リポート12 吸血鬼の夜 その9
今の魔力は……俺の動きを拘束していた結界の一部を破壊してくれた魔力を見て、俺は吸血鬼の中で冷や汗を流していた
(間違いない、あの方がおられる)
俺にこの身体を授けてくださった、あの方がおられる……俺には身体はないが、それでも身体が震える。俺は魔界の中ではそれなりに希少種の魔族だ、とはいえ弱すぎるという事で珍しい魔族だ。自身の身体を持たず、他人に寄生し魔力だけはあるので、その魔力で奪った身体を操り戦う魔族。昔はそれなりに警戒されて、恐れられていた魔族だった
(魔界正規軍のやつらのせいで)
デタントを進めるために結成された魔界正規軍。奴らは俺の特性を調べ、寄生出来ないように魔族達に薬を配った。そのせいで俺は寄生する対象を失い、しかも賞金までかけられたので逃げてる時にあの方に出会った
【お前の力は面白い、その力我の為に使え】
魔界の中でも指折りの強者。あの方に仕えているというだけでそれは充分すぎるほどのステータスになった。そして今回は俺の働きを見て素晴らしい身体を提供しようと言う事で人間界の吸血鬼の元へ連れられて来た。そして手に入れたこの身体……それは魔力も素晴らしいだけではなく、身体能力も素晴らしい物だった
(無様な真似は見せられない)
もしあの方に見捨てられれば、俺はまた無様な敗北者になるだけ……
「そんな事を認められるかああああああッ!!!!」
俺はもうどんな魔族にも負けない、俺は誰よりも強い!!!
「ぶっ潰してやる!!!覚悟しろ!!!人間があああああッ!!!」
ここにいる人間を殺せば、更なる高待遇が待っている、俺の力を理解してくれ、そして部下として認めてくれる
(俺はもっと高みへいける!!!)
俺は強い身体を手にした、だから俺はもう誰にも馬鹿にされない。これからはちゃんとした魔族として俺は認められるんだ!
美神さん達の張った結界が突然砕け散る、それを見たカオスのじーさんが
「ありえん!?あの密度の結界を破壊するなんて最上級魔族でなければ不可能じゃ!」
良く判らないが、とても不味い事になっているという事だけは判った
「このままだと不味いって事っすか!?」
「……判らん。結界はまだ生きてはいる……基点のうち1つが破壊されただけじゃ……まだ結界の機能は生きている。じゃが魔族の力が予想よりも遥かに増している……」
青い顔をしているカオスのじーさん。それはそれだけ不味い事になっているという事の証明で……
(俺にはまた何も出来ない!)
いつも見ているだけ、美神さんや蛍の手伝いをするだけ、安全な所で見ている。それしか出来ない……
(俺は役立たずなのか……)
ほんの僅かの霊能力しか持たない、美神さんや唐巣神父は俺には凄い力が眠っていると……誰にも負けない霊能力者になれるかもしれない。と言ってくれた……
だけど今の俺はなんだ!?見ているだけ……徐々に押され始めている美神さん達や、父親と戦う事に歯を食いしばって、悲しそうな顔をしているピートとシルフィーちゃんを見ているだけ
(冗談じゃ無い!)
もし俺にそんな力があるなら、今欲しい!今直ぐに欲しい!力……力が欲しい……
ぺちん
「つっ……タマモ?」
弱い本当に弱い力だったが、タマモの尻尾で頬を張られた、思わず下を見ると
「ふーっ!!!!」
普段の可愛らしい素振りはそこにはなく、鋭い目で俺を睨んでいるタマモの姿があった。いやそれだけではなく
「みー……みー……」
肩の上のチビが何かを言いたげ鳴いているのにも気付かなかった……
【良かった。横島さん、やっと声が届いてくれましたね】
おキヌちゃんも安心したかのように俺を見ている。なんだ?なにがあったんだ?
