リポート9 黒魔術師小笠原エミのスカウト その2
目の前にいる黒髪の少女とバンダナをしている少年を見てあたしは納得し頷いた
(これはかなりの逸材なワケ)
黒髪の少女のほうは芦蛍。最近勢力を伸ばしている芦グループ総裁「芦優太郎」の娘にして、18歳とは思えないほどの類稀なる霊力コントロールと知識を持ち、少年のほうは感じる霊力は差ほどではないが、霊視を使える人間になら判る
(凄まじいワケ……この少年何者なワケ?)
潜在霊力がとんでもない。軽く見積もってもB……いやAランクに相当するだけの霊力を持っている。いつ使いこなせるようになるかは判らないが、かなりの逸材なのは間違いない
「みー?」
「コン?」
公園を走り回っていた妖狐とグレムリンが横島忠夫の近くに寄ってくる。回ってきた情報は本当だったようだ
(今はもう存在しないと言われている妖使い、しかも妖狐のほうは……)
「フーッ!!!」
あたしを警戒して尾を逆立てている狐。幻術でカモフラージュされているがその尾は8本……間違いない。この狐は九尾の狐の転生体だ……
「どう?令子の出している報酬の2倍は出すし、社宅も提供するワケ。夏と冬にボーナスも出すわ」
畳み掛けるように言うと横島忠夫の身体が震えてくる。もしかして怒って
「綺麗なお姉様~~~」
「きゃあああ!!」
急に飛び掛ってきた横島忠夫の頭に踵落としを叩き込み距離をとる。プロフィールにあった無類の女好きって言うのはこういうことだったわけね
「横島ッ!!今はそんな事をしている場合じゃないの!!!」
「ガブゥッ!!!」
「ぎゃああああああ!!!」
芦蛍にスタンピングされ、妖狐には頭をかまれて悶絶している。なんとも凄い面子だ
「み」
あたしの目の前を飛んでいるグレムリンと目が合う。何度かグレムリンは除霊した事があるけど
(全然悪意がない……どういう育て方をしてるの?)
人間に育てられたグレムリンと言う例がないわけではない。だけど最初は大人しくても徐々に妖怪の本能に飲まれ凶暴化するのが普通だ。だけどそんな気配は微塵もない……
(これが妖使いの能力……ってワケ?)
文献でしか見たことはないが、妖使いは妖怪の闘争心を宥める能力があったと聞く、もしかするとその影響で大人しいのかもしれない。それに……
(陰陽師の卵……らしいし)
今の所それらしい気配はないけど、嘘の記載はない筈だから間違いなく陰陽術を使えるはずだ
「すんません!すんません!許してぇ!!!」
「ふん!次はないからね!」
「ガルルル」
芦蛍と妖狐に土下座している横島忠夫を見ると本当かなあ?と若干の不安はあるが、妖使いとこの膨大な潜在霊力だけでも雇う価値はある。
「それでどう?移籍するきない?」
芦蛍に尋ねる。間違いなく令子の所より破格の条件を出したつもりだが
「お断りします。私は美神さんの所が気に入っていますので」
「俺もそのちちしりふとももは惜しいけど……げぶう!?……まだ美神さんのところで勉強したいっすから」
余計なことを言って芦蛍に拳骨を落とされながらも言い切る横島忠夫
(む……意外と人徳があった?)
