リポート16 鋼鉄の姉妹の再誕 その2
ミス・おキヌが姿を見せないので彼女の変わりに夕食の準備をする。鍋から漂ってくる匂いや炒め物をする音
(何もかもが驚きに満ちています)
これは今まで何度もやってきたことだ。だから慣れた作業のはずなのにそれでさえ楽しく思える……これもなにもかもこの新しい身体のおかげなのでしょうか……ドクターカオスとミスタ・優太郎によって新しく用意されたこの有機ボデイの身体
(欲しいと思っていた物を手にすることが出来ました)
私はドクターカオスに作られた人造人間だから、人間になる事は出来ない。心が有っても私は機械なのだと思っていた……それは逆行してきた記憶を持つ私にはとても辛い物でした。でもこうして人間に近い身体を手にすることが出来た……これでもっと横島さんと仲良くなる事が
【横島さんと仲良くなれるとか考えてませんか?】
「み、ミス・おキヌ!?」
壁から手だけを出して私の肩を掴んでくる。ミス・おキヌ、ひんやりとした手の感触と何の感情もこめられてない言葉に恐怖を感じた。凄まじい気配です……私が完全に硬直していると
【まぁ良いですけど?早く料理の準備を続けましょう】
笑っているのに目が笑ってない。これは以前の身体では感じなかった事だ……これが恐怖……
「そうですね。早く料理を仕上げてしまいましょう」
ミス・美神の家で横島さんの事を考えていたのが良く無かった。ドクターカオスが迎えに来るまでは今出来ることに集中しよう
【そうそうマリアさん?】
私が作っていたシチューの味見をして、調味料を足していたミス・おキヌさんが声をかけてくる。何か間違えてしまったのでしょうか、有機ボデイに変わったばかりでまだ思うように動けないと言うのは自覚していますが……
【そのミスって言うの止めた方がいいですよ?】
そう言われてほっとする。おキヌさんが少し怖いと思いながら冷蔵庫から野菜を取り出そうとすると
【だって横島さんだけさんづけって明らかに特別って言ってるような物ですからね】
うふふっと笑うミス・おキヌ。その笑顔に凄まじい寒気を感じながら
「判りました。助言ありがとうございます、ミス……いいえ。おキヌさん」
にっこと笑い返すおキヌさんに底知れぬ恐怖を感じながら、私は自分の判断が間違ってなかったことに安堵していた
(テレサがいなくて良かった)
テレサはまだ起動したばかりだから、きっと周囲の人の性格などを分析し、組み替えて自分の人格を形成していくことだろう。そんな無垢な状態でおキヌさんと遭遇していたらどうなってしまうか?想像するだけでも恐ろしい
(テレサ。姉さんは頑張ります)
きっと横島さんの家で楽しく過ごしているであろうテレサに心の中で頑張りますと呟き、私は料理の準備を進めるのだった……
(ふふふ……マリアさんは私の味方にふふふふふ)
そしてその背後でおキヌちゃんが真っ黒い笑みを浮かべているのだが、不幸か幸いか、マリアはその笑顔に気付くことはなかったのだった……カオスが迎えに来るまで悪影響が出ないか?そこだけが心配になりそうである……
なお横島の家で預かられることになったテレサと言うと……マリアの予想通りとまでは行かないが、楽しく過ごしていたりする
「可愛いなぁ、本当に」
ハムスターの台車を回転させているチビを見つめているテレサ。表情は少し固いけど微笑んでいるのが判る
「横島だっけ?」
「ん?そうだけど?」
急に話し掛けられて驚きながら返事を返すとテレサは俺の膝の上のタマモを見て
「タマモって抱っことか出来る?」
よっぽど小動物が好きなのかそう尋ねてくるテレサ。だけどタマモは嫌そうな感じでそっぽを向いてしまう
「無理やな。タマモはチビよりも警戒心が強いから」
そもそも俺以外にタマモが懐いているのを見たことが無いと言うとテレサは残念そうにタマモを見ている。その姿を見るとかわいそうなのでなんとかタマモを説得してみようかと考えていると
「ああ。別にいいよ、大体私はあんたの家で人間って言うのが何なのかを勉強しに来たんであって、遊びに来たんじゃないし」
テレサはそう言うとゆっくりと立ち上がって、大きく背伸びをする。するとその身体にフィットする黒い服の胸の部分が強調され、思わず視線が胸に集中する
(で、でかい……)
美神さんにも劣らないそのナイスバディだ……思わずガン見していると
「グルゥ!」
「ぎゃあ!?」
タマモに思いっきり脇腹を噛まれて悲鳴を上げてしまう。ぐう……痛い、しかも脇腹だから余計に痛い。テレサもテレサで
「そんなに見てどうしたの?私どこかおかしい?それとも服が汚れてる?」
不思議そうな顔をして自分の身体の確認をするテレサ。その様子は俺の邪な視線に気づいていないという感じで
(自分が汚れているように思える!?)
