オーバーロード モモンガ様は独りではなくなったようです   作:ナトリウム

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第三話 村

 

 

 周囲の風景が一転し、ケイおっすがまず感じたのは、独特の臭気であった。

 キャンプファイヤーのような木材が燃える香り。それと形容しがたい未知の悪臭……ケイおっすもモモンガも知らなかったが、村外れにある畜舎から発されている……と、人間の匂いだ。

 ユグドラシルでは無かった要素である。顔を顰めながら匂いの元を探していたケイオッスだが、このような辺境の村で毎日風呂に入れる訳がない。その事実に理解が追いついて悪い事をした気分になった。

 ブラック企業勤めで風呂にも入れない。そんな愚痴をメンバーから聞いた事を思い出したのだ。

 

 

「おお、映画みたいだ」

 

 

 改めて見回す。牧歌的、と表現して良いだろう。一部から上がる煙と血の跡を除けば。

 視界に映るだけでも数人の騎士が動き回っている。粗末な服を赤く染めながら転がっている村人も幾人か数えられる。血に染まった剣が人間に突き立てられる様子さえ写っていた。

 濃密な血流描写はユグドラシルでは行われない。なので血管から吹き出る鮮血を見たケイおっすは物珍しそうに視線を向ける。

 

 

「やはり……あまり感じないな。ケイおっすさんも、そうですか?」

 

「……うわ、言われるまでナチュラルに楽しんでたよ。ちょっと自分に引いたわ」

 

 

 ショッキングな光景。だが受けるショックは意外なほど小さい。

 モモンガにしても周囲の光景の方や騎士の装備などへと注意を向けている。襲われる村人を観察するのは良い趣味ではないにしても、それ以上にヒトという種族への無関心が目立った。

 

 言うなればこの状況でさえ、野生動物が狩りをしている様子に近いだろうか?

 共感という結果に至るまでの経路が断線してしまっている。記憶などから鑑みれば凄惨な光景だと思う。だが意図的に想像力を掻き立てねば大した光景だとは思えない。

 あの男にも子供や家族が、と思えば少しは情けを掛ける気分になるのだけれど、映画の背景でモブキャラが死んでも何とも思わないだろう。今の気分はそんな感じかなあとケイおっすは分析する。

 

 

「さて? ちょっと試してみるね、マスター」

 

「ええ、頼みます。攻撃魔法だと手加減は難しいですから。

 万が一の際は擁護しますよ。ケイおっすさん、恐怖耐性は万全でしたよね」

 

「任せた。恐怖属性なら無効だよ、大丈夫」

 

 

 戦乱に飲まれている村の中をケイおっすは無造作に歩く。幾つかの方向から目線が飛んでくるのを感覚的に察した。それに反応し無数の"目"を開きかけて首を振る。

 あまり慣れてしまうと切り替えが難しいだろう。なので人間の位置にある眼を使いながら目標を定める事にした。

 

 先ほどまで村人と揉み合っていた連中に視線を向け、相手として手頃だと判断する。

 対象の騎士は振り払った相手の左太腿に剣を突き立てていた。風に乗って伝わる血の香り。ケイおっすは自然と頬がゆるむのを感じてしまう。

 鉄錆の匂いが妙に心よい。そのまま滅多刺しにしていたらもっと香っただろうに。此方に気付いたらしく動きを止めてしまったのを少しだけ残念に思った。

 

 

「おい、お前! 何処から……!?」

 

 

 ヘルムにある十字の切れ込みの向こうで男の顔が激しく歪んだ。

 何にそんな驚いているんだろう、と思って背中側に目玉を作ったが、ケイおっすにとっては見慣れた光景しか広がっていない。完璧に執事服を着こなしているセバスと、死の具現化のようなモモンガさんと……ついでに角と翼が生えている自分。べつに変な場所なんて……。