令子は守銭奴だから、きっと高給を出せばあたしの所に来てくれると思っていたんだけど……だけど
(それでも諦める事ができる人材じゃないワケ)
これだけの逸材を逃すわけなんて出来ないワケ……なんとか説得して
「エミ!!!うちの職員を引き抜こうなんていい覚悟してるわね!!!!」
凄まじい音を立てて公園に滑り込んでくるコブラ。それと同時に放たれた破魔札を飛んで回避する。投げられた札は200万の札……かなり本気で攻撃してきたのが判る
「久しぶりなワケ。令子」
どうも今ここで説得するのは難しそうなワケ……とは言え、ここで話を切り上げるのは惜しい
「久しぶりに会ったワケだし……そこの見習いと一緒にお茶でもどう?」
令子と話をするつもりはないけど、芦蛍と横島忠夫と話をする機会を逃すわけ行かない
「……そっちがお金を持ちなさいよ」
「それくらい良いワケ……さっ。行きましょ?」
令子が頷いてくれた事に若干驚きながら、あたしは近くの喫茶店に足を向けたのだった……
最近噂で海外に行っていると聞いていたエミが日本に戻ってきているとは思ってなかった。そしていきなり横島君と蛍ちゃんを引き抜こうとしてくるとは思ってもなかった
(だけど横島君と蛍ちゃんが断ってくれたのは嬉しかったわ)
もしかすると頷かれるかもしれないと思っていたけど……意外と私の事を慕っていてくれているのかもしれない……
「横島君と蛍ちゃんを引き抜こうとするのは諦めるのね」
私はカプチーノ。エミは紅茶、横島君と蛍ちゃんはオレンジジュースを飲んでいる。エミはふふんと鼻を鳴らしながら
「人の気は変るワケ。いつでもあたしの事務所の扉は開けてるから、気が向いたら研修にでも来るワケ。流石にその制度までは邪魔しないわよね?」
ぐっ……見習いに与えられた権利。有名な除霊事務所への研修……これは自分の除霊スタイルを確立させるために決められている制度だ……
「研修?それはなんっすか?美神さん」
首を傾げて尋ねて来る横島君。蛍ちゃんは知ってるみたいだけど横島君は知らない見たいわね……
「研修って言うのはそのままよ。自分の行きたい事務所に書類を出して研修にいける制度よ、横島君も望むなら好きな事務所にいけるけど……エミの所で学べることはないと思うわよ。黒魔術師だし」
エミは遠距離に長けたGSだ。しかも呪術においては私よりも遥かに上だが、その代わり近接はからっきしだ
「まぁそうなるワケ?だけど自分の後ろを護る経験とかを積めるし、あたしは結構GSの資料を持ってるから……陰陽術とか妖使いの資料を見せてあげてもいいわよ?」
むう……なんとしても横島君を引き抜こうとしているわね……横島君と蛍ちゃんはペアだから、どっちか引き抜かれるともう片方も連れて行かれてしまう。それだけはなんとしても防がないと……
「こんにちわ~令子ちゃん。エミちゃん」
突然聞こえてきた間延びした声に背筋を伸ばす。この声は……私とエミが振り返るとそこには
「おひさしぶり~」
「美神君。小笠原君探したよ」
唐巣先生と冥華おば様が並んで立っていた。GS協会についての話し合いをするつもりなのだろう……その目は真剣な光を帯びている
「横島君。蛍ちゃん、今日はこれで何かいいものでも食べなさい。あとおキヌちゃんにも今日は事務所に帰らないように伝えて」
私の真剣な顔にこわごわと言う感じで頷いた横島君達が出て行くのを見送っていると
「それじゃあ~大事なお話をしましょうか~」
冥華おば様が懐から出して札を机の上に置くと霊力の膜が発生するのが見える。それを見たエミは
「結界?ずいぶんと強力なのを用意しましたね?なにか大きな山ですか?」
エミは冥華おば様だけには敬語を使う。冥華おば様が怖いというのもあるけどそれ以上の理由もありそうだ
「とても大きい山だよ。失敗すれば私達のGS免許は取り消しの上に社会的死が待っている」
唐巣先生の言葉にエミは面白いと言いたげに笑みを深める。私は勿論降りるつもりはない
「面白いじゃないですか、あたしはその話に乗りますよ」
勝気な性格のエミはこう言われて降りるわけがない。エミと一緒の仕事は嫌だが今回はそうも言ってられない
「それじゃあ始めましょう~神代幽夜をGS協会会長の地位から引き摺り下ろすのよ~」
口調はいつもとおりだが、その目は滅多に見ないほど真剣な光を帯びていた……
