その1
リポート10 無垢なる土竜 その1
蛍が持って来てくれた薬のおかげでなんとか視力も回復したので、今日から学校に行く事にしたのだが……
「チビ、タマモ。念の為に横島についていくのよ」
普段は駄目だと怒るのに今日は蛍がチビとタマモに俺の学校に着いてくるように言っている
「みっ!」
「コーン!」
気合を入れた返事をしているチビとタマモを見ながら、小さく溜息を吐きながら
「いや、大丈夫やて、昼までだし」
今日は夕方から最近起きている事件があるらしく、それを調べるから来る様に言われている。だから昼が終われば帰れるのだから大丈夫だと言うと
「念の為よ。霊力が安定してないんだから護衛として連れて行きなさい」
目が本気なのでこれ以上言っても駄目だと判断し
「りょーかい」
鞄を開けてチビを入れて、頭の上にタマモを乗せる。額にタマモの前足が乗っているけどまぁ良いか
「んじゃ行って来る。直接美神さんの事務所に行くから」
鍵と財布を持って家を出ようとすると蛍が
「はい、忘れ物」
差し出された2つの本。1つはエミさんに譲って貰った妖怪の本。もう1つはカオスって言う爺さんに翻訳して貰った陰陽術の本
「貴重な本なのに良いのか?」
なくしたら駄目だと思い置いておくことにしたんだけどなあと思いながら尋ねると
「大丈夫よ。ほら、学校でも時間のある時は勉強してなさい」
そう笑う蛍から本を受け取り鞄に詰めて
「んじゃ改めて行って来る」
「行ってらっしゃい」
エプロンで手を拭きながら俺を見送る蛍。俺は玄関の扉を閉めてから
(なんかもう夫婦みたいだよなあ……へへへ……)
悪い気はしない。蛍は優しいし、料理も上手だし、ちょっと胸は小さいけど
「ヨコシマー?」
「ごはあ!?」
勢い良く開かれた扉に後頭部を殴られ、一瞬目の前に星が見えた。
「ハヤクイカナイトチコクスルワヨ」
ぞっとするかのような響きを持った蛍の声。多分俺の考えていた事が判ったんだ……
「はい!行ってきます!それとごめんなさい!」
恐ろしくて振り返ることの出来なかった俺は前を向いたまま謝り、全力で学校へと走り出したのだった……
凄い勢いで走っていく横島の背中を見ながら
「おキヌさん、悪いけどお願いしても良い?」
浮き出るように姿を見せたおキヌさんが笑顔で
【良いですよ。私も横島さんが心配ですから】
そう笑って横島の後を追いかけていくおキヌさん。本当は私も見に行きたいけど、仕事の打ち合わせもあるし美神さんの所に行かないと……駐輪場に停めて会ったバイクに乗り私は美神さんの事務所へと向かうのだった……
最近東京で起きている事件。霊能力者を襲っては消える妖怪に対する調査を始めたんだけど……
「一体なんの妖怪なのかしら?」
妖力の残滓があるから妖怪と言うのは特定出来たんだけど……それ以外の情報はないに等しい。それに
「怪我も対したことがないのよね」
奇襲をしている割には全治2日程度の軽い裂傷だけ、霊力も奪いはしないし……あとが残っていると言えばコンクリートに穴を開けて移動しているって事だけ……
「本当に何がしたいのかしら?」
コンクリートに穴を空けて移動できる妖怪。それだけの力があるなら、人間を殺す事だって出来る。だけどそれをしない……
「横島君の妖怪図鑑があれば特定出来たかもしれないわね……」
とは言えまだ調査段階。それにGS協会……いや、琉璃から受けた依頼はその妖怪の特定。必要な場合のみの除霊……
(悪い妖怪じゃないのかもしれないわね)
琉璃もそれを考えているからか、無理に除霊しろとは言わなかった。なら除霊するのではなく、保護と言う方向性でも良いかもしれないわね……
「美神さん。今来ました」
事務所に入ってくる蛍ちゃん。もうそんな時間?時計を見ると10時……約束の時間丁度だ
「時間ぴったりね、そろそろ行きましょうか」
襲撃されたGSの場所は聞いている。まずはその場所の調査からだ、私と蛍ちゃんでは足が違う。車とバイクだからいける範囲も違う
「じゃあ蛍ちゃんはこっちね。私はこっちだから」
