リポート12 吸血鬼の夜 その8
こんな所にもワシの記憶と違う出来事が……ワシの記憶ではここでは、ピートとブラドーがお互いに噛み合ってそれで決着だったはずなのだが……どうしてこんな事になっているのかが判らない
(なぜ魔族がブラドーに取り憑いている?)
目の前のブラドーは魔族がブラドーの魔力を使って無理やり魔装術を使っている。本質がお互いに闇である、魔族と吸血鬼。その相性はとんでもなく良い筈だ。それこそ2度と解除出来ないほどに……
(あの魔装術を解除する事は不可能だ)
ワシの頭脳が理解している。あれは魔装術なんて生易しい物ではない、魔族と吸血鬼が完全に融合しており、もう元に戻すのは不可能だ。このまま倒すしかないと……
「……ピート君。シルフィー君。最悪の状況は覚悟してくれたまえ」
唐巣がそう告げる。恐らく奴の見立てもワシと同じでブラドーを殺す道しかないのだろう。悲壮そうな顔をしているから判る
「……はい。僕も覚悟を決めます」
声もないお嬢ちゃんと違い力強く返事を返すピート。ワシもコートの中からお手製の神通棍を取り出して
(本当はもう少し後で売りつけたかったじゃがのう……)
美神の霊力はこれから上がっていく、そのころあいにあわせて売りつけるつもりだったのだが、そんな事を言っている場合ではないのでそれを美神の投げ渡しながら
「新作の神通棍じゃ!使え!」
複製の精霊石を柄に埋め込む事で、本来の物よりも遥かに霊力の伝達を上昇させたワシの渾身の自信作。まぁ霊力が高くないと使えないと言う欠点があるが、美神なら何の問題もないはず
「ありがと!良い仕上がりだったら買い取らせてもらうわ!!」
ワシの記憶よりも丸いの、蛍のお嬢ちゃんのおかげかのうっと小さく思う。少しだけ違和感があるが、この美神も決して悪くはないと思う。そしてワシの予想通り、新作の神通棍を使いこなしている姿に一安心し、まだまだこれからだと気合を入れなおし
「小僧はこっちへこい、ワシとお前では足手纏いじゃからの」
「……」
ワシの言葉に返事を返さない小僧。その視線の先は魔族と戦っている美神達に向けられている
「焦るなと言ったじゃろう?今は隠れろ、それを恥じるなら力を得ろ」
今の小僧は、GS試験のときに小僧よりかは心構えが出来ている。だがそれでいて自分の無力さを痛感している、この時期が一番危ない。ワシはそう判断して動く気配のない小僧の腕を掴んで自分のほうに引っ張り寄せて結界の中に隠れたのだった
魔族のお家芸とも言える「魔装術」を展開しているブラドーを睨みながら、魔族の観察をする
(多分ランク自体はかなり低い……普通なら美神さん達で楽に除霊出来る程度の力のはず)
感じる魔力の大半は魔族のものではなく、ブラドーの物だ。恐らく体内に寄生しているのでそこを付く事が出来れば元に戻せる可能性は充分にあると思うけど……
「喰らえッ!!!!」
膨大な魔力を刃の形の押し固めて出鱈目に打ち出してくるブラドーに近づく事が出来ない。何かのきっかけがあればそこから攻め込むことが出来るかもしれない。だけどその本来の予定で作るはずだった結界を作ろうにも、広範囲の攻撃を繰り返され結界の基点を作ることができない。少しでもいいから時間を稼ぐ事が出来れば結界を作れる可能性もあるけど
(これじゃあ直ぐ壊される)
城の床を破壊している魔族の攻撃ですぐ結界の基点を壊されて終わりだ。最初の予定の結界による弱体化は出来ないと見て間違いない。となれば大火力による殲滅なのだが……それもまた難しい、幸いにも魔族は闘う能力のない横島達に眼も向けてないのがせめてもの救いだ
「くえす!でかいの撃てないの!?」
美神さんが障壁で魔力の刃を弾いている神宮寺さんに尋ねるが、彼女は冷めた目線でふんっと鼻を鳴らし
「はぁ?なんで私がそんな事をしなくてはいけないんですの?」
チームワークが最悪すぎる!!!こんな状態であの魔族に接近するのは不可能に近い。シズクは大量に水を蓄えていたようだけど
「……攻撃が激しすぎる。このままだと水が無くなる」
無表情ながら動揺している様子のシズク。魔力の刃を防ぐのに連続して水の壁を作っているから消耗が激しいのだろう……横島が水を持っているけど、今シズクに離れられると守りが薄くなるから水を補給させるわけにも行かない。完全に手詰まりになっている
(美神さん。どうしますか!?)