喫茶店に結界を張り、調べた結果を美神君と小笠原君に話して聞かせる。本当は私の教会や美神君の事務所などがいいのだが、どうも監視されているらしく、そこで話す事は出来ないと判断した
「まずは調べた結果だけど、神代琉璃は2年前の除霊のときにケガを負ったのは本当のようだけど、全治1ヶ月程度のケガだ。その間に神代幽夜。それと黒坂と言う呪術師が接触している」
黒坂信二。呪術師と登録されていたGSだが。小笠原君よりも霊力は低いし、それにその性格上1年でGS免許を取り消された男だ
「その黒坂って言うのが神代琉璃に何かしていると?」
美神君がそう尋ねてくるが私は首を振り、資料を回し説明を冥華さんに任せることにする。私はあんまり面識はないので書類上しか知らない
「琉璃ちゃんは~呪術に凄い耐性のある子なのよ~Dランク程度の呪術師に何かすることなんて出来ないわ~」
「となると……何かの薬品と呪術の相乗効果をしている可能性がありますね。あたしに声をかけたのはそう言う理由ですか?」
小笠原君の言葉に頷く。強力な呪術師である小笠原君の知識を借りたいと思ったのだ
「美神君。今回の山はもしかすると横島君達にも協力して貰うかもしれない、いいね?」
私達はあまりに顔を知られすぎている。下手にGS協会に手を出すと私達でも危ない……顔を知られておらず、そこまで脅威ではないと言うのが大事なのだ。そう言うところで見習いの横島君達の力を借りたい……
「見習いにさせるのは厳しいと思うけど……仕方ないですね」
仕方ないという感じで頷いてくれる美神君。本当は私も子供にこんな危険なことをさせたくないのだが、仕方ない
「今の所はどうやって神代琉璃を見つけるところが第一段階だ、そして神代幽夜もだ」
この2人は今はGS協会に姿を見せない。まずは神代幽夜を探すのが第一条件なのだ……
「横島君達は~もう少し勉強してもらって慎重に話を進めましょう~今回はGSにとってとても大事な事だからね~」
にこにこと笑う冥華さん。笑ってはいるがその心中はきっと荒れ狂っているだろう……自分の認めた次のGS協会の長を何らかの方法で監禁している神代幽夜を許せるわけがない……
「それじゃあ私と唐巣君は~もう少し調べるから~令子ちゃん達も頑張ってね~」
冥華さんと一緒に喫茶店を後にして、冥華さんに運転するように言われていた車に乗り込みながら
「どう見ます?冥華さん?」
今回の山はとてもではないが人間だけでやっているとは思えない。何かもっと別の存在が関係しているかもしれない
「……考えられるわ~魔族とかが関係しているかも~」
魔族。ミズチの封印解除をしたのは魔族ではないかと思っている。恐らく冥華さんも同じ結論だろう……車の中で冥華さんと話をしていると美神君と小笠原君が喫茶店から出てくる、私が渡した資料を手に話をしながらコブラに乗り込んでいる。恐らく小笠原君の事務所に向かうのだろう
「私達も~っ調べることにしましょう~」
「はい。行きましょう」
冥華さんの言葉に頷き車を走らせる。周囲を警戒しながら与えられた情報を頭の中で整理する
呪術師としては下の下の黒坂信二
霊能力を持たない神代幽夜
そして姿の見えない神代琉璃
(これは普通の事件ではない)
もしかすると魔族が関係している山かもしれない。そしてGS協会の息を掛かっているGSの中では信頼できる存在はそうはいない。密告などされようなものなら私達の身が危ない。今回は私と六道冥華さんと冥子君。そして美神君、小笠原君……そして横島君と芦君の7人で解決に持ち込まなければならない……失敗は許されない危険な仕事だ。
(なんとしても尻尾を掴まないと……)
私は心の中でそう誓い、ゆっくりと遠回りをしながら、合流する予定の六道の暗部と合流する為に走り出したのだった……
しかし唐巣神父は気付かなかった。走っている車の屋根の上から飛び立つ虫のような機械に……何かあると判断した蛍によって喫茶店に放置された盗聴・盗撮用兵鬼は自分の見たこと、聞いたことを主に伝えるために空の中に溶けて行ったのだった……
「ふむ。ついに動き出したようだね」
私は蛍に渡していた兵鬼からの情報を受け取り眉を顰めた。最近GS協会の評判が悪いのは知っていた、しかしまさか協会長が2年間病気で霊力のない一般人がGS協会を纏めているとは思わなかった
「なにかある。これは何かあるね」