 そこまで考えてやっと気付いた。ああそうか、悪魔や骸骨だから驚いているのか。メッセージの魔法を送って顔や手を隠した方が良いよと伝えておく。

 

 

「スキルで隠せるけど、能力落ちるから嫌なんだよなあ。押せば引っ込むかな?」

 

 

 異形のパーツは引っ込めておいた方が良いだろう。ケイおっすもそう判断する。

 両手を角に添えると力を込めた。骨が圧し折れるような音が響いて角が大きく傾く。これなら行けそうな感じだ。そのまま奥へ奥へと押し込んだ。

 余計に凹んでしまった部分は内側から押して元へ戻す。更に頭皮を髪の毛ごと引っ張って長さを調整し、完成した様子を掌に目玉を生み出して確認する。いい感じに角が引っ込んで普通の美少女になった。これなら大丈夫だろう。

 

 

「おお、行けたわ。ちょっと違和感あるけど」

 

 

 翼についても肉を波打たせる。鈍く軋ませる音を発しつつ、まるで啜るように収納する。

 メイド服の背中が大きく波打ちながら翼を引っ込めた。それを眺めていた人間は恐怖に囚われていたが、共感力が低下しているケイおっすは訝しげに睨み返す。

 リボン装備の関係で少しだけ角を見せているのだが、これが気に入らないのだろうか。個人的には可愛いと思うんだけどな……と視線で同意を求め、対象となった騎士が顔を真っ青にしているので微笑んだ。異形っ娘萌えとしては恐れられるのもまあ悪くない。

 

 

「ば、化け物だっ! 化け物だあああ!」

 

「うん、そうだよ?」

 

 

 言いながらケイおっすは右手を持ち上げ、人差し指を2人の騎士へと向けた。

 どっちを先にしようかな、と考えていると、村人の足から引き抜かれた剣が向けられる。じゃああっちでいいや、と気軽に犠牲者を決定した。

 

 白亜の指先が騎士の心臓と重なる。自他の能力に少しだけ小首を傾げる。

 あまり強そうには感じないのだが……。ギルドマスターが警戒するぐらいだ、それなりには強いんだろうか? ならば油断はダメだなと背筋を伸ばす。

 スキルの類は使用するどころか封印している物が多い。 「えいっ」 と気が抜けるような言葉とともに指先を開放した。人差し指の第一関節から先が変化するのを感覚で察する。

 

 

「……お? お、おまえ、なにを」

 

 

 その結果は火を見るより明らかだ。瞬き一つ行う間には全てが終わっていた。

 少女の指先だった物は刹那の間に無数の触手へと枝分かれし、爆発的な加速により距離という概念ごと穿つ。被害者の男でさえ把握できないほどの速度を持って突き抜けている。

 小さく顎を下げて状況に気付いたのだろう。ヘルムの向こう側で大きく口が開かれるのが見えた。

 

 

「い、いたい……? いたい、いたい、やだ、やだ、うあ、ああああ」

 

 

 男はフルプレートメイルに包まれていた筈の身体を見下ろし、そこに異形と化した先端が生えている、という絶望的な事実に気付いてしまったようだ。

 あまり鋭利だったために最初は痛みさえ感じなかったのだろう。魔法すらかかっていない防具など防具としての機能を果たせず、薄氷を砕く程度の抵抗さえ無かったのだから。

 

 信じられない、信じたくない。そんな調子で必死に首を左右に振っている。

 甲高い音を発したのは鎧が砕かれたからか、それとも飛び散った破片が家の壁にでも跳ね返った結果によるものか。

 噴出する鮮血と共に背中側まで完全に突き抜け、人肌に近い触手の表面はテラテラとした真紅に染まっている。未だ痙攣を続ける真紅の塊は断続的に血を噴出させた。捻くれた枝を思わせる7本の指で台座のように心臓を掲げる。

 

 

「どんだけ貧弱なのよ。こっちが驚いたわ」

 

 

 うわ、脆いなー。ただのフルプレートメイルにしても、これは脆すぎない?