印をつけた地図を渡し、それぞれの担当の範囲を見に行く事にする。殺す気が無いくせにGSばかりを襲撃する妖怪
(霊力の残滓を近くで見れば何か判るかしらね)
そんな変な妖怪は聞いた事はない、さてどんな妖怪が出てくることやら。私はコブラのハンドルを握り、一番近い現場へと向かうのだった……
学校の授業の合間の休憩時間にエミさんから貰った妖怪図鑑を見ながら
(へー面白いなあ)
少し読みにくいから読み続けるのは難しいけど、とても面白い。特に俺はある文に完全に興味を引かれていた
(妖怪変化かぁ……)
長い年月を生きた動物は妖怪へと変化することがあるとの事。そう言う妖怪もいるんだと何度も頷く
「みみみみみみ」
こくこくこくと俺の真似をして頷いているチビ。何をしているか理解していないだろうに
「横島。チビを撫でても良い?」
クラスメイトの女子がそう尋ねてくる。一瞬寝ているタマモが目を開くが直ぐに閉じる、相変わらず警戒心が強いなあと苦笑しながら
「多分無理やな」
別に意地悪しているわけではないのだが、女子が近づいてくるとチビはもぞもぞと立ち上がり
「みーん♪」
鞄の中に飛び込んで器用に鞄の口を閉じる
「あーん。どうしてえ」
隠れてしまったチビを見て悲しそうにしている女子
「気難しいからなあ。チビは」
チビは見た目は愛らしいし、人懐っこく見えるが結構長い事一緒にいる蛍も嫌がる。結構気難しい性格をしている故に、人見知りが激しいのだ
「まぁもう少し慣れるまで待っててや、俺でよければ話くらい聞くで?」
「別に横島と話したくないし」
不貞腐れた様子で離れていく女子。はぁ……まぁ俺なんてチビとタマモのおまけくらいやよなあ
「コン」
するすると降りてきて膝の上で丸くなるタマモ。そのつぶらな瞳を見て笑いながら
「気にしてへんから良いよ」
蛍とかおキヌちゃんが傍にいてくれるからか、よっぽどの美少女で無ければ反応しない
(タマモも美少女になるしなぁ)
前に見たあの可愛らしい少女の姿を思い出せば、クラスメイトと比べるまでも無くタマモの方が美人だ
「コン?」
「よしよし」
不思議そうにしているタマモの顎の下を撫でてやる。目を細めて気持ち良さそうにしているタマモ
(そう言えば今日は満月やなぁ)
満月が近ければ人の姿になれる時期やなぁ……とは言え時間制限があるけど、タマモと会話できるのは楽しい
「また話をするか?」
深夜。蛍もおキヌちゃんもいない時間……すべてが眠るその時間だけ、俺とタマモは話をする事が出来る。タマモもそれを知っている
「コンコン」
嬉しそうに鳴いて頭を擦り付けてくるタマモ。よしよし、じゃあ今日帰ったら昼寝をしておかないとな……ゆっくり話をしたいから
「みー」
周りに人間がいないのを確認してから鞄から顔を出して、俺の肩の上に座るチビ
キーンコーンカーンコーン
授業開始のチャイムに溜息を吐きながら、机から教科書とノートを取り出して授業を受けるのだが
「み?」
「クウ?」
俺が真面目にしているのがそんなに不思議なのか首を傾げているチビとタマモ。俺はしーっと口元に指を当てる。教科書に重ねるようにして妖怪図鑑を開いていた。少しでも蛍や美神さんの足手纏いにならないようにGSの勉強をしていたのだった……
蛍ちゃんと一通りGSが襲われた場所を調べたんだけど、それらしい妖力の残滓は殆どなく、特定できる物も無かった
「うーん。どんな妖怪なんでしょうね」
疲れた様子で呟く蛍ちゃん。ずっと移動していたから流石に疲れが出たのだろう。冷蔵庫から麦茶を取り出して蛍ちゃんの前に置きながら
「流石に情報が少ないわねえ」
妖力は強くもなく、弱くも無く……そして遺留品らしき物はない……
「土に関する妖怪っぽいけどねえ……」
コンクリートを貫通する爪と縦横無尽に土の中を移動する。ぱっと思いつく妖怪と言えば……
「モグラですかね?」
蛍ちゃんがそう尋ねてくる。地面の中を移動する動物と聞いて、思い浮かぶのはそれだけど……
「モグラの妖怪っていたっけ?」
そう言うのはあんまり聞いたことがない……一体何の妖怪なのだろうか?