テレサは外見こそ大人の女性だが、その心はまだ子供とでも言うべき物で今も不思議そうに自分の服装を確認しているのを見ると、自分が酷く汚れているように思えてくる
「……テレサ。こっちへ、今から夕食を作るから勉強しに来い」
「判ったよ。今行く」
キッチンから顔を出したシズクに呼ばれてキッチンに向かっていくテレサの背中を見つめながら、脇腹を噛むのを止めたタマモを抱き上げて視線を合わせて
「俺が酷く汚れた人間に思えるんだ。タマモ~」
思わず泣きながらタマモに言うとタマモは小さく鳴いてから前足でぽんぽんと俺の頭を撫でるのだった……なおチビは
「みむ?」
台車回しの運動を終えた後にシズクが用意してくれた。リンゴのカケラを頬張っていたりする
シズクと名乗る子供……いや竜神かな?竜気を少し感じるから竜神だと思うんだけど……良く判らない。
「……卵を溶いて、出汁を混ぜる。ここで醤油か、砂糖を入れる。横島は塩辛い方が好きだから醤油をいれるけど、私は甘い方が好きだから砂糖を入れる」
夕食の料理として卵焼きを作っているシズク。その手際は実に良くて、データとして知っているだけの私とは全然違う
「……良く熱したフライパンに油を引いて焼く、焦げ付かないように気をつけること」
私に料理の順番を説明しながらも、流れるように料理をしていく。器用に卵を巻いて焦げの無い美しい卵焼きを焼き上げたシズクは
「……じゃあ今度はテレサやってみろ」
私は味噌汁を用意するからと言って冷蔵庫の方に向かうシズクの方を見ながら、握り締めているフライパンと脇に置かれた卵を見る
(ふ、不安だ)
データとしては知っているし、今もこうしてシズクが実演してくれたのもちゃんと見た。それなのに私が自分で卵焼きを作るとなると激しく不安になってくる
「私は誰の分を作ればいいの?」
横島の分なら醤油。シズクなら砂糖だったはずと思いながら尋ねるとシズクは何を言っているんだ?と言う表情で野菜を切りながら
「……それはテレサの分。自分で自分の分を作ってみればいい」
いやいや、それはおかしい。外見は私は確かに人間だけど、私は人造人間で食事は一応食べれないことはないけど、食べる必要はない訳で……
「……ここは妖怪とか神様とか関係ない。個人として過ごせばいい、だから自分が人間じゃ無いとかくだらないことは考えるな」
豚肉を切りながらシズクがそう呟く。そうは言われても……私は完全に混乱してしまっていた……シズクは私のその様子に気付いたのか、フライパンで豚肉と野菜を炒めながら
「……テレサはここがどう思う?」
ここって横島の家ってことだよね。グレムリンの赤ちゃんがいて、妖狐がいて……水神がいる
「おかしな所?」
普通は人間は妖怪を恐れるし、神を敬う。それが一つ屋根の下で仲良く暮らしているのは、私の中にある情報の中ではありえないことだと認識し、思わずそう呟くと
「……そう、ここはおかしな所……いや違う。横島がおかしい、妖怪も、神も何もかも受け入れて、今度はカラクリ人形を受け入れた。ここはそう言うところ、自分が何か?とか種族が違うとか関係ない」
野菜を炒め終わったシズクが鍋の中に水と出汁の元を加えながら、私のほうを見て小さく笑って
「……私はここでは水神でも、竜神のシズクでもない。ただのシズク……私はただのシズクで良い。だからテレサもカラクリ人形のテレサじゃなくて、只のテレサとしてここにいれば良い」
その言葉は驚くほどにすとんっと私の心の中に入り込んできた。私は私でも良い?作り物の身体と心なのに?
「……そう。テレサはただのテレサでいれば良い、ここはそう言う場所。人に属することが出来ない物にとって横島の傍は心地良い場所、拒絶されることがないから」
人間は自分と違うものを恐れ拒絶する。これは私の中の情報の中にもしっかりと記録されている、そしてそれは人間の常識だと判っている
「それだと横島が変って事になるんじゃないかな?」
人間は自分と違う物を恐れ迫害する、でもそれをしない横島は普通の人間じゃ無いってことになるのでは?