なんとか接近しない事には何も出来ない、だがあの攻撃を掻い潜るのは不可能に近い
(ピート達でも難しいしね。なんとかしてエミの霊体撃滅波が使えれば突破口が見えてくるかもしれないけど)
美神さんの視線の先では魔族の刃を回避するのに手一杯の様子のエミさん……その様子は明らかに警戒しているのが判る
(もしかして向こうは私達の事を調べきっている?)
ここまで徹底して対策されているのを見るとその可能性が浮かび上がる。唐巣神父は近づく事もできず、かといって詠唱する時間も与えられず、エミさんはブーメランを投げる隙も幽体撃滅波を使う隙も与えない。マリアの銃撃は魔装術に阻まれ届かず、冥子さんはノックバックが間違いなく酷いと言うことで横島と一緒にドクターカオスと隠れているし、私と美神さんは接近する事が出来ず攻撃の間合いに入ることが出来ない……
(間違いない、ずっと分析していたんだ)
この城での戦いをずっと見ていたのだと確信する。でなければここまで徹底して、私達の動きを封じる事なんてできない筈だ。これは確実にこっちの攻撃を分析した行動だ
「にがしはしないぜ!!!オラオラオラァッ!!!!」
全身から放たれる魔力の刃の嵐、咄嗟に散会し攻撃を回避するが、これで完全に離されてしまった
(これは本当に不味い)
1人ずつ倒す目的に間違いない……威力は低いが全身から魔力の刃を打ち出し続けている魔族。これでは近づく事ができず、私達は合流することも出来ず撃退されてしまう
(本当にこれどうすれば良いのよ!?)
この状況を打破できる手段がない……私は冷たい汗が背中に流れるのを感じるのだった……
ピートとシルフィーとか言うハーフバンパイヤの父親のブラドーはさすが始祖と呼ばれるだけあり、凄まじい魔力を秘めていた
(あれだけの魔導書があったのも納得ですわね)
恐らく本来のブラドーとは豊富な魔法の知識を使いこなす。後方タイプの魔法使いだったのだろう、いや吸血鬼でもあるので近接も出来る魔法使い……
(ある意味完成形ですわね)
本来ならば高位の魔法使い同士のチェスのような高度な魔法戦を楽しめたと思うと残念でならない
「さて、私に目をつけたことは褒めて差し上げますわ」
美神達ではなく私に向かってくる魔族。私は即座に後ろに下がりながら無詠唱で放つ事の出来る魔法を放つのだが
「ひゃははは!!!そんな豆鉄砲が効くか!!!」
魔族の全身を覆っている鎧に弾かれる。あれは恐らく魔装術……悪魔と契約する事で人間も使う事が出来ると聞くが
(あんなブサイクお断りですわ)
醜く、鈍重……たとえ魔力を手に入れる事が出来たとしてもあんなのはお断りですわ、この私の美貌を損ねる力など必要ありません
「くえす君!こっちへ!」
唐巣神父が私を呼ぶ、普通に考えれば魔法使いである私には前衛が必要……
「必要ありませんわ、それよりも結界の準備を急ぎなさい」
正直な話この魔族自身は弱い。だがブラドーの魔力が厄介なのだ、足りない質を魔力で補う。全くもって醜い……
「お前はここでDeathっちまえッ!!!」
魔力の割合を多くした黒い炎を魔族目掛けて打ち出す。無論これで倒せるなんて考えはない、むしろ魔力の鎧を展開している魔族に効果があるなんても思ってはいない
「ガぁ!?げえ!?」
顔に纏わり憑く黒い炎を弾こうと暴れている魔族。計算通りだ、魔界の炎は早々消えるものではない
「魔族には効果はないですが、ブラドーの体にはどうでしょうかね?」
恐らく取り付いている魔族は自身の体を持たないタイプの魔族。だから力任せの戦いをしていたのだろう、これが普通の魔族ならばあんな無様な戦い方はしない。恐らく初めて手に入れた身体に舞い上がっているのだろう
「父さんに何をするんですか!?「うるさいですわ、出来損ない。あの程度で死ぬほど始祖の吸血鬼が弱いものですか」