「小僧。余り力を望むのは止めろ……今この空気は魔界に近い、引かれると危険だ」
引かれる?……どういうことなのか?理解出来ないでいると水を補充しに戻ってきたシズクが俺を見て
「……力を望む事は悪いことではない、だけど力を得る目的を忘れてはいけない。何のために横島は力を望む?」
淡々とした口調で俺の目の前の鞄からペットボトルを3つ取り出し、それを抱えながらシズクは俺の額に手を置いて
「……焦らないで、まだ横島は弱いままでも大丈夫。私達がいるから」
小さく笑ってペットボトルの水を一気に飲み干し、戦いの中に戻っていくシズク……目の前でどんどん激しさを増していく戦いを見ながら
(俺は……俺はどうすれば……)
力があれば美神さん達と一緒に戦えるかもしれない……だけど俺はそれでどうなる?目の前のあいつみたいに力に溺れるのか?
(判らない。俺はどうすればいいんだ?)
さっきまでは力があればいいと思っていた、だけどそれだけでは駄目なんだ……
「くーん」
「み、みみ」
俺の膝の上で心配そうに俺を見ているタマモと肩の上から俺の頬に擦り寄ってくるチビ……
【横島さんはそうやって笑っているほうがいいですよ?さっきは凄く怖い顔をしてましたからね。さっきの横島さんは横島さんらしくなかったですよ】
「そうよ~さっきの横島くんは~すっごく怖かったわよ~」
にこにこと笑うおキヌちゃんといつもの間延びした口調でニコニコと笑う冥子ちゃん……その2人の笑顔を見ながら、俺らしくないかぁ……俺は溜息を吐きながら
(俺らしいことってなんだ?)
俺らしいこと……俺らしいこと……少し考えているとおキヌちゃんがにっこりと笑いながら、俺の手を握る。何をするんだろうか?と俺と冥子ちゃん達の視線が集まる中、おキヌちゃんはにっこりと笑いながら
【えい♪】
俺の手を握り締めたまま、それを自分の胸元に誘う。しかもただ触らせるのではなく、巫女服から見えている胸の谷間に抱え込むようにしてだ。幽霊だから冷たいが、女性らしい柔らかさに満ちている。
「ぶぼっ!?」
女性だけの柔らかい感触……これだけ直に触ったの初めてだ。胸が高鳴り、目の前が赤くなるのを感じる……
(やわらけえ)
こんな経験は今までにない、この感触は絶対に忘れたくない……頬が緩むのを感じていると
「がっぶうううッ!!!」
「ヨコシマァッ!!!」
「ほぎゃあああああ!?」
「横島君の~すけべ~」
「こぞーう!?その出血は死ぬぞぉッ!?」
タマモの全力の噛み付きと前を向いたまま、器用にボウガンの矢が入っていた矢筒を投げつけてくる蛍。ぽかぽかと俺の頭を叩く冥子ちゃん。それにより頭から噴水のように血が吹き出て、意識が薄れていく……
(うん。これでこそ……俺だよな)
物凄く痛いけど、ちょっと嬉しい経験も出来たし……多分死なないだろうから、きっと大丈夫……すけべなことをして、蛍とタマモとかに怒られる。これでこそ俺って感じがする……
(起きたらなにか凄い力に目覚めているとかないかなあ)
漫画とかじゃ無いけど、死に掛けたら強い力に目覚めている可能性もある
(さすがに……これじゃあ無理かな?)
