オーバーロード モモンガ様は独りではなくなったようです   作:ナトリウム

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プロローグ

 

「うわー、懐かしい……。久しぶりです、モモンガさん。ヘロヘロさん」

 

 

 現実より随分と低い視点から仲間たちを見上げる。一人は骸骨に皮を貼り付けたようなアンデッド、もう一人はタールで作った袋に空気を入れて動かしているようなスライムだ。

 以前は毎日のように顔を合わせていた。事情で離れていたが本当に懐かしい。

 現実に友達と呼べる人間は、少数だが居ないわけではない。しかし仕事上の関係が第一に来る程度であり、ここユグドラシルの中ほど濃い付き合いはしていなかった。胸の奥から込み上げた物が目から流れそうになる。

 

 

「おぉ! ケイおっすさん! お久しぶりです!」

 

 

 無邪気な様子で声を上げてくれたギルドマスター、その姿にも郷愁を覚えた。

 もし表情が変更可能な仕様であれば綻ばせていただろう。 「うわー、その名前で呼ばれるの、めっちゃ懐かしいですよ!」 ケイおっすは白手袋に包まれた手を持ち上げる。

 外装だけを見ると骨だけの姿はかなり不気味なのに、中身が入ると可愛くすら見える。心配症でお人好しで真面目で。うちのギルマスは変わっていないようだった。

 

 

「ちーす、ケイおっす! ああ、くそう。語りたいのに、もう眠くて……」

 

 

 真っ黒いスライムが悲しげに身体を震わせた。頭を模した部分を抱えている。

 転職したと言っていたのは覚えているが、どうやらヘロヘロが務めているのはロクな会社ではないようだ。彼の身体よりも黒いブラック企業であるらしい。

 

 

「そうか……。すまないね、俺、いや、ボクがもっと早くログインしていたら」

 

 

 自分が発している鈴の音のような声も懐かしく思い、そして同時に後悔も抱いた。

 アバター系やエフェクト系のアイテムにボーナスを注ぎ込んだ、それ対する後悔ではない。抜け殻になってしまったギルドに対する哀愁は抱いてしまうが、それともまた違う。

 もっと早く復帰出来ていたら。あの頃のような冒険こそ無理でも、せめてギルドの最後を飾るイベントのひとつくらい、用意出来ていたかもしれないのに。

 

 最後まで守り通してくれたマスターに対する不義理。それが何より辛かった。

 陽気なボクっ娘ロールプレイが自分の持ち味だったのに。口を開こうにも言葉が出てこない。ケイおっすは背中から生えている翼ごと身体を震わせる。

 

 

「いえ、いいんですよ。ケイおっすさん。来てくれただけでも、嬉しいですから」

 

 

 触手を振りながらログアウトしていく、もう会えぬ友人、ヘロヘロを見送る。

 骸骨であるモモンガに表情はない。だがケイおっすの目には泣いているように見えたし、自らの無力を嘲笑っているようにも見えた。

 

 

「……ギルドマスターは、ボクたちにとって、最高のトップだったよ?」

 

 

 エプロンドレスに包まれた細い肩を竦め、戯けながら言葉を絞り出した。

 ケイおっすがユグドラシルを離れたのは飽きたからではない。両親の病気と手術や入退院に伴う手続き、そして最終的には必要になってしまった介護のためである。

 仕事だって忙しい。ちょっとしたプロジェクトを任されたりと本当に謀殺される日々だった。最後の方はただ愚痴るためにINして、すぐにログアウトするような状況だった。空気を悪くしてしまうからと疎遠になったのを覚えている。

 

 その両親も連れ添うように遠く旅立ち、やっと一息つけたのに。

 最も輝いていた世界は今日で終わってしまう。分かっていたが辛い。それに家族の死に直面したからだろうか、年甲斐もなくナイーブになっているようだ。ケイおっすは思わず目頭を押さえる。

 

 

「ははは、ありがとうございます、ケイおっすさん」

 

 

 白い眼窩の奥にある光点が揺れる。モモンガも俯くと、くっ、と声を出して目元を抑えた。

 揺らめいたのはエフェクトの都合だろう。だがセンチメンタルな気分のせいか潤んでいるようにも感じられた。

 

 

「……湿っぽくなっちゃった。やめやめ! マスター、今日は最後まで付き合うからね!」

 

 

 ケイおっすはプレイヤーネームの通り、外見こそ美少女だが混沌とした異形種である。

 ゲームの設定的にはchaos shape<カオス・シェイプ>という、本来は無数の動物をバラバラに分解して一塊にしたような、最高難易度のダンジョンに生息する悪魔の一種だ。

