リポート17 ハメルーンの悪魔 その3
美神さん達の霊力を探して飛んでいる式神を見失わないように走る
(どんどん場所を移動してる……しかも結構な早さで)
スピードを緩めかけては加速する式神。徐々にその姿がブレ始めて居る事に少しだけ焦り始める。私は元々降霊術や神卸しに特化している。つまりそれ以外の霊能はあまり得意ではないのだ
(やっぱり少しは修行しておくべきだった……)
2年間の結界の中での封印。霊力と体力はあの時と比べて大分落ちている……ここの所GS協会の再建の事ばかり考えていて修行をしている時間が無かった……それに身体も鈍り切っている……
(今度は修行を始めないと……)
若い私がGS協会の長を務めることが出来ているのは、神代家の現当主と言う事と神代家の中でも膨大と言われる霊力があるからだ。だけど修行をしなければ霊力は低下するし、霊力のコントロールも甘くなる……GS協会の再建がある程度出来たら、私も妙神山で鍛えなおした方が良いと思いながら走っていると
(この霊力は!?)
美神さん達の霊力よりも強力な霊力が街の中に現れる。まさか……パイパー……私の頭の上で旋回している式神を紙型に戻して懐に収め、腰に挿した霊刀の柄に手を伸ばしその霊力の元へ向かうと
「うきゅ?」
「うむ?退魔師殿か?お騒がせて申し訳ない。ワシはロン。竜神族の末席に属する竜族じゃ、しかし敵対する意思は無いのでご安心召されよ」
小山のような動物と導師服に身を包んだ老人が居た。パイパーじゃなかった……だけど竜族がどうしてこんな所に
「神代琉璃と申します。竜族の方が何用でしょうか?」
抜きかけた刀を鞘の中に戻しながら尋ねるとロンと名乗った竜族は頭をかきながら
「我が孫が会いたい人間がいると泣くので連れて来たのじゃ」
「うきゅ!」
前足を上げるモグラ……もしかして美神さんのレポートにあったモグラの妖怪
「それはもしかして横島君でしょうか?」
私がそう尋ねるとロンさんはその通りですと微笑みながら
「お恥ずかしい事ですが、ワシはその者の住んでいる所を知りませぬ。よろしければ案内していただけないでしょうか?」
ここまで丁寧に頼まれたのなら、私としても案内してあげたい所なんだけど
「何か問題ごとのようですな……それならば我が孫を助けて頂いた恩もあります、この老体でよければご協力いたしましょう。事情を聞かせてはいただけませんか?」
私は少し考えてからロンさんに今の状況を話すことにした。自分でも思う以上に鈍っている事、そしてパイパーの強大さを考え、私だけでは駄目かもしれないと判断したからだ
「ご助力よろしくお願いします」
「うむ。任された。とは言え、ワシもどれほど力を貸せるか判りませぬが……よろしくお頼み申す」
ロンさんの協力を得ることが出来た所で
【琉璃さん探しましたよ!あれ?それにロンさんと……モグラちゃん?】
紙袋を抱えたおキヌちゃんが空から降りてくる。いいタイミングで合流できた
「おキヌちゃん。案内してくれる?それと今の状況を説明して欲しいわ」
私の言葉に頷いて美神さん達が隠れている場所に案内してくれると言う。おキヌちゃんについて暗い路地を歩き出すのだった……なおモグラちゃんはハムスター程度の大きさになってロンさんの頭の上でピイピイと鳴いているのだった……
パイパーに見つからないように大量の結界札と霊力を消す札をホテルの一室に用意して、美神達が来るのを待っておったんじゃが
「?じいちゃんどうかしたか?」
横島の小僧が子供になっていた。美神と神宮寺の手を引いて歩いて来て不思議そうに首を傾げている
「どういうことじゃ?」
ワシはこの事件には絡んでいなかったから、どういう風になるのかを知らない。でもまさか小僧までが子供になっているとは……お嬢ちゃんを困ったように首を傾げながら
「横島がパイパーに突っかかって行ってね……完全ではなかったみたいだけど、子供になっちゃったのよ」
美神達が幼稚園児くらいとすれば小僧は小学校低学年……しかしその程度の差は何の意味もなさない