セクハラしてペットに噛まれて、師匠に額を割られる。どう考えても自業自得。これで新しい力に目覚めていたらとんでもない……なんてくだらない事を考えていたのだが
(……案外あったりするんだぞ?そう言うの)
薄れ行く意識の中、陰陽師の格好をした誰かを見たような気がするのだった……
城の外から打ち込まれた霊波砲。それによって結界の基点の一部が壊された、それだけならまだ弱体化は続いている筈なのに……
【グアアアアアアッ!?】
魔族とブラドーの声が重なった奇声が周囲に響き渡る……
(魔力で無理やり自身の身体を強化している)
強靭な身体を持つ吸血鬼に取り憑いているからこそできる荒業だ。しかし生身のブラドーの身体には限界がある
(とは言えこのままだと不味い)
魔族がブラドーを殺すのが先か、私達が先に殺されるか?のどちらかだ
「シズク!広範囲攻撃とか出来る!?」
横島君の所に戻り、水を受け取ってきたシズクに尋ねる。シズクは3本目のペットボトルを飲み干してから
「……2~3回くらいなら、外れれば何も出来なくなる」
2~3回……それだけあの魔族の動きが早いってことか……
「じゃあ機会を見て行けそうなら頼むわ」
小さく頷き離れていくシズク。倒せる機会はシズクの攻撃しかない、ならシズクを後ろに下げて攻撃を受けないようにさせないといけない
「ミス・美神……私も援護します」
マリアが銃口を向けて魔族に放とうとするが
「やめて。また跳弾すると危ないわ」
あの魔族の魔装術はかなり強力だ。特殊な弾頭でも突破できるか怪しい
「では・私は・どうすれば?」
マリアは霊的コーティングを施された装甲をしているから打撃でもダメージを与えれないことはないだろうけど、壊される可能性が余りに高い。こんなに人間味のあるマリアが壊されるのは私としても嫌だ
「マリアは蛍ちゃんと一緒に下がって後方支援!くえすは前に出なさい!」
ここからは何とかしてシズクに一撃を叩き込んでもらうしかない……とは言え、除霊道具も殆ど使いきっている以上……私はカオス特性の神通棍しか仕える道具がない、あと1個だけ精霊石はあるがあの速さで移動する魔族に当てる自信は正直ない……くえすは私を一瞥して
「……まぁ、いいですわ。命令されるのは癪ですが、死ぬわけにもいきませんから」
文句を言いながらも呪文の詠唱を始めるくえす。そして即座に詠唱を終えて連続で魔法を放ち始める、それは威力よりも連射性に重点を置いた魔法
(口と性格は最低だけど、戦術眼は本当にいいわね)
他人をなんとも思わない性格だけど、実力だけはある。この調子なら問題ないだろう
「おらああああッ!!!」
【キシャアッ!!!】
あと。唐巣先生の眼鏡を粉砕した魔族は正直愚かとしか言い様がない、あの頃の戦闘狂の唐巣先生を呼び出してしまったのだから。だけどその反面エミは得物を完全に破壊され、離脱しているから正直戦況はイーブンと言ったところだ
「このっ!!いい加減にお父さんの身体を返せ!!!」
シルフィーちゃんとピートも敵の攻撃を避けながら、適度に反撃をしくえすの魔法の射程の中に追い込んでいる。この調子ならこの魔族を倒す事は出来るだろう。だがその場合ブラドーは確実に死んでしまう
(これも難しい問題よね)
出来ればブラドーも助けてやりたい、ピートとシルフィーちゃんの話を聞く限りでは馬鹿ではあるが。いい父親だったようだし……だが魔族がかなり深く寄生しているようだから、助けるのはかなり難しいだろう……
(それに不安要素も残っている)
私達の結界を破壊した霊波砲。それは目の前の魔族よりも遥かに強力な物だった……
(どう考えても最上位クラスの魔族の攻撃)
人間が喰らえばそれだけで死にかねない、それほどの魔力を持った攻撃……近くに気配を感じないからいないとは思うが
(奇襲とかされない様にしておかないと)
敵の攻撃を掻い潜りながら、城の壁に札を張り付け結界を作る準備をする。恐らく、普通に結界を作ろうとしては確実に妨害される。だから普通の結界よりかは数段劣るが、この手段をとるしかない……徐々にだが、魔族の動きが遅くなっていく、ブラドーの魔力と魔族の魔力が尽き掛けているのだろう。いくら膨大な魔力を持っていようが無限ではない。今が魔族を倒すチャンスかもしれない……そう思った瞬間。魔族は魔装術の一部を解除して
【俺は負けない!ヒャハハハハハ!!!これでお前らは攻撃できない】
ブラドーの顔を露出させて狂ったように笑い出す。確かにこうなれば攻撃できない……魔族らしいといえば魔族らしいが
「はぁ?その程度で私が止まると思ってますの?」
くえすは躊躇う事無く魔族に魔法を叩き込む。凄まじい爆発と苦悶の声が重なる
【ギギャ!?お、お前正気か!?】
腹を押さえて後退する魔族にくえすはにやりと笑いながら
「どうせ寄生されているブラドーは死ぬのでしょう?ならば速やかに殺すのが情けという物ではありませんか?」
くえすがそう笑って黒い炎を作り出そうとした瞬間
「待って!神宮寺さん!待って!!」
横島君が後ろからくえすの腰元に抱きつく、隠れてろって言ったのに何しに来たのよこの馬鹿は!