「はぁ仕方ないわね。あんまり気が進まないけど」
電話を取り出して番号をコールする。本当なら電話したくない相手だけど、背に腹は帰られない
『くひッ!電話してくる頃だと思ったよ。美神令子』
電話越しでも眉を顰めたくなる。優秀なGSなんだけど性格に難のあるBランクGS
「久しぶりね。夜光院柩。ちょっと頼みたい事があるんだけど?良いわよね?時間あるわよね?」
高圧的に話を進める。こいつは少しでも弱みを見せるとうるさいから、反論する隙を与えてはいけない
『くひひ、構わないよ、ボクは今暇してるからね』
この耳障りな笑い声も癪に障る。前に直接会った事もあるが、会うんじゃなかったと後悔した。普通の人間じゃ理解できないタイプの人種なのだ、柩と言う少女は
「今東京内で起こっている、GS連続襲撃事件、その妖怪の特定をお願い。報酬は100万」
柩の能力ならば直ぐ判る。「超速思考」に加えて、「完全空間座標知覚」と「時間座標把握」を持つ柩は限りなく正解に近い未来予知が出来る。その代わり自分に興味のあることしか調べてくれない、そのせいで結構お金に困っているのは知っている
『くひひ、相変わらず金で何でも解決すると思っているんだね、浅ましいよ』
馬鹿にするように笑う柩、これだから電話したくなかったのよ!いっつも馬鹿にされて腹が立つだけだから!!!
「うっさい!早く調べなさい!!って言うかもう判ってるんでしょ?早く教えなさいよ」
私が今電話する事もきっと判っていたに違いない。だからもう判っているはずだ
『くひひ!君の雇っている若いGS見習いの言葉に耳を傾けてみなよ。彼が正解を教えてくれるさ、それと毎度、100万忘れないで振り込んでくれたまえよ』
言うだけ言って電話を切る柩。相変わらず癪に障るやつだ……能力の高さは認めるけど、もう少しまともになれないものなのか……受話器を置いて溜息を吐いていると
「美神さん?柩って誰ですか?」
不思議そうな顔をしている蛍ちゃん。あれ?知らないのかしら?結構有名なGSなんだけどねえ……まぁ滅多に表舞台にでる奴じゃ無いから知らないのかもと思いながら、机の引き出しから写真を取り出す。そこには深い隈を持つ灰色の髪をした若い少女の姿が写されていた。
「夜光院柩。BランクGSで主に探偵業をしてるんだけど、限りなく当たるとされる未来予知能力者よ、まぁいっつも脳内麻薬が出ててラリッてる変態だけどね」
見た目はそれなりに良いんだけど、あの性格のせいで人の知り合いなんて殆どいない。結構有名なGSだから蛍ちゃんも知ってると思ったんだけど、知らないとは意外だった……
「夜光院柩……ですか、それでその柩さんはなんて?」
納得行かないという顔をしている蛍ちゃん。なんでそんなに不機嫌そうな顔をしているのか判らない。まぁ柩の事はどうでも良いわ、今は妖怪の捜査が優先だ。だけど柩の言っていた
「なんか妖怪の正体については横島君が知ってるって言ってたわね」
なんで横島君?っと思っていると事務所の扉が開き、横島君が入ってきて
「ちわーす!美神さん!蛍!面白い資料を見つけたんだ」
チビとタマモをそれぞれ肩と頭に載せた横島君は妖怪図鑑を広げる。そこには妖怪変化に関する記述で埋め尽くされていた。
「なんと長い年月を生きたモグラは竜気を得るんですって!」
本当に当たった。もう少し待っていればいらない金を使うこともなかったのにと後悔していると
「あ、あれ?なんか怒ってる?」
【判んないですね。どうしたんでしょう?】
揃って首を傾げる横島君とおキヌちゃん。私は小さく溜息を吐きながら立ち上がり
「でかしたわ!横島君!そうよ!モグラの妖怪なのよ!なるほどね、特定できないのは竜気のせい……これは調べなおしね。横島君その本を貸して」