あんな初歩的な黒魔術で倒せるのならば吸血鬼なんて中世の時代に全滅している。それに呼吸をさせてないだけで、肉体的なダメージは殆ど与えられていない。あの炎は時間稼ぎの為に放ったのだから仕方ないとは言え、ほんの少しはダメージを
与える事が出来るかもしれないと思ったのが間違いのようだ
「今のうちに結界を完成させますわよ。そうすれば多少はましに戦えるでしょう」
美神と唐巣神父と小笠原は私の意図に気付いていた様で素早く結界を書き上げている。まぁ結界の準備をしなさいといったのだからこれ位して貰わなくては
「私も手伝いに「お間抜け、魔に属するものが結界を作って如何するのです?そこから突破されるでしょうが」
私が結界作りを手伝わないのは私が魔力を持つから、結界は聖なる力を持つ、そこに魔力が混ぜれば壊される可能性が増す
「じゃあ僕達は何を……「少しは自分で考えたらどうです?決まってるでしょう?」
私の炎を弾き、完全に私を敵として認識している魔族を見て
「私の肉の盾になりなさいな。出来損ない」
私を睨む出来損ない2人。全く力も何もないのに……プライドばかり高くて困りますわ。
「助けたいのでしょう?貴方達の父親を……なら頼りきらず少しは自分で動きなさい」
あの魔族の魔力の大半はブラドーの物。つまりブラドーの血を引くこの2人には効果が薄いと見て間違いない、まぁそれでもダメージは受けるでしょうけれど、私達よりも受けるダメージは少ないはずだ。だから盾になるのがこの2人の仕事だ
「貴様あああああ!!!」
「ほら来ましたわよ?しっかり護って下さいな」
魔導書を開き2人の背後に隠れる。舌打ちしながら自分達に向かってくる魔族を見て
「貴方は最低ですね!!全く!」
「お父さんを取り戻せたら殴りますからね!」
牙を生やし、臨戦態勢に入る2人を見ながら私は開いた魔導書を見て
(この魔族ではない、これでもない……)
肉体を持たない魔族と言うのはそんなに数が多い訳ではない、よほど高位か、よほどの下位か?そのどちらかだ。まずはその魔族の特定をしなければ……
(まったくなんで私がこんな事を)
無詠唱魔法ではなく詠唱魔法ならあの最初の攻撃で致命傷を与える事だって不可能ではなかった。手足をもげば簡単に倒せるようにだって出来た筈なのに、私はそれをせずに自分に魔族の注意が来るようにし、結界を作る時間を稼ごうとしている
(ああ、全く……らしくありませんわ)
こんな事を考えるなんて私らしくない、あの馬鹿のせいですわ……結界の中に隠れている横島を見て若干の苛立ちを覚えな
がら、向かってくる魔族に指を向け、威力ではなく、連射製と速度に長けた魔法を放つのだった……
このブラドーの城で横島君とくえすを一緒に行動させたのは間違いではなかったかもしれない
(いい影響がでてるわね)
くえすは神経質でプライドが高く、チーム戦が出来るような性格ではなかったのだが
「ほら!何をしてるんですの!さっさと動きなさい!このノロマ!!」
口はかなり悪いが、ピートとシルフィーちゃんのフォローをしている。これは今までのくえすだったら想像できない
「横島君の人柄の影響かな?」
素早く結界の基点を書き上げながら呟く唐巣先生。横島君は確かにスケベで馬鹿だが、人を思いやれる優しい性格をしている。それに状況把握などにも適している、中々優れた人材と言えるだろう
「よっし!こっちはOKよ!エミのほうは!?」
くえす達が稼いでくれた時間を無駄にするわけにはいかない、エミのほうはと尋ねると
「こっちも大丈夫なワケッ!!!」
最後の一角を書き終えたエミが叫ぶ。これで結界の準備は出来た
「唐巣先生!エミ!」
私の呼びかけを合図にして霊力を込める事で結界が展開される。すると……
「がっぎい!?」
今までの勢いのよさはどこへやら、見る見る間に動きが鈍くなっていく魔族。だがそれは魔族だけではなく