 ある程度の法則はあるが基本的にランダムでパーツが合成されるため、気持ち悪いヤツは本当に気持ち悪い。それが理由で行くダンジョンを選ぶプレイヤーが出る程度には。

 

 

「ええ、そうですね。久しぶりに会えて嬉しいですよ、ケイおっすさん。

 本当に懐かしいです。真の異形は隠してこそ、なんて、議論で盛り上がりましたよね」

 

 

 美少女の基本部分はアバターガチャで手に入れたデータだ。ケイおっすは改めて自分の姿を見下ろし、確か頭の部分とかは20万ほど突っ込んだよな、と当時を懐かしむ。

 髪の毛はグラデーションがかった金と銀の混合で構成されていた。背中を超えるほど長いそれは動く度に色の比率が変わる。この超レアデータ入手のため15万はガチャに注ぎ込んで、やっと出した時には発狂しながら喜んだものだ。かつての日々に笑いが浮かんだ。

 

 

「ふふ? モモンガさんも、ついに異形っ娘の魅力に目覚めたの?」

 

 

 ただし普通の美少女ではない。髪の毛の隙間からは巨大な黒角が伸びている。

 こめかみの辺りからはヤギに似た巻き角が2本。更に額からは左右で微妙にバランスの違う突角が3本ほど生えていた。一目で異形種と理解できる特徴である。

 種族系ペナルティのため金属の防具は装備できない。その代わり頭にはメイド風のカチューシャと、角の根元にはそれぞれリボンを巻いていた。

 

 

「ああ、よく布教していましたね……。本当に、懐かしい。会えて嬉しいですよ。

 その翼も最初は6枚羽にしようとして、データ量の問題で入らなかったとか、散々愚痴ってましたよね」

 

 

 また背中には骨ばった黒い翼も飛び出しており、よく注意すれば左右で種類が違う事にも気付けただろう。ドラゴンとコウモリを複合したような翼と、もう片方は悪魔風の翼となっている。

 件のアバターガチャで出たレアデータを 「勿体ないから」 という理由で流用した物である。ナザリックの面々から手解きを受けて調整した日々は本当に輝いていた。

 

 

「そう! うわー、思い出しちゃったよ……、アップデートとか確認してたなあ……」

 

 

 ポン、と叩かれる両手は、純白の長手袋で覆われている。

 これは指輪系のアイテムを普通には装備できないケイおっす苦肉の策である。手袋に見えるが実態は腕輪を外装データで加工した物であり、二の腕辺りにある模様部分が本体だ。

 

 その手袋の下には、少女らしい細くて繊細そうな人間の指が存在しているが……。戦闘中は見ない方が良い姿になる。そうなると通常の装備の仕方では装備が解除されてしまう。

 注意深く観察すれば他にも異様な点が幾つかあった。ロングスカートには捲り上げやすいよう仕込みが入っているし、背中側にある翼を出すための部分はともかく、腹部や脇腹などにさえ用途不明なスリットが幾つも存在していると分かっただろう。

 

 

「……ああ、そろそろ、ですか」

 

 

 久しぶりの身体をクルクルと舞わせていると、モモンガは不意に俯いた。

 その理由は言われずとも分かる。全てが無に帰ってしまう時が近づいているのだ。

 

 

「マスター、その武器は、マスターにこそ相応しいんだ。手に取ってあげなよ」

 

 

 目線の動きで理解できる。スタッフ・オブ・アインズ・ウール・ゴウン。最強の武器。

 モモンガというプレイヤーは連絡と調整に重きを置いていた。ギルド長として権力を振り回したところなど見た事がない。だからこそギルド武器は象徴として置かれ続けていた。

 

 

「しかし、……。いや、そうですね」

 

 

 ケイおっすが背中を押すと、モモンガは何かを決心したように手を伸ばす。

 相応しい人間の手に収まった武器はドス黒いオーラを発し、それに秘めた膨大な力の一端を示すように、苦悶の表情を伴う影を広げる。

 

 

「ふふ、似合ってるよ? 我らがマスター」

 

 

 骨の指先が感慨深そうに杖を撫でる。その姿を見守った。

 

 

「行こうか、ギルドの証よ。いや――我がギルドの証よ」

 

 

 感慨深げに呟くモモンガの背中を追う。もしリアルなら泣いてたな、なんて思いながら。

 少量だが酒も入っているのだ。普段はあまり飲まないタイプなので、先程から感情の揺れ幅が大きいのは酒のせいかもしれない。

 荘厳な玉座に座るモモンガの姿を横から眺める。カウントダウンは無情に進み、あと……。

 

 

 そしてユグドラシルは、粛々と最後の時を迎えて……。

 神の奇跡か悪魔の悪戯か。全く予想だにしなかった、新しい始まりを迎えた。

 

 

 


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