負えない存在が居ても、ナザリックで迎え撃てば良いじゃないか。

 上位プレイヤーのギルドごと転移、とかしてたら不味いだろうけど。その時は盾ぐらいにはなるよ? ボク。

 消耗品の問題とかはあるかもしれないけど。騎士の持ち物にはポーションとかあったし、こっちでも補給が出来ない訳じゃあないでしょう」

 

 

 ケイおっすは肩を竦める。元より深く考えるような質ではない。

 必要なら悩みに悩むだろうが、分かっても分からなくても、最終的にはノリで動くタイプだ。

 流石に他人とパーティーを組んでいる時などは自重するけれど。ソロで適当に散歩しに行って死にかけるという経験も何度かしていた。それで簡単に死なないのは耐久力型の意地である。

 

 

「ハハハ、そうだ、そうだな……。皆となら乗り越えられる。乗り越えられるんだ。

 セバス、すまない。お前たちの実力を疑うような真似をして。

 隠れた存在が居るのなら、暴けば良い。強者がいるのなら、乗り越えれば良い。我はナザリックの支配者なのだから」

 

 

 モモンガはガントレットで覆った手を持ち上げ、自分の顔ごとマスクを握り締める。

 その様子に対しセバスは感極まった様子を見せていた。目尻に涙すら浮かべる勢いで感動しているようだ。

 

 しかしケイおっすからすると……。曰く付きの嫉妬マスクなんて被っているから、思い切り変な意味にしか見えない。なので苦笑いを返しておく。

 ケイおっすも所持しているので他人事ではないけれど。顔を隠すにしたってあのマスクはないだろう。思い出し笑いが浮かんで緊張が抜けていった。

 

 

「まあ、騎士って事は人間だろうしね。最悪、この村ごとカオス・ブレスで埋め尽くせば、何とかなると思うよ。ボクは熱源探知とか音波探知も出来るから」

 

 

 カオス・ブレスは息吹系のスキルで、3種類までの属性を混合して放つ事が可能だ。

 個々の効果は低下するので主に弱点の割り出しに使っていた。薄汚い虹色として吐き出されるので見た目からは属性が判別できず、スキルなどによる能動的な対策が難しい、という理由から。

 

 つまり直接的にはあまり使い道の無い、対人戦以外ではネタスキルだったのだが……。

 

 村人の反応を見る限り、人間は苦痛の中だと動けないらしい。

 ならば猛毒や強酸で粘膜を焼き尽くすのは効果的だろう。皮膚がドロドロに溶ければ動くだけでも苦痛が走る。強い刺激性のある気体が充満すれば呼吸した瞬間に咽返る。

 防御のマジックアイテムを有していようとも無効レベルでなければ厳しい。カオス・ブレスならば毒と酸と麻痺と混乱など、ケイおっすが持つ全てを対策しない限りは効果を発揮できる。この辺りは異形種の強みと呼べるだろう。

 

 

「そうだな……。猛毒や催眠ならば、私には効果が無い。凶悪なコンボとなる。

 魔法の多くもターゲットを明確に認識しないと使えない筈だ。或いは効果が格段に落ちる。煙幕は有用だな」

 

 

 またユグドラシルではシステムの都合上、発生から数秒もしない内に消滅してしまうが、此方では少し違うらしい。空気より重いガスと同程度には残留する性質を持っている。

 その辺を飛んでいたハエを鬱陶しく思い、試しに撃ち落としてみた結果として判明した。危うく家の壁に大穴を開けるところだった。

 

 なので場所を選べば霧の如く満たす事も可能と思われるし、最も平和的な睡眠属性のブレスは濃密な白い色をしているので、最悪でも煙幕代わりにも使えるとケイおっすは判断している。

 ただこの点はデメリットにもなり得るだろう。後処理の必要があるとも言えるのだ。

 強酸ブレスは周辺の物体とも反応し続けてしまう。効果時間の上限はどうしても存在するし、その際には溶かした物の関係で予期せぬ毒ガスが発生する可能性など、その辺りの事も考えていく必要がありそうだった。

 

 

「ユグドラシルでの仕様上、全ての攻撃に耐性を持つ事は不可能である筈だ。

 仮に完璧な耐性を有していたとしても、転移などで致命的な状況へ追い込むのは可能……。人間であれば呼吸も必要のはず。それに炎を無効化する能力で熱湯を無害化出来るかも試していないな……。猛毒の熱湯で満ちた無酸素の部屋を作っておくのも悪く無いか……。

 よし、レベル1000の人間が居たとしても、確かに対処は可能だな。礼を言う、ケイおっす」

 

 

 背筋を伸ばし胸を張る。モモンガは真の自信に満ち溢れた姿となった。

 やがて避難を終えた村長が騎士と立ち会うために戻って来て、今度は包囲などはせず素直に村へと入って来るのを確認し、警戒はすれども幾分か震えは小さくなる。

 

 迎え撃つように背筋を伸ばす。モモンガは絶対強者として彼らを睥睨した。

 

 

 

 


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