「くっ、これは思ったよりもきついですね」
「わ、私は無理かもしれないです」
「……ちっ、私達も対象にするとは……とんだプロですこと」
私達を思いっきり睨んでいるピート達とくえす。こればっかりは仕方ない、あの魔族の事を考えるとそこまで細かく結界を調整する時間がなかったのだから
「美神君。結界が効いているうちに畳み掛けるよ、シズク君とマリア君はフォローを頼むよ」
眼鏡を外して両手に霊力を込めて走り出す唐巣神父。なんか最近昔の状態になっていることが多いわねと小さく苦笑しながら
「蛍ちゃんもフォローでいいわ。よろしくね!」
いくら知識があって、霊力が多いと言ってもそこは見習い。こんな危険な除霊の前線で戦わせるわけにはいかない、辛うじて無事だった霊体ボウガンを投げ渡し、変わりにカオスのお手製の神通棍を構える
「……判りました」
なんかちょっと息苦しそうに見えるけど、どうかしたのかしら?蛍ちゃんは人間だから、この結界の影響を受けるはずがないんだけど……私は少しだけ首を傾げてから、そんな事を考えている場合ではないと判断し魔族を睨みつけ
「さっきまで随分と調子に乗ってくれたわね!!!これはお返しよッ!!!!」
「グガア!?」
完全に動きが鈍っていた魔族の顔面に全力で叩きつけたのだった、無様に転がっていく魔族と
「父さんが……」
「お父さんが……」
呆然とした口調で呟くピートとシルフィーちゃん。若干良心が痛んだけど、これが1番効果的だと私は思っていた。魔族はプライドが高い、だから人間に顔を殴られれば逆上して冷静さを失うと思ったのだ
「容赦ないですわね」
結界のせいで思うように動く事の出来てないピート達の攻めるような視線は無視する。そして案の定魔族は
「この人間がアアああああッ!!!」
怒りのせいで動きが甘く、そして雑になっている。上段からの爪の振り下ろしを回避して、エミと蛍ちゃんに目配せする。2人は私の意図を汲み取ってくれたようで
「いけっ!!」
「少しだけずれてください!」
エミのブーメランと蛍ちゃんの放ったボウガンが魔族に迫る。それ自体は効果はまるでないのだが
「沈みたまえッ!!!」
「ごぱあっ!?」
唐巣先生が間合いに入り込むだけの時間を作るのには充分だった。城の床を踏み抜くほどの震脚から放たれた拳が魔族の体を貫く
(神父よりももっと向いてる職業があったんじゃ)
思わずそんな事を考えながらも、今が好機だと判断し、私は追撃のために走り出したのだった……
結界の中に閉じ込められた魔族と美神達の戦いを見つめている蝙蝠
「三下魔族ではこの程度か、もう少し何とかなると思っていたんだがな」
その蝙蝠は饒舌に喋りだす、この蝙蝠もまた魔族であり、ブラドーに魔族を寄生させた最上位魔族である。金色の身体を持った蝙蝠は大きく舌打ちしながら
「役に立たぬな。力に溺れ何も見ておらん……やれやれ、我が動くか」
蝙蝠が大きく翼を広げるとその姿は人型の異形になる。その異形は両手に魔力を集める、それは人間には耐える事が出来ないほどの高密度の魔力の矢となる
「はっ!!」
鋭い声と共にそれを矢として放った。それはピンポイントで結界の基点と横島達を護っている結界の基点を破壊した
「これで良かろう。さてとこれでどうにも出来ん愚図ならば、取り立てる必要もあるまい」
その魔族は翼を振るい、再び蝙蝠へとその姿を変え、美神達が戦う光景を見物し始めるのだった……そしてこの魔族の攻撃がきっかけとなり、魔族と美神達の戦いは思わぬ方向へと転がっていくのだった……
リポート12 吸血鬼の夜 その9へ続く
次回は横島の視点をメインに書いていこうと思います。あとはまたまたネタを入れていこうと思っています。自慢の拳系をね!
それでは次回の更新もどうかよろしくお願いします