「……それが横島らしさと言える、それに大体テレサは小難しく考えすぎる。もっと気楽になれば良い」
鍋の中に味噌を溶かしいれているシズク。なんともおかしな場所だ……でも嫌いじゃ無いと思える
「じゃあ私はまず何からすれば良いとおもう?」
「……自分の好きな卵焼きの味を考えれば良いと思う」
なるほど、それは確かに大事な事かもしれない。まだこの家で暮らすのだから、自分の好きな味を知ることは大事かもしれない
「判ったよ、じゃあやってみる」
「……それで良い、判らなかったら尋ねればいい。私が教えてあげる」
味噌汁の鍋に蓋をしながら笑うシズク。私は卵を掴んで割ろうとしてふと気になったことを尋ねてみる事にした
「どうして私にこんなに助言をしてくれたの?」
私は今日起動したばかりだ、姉さんと違ってデータとして知っていても知らないことが多い、自分と言うのもちゃんと把握しているとは言えない。そんな私に自分を知る事が出来るような助言をしてくれたシズクにその理由を尋ねると
「……神は生まれた者を祝福する。それが人間であろうとなかろうと、生まれたばかりの何も知らない無垢な物が悩んでいるのならば、助言するのは当然のこと」
さっき自分はただのシズクが良いと言っていたのにと思っているとシズクは
「……話は終わり、早く料理を進めろ。食事の時間が遅れる」
目を逸らしながら言うその姿にもしかして照れている?と思ったが、あえて私はそれを口にせず、シズクに教わった通りの順番で卵焼きを焼く為の準備を始めたのだった……ここでなら、もしかすると私も姉さんのように自分という者を見つけられるかもしれないから……だからまずは自分と言うものを知るための第一歩として甘い卵焼きと塩辛い卵焼きの2つを焼いてみようと思うのだった……
お父さんの粛清を終えて、折角だからお父さんの作った名前も知らない変な薬品をかけてきた、熱いとか冷たいとか叫んでのた打ち回っていたけど、まぁ死にはしないと思うので放置して、横島の家に来た
「蛍丁度いい所に来たなあ!もう直ぐ夕ご飯だから一緒に食おうぜ」
膝の上にタマモを乗せて笑う横島。きっと横島ならそう言ってくれると思って真っ直ぐここに来たのは正解だった
「……ちっ」
不機嫌そうに舌打ちしているシズクは無視してリビングに入ると
「今度は上手く焼けたよ!」
テレサが卵焼きを載せた皿を嬉しそうにキッチンから顔を出す。私を見て少し驚いた表情をしてから
「いらっしゃい……で良いのかな?この場合?}
顎の下に手を置いて首を傾げているテレサにそれでいいと返事をすると
「芦蛍だったよね?あんたは甘い卵焼きと塩辛い卵焼きどっちが良い?」
これは焼いてくれるってことで良いのかしら?机の上で湯気を立てている豚汁を見て
「甘い卵焼きで」
「了解。ちょっと待っててね」
キッチンの中に戻っていくテレサ。太ってしまうからそんなに甘い物を食べるは控えているけど、やっぱり甘い物は大好きなのよね……こればっかりは我慢出来るものではないし、横島の正面に座ろうとするがそこにはシズク用と書かれた座布団が置かれており、それをどけるわけにも行かず、左側の方に座ると直ぐにテレサがご飯と味噌汁と卵焼きを持って来てくれる
「上手く出来ていると良いんだけどね」
そう小さく笑うテレサ。だけどこうしてみても焦げもないし、綺麗に焼きあがっていると思う。私の正面に座るテレサの前にはちゃんとご飯が用意されている。有機ボデイだから普通に食事が出来るのかな?と思いながら手を合わせてからみんなで夕食を食べ始める
「みーみ」
「コン」
横島は自分の前で口を開くタマモとチビに切り分けた果物と油揚げを与えている為。食べるペースが非常に遅い、だけど横島自身が楽しんでいるようなので何も言えない。どうもうすうすそうだと思っていたけど、横島は相当小動物が好きなようだ
(うっ、やっぱり美味しい)
豚汁を口にして眉を顰める。シズクが和食が得意なのは知っているけど、どうしてこんなに美味しいのだろうか?こんにゃくやじゃが芋にごぼうと大量の野菜とたっぷりの豚肉が入っていてこれだけでおかずになる。横島にいたっては
「もひゃわり!」
「……飲み込んでから喋ろ」