 指先にある暖かな感触も含め、ケイおっすが抱いたのはその程度の感想である。

 

 

「ケイおっすさん、大丈夫ですか? 戦闘への忌避感とかは……」

 

「あ、へーきへーき。むしろ楽しいぐらい。マスターも大丈夫?」

 

「問題ありません。無抵抗の村人を虐殺とかはちょっと、と思うかも知れませんが、敵と認識したからですかね。ユグドラシルで人型NPCを相手にしている気分ですよ。

 ちょっと変な話ですが、想像の中でのそれより、実際の方が気楽というか……。感情移入の差ですかね」

 

 

 致命傷を負った騎士も含めて、既に彼らは認識の中だと 「人間」 という範疇から脱落している。いうなればピン留めされた虫だろう。モモンガも平然とした様子で鎧の厚みなどに注意を向けていた。

 生産系の技能があるメンバーであればスキルで何か分かっただろうか。強度と重量などのバランスから技術の発達具合を見抜く事が出来たかもしれない。だが2人には 「予想より薄いんだな。脆いけど」 という感想を抱くのが精々であった。

 

 

「う、ぐう……しに、たく、な……」

 

 

 ヘルムの向こうで真っ白になった顔が悲鳴を漏らす。ケイおっすは 「まだ死んでないのか。もしかして人間は意外に頑丈なの?」 少しだけ賞賛の声を漏らした。

 ガントレットで覆われた騎士の腕が呆然と持ち上がる。しかし既に力が入らないようで、その指隙間からは剣が虚しく滑り落ちた。

 死ぬ間際に無力な腕を震わせ、大穴が空いた自らの胸を埋めようとして、その様子は大切な積み木が崩れてしまった子供を思わせる。泣き出す直前の表情を浮かべたままピクリとも動かなくなった。

 

 これは凄惨な光景なんだよね? 本気で何も感じないんだけど。

 ケイおっすは自分の知識と感受性に、大きな溝が生まれている事を改めて自覚する。そういえば現役時代はそんな感じのロールプレイだったかなーと思い出す。

 まじまじと眺めていると、罪悪感よりもむしろ、食欲の方が喚起されてしまった。

 

 

「……お肉かあ。天然物の」

 

 

 血の滴りがソースのように思え。ケイおっすは薄い唇の奥で舌なめずりを行う。

 すると異形で構成される指先に牙の生えた口が生まれた。早く食わせろ。それぞれが牙を剥きだしながらギチギチと音を発てている。

 理性よりも身体の方が正直らしい。微笑みながら頷いてやる。するとピラニアの群れがそうするように次々と肉を食い千切った。まるで7本の首がある肉食獣だった。

 自分の拳よりも大きい肉塊が瞬く間に、まるで握り潰されるようにして形を失うのを楽しげに眺め、ケイおっすは捕食スキルにより微量ながら身体能力が向上する感覚に笑みを深める。

 

 

「マスター、この死体、使う?」

 

 

 満足気な気分となり、用済みの死体の始末を思い出す。串刺しのまま軽く持ち上げた。

 自分では微妙な使い道しか無いが、モモンガであればもっと上手く使うだろう。ヌイグルミでも摘むような動作で穴の空いた死体を引き寄せ、モモンガの前にぶら下げなら軽く揺らす。未だ死後硬直には遠いため鎧には血液が滴り、金属が擦れてチャリチャリと音を発している。

 

 ケイおっすの指にかかる負荷は驚くほど小さい。軽すぎて現実感が薄くなる程に。

 鎧ではなくアルミホイルの玩具で、中身は空気で膨らませたお人形。そう言われれば納得してしまう。同時にそれはケイオッスが受け止める命の軽さでもあった。

 

 

「おお、では、試してみるとしようか」

 

 