「よこちまー!絵本!絵本読んで!」
「それよりもTVを見ましょう?絵本より面白いですわ」
「んー判ったでー。向こうであそぼーなー」
子供になった美神と神宮寺を連れて別の部屋に向かっていく小僧。歳が近いと言う事で美神達も警戒心が少しだけ薄いみたいじゃな、子供だから2人の面倒を見るのは大変だと思うが、小僧に頑張って貰おうと思っていると
「ね、姉さん。ちっちゃくなった横島を見ているとドキドキするんだ、この気持ちは何なんだろうか」
「わ、判りません。しかし不快な気分でありません……も、もしやこれが萌え!?」
「こ、これが萌えって言う気持ちなの!?姉さん」
「判りませんが、そんな気がします。テレサ」
……ま、マリアとテレサが少し壊れてきている。ものすごく真面目な顔をして萌えとは何かとかを話している。そもそも萌えってなんじゃ、ワシはそんな言葉をプログラムした覚えはないぞ……
「仕方ないわ。今の横島は天使だから」
「お前もか……」
目がグルグルと回転しているお嬢ちゃんに深い溜息を吐く、小僧の事が好きなのは判るが、今はそんな事をしている場合ではない。パイパーの対策をしないといけないのだから
「小僧が天使とかそうじゃないとかは今はどうでも良いから「どうでも良くないわ!?あれは永久保存するべきよ!」
ワシの言葉を遮って叫ぶ、お嬢ちゃん……マリアとテレサも子供になった小僧を見ていて、ワシの方は気にしても居ない
(ワシにどうしろって言うんじゃ)
ボケては無い、ボケてはないが。こんな状態でワシに何をしろと言うんじゃ……ワシが頭を抱えていると
【今戻りました。琉璃さんのほかに頼もしい味方が来てくれましたよ】
おキヌが戻って来てそう告げる。ふうこれでなんとか……
「うっきゅー!!!」
「へぼあ!?」
今まで聞いたことの無い謎の動物の叫び声と同時に扉が勢い良く開き、何かに突進されたワシはそのままホテルの天井に衝突した、薄れ行く意識の中
(ワ、ワシが何をしたああ……)
自分は何も悪い事をしていないのに……ワシは全身に走る激痛に顔を歪めながら意識を失ったのだった……
おキヌさんが戻ってくるなり扉が凄まじい勢いで開き何かが飛び込んできて、ドクターカオスを跳ね飛ばした。そしてドクターカオスを弾き飛ばしたのは
「うきゅ!」
「も、モグラちゃん?」
妙神山にいるはずのモグラちゃんだった。もしかしておキヌさんの言っている頼もしい味方って
「久しぶりじゃの、この度は非力ながらご協力いたす。よろしく頼みますぞ」
「ロンさん!ありがとうございます!本当に助かります」
横島まで子供になってしまったので戦力的な不安を感じていた、ここで竜族であるロンさんが助けてくれるのはありがたい
「お待たせ、私は少し鈍っているけど……足手纏いにはならないつもりよ」
巫女装束に身を包み、腰に刀を下げている神代さんが部屋の中に入ってくる。これでマリアとテレサにロンさんと神代さん……戦力的には充分すぎるだろう
「う、うきゅ?」
モグラちゃんは大好きな横島を探していたみたいだけど、子供になっている横島を見て目を白黒させている。
「あーモグラちゃんだー!」
頭の上にチビを乗せて、タマモを抱えてモグラちゃんに抱きつく横島。そしておっかなびっくりって言う感じでモグラちゃんに触ろうとしている美神さんと神宮寺を見ていると
「……じゃあ、あのハゲに対する話し合いを始めよう」
「お疲れ様」
子供になった横島や美神さんに振り回されて、疲れ切っている感じのシズクにそう声をかけ、おキヌさんが持って来てくれた事務所に置いてあった資料を机の上に広げるのだった
「……なるほどね、今のパイパーは分身ってことなのね。となると……本体を探すのが今の目的みたいね」
肝心な所はパイパーに持ち去られたのか、どこにパイパーの本体が隠れているかは判らない物のどこかに本体がいると言うことは判った
「そうなると遊園地……これがヒントになりそうじゃの」