「ええい!邪魔ですわ!離れなさい!」
「すげえくびれ、それに甘い……「ヨコシマ!何しに来たの!?」
蛍ちゃんが靴を脱いで横島君の頭を強打している。本当に何をしに来たのだろうか?
「ほぎゃあああ!?」
頭を押さえて転がりまわっている横島君に私達の呆れた視線が集まる。危険だから結界の中でかくれていなさいと言ったのに、どうして出てきてしまったのだろうか?
「馬鹿な事しないで早く戻りなさい!」
結界の中に戻るように言うと横島君は小さく首を振って
「ブラドーは俺が何とかするっす!魔族のほうはお願いします」
自信に満ちた声で言う横島君に唐巣神父とくえすが
「横島君。馬鹿な事を言ってはいけない、あれは今の君ではどうにも出来ないはずだ。危険だから早く戻るんだ」
「そうよ、へっぽこ。早く結界の中に戻りなさい」
魔族のほうも魔力が限界だから動く気配がないが、動き出せば横島君が真っ先に狙われる。だから早く戻るように繰り返し言うと
「だーから!大丈夫ですって!!見ててください!!!」
横島君が自信満々に言うと、右手を高く掲げ人差し指から握りこんで硬い拳を作り上げる
「おらああああああ!!!」
その咆哮と共に凄まじい霊力を右手に収束していく、これはあの時の……
「馬鹿!横島君!それは止めなさいって言ったでしょうが!!!」
確かにそれなら魔族に大ダメージを与えれるだろうが、横島君自身の負担も大きい。だから止めるように言うが
「1発!1発叩き込むッ!!全身全霊を込めてッ!!!」
自己暗示をかけているのか、私の言葉は横島君には届いていない、右手が硬質化した篭手と背中に霊力で出来た翼が現れる。
「前よりも収束できている……いや……だがそうとも言えないね、美神君!蛍君!離れるよ!」
唐巣先生がそう叫ぶ、横島君の周囲は収束し切れてない霊力が暴走していてとてもではないが、近づくことが出来ない
【させるかよお!!!】
魔族が拳を構えて横島君に突っ込んだ瞬間
「行け!チビ!」
「みむー」
横島君のポケットから飛び出したチビはまるで風船のように膨らんでいて
「皆耳塞いで!!!」
思い出した前に横島君の家のガラスを粉砕したと言うチビの鳴声。それが今放たれようとしている、咄嗟に耳を塞いでしゃがみ込んだ瞬間
「みっぎゃあああああああああああああッ!!!!!!!!!」
古城全体を震わせるような強烈な咆哮。耳を塞いでいても平衡感覚が乱されているのがわかる
【う、うおお!?】
至近距離でそれを喰らった魔族が目を白黒させてよろめいているその隙に
「ん……で……こうだ!」
札を取り出し投げると同時に横島君の背中の霊力で出来た翼が爆発する。圧縮された霊力が暴発し、信じられないスピードで突進していく横島君
「ぶちぬけえええええええッ!!!!」
空中で投げた札に右拳を叩きつけ、そのままの勢いで魔族に殴りかかる
【ヌアアアア!?!?】
札からあふれ出した青い光が魔族の身体を包み込む、だがその一撃では魔族は倒れなかった。だがその身体が大きくぶれ始める
(強制除霊!?)