横島君から妖怪図鑑を取り上げる。そこには確かにモグラの妖怪変化についての記述があった。私はそれを見ながら今日調べた地図と照らし合わせながら
「蛍ちゃんこれとこれ。そっちの資料から調べて。おキヌちゃんは私と蛍ちゃんにコーヒーを、今日は長丁場になるわよ」
次々に指示を出していく、これ以上被害者が出る前に特定しないと……ぼーぜんとした顔をしながら私達を見ている横島君が
「えーと俺は?」
どうすれば良いの?と尋ねる横島君。でかしたと褒めてあげたいけど、ここから横島君が出来ることって殆どないのよね、ここからは専門的な知識が必要になるし
「明日また連絡するわ。今日は待機、陰陽術の本を読んで勉強してなさい。それと今回は良い仕事をしたわ、褒めてあげる」
もう少し霊能についての事を知っていれば一緒に調べる事も出来たんだけど、正直今横島君がここにいても出来ることは何もない、だから帰る様に言うと
「うっす」
納得行かない様子で帰り支度を始める横島君。その背中は小さくて寂しそうだ……
「横島。もう少ししたらもっと色々出来るようになるわ。だから焦らないでね?」
蛍ちゃんがそう声を掛ける、今私が声を掛けるのは逆効果だ。私が帰れと言ったのだから、ここは蛍ちゃんとおキヌちゃんに任せよう
【そうですよ。横島さん、横島さんには横島さんにしか出来ない事がありますよ】
蛍ちゃんとおキヌちゃんに励まされた横島君は小さく笑いながら
「大丈夫や。チビとタマモと遊んでるから」
そう笑って横島君は事務所を後にする。もう少し霊的な知識を教えてあげればよかったなあと後悔していると
「焦ったら駄目な時期だから、ゆっくり行きましょう。じゃあ今度はこれね、よろしく」
蛍ちゃんが後悔する事じゃ無い、私も殆どそう言うことを教えていなかったのだから同罪だ。今度は実技ばかりじゃなくて、座学も教えてあげようと思いながら、次の資料を蛍ちゃんに手渡したのだった……
美神の事務所から家に帰り始めた横島は溜息を吐きながら、ぼそりと呟く
「まだまだなんやなぁ」
事務所から半ば追い出された事に疎外感を感じていた。確かにまだまだだと自覚しているのだが、こうしてされると悲しくなったのだろう
「コン」
励ますように甘えた声で鳴いて、頬を擦り付けるタマモに横島はにっと笑いながら
「サンキュー」
タマモに励まされた横島は帰りにコンビニのカップ麺でも買うかと呟き、ゆっくりと歩いていると
「ん?」
川から這い出るようにして力尽きて倒れてる少女を見つけて
「お、おい!大丈夫か!?」
慌てて土手を駆け下りてその少女を揺さぶろうとしたが
「えらい冷えてるな。しゃあないな」
そう呟くと着ていた学生服の上着を脱いで、少女の身体を包み抱き抱える
「フーフー!!!」
土手の上で警戒しているタマモ。横島は彼女が見た目通りの少女ではないのは判っていたが
「タマモ。弱ってるんだ、そう目くじらを立てないでやってくれ、ホラおいで」
不機嫌な理由は判っている様子だが、弱っている少女をそのままにしておけない。横島がそう言うとタマモは立てていた尻尾を下ろしはしたが……それでもそっぽを向き
「キューン」
不機嫌そうに鳴くタマモを頭の上の乗せた横島は鞄を脇に抱え、慌てて自分の家へと走ったのだった……
「ミューウ」
そして走り去る横島を見つめる黒いつぶらな瞳。楽しそうに鳴いてそれは再び地面の中へと潜っていくのだった……
リポート10 無垢なる土竜 その2へ続く
今回は導入回なので短めです。次回は横島が助けた少女とかの話を書いていこうと思います。他の作品の妖怪少女ですね
割と好きなので投入してみます。それでは次回の更新もどうかよろしくお願いします