美神さんと神宮寺が繰り返し、繰り返し遊園地と言っているので間違いなく何処かの遊園地に隠れているのだろう
「すまぬ。遊園地とはなんじゃ?」
……ロンさんが首を傾げながら尋ねてくる。基本的に妙神山にいるロンさんじゃ判らないかと思い、簡単に説明すると
「ほほう……カラクリで動く機械仕掛けの物とは中々面妖じゃな。してそうなるとそのパイパーとやらが隠れているのは人がいない遊園地になるのではないかな?戦術としては人がいる所に隠れ、時に人質をとり、時に建物を壊しこちらの動きを束縛するのが基本じゃが、その悪魔はどうも頭が良くないようじゃからな」
……な、中々きつい事を言うわね。でもその通りかもしれない、美神さん達を子供にするのならそのまま連れ去って人質にするのが一番いいはずだ。しかしそれをしていないことを考えるとそこまで頭が回らないのか、それとも金の針を手にする事だけを考えていたのか?のどちらかだと思う
「……頭の毛が薄いから、きっと頭も弱い」
「それはどうかと思うけどね」
シズクがさりげなく毒を吐いているのは気にしない方向で行こう。自分が逃げることを選んだのがプライド的に面白くないと思っているのかもしれない、だから不機嫌そうなシズクには触れないようにしないとね
「シズクもあそぼー」
「……仕方ない。私が遊んでやろう」
横島に呼ばれて直ぐに笑って横島の方へ行くシズク。くっ……私も行きたいけど、今はパイパーの対策を取らないと……我慢我慢……
「廃墟になった遊園地で霊的磁場が良い場所……これだけで特定するのは難しいわね」
美神さんが目星をつけた場所は地図の中に10箇所……その10箇所を探し回るというのは余りに効率が悪い……
「かと行って向こうが仕掛けてくるのを待つのは愚策じゃな……明日にでも小型の偵察機を作るからそれで偵察するのはどうじゃ?」
ドクターカオスがそう提案する。それなら体力を使うこともないし、場所の特定もしやすいわね
「じゃあそれで行きましょうか?そうと決まれば……横島くーん!」
話し合いは終わりと言って横島を抱きあげる神代さん、ああ!私が抱っこしようと思ってたのに
「うわあ、ほっぺすべすべ……可愛い~♪」
「や、やめえ!くすぐったい!」
抱き締められている横島がじたばたと暴れているのを無視して、抱き締めて頭を撫でている神代さん
「こらー!よこちまと遊んでいるんだからじゃまするなぁ!」
「そうですわ!早く返しなさい!」
美神さんと神宮寺が横島を取り返そうとしているが、神代さんはそれを回避して横島を更に抱き締める
「んー可愛い~もう子供は何時見ても可愛いわぁ」
「むがー!!!」
自身の胸の谷間に横島を押し込んでいる神代さん。それは私には出来ないことであり……
「その行動宣戦布告とみなします」
今の行動は、世の中全て私の仲間である小さい胸を持つ女性を全て敵に回した、その事を後悔させて上げるわ!
「……私も手伝う」
シズクの協力もあったからか、なんとかして神代さんから横島を取り返すことは出来たんだけど
「ううー怖かった」
私に抱きついて涙する横島に思わず、暴走し掛けてしまうのを抑えるのに私は酷く精神力を振り絞ることになるのだった……夕食を終えて、明日に備えて早めに眠りに着く。正直今日はかなり予想外の事が多くて疲れた。一応さっきお父さんには過激派魔族が動いているかもしれないという連絡はしてある。とは言え過激派魔族に自分の居場所を特定されるわけには行かないから、出来る支援は少しだけと言われた。出来ればなにかの兵鬼を送って欲しかったけど、こればかりは仕方ないので我慢する事にし、明日備えて早く眠ろうと思い布団にもぐりこむ。精神的な疲労と肉体的な疲労で私は直ぐに眠りに落ちるのだった……
「早く起きなさい。このノロマ」
眠りについてから直ぐに喧嘩腰の声が突然聞こえてくる。この声は……!?
「神宮寺!」
元に戻ったのかと思い、ばっと飛び起きるが、私はまだ眠ったまま……私の体から魂だけが出ているのが見える……これはテレパシー?