除霊の中でも最も力技でリスクを伴う方法の1つ。力ずくで霊体に食い込んでいる悪霊や魔族を取り除く方法
「とっとと!シルフィーちゃんの親父さんから離れやがれええええッ!!!!」
2枚目の翼が炸裂し、その場で無理やり加速させた横島君の右拳が下から魔族の身体を穿つ
【ゲギャァ!?】
ぶちんっと何かが千切れる音が響いた瞬間。ブラドーの身体から黒い塊が飛び出す
「ぜはー!あ、アトお願いします!って来た来た来た!!!ぎゃーすっ!!!腕が!脚がああ!イダダダダダダッ!!!!」
ばったりと倒れじたばたと暴れている横島君。前よりもこれは間違いなく後遺症が酷い。だけど……
「でかしたわ!横島君!唐巣先生!くえす!」
「判っているよ!」
「やれやれ、捕縛は私に専門ではないんですけどね」
あの魔族には色々聞かないといけないことがある、この場で逃げられては意味がない、私と唐巣先生とくえすの3重結界で逃げようとしていた魔族を捕らえるのだった……
最終的にあたしは見ているだけか……小さく溜息を吐く、あたしはやはり黒魔術師の中でも呪い専門。くえすと違って自分で戦えるような術は身につけていない
(少しばかり出来る事を増やしたほうがいいかもしれないワケ)
GSとしても霊能力者としても殆ど素人と言える横島がブラドーに取り憑いていた魔族を無理やり除霊した。その代わりに
「ぎゃあああ!まじ!マジ痛いッ!!!ふおおおお!!!」
絶叫しながら悶絶している。今の自分の身に余る霊力を使ってしまった反動だろう
「……蛍。少し押さえて、治療するにもこの状態じゃあ……無理」
「そうは言っても!これは……厳しいわよ!?」
蛍とシズクが横島を治療しようとしているが、暴れているようで上手くいっていないようだ。本当は手伝うべきなんだろうけど、今はそれよりも捕獲した魔族の話を聞くべきだろう。だから
「おキヌちゃん!冥子!押さえるの手伝ってあげて!」
このまま暴れていると間違いなく余計に傷が広がる。素早く手当てをしなければならない。2人にそう頼んで令子の方に歩き出す
【横島さん。大丈夫ですからね?落ち着いて】
「胸で窒息させようとするな!この色ボケ巫女幽霊!!!」
「ショウトラちゃん。おねがーい」
「わふーん♪」
「ぎゃあああーす!!!!イダダダだ!!!」
「みー!みー!!!」
「ふうううう!!!」
なにか大変な事になってるみたいだけど、あたしは知らない。自分のことなんだから、横島が何とかすると判断し、結界の中に閉じ込められている魔族の下に近寄る
「正直に話せば、殺しはしないわよ?魔界送りくらいはするけどね」
【……】
令子が魔族に話しかけている。この魔族の力はそれほど強くはない……絶対に何か別の存在が関係しているに違いない
「あたしも元の場所に戻れるように協力してあげるワケ?なんならあたしの使い魔になるワケ」
黒い靄状の魔族がぴくりと動く、呪いを使う以上。魔族との契約と言うのはそんなにおかしい物ではない、ただし自分が有利になるようにアンフェアな契約をするのは当然の事だが……
(本気?エミがいいならいいけどさ)
(私はあんまりお勧めはしないよ?小笠原君)
まぁあたしもあんまり乗り気ではないが、情報を得ることが出来るのならそれも悪くはない。そう思った瞬間
「離れなさい!」
くえすの言葉に咄嗟に後方に飛んだ瞬間。結界の中の魔族に剣が突き刺さる