 モモンガが特殊能力の一つを発動したのだろう。空中から黒い霧のような物が滲み出る。

 そのエフェクトを見たケイおっすは 「アップデートでもあって変更されたのかな?」 と楽しげに見ていたが、警戒を強めるモモンガの姿に首を傾げた。

 本来ならば適当な死体を即時消滅させる代わり、その場へと召喚される筈なんです、と小声で囁かれる。このようなエフェクトが発生する筈はないのだと。

 

 

「デスナイトが本当に騎士から生まれるなんて、洒落てるじゃないか。ねえマスター?」

 

 

 背景と化している騎士、怯えを露わにする村人。それらの前で事象は進む。

 漆黒の霧が心臓を失った騎士の身体に吸収され、その直後に全身の穴という穴から暗黒の濁流が発生した。 「おっと」 ケイおっすは慌てて死体から指を引っこ抜く。支えを失った騎士の身体は重力に従って地面に落ちる。

 だが生を失ったはずの両足は崩れない。重い音を発しながら大地を踏み潰し、不気味に全身を震わせながら空を仰いだ。天を齧るように開かれた口からは水音の交じる呻き声を漏らしている。

 

 あまりに強烈な死。その顕現に大勢の人間が息を呑む音が村に響いた。

 デスナイトの喉から漏れる呪詛以外は恐ろしいほど静かで、錬金術油を投げ込まれて炎上する家屋が燃える音さえ聞こえて来る。人である限り避けられぬ運命が生まれようとしていた。

 

 

「神様……!」

 

 

 騎士の誰かがそう呟く。己の武器を祈るように抱きしめる。

 モモンガの能力により発生したアンデッドは成長を続け、肉が潰れるような音を響かせながら膨れ上がっていく。漆黒が纏わり付くその肉体は暴力の具現化である。

 

 明らかに人間が到達できる領域ではない。シルエットはオーガに近いと言えるだろう。

 なにせ2メートルを軽く超える体格だ。背丈もさることならが体躯が持つ厚みがまた恐ろしい。ただ暴力だけを行う事を目的としているのだろう、異常なまでに筋肉が発達している。

 ケイおっすの胴体ほどもありそうな両腕など今にも弾け飛ばんばかりだ。胴体も呆れるほど太く強固に発達している。文字通りの意味で巨人だった。

 

 その巨大な手で鷲掴みにしているのは人外の武具。闇というモノの一部を切り出してきたような超大型のタワーシールドと、波打つ刃が美しいフランベルジュである。

 どちらにも血が腐ったような赤黒いオーラが漂い、そして偽りの鼓動に合わせおぞましく脈動している。機能美よりたた暴力を優先した鎧には無数の刺が伸び、浮き出た血管のように深紅の模様が走っていた。

 兜から伸びている悪魔に似た角を見たケイおっすは 「うむ、良いデザインだね」 と満足そうに頷く。半ばまで腐り落ちた顔は生物への憎悪に満ちた紅点が宿っている。

 

 

「さて……。村の外にも何人か居るんだったかな? 騎士たちは。

 デスナイト、残りを丁重にお連れしろ。出来るだけ殺すなよ? だが、手足ぐらいは砕いても構わん」

 

 

 モモンガの命令を受けてデスナイトが絶叫し、殺意によりビリビリと空気が震えた。

 そして弾かれたように疾走を開始する。ネコ科の肉食獣を思わせる柔軟な動きだ。あの体格からすれば驚くほどのスピードで、一歩毎に地面がめり込んで靴跡を残していた。

 迷いの無さが動きに拍車をかけているのだろう。自らの獲物が何処にいるのか完全に把握している動きだった。

 

 知能の低いアンデッドは、いや十分な頭脳を持つものでさえ、生者に対する猛烈な憎悪と妬みを有する。

 だからこそ知覚能力を持つのだろう。一人でも多く、自らと同じ領域へ引きずり落とすために。

 

 

 

 


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