「そう言う事。ごめんね?蛍ちゃん、面倒をかけるわ」
神宮寺の隣に美神さんが居て手を合わせて謝ってくる。所長として、雇い主として今回の失態に対して責任を感じているようだ
「大丈夫です、ドクターカオスとかマリアさんとかテレサに協力して貰ってますから」
ベッドの上で丸くなっているモグラちゃんを枕代わりにしている横島と、その近くで腕を組んでいるマリアさんとテレサを見ながら言うと
「まぁそれはどうでも良いですわ。良いですか、1度しか言わないのでしっかりを聞いてください。パイパーの本体はN県のバブルランド遊園地と言う場所に隠れています。これは私と美神令子の調査で断定出来ています」
N県のバブルアイランド遊園地ね。これなら態々偵察機を作って調べる必要も無い、明日の朝一番でバブルアイランド遊園地に向かえば良い。しかし自分も敵の攻撃を受けて子供になっているのにどうしてこうも高圧的なのかしら
「しかしあの神宮寺くえすともあろうものが敵の攻撃をまんまと受けるなんてね」
若干嫌味で言う。恐らく直ぐ反論してくると思っていたのだが腕を組んだまま
「……ここの所調子が出ないときがありまして、自分の不覚は自覚していますわ」
まさかの返答に驚く、神宮寺と言えばかなり凶暴で自分の失態は認めないと聞いていたのに……これは正直予想外だ
「まぁあんまり言ってあげないで、私も同じだしね。良い?明日なんとかしてバブルアイランド遊園地に向かって」
「そこに行って何をすればいいんですか?」
ここまで繰り返して向かえと言うならそこに何かあるのかもしれない、もしそこでやらないといけないことがあるなら聞いておこうと思い尋ねると
「確証はないけど、そこに私の記憶とか力を封じた何かがあるはず。そうすれば後はなんとかして記憶と力を取り戻すわ、だからお願い。私とくえすとバブルランド遊園地に連れて行って」
「任せましたわよ。芦蛍」
そう言って消えていく美神さんと神宮寺の姿を見ながら、私の意識はまた深い闇の中へと沈んでいくのだった……
「おはよー!」
朝起きた私を待っていたのは昨日よりも幼くなった横島だった。タマモを頭に乗せることも出来ないのか、しっかりと抱っこしてタマモと一緒に手を振っている
「はう!?」
これはいけない、可愛すぎる。一瞬目の前に天使がいるのかと思ってしまった
「よこちまー。ごはんだよー」
「ほら、早く来なさいな」
「はーい!」
一晩で立場が完全に変わっている。昨日は面倒を見られていた側が今は横島の面倒を見ている……しかしこのまま横島が子供になり続けてしまうと横島の身が危ない。昨日のうちにパイパーの隠れ場所を聞くことが出来たのはプラスだった、早速準備して出発する準備をしていると
「ねーちゃー、あそぼー」
【「ぶほお」】
だが予想外の伏兵……子供になった横島の弾ける笑顔を見て、私とおキヌさんの大事な何かが弾ける。鼻から大量の鼻血が出るのを感じながら意識を失うのだった……
「っ!きゃあああ!?朝から何!?これ何!?」
「出血多量。危険です!早く応急処置を!?」
ホテルの壁を紅く染める私の鼻血を見て絶叫する神代さんと、慌てて私に駆け寄ってくるマリアさんの声が私が最後に聞いたものだった
「ねーちゃー?」
気絶している蛍ちゃんの頬をぺちぺちと叩いている横島君。昨日見た時よりも更に幼くなっている、昨日のうちに一体何があったのだろうか
(これは女の子がしたら駄目な顔だわ)
子供になっている横島君を見て満足げな顔をしている蛍ちゃん。私も小さい子供は好きだ、だけどこの顔は駄目だと思う
「まぁ何か色々と大事な物を振り切ってしまったんじゃろうな……とりあえず当面の目的地はバブルランド遊園地じゃ」
ドクターカオスの目的地から聞きながら、蛍ちゃんの頬を叩いている横島君を見ていると反応が無い。蛍ちゃんに飽きたのかチビを抱き抱えて
「くえすちゃん。あそぼー」
「え。ええ。よろしいですわ?仕方ありませんから」
今度はくえすに遊ぼうと笑いかけている横島君……今でも鋭い気配を持っているくえすに近づくことが出来るのは、横島君だからこそかもしれない
「神代さん、ホテルのビュッフェで食事をしてきてください、私とテレサで部屋を掃除して出発する準備をしておきますので、横島さん達はさっきお腹が空いたと言うので既に食事を食べさせてあげてますので」
そう笑うマリアさんに背中を押され、ドクターカオスとロンさんと一緒に1階のレストランに足を向けるのだった……なお部屋を出る寸前に私が見たのは
「ぎゅー」
「「あうあう……」」
楽しそうにくえすとシズクを抱き締めて笑っている横島君の姿。子供の時から女の子が好きだったのかな?と私は思わず首を傾げるのだった……
リポート17 ハメルーンの悪魔 その4へ続く
今回は少し短めでしたね。バブルランド遊園地の名前を出すのと、琉璃さんとロンさんとモグラちゃんを出すのを目的にしていたので、あんまり話は進みませんでしたね。次回は大きく話を動かして行こうと思っているので楽しみにしていてください。それでは次回の更新もどうかよろしくお願いします