【ギガァ……そ、そんなああ……ガ……さマア】
間違いない、自分の正体を知られるわけに行かないと判断した魔族の妨害工作……ゆっくりと消えていく魔族をを見ていると
(あれ?今何か……見えたような)
魔族の身体の中に一瞬血の様に紅い宝石が見えたような……瞬きした間に消えていたので、気のせいかもしれないけど……それが妙に気になった。私が首を傾げていると倒れていたブラドーの様子を見ていた唐巣神父が
「とりあえず、ブラドーは意識こそないが生きているよ……大分弱っているみたいだけどね……だけどあの魔族の事を考えるとどうもなにか大きな事件が起きるような気がするよ」
あたしも霊感に来ている。これは終わりではなく、始まりなのだと……だけど今は
「まぁなんにせよ。魔族の妨害は出来たから、これで解決って事で良いワケ」
ブラドーは怪我こそしているが無事だし、こっちには横島が怪我をしているくらいで被害は殆どない。今回はこっちの勝ちと言うことで良いだろう……
「まぁ、そう言うことにしておきましょうか?ブラドーと横島君の手当てをする為に城を出ましょうか?この場所は良くないわ」
魔族の魔力が満ちているこの場所で手当てをするのは、得策とは思えない……あたしも同じ考えだったので荷物をまとめ、気絶している横島とブラドーを連れて城を後にしたのだった
城から出て行く美神達を見つめる金色の蝙蝠。疲弊した今の美神達なら楽に……いや、万全な状態であったとしてもこの魔族が殺すと決めたならば誰一人この城から無事に出る事は適わなかっただろう……この魔族……いや
「お迎えに参上いたしました」
突如金色の蝙蝠の目の前に現れる漆黒の馬車を引いた黒馬とその従者席で手綱を引く、漆黒のタキシードを着込んだ魔族。金の蝙蝠は従者へ指定した時刻ちょうどに来た事に小さく笑みを浮かべ、その魔族の名を呼んだ
「ご苦労。ビフロンス」
ビフロンス……それはソロモン72柱に名を連ねる、強大な魔神。その魔神が付き従う金色の蝙蝠……そう彼もまたソロモン72柱に名を連ねる魔神……
「勿体無きお言葉……ガープ様は聖戦に赴いて居られる。ならばこのビフロンス、この身命を賭して貴方に付き従うまで」
深く頭を下げるビフロンスを見ながらガープは人の姿に戻り、ゆっくりと馬車の中に乗り込む。ビフロンスはそれを確認してから、ゆっくりと手綱を引く、豪奢な馬車を引く馬はその合図と共にゆっくりと空中を走り出すのだった……
魔神ガープ……人の愛憎を操り、人間同士を争わせる能力を持つが、それ以上に自身もまた魔術に長けた強大な魔神……
序列33番に記された強大な魔神であり、かつて魔界がサタンに統一される前、同じソロモンの悪魔の4体の魔神と共に魔界を支配していた巨大な魔王なのである……ガープは馬車の窓から城から離れていく美神達を見つめ……いや、その中の1人だけを見つめながら
「特異点……あながち嘘ではないな……」
エミが一瞬だけ見た紅い宝石をその手の中で転がしながら、小さくそう呟くのだった……
リポート12 吸血鬼の夜 その10へ続く
次回で吸血鬼の夜は終わりの予定です。大分長くなってしまいましたね。もう少し短くするつもりだったのですが、段々長くなっていき、10話となってしまいました。もう少しやるテーマを絞らないと駄目ですね。それでは次回の更新もどうかよろしくお願いします