間違いない、この事件の裏には魔族。間違いなく過激派魔族が絡んでいる……
「しかしどの魔族が絡んでいる……」
私は東京にいるが、それらしい気配を感じる事はなかった。相当隠密性にたけた魔族か、それとも魔族ではないか……
「不完全な神降ろし……」
魔族の一部だけを自分の身に降ろしている可能性もある。その場合間違いなくその人間は廃人もしくは死体だ……魔族の魂を受け入れる事が出来る人間なんて数える程度しかいない……
「今回ばかりは私も動かなければならないかもしれない」
話によれば横島君と蛍に危険が及ぶ可能性がある、自分だけ安全な場所に居るというのは親としてどうだろうか?魔力波は完全封印すればいい、あとはある程度の霊力だけ残せばいい。
(今回ばかりは仕方ない。嫌な予感がする)
不完全な神降ろしを行っているとしたら、本体は魔界だろう。そして過激派魔族ではなく、穏健派の魔族だとしても分霊となると話は変わる……分霊と神霊では霊格も考え方も違う。本体が高潔な存在だとしても、分霊がとんでもない下衆の場合もある。蠅の王ベルゼブルが良い例だ……そして元々過激派なら言われるまでもなく危険だ……
「ふーこれは腰を入れなければならないな」
今回は人間の力だけで解決できる事件ではないかもしれない、私も表に立って動く事を考慮しながら偵察用兵鬼を東京中に飛ばした、魔族の魔力を探知するように指示してある。まずは魔族の特定……そこから始めなければ……
「上手く行けばいいのだが……」
私はそう呟き、再び捜索活動を再開した。間違いなく、この東京には私が今把握している魔族「メドーサ」「デミアン」「ベルゼブル」この3魔族が今把握している魔族だが、もしかするとその他に上級魔族がいるのかもしれない
(どれだけ魔力を消しても私なら見つけられる)
しかしそれだけ私が見つかる可能性も増す危険な勝負だが、やらないわけには行かない……私は全ての兵鬼と視覚をリンクさせ、東京に潜む魔族を探すのだった……
東京のどこか……深い闇の中で輝く青い水晶。その中には1人の女性が閉じ込められていた、水色の髪をした巫女服の女性
「琉璃……お前が悪いのだからな。この私を役立たずと罵り神代家から追い出そうとした貴様がな」
狂った光をその目に宿す男。短く切り揃えられた髪と品の良いスーツを着ているが、その顔は憎悪に歪んでいるせいか。悪魔か何かのように見える
「けひゃ!お前は酷いよなー、自分の姪っ子をこんなところに閉じ込めているんだからよぉ」
その男の隣に現れた小柄で神経質そうな男はけひゃひゃと笑いながら言う。スーツ姿の男はふんっと鼻を鳴らし
「この結界を維持しているお前には言われたくない、黒坂」
黒坂信二。かつては呪術師として名を馳せたGSだ、そしてスーツ姿の男は神代幽夜……この男もかつては将来を有望視された霊能力者だったが、禁呪に手を染め霊能力を失った存在だ
「ひひひ。俺は権力さ!力さ!それが欲しいんだ!!だから何でもするぜぇ?俺は優れた呪術師なんだからな!!!」
けひゃひゃひゃ!!と狂ったように笑う黒坂と幽夜の影は1つになり、その姿は人間ではなくグリフォンに跨った悪魔の姿をしていた……
幽夜が行った禁呪は自身に高位の魔族の分霊を憑依させ、自信の霊能力を高める禁呪。確かに幽夜は霊能力を失った、しかしこの禁呪は成功しており、特定の条件下で幽夜の霊能力を爆発的に上昇させる、そして黒坂はそのおこぼれを貰い、自身の霊能力を強化していた。田舎では恐れ、尊敬されたシャーマン「黒坂信二」しかしそれは所詮井の中の蛙……東京では彼程度の霊能力者は腐るほど存在しているのだ。2人が願ったのは自らの復権。そしてそんな2人がそれぞれその身に降ろした魔族の分霊
それは30の軍団を率いる公爵であり、死霊使いにして堕ちた天使
ソロモン72の序列の54番目……死霊公爵「ムルムル」
その力は並みの魔族を越え、召喚者の復権を約束し、屈強なる戦士でもある。恐るべき能力を秘めた魔神だった
リポート9 黒魔術師小笠原エミのスカウト その3へ続く
今回はここまでとなります。ソロモンの魔神を出す事にしました。しかし分霊なので本来とは違いますよ?アシュ様とも違うのでここは注意です。オリキャラを含めた「GS協会」編は美神やエミと言った大人で格上のGSをメインに書いていこうと思います
それでは次回の更新どうかよろしくお願いします