チビの食事が終わったからか、一気に食べ始め味噌汁のおわんと茶碗をシズクに差し出しお代わりを要求している。私はテレサが焼いてくれた卵焼きを頬張ってから再び味噌汁を口にする
(んー何が入っているのか全然判らない)
料理の勉強はしているけど、和食ではどう足掻いてもシズクには勝てない気がする。今度一緒に料理をする機会があればシズクの和食のコツをなんとかして盗みたいと思う。シズク自身は洋食が苦手だから、それを教えれば教えてくれる可能性がある……私はそんな事を考えながら夕食を食べ進めるのだった……
「それで?横島学校から出されてる課題は?」
夕食が終わった所でそう尋ねる。本来教えてあげる予定の日に柩と出かけてしまったのだから、終わっているはずが無い
「……教えていただけるでしょうか?蛍様」
やっぱり予想通りね。私は苦笑しながら横島を見て笑い返しながら
「仕方ないわね。この蛍様が教えて上げるから持ってきなさい」
あざーすっ!と叫んで自分の部屋に向かっていく横島。私は今のうちに机の上のチビを見て
「チビー、おいで?」
「みむぅ?」
机の上でグルーミングをしているチビを呼んでいる。チビに懐いて貰うのは何よりも優先しないといけないことなんだけど
「……チビ」
「みむ!」
シズクが呼ぶと直ぐに机の上を走ってシズクの手の中に飛び込むチビ。にやりと勝ち誇った顔をしているシズク……なんで私には全然懐いてくれないの……と思わずがっくりと肩を落としてしまう。チビの懐くと懐かない基準って本当に何なんだろう?
「蛍様ー!よろしくお願いします!」
課題を持って来た横島。チビに懐いて貰うのはまた後でも良いと思い、横島の課題を教え始めるのだった。なおテレサは
「うわっとと!?」
「……洗剤をつけ過ぎ」
「みむ!」
頭の上にチビを乗せたシズクに家事の事を教わっていた。見た目ロリなのに何であんなに家事のスキルが高いんだろう?それに神様があれだけ家事が出来るって言うのもなんかなあって思う
「そこはYを代入すればいいの」
横島が悩んでいる課題を見る。どうも今は数学のようだ、数式を導き出すことが出来なくて唸っている横島にそうアドバイスすると
「Y?なんで?」
数学の課題に頭を抱えている横島。前をも教えてあげたんだけど、どうも完全に忘れてるみたいね
「じゃあもう1回説明するからね?ここの数式は……」
横島の隣に座り、勉強を教えてあげるのは1つの私の楽しみになっていた。
「あうあう……」
課題が判らないのと、私が近くにいる事で顔が赤くなったり、青くなったりする横島の反応を見るのがとても楽しいからだ……
「グルゥ」
私を威嚇するように見ているタマモだけど、タマモは当然数学なんて判らない。しかも横島にも構って貰えないため、威嚇するのを止めて横島の膝の上に潜り込んで丸くなるのだった……
「あいたたた、死ぬかと思ったわ」
事務所の窓から飛んで来た目覚まし時計で出来た大きなたんこぶを摩りながら、コートの中から丸い機械を取り出してボタンを押す
『助けて!』
もしかするとこうなるかもしれない。と予測していたワシと優太郎のお互いが所持している通信兵鬼には大きく助けて!と文字が浮かんでいた
「やはりか……」
恐らくお嬢ちゃんにやられたのだろうと推測し、ワシはその兵鬼に浮かんできた地図を頼りに優太郎を探し始めた、優太郎のビルから離れた廃墟となった雑居ビルの地下でワシを待っていたのは
「これはなんとまあ……」
優太郎はボコボコに殴られたうえに氷の棺の中に完全に閉じ込められていた。どうやってこの棺を用意したんじゃ?と思いながら優太郎の助けようとしたのじゃが
「カチ」
「うむ?」
足元から聞こえた不吉な音。まさか……ワシが助けに来ることを予測していた!?足元と頭の上から落ちてきたドロリとした水が掛かった瞬間。ワシもまた優太郎と同じく全身を氷の棺の中に閉じ込められてしまうのだった……
なおカオスと優太郎が救出されたのは、土偶羅魔具羅がいつまでも帰ってこない自分の主を探し始めてから5日後のことだった……
リポート16 鋼鉄の姉妹の再誕 その3へ続く
次回で鋼鉄の姉妹の再誕は終わりにして、バイパーの話にはいっていこうと思います。これは吸血鬼の夜みたいに長い話になるかもしれないですね。それでは次回の更新もどうかよろしくお願いします